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Mission Timothéeの賛美について、さなえさんに記事を書いてくださるようお願いしたところ、快く引き受けてくださいました。ありがとうございます。とてもすばらしい内容です。ぜひお読みください。




力と清さ
Mission Timothéeの賛美の霊性



このブログで以前紹介されたカロリーヌさんは現在、フランスに多くの枝教会を持つMission Timothéeの教会に通われています。

20歳で信仰を与えられる以前から、賛美歌がとても好きだった私は、現在でも時間があるとyoutubeなどで世界中の教会で歌われる様々な言語の賛美を聞いています。

きぬこさんとカロリーヌさんを通してMission TimothéeのHPにあるオリジナルの賛美曲を教えて貰ったのですが、後でHPのトップからHymns→Liste des chantsを開くと、彼らの教会で歌われる賛美が26ページに渡って紹介されており、多くの楽曲の音源を聞くことが出来るのが分かりました。

三角の再生の印のある曲のタイトルをクリックすると、音源を聞くことの出来る画面に切り替わります。またPartitionという部分をクリックすると楽譜が表示されます。

全てではありませんが、多くのオリジナル賛美の楽譜が現在アップされています。

何度もこのサイトを訪問しているのですが、楽譜などのコンテンツが少しずつ増えていて、この教会が賛美を大切なものと位置づけ、伝道のために積極的に分かち合いをしようとしているのが伺えます。

カロリーヌさんによると、韓国のある教会からも「礼拝でMission Timothéeの賛美を歌いたい」との声が届いているそうです。

海外の多くの教会が伝道のためにyoutubeにチャンネルを持っています。Mission Timothéeのチャンネルもあるのではと探してみると、多くの賛美がアップされている事が分かりました。

映像を見る事で、さらにこの教会の賛美に関するポリシーを窺い知る事が出来ました。彼らの賛美の顕著な特徴として、次のようなものが挙げられると思います。

① 賛美者の声と生楽器による演奏
② 現代音楽とは異なる、新しいけれど素朴な賛美
③ 力と清さ、信仰の証としての賛美



現在欧米の多くの教会では電子楽器やバンド演奏を積極的に取り入れ、非常に現代的なCCMを礼拝賛美として採用しています。

特に人数の多い教会ではその傾向が顕著であると言われますが、Mission Timothéeの賛美の奏楽は(私の見る限り)全て生楽器で行われ、どの曲も賛美者の声が主体となるような控えめなアレンジが施されています。

曲によってはリードパートを歌うソリストのような方々はおられますが、一人のワーシップリーダーが大々的に歌い上げるのではなく、大勢の賛美者たちが一緒に歌うというスタイルが取られており、個人や奏楽者が目立つのを避け、あくまで「共に賛美を捧げる」というスタンスであるのが伝わってきます。

彼らオリジナルの新しい賛美も数多く歌われているのですが、どの楽曲にも現代的なCCMにしばしば見られるような派手な音楽的装飾や難解なメロディ展開がなく、楽譜を見ても、オルガンでそのまま弾くことの出来るような素朴なアレンジのものばかりでした。

新しい賛美を追求しつつも、現代的CCMの問題点として挙げられる「音楽的趣向を凝らすことで、霊性や内容の乏しさが覆い隠される」というリスクを極力排除しようとする意図が感じられます。

古典的な賛美曲や、有名なメロディにフランス語の詩を載せた賛美も好んで取り上げられています。


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教会や屋外コンサートで賛美を歌う彼らの映像を最初に見た時、「何かが違う」と感じる部分がありました。

すぐには気がつかなかったのですが、それは彼らの服装や髪形でした。全員がシンプルで慎ましい服装。

男性は短髪・女性は長髪。強制されての事ではないのでしょうが、これは海外のクワイアでも珍しいのではないかと感じました。

教会での短髪の女性は現代では全く珍しくありませんが、海外の教会の映像を見ると、長髪の男性もちらほら見受けられます。

前記事でこの教会が聖書的男性像・女性像を積極的に教えているとお聞きし、彼らの服装や髪形にもその教えが反映されているのかも知れないと感じました。

「新しい歌を主に向かって歌え」聖書には何度もこの言葉が出てきます。リスクを恐れて古い曲しか認めないというあり方は、賛美に大きな制限を加えてしまうでしょう。

Mission Timothéeは新しい曲を生み出し、様々な楽曲を取り上げつつも、現代CCMに多く見られるあり方とは異なる方法論を選んでいます。

多くの教会で豊かな賛美が求められています。

彼らの素朴で霊性豊かな賛美には、私たちも多くを学べる大きな可能性が秘められていると思います。以下はYoutubeにアップされている彼らの賛美の映像の一部です。


↓ヨハネの福音書13章34節の「私があなた方を愛したように、あなた方も愛し合いなさい。」などの4箇所の新約聖書からの御言葉がそのまま歌われています。
タイトルは「イエス・キリストは言われた」という意味です。




↓非常に感動的なメロディと内容の曲です。救われた感謝と「私の人生を捧げます。」という神への応答が歌われています。




↓アンドゥーズでの野外コンサートでの様子




下の映像はクリスマスマーケットでの演奏です。
非常にフランス的なメロディの楽曲も聴かれます。



↓彼らの賛美がダイジェストで紹介されています。約53分、音源のみ。





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古い十字架は 人を方向転換させていた。
一方、新しい十字架は 人を娯楽にふけらせている。

古い十字架は 罪を責めていた。
一方、新しい十字架は 人を楽しませている。

古い十字架は 肉にある自負心を打ち壊いていた。
一方、新しい十字架は それを肯定し 助長させている。



以下は、今は亡きA・W・トーザーの文章ですが、これが五十年以上も前に書かれたということに私は驚きました。今日、彼が生きていたら21世紀の教会についてどんな感想を述べるだろうと思いながら翻訳を進めました。


クリスチャン・エンターテイメント
――福音主義教会の問題(A・W・トーザー)



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Ⅱテモテ3:4b-5
、、神よりも快楽を愛する者、信心深い様子をしながらその実を捨てる者となるであろう。こうした人々を避けなさい。



クリスチャン・エンターテイメントは、完膚なきまで教会を汚染し尽くしているため、何百万という人はもはやそれが異端であることにすら気づいていない。

何百万という福音主義クリスチャンがこういった「クリスチャン・エンターテイメント」に自らを明け渡している。

しかしこれを明るみに出そうとするや、嵐のような怒りの抗議が上がる。

もはや神礼拝のできなくなった教会は、娯楽でその場を埋めなくてはならない。

神を礼拝するよう教会を導くことのできなくなった人々は、信徒に娯楽を用意しなければならなくなる。

キリスト教は今、悲劇的なほど新約聖書の規準を下回っている。

世俗化というのはもはや公認されたライフ・スタイルとなり、私たちは礼拝の本質を見失ってしまった。そしてそのような場所からは聖徒は輩出されない。

多くの教会において、キリスト教はあまりにも「水で薄められ」害にも益にもならない代物になってしまった。

唯一の「売り」が神である集会には、人はもはや集まってこない。

神の子どもたちはもはや主に「飽きて」しまったのだろうか。

娯楽で養われている教会は、新約聖書の教会ではない。

表層的な刺激を求める願望は、罪深い性質の顕れである。

今日、人気を博す形式のキリスト教というのが流行しているが、そこにはほとんど力がない。

なぜなら、そこには確信がなく、悔い改めもなく、主より来る悲しみもないからだ。

クリスチャン・エンターテイメントにより、「福音集会に〈お笑い〉の要素がなければならない」という観念が植え付けられた。これは悲劇である。

その結果、人間が崇めたてられるようになり、肉的な方法論が導入され、単に威勢のいい人が御霊に満ちた人だと勘違いされるようになった。

またキリスト教は単純化されすぎた形態を取るようになった。

「神さまは愛です。イエス様はあなたのために死んでくださいましたよ。それを受け入れてごらんなさい。そして楽しく陽気に生きようじゃありませんか。そしてそれを他の人々にも伝えましょう」と。

私はそういう種類のキリスト教とは全く関わりたくない。

浅薄で世俗的な指導者たちは、教会の中に娯楽を求める群衆のご機嫌を取るべく、十字架の言を「修正」しようとし、それにより、霊的災害が引き起こされている。

今日の「〈金の子牛〉的キリスト教」に対する抗議は、必ずといっていいほど、「でも、私たちは魂を勝ち取っているじゃありませんか」という反論に遭う。

魂を勝ち取る、、一体何のために?

それはまことの弟子を生み出すためであろうか。

自己犠牲的な愛をもった信仰者を生み出すためであろうか。

聖なる生活に導くものであろうか。

イエスに対する完全なる献身を求めるものであろうか。

もちろん、これらの問いに対する答えはNO!である。

教会は往々にして、御霊によって触れられることなしに、ただ人間的な才能を行使することによって生き残り、また繁栄を遂げているように見える。

今日、何百万ドルというお金が「神の子どもたち」を娯楽によって楽しませようという、清くない産業のためにつぎ込まれている。

多くの場所で、クリスチャン・エンターテイメントは恐ろしいスピードで、神に属する真剣な事柄を締め出していっている。

しかもそれに対し、警告の声を挙げる者はほとんど誰もいない!

私たちには新しい改革が必要とされている。

私たちは、無責任にして面白半分のこういった〈異教的キリスト教〉とはっきり袂を分かつべきである。

こういう種類のキリスト教は今や、非聖書的なメソッドを用いる非聖書的な人間によって、世界中に拡がっている。

「キリスト教を、世の人に受け入れられるものにしよう」という私たちの痛ましい努力は、実を結ぶどころかますます悪化の一途をたどっている。

マラキ1:6a
子は父を敬い、しもべはその主人を敬う。
もし、わたしが父であるなら、
どこに、わたしへの恐れがあるのか。

――万軍の主は、あなたがたに仰せられる。――











前篇はここ、中篇はここです。

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、、、と、その時、ある強い衝動が突き上げてきました。――「今すぐにでも起き上がって、ロンの自転車をとっとと地面におろし、彼を置き去りにして、車を飛ばしこの場を去りたい。もう彼の言うことなんか聞きたくない」と。事実、そうしたくてたまらなくなったのです。

でも結局、それを実行に移すことなくその晩は過ぎていきました。


メキシコ国境にて


そして翌朝、私たちはメキシコ国境に向けて旅をつづけました。その日、たしか夜半遅くなってからでしたが、私たちはついにブラウンズビルにたどり着きました。

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(アメリカ・メキシコ国境 source


そして翌日、私たちは、メキシコ入国に関して情報を得ようと係員の人に訊きに行ったのですが、私の長髪のことで、メキシコ当局は私に対し厳しい姿勢を見せました。

またアメリカ当局との間でも問題が起きました。というのも、コンピューター画面に、私の麻薬所持による逮捕歴が表示されたからです。

私たちは服を脱がされ、取り調べを受けました。私は「もうこれ以上旅を続けるのはやめよう」と決心しました。

いや、実のところ、こういう風に事が展開したことで、私は内心喜んでいました。というのも、これでついにロンとおさらばできるからです。

でもロンの立場で考えてみると、彼は僕のような種類の人間と一緒くたにされ、服を脱がされた上に取り調べを受ける羽目になり、さぞかし屈辱的な思いをしたのではないかと私は思いました。でも彼は一切文句を言いませんでした。


聖書に対する敵意


その時点で、私は正面切って、聖書に敵意を持つようになっていました。

その日の朝も、南テキサスを走りながら、私はロンに「おい。もういいかげんにしてくれ。なあ、あんたの聖書とやらを車から投げ捨ててくれよ。そうして初めて僕たちはフェアーな議論ができるってもんだ。」とイライラをぶつけたばかりだったのです。

でも、もちろん、ロンはそれを拒みました。「聖書なしには、僕には何ら知恵がありません」と。

おそらくヒマラヤの山奥にいる「聖者たち」についての本を読んでいたからだと思いますが、その当時、私はどこかの山に籠り、しばらくそこで瞑想しよう、そして自分なりに何かを見つけてみようと考えていたのです。

――ええ、もちろん、理論ガチガチの聖書ドグマなどによって邪魔されることのない環境で!そしてロンとか、そういう類のクリスチャンのいない所で!


ロン兄、宣教旅行をキャンセルする


無題


しかしああ、この愛しきロンは、その時、全く別のことを考えていたのです。

彼は言いました。「君と一緒に、フロリダに戻ることにしたよ。メキシコ行きはキャンセルしようと思う」と。

私はそれを聞いてがっかりしました。が、心の中で、〈まあ、あと数日の辛抱だ。そしたらもう今度こそ彼とお別れだ〉と自分自身に言い聞かせました。

そして私たちは、フロリダのデイトナ海岸まで一緒に旅をし、そこで別れることにしました。で、実際、私たちはそこの海岸で別れ、それぞれの帰路についたのですが、いざその時がくると、私は逆に彼と別れたくなくて仕方がありませんでした。なぜなら、その時点で、私は全く違う人間に生まれ変わっていたからです。


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(フロリダのデイトナ海岸 source


こうして私たちは再度フロリダへと車を走らせたのですが、この間、私たちの間にはほとんど会話はありませんでした。車中はしーんとしていました。

ロンは私が聖書の話にうんざりしていることを察知しており、賢明にもそれ以上話を進めず、ただ主の時を待ち、心の中で祈っていたのです。


回心


こうして私たちはデイトナ海岸にたどり着いたのですが、その日は(野宿ではなく)簡易ホテルで休もうということになりました。久しぶりにちゃんとしたベッドの上で休みたかったし、シャワーも浴びてリフレッシュしたかったからです。

こうして私たちは簡易ホテルに一泊することになりました。シャワーを浴びた後、私たちはそれぞれのベッドの上に腰かけ、また言葉を交わし始めました。


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すると、ロンはおもむろに聖書を開き、それを読み始めました。

彼がどの箇所を読み上げたのかはもう覚えていませんが、たしかそれは私たちが前に議論した聖句の箇所ではなかったかと思います。

そして、その時です。まさにその時、ある事が自分の身に起こりました。

言いようもない平安と静けさのうちに、そして尚且つ極めて明確に、私の心に悔い改めが起こされ、私はその場で主イエス・キリストを信じ受け入れたのです。

なにか光のようなものがわが魂のうちにぱっと灯されたような感じがしました。ロンと私は二人で祈りました。

自分のうちに起こったこの変化はもう疑いようのないものでした。突如として聖書が私にとっての宝となりました。

この書が――そう、この書だけが神の御言葉であり、イエス・キリストだけが唯一の主であり救い主であることが分かったのです。

たった一時間前には、こういった真理に対し頑なに敵対していた自分が一瞬にしてここまで変えられたのです!


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翌朝、私たちは共に朝食を食べ、そしてそれぞれの帰途につきました。

ロンはまた自転車に乗って去っていきました。――そしてそれ以後、私はもう彼に二度と会う事はなかったのです。

一方、私は160キロほど車を走らせ、ついに実家にたどり着きました。

私は家の中にまっすぐ入って行きました。

そして台所のテーブルに大型聖書を置くと、開口一番、こう言ったのです。

「お父さん、お母さん、僕は神様の元に立ち返りました」と。



イエス・キリストの御名に栄光あれ。アーメン。


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*デイヴィッド・クラウド牧師は、その後、御霊の力によりロックから解放され、現在にいたるまで、ロック音楽の危険性に関する多くの論文を書いておられます。またCCM問題についても、全力で取り組んでおられます。











(前篇はここです。)


ニューエイジにのめり込む


前篇のつづきですが、私はそのクリスチャンの兄弟に旅の途中で出会ったのです。

その頃までに私は西洋型のヒンドゥー教(ニューエイジ)の虜となっており、特に自己解悟フェローシップの会(Self-Realization Fellowship Society)に入れ込んでいました。

カリフォルニアからフロリダまでヒッチハイクをしている時に、あるインド人の若者たちの車に乗せてもらったのですが、彼らの話や書籍を通して、私は輪廻転生を信じるようになっていたのです。


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(自己解悟フェローシップの会、ニューエイジ)


私は彼らからもらった書籍をむさぼり読みました。(例えば、グルであり、自己解悟フェローシップの会の創始者であるパラマハンサ・ヨガナンダの自叙伝)。そして私は実際に、ロサンゼルスにあるこの会の本部にフロリダからはるばる「巡礼」に行ったのです。


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(「神の仕事に奉仕するため、お金を正直に、そして上手に儲ける術は、神を見つける技法に次いで重要な能力です。」「金銭的渇望と霊的渇望を調和させてください。どちらにも他方を支配させてはなりません。」―『パラマハンサ・ヨガナンダの成功の黄金律』より引用。

訳者注:「私がますます繁栄することで、私に関わるすべての人が、ますます、豊かになりますように」「私にいっぱいお金がくることで、私のまわりはますます豊かになりますように」という祈りで有名なヨガナンダの拝金哲学と、「積極思考」「可能思考」の生みの親であるノーマン・ヴィンセント・ピーレ牧師(及びロバート・シュラー牧師)の神学には共通性がみられると思います。福音主義教会の中における「繁栄の神学」と「成功哲学」および「ニューエイジ」との相関性については、記事その1その2その3その4その5をご参照ください。



そこに行く途中、ラスベガスのスロット・マシーンで70ドルほど儲けたのですが、(情けないことに)この「金運」によりますます私は、自己解悟の会への信頼を強めていったのです!

しばらくロスに滞在した後、私は南フロリダに戻りました。そして材木場で少し働いた後、私は仕事をやめ、自分の故郷であるフロリダ中部に戻ることにしました。


ロン・ウォーカーとの邂逅


故郷の町まではざっと320キロほど距離がありました。私はフォート・ローダーデールの近くで幹線道路に入り、いざ帰路につきました。

と、少し経った後、道路の脇を自転車で走っている一人の男の姿が自分の視界に入りました。

もちろんすぐに追い越したのですが、その時、なぜだか分かりませんが、私は車を引き返して、この男に「どこに向かっているのか」と訊きたいという強い思いに駆られたのです。そして実際、私はそうしました。

道路脇で数分、この男と話した後、私は「中部フロリダまで僕の車に乗っけてやってもいいよ」と彼に提案しました。こうして私たちは彼の自転車やギアを車に詰め込み、再び北上始めました。

神や宗教の話を持ち出したのは、たしか私の方が先だったと思います。実際、車の中に私は輪廻に関する本も積んでいたほどでした。この男に「神を信じているか」と訊くと、彼は「ええ」と答え、ポケットから聖書を取り出しました。

この人の名はロン・ウォーカーと言いました。――ロンはメキシコ沿岸地域で福音を伝えるために、メキシコに向かっているところだったのです。

話し始めてすぐ私はもう一つのことにも気づきました。それは彼が、この小型聖書を縦横無尽に用いている、ということでした。


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聖書の用い方を熟知していたクリスチャン


こうして私は人生や宗教のことについて彼にいろいろな問いを投げかけてみたのですが、私をもっとも感動させたのが、ロンの深い聖書知識でした。

彼は聖句を用い、私の疑問に明瞭に答えることができただけでなく、私の哲学の持つ明らかな矛盾をも聖句により示すことができたのです。今の今まで、聖書というのがこれほど実際的な本だとは知りませんでした。

こうして私は彼とのこういった話し合いに引き込まれ、ついに予定を変更して、ロンと共にメキシコに行くことにしました。私はもはや故郷の町に立ち寄ることすらしませんでした。


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それからの二日間、私たちは南フロリダから(メキシコとの国境地帯である)テキサスのブラウンスビルまで車を走らせました。そして道中、私はロンに自分の人生哲学や宗教観について話し、それに対し、彼は忍耐をもって聖書の言っていることを示してくれました。

しかしだんだん私は不快感を覚えてきました。というのも、聖書というのは、事実上、私の信じている事と何もかも相反していることに気づいたからです!

例えば、私は輪廻を信じていましたが、聖書には「人間には、一度死ぬことと、死後に裁きを受けることが定まっている」(ヘブル9:27)と書いてあります。

また私は「人はそれぞれ自分の心のおもむくままに生きるべき」と思っていましたが、聖書は「人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知ることができよう」(エレミヤ17:9)と言っています。

さらに私は「神に至る道は、幾通りもある」と思っていました。しかし聖書は「神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです」(1テモテ2:5)と言っています。

また人間というのは――その人にそれなりの誠実さがあれば――最悪の事態にまでは陥らないのではないかと私は考えていました。しかしそれに対しても聖書は「人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。」(箴言14:12)と論駁しています。そうです、まさにこれこそ自分に対する、聖書による「論駁」でした!


御言葉の力


主はほむべきかな。ロンは聖書に精通しており、私の投げかける質問に対し、ダイレクトで的確な答えを与えてくれました。

彼は当時の私がのめり込んでいたニューエイジ系のさまざまな教えに通じていた訳ではありませんでしたし、私のライフスタイルとは全く異なる生き方をしていました。

そうです、彼は「文脈化 contextualization」した伝道方法(つまり、ヒッピーの魂をキリストに勝ち取るために、あえて自分もヒッピー文化の中に入り、彼らのような「なり」をする伝道アプローチ)などは用いていなかったのです!

この人はただ一途に、敬虔で聖いクリスチャン・ライフを送ろうと努めていました。そして耳を傾ける心がまえのある人に対し、地道に忍耐をもって聖書を説いていたのです。


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そうです、聖書こそが「生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別する」神のことばなのです(ヘブル4:12)。

そして装飾のない、イエス・キリストのシンプルな福音こそが、「ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力」なのです(ローマ1:16)。


魂の戦い


私たちはアラバマでいったん休憩したのですが、そこでロンは私に欽定訳(KJV)の大型版聖書を買ってくれました。それは註解書きもなく、注・引照も何もない、御言葉のみが記されている聖書でした。彼はまた私のために、ストロングの聖書コンコーダンス事典も購入しました。

その晩、私たちは道路わきに車を止め、寝袋にくるまり、横になりました。その時すでに私はロンの語る聖書の内容にうんざりし始めていました。私は横たわったまま、星を見上げていました。


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と、その時、ある強い衝動が突き上げてきたのです。――「今すぐにでも起き上がって、ロンの自転車をとっとと地面におろし、彼を置き去りにして、車を飛ばしこの場を去りたい。もう彼の言うことなんか聞きたくない!」と。

事実、私はそうしたくてたまらなくなったのです!



――次に続きます


David Cloud, WHAT ROCK MUSIC DID FOR ME: A PERSONAL TESTIMONY (here)

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「ロック音楽が私の人生に及ぼした影響」


回心前、私は、文字通り「時代の子」でした。1949年に生まれ、1967年に高校を卒業したのですが、その当時ビートルズが一世を風靡しており、東南アジアにおける米軍の侵攻もそのピークに達していました。東洋宗教も人気を博しつつありました。

長髪のヒッピーたちが、大都市にも町にも溢れていました。私は当時主イエス・キリストに人生を明け渡しておらず、また、霊的にも哲学的にも自分の依って立つ人生の基盤がありませんでしたので、そういった危険な過渡期の潮流に押し流されていきました。

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(ヒッピーバス 60年代 source

1969年、私は米軍に徴集されました。私は腕利きのタイピストでしたので、軍は私を書記としました。そしてその後、ミズーリ州セント・ルイスにある軍関係のセンターの運転手としてそこに配属されました。

そしていよいよベトナム出兵となりました。私はサイゴン近くにあるタン・ソン・ニット空軍基地に拠点を置く、軍警察所属の書記官として配属となりました。こうして1970年、私はベトナムに行き、その地で一年半従軍しましたが、そこで初めて私はドラッグを始めるようになったのです。

除隊し米国に帰国した後も、私のドラッグへの愛着は続きました。かなり多くの高校の同級生がいろいろとドラッグをやっていることを知った私は、すぐさま、ヒッピー文化にのめり込んでいきました。古いロックの歌詞のごとく、私は「友達の助けを借りてハイに」なり始めたのです。

多くの新しい経験が私を待ち受けていました。でも分かったのは、米国で入手できるマリファナは、東南アジアのそれに比べると、かなり効き目が弱いということでした。より強力なドラッグを求めていく過程で、私の抑制機能は失われていき、自分の愚かな手が入手できる限り、私はドラッグをむさぼるようになっていきました。


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(ヒッピー 60年代)


振り返ってみると、マリファナを始めてからいかにすぐに自分のうちにあった抑制機能が崩れていったのかに驚かされます。確かにベトナム出兵以前にも、私にはドラッグを使用する機会がたくさんありました。でもその時はまだ依然としてドラッグに対する恐れがあったのです。

ああ返す返すも、好奇心によるあの第一歩、マリファナを試す気になったあの日のことが悔やまれます。同じ部隊にいたある軍警にマリファナを勧められたのですが、それが災難の始まりでした。この致命的誤りから一年半後、私の抑制機能はすでにマヒしてしまっていました。


「ロック」と「ドラッグ」と「真理からの離反」という三者の間に存在する密接なつながり


「ドラッグとロックンロールにどんな関係があるのか」とお尋ねになりますか?はい、それはもう密接につながっています!ドラッグ中毒の期間を通し、私は文字通り、ロックンロールの中で食べ、眠り、そしてその中で呼吸をしていました。

ベトナムにいた時、多くの米兵と同じく、私も高価な音楽ステレオを購入し、何百というロック・アルバムを録音しました。兵舎もバーもナイト・クラブもロックンロール三昧でした。悲しむべきことに、ベトナムにおける米兵の国旗はロック音楽でした。そしてその状態は米国でも同じでした。


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(ビートルズ source

東南アジアで購入された何トンというステレオ機器はやがて海を越え、全米に溢れるヒッピーたちのアパートへと持ち込まれました。こうして、醜悪なロックンロールという王たちの支配下に置かれた「巣穴」の中で、何千何万という若者たちがドラッグにより心と人生を蝕まれていきました。

ドラッグとロック。ロックとドラッグ。――この二つはシャム双生児のごとく、密接につながっており、これらを媒介とし、悪霊は人々の人生に入り込み、彼らを破壊していくのです。

私がロック音楽を聴き始めたのは中学校の時(60年代初め)でしたが、たちまちのうちに、私の内にあった倫理的および心理的抑制機能が崩壊していきました。

そしてついにドラックの世界に入った時、私はこういったロックがリアルなものとして自分のうちで生きてきたことに驚きました!なぜでしょう。それは、ロックというものが元々、ドラッグ濫用者たちによって作り出されたものだからです。


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source


ドラッグという疫病は恐ろしいほどの勢いで拡がっていっています。そしてそれに伴い、ロック音楽もますます人気を博し、かつてないほどの堕落ぶりを見せています。

この二つの世界は一つなのです。―つまり、ロックの世界はドラッグの世界であり、ドラッグの世界はロックの世界です。ロックは私の抑制機能を打ち壊すことに貢献し、私を薬物乱用(そして反逆と不品行)に誘いました。そしてドラッグ濫用は私をロックへとかき立てました。

ロック音楽の愛好家でありながらも、ドラッグには関与していない人は確かにいますが、だからといって、それが、両者の密接な相関性の反証になるわけではありません。

私はうつ状態になり、敗北感と孤独、そして空虚感にうちひしがれました。将来に対する展望も消えていきました。除隊後の何年かは――薬物は常用していましたが――それでも一応、それなりの目標というか人生の計画みたいなものはありました。私は南フロリダにある子供の精神病院に就職し、地元の大学で勉強しようという計画も立ていました。

しかし数か月もしないうちに、こういった展望はドラッグの世界の中に霧と消えていきました。こうして私は仕事をやめ、麻薬を売り始めました。

その後、麻薬所持と公共の場での昏酔により、私は逮捕され、しばらく刑務所に入っていたのですが、出所後、私はほとんど乞食のような生活をしていました。一時も落ち着くことができませんでした。バイトをしても数日か、長くてせいぜい数週間しか続きませんでした。私は場所を転々とし、仕事を転々とし、哲学を転々としていました。

その頃までにはもうドラッグからの快楽というのは消え、それに代わり、私はひどいうつ状態に陥っていました。うつ状態で寝に入り、うつ状態で目ざめる毎日でした。どんなに陽気な人々の間にいても、私は自分がそこに属していないように感じ、孤独でした。平安も、喜びも、心の満たしもありませんでした。

そしてそれ以上に私を恐れさせたのは、だんだんと再生への希望さえ失いつつある自分の姿でした。この精神的監獄から抜け出したかった。でも、出口を見つけることができませんでした。


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主をほめたたえます。主はこんな私をも愛してくださり、忍耐をもって私を引き寄せようとしておられました。

(当時の私はありがたくも何とも思っていなかったのですが)、私には今もって一つの宝が残っていました。放浪時代を通し、私は実質上、自分の中にあった価値あるものを全て売り渡してしまっていたのですが、我知らず、私はあるかけがえのない宝――そうです、クリスチャン・ホームで育ったという無形の宝――を今も有していたのです。

子どもの時に教えてもらった聖句、敬虔な祖母の涙と祈り、機会が開かれるたびに私を教会に導こうと尽力してくれた父と母の愛、、、

こうして1973年の夏、神は私の人生の中にある人を送ってくださり、その人を通して、神の御言葉と対峙させてくださったのです。



――次につづきます。



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(いちじくの実、ギリシア)

Dan Lucarini, Why I left the Contemporary Christian Music Movement(「私がCCM運動から身を退いた理由」)より一部抜粋します。

―私はおそらく、(このような本を書くことで)教会の最も強固な要塞に挑戦を挑んでいるのでしょう。

CCMは今や、がっちりと塹壕を掘りめぐらせているため、福音主義教会の大多数によって支持されている音楽スタイルになったのではないかと思います。

CCMは多くの信者の人生の中に深く根を下ろしているため、私の本を読んで、かなりつらく感じる方々もおられると思います。

―また牧師の中には、私の言うことに不快感を感じる方もいらっしゃるに違いありません。なぜなら、彼らもまた、この運動を受容してきたからです。

しかし私はあえて申し上げたいと思います。CCMを教会礼拝の中で用いるというのは作為の現象であり、この実態は光の元にさらされるべきです。

というのも、これはしっかりとした聖書的土台に欠いており、神に受け入れられる礼拝とされるべく、主がお授けになった掟をないがしろにしているからです。

―これを礼拝で用いることによって、私たちは肉的なライフスタイルを人々に奨励してしまうことになります。(p18)

―〈誰をも裁きませんよ〉という雰囲気作りのため、牧師たちは、「神様はありのままのあなたを受け入れておられますよ」的な哲学を奨励してきました。そうしてCCMとこの哲学は手に手を取り合って進んできたのです。

ある牧師がドゥービー・ブラザーズのロックコンサートに行ったのですが、その後、自分がそこに行ったことを正当化するために彼はこう言いました。

「もしイエス様が今日生きていたら、主もあのコンサートに行っていただろう。なぜなら、主は罪びとと共に過ごされる方だから。」

こういった教えのなされる所では、自分の人生に神様を受け入れはしたいけど、ライフスタイル自体は変えたくない、――そういう種類の人々を教会に惹きつけてしまうのです。(p28、29)

―私は告白します。CCMの賛美リーダーであることは、私のエゴを非常に強く満足させるものでした。

自分に寄せられる尊敬や称賛は、(救われる以前に経験していた)ロックスター時代のあの興奮を思い出させるものでした。

でも当時、私はこの事実に盲目でした。なぜでしょう?それは、こういった自己賞揚が、「ありのままで愛されている」的クリスチャン・フォーマットのオブラートで包み隠されていたからです。(p32)

―なぜ米国CCM界を去らなければならないのか、、、まず第一に、私はCCM哲学を支えている前提そのものをもはや受け入れることができないからです、、、

私たちの支柱とはこれでした。つまり、「音楽は、道徳とは無関係のものである(amoral)」という前提です。

彼らによると、神はあらゆる種類の音楽スタイルを受け入れておられる。そして各自の好みや趣向に対して口出ししたり、裁いたりしてはいえない、と。私はこういった主張について調べようと、聖書を掘り下げたのです。

でも分かったのは、そういう考えは、人間中心的であり、非論理的であり、基本的な聖書の原則を正しく反映していない、という事実でした。

二番目に、「真の礼拝とは何か」「神の臨在の中にあるとはどういう意味か」ということを聖書の中に求めていく過程で見えてきたのは、あまりにも低俗で下品な音楽と、それからそれに伴う下品な服装で、礼拝をささげ、聖なる神に賛美をしているという、私たち世代のなしている恐るべき事実でした。

三番目に、結婚生活を清く保ち、すべての事において神に誠実であるために、私は誘惑に溢れているCCMの現場から身を引き放す必要がありました。

そうです、米国CCMの現場は、自己満足と、それから、賛美チームの女性メンバーたちに対する肉的魅力をあおる環境で満ち満ちていました。(p34)

―キリストの弟子になるということは、自尊心の旅ではないのです。成長は変化を意味し、変化にはいつも喪失が含まれます。そして喪失というのは常に痛みを伴うものです。

私たちは古い自分の習慣や楽しみなどをいつまでもそのまま保ち続けることはできません、、

「そのままのあなたでいいんですよ。神様はね、今のあなたをそのまま受け入れてくださっているんですよ」という教えは、現代の世俗社会で流行している〈寛容 tolerance〉の動きと密接なつながりを持っています。

―真摯な求道者のみなさんは次のことを知るべきです。

つまり、この「ありのままのあなたでいいんですよ」というキャッチフレーズの元に説かれている神の無条件の受け入れというのは、誤った教えであるということです。

わたしたちは罪を告白しないまま、あるいは罪をないがしろにしたまま、あるいは罪をここかしこにぶらさげたままの状態でありながらも、依然として、「自分は主に受け入れられるだろう」と期待してはいけません。

自分好みの世俗音楽、この世の服装、この世の言葉を教会に持ち込み、そして主からの祝福を期待することはできないのです!(p38-40)

―この〈寛容〉の教えはクリスチャンの間であまりに浸透しているため、私たちはもはや、仲間のクリスチャンの(問題ある)言動について問うことさえ許されない、そんな環境に生きています。

あなたが愛をもって、仲間の信者の問題行動に向き合ったとしましょう。そうするとあなたは「他人を裁く者」として非難されます。

その際に、聖句などを引用しようものなら、あなたはすぐにパリサイ人呼ばわりされるでしょう。

そしてもし教会が、誰かの個人的な言動について何かを言おうものなら、その教会は、律法主義的な教会という風にみなされます。、、

こういった〈寛容〉の教えの支配する新しい教会においては、この世への愛着およびそういった行動に対して寛容を示すことは、聖書的な識別を行なっていくことよりもずっと大切な事とされています。

、、こういった偏った雰囲気の中にいるからこそ、(CCMのあり方に疑問を抱いている教会員が)教会の音楽スタイルについて意見の声をあげることに恐れを感じているのです。p40、41


ーおわりー


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地の深みは主の御手のうちにあり、山々の頂も主のものである。
来たれ。私たちは伏し拝み、ひれ伏そう。
私たちを造られた方、主の御前にひざまずこう。 詩編95:4、6


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天は喜び、地は、こおどりし、
海とそれに満ちているものは鳴りとどろけ。
野とその中にあるものはみな、喜び勇め。
そのとき、森の木々もみな、
主の御前で、喜び歌おう。 詩編96:11、12


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天は主の義を告げ、
すべての国々の民は、主の栄光を見る。 詩編97:6


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神よ。私の心はゆるぎません。
私は歌い、
私のたましいもまた、ほめ歌を歌いましょう。

神よ。あなたが天であがめられ、
あなたの栄光が全世界であがめられますように。 詩編108:1、5






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まずは、以下の告白を読んでみてください。

ダン・ルカリニ兄(元CCM賛美リーダー)の証言

私たちは、教会のティーンの子たちを連れて、人気のCCM歌手のコンサートに行っていました。

ことわっておきますが、こういった賛美コンサートは、いわゆる「ラディカルな」ヘビメタやヒップ・ホップ型のものではなく、あくまで穏健路線かつ「模範的」クリスチャン・シンガーたちによるものでした。

しかし、彼らは――おそらくレコーディング会社からの影響を受けてのことでしょうが――音楽性にしても、コンサートでのパフォーマンス技術にしても、服装や髪型、そして商業戦略にしても、世俗の歌手たちのそれを模倣していました。

すべてが、「ファンの心を勝ち取ってお金を儲ける」というこの一点に連動されているかのようでした。

かわいそうにこういった十代の若者たちは、世俗のアイドル歌手にのぼせあがっているこの世のティーンと同じように、こういった戦略により、操作されてしまっていました。

彼らは最初、「けっこうまじめな」歌詞やおだやか路線の音楽に惹かれて、この世界に入っていくのですが、彼らのお気に入りの歌手たちは、その後、次第にもっと過激で、ロック調で、ハードな音楽スタイルへと加速度を上げていき、それに伴いライフスタイルやイメージも変化していく――これがお決まりの経路なのです。

そしてティーンもそれに追従していきます。

そして多くのCCM歌手は、さまざまな形の不道徳を若者に推進する模範となっています。――ふしだらな服装、反抗的なイメージ、既婚男性メンバーへの若い女の子たちの追っかけ、セクシーな女性歌手に対する男性たちからの情欲を伴った関心等です。

「元ワーシップ・リーダーの告白 Confessions of a Former Worship Leader」p117



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CCMは若者の「心」をつかむため?


米国インディアナ大のラッシュ教授が、500人のティーンを対象に研究調査をしました。その中で彼女が、若者たちに発した質問はこれです。

「どんな音楽が、教会の賛美としてふさわしいと思いますか?」



その結果はどうだったかといいますと、圧倒的多数のティーンが、「クリスチャン・ロックは、教会の賛美としてふさわしくない」と、この種の音楽を拒絶したのです

彼らは言うのです。「僕たち自身はロックが好き。でも、〈ロック〉と〈教会〉っていうのは到底折り合いがつかないよ」と。

さらに特筆すべきことに、調査対象の若者のうち、教会に通っていない若者たち(全体の13%)が、なんとCCM音楽に対し、一番低い評価を下したのです。

つまり、ノン・クリスチャンの若者は、教会でこの種の音楽スタイルが用いられていることに、実際のところ好感を持っていないという調査結果が出たのです。

結論としてラッシュ教授は次のようなことを言っておられます。

現代風の音楽によって若者の心をつかもうという大人たちの試みは、、教会に通っていない学生たちの魂を勝ち取ることにおいて、不成功に終わっているようです。

もしかすると、牧師やユース奉仕者や、賛美担当者たちは、〈ティーンと教会音楽〉というテーマに関し、これまで誤った想定をしてきた可能性があります。



つまり、この世の若者が「来やすいように」との配慮から、教会側があれこれ忙しく世の手法を真似、教会の「敷居」をとことん低くしていく――こういった努力は、よりリアルで真実な視線を持った未信者のティーンの前に、何ら訴える力を持っていない、いや、逆に彼らを一層キリストから遠ざける要因になっている、ということでしょうか。


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CCM支持者側から寄せられる代表的な反論


米国では、上述のような慎重な意見に対し、以下に挙げるような反論がなされます。


1.音楽そのものは、中立的なものです。だから大切なのは歌詞であって、音楽のスタイルではないんです。

2.音楽というのは、個人の好みの問題です。ある人は古い讃美歌が好き。ある人はロック調のCCMが好き。で、それぞれが自分の好むスタイルで主を賛美している。それでいいんじゃありません?

3.「ロック音楽が悪い」って聖書のどこに書いてあるんですか?どこにも書いていないじゃありませんか。大切なのは私たちの心がどこに向けられているかってことです。そう、神様は私たちの心をみられる方です。

4.マルティン・ルターやウェスレーだって、当時の「現代音楽」を使っていましたよ。

5.ロック音楽は、若者伝道のために今や欠かせないものです。

6.神様はCCMをお用いになり、救霊のわざをなしておられます。


上述のダン・ルカリニ兄は、1970年代前半に救われ、CCMの賛美リーダーとして活躍しておられた方です。

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救われる以前に、ロック・バンドで活動していた彼は、救われた後、今度はその音楽的才能を「生かして」、CCMでの活動に打ち込みました。

彼の尽力により、幾つかのいわゆる「伝統的な」教会が、オープン礼拝式のCCM教会に様変わりしました。しかしさまざまな葛藤を経て、彼はついにCCM賛美リーダーを降りる決意をしました。

そしてその証しがWhy I left the Contemporary Christian Music Movement(「私がCCM運動から身を退いた理由」)という題名で出版され、欧米圏で反響を呼びました。

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「若者たちの魂をキリストの元に勝ち取るためなんだって、僕たちはいつも〈大義〉をかざしていました。」とルカリニ兄は言います。

「でも実際はどうかっていうと、、、若者たちはこういう音楽、本当は好きじゃなかった。これはあくまで〈僕たちの〉音楽だったんです。これはクラシック・ロックでした。

本当のところ、僕は自分の満足のためにやっていたんです。これが僕のたどりついた結論です。」

彼はさらに付け加えて言いました。「正直に言います。あれは救霊のためじゃなかった。結局、自分があの種類の音楽が好きだった、、、それなんです。」

次の記事では、上に挙げられたような反論に対し、彼がどのように応答しているのか、ご一緒にみていきたいと思います。




追記)
このテーマに関してもっと徹底的に掘り下げたい方へ 

以下のVTRは、「教会の中に入ってきた世俗の音楽」という題の、3セッションに渡るメッセージです。


セッション1


セッション2


セッション3








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CCMについて書いた私の記事に関して、今日、「日本とアメリカのロック音楽事情の違い」を指摘するコメントを寄せてくださった方がいました。

私の知らない部分についての情報であり、とても為になりました。ありがとうございます。以下、そのコメントを引用いたします。

、、アメリカと日本ではロックの内実が大きく異なるからという理由もあるように思います。

Kinukoさんはアメリカのロック・ミュージックを聴かれた事はありますでしょうか?

ロックミュージックは欧米(特にアメリカ)で「既存の価値観、体制や権威に対する反逆・反抗の音楽」として生まれ、育ってきた歴史的背景があります。

今はソフトなポピュラーに近いものから、激しいHR/HMまで非常に幅広い内容のジャンルになっていますが。

その「既存の価値観」の中には、クリスチャニティや聖書の権威、それに基づく価値観も含まれます。HR/HMの男性歌手が例外なく髪の毛を伸ばしているのにお気づきでしょうか?

日本のロックを聴いているだけではあまりピンと来ないかも知れませんが、洋楽のロックの歌詞には非常にダーク、サタニックなものがしばしば見られます。

有名なアーティストを挙げるとマリリンマンソンなどでしょう。マイロンさんが「ロックビートはサタン崇拝に用いられてきた」とまで、断言される理由はここにあると思います。

欧米ではロックミュージックを通して、クリスチャン的価値観が攻撃されてきた歴史があります。

しかし日本ではクリスチャニティは反逆すべき「既存の価値観」では全くなく、欧米から移植される形で生まれたJロックはあまり過激な実を結ばなかったように思います。

日本のロックしか知らない日本人クリスチャンにとって、ロック的CCMを全面否定するマイロンさんのご意見(ココ)は、非常に極端に聞こえてしまっているのではとも思います。

サタン礼拝にも使われている音楽を使って主を賛美するべきではないとのご意見ですが、ロックCCMやゴスペルラップももともと既存のサタニックなロック・ラップへの対抗手段として作られたという側面もあり、このあたりは難しいなと思います。

ただ、前のお手紙にも書きましたが、現代CCMには落とし穴が多いです。

その意味で、世俗の音楽性とは一線を画した賛美のもたらす祝福については、私もマイロンさんのご意見に同意します。敬虔な賛美の価値。たしかにそれは存在します。

そうして生まれた新しい賛美は多くの実を結ぶのではと思います。



フィエスタ (1)


ご指摘くださったように、たしかに日本とアメリカ(そして日本と欧米の教会)では、ロックそのものに対する認識が違うのかもしれませんね。

ですから、「CCM」と言った場合に、そこには自分の考えている以上に、種類や性質の幅があり、また欧米と日本での認識の違いも存在するため、十把一からげに「CCM」とくくってしまうことには十分、慎重にならなければならないなあと思わされました。

またこのテーマに関して、何かご意見やご感想のある方は、自由にコメントをお寄せください。


(祈り)
天のお父様、私と共にこういった問題に向き合ってくれる仲間を与えてくださり、本当にありがとうございます。

私は、あなたに喜ばれる礼拝がどのようなものなのかを考え、それを求めています。

しかし私の知らないことはあまりに多く、また惑わしの霊も多く、時々、私は自分が広大な原野で迷子になってしまっているように感じることがあります。

どうか私の、そして私たちの手をとって、私たちをあなたの望まれる道に導いてください。

そして、あなたを知るための知恵と啓示の御霊(エペソ1:17)をお与えください。

イエス様の御名を通してお祈りします。アーメン。





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(ヒルソングの賛美コンサート source


このような記事タイトルをお読みになっただけで気分を害された兄弟姉妹もきっといらっしゃるでしょう。ごめんさい。

私は今36歳です。私は大学時代にCCM賛美中心の教会で救われ、CCM中心の教会で育ってきた、典型的なCCM世代のクリスチャンです。

実際、私は讃美歌集というのを教会で開いて歌ったという記憶さえほとんどありません。

ですから、私は「古き良き時代には、、」と、眼鏡の奥からうらめしげに昔の讃美歌時代を振り返り、今の現状を嘆いている懐古主義者ではないのです。

懐古しようにも、私には元々そういった「古き良き過去」さえないのですから。

また、私は聖書的な根拠もなく、ただやみくもに「新しいトレンドに反対する」――というような意味での「保守主義者」にもなりたくありません。

なぜなら、こういう保守主義者は、往々にして、若い魂が教会に来るのを妨げるつまずきの石ともなってしまうからです。

それにもかかわらず、なぜ私はこのような記事を書こうとしているのでしょうか。

それは私自身が今、昼も夜も、「神様、あなたがお喜びになる礼拝とはどのようなものなのでしょうか。」と求め、それを追及しているからです。


CCMとは何か


ウィキペディアによれば、CCMつまりコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージック(現代キリスト教音楽)は、次のように定義されていました。

キリスト教信仰に関係した事柄に歌詞の重点を置いたポピュラー音楽の分野である。

この語は、ナッシュビル、テネシーに基礎を置いたポップ、ロック、ワーシップキリスト教音楽産業、また(ヒルソング、マイケル・W・スミス等の)アーティストについて言及する時に典型的に用いられる。



また、CCMの背景としては、「1960年代から1970年代初期のジーザス運動リバイバルの時期に、ポピュラー・ミュージックの感覚で最初に来た」と説明してありました。

最初のポピュラーな「ジーザス・ミュージック」アルバムは、ラリー・ノーマンにより、キャピトル・レコードより最初にリリースされた「この岩の上に(Upon This Rock)」であり、この新しいジーザス・ミュージックはロックンロールとフォールロックから生まれたそうです。

そしてこの新しいCCM文化は、1980年代までに、何百万ドルの企業に成長していきました。

1990年代には、エイミー・グラント、DCトーク、マイケル・W・スミス、ジャーズ・オブ・クレイなどのCCMのアーティストは主流のトップ40位のラジオで流れるほどまでになりました。(以上ウィキより)


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(CCM歌手 マイケル・W・スミスの賛美コンサート source


探求のきっかけ


CCMについて私が深く考えるようになったのは、少し前に起こった二つの出来事がきっかけです。

一つは、ある姉妹(妊婦さん)が私に寄せてくださった長いメールです。

彼女の教会は何千人もの会員のいるCCMスタイルの教会ですが、彼女は妊娠して以来、礼拝賛美の中で使われるドラムやビートの音が自分の胸に不調和音を生み出し、気分が悪くなっていると私に打ち明けました。

また、「ステージに立って歌う女性たちのハスキーな歌声と、歌詞の合間にマイクを通して伝わってくる吐息(breath)が、なんというのか、肉感的、、セクシーにさえ聞こえてくるんです。」と言っていました。

もう一つは、ある親切な日本の姉妹が私に1954年出版の讃美歌集を郵送してくださったことです。

「家に二冊あるので、一冊をどうぞと思って。」とわざわざここまで送ってくださったのですが、中に載っている歌詞を読み、私はその内容と意味の深さに心を打たれました。

ワーシップ・ソングと比べ、讃美歌には、一曲当たりに記されている霊的真理がたしかに多く、また多くのCCMと違って歌詞の「繰り返し」が少ないことにも目が留まりました。

こういったことがきっかけとなって、私は上述の題名のごとく「はたしてCCMはクリスチャン礼拝にふさわしい賛美のあり方でしょうか」と自問するようになったのです。

私は自分がブログ上でも時々CCM賛美を紹介していることもあり、「これが霊的に良くないものだとしたらどうしよう」と、なおさら責任を感じました。


賛美の本質


そこで私はある敬虔な方に、そのことを相談してみることにしました。以下は、その方がくださった回答の要約です。

賛美とは、父なる神が求めている「霊と真理による礼拝」から生まれる「実」であると私は考えています。

それゆえ、霊的礼拝の核であり、根源であり、命である「キリストの十字架」から派生する賛美は、おのずとCCMの音楽性を取り入れた賛美がもつベクトルとは完全に異なるものだと思っています。

例えば、ガラテヤ6:14

「しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私の世界に対して十字架につけられたのです。」

の御言葉が啓示している霊性と、多くのCCMが私たちに提示する霊性にどのような調和があるのか、私にはそれを見いだすことができません。


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聖霊は、賛美として歌われていた多くの詩編のその旋律を記録に残さず、み言葉そのものを残すことを選ばれました。

それは賛美が、神のみ言葉から直接溢れ出る霊性から派生するものであることを意味していると思います。

世俗の音楽性に「聖句を貼り付けた」賛美とは、本質的に異なるものだと信じます。

コロサイ3:16「キリストの言葉を、あなたがたのうちに豊かに宿らせなさい。そして知恵をつくして互いに教えまた訓戒し、詩と賛美と霊の歌によって、感謝して心から神をほめたたえなさい。」

ここでは、「心から神をほめたたえる」賛美が、「キリストの言葉が豊かに宿った心」から生まれることを啓示しています。



私がCCMを受容していた理由の一つが、「若者伝道」でした。

自分がCCMに背を向けることで、周りにいる若い人々が、キリスト信仰を重苦しく、いかめしいものと捉えてしまうのではないか、私の「古風さ」が彼らにとってつまずきとなってしまうのではないか、、と、私はそういうところで葛藤していました。

しかしこの方からの回答を読んで、私はそういう自分が中心から外れたところ、つまり「キリストの十字架」という根本的真理から外れたところで事の是非を問うていたことに気づきました。

「あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」(マタイ16:23b)。若いみなさんをつまずかせたくない、、、人、人、人、、、。

私は、礼拝というものが、本来、「をお喜ばせするものであること」、これこそを他の何にもまして求め、これを中心に物事の是非を問わなければならないことを見落としていました。


方向転嫁と見直し


その後、私は神様に祈り、自分の音楽ファイルの中にあるCCMを全部、チェックすることにしました。

そしてガラテヤ6:14の御言葉が啓示している霊性と調和していないと思われる曲は思い切って削除していきました。自分の過去ログも総点検し、削除すべきだと判断したものは削除しました。

そして削除すると同時に、「主よ、あなたが真に喜ばれるような方法であなたを賛美したいです。それにふさわしい賛美をぜひ私に教えてください。」と祈りました。

次の記事でみなさんにご紹介したいと思っているのは、そういった賛美を求めてこられたあるクリスチャンの方の証しです。




追記)日本のCCMライターの多くは、本当に主を賛美し礼拝する心から、賛美を作り、歌っておられます。(例、大和田広美さん、リラなど多数) 私の記事はそういった方々の尽力に対しケチをつけるものでは全くなく、またそのような意図をもって書かれたものでないことをどうぞご理解ください。ありがとうございます。