ホオジロ

私がはじめてリチャード・ウルムブランド(1909 – 2001)というユダヤ系のルーマニア人牧師のことを知ったのは、ペルシャ語に翻訳されたリチャード牧師の自伝Tortured for Christ(1967年初版)を通してでした。

その後、リチャードおよび妻サビナの歩んできた果敢な生涯を知るにつけ、いつの日か、二人の証を文章にしたいと願うようになりました。

20世紀の東欧に生きたユダヤ人クリスチャンは、ナチスによる大量虐殺、およびその後のコミュニズム独裁政権という相次ぐ火の試練をくぐってきました。

さあ、これからごいっしょに、リチャードとサビナの生涯をみていくことにしましょう。

生い立ち

richard 3

リチャード・ウルムブランドは、1909年3月24日、ルーマニアのブカレスト市のユダヤ人家庭に生を受けました。4人兄弟の末っ子でした。

しばらく一家はイスタンブールに住んでいましたが、リチャードが9歳の時、父が死に、その後一家はルーマニアに戻りました。当時、リチャードは15歳でした。

青年期、リチャードはモスクワに派遣され、そこでマルクス思想を勉強します。

母国に帰ってきた頃には、彼はコミンテルンの重鎮となっており、モスクワから給与が支払われていました。

一方のサビナは、1913年7月10日、オーストリア・ハンガリー帝国のチェルノヴィッツ市(Czernowitz)に生まれました。(この都市は、第一次世界大戦後ルーマニア領となり、第二次世界大戦後はウクライナ領となりました。)

サビナもまたユダヤ人の家に生まれ、高校卒業後、パリのソルボンヌで語学を学びました。

1936年、23歳のサビナはリチャードに出会い、二人は結婚しました。

richard family

老大工の祈り

ルーマニアの山奥にWolfkesという名の年老いた大工が住んでいました。この老人は神を畏れる敬虔なクリスチャンでした。
そして長年、ひとつの祈りを神に捧げていました。

「神さま、私はユダヤ人にあなたの御子の愛を伝えたいのです。しかし、私はもう年で村の外に出ることができません。みこころでしたら、どうかこの村に一人のユダヤ人を送ってください。」と。

結婚後、一時、体調を崩したリチャードは、療養のため、サビナと共に空気のいい田舎に滞在することにしました。

そしてくすしき神の御手の中で、ウルムブランド夫妻は、この老クリスチャンのいる村にやってきたのです。

老人から福音を聞いたリチャードは深く心を打たれ、イエス・キリストを救い主として信じました。リチャードに続いてサビナも信じました。

その後、ブカレスト市に戻った二人は、アングリカン宣教教会に加わりました。(その後ルター教会に)。

ナチ占領下のルーマニアにて

第二次世界大戦中、サビナの両親、二人の姉、そして兄は共に、ナチスの強制収容所で命を失いました。

生き延びたウルムブランド夫妻は、ゲットーに閉じ込められていたユダヤ人の子どもたちを救出するために奔走しました。

また彼らは防空壕の中で、福音を説き、そういった地下活動ゆえに幾度も逮捕されました。

戦後の共産党支配下にて

communist romania

1945年、ルーマニアの共産党員は権力を掌握し、その結果、百万ものロシア兵が国になだれ込んできました。

リチャード牧師は虐げられている同胞を助けると共に、ロシア人兵士にも大胆に福音を伝えました。

あの統制下にあって実に百万部もの新約聖書を彼ら兵士に配ったのです。
また危険を冒して、聖書配布の禁じられているロシアへ聖書を持ち込むこともしました。

同年、ウルムブランド夫妻は、ルーマニア共産党政権の主催する宗教者会議に出席しました。

多くの聖職者たちが前に進み出て、共産主義をほめ称え、新政権に忠誠を誓いました。

サビナは夫に言いました。「リチャード。キリストの御顔に泥がぬられている。立ち上がって、この恥辱を晴らして。おねがい。」

こうしてリチャードは意を決して立ち上がり、4000人の参席者を前に、「私たち聖職者の任務は、神とキリストのみに栄光を帰すことである。」と宣言しました。

彼のこういった勇姿は、時の権力者イゼベルにおもねる450人のバアル預言者を前に、一人、果敢に挑んでいった主の預言者エリヤを髣髴させます(Ⅰ列王記18章)。

投獄

しかし、この発言によってリチャードは共産党政権ににらまれる存在となり、1948年2月29日、礼拝に行く途中、彼は秘密警察によって拉致され、独房に監禁されました。

秘密警察は、偽名によりリチャードを監禁していたため、彼の家族や友人は、何年も本人の行方をつかむことができずにいました。

彼は、1956年まで8年半もの間、獄に入れられますが、そのうち3年間は、光も窓もない地下牢に入れられました。そこには何の音もありませんでした。(看守でさえも靴の裏にフェルトをつけて歩くという徹底さでした。)

こうした環境の中、リチャードは精神を正常に保つため、日中は休み、夜間目を覚ましていました。そして毎晩、真っ暗闇の中で、説教案を作っては、それを一人説いていました。

(彼はその驚くべき記憶力により、出獄後、獄中で作った説教を350以上書き記し、それを元に1969年、『独房で神と共に(“With God in Solitary Confinement”)』という本を出版しました。)

またこの間、モールス信号を使い、壁をコツコツ叩くことで、隣の独房にいる囚人たちともコミュニケーションを取り、暗闇の中で彼らを励まし続けました。

richard in prison

一方、1950年には、妻のサビナも投獄され、3年間、各地の収容所で強制労働を強いられました。夫妻にはミハイという9歳になる息子がいましたが、かわいそうに、この期間、ミハイは孤児同様になっていました。

投獄後二年目に、サビナは、数分間、遠くから息子を見ることが許されました。

サビナは息子に呼びかけました。

「ミハイ、イエスさまを愛してね。」 

母親のこの言葉は、幼い息子の心に深く植え付けられました。

収容所にいる期間、サビナは、クリスチャンの女性囚人たちが信仰ゆえに、拷問を受け、暴行を受ける様を目の当たりにみてきました。

出獄後、サビナ(およびリチャード)が、このうえもない大きな愛をもって、獄中で苦しむクリスチャンたちに手を差し伸べつづけたのは、こうした実体験が背景にあったといっていいでしょう。

牢につながれている人々を、自分も牢にいる気持ちで思いやり、また、自分も肉体を持っているのですから、苦しめられている人々を思いやりなさい。ヘブル13:3

1953年にサビナは釈放されました。そして3年後の1956年、リチャードも一般恩赦を受け釈放されました。

釈放される際、「今後、一切、伝道してはならない」と言い渡されましたが、リチャードは、そういった脅迫にも屈せず、すぐに地下教会で福音伝道を始めたのです(使徒4:17~20参照)。

こうして1959年、彼は再逮捕され、懲役25年の刑を言い渡されました。投獄中、彼は筆舌に尽くしがたい拷問を受けました。

その間、サビナは、兄弟姉妹と共に、夫のことを祈りつづけました。

一回目の投獄中、釈放された囚人仲間を装った秘密警察が、サビナの元を訪れ、「獄内で、リチャードの葬式に出席した。」と偽りの報告をしました。

また、二回目の投獄中には、政府が、リチャードの死亡を公式に発表しました。

しかし、サビナは頑としてそういった情報を受け入れず、「夫はきっと生きている」と信じつづけ、祈りつづけたのです。なんという強い信仰でしょうか。

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14年余りも、この夫婦はお互いに離れ離れになっていました。そしてサタンはあの手この手で、二人の間を裂こうと攻撃してきました。

自宅監禁されていた時期に、政府の指導者はサビナに対し、「もし夫を離縁し、キリスト信仰を否むなら、あなたを自由の身にする」と言い渡しましたが、サビナはそれを拒みました。

祈りと信仰によって堅くつながっていた二人の信頼と愛は、なにものによっても崩れされることはなかったのです。

実際に、サビナは、たった一人独房にいた期間、「私は夫のために祈っていましたが、その間、本当にリチャードを近くに感じていました」と証言しています。

その後、西洋諸国のクリスチャンのとりなしもあり、ついに1964年、リチャードは恩赦を受け、釈放されました。

さらに翌年の12月には、ノルウェーの宣教団体(「ユダヤ人へのミッション」)とヘブライ・クリスチャン連盟が共産党政権に対し、一万ドルの身代金を払い、ウルムブランド一家をルーマニアから出国させる許可を得ました。

しかしリチャード本人はルーマニアでの伝道に重荷があったため、最後まで出国をためらっていました。

が、地下教会の兄弟姉妹から、「リチャード、どうか私たち地下教会の〈声〉となって、世界にメッセージを発信してほしい」と懇願され、彼はついに亡命を決意します。

《殉教者の声》ミニストリーの誕生

こうして米国に亡命したウルムブランド一家の証しは、全世界に衝撃を与えました。

そしてそれまで実態がよくつかめていなかった、鉄のカーテンの向こう側のことがようやく明らかになってきたのです。

またリチャードの自伝Torture for Christは、何十カ国語に訳され、これらの著述を読んだ多くの人が、東ヨーロッパの共産圏のクリスチャンのために祈り始めました。

夫妻のはじめたミニストリーは、最初、共産圏で迫害に遭っているクリスチャンを中心とするものでしたが、その後、主はそのビジョンを拡大され、対象は、世界規模にひろがっていきました。

サビナは2000年8月11日に87歳で召され、それに続くようにリチャードは翌年の2月17日、92歳で召されましたが、二人は、最後の最後まで、迫害に苦しむクリスチャンたちに寄り添い、彼らを助け、彼らのために祈りつづけました。

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おわりに

二人の話を終える前に、ひとつのエピソードをご紹介したいと思います。

1989年、チャウシェスク独裁政権が崩壊した翌年、リチャードとサビナは実に25年ぶりに、祖国ルーマニアの地に戻ってきました。

多くの兄弟姉妹に歓迎されるなか、二人はブカレスト市に《殉教者の声》のオフィスを開きました。

そのニュースを聞いた、ブカレスト市の役人たちは、リチャードに何を提供したと思いますか?

そうです、かつての独裁者チャウシェスク宮殿の地下倉庫を、聖書やトラクトを保管する場所として提供してくれたのです!そこは、かつてリチャードが閉じ込められていた独房があった場所でもありました。

時の政権は、無神論を標榜し、キリスト教を滅ぼそうとしました。

人々から聖書を取り上げ、教会を封鎖し、神のしもべたちを地下の牢にぶちこみました。

しかしコミュニズム政権は、結局、神のことばを抹消することはできませんでした。そして人びとの心から、神に対する愛と信仰を取り去ることはできませんでした。

18世紀の独裁者ナポレオンは、戦に敗れた後、こう言いました。

「私は人間というものを知っている。

それで君に言うが、イエス・キリストは単なる人間ではない。この人に匹敵する人はだれもいない。

アレクサンダー大王、カエサル、カール大帝、そして私は、帝国を築いた。でもそういった帝国は何によって建てられたか?――そう、暴力によってだ。

しかしイエスはその帝国を愛によって打ち建てた。

そして今、この瞬間にも、何百万という人が、この方のために立ち上がり、死んでいっているのだ。」


国の情勢は変わり、時の権力者もイデオロギーも、興っては、やがて泡のように消えていきます。

しかし神のことばは永遠に変わりません。そしてイエス・キリストは今も生きておられます。

Bible and light

人はみな草のようで、その栄えは、みな草の花のようだ。
草はしおれ、花は散る。
しかし、主のことばは、とこしえに変わることがない。1ペテロ1:24,25


リチャードとサビナは、艱難に耐え、立派に信仰のレースを走り抜きました。

さあ、今、バトンは私たちの手に置かれています。

私たちも、それぞれ置かれた場で、せいいっぱい主のご栄光をあらわしていこうではありませんか。

アーメン。

【文献あんない】

殉教者の声(Voice of the Martyrs)の公式サイト(ココ

サビナ・ウルムブランドの生涯を追ったドキュメンタリー (ココ

リチャード・ウルムブランドの著書Tortured for Christ (ココ)

サビナ・ウルムブランドの回想録Pastor’s Wife(ココ

new flower

ベルソー夫妻は、私にとって特別な存在です。

夫妻との出会いは、私の歴史探究の旅路の中で与えられました。

ベルソー兄(D.Bercot)は、米国の教会史家であり、特に、初代教会の生き生きとした信仰に光を当て、それを著作や講演を通して現代に伝えようとしていらっしゃいます。

現在、お二人は、保守メノナイト派の教会に通っていらっしゃいますが、ここにたどり着くまで、夫妻は、真理を求めてあくなき探求をしてこられました。

夫妻を通して、私が学んだのは、言行一致(信じ公言していることを具体的な生活の中で実践すること)の大切さです。

例えば、ベルソー氏は、昨今の「繁栄の神学」は、使徒および初代教会の教えにはなかったものであることを著書の中で論じています。

そして、論じるだけでなく実際に、この家族は、きわめて質素なシンプル・ライフを送っているのです。

そして家族経営の小さなクリスチャン出版社で得られた収益の多くを、南米ホンジュラスの貧しい人々のために注ぎ込んでいます。

彼らは、micro-loan programというユニークな草の根援助プログラムを打ちたて、無利子でローンを貸し、それを基に、貧民街に住む人々が小さなビジネスや小売店を始めることができるよう助けているのです。

Honduras pictures


国際協力の分野でよく問題になるのが、援助が、現地の人々を依存状態にし、かえって彼らの働く意欲や自立心が損なわれるということです。

そういった意味で、現地の人々の経済的自立を励ますベルソー夫妻の取り組みは、画期的なものといえるでしょう。

honduras village

また、二人は年に数回、直接、現地に赴き、ローンを受けたい人々ひとりひとりと話し合い、顔をつきあわせながら、この援助を行なっています。

組織立った無機質な取り組みではなく、あったかい「顔の見える」国際協力――お二人は今日も、ホンジュラスの人々のために奔走しておられます。

(夫妻のホンジュラスにおける活動について関心のある方は、ココをクリックしてください)

honduras children

reading woman 2


はとが家路へいそぐように

  祈りの個室へ 歩みを早める


はやる心もそのままに あなたの愛に想いをひそめる

  あなたとふたりきりの時!


薄暗い森の中  

人間の耳には きこえない

心たのしく 自由な声


主よ!あなたのみことばを喜びつつ
 
恍惚として あなたを見上げます

  あなたとふたりきりの時!


いそがしい街 がやがやした喧騒

そのただ中にあって 
 あなただけをみつめます

 
甘美な平安をあじわいつつ
  ひっそりと 祈る

  あなたとふたりきりの時


ああ さいわいかな!
 
 キリストとともに 
   神のうちに隠されし人生

家のなかでも 道ばたでも とおい所でも

いつも 
 あなたとふたりきりでいさせてください


   Elizabeth Prentiss (1818 –1878) Alone with God 私訳

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心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです(マタイ5:8)。

最後に、兄弟たち。すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい(ピリピ4:8)。

悪はどんな悪でも避けなさい(Ⅰテサロニケ5:22)。


宣教地にいると、さまざまな国から遣わされて来ている宣教師の方々と知り合う機会が多くあります。

皆、それぞれ置かれた場で一生懸命、難民のために奉仕していらっしゃいます。

その中でも特に、難民の人々から慕われ、信仰においても行ないにおいても傑出している宣教師の方々がいらっしゃいます。こういう方々は、本人が気づいていてもいなくても、現地の人々の心に相当のインパクトを与え、影響を与えています。

私はこういう方々から学びたい一心で、これまで彼らのことを注意深くみてきました。


その中には非常に学識がある方もいれば、そうでない方もいました。

外国語を習得する能力に恵まれている方もいれば、そうでない方もいました。

表現がたくみな方もいれば、逆に、シャイで寡黙な方もいました。


でもそんな彼らに一つ共通している点がありました。それは「心のきよさ」です。

内面のきよさ、純粋さは、目にはみえなくても、厳として実在するものです。

そして人びとはそれを敏感に感じ取ります。

☆☆

Mという北米出身の若い宣教師がいます。彼は、某宣教団の台所で難民のために食事を作っています。

彼は講壇に立って説教しているわけでもなく、現地の人と流暢にコミュニケーションがとれているわけでもありません。

黙々とジャガイモの皮をむき、ごはんを炊く、、これが日常彼のしていることです。

しかし難民の人々の間で彼は絶大な人気があります。みんな口ぐちに、「Mはいい人だ」と言っています。

なぜ、言葉も通じないのに、人々はM兄が「いい人だ」ということが分かるのでしょう。

それはMが透き通るような清い心の持ち主だからです。


清い心は、どんな厚い壁をも突き抜け、相手の心になにかを伝えます。

そこには国境も、宗教も、人種も、年齢も、学歴もありません。

心のきよさの前には、どんな人間的な技巧も、雄弁さも力を持ちません。

その人が口で語っていようがいまいが、そのきよい存在自体、周囲に〈なにか〉を語っています。

そして福音に触れたことのない人は、そういう人に接することで、キリストの香りを敏感にかぎ取るのです。

☆☆

4 はな

このレターを読んでくださっているあなたは、今、高校生かもしれないし、大学生かもしれません。社会人の方かもしれません。

これから進むべき道について主に祈っている方もおられることでしょう。あるいは、漠然と、「将来、宣教師になりたいなあ」と思っている方がいらっしゃるかもしれません。

主がお一人お一人のその尊い志を祝福してくださいますように。

実際に、今あなたが、どこにいて、どのような状況にあろうと、あなたは今日この日から宣教師としての備えをすることができます。

その備えとは、「心のきよさ」を求め、そのことに関して主に祈ることです。そして、示されたことは妥協せず、実践することです。


私たちが生きているこの世界は、きよくない、不純なもので満ちています。

そして私たちの目や耳は、日々、そういった不純なものにさらされています。

通りを歩いていても、コンピューターの画面の前でも、きよくない写真や映像、記事は私たちを誘惑しようと待ち構えています。

ゴシップや人をこきおろす会話は、周囲に溢れています。

私たちクリスチャンは、そういった罪と戦って、血を流すまで抵抗しなければならないと聖書は言っています(ヘブル12:4)。

なぜなら、私たちがそういった罪と戦わず、目から耳から入ってくるものに防波堤を築かないならば、そういった不純なものは、どんどん心に入りこみ、私たちをけがすからです。

けがれた心の持ち主でも、神学校に行ったり、宣教師養成スクールに行ったりすることはできます。そしてそのまま宣教師として現地に派遣されることも可能です。

でもそういう人は、現地の人々の魂にインパクトを与えるようなしもべとして用いられることはありません。そういう人を通しては、真実な回心と新生は起こらないのです(Ⅱテモ2:20-21参照)。

ですから、今、あなたが自分の心をどんな状態に保っているかということが、やがて宣教地でそのまま現れるのです。

若いクリスチャンの学生さんの中で、けがらわしい映像(ポルノ)から離れられずにいる人がいますか。そのことで人知れず、苦しんでいらっしゃいますか。

もし自分の個室にあるコンピューターがあなたをつまずかせるなら、どうぞインターネット回線を切るか、そのコンピューターを売却してください。そして(大学のコンピューター室を利用するなど)他の手段を用い誘惑を回避するよう努めてください。

テレビがあなたをつまずかせますか。(もしそのテレビが家族共有の物でなければ)どうぞそのテレビを売却してください。

私は20年前、テレビを自分の人生から締め出しました。

そしてテレビがあったなら無駄に流れていたであろう多くの時間を、読書や散策、祈り、奉仕、友人との有益な会話にあてることができ、ほんとうに感謝しています。

また、ある人間関係が、主の望まぬ方向へとあなたを引きずっていっていますか。情に流されず、主があなたにその関係を断ち切る力を与えてくださいますように。


「内なるきよさ」を求める私たちの願いが真剣かつ切実なものであればあるほど、主は御霊を通し、私たちにますます罪に打ち勝つ力を与えてくださいます。


最後に、ムスリム難民の間で奉仕している者として、もう一つだけお分かち合いしたいことがあります。

それは「心のきよい」奉仕者が、この地域の人々に及ぼしているすばらしい影響についてです。

中東地域の人々は、長年、〈宗教家〉と称する指導者たちによって苦しめられてきました。

そのため、彼らは宗教的偽善を見抜く、するどい勘を持っています。宗教指導者の不純さは、またたく間に暴かれます。

そして彼らは、誰よりも切実に、私心のない、純真なしもべに会いたがっています。

こういう聖いしもべが一人、現地に遣わされると、この人を通してだけでも何百、何千人の魂に光が照らされます。先に挙げたM宣教師などがその一例です。


兄弟姉妹のみなさん、応援しています。

暗闇と混とんの世は今、ほんものの光を見たがっています。

主よ、どうか私たち一人一人の心をきよめ、あなたの光を映し出す器として私たちを練ってください。

アーメン。

【おすすめの信仰書】
D・ブレイナード『ブレイナードの日記』(ココ
エリザベス・エリオット『情熱と純潔』(ココ

1はな


このプログを読んでくださっている方はお気づきだと思いますが、私は、宣教師の伝記が好きです。

宣教師の手記や伝記をひもとくたびに、私は励ましを受けます。


彼らは、いったいどのような経過をたどって宣教師としての召しを受けたのだろう?

現地の人々にどのように福音を伝えていったのだろう?

苦難や試練にぶつかった時、それをどのように乗り越えていったのだろう?


信仰の先人たちは、そういった私の問いに生き生きと答えてくれます。

また彼らの力強い信仰によって、心が強められます。そして、全世界の人々に福音が届けられることをますます熱心に祈るよう駆り立てられます。


しかし、残念なことに、こういった伝記は、日本語ではあまり読むことができません。

それに、たとえあったとしても、その多くはすでに絶版になっていたり、値段が高かったりと、、こういった宣教師たちの声はなかなか私たちの元に届きません。

経済的に余裕のない学生さんにとっては、なおさらそうだと思います。


これから後、わたしたちの国の若い兄弟姉妹が、宣教のビジョンをもって、世界各地に遣わされていくことを私は信じています。

やがてハドソン・テイラーやエミー・カーマイケルのような勇ましい人材が日本からも起こされ、世界に祝福を与える器として用いられていくことでしょう。

そんなことに想いを馳せながら、私は宣教師の伝記を少しずつ日本語でつづっていくことにしました。

ネット上に公開するなら、どなたでも無償で読むことができますから。

こういった記録が、だれかの信仰の励ましになるなら、こんなうれしいことはありません。


さて、今日は、第二次世界大戦前に、旧オランダ領の東インド諸島(現パプア・ニューギニア)に遣わされた年若い婦人ダーリーン・ローズ宣教師(1917-2004)の生涯とその信仰をごいっしょにみていくことにしましょう。

生い立ちと結婚

ダーリーン・D・ローズは、1917年、米国のアイオア州に生まれました。

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神にお仕えしたいという思いから、彼女は、高校を卒業後、聖パウロ聖書学校に進学しました。

1936年、地元で青年キリスト者大会が開かれます。当時、ダーリーンは19歳。

折しも、その大会にはニューギニアから一時帰国していたラッセル宣教師がメイン・スピーカーとして招かれていました。

ダーリーンの証しを聞いたラッセル宣教師は、「彼女こそ神が私にお与えになった女性だ」と感じ、彼女にプロポーズします。

ラッセル兄のプロポースにyesと答えることは、すなわち、共に宣教師として危険なニューギニアに行くことを意味しました。

二人はその後、文通を通して、さらにお互いのことをよく知るようになります。

ダーリーンは、その頃の心境を次のように書き記しています。

主のご臨在の前に上りつつ、私は祈りました。

すると神は、「主よ。あなたと共に私はどこへでも行きます。――たといどんな犠牲を払うことになっても」という、幼き少女の祈りを思い出させてくださったのです。


ラッセル31歳、ダーリーン19歳と、年の開きはありましたが、使命と信仰によって一つにされ、お互いに深く愛し合うようになっていた二人は、1937年8月結婚し、その後すぐに、宣教師としての備えのために6カ月、オランダに派遣されました。

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1938年8月18日、ラッセルとダーリーンはジャワ島のバタヴィアに到着します。そしてそこから蒸気船に乗って、セレベス島の中心地マカサール(Macassar)に向かいました。

当初の予定ではそこから最終目的地であるニューギニアにすぐにでも向かうことになっていましたが、いろいろと準備に時間がかかり、結局、2年後の1940年、ポスト夫妻と共に、バリエム渓谷を越え、カパウク族の住む、ニューギニアにたどり着くことができました。

その時の感動をダーリーンは次のように記しています。

山頂を登り切って、渓谷の下の方をみると、男性も女性も子どももみんな、庭や小屋から駆け出してくるではありませんか!

みんな私たちを迎えようと一目散に山腹に向かってきていました。

集まった民の半分が、歌うように「ホー!」と声を響かせると、残りの半分が、一オクターブ低い音調で「ホー!」と答え、山々にその声がこだましました。

私は手を振ってみせました。そして山腹の方に走りだしました。涙が頬を伝って落ちました。そして私は大きな声で歌うように言ったのです。「ここが私の家!ただいま!」


カパウクの人々はすぐにダーリーンにとってかけがえのない存在となりました。またラッセル兄が新妻のためにこしらえてくれた、竹づくりの小さな家も、彼女は心からいとおしみました。

それは居間と寝室の二部屋から成る新居でした。

窓ガラスの代わりに、アイシングラス(ゼラチンの一種)が貼ってありました。これなら、寒さも防ぐことができる上に、外の景色をもみることができるのです。

パニアイ湖をみわたすわが家から、ダーリーンは夕暮れの空をながめました。黄金の太陽が、この上もなく美しく湖を照らしていました。

第二次世界大戦勃発

そんな幸せな日々を送る夫妻の元に、ある日、突如として知らせが届きました。――「オランダ陥落。今やナチス・ドイツの占領下に。」

当時、ニュー・ギニアはオランダ領でしたので、このニュースは当地に住むオランダ人や外国人にとって深刻な意味を持っていました。

続く1941年12月7日、日本軍による真珠湾攻撃。その後、3ー4カ月の間に、日本軍は、次々と東南アジア地域を占領下に置いていきました。

そして翌3月、その支配はついにニューギニアにも及び、3月5日、宣教師たちは自宅監禁となります。

それから8日後の3月13日。この日はダーリーンにとって、生涯忘れられない日となりました。

突如、日本軍のトラックがやって来たのです。そしてラッセル兄を始めとする男性宣教師を戦争捕虜として収容所に連行するというのです。

ダーリーンは家に入ると、枕カバーを取り、無我夢中でその中に夫の服、聖書、筆記用具、ひげ剃りなどを詰め込みました。

表に出ると、ラッセルはすでにトラックに乗り込まされていました。ダーリーンは枕カバーを渡し、夫の顔を食い入るように見つめました。

トラックはエンジンをかけ始めました。

夫はダーリーンの方に身を乗り出し、静かにこう言いました。

「いいかい、僕の愛しい人。これを覚えていてほしい。『主は決して私たちを離れず、私たちを見捨てない』っておっしゃられたことを。」

トラックは砂埃を上げて動き出し、やがて見えなくなりました。

ダーリーンが愛する夫を見たのはこれが最後でした。

この時の心境を彼女は後にこう記しています。

すべてのことがあまりにも早く、唐突に起こりました。夫は「主は決して私たちを離れず、私たちを捨てない」と言い遺しました。

でも今どうなんですか、主よ?――実際、この時ほど主に見捨てられたように感じた時はありませんでした。

でもその時私はみたのです。今自分を圧倒しているこの状況、自分ではどうすることもできないこの状況から目を離し、こうべを上げた時、そこに私の主はおられました。

主は天の胸壁から私を見ておられました。そして心の深いところで私にこう語られたのです。

「わたしはここにいる。わたしが見えない時にも、わたしはここにいる。どんな瞬間にも、わたしの目はあなたに注がれている」と。


2はな


ダーリーン、戦争捕虜になる

その後、2カ月して、ダーリーンたち残りの宣教師は、カンピリにある収容所に連行されました。

収容されていたのはほとんどがオランダ人でしたが、ダーリーンのような外国人もその中に含まれていました。彼女はバラック8号に入れられました。ダーリーンは、毎晩、そこで聖書を朗読し、祈り会を持ち、収容されている女性たちを慰めました。

また同じ頃、男性収容所においても、夫ラッセルは仲間の宣教師と共に、福音を伝え、多くの魂をキリストの元に導いていました。

山路司令官

当時、捕虜収容所を総括していたのは、山路司令官でした。

この司令官は、男性収容所で捕虜を殴り死に至らしめたとか、女性捕虜にも手を上げる等のうわさが立つほど、その凶暴な気性で知られた人でした。

収容所内では日本兵の食糧用にブタが飼育されていたため、ハエが大量に発生し大問題になっていました。

山路司令官は、捕虜女性に対し、一日一人当たり、100匹のハエを殺して持って来るよう命令を出しました。

理にかなわない命令でしたが、皆、司令官を恐れていたので、従いました。こうして一日6万匹以上の死んだハエが司令官の元に持ってこられました。

ハエの数を数えるのに疲れてしまった司令官はやがてこの命令を取りやめますが、ダーリーンはこのような環境にあっても主を見上げ続けました。

ラッセルを最後に見た日から約1年後、彼女は、夫が収容所内で赤痢菌にやられ3か月前に死亡していたことを知らされます。その時、ダーリーンは26歳でした。

ラッセルの死の知らせが収容所内に流れると、さすがの司令官も彼女のことを憐れに思ったのか、ダーリーンをオフィスに呼びました。

以下はその時交わされた二人の会話です。

山路:「今は戦時中だ。」

ダ:「はい、山路司令官、承知しております。」

山路:「今日あんたが聞いたこと(=夫の訃報)は、日本にいる女たちもそれぞれ同じように聞いてきたことだ。」

ダ:「はい、司令官。それも承知しております。」

山路:「あんたはまだ若い。いつか戦争は終わる。

そしたらあんたはアメリカに戻れる。ダンスに行ったり、芝居をみにいったり、いい人を見つけて再婚するがいい。そしてこんなひどい時代のことなんか忘れてしまいなさい。

うちの収容所の中であんたはよくがんばってくれている。他の女たちも大いに助けられているようだ。辛いだろうが、今、へこたれたらいかんぞ。」

ダ:「山路司令官。一言申し上げてもよろしいでしょうか。」彼はうなずき、彼女にイスに腰掛けるよう指図しました。

ダ:「山路司令官。望みをもたない他の人々のように私は悲しんでいません(Ⅰテサ4:13)。私は司令官、あなたに今日、《ある方》についてお話申し上げたいのです。

まだ幼い頃、アイオア州にいた私は、日曜学校でこのお方について聞いたのです。この方の名前はイエスといいます。イエスは天地の創造主、全能の神の御子です。」

目を上げると、山路の頬を涙がつたっていました。

「そしてイエスはあなたのために死んでくださったのです、山路司令官。そしてイエスは私たちの心に愛を植えてくださいました。その愛は敵をも包むものです。

だから、司令官、私はあなたを憎んでいないのです。

私が今この時、この場所に置かれているのは、イエスがあなたを愛しているということをお伝えするためだったのかもしれません。」

山路司令官は、涙で頬をぬらしながら、部屋を出てゆきました。

そしてその日を境に、山路司令官は彼女に信頼を置くようになりました。ダーリーンは、司令官の救いのために祈りました。

独房へ

1944年5月12日、軍の公安部がダーリーンをスパイ容疑で拘束しました。そして彼女を独房に入れました。

ドア越しにきこえる看守たちの会話から、ここが死刑囚監房であることを彼女は知ったのです。

彼女は監房の床にくずおれるように座りました。今までに感じたことのない恐怖が襲ってきました。

しかしその時突如として、幼い頃、日曜学校で歌っていた《こどもさんびか》の一節が口をついて出てきたのです。

♪おそれちゃいけない、ちいさな群れよ
きみがどこにいようと
主はすべての部屋に入ってきてくださる
、、主はけっしてきみを見捨てない


この間、しょっちゅう、彼女は尋問室に連れていかれました。

二人の尋問官は、ダーリーンが米国人スパイとして諜報活動を行なっていたこと、ラジオを隠し持っていたこと、アメリカ側に情報を提供していたこと、モールス信号を知っていたことなど罪状をあげました。

それら全てを彼女が否認すると、二人は、彼女の顔面や後ろ首を殴りました。

尋問官たちの前では決して泣きませんでしたが、独房に戻るや、彼女はわっと泣き崩れ、主の前に心を注ぎ出して祈りました。

「またこの期間、聖句を暗唱するよう、主は私の心に働きかけてくださいました。」とダーリーンは書いています。

「適度な運動も必要だったので、私は、独房の中をぐるぐる歩きまわりながら、静かに聖句を暗唱し、賛美歌を歌っていました。」

バナナ

ある日、ダーリーンは、鉄格子から外をみていました。と、ある女性囚が、看守の見ていない隙に、フェンス近くのバナナをもぎ取っているのが目に入りました。

常に栄養失調の状態にあったダーリーンは、神さまにこう祈りました。

「主よ、私はお粥に感謝していないのではありませんし、あの女性がもぎ取ったようにバナナ一房まるごと欲しいわけでもありません。

でも、ただ一本でいいです、私にもバナナを食べさせてくださいますか。

でも私のために持ってきてくれる人は誰もいないし、あなたといえども、こればかりはどうしようもないと思います、、、」

翌朝、ダーリーンの元を思いがけない人が訪れてきました。――なんと、山路司令官がやって来たのです。

やけこけた手をたたいて、彼女は子どものように無邪気に喜びを表現しました。

「山路司令官、なんだか古いお友だちに再会しているような気持ちです!」

そんな彼女を見る司令官の目には涙がたまっていました。山路は何も言わず、中庭に入ると、そこで役人たちと長い事話し合いをしていました。

それからまた独房の方に戻ってくると、山路は同情にかられ尋ねました。「かなり病気のようだな。」

「はい、司令官。」

「今から収容所に戻るところだが、向こうの女たちに何か言づてはあるか。」

「はい。『私は大丈夫、今も主を信頼し続けている』と彼女たちに伝えてもらえますか?

彼女たちは私の言わんとしていることを理解してくれるはずです。そしておそらくは司令官、あなたも。」

「了解した。」と山路は答え、去っていきました。

山路や役人たちが去った後、ダーリーンは、自分が彼らにおじぎをするのを忘れていたことに気が付きました。

「ああ、どうしよう。彼らはきっと戻ってきて、私をぶつことでしょう。」看守が独房に近づいてくる足音がきこえてきました。

彼女は尋問室に連れて行かれる覚悟を決めて、立っていました。

しかし、看守は錠を開け、中に入ってくると、何かをドサッと床に置いたのです。

「あっ、バナナ!」

「山路司令官からの差し入れだ。」そういうと看守は出て行きました。

彼女はバナナを数えました。なんと92本のバナナが贈られてきたのです!

ダーリーンは、主の前に泣きながら祈りました。

「ああ、主よ。私を赦してください。私はただの一本のバナナでさえも、あなたに信頼できずにいました。見てください――今ここに100本近いバナナが贈られてきたのです!」

「その時、私は、神にとって不可能なことは何一つないことを悟りました。」と彼女は記しています。

ダーリーンと愛するニューギニアの民

主は、この間、ダーリーンを力強い御手で守られました。

死刑があと少しで執行されるという間一髪のところで、彼女は突如カンピリの一般収容所に戻されたのです。

これは私の想像するところですが、この背後には、彼女を通して心に主を受け入れた山路司令官の、公安局側へのとりなしと働きかけがあったのではないかと思います。

こうして終戦まで生きながらえたダーリーンは釈放後、一時アメリカに帰国します。

その後、ジェリー・ローズ宣教師と再婚し、二人は志を新しく、1949年、ニューギニア(現パプア・ニューギニア)に戻って行きました。

ダーリーンは、激動の当時を回想し、次のように語っています。

「あの8年を遠くから見つめた時、私はひたすら神さまの知恵と愛に驚かされます。

神さまは舞台のカーテンをつかさどっておられ、私たちの人生ドラマはそこで繰り広げられているのです。

主の御手は、《人生に起こる出来事》というカーテンを脇に寄せるのですが、それは一回に一コマだけが視界に入るよう配慮されているのです。」


おわりに

7 はな


かつて夫のラッセルといっしょに初めて住んだ、バリエム渓谷の竹づくりの家。

そこにはアイモパイという母のない小さなカパウク族の子がいて、ダーリーンのことを「ママ、ママ」と呼び、なついていました。

オランダ陥落により退去を余儀なくされたラッセル夫妻の後を、男の子はどこまでもついてきました。

橋のところまで来ると、ダーリーンは涙をこらえて、男の子に村に戻るよう言います。

すると男の子は、涙で顔をくしゃくしゃにして、後ろから大きな声で叫びました。「ママ、egaa kedaa! はやく戻ってきて!」


その後、戦争が勃発し、最愛の夫ラッセルを失い、自らもいつ殺されるか分からない状況にありながら、この年若い女性は、けなげに主を見上げ続けました。

そして戦後、愛してやまないカパウク族のもとへ、ニューギニアの民のもとへ戻っていったのです。


ダーリーン・ローズはもうこの世にいませんが、彼女の蒔いた愛の種を育てていく次なる世代の宣教師が起こされますように。

パプア・ニューギニアでは、現在でも主イエスを知らない何百という部族が、暗闇の中に置かれています。

誰が行って、彼らに愛を伝えるのでしょうか。

誰が、御父のこころを彼らに伝えに行くのでしょうか。

もしも、この伝記を読んでくださった方の中で、なにか主の示しを感じた人がいましたら、どうか世のしがらみに引きずられず、ご自分の行くべき道について引き続き主に祈ってください。


その後、私は見た。見よ。あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、だれにも数えきれぬほどの大ぜいの群衆が、白い衣を着、しゅろの枝を手に持って、御座と小羊との前に立っていた。

彼らは、大声で叫んで言った。
「救いは、御座にある私たちの神にあり、小羊にある。」
            黙7:9-10


アーメン。


【文献案内】
Darlene Deibler Rose, Evidence Not Seen: A Woman’s Mraculous Faith in the Jungle of World WarⅡ

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↓ダーリーン自身による証しを聴くことができます。(英語)
www.youtube.com/watch?v=y9k5WuqIuSQ

なんのために書くのか

(Natalie Nyquist, Why Write? ナタリー姉の許可をいただき、2014年8月、日本語訳いたしました。)

10 Aug

しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。

ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。
Ⅱコリント12:9,10



自己顕示や自分の利益のために、ものを書きはじめるや、私たちは、この世にインパクトを与える機会を失ってしまいます。

どんなにすぐれた書き手になったとしても、高給取りの売れっ子ライターになったとしても、書き手としての私たちの価値および伝達者としての影響力は、何一つとして私たちのうちにないのです。

そうです、神の御力のうちにあってのみ、私たちの賜物は真に輝きを放つのです。

クリスチャンの書き手の間で共有され、包含されるべき真理が一つあるとしたら、それは――私たちのしたためる記事や本は、全くもって、自分たちのものではないということです。

書き出しの一語から、結末の章にいたるまで、それらはことごとく神に属するものです。

自分の名前を売ろうとしたり、印税で儲けることを考えたり、大衆受けのする内容を書こうとして、気がそぞろになりはじめるや、私たちの心の焦点は、主からずれてしまいます。

そして私たちの目が主に注がれていない時、そして自分の作品を握り締めている私たちの手が、主のご計画に対して開かれていない時、

私たちは、書くという行為を通してなされうる最大の冒険――人の人生に、永遠にいたる変化を起こす主の道具となる――という機会を失ってしまうのです。


はじめに書いたⅡコリント12:9,10は、私の好きな聖句です。

なぜなら、このみことばは、私たちが自分の足りなさや弱さでさえも喜び誇ることができるということを思い出させてくれるからです。

自分自身を誇るというのではありません。そうではなく、こういった弱さを通して表される神の力を誇るのです。

自分自身のことや、書き手としての自分の業績に酔いしれるのではなく、自分というものを真っ正面に見つめるのです。

そうすると、自分は穴だらけの分厚いカーテンのようだということに気づかされます。――そしてその穴から太陽の光が輝き出でるのです。

自分のちっぽけな成功ではなく、神の力を見てほしい――私たちは人々にそう望むべきです。


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私はものを書く時、読者のみなさんの前に、曇りなく正直であろうと努め、自分の葛藤している部分も隠しません。

これは、私にとって、神のしもべとしてのささやかな犠牲だと言えます。

できるなら払いたくない犠牲――自分の経験してきたことのいくつかは、できるなら誰にも言いたくない種類のものです。

試練のうち、あるものなどは、私的なものであり苦渋に満ちたものです。

こういったものは、私たちが、この地上にあっては決して完全な状態におかれることはないこという真理を私に思い起こさせてくれます。また、そうなるべく期待されてもいないのです。

ですから、自分自身の名声に「てこ入れ」し、強さを吹聴する代わりに、むしろ私たちの人生を他の人々のために注ぎ込むよう、努めようではありませんか。

私たちがやがて行く永遠の場所――そこで私たちは何一つ欠けたところのない満ち足りた状態となり、いやされ、聖くなります。

そういった永遠の場所にいつまでも残っていくような何かに力と情熱を注ぎ、投資していこうではありませんか。

私たちが自分の無力さを感じているまさにその時、神さまは私たちのわずかな賜物を用いて、多くの読者の心に語りかけられます。

私たちの弱さや限りある視野のただ中で、神はご自身の力をお示しになり、想像もできなかったようなことを、私たちの心のうちに、そして読者の方々の心のうちに成してくださいます。

作者ではなく、主が栄光を受ける時、私たちの言葉のインパクトは永遠に残っていきうるのです。

(出典:Natalie Nyquist,www.natalienyquist.com)

(Kyle P, How to Choose a Bible Translation 快く日本語訳の許可を与えてくださった米国テキサス州オルセン・パーク教会のカイル師にこの場をかりてお礼申し上げます。)

満開のエゴノキ

はじめに
去る2007年、私たちは「いかにして聖書を手にしたのか(How we got the Bible)」というシリーズで学び会をしてきました。なぜ訳がそれぞれ異なるのかということを理解するにあたり、このシリーズはいわば下準備をしてくれたといえましょう。

底本(Textual Basis)

前回のシリーズで取り扱ってきた要点の一つとして、各翻訳の背後に存在する底本のことが挙げられます。つまり、昨今発見された聖書写本に、どれだけの比重がかけられているかということです。

もしある写本が、他と異なっているとしましょう。その場合、この写本はオリジナルにより近いと結論づけるべきなのでしょうか。

それとも歴史を通して保存され続けてきた標準テクストの方がオリジナルに近いという見方をすべきなのでしょうか。

もし新約聖書の翻訳が、昨今発見された写本に、より比重を置いているのなら、こういった翻訳は、底本として「クリティカル・テクスト」を用いているということができます。

その一方、ある翻訳が、歴史を通じて保存されてきた標準テクストにより依拠しているなら、これは底本として「受け入れられてきたテクスト(Textus Receptus)」を用いている、ということになります。

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なぜそれぞれの翻訳聖書に違いがあるのか

A 言語における違い(Differences in language

言語というものは、さまざまな方法で、さまざまなことを伝達します。慣用的な表現などはある特定の言語のみに見出される場合があります。

そういった独自の表現を、いったいどのようにして他の言語に言いかえることができるのでしょうか。たとい同じ言語内であっても、時の変遷とともに、ことばの意味が変化することもありえます。

B 底本における違い(A different textual basis

ある翻訳聖書が、昨今発見された写本に依拠しているのであれば、相違は起こります。

ある一語がつけ加わることもあれば、省略されることもあります。スペリングが異なっている場合もあります。ある写本では「キリスト」と記されている箇所が、別の写本では、「イエス」と記されていることもありえます。

注)ただし、こういった相違を、聖書本文の信頼性を疑わせるようなものとして考えてはなりません。相違の99%は、語順とかスペリング、同義的な言葉におけるささいな違いにすぎないのです。

C 教理的見解の違い(Different doctrinal perspectives

どんなに避けようとしても、私たちの持っている信仰体系が翻訳におよぼす影響を完全に抜き去ることはできません。

例えば、私が何かを翻訳しているとします。その中で、幾通りかの方法で表現できるような箇所に出くわします。

その際、一つの表現は私の信仰体系を裏付けるようなものであり、もう一つは、そうでないとします。この場合、私は前者の表現を選ぶ可能性がきわめて高いといえるでしょう。

D 翻訳のスタイル(Style of translation

今日の学びでは、この領域に焦点を当てたいと思っています。ご一緒に英語の翻訳聖書を調べていき、いかにそれぞれの翻訳哲学が、翻訳文に影響を与えているかということを考察していきたいと思います。

さまざまな翻訳スタイル

① パラフレーズ(意訳)

パラフレーズとは、「para(ギリシア語で「かたわらに」、の意)+phrase(言う、指摘する)」という語で構成されており、あるテクストを要約すること、もしくは、自分独自の言葉で言いかえることを意味します。

• あらゆる説教は、パラフレーズであるということができます。説教者は、自分の理解にしたがって、自分自身の言葉で、聖書のテクストを説明しなければなりません。

• Ⅰコリント2:9において、パウロは(聖霊の導きを通して)イザヤ64:4-5を意訳しました。

• タルグムと呼ばれる古代のユダヤ文献は、旧約諸書の解釈ないしはパラフレーズです。

• その働きにより欽定訳聖書(KJV)の礎石を築いたギリシア語学者エラスムスは、新訳聖書を意訳しました。

パラフレーズは厳密な意味で、翻訳ではありません。というのも、ある言語の語句や考えそのものを、他言語に移すという意図がそこにはないからです。にもかかわらず、このメソッドは、聖書および世俗テクストの翻訳に用いられています。

それ自体に罪があるということではありません。しかしながら、数ある翻訳スタイルのうちでも、このメソッドは、偏見、解釈ミス、あからさまな間違いに最もさらされやすいものであるといえます。

なぜなら、これはあくまで<神の言葉>に関する<人間の言葉>であり、<神の言葉>そのものではないからです。

現在、パラフレーズ聖書の代表的なものは以下の二つです。

A. The Living Bible (リビングバイブル、別名 The Book, The Way). (Kenneth Taylor著. Wheaton, IL: Tyndale House Pub. 1971)

The Living Bible 1971

テイラー氏はバプテスト派の信者の方であり、自分の子どもたちに聖書を説明しようと意訳しはじめたのが最初のきっかけでした。やがてそれは聖書全巻を網羅するにいたりました。テイラー氏は保守的信仰の立場をとっておられますが、氏の意訳の多くは、彼のカルヴァン主義思想を反映しています。

1. 詩篇51:5 “But I was born a sinner, yes, from the moment my mother conceived me.

(見よ、わたしは不義のなかに生まれました。わたしの母は罪のうちにわたしをみごもりました。【口語訳】/ ああ、私は咎ある者として生まれ、罪ある者として母は私をみごもりました。【新改訳】/あなたに背いたことをわたしは知っています。わたしの罪は常にあなたの前に置かれています。【新共同訳】)”

ヘブライ語では「私は罪の中に生み出され(I was brought forth in sin)」と言っていますが、ここでいっている罪が彼自身のものなのか、母のものなのか、それともこの世界全体の罪なのか、明確には述べていません。

聖書は継承された罪というものについては教えていません(エゼ18:20)。同じような見解が以下の例にも表れています。

2. ローマ5:12 “When Adam sinned, sin entered the entire human race. His sin spread death throughout all the world, so everything began to grow old and die, for all sinned.”

(このようなわけで、ひとりの人によって、罪がこの世にはいり、また罪によって死がはいってきたように、こうして、すべての人が罪を犯したので、死が全人類にはいり込んだのである。【口語訳】)

ギリシア語では、「一人の人を通して罪が世界に入り、死(→肉体的な死ではなく、霊的死)」が「すべての人に広がった。なぜならすべての人が罪を犯したからです」と言っています。(ちなみに、この箇所は、ローマ3:23の「罪」と同様の使われ方をしています。)

罪が「世界world」に入ったというのと、「人類human race」に入ったというのは異なるのです。

B. The Message. (メッセージ・バイブル、Eugene Peterson著. Colorado Springs: NavPress Pub. Group. 1993).

The Message Bible

(元)長老派教会の説教者であり、ブリティッシュ・コロンビアのリージェント・カレッジの教授であるピーターソン氏は、伝道用にと、節の区切りなしのパラフレーズ聖書を独自に作りました。

上記のリビングバイブルに比べると、ずっと保守性に欠け、原典とはまったく無関係の現代的慣用句が盛り込まれています。

1. マタイ9:23で、彼は「笛吹く者たち」および「騒いでいる群衆」を「オーブン鍋を持ってきた隣人たち」と書き変えています。

2. 使徒2:41「三千人ほどが弟子に加えられた」のところを、ピーターソン氏は、「“they were baptized and were signed up. ”彼らはバプテスマを受け、(教会員として)登録された」と書いています。

福音に従うにあたり、メンバーとして登録しなければならないという教えはいったい聖書のどこにあるのでしょうか。

こういった例は、別に悪気があって書かれたものではありませんが、それにしてもパラフレーズが誤りを助長するというのは確かです。

3. マタイ16:18はピーターソン訳では、「“You are Peter, a rock. This is the rock on which I will put together my church.”」となっています。(あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます【新改訳】)。

ペテロに関して、ローマ・カトリック教会が信じていることはまさにこれなのです。つまり、ペテロが最初の「教皇」なのだと。ピーターソン訳が明らかにすることができなかった点は、つまり、イエスが「岩」を表すにあたって、二つの異なった単語(ペトロスとペトラ)を用いておられたということです。

そしてそれによって、教会の建て上げは、ペテロその人ではなく、あくまでペテロのなした告白の上に成り立っているということをイエスは言っておられるのです。

4. またピーターソン氏はエペソ2:8「“Saving is all his idea, and all his work. All we do is trust him enough to let him do it.”」で、カルヴァン主義の傾向を明らかにしています。

こういった背後の事情を知らない人は、このような言葉を読んで、「救いは信仰のみによる。」さらには「信仰というのは神が人に押し付けるもの。」という理解を持ちかねません。

C. 聖書に関する人間の意見を参考にする上でパラフレーズ訳を用いることは可能ですが、聖書そのものとして用いることは決してすべきではありません。

② インターライナー式翻訳(行間訳文 Interlinear Translation

パラフレーズ訳が一つの極だとすると、その反対の極は、インターライナー式翻訳ということになると思います。

インタ―ライナー聖書は、原語一語一語の下に、英語の逐語訳を載せています。そして可能な限り、言語一語の下に、対応する英語一語がくるようになっています。このアプローチの難点は、、、

1. 原典の一語を、一語だけで翻訳できるとは限らない。(二語以上必要な場合もある。)
2. 語順というのは、各言語間でかなりの相違がある。
3. 原文には、英語の中に該当するものが存在せず、訳しようがないもの(例 文法標識)がある。

こういった問題点ゆえに、インターライナー式聖書は、聖書勉強の良い助けにはなっても、教えたり、読んだり、説教したりする際に用いるにはあまりに使い勝手が悪い代物だといえます。

一番入手しやすいインターライナー式聖書は、The Interlinear Bible(Jay P. Green著. Grand Rapids: Baker Book House, 1982)でしょう。著者グリーン氏は、新約聖書の底本に、「受け入れられてきたテクスト(Textus Receptus)」を用いています。

最近の版ではさらに、各原語の下にストロング式の番号振りをしています。

さて、今までパラフレーズ式、インターライナー式とみてきましたが、次に考察してみようと思うのは、これです。

③ “Dynamic Equivalence(ダイナミック等価翻訳)” (thought for thought).

パラフレーズとは少々意を異にするのが、「ダイナミック等価翻訳」ないしは「thought for thought」翻訳として知られるアプローチ方法です。

このアプローチは、パラフレーズ訳に比べて原語での実際の文献に、より依拠しているのですが、意味(もしくは『これが意味しているところだ』と翻訳者が信じるところの意味)を表す際に、より柔軟性をゆるしています。

実際、あらゆる翻訳にはこういった要素が含まれているのです。

例えば、Ⅱヨハネ2:12「あなたがたのところに行って、顔を合わせて語りたいと思います。」という箇所ですが、ギリシア語の原語では「顔を合わせて」ではなく「口を合わせてστόμα πρὸς στόμα」という表現になっています。

こういった点に関し、どこまで柔軟性の幅をきかせるかという翻訳者の判断によって、翻訳は、パラフレーズの方に接近したり、逆に遠ざかったりするのです。

翻訳者が訳に柔軟性をゆるせばゆるすほど、テクストは偏見、解釈ミス、誤りを犯す可能性にさらされやすくなるのです。

ではまず、このアプローチの中でもかなり極端な例から始めて、その後、徐々に逐語訳に近いアプローチの例をみていくことにしましょう。

A. The Voice New Testament. (ヴォイス新約聖書 Nashville: Thomas Nelson Pub. 2008.)

The voice new testament

多くのダイナミック等価翻訳の抱えている問題の一つは、聴衆を惹きつけんがために人間的な仕掛けに頼っていることです。比較的最近出版された『ヴォイス聖書』は、新約本文を、脚本式フォーマットで提示しています。

1. 「キリスト」のところを「解放王(“Liberating King”)」という単語に置き換えています。

2. 「バプテスマ」の代わりに、「儀式的洗い(“ceremonial washing”)」という言葉を使っています。

そしてこの語が出てくるたびに、その下に脚注をつけ、「文字通りの意味は、『浸す(“immerse”)』だ」と記しています。たしかに、バプテスマは浸礼ですが、バプテスマのことを「儀式的洗い」と呼んだからといって、それに関する誤解が解けるわけではありません。

3. この聖書はパラフレーズ訳を自称しているわけではありませんが、聖書本文にあまりにもたくさんの注釈を取り入れているために、事実上、パラフレーズ訳となっています。

例えば、翻訳者が語句を挿入する際、ふつう、イタリック体が使われるのですが、以下にあげる例をみてください。

使徒20:7 “The Sunday night before our Monday departure, we gathered to celebrate the breaking of bread. Many wondrous events happened as Paul traveled, ministering among the churches. One evening a most unusual event occurred.”

(→月曜日の出発前である日曜の夜に、私たちはパンを裂いて祝うために集まった。パウロが諸教会の間を奉仕しつつ旅する中で、多くの驚くべきことが起こったある夜、もっとも尋常でない出来事が起こったのだ。) 

なんと、まるごと二文が、イタリック体で挿入されているのです!これはもう、翻訳ではなく、注解書です!

B. The Amplified Bible. ( アンプリファイド・バイブルFrancis E. Siewert編 (他12 人の学者)。Lockman Foundation. Grand Rapids: Zondervan Pub. 1965. )

The Amplified Bible


この訳は、原語の中の、ある文法構造の中にみられる微妙なニュアンスを明確にしようという目的で生み出されました。これには有用な点もあります。例えば、、、

1. マタイ 18:18: “Truly I tell you, whatever you forbid and declare to be improper and unlawful on earth must be what is already forbidden in heaven(ἔσται δεδεμένα), and whatever you permit and declare proper and lawful on earth must be what is already permitted in heaven(ἔσται λελυμένα).”

ここではεἰμίの未来形+完了分詞が使われているのですが、この英訳はそういった細かいニュアンスをうまく訳出しています。しかし、あまりに注釈が多くなっている箇所もあります。例えば、、、

2. 詩篇51:5: “Behold, I was brought forth in [a state of] iniquity; my mother was sinful who conceived me [and I too am sinful].”

(わたしの母は罪のうちにわたしをみごもりました、という原文だけでなく、その後につづくカッコの中に〔そして私もまた罪深いのです〕という一文が挿入されています。)

3. 1 ペテロ 3:21: “And baptism, which is a figure [of their deliverance], does now also save you [from inward questionings and fears], not by the removing of outward body filth [bathing], but by [providing you with] the answer of a good and clear conscience (inward cleanness and peace) before God [because you are demonstrating what you believe to be yours] through the resurrection of Jesus Christ.”

(→そして〔彼らの解放を〕象徴するバプテスマは、今やあなたがたをも〔内的問いや恐れから〕救うのであって、からだの汚れ〔入浴〕を除くことではなく、明らかな良心〔内なる聖潔さおよび平安〕を、イエス・キリストの復活を通して〔なぜならあなた自身のものであると信じていることを表しているから〕神に願い求めているのである。)

〔〕の中は、一見、聖書本文に存在する語句であるようにみえますが、実際はそうではないのです。こうなると、一種の教派用【注解書】になってしまいます。

B. 主要な海外聖書翻訳協会である、The American (and United) Bible Societyは以下に挙げる二つのダイナミック等価翻訳を出版しました。

The Good News Bible (グッド・ニュース・バイブル、別称 Today’s English Version). Robert Bratcher (新約担当) and six others (旧約担当). New York: American Bible Society, 1976.

The Good News Bible

この訳は、小学校6年生程度の読解レベルで書かれており、広範囲にわたって、翻訳よりもむしろ解釈がなされています。
例えば、使徒20:7では“On Saturday evening we gathered together for the fellowship meal.”とありますが、原典には「安息日のはじめ」と書かれてあります。

またこれを「交わりの食事」と呼ぶことで、クリスチャンが完全な食事と主の晩餐をいっしょにしていたかのような印象を与えています。実際、Ⅰコリント11:17-34でそのことは非難されているのです。

The Contemporary English Version. (現代英語版 New York: American Bible Society, 1995. )

The contemporary English version

この訳を仕上げるに当たり、①のグッド・ニュース訳(TEV)よりも多くの翻訳者が起用されましたが、依然として子どもの読解力レベルを目指すにとどまっています。

この訳は、フェミニスト側からの増大する圧力に屈する形で、聖書の中で性別が明記してある箇所を削除してしまいました。

• エペソ5:22「自分の夫に従いなさい(submit)」という、妻に対する掟の部分が「夫を第一に置きなさい」と書き換えられました。

• Ⅰコリント11:10かぶり物に関してパウロが言及している箇所ですが、「権威のしるし」が、「彼女の権威のしるし」と書き換えられました。

• Ⅰテモテ3:3および3:12。本来、「ひとりの妻の夫」に制限されている教会の役職が、「結婚生活において誠実な者(faithful in marriage)」に開かれていると書き換えられました。

しかし聖書本文ではそんなことは言っていません。これは聖句の改ざんです。

C. New Living Translation. (新リビング訳 Wheaton, IL: Tyndale House Pub. 1996 (2004年改訂版).)

New Living Translation

1996年、テンダル出版社は、マーク・テイラー氏(ケネス・テイラー氏の息子)の指導下、New Living Translationという名の新訳を出版しました。この新訳では、従来のリビングバイブルの読みやすさを保持しつつも、パラフレーズ訳だという汚名を晴らそうとしています。

1. 初版当初、そういった努力により、ある程度、この訳は成功した感がありました。

しかし2004年、テンダル出版社は新リビング訳(NLT)の改訂版を出しました。残念なことに、この改訂版は(場合によっては)、元々のリビングバイブルよりもさらにパラフレーズ化してしまったと言えます。

2. 元来のリビングバイブル(LB)も1996年度版の新リビング訳も、使2:38の箇所をかなり文字通り書き記していました。そのどちらも、バプテスマを「罪のゆるし」と述べています。

しかし、2004年の新リビング訳改訂版では、もはやパラフレーズの域を超え、独自の偏った注釈を聖書本文に入れ込んでいます。

この訳の中でなんとペテロは人々にこう命じているのです。「罪の赦しを受けたということを示すために、イエス・キリストの御名によってバプテスマを受けなさい。」

これは、いくらなんでもひどすぎます!

D. Holman Christian Standard Bible. (ホルマン・クリスチャン標準訳 Nashville: Holman Bible Publishers, 2004. )

Holman Christian Standard Bible

ダイナミック等価翻訳のもたらす偏見や誤訳の危険性を考慮し、ある人々は「逐語訳“word-for-word”」と「意訳“thought-for-thought”」の間のバランスを取ろうとし始めました。

南部バプテスト・コンヴェンションの影響下、ホルマン出版社はいわゆる「最適等価“optimal equivalence”」式の翻訳聖書を発行しました。しかし実際には、依然として教派的偏見が訳の中に現れているのが現状です。

1. 詩 51:5: “Indeed, I was guilty [when I] was born; I was sinful when my mother conceived me.”

人が「罪ある者」として生まれるとは、聖書は教えていません。その少し前の詩篇22:10を、この訳は“I was given over to You at birth; You have been my God from my mother’s womb”と言っています。

いったいどうして、ダビデは「罪ある者」でありつつ、同時に神に「ゆだねられた」者であることがありえるでしょうか?

2. 使徒 22:16: “And now, why delay? Get up and be baptized, and wash away your sins by calling on His name.(→御名を呼ぶことによって、自分の罪を洗い流しなさい。)”

主の御名を呼ぶことは、単に言葉を発すること以上の意味があります。それは全きコミットメント(ローマ10:13参照)なのです。しかし、多くの教派では、これは祈りであり、「御名を呼ぶ」ことによって人は救われると教えています。

E. The New International Version. (新国際訳 International Bible Society. Grand Rapids: Zondervan Pub. 1978.)

NIV Bible

これは米国のプロテスタントの間で最も人気のある翻訳聖書となっています。

この訳は「受け入れられたテクスト(Textus Receptus)」を完全に拒んだわけではありませんが、ギリシア語新約聖書のクリティカル・バージョンにかなり比重を置いています。

この聖書は、さまざまな教派的見解を持つ翻訳者たちによって仕上げられた翻訳だという売り込みに一応なっていますが、実際には、かなりカルヴァン主義の色彩が強い翻訳です。

1. ローマ 8:5: “Those who live according to the sinful nature have their minds set on what that nature desires…”
ギリシア語σάρξ(sarx)は単に「肉」を意味します。ここで「肉flesh」を「罪深い性質sinful nature」と言い変えているのは、カルヴァン神学の全的堕落(Total Depravity)教義を反映したものです。

イエスさまは人類と同じ肉(sarx)をお持ちになりましたが、主には「罪深い性質」はありませんでした(ヘブル2:14参照)。

2. 新国際訳(NIV)委員会は、ここ数十年に渡り、ジェンダー中立語(gender-neutral language)をめぐっての論争に巻き込まれてしまっています。

1996年、NIV訳委員会は、〈男女包括用語版〉聖書(“inclusive language edition”)を発行しましたが、多くの米国クリスチャン指導者によって反対に遭いました。

• 詩篇8:4は元々新国際訳では“What is man that you are mindful of him, the son of man that you care for him?” となっていました。

• しかし1994年発行の子ども向け聖書New International Reader’s Editionでは、“What is a human being that you think about him? What is a son of man that you take care of him?”と言いかえられています。

• 2005年発行のToday’s New International Version に至っては、ついに性別区別の聖書箇所がことごとく姿を消しました。“What are mere mortals that you are mindful of them, human beings that you care for them?” (TNIV)

この箇所をみる限りにおいては、それほど害毒があるようには見えないかもしれません。しかしそこには、原文には存在している、性の区別、役割、言及といったものを拒絶しようという、ある意志が働いているのです。

なぜそうするかというと、現代の偏向や好みにおべっかを使おうとしているからです。しかし、私たち人間に、神の言葉を改ざんする権利はありません!

F. The Dangers of Dynamic Equivalent Translation. ダイナミック等価翻訳の危険性

レランド・ライケン(Leland Ryken)は著書Choosing a Bibleの中で、「ダイナミック等価翻訳のもたらす5つの否定的影響」について言及しています。

その5つの否定的影響とは、1)翻訳の中での勝手な変更 2)聖書本文の不安定化 3)聖書が「意味」していることvs.聖書が言っていること 4)私たちが期待すべきことに至らないこと 5)論理的かつ言語学的な不可能性、です。

この章の中で著者は次のようなことを言っています。

1. ダイナミック等価の翻訳者たちは、自分たちには、無知な読者のために解釈の決定をしてあげるという任務があると考えています。

例えば、ユージン・ナイダは「一般読者は、翻訳者と比べると、いくつか複数の意味を持つような単語について、正しい解釈をするという能力がはるかに乏しい。一方、翻訳者は、不明瞭な聖句について最良の学的判断をすることができるのです。」

しかし、もしそれが本当なら、なぜ、信頼のおける優れた知識を持っているとされている当の翻訳者たちの間に、見解の一致がないのでしょうか。

ダイナミック等価の翻訳者たちは、聖書を読んでいる一般読者が、原文をよりよく理解することができるよう導くのではなく、むしろその反対に、さまざまな聖句を多種多様に訳すことで、かえって読者を混乱に陥れているのです。」(15)

2. レイ・ヴァン・レウウェン(Ray Van Leeuwen)は、「我々は本当に他の翻訳聖書を必要としている(“We Really Do Need Another Translation”)」という論文の中で、ダイナミック等価の翻訳者たちが、聖書本文の中の実際の語句を取り去ってしまっていることに言及しつつ、このように言っています。

「聖書が何と言っているか不明瞭なら、聖書が何を意味しているかを知るのはさらに難しいことといえます、、、

〔機能的等価〕翻訳(すなわち現代の翻訳聖書の大半)の問題は、こういった翻訳により、読者が、もはや聖書的意味を察することができなくなっていることです。

なぜなら、彼ら翻訳者が、聖書が言っていることに変更を加えてしまったからです。」(17)

まさにその通りだと思います!

こういった偏見、誤訳、誤りの危険ゆえに、ダイナミック等価翻訳の聖書は、教えたり、説教したり、公の場で読み上げたり、もしくは聖書勉強の主要テクストとして用いるべきではないでしょう。

④“Formal Equivalence(フォーマル等価翻訳)” (word for word)

フォーマル等価(もしくは逐語)翻訳というのは、原文の実際的内容を表しつつも、インターライナー式翻訳のぎこちなさを克服しようとつとめている訳のことです。

語句が明瞭な箇所ではできる限り、逐語的等価が行なわれていますが、それは原文の内容に沿って行なわれています。

本文がこの一致をどれくらい保っているかという度合いによって、パラフレーズとインターライナーを左右にのせた天びんは上に下に動くのです。

もちろん完璧な翻訳というのはありませんが、それでもフォーマル等価の路線で翻訳を進めていこうとしている訳は、偏見や誤訳、あきらかな間違いなどに陥りにくいということができます。

前回の学び会(“How We Got the Bible”)ではどのような経過で、欽定訳聖書が発行されたかということについて考察しました。近年、欽定訳より前の時代の翻訳に新しい関心が集まっていますが、まずは、欽定訳からみていくことにしましょう。

A. King James Version (欽定訳 Authorized Version).

King James Version

欽定訳は、1611年に、ジェームズ1世の権威の下、64名の学者によって作られた聖書です。1873年、英国国教会は、改訂版を出しましたが、それが現在一般に使われているものです。

欽定訳が、史上もっとも影響力のあった(ある)英語聖書であることは周知の事実です。

この訳は、新約では「受け入れられてきたテクスト」をベースに置き、セクト主義的注釈やウルガタ聖書への過度な依拠を避けつつ、ウィリアム・テンダル等の初期翻訳の上に完成させました。

今でも数え切れないほどの聖書勉強資料の基礎となっており、またキリスト教用語(英語)を形成するのに貢献してきました。この訳は、原語の内容および基本構造を保つ、すばらしい逐語訳聖書です。しかしそこには独自の問題もあります。

1. 一貫してハデスやシェオルを「“hell”地獄」と訳しています。

使2:31“…of the resurrection of Christ, that his soul was not left in hell…(→キリストの復活について、、彼は地獄に捨てて置かれず、、)” 

ギリシア語のハデスは、最後の審判のことを言っているのではなく、審判に先立つ死者の場所(黄泉、冥府)を指しています(黙20:13-14参照)。

2. 時代錯誤的な名称や表現が時折使われています。

使12:4“…intending after Easter to bring him forth to the people.(→復活祭の後に、民の前に引き出す)”

ギリシア語のπάσχα(pascha)は、ユダヤの過越の祭りのことを指しているのであって、キリストの死を覚えるために新約以後できた復活祭のことではないのです。

3. 不確かな聖句が含まれています。1 ヨハネ 5:7 (いわゆるJohnannine Comma) :

“For there are three that bear record in heaven, the Father, the Word, and the Holy Ghost: and these three are one.”(←この句は口語訳にも新共同訳にも新改訳にも含まれていません。訳者註)

この句は新約聖書で説かれている真理を反映したものではありますが、(11世紀以前の)ギリシア語写本にも存在していない句です。

これはエラスムスのギリシア語新約聖書の第一版にはなく、後代の写本(おそらくラテン語聖書から挿入されたと思われます)が彼の元に持ってこられて後はじめて挿入されました。

4. 最初に発行されて以来、400年の歳月が経つうちに、意味が変わってしまった言葉が今も使われています。例えば、ルイス・フォスターは著書Selecting a Translation of the Bibleの中で以下のような言葉を挙げています。

もはや使われていない言葉(廃語)
Carriages (使徒 21:15) は手荷物を意味します。
Script (マルコ 6:8) は財布もしくはカバンを意味します。
Fetched a compass (使徒28:13)は船で回ることを意味します。

意味の変わってしまった言葉
Letteth (2 テ2:7) 「制限する」
Prevent (1 テサ4:15) 「先行する」
Charger (マルコ6:25) 「大皿」
Conversation (ヤコブ 3:13) 「行ない」

私の書棚には、『欽定訳聖書のことば』という本があるのですが、これは実質的な事典であり、現代の英語読者のために中世英語の意味を説き明かしています。

こういう事典が必要とされるような欽定訳の難解さは、教えたり、説教したり、個人的な学びをする上で深刻な妨げとなります。

こういった問題を解決すべく、欽定訳の現代語バージョンが数多く、出版されました。その中でももっとも有名なものが次にあげる新欽定訳です。

5. The New King James Version. (新欽定訳 Nashville: Thomas Nelson Pub. , 1982. )

New King James Version

この訳はもはや使われなくなった言葉や表現を排除しつつも、欽定訳のスタイルや流れを保っています。これは旧来の欽定訳にかなり近いので、読者は混乱することなく、欽定訳にベースを置いた補助教材などを使うことができます。

• 新欽定訳(NKJV)も完璧ではありません。この聖書にも例のⅠヨハネ5:7の句が含まれています。

• 新欽定訳が「受け入れられてきたテクスト(Textus Receptus)」を使用していることを「弱点」とみなす人がいます。しかしある写本が古ければ古いほど、原本に近いのだと決めつけるのは、ちょっと早計だと思います。

それだと不備があったり、もしくは改造された写本も、正確な写本と同様の取り扱いを受けることになります。これは危険な想定だと思います。

• 新欽定訳は、最近の写本発見から引き出される妥当な証拠をことごとく、下の脚注部分に書き出しています。

• 新欽定訳は、欽定訳の語彙、影響を保ちつつも、原本の語句および構造に直接対応するような現代英語を使っています。逐語訳で、尚且つ、ぎこちない文体ではありません。原本の内容を保持しつつも読みやすいです。

B. American Standard Version 1901. (アメリカ標準版)

American Standard Version

これは、欽定訳の改訂として、19世紀の写本発見を取り入れた初の米国翻訳聖書です。

これはかつてないほど、厳格な逐語訳であり、いくぶん文体としてはぎこちなさがあるほどです。

それまでは慣例として神をあらわすヘブライ語の名はLORDと訳されてきましたが、この聖書ではJehovahと言及されています。

二人称単数、複数を区別すべく、“theeなんじ” “yeなんじら” という古英語を保持しています。20世紀、広範囲に渡り、多くの信者が、この聖書を使用しました。

最近は入手するのがむずかしくなってきました。現在、この訳を出版しているのはスター聖書出版社だけです。しかしインターネットでは容易に見つけることができます。

1. New American Standard Bible. (新アメリカ標準訳聖書 Lockman Foundation.1971, 1995年改訂.)

New American Standard Bible

上記のアメリカ標準版(ASV)の文体のぎこちなさを克服し、さらにアメリカ標準版が発行された後に発見された写本も考慮にいれ用いるべく、新アメリカ標準版は発行されました。

厳格な逐語訳でありながらも、現代の語彙も取り入れることでアメリカ標準版(ASV)よりも読みやすくなっています。

• この訳は非常にすぐれた訳ですが、「受け入れられてきたテクスト」のいくつかは脚注に移されました。

C. Revised Standard.( 改定標準訳 Nashville: Thomas Nelson Pub. 1952. )

Revised Standard

この訳は、NCC(キリスト教協議会)の影響を受けたリベラル派の学者たちによって作られた、テンダル‐欽定訳‐アメリカ標準版路線の初の改訂版です。

こういった学者たちは、聖書が神の霊感をもって書かれた書であるという見解をもっていません。

マタイの福音書の注解書を書いた福音伝道者H・レオ・ボレスは、この翻訳委員会に参加を求められましたが、一回目の会合の後、参加を辞退しました。

この訳のリベラル主義は、例えばイザヤ7:14などにはっきり出ています。(マタイ1:23で引用されている)処女降誕の預言を認めず、次のように言っています。

Therefore the Lord himself will give you a sign. Behold, a young woman(←若い女性がみごもる、となっています。) shall conceive and bear a son, and shall call his name Imman'u-el.”

1. New Revised Standard Version. (新改定標準版)

New revised Standard version

1989年、NCC(キリスト教協議会)は、改定標準版以降に発見された写本を考慮に入れ、上記の改定標準訳(RSV)聖書の改訂版を出版しました。

イザヤ7:14「若い女性」にみられるようなRSV聖書のリベラル的要素を保持し、さらにダイナミック等価翻訳の方向へ近づきました。――神に関しては依然として男性言及を保持しつつも、人間に対しては、ジェンダー中立語を取り込みました。

D. English Standard Version. (英語標準版Standard Bible Society. Wheaton, IL: Crossway Books and Bibles, 2001. )

English Standard Version

この訳は、みずから「原本に対して透明」であるよう心掛けつつ、「本質的に逐語訳である」と表現しているように、最新の逐語訳聖書です。

1. 英語標準版(ESV)は、前述の新アメリカ標準版聖書と非常に似通っています。同じ底本を使い、原文に一語一語対応するような保守性を保持しています。

2. 「ジェンダー中立語を本文に入れろ」という圧力に対し、意図的に抵抗しています。

3. 英語標準版の編集者たちは、翻訳者によって挿入された言葉をイタリック体で表すという従来の慣習に従わないという不幸な決定をしてしまいました。これにより、読者は、ある語や句が実際には原文に存在しないのに、それを存在しているものであるかのように思い込んでしまう可能性があります。

例えば、ローマ8:5 “For those who live according to the flesh set their minds on the things of the flesh, but those who live according to the Spirit set their minds on the things of the Spirit.”

これは正確な訳ですが、“set their minds on”という表現が重複しています。(ギリシア語原文では重複していません。)もしこれがイタリック体で書いてあれば、そこらへんがクリアーになっていたと思います。

4. ESV聖書は少々、言葉の選択に一貫性がないところがあります。

例えば、マタイ16:18では、hadesを不正確にも「地獄」と訳していますが、使2:31、ルカ16:23などではちゃんとハデスと訳しているのです。

とはいえ、ESV聖書は、論争中の聖句などに偏見に基づいた訳語を当てることなどは避け、あくまで原文の内容に細心の注意と敬意を払っています。

≪結論≫

翻訳というのはなかなか難しい問題です。もし聖書を学ぶすべての方がコイネー・ギリシア語と聖書ヘブライ語を学ぶことができたら、それにこしたことはありません。しかしそれは現実にはありえないことです。

自分の聖書を選ぶに当たって、聖書を学ぶ者は細心の注意をはらう必要がありますが、だからといって、神の御言葉が平易さの中では理解しえないと考えるのは間違っています。

最もひどい翻訳聖書であったとしても、依然としてこの平易さより来る力を宿しているのです。

パラフレーズ訳や「ダイナミック等価」翻訳が、聖書本文にもたらすかもしれない偏見、誤訳、誤りといった危険性ゆえ、そういった訳の聖書は、学びや教え、説教、もしくは公の場での使用には決して使うべきではありません。

フォーマル等価翻訳聖書の中では、Revised Standard(改定基準版)およびNew Revised Standard(新改定基準版)は聖書の霊感やジェンダーの区別といった領域で、あまりにリベラル色が強いといえましょう。

English Standard Version(英語標準版)は、翻訳者の挿入であることを示すイタリック体があったらさらに良かっただろうと思いますが、それでも、欽定訳、アメリカ標準訳、新アメリカ標準訳、新欽定訳と並んで、学びや読解、説教、教えといった用途に用いることのできるすぐれた訳であることは確かです。

私の個人的見解では、「受け入れられてきたテクスト」を保持しつつ、脚注には異本を記している新欽定訳(NKJV)が、現在入手できる、もっとも有益なフォーマル等価翻訳であると思います。

2010年 カイル・ポープ

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訳者あとがきと祈り

悪魔が嫌いなことは、人が御言葉を読んで、永遠の救いに導き入れられることです。

そのため、中世を通して、サタンは何とかして聖書が翻訳されるのを防ごうと立ち働いてきました。

しかし宗教改革を口火に聖書は堰を切ったように各国語に訳され始めました。

さあ、サタンは劣勢に立たされました。そして考えたのです。

〈くやしいが、もう、この流れを止めることはできない。だが、このままでは引き下がらないぞ。あっ、そうだ、いい考えがある!〉

これまで外から攻撃してきたサタンでしたが、今度は作戦を変え、内側から御言葉の破壊工作にかかり出したのです。

サタンは、神を敬わず、みことばを畏れない不敬虔な人々の心にインスピレーションを与え、彼らを通して、御言葉を改ざんし始めました。

そして、その改ざん作業は今日も、したたかに、着実に進んでいっています。


しかしまたここに、主の御言葉を心から愛し、御言葉の真理を日々求めている一群の信者がいます。

どこの大陸にも、そういった一群のキリスト者が存在します。

彼らは全身全霊で、主の御言葉を守ろうとしています。そして破壊工作により壊れてしまった部分を修復しています。

彼らは雨に打たれ、風に吹き悩まされても、修復作業をやめることをしません。

そして妥協のない真実の御言葉を、まっすぐに説き明かしています。


主よ、私は祈ります。

どうか私たちの国に、この世界に、神を畏れ、神の御言葉を心から愛する、敬虔な聖書学徒をたくさん起こしてください。

彼らを通して、純粋な御言葉がこれからの後も、保たれますように。

彼らにダニエルの知恵を与え、エリヤの勇気を与えてください。

「あなたがたは正義の種を蒔き、

誠実の実を刈り入れよ。

あなたがたは耕地を開拓せよ。

今が、主を求める時だ。

ついに主は来て、正義をあなたがたに注がれる。ホセア10:12」

イエス・キリストの御名を通して祈ります。アーメン。





追加資料) 2015年6月
2011年NIV (新国際訳)についての注意喚起



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みことばのすべてはまことです。
あなたの義のさばきはことごとく、
とこしえに至ります。詩119:160


Bible and Candle


私たちは、自分にとって関心があり、大切な何か(家、車、コンピューター、スマホ、カメラ等)を購入する時、その商品なり物件について事前にいろいろと調べます。

値段を比べたり、品質についての説明を読んだり、購入した人たちのレビューなどをじっくり読んで吟味します。

その他にも、使い心地はどうなのか、耐久性はあるのか、どんな機能があるのか等、、それが自分にとって大切なものであればあるほど、ますます慎重に時間をかけ、多方面から調べていきます。

☆☆

さて、それでは、私たちの使っている聖書はどうでしょうか。

書店に行くと、口語訳、新改訳、新共同訳、現代訳、フランシスコ会訳、リビングバイブル訳など、いろんなバージョンがあることに気づきます。

英語の聖書のコーナーをみると、その種類の多さにさらに驚かされます。


なぜ、これほどバリエーションがあるのでしょうか。

なぜ、次々と新しい訳が出版されるのでしょうか。

ある人が新改訳を使い、新共同訳を使わない理由は何なのでしょうか。

または、新共同訳を使い、口語訳を使わない理由は何なのでしょうか。

いや、そもそも聖書学者でもない一信者の私が、こういうことに「深入り」すること自体、ふさわしくないことなのでしょうか。

私は宣教地に来るまで、そういったことに別段、関心をもっていませんでした。

しかし、さまざまな実際的な出来事を通して、私は、それが私たちの信仰生活に密接した大事な問題であることに気づきました。

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ペルシャ語リビングバイブル訳

現在、ペルシャ語聖書には、1)旧訳(Old Version)、2)シャリーフ訳、3)ミレニアム訳、4)リビングバイブル訳の4種類あります。

1) -3)までは逐語訳で、4)は意訳です。

数年前、近くの某ミッション団体が、4)のリビングバイブルを購入し始め、この訳はイギリスからギリシアに箱詰めで大量に送られてくるようになりました。

やがてアテネのペルシャ系教会には、リビングバイブルが溢れるようになり、現地の説教者の中にも、リビングバイブルを基に日曜説教をする人がでてくるようになりました。

この聖書訳は、たしかに読みやすいのですが、よくよく中身を調べると、ひんぱんに言い換えがしてあったり、原典にはまったく存在しない一文が挿入されていたりと、正確さにおいては、かなり心もとない訳でした。

でも事情を知らないほとんどの信者は、配布されたリビングバイブルを偽りのない聖書のことばだと素直に信じ、そこから霊的糧を得ようとしていました。

たとえば、この聖書の中にはketabe asemani (=Heavenly Book)という原典にはない語句が挿入されています(ローマ2:12,14等)。Ketabe asemaniというのは、モスレムが自分たちの聖典を指してよく使う言葉です。

そしてこの言葉が、この聖書訳に挿入されている意図は明らかです。つまり、そこには、「いえいえ、クリスチャンの使っている聖書こそ、Heavenly Bookなんですよ!」という翻訳者の主張があるのです。

でもそうなると、これはもはや「翻訳」ではなく、「私的解釈」になってしまいます。

聖書は、翻訳者の意見発表の場ではありません。黙22:18-19の警告は重く受け取られるべきだと思います。

こういった状況に危機感を覚えた私たちは、4種類の聖書訳の対比表を作りました。

この対比表を見ると、同じ聖句が、どのように異なって訳されているか一目瞭然で分かるようなシステムになっています。

特に、他の3つの聖書訳と比べて、リビングバイブルが、どれほど違った風に訳してあるのかが浮き彫りにされています。

そして私たちの願いは、信者や求道者の方々が、この聖書がパラフレーズ(意訳)であることを認識してくださることです。

というのも、もしそれを認識していないとすると、たとえば、聖典に関することで信者が、あるモスレムと議論になった時、「いや、聖書こそ聖典だ。なぜなら、神さまは聖書のことを、Heavenly Bookと呼んでおられる」と言って聖書の事実にそぐわない主張をしかねません。そしてけんかになりかねないのです。

☆☆

それではなぜ、このミッション団体は、リビングバイブル訳を注文することにしたのでしょうか。

これが意訳だということを知った上であえて注文したのでしょうか。それとも、それを知らずに注文し、大量配布してしまったのでしょうか。

私はその答えを知りません。しかし、一つ言えることは、私たち奉仕者が現地の方々の読む聖書訳の質について、真剣に考えなければならないということです。

これはクリスチャンにとって、「ラップトップはソニーがいいのか、富士通がいいのか」といった選択とは比べものにならないくらい大切かつ深刻な問題だと思うのです。

なぜなら、私たちが扱っているのは、永遠にかかわる神のことばだからです。

一つの聖句が人の人生を180度変えることもあります。

しかしその一方で、誤訳された聖句がキリスト教会に分裂と大混乱を引き起こし、多くの魂を破滅へ導くこともあります。

それゆえに、私たちは聖書訳を吟味するための、ある種の〈基準〉を持つ必要があると思います。

たとえば、教会を訪問して来られた求道者の方が、「私は今、聖書訳Aを読んでいるのですが、ある教会で聖書訳Bをもらいました。私はどちらの訳で聖書を読むべきなのでしょうか。」と私に訊いてきたとします。

「A訳をお読みになった方がいいです」もしくは「うーん、A訳やB訳よりも、むしろC訳の方がいいと思います」と言う時、私は、ある〈基準〉をもって判断をし、それに従って相手に薦めをしています。

願わくば、その〈基準〉が、フィーリングや感覚的なものではなく、また片寄った偏見でもなく、主のみこころに沿うものであってほしいというのが私の祈りです。

なぜなら、一つの聖書訳の背後にはそれぞれ、メソッドがあり、方針があり、翻訳および神学思想があるからです。

私たちの〈基準〉がみこころに沿ったものであればあるほど、私たちはますます澄んだ目でそれぞれの訳の本質を見抜くことができると思うのです。

☆☆

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また、聖書を選ぶ基準として、もうひとつ顕著にみられるのが、〈古い訳ほど良いthe older the better〉という考えです。これについては、どうなのでしょうか。

英語圏には、伝統的な欽定訳(KJV)だけが唯一のまっとうな聖書訳だとして、それ以外の訳を認めない信者の方々がいます。そういう人々はKing James Onlyと呼ばれているようです。

先日、知り合いのギリシア人家族の教会を訪問する機会がありましたが、この教会では、今でも伝統的なヴァンヴァス訳聖書を用いていました。

ヴァンヴァス(Neophytos Vamvas 1770-1856)という人は19世紀の正教徒神父であり、代表的な啓蒙思想家の一人でした。日本でいう福沢諭吉、西周のような存在です。

彼の功績の一つは、超保守派の聖職者たちの反対にも屈せず、コイネー・ギリシア語で書かれた聖書を、現代ギリシア語(カサレヴサ・ギリシア語)に訳したことです。

実際に、ヴァンヴァス訳聖書は、原典にもっとも忠実な現代訳として、世界的にも高い評価を受けています。

しかし問題は、この訳が、「カサレヴサ」という種類の現代ギリシア語(擬古文体)で書かれていることです。

カサレヴサというのは、文章語として古代から継承されてきた古代ギリシア語と、19世紀以降のギリシア民衆の口語を、人工的に折衷させた言葉です。

それに対して、現在、ギリシア共和国で用いられている公用語は、「ディモティキ」と言われる言葉で、これは、都市部を中心とした民衆の口語として発展し、19世紀から20世紀を通じて、文学者によって書き言葉として洗練されてきた言葉です。(p116 『物語 近現代ギリシャの歴史』)

1976年、国会で正式に「ディモティキ」が公用語と認定され、子どもたちはディモティキで教育を受けるようになりました。

さて、この教会の代表者の方は、さみしそうに肩をすくめながら、「うちの教会はかつて会員が何百人といました。でも、その後、どんどん人が減っていってしまいました。」と話してくださいました。

実際に、会堂の中には、子どもが3人しかおらず、その子たちも、カサレヴサはちんぷんかんぷんなので、礼拝中、すごく退屈そうにしていました。5年後も、この子たちは嫌がらずに教会に来るだろうかと思いました。

たしかにヴァンヴァス訳はすばらしい訳ですが、それがもはや次世代にとって、意味の分からない「古文」になってしまっているのなら、子どもたちにも分かるディモティキで書かれた逐語訳聖書をいっこくも早く購入した方がいいんじゃないかなあと思いました。

そしてそれは、コイネー・ギリシア語で新約が書かれた、その精神にも一致すると思います。

新約聖書のコイネーは、当時の一般民衆が話す日常言葉でした。

当時の有識者にはバカにされていた、そのような素朴な言葉でなぜ新約聖書が書かれたのでしょうか。

そこには、「大人にも子どもにも誰にでも分かる言葉で福音のメッセージを伝えたい」という神さまの愛と憐れみがあったと思います。

そして、あらゆる時代のあらゆる人々に対して、常に新しい力をもって語る生ける御言葉は、「伝統主義」というボックスの中には決して収められないものなのだと思います。

次々に改訂版や、新訳が登場するのは、みことばが硬直化せず、常に現代に生きる人々に語りかけようとしている何よりの証拠ではないでしょうか。

☆☆

きれいな葉っぱ


私たちは、自分の愛する人の言葉にはすごく敏感です。相手の、ちょっとしたニュアンスの違いにもすぐに気がつき、それについていろいろ考えます。

それと同様、私たちは神さまを愛しているゆえに、主のメッセージ(御言葉)を誤解なくききたいと願うのです。

聖書の原典に忠実であり、なおかつ、自分の心にすっーと入ってくるような聖書訳に出会えた人は、幸せな人だと思います。

そしてその御言葉が、昼も夜も凛々と心の中に響き渡っている人は、本当に幸いな人だと思います。

だからこそ、そういう訳に出会うための、私たちの真摯な探究と努力は、少しも無駄にならないと思うのです。

神よ。あなたは私の神。
私はあなたを切に求めます。

水のない、砂漠の衰え果てた地で、
私のたましいは、あなたに渇き、
私の身も、あなたを慕って気を失うばかりです。

私は、あなたの力と栄光を見るために、
こうして聖所で、あなたを仰ぎ見ています。

あなたの恵みは、いのちにもまさるゆえ、
私のくちびるは、あなたを賛美します。詩63:1-3

家庭に召されている娘たち

ー非協力的な環境の中で、家庭志向をもって生きようとしている若い女性たちに送る励ましのことば


(Anna.T, Dedicated Daughters, Encouragement for the home-focused young woman in an unsupportive environment, Nov,2007 アンナ婦人の許可をいただいた上で、2014年7月日本語訳いたしました。)


このエッセーを書いた目的は、家族、家庭、女性らしさ(womanhood)といったものを熱心に追い求めている若い女性、ならびに――未婚期間、家庭づくりのための学びをしたいと熱望していながらも、自分を取り巻く人々から理解やサポートを得ることなど到底望むべくもない環境にある女性たち――を励まし、支援することにあります。

近代フェミニズムが誕生して40数年経った今日、この運動のもたらす弊害をいやというほど見せつけられてきた若い女性たちの世代が存在します。

また、――将来、妻になり母親になるための準備をしたり、家庭づくりのスキルに磨きをかけたり、年配の女性たちから学んだりといった――かつて、数え切れないほど多くの女性たちがやってきたことと同じことを自分もぜひやりたい、と願う若い女性たちがいます。

しかし、祖母の時代と比べると、こういったタスクは、年若い純粋な女性たちにとって、そうたやすいことではないと言えます。家庭づくりのためのスキルは失われ、家庭の切り盛りといったこと自体、もはやまともに評価されていません。それに、ふさわしい男性はなかなか現れず、おまけに友だちは(そして両親でさえも時には)いろいろとプレッシャーをかけてきます。

独立と自己実現(言いかえれば、自己中心と無責任)が強調され、それは大学の学位を取得し、競争が激しく、高収入かつ多大な時間を要するキャリアを求めることを通してのみ得られるのだというのです。こうして私たちは、フェミニズム思想の蒔いた種の刈り取りをしています。

このような環境の下、「平和な家庭生活を築き、女性らしく生きていきたい」というビジョンを持っている若い女性たちは誰からもかえりみられていないのです。彼女たちがモヤモヤしたものを抱え、希望さえ失ったような状態に置かれているのも無理はないといえます。

以下に挙げるのは私の元に寄せられた若い女性たちからの手紙の一節です。

「私は、家に残って、家庭づくりの技術を身につけたいって思っているのですが、両親は私を都会の大学に進学させようとしています。」

「最近、結婚したんですが、料理とか、家の切り回しの仕方についてこれまで私に教えてくれる人は誰もいなかったんです。それで毎日、私は散らかった部屋で目覚め、主人はお腹をすかせイライラしています。どうしたらいいんでしょう。」

「私は自分が家庭に召されている(=homemakerに召されている)ことを自覚していますが、神さまは同時に両親に従うように私におっしゃっています。ということは、私はその両方のバランスをとっていかなければならないということなのでしょうか。」

私は、こうした問いに対する究極的な答えをもっているわけではありません。でもこのエッセーを通して、自分自身の経験、および家庭生活の経験豊かな女性たちからいただいた貴重な知恵をお分かち合いできたらと思います。

私は以前、頑強なフェミニストでした。しかしいろいろな変遷を経て、家庭志向に生きる娘へと変えられました。

本エッセーの中で、若い女性の生活におけるさまざまな側面に触れるつもりです。願わくば、このメッセージが、家庭に献身したいけれど、自分の家族からも友人からも理解してもらえない、そんなつらい状況にある娘さんにとって励ましを与えるものとなりますように。

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パート1 家庭に召されている娘たち――娘たちは家で何をするのか

娘時代というのは、私たちの将来の召しのために自らを修練することのできる格好の時期です。

もし箴言31章に描かれているような女性、もしくは「自分の家を建てた(箴14:1)」女性のようになりたいと望むなら、若い、未婚の時期に、将来の家庭づくりのスキルを高めるようなhomemakerとしての仕事を熱心に学んでいくことが大切です。

章を進めていく前に、ここで一つ申し上げておきたいことがあります。それは、男性(父親)が一家のかしらとして立ち、(娘が結婚し、夫の守りの下に入るまで)娘を養う責任があるという前提に私は立っているということです。

でも、このエッセーを読んでくださっている若い女性の中には、そういう観点に立つような父親を持っていない人も多いことでしょう。

父親なしで育った方も多いでしょう。実は私もそういう片親家庭で育った一人です。でも、だからといって、私たちのような者に希望がないかといったら、そうじゃありません。(そのことに関してはパート2でさらに詳しく述べるつもりです。)

若い女性が「親元を離れて、どこかよその地で気ままに暮らす」というのは、数世代前には考えられないことでした。年齢に関係なく、娘たちというのは普通、父親の権威と守りの下、さまざまな有益かつ生産的なことに打ち込み、家の中でいそがしくも楽しい時を過ごしていました。

彼女たちは家庭づくり(homemaking)の手法を学び、それらに磨きをかけ、やがてふさわしい男性と結婚していったのですが、その時まで、彼女たちは、家族にとっても地域共同体にとってもいろんな意味で祝福をもたらす存在でした。

基本的に、娘は未婚時代に、将来妻となり母親となる上で大切になってくる領域において自らを養い育てるべきです。

ここで言っているのは単に実際的な家庭づくりのスキルではありません。それ以上に大切なことは、貞淑な妻として必要とされる人格形成です。そしてこれは、現代文化が主張しているものとは反対をいく性質のものです。

すなわち、反逆ではなく、おだやかさと従順さ、
わがままな自己実現ではなく、寛大さと私心のなさ、

そして、なにがなんでも自分の思う通りにしたいと突っ走る態度ではなく、立てられた権威を成熟した心で受け入れることなどです。

家の中で取り組むことのできる創造的で興味深い、しかも有益なプログラムというのはいくらでもあるのです。独学でできる学びから、果物や野菜のびん詰めまで、本当にいろいろあります。あなた自身のビジョンさえ明確になれば、やることはそれこそ無限大にあります!

でも、ここで大事なのはビジョンがあるかないかです。20代の女性でいまだにゆで卵の作り方が分からなかったり、洗濯機の使い方を知らなかったりする人を知っています。また時々いきあたりばったりにそうじしたかと思うと、後はもう家の中で死ぬほど退屈している人もいます。

どうしてこういうことになるのでしょうか。そうです、模範の欠如。学びとビジョンの欠如が原因なのです。かくいう私もそういう人間の一人でした。

ほとんどの若い女性は、高校卒業後すぐに大学に入学し、だらしのない放らつなキャンパス生活をスタートさせます。この傾向は、親元を離れ、下宿しながら大学生活を送る若い女性、それも性的乱れの激しい一般大学に入学した女性において特に顕著です。

考えてもみてください。若い女性が大人へと成長していくこの重要きわまりない時期に、そして彼女がはじめて真剣に結婚のことを考え始め、その備えをしていくべき時期に、このようなひどい環境に置かれるとは。

若い娘を数年間、こういう堕落した環境に送り出しておきながら、結婚や母親業のビジョンをしっかり持て、聖さを保てと期待するのはあまりに酷な話です。

独身女性を無理やり大学やキャリアの世界に押し出したことにより、私たちの社会は破滅的な影響をこうむりました。

かつて、未婚の娘は(いろいろとやるべきことは多かったものの)夫や子どものいる既婚女性よりは自由に動ける時間がありました。

そうして未婚女性は、助けを必要としている人々――病に苦しむ人、孤独な人、悲しんでいる人――のそばにいて、彼らのために時間を注ぐことができました。またそういう人々の元を訪れ、なぐさめ、助けや励ましを与える時間とエネルギーが彼女たちにはありました。

その可能性を考えてみてください。そして現在、私たちの失ってしまったものの大きさを。

そして女性(特に若い未婚の女性)が、家庭から追い出されてしまって後、どれだけのストレス、せわしなさ、いらだち、不安、失望が私たちの生活を襲うようになったか、、それを考えてみてください。

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パート2 家庭に召されている娘たち――反対勢力について

パート1で申し上げましたように、家庭志向の強い娘にとって、「娘は家で何をするのか」といった問いは取り立てて難しいものではありません。しかし、このエッセーの副題を、〈非協力的な環境の中で、家庭志向をもって生きようとしている若い女性たちに送る励ましのことば〉としたのには理由があるのです。

うれしいことに、昨今、家庭の中における神さま中心の文化を再び見直す動きがみられます。家族のきずなや一致について多くのことが言及され、特に、父親と娘の関係のことが取り上げられるようになっています。すばらしいことだと思います。

しかし一方で、こんな現実にも直面します。つまり、今日、若い女性のうち相当数は、父親に保護されてこなかったという事実です。

多くは父親の顔をみたことさえないのです。こういった女性たちは特に困難を抱えています。

私がこのエッセーを書いている目的は、――たとい父親不在の家庭で育った、あるいは、父親がふさわしい(父としての)権威を用いてこなかったとしても――それでも一生懸命、敬虔な生活をしようとしている娘たちを励ますことにあります。

でも私は人生バラ色といったような空想の世界に住んでいるわけではありません。今日、多くの若い女性が自活する必要に迫られていること、多くの人々の心が固くなり、傷つき、喜びにあふれる家庭志向なくして結婚していく事実をも承知しています。

それはあたかも、私たちが集中しようとしているものから、皆が皆、なんとかして注意を逸らしてやろうと、結束して挑んでいるかのごとくあります。

そしてそういう重圧は、私たちを囲むメインストリーム文化からだけでなく、友人、そしてなにより両親からもくる場合が多いのです。

今日一般に当たり前と考えられていること――つまり、上京して、大学に行って、その後、フルタイムで競争の激しいキャリアを得なさい――と、私たちはそそのかされたり、期待されたり、重圧をかけられたり、嘆願されたりと、とにかくすごいプレッシャーにさらされています。

最近、大学を卒業したばかりの私は、この道に横たわる危険性について、もう一言二言付け加える必要性を感じています。

もちろん、今日、大学やキャリアまっしぐらの若い女性はたくさんいます。しかしその一方で、長年、親元を離れていること、学生ローンで借金ができたこと、大学で懸命に勉強した結果、有益でないばかりか、かえって罪深い知識ばかり背負いこんでしまったこと――こういったことに心地悪さを感じている女性が多くいることも事実です。

フェミニズムが提供するものは、すべてがすべてバラ色のものじゃないということに多くの人はうすうす気づきはじめているのです。そしてそれに代わって、自分の知性、創造性、スキルを伸ばすなにかを探しています。

それでは大学とは常に悪いものなのでしょうか。いいえ。また私は大学で絶えず、苦しめられたのでしょうか。これに対する答えも、いいえです。

では、自分の家族に仕えることや、神さまの召しに答えていくこと、こういった分野で私は成長できたのでしょうか。大切な技術を取得することができたのでしょうか。

はい。でも私は心底こう言う事ができます。つまり、もし、そういうことができたのだとしたら、それは、大学教育の「おかげ」ではなく、むしろ大学教育を受けた「にもかかわらず」だったと。

公衆衛生のクラスを受け持っていた先生は、人口増加ゼロを熱烈に信奉する、筋金入りのフェミニストの方でした。この先生は、中絶強制を、公衆衛生システムの最善モデルと考えていました。

でも少なくとも、彼女の首尾一貫性には敬意を表さなければならないと思います。というのも、彼女は、中絶は女性に害をもたらさないとも主張していたからです。

私は休み時間にこの先生の所へ行き、次のような質問をしました。「先生は個人的に、中絶を体験した女性のことを知っていらっしゃいますか。それが長期的なスパンでみた場合、女性に身体的、情緒的影響を及ぼさないなどといったい誰がいえるでしょうか」と。

それに対して先生は、その点に関しての研究はすでになされたと言い、一般的なスケールでみた場合、中絶はほんの短期間、女性に不快感をもよおさせるが、その後、長期にわたって苦しむというような科学的証拠はないと答えました。

この点について、これ以上、何かいうことがあるでしょうか。私はこの先生のコースをやっとこさパスしました。「多くの子どもを持つことでどれだけ女性の生活が破壊されるか」というテーマで論文を書かせられましたが、私はペンを取ることができませんでした。

これは、極端な例だと思われますか。いいえ。これは、今一般の大学にみられる典型的風景です。プロパガンダが荒れ狂っているのです。

私たちに押し付けられた破壊的アジェンダは、多くの命を破滅におとしいれています。若い女性およびご両親は、情報に基づく選択(→十分な説明を受け、よく考えた上での選択informed choice)をすべきだと思います。

くりかえし、くりかえし、私は自問します。今日の大学は、若い女性にとってふさわしい場所なのでしょうか、と。

私は批判的でありたくありません。「はい」とも「いいえ」とも言うつもりはありません。ただ自分自身の経験から得た事実をお話しているのみです。

時として、両親の願いにそむきたくないと考える娘が、(そういった両親の意思が)自分の意思とどれほど根本的に違っているとしても、大学に進学したり、家の外で働かねばならない、、、それについてはどうでしょうか。こういった娘たちは親に従うべきなのでしょうか。

その場合、娘は両親の意思に従うべきだと私は思います。というのも、私たちの高尚な目標は、反逆や反抗を通しては、成し遂げられえないし、またそうすべきでない、というのが私の信じているところだからです。

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パート3 家庭に召されている娘たち――あなたは一人じゃない

親愛なる娘たち。私はこのエッセーをあなたを励まし、支えるために書いています。

時としてあなたはさみしさに襲われることでしょう。あなたと同じような志向をもっている若い女性は、周りに誰もいないかもしれません。でもこれは断言できます。――あなたは一人じゃないということを。

あなたが現在置かれている状況がどうであろうと、そこには希望があるのです。

あなたは今15才かもしれないし、35才かもしれません。
家にいるのかもしれないし、どこか遠隔地の大学にいるのかもしれません。

あるいは外で働いておられるのかもしれません。

敬虔な男性と交際しているのかもしれないし、今のところ、結婚の見通しはたっていないのかもしれません。

でも現在あなたがどこに立っていようと、あなたは自分の確信しているところに従って生きていくことが可能だということを申し上げたいのです。

今私たちの世代の中で、新しい革命が起こっています。それは――権威や家族や聖書といったものを打倒しようとした――前世代とはまったく異なる動きです。

そうです。私たちは共に立ち上がり、神に逆らおうとするこの世の傾向をきっぱり拒むのです。

家族を大切にする価値観に挑む勢力をきっぱり拒むのです。

そしてながいながい間、先代の母親たちが大事に守ってきたものを捨て去ろうという動きに対し、これをきっぱり拒むのです。

でもそれは容易なことではありません。特に、自分の家族から理解をえることができない私たちのような者はなおさらです。

もしあなたが今そういう状況に置かれているのでしたら、私は次のようなアドバイスをさしあげます。それは「独創的に考えよう!」です。

あなたの住む地域で、あなたのことを理解してくれるのは年配の女性たちだけかもしれません。―それなら、彼女たちに積極的に近づいていってみてください。真実な交わりに、年齢差は関係ないのです!

それにブログや、フォーラム、メッセージ・ボードなど、インターネットを通しても交わりを求めることができます。そして地元に同じような志向を持つ若い女性がいないか探してみてください。たといそれが可能でなかったとしても、遠距離での友情も、大きな励ましとなります。

娘たち、あなたは一人じゃありません。そして周りの人が何と言おうとも、あなたはきわめて正常な娘なのです。