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手紙というのは、私たちの大切な人の安否をきき、気持ちを伝え、日常の小さな・大きな喜び・悲しみ・希望などを相手と分かち合う、すばらしいコミュニケーションの手段だと思います。


ギリシャ語で「手紙」は、エピストレー(επιστολή)といい、これは「手紙を書く」という意味の動詞エピステロ―(επιστέλλω)から派生した語だということです(織田)。


そういえば、新約聖書27巻のうち、実に21巻がエピストレー(手紙、書簡)であるという事実も、なんだかすてきではないでしょうか。


手紙がモノローグと違うところは、書く人が、受信者である具体的な相手のことを心に思い浮かべながら、そして彼・彼女・彼らのことを意識しながら、メッセージをしたためていることにあるのではないかと思います。





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使徒たちが生きていた時代には、パソコンはおろか紙も存在しておらず、羊皮紙などに、葦のペンと黒インクで手紙を書いていたそうです。また、書いた文字を消したい時には、湿ったスポンジなどを用いていたようです。




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葦のペン (AD1世紀、エジプト)




3 ヨハネ13

あなたに書き送りたいことがたくさんありましたが、墨(=メラノス, μέλανος)と筆(=カラムー, καλάμου)でしたくはありません。


το μέλαν(メラン):[名]墨、インキ。色素メラニンμελανίνηはこの語から。

η καλάμη(カラメー):[名]茎(葦や麦などの)、藁(わら)







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Ⅱテモテ4:13b

また、書物を、特に羊皮紙(メンヴラナス, μεμβράνας)の物を持って来てください。


η μεμβράνα(メンヴラナ):羊皮紙、羊皮紙に書いた書物






さて、先日、私は小学生テオンくんのかわいいレター(AD2-3世紀、コイネー期エジプト)をみなさんにご紹介しました。



初代教会期のかわいい子どもの手紙を和訳しました!(生きたコイネー・ギリシャ語に思いっきり親しみましょう♡)





あんなに文法ミス、スペル・ミスだらけなのに(笑)、それでもパパに自分の気持ちを伝えようと一生懸命ギリシャ語で手紙をしたためたテオンくんに、私自身、かなり勇気づけられました。


そして昨日、私もテオンくんに倣って、コイネー・ギリシャ語でみなさんにお手紙を書いてみたんです!


また、お手紙はやっぱり手書きが一番うれしいかなあと思って、手書きレターを写真に撮りました。


これです。↓ 見えますか?ちょっと影になっていて読みずらいかもしれません。ごめんなさい。



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[和訳]



イエス・キリストのはしためKinukoから、
日本にいるすべての、神に愛されているみなさんへ。


兄弟姉妹のみなさん、こんにちは!
遠く離れたところから、この手紙を書いています。


窓の外にはアテネの空がひろがっています。
白い雲もみえます。
主よ、あなたのみわざはなんと多いことでしょう。


昨日、パンとチーズと、それから黒オリーブを食べました。
ザクロの実からとれたジュースも飲みました。
時々、うどんの味がなつかしくなります。


みなさんの教会の兄弟姉妹に、どうぞよろしくお伝えください。
I miss you!

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、
恵みと平安が、みなさんの上にありますように。アーメン。





コイネー・ギリシャ語を学んでおられる兄弟姉妹のみなさん、一言でもいいので、もしよろしければ、なにかお返事ください♡ 


それでは楽しみにしています。





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今日はちょっと息抜きに、ある子どもの書いたとってもかわいい手紙をみなさんに紹介したいと思います。


手紙の書き主は、テオンくんという8才~10才くらいの男の子です。


そしてこの子がこの手紙をしたためた日時は、、、なんと使徒時代から何十年か経った頃の、AD2-3世紀のエジプトです。


そうなんです、少し前に「聖書ギリシャ語はどういう風に発音されていたの?―生きたコイネーの世界へようこそ! (2)」という記事の中で、「コイネー時代の民衆の手紙やメモ書きがパピルス文書の形でわんさかエジプトで発見された」ということを書きましたが、発見されたテオンくんの手紙もその中の一つなんです。


私はこの手紙を、先週、ギリシャ人の友だちと一緒に読んだのですが、あまりにもかわいすぎて、友だちときゃーきゃー言って、かなりはしゃいでしまいました。


今日、それを日本語に訳してみました。


あっ、その前に、簡単にこの手紙が書かれた背景をお話しますね。


テオンくんのファミリーは、コイネー期のエジプト南部にあるオクスィリンホス(Oxyrhynchos, Ὀξύρργυχος)という都市に住んでいました。オクスィリンホスは、カイロから160キロくらい南に下った所にある都市です。



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地図でみても分かるように、オクスィリンホスは内陸部にある都市です。日本でいえば、長野県かな?


でも、テオンくんは、おそらく学校のお友だちから、「アレクサンドリアっていう所は、でっかくて、すごいんだぞぉー。海もあって、すいすい泳げるし、晴れた日には、そこからヨーロッパも見えるんだって。」っと、北方の大都市アレクサンドリアの魅力について常々聞かされていたのだと思います、たぶん。




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アレクサンドリアには巨大な図書館がありました。旧約聖書のギリシャ語翻訳も、この都市でなされました。参照:「アレクサンドリア図書館にはどんな分野の本があったの?






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コイネー期の図書館はこんな感じだったそうです。






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現在のアレクサンドリア市 (エジプト)





さて、テオンくんのパパが、今度、その大都市アレクサンドリアに何かの用事で行くことになりました。


さあ、テオンくんは、なんとしてでもパパに「自分も連れてって~」とせがみます。


手紙は、その子の切なる嘆願をつづったものです。


*なお、テオンくんのお父さんの名前もテオン(Θέων)なので、便宜上、息子はテオン・ジュニア(テオン Jr.)と呼ぶことにします。




[和訳]



テオンJr.から、おとうさんへ。あいさつ。


ぼくを街に連れて行ってくれなかったなんて、ひどいよ!


もしも今度、ぼくをアレクサンドリアに連れて行ってくれなかったら、、、そしたら、ぼくはもうパパに手紙とか書かないし、話しかけもしないし、「行ってらっしゃい」ってパパを見送ってやったりもしないから。


そして、もしパパだけがアレクサンドリアに行くなら、ぼくはもうパパの手、握ってやんないし、もう二度とあいさつなんかするもんか。


もしぼくを連れて行ってくれなかったら、そうなるよ。[分かった、パパ?]


ママがアルヘラオスにこう言ってたよ。「置いてかれたら、この子はたいそうがっかりするわね」って。


12日、えーと、パパが船にのった日に、ぼくにプレゼント送ってくれてありがとう。


今度は、リラ(=たて琴, lyre)を送って。リラ、ほしいよぉ~、パパ、お願い!


でも、もし送ってくれなかったら、ぼくはごはん食べないし、飲み物だって飲まないぞ。それじゃ、てがみ、おしまい。




(参照:Papyrus Oxyrhynchus 119



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これがパピルスに書かれたテオンくんの手紙のオリジナルです。




そして、↓が手紙の原文です。


やっぱり小学校低学年の子どもの書いた作文なので、いたるところに、スペルミスや文法ミスがあります。ミスの部分は(*) です。


1. Θέων Θέωνι τῷ πατρὶ χαίρειν.
2. καλῶς ἐποίησες(*) οὐκ ἀπενηχες(*) με μετε ἐ-
3. σοῦ (*)εἰς πόλιν. ἠ(*) οὐ θέλις(*) ἀπενεκκεῖν(*) <με> με-
4. τὲ(*) σοῦ εἰς Ἀλεξάνδριαν οὐ μὴ γράψω σε(*) ἐ-
5 πιστολὴν οὔτε λαλῶ σε(*) οὔτε υἱγενω(*) σε,
6 εἶτα ἂν δὲ ἔλθῃς εἰς Ἀλεξάνδριαν οὐ
7 μὴ λάβω χειραν(*) παρὰ [σ]οῦ οὔτε πάλι χαίρω
8 σε λυπόν(*). ἂμ(*) μὴ θέλῃς ἀπενέκαι(*) μ[ε]
9 ταῦτα γε[ί]νετε(*). καὶ ἡ μήτηρ μου εἶπε Ἀρ̣-
10 χελάῳ ὅτι ἀναστατοῖ μὲ(*) ἄρρον(*) αὐτόν.
11 καλῶς δὲ ἐποίησες(*) δῶρά μοι ἔπεμψε[ς](*)
12 μεγάλα ἀράκια πεπλάνηκαν ἡμως ἐκε[ῖ](*)
13 τῇ ἡμέρᾳ ιβ ὅτι ἔπλευσες(*). λυπὸν(*) πέμψον εἴ[ς]
14 με παρακαλῶ σε. ἂμ(*) μὴ πέμψῃς οὐ μὴ φά-
15 γω, οὐ μὴ πείνω(*)• ταῦτα.

16 ἐρῶσθέ(*) σε εὔχ(ομαι).
17 Τῦβι ιη.
v
18 ἀπόδος Θέωνι [ἀ]π̣ὸ Θεωνᾶτος υἱῶ(*).






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テオンくんの作文添削


2行目 
ἐποίησες →ἐποίησας
ἀπενηχες →ἀπενέγκας

3行目
εἰ
θέλις→θέλεις
ἀπενεκκεῖν→ἀπενεγκεῖν

4行目
μετ→μετ
σε→σοι

5行目
σε→σοι
υγενω→ὑγιαίνω

7行目
χειραν→χερα

8行目
λυπόν→λοιπόν
μ→ἂν
ἀπενέκαι→ἀπενέγκαι

9行目
γε[ί]νετε→γίνεται

10行目
μ→μ
ἄρρον→αἴρων

11行目
ἐποίησες→ἐποίησας
ἔπεμψε[ς]→ἔπεμψας

12行目
ἡμως→ἡμς

13行目
ἔπλευσες→ἔπλευσας
λυπὸν→λύραν

14行目
μ→ἂν

15行目
πείνω→πίνω

16行目
ρῶσθέ→ἐρρῶσθαί

最後の行
υἱ→υἱοῦ



☆☆



みなさん、どうですか?この子の手紙を読んで、どんなことを感じましたか?


小さな子が「あれがほしいよぉー。あそこに連れて行ってよぉー」とねだりつつ、「そうしてくれなかったら、パパの手なんかもう二度と握ってやんないから。」と子どもなりの「脅し手法」(笑)を使っている点など、2000年前も、今も、子どもは――そして人間は――変わっていないなあと思わず微笑んでしまいます。


また、新約聖書が書かれているコイネー・ギリシャ語で、小さな男の子が実際に、手紙を書いている――。


この事実もまた、私たちをさらに生きたコイネーに近づかせ、より一層の親近感をもってこの言葉に接するきっかけにもなるのではないかと私は期待しています!



ταῦτα. (タフタ)


(=それじゃ、記事、おしまい) ←テオンくんのまね。











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それでは前篇で取り上げたVTRをもう一度見てみることにしましょう。エラスムス式(=古典ギリシャ語式)発音のヨハネ1章1節です。






エン アルケー 
エーン  ロゴス

カイ  ロゴス エーン プロス トン セオン
カイ セオス エーン  ロゴス




ではこれをコイネー期の発音に復元してみることにしましょう。


エン アルヒェー (or アルヒー) 
エーン (or イーン)  ロゴス

  ロゴス エーン (or イーン) プロス トン セオン
 セオス エーン (or イーン)  ロゴス





ちなみに現代ギリシャ語の読み方では次のような発音になります。


エン アルヒー 
イーン  ロゴス

  ロゴス イーン プロス トン セオン
 セオス イーン  ロゴス






復元コイネーで1ヨハネの手紙を読み上げてみよう!




こうした音声学上の発見と、音声教材の発達により、「生きたコイネーでどんどん聞き、話していこう!」という動きが、特に若い世代のクリスチャンの間で起こってきています。


次にご紹介するのは、あるユース・パスターが読み上げる1ヨハネ1章1~4節です。私の大のお気に入りのショート・ビデオです。


おそらく彼は、R.Buth氏の教室で復元版コイネーの発音を直に学んだのではないかと思います。


ギリシャ語をお知りでない方も、ぜひこのVTR(1分)を観てみてください。このパスター、本当にうれしそうにコイネーをしゃべっておられるので、こちらまでその喜びが伝わってきます。


おそらく日本にこういうユース・パスターが出現したら、コイネー・ギリシャ語を学ぼうとする中高生たちが激増すると思います!


(p.s. このパスターの発音の中で私が一番好きなのは、εωρακαμεν(エオラカメン:見たこと)です。とってもとっても好きです。そこの部分をピンク色でマークしておきますね!


近い将来、ダビデさんやエレミヤさんたちも、教会のユースたちの前でこのように熱弁をふるってくださることをギリシャの地より、熱く期待しています!






(パスターが読み上げている箇所:1ヨハネ1:1-4


1 ο ην απ αρχης ο ακηκοαμεν ο εωρακαμεν τοις οφθαλμοις ημων ο εθεασαμεθα και αι χειρες ημων εψηλαφησαν περι του λογου της ζωης


2 και η ζωη εφανερωθη και εωρακαμεν και μαρτυρουμεν και απαγγελλομεν υμιν την ζωην την αιωνιον ητις ην προς τον πατερα και εφανερωθη ημιν


3 ο εωρακαμεν και ακηκοαμεν απαγγελλομεν και υμιν ινα και υμεις κοινωνιαν εχητε μεθ ημων και η κοινωνια δε η ημετερα μετα του πατρος και μετα του υιου αυτου ιησου χριστου


4 και ταυτα γραφομεν ημεις ινα η χαρα ημων η πεπληρωμενη






どんなオーディオ教材を使おうかな?




それでは、実際にどういう教材を使って学びを始めればいいのでしょうか?


あっ、その前に、復元版コイネー発音(歴史的聖書発音法, Historic Biblical Pronounciation)と、 現代ギリシャ語式発音(Modern Pronunciation)がどのくらい違うのかという点についてお話しておきたいと思います。


現代ギリシャ語話者の語感でいえば、たとえば、上のユース・パスターの復元版コイネー発音は、ほぼ現代語の感覚で受け入れられます。


たしかに η の音の違いは感じますが、その違いも、現代ギリシャ語内の、アテネ方言とキプロス方言の違いのようなマイナーさです。


まあ言えば、関東の人が、関西の人の朗読を聞いているような、そんな感じでしょうか。


これは、現代ギリシャ語がコイネー・ギリシャ語を母体としており、両者の間には文体的にも発音の上でもかなり連続性があるということとも関連していると思います。


これについて織田氏は次のように言っています。



新約聖書時代のコイネー・ギリシャ語の発音は、事実上、現代ギリシャ語のそれと、ほとんど変りはなかったことが分かる。


強いて相違を指摘するとすれば、単独のυが、現代語のように〔i〕ではなく〔uウムラウト〕であったこと、υι が〔i〕ではなく〔uウムラウト〕、οιが〔i〕ではなく〔o ウムラウト〕または〔uウムラウト〕であったろうことだけである。


五旬節のペテロの説教は、おそらく今日のギリシャ教会内の説教と大体同じように響き、パウロのアレオパゴスの説教は、アテネ放送局のニュース解説者と同じような口調と抑揚で語られたと考えて、大体間違いはない。





ちなみに↓は、現代のギリシャ・プロテスタント教会の説教の様子です。ペテロの説教もこんな感じに響いていたのかな?








それから、東京基督教大学のランダル・ショート教授が、現代ギリシャ語式発音で、新約聖書ギリシャ語を教えておられ、そのレクチャーをyoutbubeで公開していらっしゃいます。


ショート氏は、アメリカの方ですが、非常に流暢な日本語でコイネー・ギリシャ語を解説しておられます。


このような神の僕を日本に遣わしてくださった主に感謝します。ショート先生、ありがとうございます!


聖書ギリシア語講座 ―聖書ギリシア語を学ぶ人のためのオンラインサポート




↓はショート先生のレクチャーの一例です。





それから、この講座で使っているテキストは、『エレメンツ 新約聖書ギリシャ語教本 増補改訂版』(2016年3月出版)だそうです。



エレメンツ新約聖書ギリシア語



どなたか、すでにこの本でコイネーを学ばれている方、ぜひブック・レビューや感想をお寄せください。ありがとうございます。





おわりに



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さて、三回にわたり、コイネー・ギリシャ語の発音についてみなさんとご一緒に考えてきました。


こういう記事を書いていたからだと思いますが、昨晩、私はギリシャ語の夢をみました。夢の中で、私は誰かに一生懸命、πρεσβυτέριον(プレスヴィテリオン:長老たち)の意味を伝えようとしていたのです(笑)!


その意味で、たしかに、「音から入る」ギリシャ語というのは、想像以上に、私たちの思考形式や思いの領域にまで深く入ってくるのかもしれません。


さあ、みなさん、どうでしょう。9月からまた新学期が始まります。秋はまた、学びにも最適の時期だと思います。


私の願いは、どんな発音法であれ、愛する兄弟姉妹のみなさんが、「あー、ギリシャ語はむずかしすぎて駄目だ~」とかなしい思いをすることなく、逆に、


上にご紹介したユース・パスターの方みたいに、ウキウキと元気いっぱい、コイネー・ギリシャ語に親しみ、神様のことばの中に生き、呼吸し、考え、動き、そして憩われることです。


読んでくださってありがとうございました。



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みなさんに質問です。


今の日本に、レコーダーを始めとする録音機器が一切存在しないと仮定してみてください。


それどころか、テレビもラジオも何もありません。つまり日本人は皆、アーミッシュのように生活しているのです。



さて、タイムスリップし、今ここは2516年の未来の日本です。


そして、ある未来の言語学者が、テレビ番組でしきりに、「21世紀初めにも、日本人は依然として、『わたしは、田中です』を「ワタシha、タナカ デス」と発音していました」と主張しています。


あなたは心の中で「それ、絶対違うやろ」と叫びます。


さあ、21世紀初頭に、「わたしは」の「は」が、「ハ」ではなく「」と発音されていたことを、みなさんなら、どのように立証しますか?


私なら、日本語学校のアーカイブ書庫に直行すると思います。


そして、外国人学生の書いた答案やエッセーなどを大量に収集し、そこに溢れているであろうスペル・ミスに注目します。


サンプル1) きょー、わたし、おとーさんに会いました。

サンプル2) わたし、せんせーがすきです。




特に初級クラスの学生さんたちの答案は、音声学的にいえば、「生きた日本語」を映し出す最高の鏡です。


なぜなら彼らは、まだ、書き言葉の制約を受けておらず、巷で日本人が普通に話している生の日本語を聞き、それをそのまま素直に書き表しているからです。





パピルス文書と民衆の「スペル・ミス」




そして、なんと初級日本語クラスで起こっていることと同じことが、コイネー期のエジプトで繰り広げられていたのです!


そうです、発見された無数のパピルス文書はまさに、コイネー版「アーカイブ書庫」だったのです。


かわいらしいスペル・ミスがこれでもか、これでもか、という位、わんさか出てきて、ダニエル・ウォーレス博士たちのような聖書学者を狂喜させました。(←たぶん)





αιε




それではそのアーカイブ書庫を少し覗いてみることにしましょう。


BC5世紀の古典期には、αι は、〔アイ〕、ε は〔エ〕と発音されていました。


つまり、「そして」を意味する και は〔カイ〕と発音され、「時期、時代」を意味する αιων は、〔アイオーン〕と発音されていました。


さて、サンプルとして以下に挙げるのは、エジプトや死海近辺で発見されたパピルス文書から採取された、民衆のスペル・ミスの一例です。



        スペル・ミス    正字 

Papyrus 99.4 (BC154)   ειδηται     ειδητε
Ben Kosiba line11        ποιησηται   ποισητε
Babatha 16.16(AD127)  αινγαδδων  (属格 複数形)
Babatha 11.1(AD124)   ενγαδοισ  (与格 複数形)
Babatha 37(AD131)    εταιροισ    ετεροις
Babatha 24.18 (AD130)  αποδιξε      αποδειξαι




つまり、こういった実証資料から、次のような音声学上の発見があったのです。



αιは、前4世紀頃よりエ音化し、前3世紀のアレクサンドリアではすでに[e:]と発音されていた。(織田)

コイネー期の地中海世界一帯で、αι は、ε と同じ発音であった。(R.Buth)




つまり、「そして(και)」と言う時、古典期のプラトンたちが、「カイ」と発音していたのに対し、ペテロやパウロやテモテは、「」と発音していたということが音声学的に実証されたわけです。


その他、コイネー期の〔ει〕と〔ι〕、〔ω]と〔ο]、〔οι〕と〔υ〕それぞれの音声についての実証研究およびケース・スタディーについては次の論稿をお読みください。


Randall Buth, Koine Pronounciation, Notes on the Pronounciation System of Koine Greek





コイネー期の発音





そういった実証研究から、新約聖書が書かれた時代のコイネー・ギリシャ語の発音がおおよそどのようなものであったかが分かってきたのです。ワクワクしますね!


それを以下、簡単にまとめてみます。


αιε は同じ発音

ειι は同じ発音

ωο は同じ発音 註1

οιυ は同じ発音  註2



β は〔v〕と発音。(古典期は〔b〕)

θ は〔th〕と発音。

φ は〔f〕と発音。

χ は〔ch〕と発音。(Bachとドイツ語発音した時のch音。あるいはそれより幾分弱い音。)

η は〔e:〕もしくは〔i〕。註3



*それから新約コイネー期には、硬気息(‘)はすでに発音されなくなっていました

豆つぶのようなこの硬気息符というのは、語が〔h〕音によって始まることを示す記号です。(例えば、ὃ =ホ、ἃ=ハ)

ということは、コイネー期には、ἁμαρτια(罪)は、ハマルティアではなく、アマルティアと発音されていたということですね!






註1.古典期には、〔ω]は長母音の〔オー〕、それに対し〔ο]は短母音の〔オ〕でしたが、コイネー期にはそのような長母音・短母音の区別もほとんどなくなっていたようです。これについてさらに詳しく知りたい方は、上述の論稿のPhonemic Vowels in Koine Greekの Pair 3 の項をお読みください。




註2.〔υ〕は、元来、地域的偏差があって、〔y〕とも〔u〕とも発音されていたそうです。〔οι〕と〔υ〕は、現代語では〔i〕音で発音されていますが、コイネー期には、まだ古い発音がなされていたようです(織田、Buth)。

したがって、結論として言えるのは、コイネー期の〔οι]と〔υ]の発音は、だいたいドイツ語の「u ウムラウト」の音だったと考えていいと思います。口の形は「ウ」にしつつ、がんばって「イ」と発音してみてください。それが「u ウムラウト」の発音です:)




註3.コイネー期の η の発音については学者によって意見が分かれています。というのも、ヘレニズム期に、この音が元々の〔e:〕から、どんどん〔i〕音に変遷していったことは確かなのですが、使徒時代はちょうどその過渡期だったからです。

朗読を聞くと、Buth氏は、η をどちらかといえば「エー」に近い音で発音しておられます。

その一方、織田昭氏は「新約聖書が記された頃は、すでに η は〔i〕と発音されていた」とおっしゃっています。

ですから、使徒時代には、αγαπηを「アガペー」と発音する人と、「アガピー」と発音する人が混在していたのかもしれませんね。しかしAD3世紀までには、ほとんどの人が「アガピー」と発音するようになっていたことは最近の研究で明らかになっています。



まだ続きます。

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ΒΙΒΛΟΣ―、さて、私はこれを「ビブロス」と発音しようかな?
それとも、「ヴィヴロス」と発音しようか?
うーん、こまった。。。





前回の記事の中で、私は「文法は苦手。でもぜひ聖書ギリシャ語を学んでみたい」と思っていらっしゃる仲間のみなさんに「音から入りましょう♪」とお勧めしました。


でもそうなると、次のような疑問が湧いてきます。


「それじゃあ、私はどんな音を聞けばいいんだろう?どんな発音法を選択し、どんな発声をしていけばいいんだろう?」


☆☆


4つの発音法




ギリシャ語には大きく分けて4つの発音法があります。



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1.エラスムス式発音法(Erasmian Pronunciation

2.歴史的アッティカ発音法(Historic Attic Pronunciation

3.歴史的聖書発音法(Historic Biblical Pronunciation

4.現代ギリシャ語式発音法(Modern Pronunciation




おそらく、日本の大学の西洋古典学科や神学校の多くは、1のエラスムス式発音法を採用しているのではないかと思います。







ヨハネ1:1をエラスムス式(=古典ギリシャ語式)に発音すると↑のようになります。

エン アルケー エーン ホ ロゴス
カイ ホ ロゴス エーン プロス トン セオン
カイ セオス エン ホ ロゴス






そもそも「発音」って大切なのかな?



しかしながら、どの発音法を選ぶかということを考える前に、もう一つみなさんとご一緒に考えてみたいことがあります。


それは、発音はそもそも大切なのかどうかという点についてです。


ある言語をどのように発音するかというのは大事なのでしょうか。それとも、それは枝葉末節な問題なのでしょうか。


例えば、日本語には〔th]の発音がありません。


ですから、考える(think)という動詞の発音は、私たち日本人にとってはけっこうやっかいです。


そのため、日本人が「I think」と言う時、ネイティブの英語話者には、それが「私は沈む(sink)!ああ、沈んでしまう!(アイ シンク!アイ シンク!)」と言っているように聞こえる場合があるそうです。


でも英語をコミュニカティブな視点で捉えず、「私はあくまでシェークスピアの作品を原語で読めるようになればそれでいい」という目的をお持ちの方なら、thinkを「thンク」と英語風に発音しようが、「シンク」と和風に発音しようが、それはある意味、「どうでもいいこと」なのかもしれません。


そのように「原書を味わう上で、発音は特に大切ではない」という視点に立ってものごとを考えた場合に、私がまっさきに思い出すのは漢詩です。


たとえば、以下は杜甫のあの有名な「春望」の一節です。



杜甫春望


國破れて 山河在り
(くに やぶれて さんが あり)

城春にして 草木深し
(しろ はるにして そうもく ふかし)




このようにして私たち日本人は、発音も文法構造も異なる中国の詩を、見事に内面化し、和風の発音でこのように抒情的に詠い上げているのです。

これは本当にすばらしいことだと思います。


ここで、小坂永舟氏による「春望」吟詠の美しい調べを聴くことができます。



しかし別のある人は、こう考えるかもしれません。


「私は杜甫の詩が大好きだ。

でもできることなら、返り点などに頼らず、ネイティブの中国人が読むようにストレートに漢詩を読み、

中国人が発音するように杜甫の詩を朗読し、詠い上げてみたい!」


さあ、みなさんはどうでしょう。


新約聖書のコイネー・ギリシャ語をどのように発音したいのかという点に関しても、同様のことが言えるような気がします。


☆☆


これについて、『新約聖書ギリシャ語小辞典』の編者織田昭氏が、次のような印象深いことを言っておられます。


新約聖書の内容、特に、その福音的使信を読み取ることを目的としてギリシャ語の聖書を読む場合、発音のことはそれほど大切だろうか、という疑問が当然起こってくる。


元来、新約聖書の研究者は、聖書の時代の言語学的環境の考証や、パウロの説教の音声学的再現に興味を持っているのではなく、この書の中から、自己の霊的生死にかかわる福音的内容を読みとろうとするのであるから、印刷されたギリシャ文字をどう発声するかということは、実は「どうでもよい」第二義的なことである。


しかし、にもかかわらず、わたし自身の意見では、新約ギリシャ語を学ぶ際には、発音のこと(実際に音に出して朗読すること)は無視すべきではない。

否、はなはだ大切なことである。


というのは、決して読む人がギリシャ人の発音どおりに、あるいは一流のギリシャ語学者や音声学教授のされるように正確に、きれいに発音せねば、という意味ではない。


どんな読み方でも、どんなに不完全でもかまわないから、できるだけ口に出して発音、朗読し、口と耳とを通して新約聖書の言語に親しむことが大切である、という意味である。


これは人間の「言語」というものを学ぶ際の必須条件であり、一つの言語の持つ、生きた思考様式に自然に慣れていくためにも大切なことである


☆☆


「死語」という言葉がある。


しかし私たちがその言語の世界に入り込み、その思考形式によって思考しようとするとき、死語なるものはもはや存在しない。


要は、その言語を読む者自身が、それを死語とするかしないかであって、ひとたび私たちが言語の生きた思考形式の中に入り込んでいくとき、死語も復活するのである。


この意味で、新約聖書のギリシャ語を生き生きとした、身近な、リアルな、生きた言語として捉えるために役立つ一つの手段は、これを常に実際に発音して、音声として自分の口で再現し、また自分の耳で聞くことである


発音されざるコイネー・ギリシャ語は、演奏されざるモーツァルトの楽譜のごときものである。



織田昭 「新約聖書ギリシャ語の発音について」p652~53





次につづきます。




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ヨハネ3:16 「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」のコイネー・ギリシャ語




エジプトでパピルス文書発見される




以前には、こういった相違に対し、次のような仮説が打ち立てられていました。


――すなわち、新約聖書というのは、ユダヤ・ギリシャ方言――ヘブライ語やアラム語といったセム語系諸言語の影響を非常に強く受けたギリシャ語の形態――で書かれたのです、と。

しかし、近年になり、それとは別の説明が急速に趨勢を増してきています。


そうです、この説明は、エジプトで発見された「非文学的なパピルス文書」によって趨勢を増してきているのです。


つい最近まで、学者たちは、コイネー・ギリシャ語というのを、もっぱら文学作品を通してでしか知りませんでした。

しかしここ20-30年というもの、前述したようなパピルス文書がエジプトで発見され始めたのです。


エジプトの乾燥した空気により、古代の繊細でもろい筆具でさえも保存されており、遺書や領収書、嘆願書、プライベートな個人の手紙類といった大量の資料がすでに見つかっています。




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エジプトのOxyrhynchusで発見されたコイネー・ギリシャ語のパピルス文書。内容はなにかというと、あるお医者さまが、患者さんに書いた「処方箋」だそうです!




こういった文書は、「文学作品」ではありません。


これらの多くは、「一度目を通したらそれで終わり」というような種類の書き物でした。

ですから、そこに書き記されている言葉は、書籍のような洗練された言語ではなく、日常的な考えを伝える「実際的な話し言葉」が示し出されているのです。




文語と口語との間のギャップ



そしてプルータルコスなどの作家たちのギリシャ語と、パピルス文書のギリシャ語との間に存在する重大な相違は、新たな明瞭さをもって次のような興味深い事実を私たちに露呈することになったのです。


すなわち、ローマ時代、文学の言語と、日常の言語には大きなギャップがあったということです。

その時代の文芸人たちは、それなりの厳密さもって、アッティカ時代の偉大なるモデル作家の文体を模倣していました。

こうして彼らは[擬古文的]人工的な文学伝統を保持していました。


その一方、非文学的なパピルス文書の無名な書き手たちは、誰の模倣もしていませんでした。

そうです、彼らは気取らず、界隈で話されている自分たちの言葉で、ただシンプルに自らを表現していたのです。




新約聖書ギリシャ語のシンプル性




そして――さまざまな点で、コイネー期同時代文学の言葉との間にさえ違いのみられる新約聖書の言葉は、この非文学的なパピルス文書の文体と一致していることが分かったのです





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最近発見されたパピルス文書をデジタル化し、研究しておられる新約学者のダニエル・ウォレス氏。このようなクリスチャンたちの地道な努力により、生きたコイネーの全貌が、ますます明らかになってきています。





そしてこの発見により、「なぜ新約聖書の言語には明らかな特殊性があるのか?」という従来の問いに対する新しい仮説が提示されることになりました。


すなわち、現代の読者にとって新約聖書のギリシャ語が特殊に思われる理由は、「つい最近まで、ローマ期における〈文語〉と〈口語〉の区別に対する私たちの知識が著しく限られていたからに他ならない」ということなのです。


実際、新約聖書は、ギリシャ語世界全体にひろがる諸都市で話されていた民衆的文体でシンプルに書かれていたとされています。




自然で生きた言語




この仮説には疑う余地のないほど明確に、真理のある大きな要素が含まれています。

確かに新約聖書の言葉は、文芸的な人工的言語ではなく、ユダヤ・ギリシャ的専門用語でもありませんでした。


そうではなく、それはその時代の自然で、生きた言葉だったのです。


しかしだからといって、セム語的な影響を過小評価してはなりません。新約聖書の記者はほぼ全員、ユダヤ人であり、彼らは皆、旧約聖書から強い影響を受けていたからです。


特に――言語に関していえば――新約の言語は七十人訳聖書の影響を受けています。

そして七十人訳は、大半の古代訳と同様、原典の言語の影響を受けています。

七十人訳はイスラエルの宗教に関するもっとも深遠な事柄を表現すべく、ギリシャ語の語彙を造り出し、大いに貢献しました。そしてこういった語彙は、新約聖書の中においても非常に影響力を持っていたのです。




新約記者たちの独自性




さらに、新約聖書の記者たちの独自性も見落としてはなりません。

彼らは、新しい信仰上の確信という影響を受け、新しい言葉を持していたのです。

そしてこういった新しい確信は、言語という領域においても彼らに影響を与えました。


ありふれた一般的な言葉には、新しく、より高尚な意味が付与されなければならず、平凡な人々も、新しく栄光に満ちた体験により、より高次の領域に引き上げられる必要がありました。


だからこそ、新約聖書と、エジプトで発見された文書には、文体においても言語的類似性が見いだされるにも関わらず、後者の書簡集は、前者のそれとは非常に異なっているのです。




平凡な言葉で非凡な思想を表す




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新約聖書の記者たちは、その当時の平凡で、生きた言葉を用いていました。


しかし、彼らはそれらを用い、非凡な思想を表現し、そして言語そのものが、その過程において、ある意味、変えられていったのです。。

例えば、パウロの書簡集は――その中の最も短くシンプルなものであってさえも――エジプトで発見されたパピルス書簡の山にみられるような、単なるメモ書きの類ではなく――、使徒から神の教会に宛てて書かれた書簡です。


このようにして、ギリシャ・ローマ世界のコスモポリタン民衆語は、歴史の中でその役割を果たしました。

それは人種的、言語的障壁を打ち壊し、そしてその言語生命のある時点において、ついに高められたのです。





ー終わり―






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「文法は苦手。でも聖書ギリシャ語を学びたいなあ」と思っている方へ




そういう方には「音から入る」ことをおすすめします。

というのも、私自身、文法が苦手で、文法書を読んでもさっぱりわからないからです。

私は、英語や日本語とまったく同じような感覚で、コイネー・ギリシャ語の新約audioを聴いたり、詩篇歌を歌ったりしながら、なんとなく自然に学んでいきました。

ですから、聖書ギリシャ語は私にとっては、死語ではまったくなく、生きた「現代語」なんです!


たとえば、ヨハネ6:35でイエスさまは、「わたしがいのちのパンです」とおっしゃっています。


この部分の原文は、[現代ギリシャ式発音でいけば]


エゴ イミ  オ アルトス ティス ゾイース」です。


そういう音の流れです。


「オ アルトス」というのは「パン(The Bread)」という意味で、「ゾイース」というのは「いのちの」という意味です。そして「エゴ イミ」は「I am~」です。


それから、「わたしは良い牧者です」(ヨハネ10:11)は、


エゴ イミ   ピミン  カロス

という音の流れです。


「オ ピミン」は「牧者」そして「カロス」は「良い」です。


前にもお話しましたように、私は文法が苦手です。

そしてなぜ「ピミン」と「カロス」の前にそれぞれ「オ」が付いているのかを人に説明することはできません。

「うーん、それはそうだから、そうなの。」という答えしかできないのです(笑)。


でも音として、そしてリズムとしてそれが自分の頭や心に、いい感じでなじんでいるため、たとえば、「悪い牧者」はコイネーでどう言うのかな、と思ったとき、

「♫ オ ピミン オ カコス」となんとなく、すぐに口をついてでてくるのです。(*カコス=悪い)


ですから、地球上に存在するギリシャ語learnerを「文法しっかり派」と「なんとなく派」に大別すると、私は後者の王女です!


そういうわけで、「自分は《文法しっかり派》かな?」と思う方は、例えば、ダビデの日記の「聖書ギリシャ語カテゴリー」の記事などで良い学びをすることができると思います。


一方、「私は、《なんとなく派》かも、、、」と思う方は、たとえば、下のようなVTRを見たり、聞いたりしながら、私といっしょに、だんだん、「なんとなく」習得していくことができると思います。



これは[現代ギリシャ語式]アルファベット発音です。




歌もありますよ:)




それから、これはR・ブースさんの開発したLiving Koine Greekの音声付きフラッシュ・カードです。





それから、これはヨハネの福音書1-6章のKoine Audioです。





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J.G.Machen (1881-1937)



J. Gresham Machen,
New Testament Greek For Beginners
より一部翻訳しました。

また、読者のみなさんの便宜を考え、小見出しをつけてみました。




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神は愛なり




新約聖書ギリシャ語について






三つの代表的な方言




古典期といわれる時期、ギリシャ語はいくつもの方言に分かれていました。そしてその中でも次の三つが代表的でした。


1)ドリス方言、

2)アイオリス方言、

3)イオニア方言




キリスト生誕より溯ること500年前、アッティカと呼ばれるイオニア方言の一派が――特に散文学の言語として――覇権を握るようになりました。

このアッティカ方言は、アテーナイ黄金期の言語でした。そうです、これはトゥキディデス、プラトン、デモステネス、その他、偉大なるギリシャ散文作家たちの言語だったのです。



アッティカ方言の影響



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プラトンとアリストテレス



ギリシャ語世界において、どのようにしてアッティカ方言が優位を占めるようになっていったかについては、さまざまな要因が挙げられます。

まず第一に、アテーナイ作家たちの天才ぶりが挙げられるでしょう。

しかし、アテーナイの政治的・商業的重要性もまた、功を奏していました。

政府、戦争、貿易を通して、数多くの外部者がアテーナイと接点を持つようになり、アテーナイの植民諸都市もまた、母都市の影響を拡大させるにあたって貢献しました。



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古代アテーナイ帝国の植民都市




政治的には失墜しても、、



しかしアテーナイ帝国自体は実際、まもなく崩壊していきました。

アテーナイはまず、ペロポネソス戦争においてスパルタに征服され、その後、BC4世紀の中頃、他のギリシャ諸都市と共に、マケドニア王フィリップの支配下に入りました。

しかしこうした政治的権力の喪失にもかかわらず、アッティカ方言の影響力はその後も持続していきました。

そうです、アテーナイの言語は、アテーナイを征服する者たちの言語ともなっていったのです。



マケドニア王国



マケドニア王国は元々ギリシャの王国ではありませんでしたが、当時支配的だった文明――すなわち、アテーナイ文明――を取り入れました。

フィリップ王の息子であるアレクサンダー大王の家庭教師は、ギリシャの哲学者アリストテレスでした。



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アレクサンダー大王




そしてこの事実は、そういった当時の状況を表す一つの印にすぎませんでした。

破竹の勢いでアレクサンダー大王は東方世界全体を征服してゆき、こうして、マケドニア軍勢の勝利は同時にまた、アッティカ型ギリシャ語の勝利ともなっていったのです。




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アレクサンダー大王の遠征




東方世界のヘレニズム化



アレクサンダー大王の帝国は、BC323年の彼の死後すぐに崩壊しました。

しかし、分裂後生じた諸王国は――少なくとも宮廷や統治階級に関する限りにおいて――依然としてギリシャ諸王国でした。

ゆえに、マケドニアによる征服は、東方世界のヘレニズム化に他ならず、ないしは、すでに始まっていたヘレニズム化プロセスの相当な加速化を意味したのです。




ローマ帝国の行政語として




キリスト生誕以前の二世紀の間、ローマ人たちは地中海世界の東側を征服していきましたが、ギリシャ語自体に圧迫を加えようとはしませんでした。

いやそれどころかむしろ、こういった征服者たちの方がかえって、非征服者たちに「征服」されたといっても過言ではないでしょう。

それ以前にすでにギリシャの影響下に入っていたローマは今や、――少なくとも広大な帝国の東側において――行政語としてギリシャ語を使用し始めました。

当時のローマ帝国の言語は、ラテン語以上にギリシャ語が広く用いられていたのです。




世界言語となる




それゆえ、AD1世紀には、ギリシャ語は世界言語となっていました。

もちろん、当時さまざまな国で話されていた古代諸言語も依然として存続し続けていましたし、多くの地域は(二つの言語が同時に話される)バイリンガルな言語環境にありました。

つまり、ギリシャ語と共に、元来の地域諸言語も使われていたのです。

しかし少なくとも――帝国東部を含めた――ローマ帝国各地の大都市においては、ギリシャ語というのは誰にでも通じる言語でした。

そしてローマ自体にもギリシャ語を話す人々が大勢いました。

ですからローマ教会に宛てて書かれたパウロの手紙がラテン語ではなくギリシャ語で書かれたのも不思議ではなかったわけです。




変化




しかし、ギリシャ語は、その影響の爆発的拡大ゆえに、代価も払わなければなりませんでした。

そうです、征服事業の過程で、ギリシャ語はまた重大な変化をも経ることになったのです。

アッティカ方言以外の古代ギリシャ諸方言は、新約期が始まる前にすでにほとんど姿を消してしまっていましたが、こういった諸方言もあるいは、新しい統一世界のギリシャ語にかなりの影響を及ぼしていたかもしれません。

また、それよりは重要性においてかなり劣ると思いますが、外国諸語の影響ももしかしたらあったのかもしれません。

しかし、より些細ではっきりしない種類の諸影響が、実は力強く進行中だったのです。




新しいコスモポリタン時代の言語




言語というのは、それを用いる人々の知的・霊的慣習が映し出されたものです。

例えば、アッティカ散文というのは、――強烈な愛国主義と輝かしい文芸伝統によって統合された――小さな一都市国家の霊的生活を反映したものです。

しかしアレクサンダー大王以降、アッティカ語というのはもはや、「密接な連帯の中に生きる市民」という小さな群れの一言語ではなくなりました。

その反対に、この語は、非常な多様性をもつ人々の間で取り交わされる媒介言語となったのです。

ですから、新しいコスモポリタン時代のこの言語が、元来のアッティカ方言とは非常に異なる様相を帯びるようになったのも不思議ではありません。



コイネー



そしてアレクサンダー大王以降、普及し主流となったこの新しい世界言語はいみじくも「コイネー(“Koiné”, Κοινὴ Ἑλληνική)」と呼ばれています。

「コイネー」というのは「共通の」という意味で、BC300年頃から、古代史が幕を閉じるAD500年頃までに、多様な人々の一般媒介語として広く普及していたこのギリシャ世界語のことを指しています。




3つのグループ




新約聖書は、このコイネー期に書かれました。

言語学的にいえば、これは「七十人訳」と呼ばれる旧約聖書のギリシャ語訳と非常に近く結びついています。

この七十人訳聖書は、新約時代の少し前にアレクサンドリア市において出来上がったものです。

また、新約聖書のギリシャ語は、一般に使徒教父と呼ばれるクリスチャンたちによってAD2世紀初めに書かれた著作類とも非常に近い関係にあります。

この3つのグループの内、もちろん新約聖書の言語がもっとも優勢です。

しかし単なる表現手段に関していうなら、三者は同じところに属しているといっていいでしょう。

それでは、コイネーの発展というフレームの中において、これらのグループはどこに位置づけられるのでしょうか。




新約聖書ギリシャ語の特殊性




新約聖書のギリシャ語は、トゥキディデスやプラトン、デモステネスなどといった偉大なアッティカ散文作家のギリシャ語とは著しく異なっています

そしてその事実自体は別段、驚くことではないでしょう。

「何世紀もの歳月が経過したから」とか、「新しいコスモポリタニズムの誕生によって重大な変化が生じたから」等、容易にその理由を説明することができるからです。

しかし次に挙げる事実は、より注目に値します。

それは何かといいますと、新約のギリシャ語が――それより4世紀前に書かれたアッティカ散文作家たちのギリシャ語と異なっているだけでなく――、まさに同時代に書かれたギリシャ作家たちのギリシャ語とも異なっているという事実が明らかになったのです。

例えば、新約聖書のギリシャ語は、プルータルコスのギリシャ語と非常に異なっています。



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プルータルコス




なぜ異なっているのか?



以前には、こういった相違に対し、次のような仮説が打ち立てられていました。

――すなわち、新約聖書というのは、ユダヤ・ギリシャ方言――ヘブライ語やアラム語といったセム語系諸言語の影響を非常に強く受けたギリシャ語の形態――で書かれたのです、と。

しかし、近年になり、それとは別の説明が急速に趨勢を増してきています。





(後篇)につづきます。



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インドの村のこどもたち



昨日の記事のコメント欄で、愛する兄弟姉妹ととても有益な分かち合いをすることができました。


ひと昔前までは、新約聖書のコイネー・ギリシャ語というのは「高尚で、普通の言葉とは格の違う神聖な言語」という主張がなされていました。


しかしエジプトなどで大量に発見されたヘレニズム期のパピルス文書(その多くは一般民衆のメモ書きなど)の研究が近年進み、そこから明らかになっていったのは、新約聖書のコイネー・ギリシャ語は、一般の人々が日常話しているような素朴な民衆語であったということでした。




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エジプトで見つかったコイネー・ギリシャ語のパピルス文書、
Oxyrhynchus, Egypt, ca. 200
, source



☆☆


言語エリート主義というのは、いつの時代にも、どの国にも、どの文化・宗教圏にも存在する悲しむべき現象だと思います。

原典聖書に通じていたパリサイ人がそうでしたし、民衆が直接聖書を読むことを禁じ、ラテン語だけでミサを執り行っていた中世カトリック教会の聖職者などがその典型だと思います。




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私がこの「言語エリート主義」に初めて遭遇したのは、中学1年生の春でした。

地元の公立小学校を卒業し、中央にある中高一貫の私立校に入学した私は、そこで今まで出会ったことのない種類の人々と机を並べることになったのです。


それまでの人生で私はローカル弁以外、話したことがありませんでした。

もちろんテレビのニュース番組などを通し、標準語のリスニングはちゃんと出来ていましたが、それを日常生活の中で使ったことは皆無でした。


しかしその私立校には、私と同じく超地元人でありながら、なぜかローカル弁を話すことを硬くなに拒み、標準語でしか私に返答してくれない人々がいたのです。


最初は訳が分からなかったのですが、後になって分かってきたのは、日本語にはどうやらヒエラルキーというのがあって、一番上には、関東で話される標準語があるらしいのです。


そしてその高級な標準語に比べると、九州の片隅なんかで話されているローカル弁などは「はしたなく」「無教養で品に欠け」「田舎じみている」劣った日本語だということらしいのです。


口にこそ出していませんでしたが、事実、標準語だけを話す彼女たちの言動そのものが、「ローカル弁は恥ずべきものです」というメッセージを私たちに発していました。


(*余談ですが、そのようにしてローカル弁を避けつつ、あえて標準語を話そうとする地元民の(地元アクセントの抜けきらない)東京語のことを、ローカル人たちは「唐芋(カライモ)標準語」と呼んでいます。

ですから私もみなさんとどこかでお会いした時には、このカライモ語で話しますので、よろしくお願いいたします(笑))


☆☆


話を戻します。

その後も、各地で私は、同じような現象を目撃することになりました。

例えば、韓国では、全羅道(チョンラド)地方の人々の方言は、他のどの州の方言よりも軽んじられているように私には思えました。

また、ドイツ語圏でも、High Germanという標準ドイツ語がある一方、スイス・ドイツ語などは「ダサい」と疎んじられる傾向があることも知りました。


しかしそれがさらに政治的意味合いも帯び、深刻な社会問題になっているのが、ペルシャ語の一方言と位置付けられている「ダリー語」です。

ダリー語というのは、アフガニスタンやパキスタンなどで話されている言語ですが、スイス・ドイツ語と同じように、テヘラン標準語を話す人々の多くから、「劣等で非文化的な言葉」として侮蔑の対象になっています。

そしてこれはイラン国内にいる何百万というアフガン難民に対する人種差別問題とも直結しているため、本当に冗談では済まされない問題なのです。

そして残念ながら、この問題は、現在、キリスト教会内にも持ち込まれています。


☆☆


ですから肩身の狭い思いをしているダリー語話者の求道者の方々には、私たちは格別の配慮をもって、次のように励ましています。


「ある宗教の人々は、アラビア語だけが天からの聖なる言語だと言っています。

またある人々は、テヘラン語だけが高級な標準語だと言っています。

しかし、○○さん、聖書の神様は、すべての言語、すべての方言を等しくお造りになり、それらを愛おしんでおられます。

つまり、イエス様はあなたがダリ―語で自分の思いをそのまま祈りにし注ぎ出すことを喜んでくださるお方なのです。

ですから、あなたが神様に造られた尊い存在であるように、あなたが話すその言葉も主の目に尊いんです。

ですから、それを恥じる必要はないんですよ。安心してくださいね。」


☆☆


おわりに


イエスさまや使徒たちが生きていた1-2世紀、地中海世界のギリシャ語文化知識人の間で、こういった「みっともない」民衆語コイネーに対する、反動保守化運動が起こりました。


「プラトンの古典作品に見られるようなあの高級な古典期のギリシャ語をあくまで保持しようではないか?」という動きです。


こういった一連の潮流のことをギリシャ語ではΑττικισμός(アティキズモス:アッティカ主義)といいます。


実際、PhrynichosとかMoirisとかいった当時の文法学者たちなどは、「コイネー・ギリシャ語など、実にけしからん」と言って、激しく批判しています。註1


1コリント1:22-24


ユダヤ人はしるしを要求し、ギリシヤ人は知恵を追及します

しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、

しかしユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです




現在でも、

「聖書の原典が読めないと、神のことばの本当の意味が分からないのです」とか、

「主なる神や御子の名をヘブライ語オリジナルの音声で正しく読み上げない限り、それはクリスチャンとして望ましいあり方とは言えない」

とかいった主張と共に――そしてそれらがたとい「聖書をもっと知りたい」という真摯な思いからスタートしたものであったとしても――現代版「アッティカ主義」、そして言語エリート主義が、私たちの内に、そして私たちの教会に忍び込んでくるのではないかと危惧しています。(参照


私は、民衆語コイネーで神のことばを訳することを良しとされた聖書の神様のご意思に、「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた」(ヨハネ1:14)という、受肉された御子イエスの、罪びとに対する限りない愛をみる思いがしています。


そしてこの愛で満たされる時、私たちもまた、どこであっても遣わされるところに行き、そこに生きる人間、そして彼らの話す生きた言葉を愛し、そして、彼らの間で生けるキリストの香りを放っていく存在にされていくのだと思います。


読んでくださってありがとうございました。




―――――

註1)

-Γεωργίου Μπαμπινιώτη, Συνοπτική Ιστορία της Ελληνικής Γλώσσας, Αθήνα, 2002, p.119

-Ανδριώτης, Ν, "Η ελληνική γλώσσα στους μετακλασσικούς χρόνους", Ιστορία του Ελληνικού Έθνους, 5ος τόμ,Αθήνα: Εκδοτική Αθηνών, p.264




見よ。わたしはすぐに来る。
(ιδου ερχομαι ταχυ)

黙示録22:12a



見よ=ιδου(イズー)
すぐに=ταχυ(タヒ)
来る=ερχομαι(エルホメ)

「すぐに」を意味するコイネー・ギリシャ語ταχυ(タヒ)は、現在でもταχέως(タへオス:【副】早く、迅速に、すぐに)、ταχύς(タヒス:【形】速い、スピーディーな)、 ταχύτητα(タヒティタ:【名】スピード)という形でギリシャ社会に生きています。

また、このταχυ(タヒ)と、走路/行程を意味するδρόμος(ドゥロモス)が合わさってできた言葉、ταχυδρομείο(タヒドゥロミオ)は、「郵便局」を表す現代ギリシャ語です。


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ギリシャの田舎にあるταχυδρομείο(郵便局)

おそらく、「スピーディーでταχυな行程(δρόμος)」という事で、元々、「飛脚」のような意味がそこに含まれていたのではないかと想像しています。

☆☆

しかし何より、みなさんに今日、お分ち合いしたいのが、「わたしはすぐに来る。」の「来る」に当たるコイネー・ギリシャ語ερχομαι(エルホメ)についてです。

主イエスの来臨を待望する私たちクリスチャンにとって、このερχομαι(エルホメ)という語はまさしく希望に満ちた語なのです。

この動詞は現在でも全く同じ風に使われています。つまり、「今まさに、来つつあります。I am coming!」というニュアンスなんです!

でも、この動詞にはちゃんと未来形もあります。ελεύσομαι(エレフソメ)です。(ちなみに、現代語の未来形ヴァージョンは θα έρθωです。)

では、なぜイエス様は未来形を使わず、現在形のこのερχομαι(エルホメ)を使っておられるのでしょうか?

☆☆

たとえば、玄関の外であなたの友達がドアをノックしています。しかし、あなたはまだ洗面所にいて、歯をみがいているとします。

「ああ、友だちを待たせては悪い」と思い、あなたは洗面所のドアを半開きにして、玄関の方に向かって大声でこう言います。「ちょっと待って。今行くから!」

この時の「今行くから!」はネイティブのギリシャ語では必ず現在形のερχομαι(エルホメ)です。θα έρθω(サエルソー, I'll come.)と未来形を使う人はまずいません。

じゃあ、どういう時に未来形を使うかといいますと、例えば、「来月、うちのお店に来てください。」と誰かに言われ、「ええ、そうします。うかがおうと思います(θα έρθω)。」という場合などです。

つまり、現在形のερχομαι(エルホメ)よりも、確実性の点でいまいちなのです。

「行こうとは思っているけど、来月、もし急用ができたら、その時には、『急用で行けなくなりました。』と電話すればいいっか、、」というような微妙な「不確かさ」がこの未来表現には潜んでいるのかもしれません。そんなニュアンスを感じます。

でもそれに対し、ερχομαι(エルホメ)は違います。エルホメと言う時、私やあなたには(精神的にであれ、物理的にであれ)、今まさに目的の場所に「行きつつある・行こうとしている」という力強い確信・意志があるのです

渋滞中の車の中から、待ちぼうけを食らっている相手に電話し、「ああ、ごめん、ごめん。今行くから!」というその「今行くから!」なのです。

ちなみに、さつま方言では、このερχομαι(エルホメ)に該当する動詞の用法があります。それは「来よる・行きよる, I am coming」です。「(動詞の語幹)+よる」で「今まさにその動作をしつつある」という躍動感を伴った表現をすることができるのです。

☆☆

ですから、ερχομαι ταχυ(エルホメ タヒ)とおっしゃったイエス様は、まさにそのような確実性と躍動感を伴う心的状況の中でこの言葉を発せられたのだと思います。

「子たちよ。私はまさに今来ようとしています。確実に来ようとしています」と。

これは静的な動詞でもなく、「いずれ来ようと思っています、、」というような不確かな表現でもありません。

ερχομαι(エルホメ)という時、この言葉を発する人は自分が100%そこに到着することを見通しています。積極的で、力強い確信に満ちた動詞です。

見よ。わたしはすぐに来る(ερχομαι ταχυ)。

わたしはそれぞれのしわざに応じて報いるために、わたしの報いを携えて来る。

黙示録22:12



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驚異に満ちて 上をあおぎ
 
天に開いている戸を、
その御座についておられる御方を、
一心に見つめます。

そして 手をさしのばし
汝ご自身に 触れんとします。

おおキリスト、われらが王、われらが主
汝を崇めます。

エミー・カーマイケル



マラナタ。主よ、来てください!





今日は、ここギリシャの地から、コイネーで歌われている詩篇歌をご紹介します。

私は(古典、現代に関わらず)ギリシャ語が苦手です。最初に、豆粒状に並んだギリシャ語の動詞活用表をみた時、私はくらくらとめまいを覚え、「とてもじゃないけど、自分には無理」とあきらめてしまいました。

ですから、「聖書をギリシャ語原典で読みたいけど、ギリシャ語の文法ってすごく難しそう」と思っている方!私はあなたのその気持ちがよく分かります。そして、そんなあなたを応援するために、私はこの記事を書いています。

それではまず、この賛美を聴いてください。詩篇136篇(七十人訳)を、ギリシャの修道士たちが元気いっぱい歌っています。





いとも楽しげな彼らの歌を聴いていると、例えば、「エクソモロギーステ ト キリオー」や「オティ イース トン エオナ ト エレオス アフトゥー」など、繰り返し出てくるフレーズが自然に頭の中に入ってきます。

エクソモロギーステ(=感謝せよ)+ト キリオー(=主に)

オティ(なぜなら)+イース トン エオナ(永遠に)+ト エレオス アフトゥー(その恵み)


イース・トン・エオナ(εις τον αιώνα)というのは「永遠に・とこしえまで」を表す成句です。

最初の「エクソモロギーステ」(Εξομολογείσθε)は、中動相の命令法(二人称複数形)というらしいですが、私のように文法用語をよく覚えられない人は、歌を聞いたり歌ったりするうちに、「なんとなく」自然にコイネー・ギリシャ語が頭に入ってくるようになります(笑)。

もう一つ、賛美をご紹介します。これもコイネーで歌われていますが、歌詞がとってもシンプルなので何回か聴くうちにしまいには空で言えるようになります。(この賛美を紹介してくださったさなえさんに感謝!)





Xristos anesti
ek nekron,
thanato thanaton patisas,
ke tis en tis mnimasin zoin xarisamenos

キリストは死よりよみがえり、
死を以って、死を滅ぼし、
墓に眠っている人々に
いのちをお与えになった。

(マタイ27:52-53)



どうですか。コイネー・ギリシャ語があなたの中でより身近なものに感じられるようになってきましたか?そうだといいです!




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