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おお 恵みの神よ、
汝は私の罪を贖ってくださいました。



そして花嫁の衣と
聖潔の宝石とで私を飾ってくださり、
ご自身の義をわが魂に帰してくださいました。




しかし、ああ、クリスチャンとしての私の歩みはどうでしょう?
私は未だにぼろの中にいます!



自分としては最高の祈りであっても、
それらは依然として罪に染まっており、


悔悛の涙の中にさえも、
多くの不純物が混じっています。



犯した誤ちの告白は、
罪を軽減はさせず、


御霊を受けようとする私の動機にも、
利己的なものが多く混ざっています。




おお主よ、私は自分の悔い改め自体を
悔い改める必要があります。

私の涙は洗い清められなければなりません。




私には自分の罪を覆う衣がなく、
自分の義を織りなす機(はた)もありません。



私はいつも不潔な着物で立っており、
ただ汝の恵みによって、
新しい衣をいただいています。



なぜなら、汝はいつも
不敬虔な者を義となしてくださるからです。





いつも、いつも、私は遠くの国へとさまよい、
放蕩息子として家に戻ってき、

そして「お父さん、私を赦してください」と言います。




そして、そんな私に、
汝はいつも最高の着物を持ってきてくださるのです。




どうか私に毎朝、その衣を着させてください!
そして毎晩、その衣を着て戻ってくることができますように。



日々の仕事の中でも、
結婚においても、
死の床につく時にも、

大きな白い御座の前に立つ時にも、
御国に入るその時にも、


どうか汝のその衣を着させてください。






そして、

罪のおどろくべき罪深さ、
救いのおどろくべき義、
キリストのおどろくべき栄光、

聖潔のおどろくべき美しさ、
恵みのおどろくべき驚異を、


常に心に留める者となさせてください。



アーメン。





"Continual Repentance",
The Puritan Prayers and Devotions
私訳



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おお主よ、


汝の御力は無限であり、
その知恵には誤りがありません。



どうか周りの物事によって私が、妨げを受け、
落胆させられることのないよう、汝がご采配ください。



あらゆる争いと私との間に立ってください。



そうすれば、悪が私の上に降りかかることなく、
罪によってわが賜物や情熱が損なわれることもないでしょう。



どうか私が与えられた責務を忠実に果たし、
愚かな自己流のやり方に走ることがありませんように。




汝の祝福を受けないような業につくことのないよう、
私を見張ってください。



そうすれば、御名を傷つけることなく、
汝に仕えることができるでしょう。





ああ、御翼の陰にある、
汝の秘められし隠れ場に 私を宿らせてください。




そこにいれば、私は、



昼に飛び来る矢、
暗闇に歩き回る疫病、


舌の争い、
人の悪意、


愛なく、人を突き刺すような言葉、
悪い人間関係の罠、


青年期のあらゆる危険、
中年期のさまざまな誘惑、


老年期の哀悼や悲嘆、
そして死に対する恐れからも


堅く守られるでしょう。





支えも、助言も、慰めも、私は完全に汝に寄り頼んでいます。

汝の自由な御霊によって私を支えてください。




どうか自分の信仰が守られていることだけに満足するのではなく、



いつも前進し、

汝が私にくださった働きのうちに、

絶えず邁進し続けることができるよう、助けてください。



そして信仰生活におけるあらゆる目的を成し遂げるべく、


汝の御霊によって、
私の内なる人を強めてください。



キリストの内にある新しいわが名、

わが体、魂、賜物、性格、業、家族、友人、働き、

そして自分の現在、未来、そして終着点――


これらをすべて汝のうちにお委ねします。




全てを受け取ってください。


なぜなら、それらは皆、汝のものだからです。



そしておお主よ、

私自身、今よりとこしえまで、汝のものです。


アーメン。






"Refuge"
The Puritan Prayers and Devotions
私訳








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天の御父よ、

歌いつつ十字架へ向かうよう
汝は私を導かれました。


そこにおいて、

私は、自分の抱えている、
あらゆる問題・重荷をおろし、
それらが跡形もなく消え去るのを見、


山のようにそびえ立つ
わが咎・責めが、
平らにされ、
平原にされ、


言語に絶するほどの醜悪さを持ち、
海の砂粒よりも多い
わが罪が
消されるのを見ます。



なぜなら、カルバリーの血潮には力があるからです。

その血は、
無数の罪を打ち壊します。


汝は丘の脇にあるひとつの泉を
与えてくださいました。

そこで私は清められ、白くされます。



一介の罪びととして
私はその水のほとりに行き、

水晶のような流れの中で、
何にはばかれることなく、
浸水します。



十字架には、
貧しき者や柔和な者のための
無償の赦しがあります。


そして、そこには
とこしえに続く豊かな祝福があります。



小羊の血潮は、無限の恵みをたたえし
大いなる川であり、

その川の豊かさは、
たといどれだけ多くの渇き人が飲もうと、
決して減じることのないものです。



おお主よ、
汝の血潮によって与えられし
この無償の赦しが、
とこしえまでにありますように。



痛みに満ちたこの世のただ中にあって、

それは、
地上の唯一の歌、
天における讃歌、


どんな場所においても
賛美の対象であり、

その愛とすばらしさには
限りがありません。



私の心には
上の世界に対する渇望があります。

――無数の群衆が大いなる歌を歌っている天の世界に。



なぜなら、わが魂は、
この世のちりを愛するようには
決して造られていないからです。



この地にあって私の霊的な状態は、
脆弱で、力のないものです。


しかしこれからもカルバリーの讃歌を歌いつつ
前進していきたいです。



汚れなき良心に満ちた清い心は
ユリの花よりも美しく、


清い心の持ち主だけが、
昼となく夜となく賛美することができ、


私がカルバリ―にとどまる時はじめて
そのような心が自分のものとなること――


どうか絶えず、そのことを覚えさせてください。





"Calvary’s Anthem"
The Puritan Prayers and Devotions
私訳





おお わが救い主、
私を助けてください。


私はいつまで経っても学ぶことができず、
すぐに忘れてしまい、
登ろうにも その力のない弱い者です。


今はもう山頂にいるべき時ですが、
私はいまだに山のふもとにいます。



私は、
自分の恵みなき心、
祈りに欠ける日々、
愛のなさ、

天的な競走にたいする怠惰、
汚れた良心、
無為に過ごしてしまった多くの時間、
用いようとしなかった数々の機会、、

こういったことを思い、
心痛めています。



辺り一面、光が照らしだされているのに、
私は盲目です。


どうか私の目からおおいを取り除いてください。
そして不信仰という悪しき心を砕いてください。



ああ、汝のことを深く学び、
汝のことを黙想し、
汝を見つめつづけることが

他の何にもまして 
私の喜びとなりますように。



マリアのように汝の足もとに座り、
ヨハネのように汝の御胸に寄りかかり、
ペテロのように汝の愛を慕い求め、

パウロのようにすべてのものを
ちりあくたとみなすことができますように。



主よ、恵みが増し加わり、
その中でさらに前進していくことができるよう助けてください。


そうすれば、

わが人格は、より堅実なものとなり、
より精力をもって物事に取り組むことができ、
生き方においても、高尚さが増し加わり、


汝への献身にさらなる炎がともされ、
わが情熱の中に
よりいっそうの忠実さがみられるようになるでしょう。



この世において私になにがしかの地位があるとしても、
どうか、この世自体がわが地位となることがありませんように。


そして 創造主なる主の内にのみ見い出されるものを
被造物の中に求めようとすることが決してありませんように。



信仰により、たえず汝を求めさせてください。
ああ、王の王、主の主、わが内でお働きください。


そうすれば、私は勝利のうちを歩み、
わが使命を全うすることができるでしょう。




"A Disciple's Renewal"
The Puritan Prayers and Devotions
私訳






全能の神よ、

今日というこの日を迎えるにあたり、

私は自分自身のたましい、体、やるべき事、友人たちのことを

汝のご配慮にゆだねます。




私を見張り、守り、教え導き、聖め、祝福してください。

わが心を汝の道に傾けさせてください。

陶器師が粘土をこね、形造るように、

どうか私を全きイエスのかたちに造り変えてください。




わが唇が美しく調律のとれたハープとなり、

そこから汝への賛美が響き渡りますように。




そして、汝の御霊によって生き、

この世を足元に踏みにじり、

偽りの虚栄に自らを同化させず、

心の一新によって根本から変えられ、

完全なる神の武具で身を固め、

けっして曇ることのない光として輝き、

あらゆる行ないの内に、聖さを表していくことができますように。




そして周りの人が

そのように生きる私を見ることができますように。




どんな悪も、

わが思い、言葉、手を汚すことがありませんように。


そして、しみやきずのない聖められたいのちと生き方をもって、

この世の泥道を歩んでいくことができますように。




この世との交渉が必要な時にも、

どうかわが心の思いが天にあり、

わが愛が炎のような輝きの内に空高く舞い上がり、

わが眼が目に見えないものの上に堅くうち据えられ、

わが目がこの世のむなしさ、もろさ、まやかし、虚栄に対し、

いつも開かれていますように。




ああ、わが主の来臨を待ち望み、

最後のラッパの音を聞き、

新しい天と地に駆け込み、


こうしてすべての事を

永遠の鏡の中で見ることができますように。




今日私の出会う人々との会話が、汝の知恵の内になされ、

互いに恵みをもたらすものとなるよう

取り計らってください。



お互いを建て上げる助けにならないような

無益な会話をすることが決してありませんように。




ひと言ひと言を、

この地上での私の最期の言葉であるかのように話し、



わが一つ一つの歩みを、

人生最期のものであるかのように

歩んでいくことができますように。




今日をもってわが生涯が終わるのでしたら、

どうか主よ、

この日が私にとっての最高の日となりますように。


アーメン。




"Morning dedication"
The Puritan Prayers and Devotions
私訳






主イエス、私に

より深い悔い改め、
罪の恐ろしさを悟る心、
そして畏怖の念をお与えください。


罪に汚されることなく そこから逃れ、

わが心がただひたすらに汝のものとなるよう

堅く決意させてください。



私により深い信頼を与えてください。


そうすれば、私は自己を失うことで、

汝のうちに自分を見いだすようになるでしょう。


主よ、汝こそわが安息の地、そしてわが存在の泉です。



汝自身を救い主、主、王として知る

より深い知識を与えてください。



密室での祈りの中に より深い力を、

汝のみことばの中に さらなる甘美さを、

そしてその真理を捉える より確かな理解力を与えてください。



自分の言葉、思い、行動のうちに

より深い聖さをお与えくださり、

汝を離れたところで美徳を求めることのないよう助けてください。



偉大なる主、天的な農夫よ、

わが内を深く耕してください。


そうすれば、わが存在はならされた畑となり、

恵みの根は広く遠くまでもひろがっていき、

やがて、わが内で汝のみが見いだされるようになるでしょう。


――光り輝く夏の収穫のように汝の美しさが、

そして秋の豊作のように汝の豊かさが。



私には汝をおいて他に 主人はおらず、

汝のみこころをおいて他に 掟はなく、

汝ご自身をおいて他に 喜びはなく、

汝のくださるものをおいて他に 富はなく、

汝の祝福してくださるものをおいて他に 良きものはなく、

汝の授けてくださるものをおいて他に 平安はありません。



私は、汝が自分を造ってくださった通りの者であるにすぎません。

また私は、汝より受けているものを持しているにすぎません。


恵みが自分を飾ってくれているのであり、

それ以上の者ではけっしてありえません。


慕わしい主よ、私を深く探ってください。


そしてあふれるばかりの生ける水で

私を満たしてください。




"The Deeps"
The Puritan Prayers and Devotions
私訳






永遠の御父、

汝は人のあらゆる思いを超え、

善き方であられます。



しかし私は下劣で、あさましく、みじめで、盲目な者です。



口では告白しますが、

心はそれをなかなか感じることができず、

わが道を改めることも 遅々として進みません。




わが魂を汝の前に携え持っていきます。

どうかこれを砕き、傷つけ、曲げ戻し、

あなたの型に作り直してください。



罪のゆがみと奇形の仮面をはぎ、

それを私に示してください。



そうすれば、私はそれを憎み、忌み嫌い、

そこから逃げるようになります。



わが能力や機能は、これまで

汝に刃向かう反逆の武器として

使われてきました。



反逆する者として私は、

自分に与えられている力を誤用し、


汝の御国に敵対する者たちに

味方してきました。




ああ、こういった自分のひどい愚かさを

悲しみ嘆く恵みをお与えください。




罪びとの道は耐えがたく、

悪人の道は悲惨であり、


汝から離れた歩みというのが、

すべての善きものへの喪失に他ならないことを

私が知ることができますように。




私は汝の全きおきての聖さと美しさを知っており、

そのおきてに治められている心の幸いな状態をも

知っています。


またおきてに忠実に歩む者に備わる

しずかな気高さをも見てきました。



にもかかわらず私は、日々、そのおきてを破り、

ないがしろにしているのです。




愛にあふれた御霊はわが内で働き、

御言葉による警告を私に与え、

おどろくべき摂理の中で私に語りかけ、


ひそやかなる囁きにより

私に近づいてくださいます。




それなのに、私は――結局は自分を傷つけるに至る――

自己流のやり方や欲望の方を選び、



ひどく憤慨し、嘆き、

御霊に打ち捨てられるようなことをしています。




こういったすべての罪を私は嘆き悲しみ、そして

涙のうちに

赦しを乞い求めます。




わが内に働き、

より深く、永続する悔い改めをお与えください。



敬虔な嘆きを余すところなく私に与えてください。



うち震え、畏れおののく嘆きを。

そして それと同時に、

なおいっそう信頼し愛する力強い嘆きを。




ああ 悔い改めの涙を通し、

救いをもたらす十字架の光輝と栄光を

よりはっきり見ることができますように。



"Yet I Sin"
The Puritan Prayers and Devotions
私訳




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憐れみ深い父よ、

イエスのゆえに 私の声に耳を傾けてください。


汝との もっとも親しい歩みの内にあっても 
依然として 私は罪深いのです。


私がもっと以前に死んでいなかったのは 
汝のご慈愛ゆえです。



汝の恵みにより 
十字架の内にある信仰が与えられ、


それを通し 汝は私を、
ご自身との和解に導かれました。



そして その偉大なる愛によって私を引き寄せ、


咎ある私を、
キリストにあって
無実な者とみなしてくださいました。




あらゆる恵みを与えてくださる主よ、

汝を仰ぎ見ます。


どうか、これらの恵みを自分の内に保つべく、
私に力をお与えください。


なぜなら、わが信じるところを実践するのは 
困難だからです。


誘惑に負けることのないよう 私を強めてください。


若い時から 私の心は 
底なしの罪の泉のようであり、


そこには堕落の川が流れ、
自分のあらゆる行動の内に
流れ込んでいます。


 
私がこれまで信頼を寄せてきた 
あらゆる手段を
汝は 無効にされました。



ですから今、汝の内にない限り、私は全く無力です。



汝だけが 悪に傾こうとするわが歩みを
差し止めることがおできになります。



私を支える汝の恵みなくしては 
私は倒れてしまいます。



サタンの放つ火矢は 瞬く間に 私を刺激し、


本来なら それらを消すべき盾は、

いとも簡単に 
私の手からすべり落ちてしまいます。



サタンの策略や攻撃に立ち向かうことができるよう 
私を強めてください。



自分の弱点を わきまえつつ、

汝の力に 寄り頼み続けることができますように。



試練がくるたびに、それらを通し、

さらなる汝の平安、
そして愛を知ることができますように。



汝の恵みが増し加わるべく 
私に 聖霊が与えられています。



実に、この方が絶えず私のうちで働いてくださらない限り、

私は恵みを保つことができません。



御霊が、
約束された汝の御助けに対する わが信頼を、
確かなものとしてくださり、



汝に寄り頼みつつ、
へりくだった歩みをすることができますよう、


主イエスのゆえに、
どうか 私を助けてください。


アーメン。





-Grace in Trials,
A Collection of Puritan Prayers & Devotions
私訳







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聖なる主。

私はこれまで、

数えきれないほど罪を犯してきました。


私の内には、プライドと不信仰があり、

汝のみ言葉のうちに汝の心を見い出すことができず、

しかも、日常の生活の中で、汝を真摯に求めているとは言い難い状況にあります。


こういった数々の咎や欠点は、自分を責め立てる一覧表となって、私の前に置かれています。

しかし、主はほむべきかな。その全てをキリストが背負ってくださり、
そのため、責め立てるものは私を倒すことができないのです。


私の内にある腐敗したものをこれからも制圧してくださり、

こういったものの上に生きることができますよう、
私に恵みを与えてください。


肉の欲や心の中の妄想が私の魂を支配するままにさせず、
どうか自由と御力のうちに、私を治めてください。



これまでに捧げてきた多くの祈りが拒まれたことを感謝します。


ふさわしくない事を望んできたため、それらは与えられず、

自分の欲によって祈ってきたため、それらは拒まれ、

また、長い間、エジプトを慕ってきたため、その代わりに荒野が与えられてきました。



忍耐深い汝の御業を続けてくださり、

汝の目に正しくないと映る私の祈りに対し、

今度もどうか引き続き、「否」とお答えになってください。

そしてそれを受け入れることができますよう、私を整えてください。



あらゆる邪悪な願望、利己的な求め、汝のご支配に敵対するもの全てから、私を清めてください。



汝の知恵と愛を感謝します。


今、私に与えられているあらゆる鍛錬ゆえに、

そして、私の金を精錬し、金かすを取り除くべく、

時として私を火炉の中に入れてくださるゆえに。



罪意識を耐えることほど辛い試練はありません。


もし、私が、罪の問題をないがしろにしたまま安楽に生きるのか、

それとも、試練によってそれらが焼き払われる道か、

その内どちらか一つを選ばなければならないのだとしましたら、

おお主よ、どうか私に清い苦難をお与えください。



あらゆる悪習慣、

あらゆる罪への癒着、

自分のうちに潜む、汝の恵みの輝きを曇らせるような一切のもの、

そして汝のうちに喜ぶことを妨げる一切のものから、私をお救いください。



こうして私は、自分を義の道へと導いてくださる汝、

エシュルンの神をほめたたえるでしょう。




- Confession and Petition
A Collection of Puritan Prayers & Devotions
私訳、picture from here



エシュルン("upright one")について

「エシュルン」は、申命記32:15, 33:5, 33:26の三箇所に登場します。旧約ではイザヤ書44:2にあります。
、、「エシュルン」יְשֻׁרוּןとは固有名詞ですが、このことばの基になっているのは、動詞の「ヤーシャル」יָשַׁרで、真っ直ぐにする、正しく考える、物事を正すといった意味です。形容詞は「ヤーシャール」יָשָׁר(正しい、upright)、名詞は「ヨシェル」יוֹשֶׁרです。(引用元:ココ

七十人訳聖書(LXX)は、申32:15、33:5,26、イザヤ44:2のje-shu'-runの箇所を、「愛されている者、愛しい者(ὁ ἠγαπημένος)」と訳しています。(参照:International Standard Bible Encyclopedia









わが御父よ、

絶えず変わりゆく被造世界の中にあって


キリストとその御言葉だけが 
揺るがされず 堅くとどまっています。



おお あらゆる被造物を後にし

礎であるこの方の上に 石として休むことができるなら!

主の中にとどまり この方によって支えられるなら!



なぜなら わが内にある あらゆる恵みは 
キリストを通して来ており、


このお方が そのような恵みを意図し、得、
約束し、もたらされたからです。



聖なる愛に満ちた神の小羊の近くにあることは 
なんと幸いなことでしょう。



汝に対して罪を犯すとき、
私は汝のご意思、愛、いのちに刃向かっており、


そんなとき、私には 
寄りかかることのできる どんな慰め手も被造物も存在しません。



私の罪は、この罪やあの罪といった特定の悪というよりはむしろ、


汝との間の たえまない別離、不一致、へだたりです。
そして汝に対する ふしだらな心の態度です。


しかし汝は私に、イエスという御子を贈ってくださいました。


このお方は 汝とわが魂との間の仲介者であり、

穴の中で 彼の下方にいる人々も 上にいる人々をも
しかと支えることのできるお方です。


なぜなら、この方だけが、

罪によって引き裂かれた深淵に橋を架けることができ、

神の義を満足させることがおできになるからです。



ああ いつも私がこの仲介者なるお方を 信仰の対象として
しっかりととらえることができますように。



主の側からみれば 
私は、みことばによってこのお方と一つにされており、

一方、私の側からは、
信仰によって、このお方と一つにされています。



もし私がみことばに刃向かうなら、

これほどまでに近くにおられる わが主に刃向かうことになります。


一方、私がみことばを受け入れるなら、

その時、私は、わが主ご自身を受け入れるのです。



おお すべての人の心は 汝の御手の中にあります。

みことばに従い
御子のかたちに従い 
わが心を形作ってください。



そうすれば、みことばなるキリスト、そしてご自身のことばが

わが力、わが慰めとなるでしょう。




-Christ the Word,
A Collection of Puritan Prayers & Devotions

私訳






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