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先日、うちの教会にドイツの福音主義教会から一人の兄弟が訪ねてこられました。物腰の低い、平安に満ちた方でした。

共に祈り、その後、ドイツの霊的状況についていろいろとお話をうかがいました。

この方は現在のドイツの状況を非常に憂いており、次のようなことをおっしゃっていました。

「今、ドイツの教会は、急速に落下していっています。

『自由』の名において、聖書信仰のクリスチャンがじわじわとコーナーに追い込まれ、迫害を受け始めています。

それは社会的なレベルでも、法制的なレベルでもそうです。

(同性愛、ジェンダー問題、他宗教のこと等について)御言葉をまっすぐに述べる人は、職を失ったり、裁判にかけられたりしています。

――そしてそれらは、すべて『宗教寛容』そして『自由』の名において行なわれているのです。

例えば、ベルリンには大きなモスクが建てられています。そしてこういったモスクは、イエス様を救い主であると信じていない教会によって支援を受けています。

――そしてこれも、『宗教寛容』そして『自由』の名においてなされています。

こうして私たちは今、自分たちの国のただ中に、イスラム原理主義が栄える土壌を作りだしてしまっているのです。

教会が聖書の土台から外れ、人間的『自由・寛容』を叫ぶ時、逆説的ですが、私たちは『自由』ではなく、逆に『非寛容/全体主義』という負の実の刈り取りをしなければならなくなります。

今、ドイツの教会および社会が直面しつつあるのはまさにこの問題なのです。」

☆☆
お話の中で、「ガブリエラ・クビー女史Gabriele Kuby」という名前が出てきたので、私は興味を持ち、この人について兄弟に訊ねてみました。

兄弟のよれば、この方は、ドイツの敬虔なクリスチャン(カトリック)および社会学者であり、2012年に、Die globale sexuelle revolution: Zerstorung der Freiheit im Namen der Freiheit (英語名Global Sexual Revolution: Destruction of Freedom in the Name of Freedom)という本を出版し、本書の中で、現代の霊的病根を鋭い視点で分析・考察しているとうかがいました。


Picture of KUBY


日本語では、「グローバル〈性革命〉―自由という名における自由の破壊」とでも訳せましょうか。本書は、ヨーロッパ諸言語に訳されており、英語訳ももうすぐ出版されると聞きました。

書評などを読む限り、かなり読み応えのある本のようです。

私はいくつかの理由により、普段めったにカトリックの方の記事は載せないのですが、彼女の救いの証しを注意深く読み、その中で私は、彼女がキリスト・イエスにあって真に新生した人だという印象を強く受けました。

ですから今回、私は例外的に、カトリック・ワールド・レポートの記事(クビー女史へのインタビュー)を訳して本ブログに載せる決心をしました。

現在、欧米を中心に世界的に起こっている性革命および、それが私たちの文化、家庭、学校教育、キリスト教会、法制度に及ぼしつつある影響について、私たちクリスチャンは目を覚まし、見張っている必要があると思います。

特に、こういった福音に敵対するイデオロギーが、メディアや教育を通して、幼いこどもたちに破壊的な影響を及ぼしつつあることに、私は危機感を覚えています。

すでに北欧では、こういったジェンダー教育を実施するような法的働きかけも進んでいます。

子どもたちは学校の先生の口を通し、メディアを通し、

君は、男の子であってもいいし、女の子であってもいいんだよ。男であるか、女であるか、それを選ぶのは君だ。君がいいと感じるままに選んだらいい。

というメッセージをすでに受け取り始めているのです。

このような環境で育った子どもたちが、今後、アイデンティティを喪失し、深刻な性的倒錯、不健全な人間関係、家庭崩壊等で苦しむのは目に見えています。

性犯罪や自殺も今後、一層増えていくことでしょう。こうして神に逆らう教育により、かけがえのない子どもたちの尊厳が犯されようとしているのです。

これから海外に駐在される予定の方、そして子どもたちを現地の学校(特に公立学校)に入れようと考えていらっしゃる方、

学校選びをされる際、どうかその学校のジェンダー教育の実態について、十分にお調べになってください。そしてお子さんを破壊的な思想教育から守ってあげてください。

(この問題についてもっと深くお調べになりたいご父兄の方へ。

デニー・ブルク兄が、「トランスジェンダーの世界で、いかにわが子を育てるか(Training Our Kids in a Transgender World)」という記事を書いていらっしゃいます。ココをクリックしてください。この方の記事は、本書の第9章にあります。英語。)

みなさん、共に祈りつつ、次世代のこどもたちを守るために助け合っていこうではありませんか。

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さてインタビュー記事の前に、私は、ジェンダー問題で自分のとっている立場とは違う立場に立っていらっしゃる方を歓迎すると共に、ここであなたにお手紙を差し上げようと思います。

この記事で私が書いている内容をお読みになって、あなたはもしかしたら、相当気を悪くされているかもしれません。

でも、それにも関わらず、ここまで読み進めてくださり、本当にありがとうございました。

私は数年前に、ゲイ・レズビアンの人権を守る会で働いていらっしゃる方と知り合い、何度か、一対一でお話する機会を持つことができました。

非常に謙遜かつ人格的な方で、私の言う事にもじっと耳を傾けてくださいました。

私はその方を通して、米国にいる同性愛者の方々が、政治権力の下に踏みつぶされたり、人間扱いされなかったりしてきた悲しい歴史を知りました。

しかも、それらの抑圧行為が、イエス・キリストの御名によってなされてきたということにショックを受けました。

私は、クリスチャンですが、これまで1700年余に渡って、キリストの名の下に、政治権力者や信徒が、ユダヤ人を虐殺し、魔女狩りをし、少数民族や社会の中で虐げられている民を情け容赦なく根絶してきた事実を前に、深く心を痛めています。

これらに関して、全く言い訳は立ちません。

クリスチャンは、この世の政治権力に訴えて、自分と立場・信条の異なる人々に圧力を加えることは許されていないと私は個人的に信じています。

また、クリスチャンを名乗る人々が、「ゲイよ、地獄へ行け!」と書いたプラカードなどを持って、デモ行進をしている映像などをみても、本当に心が痛みます。

人間が他の人間に「地獄に行け」という権利はありませんし、憎しみから出た行為はすべて神の前に忌み嫌われるものです。

また前の教会にいた時、一人同性愛者の方がいらっしゃいましたが、「クリスチャンの愛のなさ、裁く態度に傷ついた。」と言って去って行かれました。これも悲しい思い出です。

もし、あなたがこれまで私たちクリスチャンによって裁かれ、抑圧されてきたと感じてこられたのでしたら、イエス・キリストの御名によって、どうか私たちを赦してください。

そして私たちクリスチャンがもっと謙遜な愛を持つことができるようお祈りください。ありがとうございます。

それにもかかわらず、なぜ私はこのような記事を書いているのでしょうか。

それは私がクリスチャンとして、次の聖書の言葉に生きたいと願っているからです。

そこでイエスは彼に言われた。「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』これがたいせつな第一の戒めです。(マタイの福音書22:37-38)

私は自分の弱さを抱えつつも、私の信じる神様を愛したいと願っています。

そして神様を愛することは、神様の心が詰め込まれた聖書のみことばを愛することでもあります。

そして聖書の中では、同性愛について白黒はっきりしたことが書かれてあるのです。

ですから、私は素直にそのメッセージを受け入れているわけです。

お分かりくださいますでしょうか。もし、私の立場をお分かりくださったのなら、とても感謝です。

また、最近、法的な意味でも、私のような立場に立つ人々の表現の自由が奪われつつある現状を前に、声を挙げようと思ったのです。

これが私からあなたへのメッセージです。読んでくださって、ありがとうございました。

神さまの恵みと祝福があなたの人生にいっぱい注がれますように。アーメン。

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ガブリエラ・クビーのインタビュー記事
(出典:here


記者:あなたの精神的行程に最も影響を及ぼしたものは何ですか?


ガブリエラ・クビー:生涯をかけた真理への探究心です。

私の父、エリッヒ・クビーは左翼系の作家であり、ジャーナリストでした。

こういった父の影響下、私は1968年の学生蜂起に加わり、その後、西ベルリンにて社会学を学ぶに至りました。

しかし私にとって、コミュニズムもフェミニズムも、性革命も、自分を納得させるものではありませんでした。――とくに、人間の現実と、そういったグループの説く理想との間にあるギャップに直面してからは。

それで私はすぐにこういったものから離れていきました。

1973年に神様と出会って後、私は神様を求め始めたのですが、残念なことに、主を見つけることのできない道に迷い込んでしまいました。――つまり、秘教と心理学にはまってしまったのです。

その後20年余りに渡り、私はこの分野で翻訳者として働きました。

私は現代のイデオロギー潮流を進み、それゆえに教会の戸を開け、教会が差し出している宝を発見することが非常に難しい状況にありました。

しかし1997年、ついに私は発見したのです。それ以後、私は霊的なこと及び、社会・政治的な問題について著述を続けています。


記者:昨年の9月、あなたは『グローバル〈性革命〉-自由という名における自由の破壊―』という本を出版されましたね。どんな反応がきましたか?


クビー:回心後、性規範の規制撤廃こそ、今日の文化戦争の最前線だということに気づきました。

それで2006年、私はこのトピックについての最初の著書「ジェンダー革命:相対主義 目下施行中Gender Revolution: Relativism in Action」を書きました。

実際、この本は隠れたアジェンダに光を当てた最初の本の一つだったといってもいいでしょう。

しかしその後、社会の動向を観察していく中で、問題の全体像を示していく必要性を感じました。それが本書『グローバル性革命』の中で私が試みていることです。

主流メディアはこの本を無視しましたが、それにもかかわらず数カ月のうちに三版を重ねました。

ドイツでは「何かを死ぬまで黙殺せよ(totschweigen)」という言い回しがあります。しかし、その目論見は失敗に終わったようです!

本書はポーランドとクロアチアで出版され、今秋、ハンガリーとスロヴァキアでも出版される予定です。またその他の諸国の出版社とも現在交渉中です。

2012年9月31日、私は教皇ベネディクトXVIにも本書を手渡す光栄に与りました。

その際、教皇は「(この問題について)声を挙げ、執筆してくれたことを神に感謝します。」と言ってくださいました。とても励まされました!


記者:この本の主要メッセージは何ですか?


クビー:性規範の規制撤廃は、文化の破壊をもたらします。

なぜかとお尋ねになりますか?なぜなら、世界人権宣言(1948年)の中で述べられているように、家族というのが社会の基本単位だからです。

――そしてそれが生かされ続けるためには、いくつかの基本的な倫理条件が必須だからです。

しかし今日、性強調社会(hyper-sexualized society)で育った子どもたちは、娯楽産業、メディア、義務教育を通して、異常な性的方向付けをされています。

そしてそういった子どもたちは結婚をする責任能力、および責任ある父親、母親としての義務を行なう、成熟した大人になることができなくなっています。

さらにこういった性強調社会は、避妊や中絶なしに成り立ちえません。

そしてそういったもののもたらす結果は何かというと、「死の文化」(ヨハネ・パウロ2世の言葉)に他ならないのです。


記者:あなたの本の副題は「自由という名における自由の破壊」となっています。これはどういう意味なんですか?


クビー:20世紀の独裁政治の萌芽期、そして哲学的な意味における個人の賛美がもたされて数世紀経った今、現代の最高価値は、なんといっても「自由」です。

性規範の規制撤廃は、この自由の一部分として人々に「売却」されているのです。

しかしもし私たちが性衝動をコントロールせず、それを克己しないのなら一体どんなことになりますか?

私たちはその強力な衝動の奴隷になってしまいます――つまり、常に性的満足を求めて徘徊をつづけるセックス中毒者になってしまうのです。

2400年前、プラトンがすでに示しているように、これはやがて圧政(専制政治)へとつながっていきます。

もちろん、これらはもっと複雑なプロセスであるといえます。しかし、単純に考えても、この問題は明らかです。

もし、人々が、自己犠牲的な愛を見失った文化の中に生きるとしたら、、、そして相手に自分を与える愛ではなく、性的満足のためにお互いを「利用」するのだとしたらどうなるのでしょう。

そうなると、やがて人々は、自分のニーズを満たすためならどんなことでも他の人を利用するようになっていくでしょう。

そして唯一の制限としては、各個人がどれだけ(コントロールする)力を宿しているかという点だけにかかってくるでしょう。

そのような性規制撤廃によって、次に起こってくるのは社会的混沌状態です。

そしてそれは最終的に、かつてなかったようなレベルでの、国家による統制を促すことになります


記者:しかし、真の自由とは、なんの規制も、規範も、法律もなしに生きていくことができる、、、そうではありませんか?


クビー:実際、自由とは、根本的な人間価値です。

そして意志の自由こそ、人間と動物を隔てている本質的な違いです。

神様でさえも、私たちの持つ自由を尊重され、私たちが自身を――そして自分たちの世界を破壊することを堪忍してくださっています。

しかし、自由とは、それが真理と結びついている限りにおいて実現されうるのです。

真理――つまり、人間にかかわる真理、関係における真理、状況における真理です。

イエス様は「真理はあなたがたを自由にします」(ヨハネ8:32)とおっしゃいました。

自由とは、自らの行動が自分にそして他者にもたらす結果に対して責任をとっていく姿勢にかかっているのです。

どの社会においても、自由の成就とその保持は、戦いであり、その戦いは成熟した人間によってのみなされうるのです。
――つまり、自分自身の中に、内的自由を宿す人間によってのみなされうるのです。

何でも自分の好きなようにすることができるっていうのが「自由」なんだという考えは、三歳児には適当なものかもしれませんが、それ以上の年齢の方にとってはふさわしいものではありません。


記者:第15章で「人はエゴイストとして生まれる。しかし彼/彼女は徳を教えられる必要がある。」と書いていらっしゃいますね。ここのところをもっと詳しく説明してくれますか。


クビー:新生児は、何か不満足なことがあるとオギャーと泣きます。

そして一年か二年の間、両親は、できる限りにおいて、赤ちゃんにパラダイス体験―迅速にして完全な満足を与えること―をさせてあげる必要があります。

しかし、その子は成長していく中で、そのパラダイスを去り、自分と同じようなニーズを持っている人が周りにいるんだということを学んでいかねばなりません。

そして(子どもは元々知っているのですが)この世には善と悪があるということを学んでいく必要があります。

そしてこれは、良いことを選ぶにあたって自制が要求されていること、よりすぐれた目的を達成するために小さな満足を否む能力を身につけていくことを意味します。

社会学者はこれを「満足の遅延パターン(deferred gratification pattern)」と呼んでいます。しかしこれは子どもたちが学び、また教えられる必要のあるものです。

そして何より、子どもたちは両親の模範(それが良いものであれ悪いものであれ)から学んでいきます。

両親のすばらしい模範をみてそこから学ぶことのできる子どもは幸いです。


記者:あなたはアルドゥース・ハックスリーの古典『ブレイブ・ニューワールド』(1931年)についてかなり言及していらっしゃいますね。どうしてですか?


クビー:今日、ハックスリーの預言的な作品は驚きです!

『ブレイブ・ニューワールド』を読むと、人間は瓶の中で生産されており、彼らはメディアや向精神薬によって「幸せ」であるよう、集合的に条件付けがされているのです。


Brave the New World Huxley


子どもたちはといえば、他の誰もと同じように、セックスの快楽にふけり、すべては「フォード」という名の主によってコントロールされています。

ハックスリーは元来、このユートピア思想を600年後に起こるものと想定していましたが、1949年にしてすでに、それが起こり始めたことを彼は目の当たりにしたのです。

当時は、人工授精、出生前選択、代理母、遺伝子操作、(「父」「母」ではなく)「親1」「親2」、、、といったものは存在していませんでした。

しかしその後50年もしないうちに、これらの「進歩」は誰の目にも明らかになったのです!

ハックスリーにとって、新しい全体主義が古い全体主義と似ていなければならない理由はありませんでした。

この独裁者は、より多くの性的自由を与えるだろう――そしてその分、政治的、経済的自由がこれまでよりも規制されるようになるだろうことを、ハックスリーは気づいていました。

真の革命は、「人の魂と体のうちで」起こることを彼は知っていたのです。


記者:これまでに私たちは多くの新しい権利を獲得してきました。それにもかかわらず、どうして人はこれほどまでに尊厳を失ってしまったのでしょうか。


クビー:私たちは自らを造り出したわけでもなく、また、いのちを造り出すこともできません。

私たちのいのちは神様から受けたものであること、神様はご自分のかたちに私たちを造ってくださったこと、そして神様は私たちに不滅の魂を与えてくださったこと、、、これらに対する認識を失うなら、私たちは尊厳を失ってしまいます。

そうして人は、遺伝子操作を通し、また出生、臨終において好き勝手に人間のいのちを止めることにより、人間を「改良する」という誘惑に屈服してしまっているのです。

私たちは、かなり厳格な法律でもって、作家の著作権を守っています。

ならば、人の創造に関する、神の著作権をも守ろうではありませんか。

それを守ることで、私たちは多くの人為的な問題から救われるのです。


記者:では、私たちは今、危機――文明の危機、家庭の危機、信仰の危機――に立たされているということですか?どこに問題の根があるのでしょうか?


クビー:私は時々、聴衆者のみなさんに、「これから30年後、私たちの子どもの生きる環境は今より良くなっていると思いますか?そう思われる方は手を挙げてください。」と問いかけます。

そうすると手を挙げる人はほとんどいません。

自分たちが今危機に置かれていることを「感じては」いても、それを引き起こしている悪については盲目であるという奇妙な現象が起こっているのです。

1968年の文化革命により、多くの思想や社会運動が絶頂に達しました。

この革命は――ヨーロッパ文化の驚くべき繁栄をもたらした――キリスト教価値観(つまり家庭を支える価値観)を攻撃したのです。

こういった価値観は、ナチスや共産主義者でさえも、完全には撲滅することのできなかったものです。


記者:1968年の文化革命の意義についてもう少し詳しくお話くださいませんか?

クビー:1968年の文化革命は、特に何か不満があるわけでもなかったぼんぼん育ちのブルジョワ学生世代によって引き起こされたものですが、この革命は、以下にあげる三つの革命的欲求が統合したものでした。

まず、ベルリンが分断され、ロシア軍のタンクがプラハになだれ込んできたあの当時、若者たちが共産主義の思想に魅了されていたことです。

また二番目に、彼らはラディカルなフェミニストであったシモーヌ・ド・ボーヴォワ―ルを始めとする人々の呼びかけに従ったのです。


simone de
(↑シモーヌ・ド・ボーヴォワ―ル 1908-1986)


その呼びかけとは、「母親業という奴隷の身分から解放されよ!」でした。そして何にもまして、彼らは「性的解放」思想を広め――それに生きた――のです。

第三番目として、セオドール・アドルノ、マックス・ホルクハイマー、ヘルベルト・マルクースといった、フランクフルト学派からの哲学的動向がありました。


1968 Cultural Revolution in Germany


その際の有害な誘惑はこれでした。

「もしあなたのセクシュアリティーを『解放』するなら――つまり、倫理的な規制をことごとく解体するなら――あなたは、抑圧のない社会を構築できるのだ」と。

一方、もっと素朴な人たち(そしてヒッピーたち)にとって、それは「戦争じゃなくて、セックス(とドラッグ)をしようぜ。」というスローガンに凝縮できました。

1968年のアカデミックな学生世代は、自分たちが大衆を(ましてや「プロレタリアート」を)動員することなどできないことを悟りました。

それで、彼らは「高等機関を行進」することにしました。

こうして彼らは政治、メディア、大学、司法界における中枢としての地位を獲得するようになっていったのです。

1968年の目標は今や達成されようとしています。

そうです、主流メディアの強力なサポートを背景に、国連やヨーロッパ連合、左翼(ならびに幾つかの「保守」)政府などの機関を通して達成されようとしているのです。


記者:ブリュッセルを拠点として活動しているアナリスト、マルガリータ・ペーテル氏も、この革命のグローバル化について書いておられます。


クビー:マルガリータ・ペーテルの著書『西洋文化革命のグローバル化(The Globalization of the Western Cultural Revolution)』は、私の目を開かせるものでした。

私はこの革命の核心部分に注目しました。それにはセクシュアリティーに関するモラル規範の規制撤廃も含まれています。

このグローバル性革命は今やパワーエリートによって遂行されようとしています。

具体的にいうなら、それは国連やヨーロッパ連合のような国際機関、

傘下機関のウェブ、アマゾン、グーグル、マイクロソフトといったグローバル企業、ロックフェラー、グーゲンハイムといった大きな財団、

ビル&メリンダ・ゲイツ、テッド・ターナー、ゲオルゲス・ソロス、ワレン・ブフェットといった個々の億万長者たち、

そして国際家族計画連盟や International Lesbian and Gay AssociationといったNGOなどを含みます。

こういった役者たちは、巨額の財源でもって、最高レベルの権力を行使しています。

そして彼らは皆、同じ利害を共有しているのです。―つまり、この地球における人口増加を減らそうというのです。

中絶、避妊、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイ・セクシュアル、トランス・ジェンダー)のアジェンダ、家族の崩壊、、、これら全ては、上に述べたただ一つの目的を成就するために仕えているのです。

しかしながら、例えば、なぜアメリカの理論家であるジュディス・ブットラー(彼女は社会を弱体化させるべく、男性と女性のアイデンティティを破壊しようとしており、それを『ジェンダー・メインストリーミング(=ジェンダー主流化)』という政治戦略を通して成し遂げようとしています。)が、そういったエリートたちの間で優れた哲学者だともてはやされているのかについては、上述のことだけでは説明がつかないかもしれません。

しかしそれは、新しい世界秩序に関する隠されたアジェンダを示すものであるかもしれません。


記者:「ジェンダー主流化(gender mainstreaming)」とは何ですか?


クビー:「ジェンダー」という用語は、1994年、カイロで開催された国連の国際会議(国際人口開発会議)および、1995年、中国の北京で開かれた第4回世界女性会議において、公的文書の中に導入されました。


Cairo conference


これによって、新しいイデオロギーのための言語的媒体を造り出すためでした。

男性と女性という双対の性的秩序を言及するという意味において、「ジェンダー」は「性別」という語に代わって用いられるようになりました。

こうして過激なフェミニスト思想と、LGBTアジェンダは団結し、「ジェンダー主流化」という思想を生み出したのです。

「ジェンダー」という用語は、人の性的アイデンティティは、必ずしもその人の生物学的性別と一致するわけではないということを暗示しています。

それは人間における「男性―女性」という双対の性的本質を打ち壊すものです。

こういった双対の性的本質の解体行為には、二つの目的がひそんでいます。

まず、それは男女間に存在するいわゆる「ジェンダー・ヒエラルキー」を破壊する目的があります。

換言しますと――ジェンダー思想によれば――性別はただ二つあるのではなく、数多くあるのだというのです。そこにはレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスセクシャルの男女も含まれます。

二番目に、それは規範としての異性愛を消滅させる目的を持しています。

こういったジェンダーを基礎とした男女の捉え方は、社会の主流にのし上がろうとしています。

――そして実際、これはすでにものすごいスピードで実現しつつあるのです。


記者:あなたの診断するところでは、ポルノグラフィーはどのような役を演じていますか?


クビー:この革命の中で、ポルノグラフィ―はとてつもなく大きな役割を演じています。

おそらくこれは、男性を敵にまわしたフェミニスト戦争への、男性側からの一種の復讐行為みたいなものかもしれません。

定期的にポルノの虜になっている人は、愛や家族、そして父親や母親になる能力を失ってしまっています。

こういった人はやがてポルノ中毒者となり、その多くは性犯罪に関わるような危険な坂道をころげ落ちていく結果になっています。

憂慮すべき事実として、ポルノが若者にとって「フツーのこと」となっている事が挙げられます。

――現在、ドイツでは十代の男の子の20%が毎日ポルノを観ています。また、42%が週一の割合で観ています。こういった若者たちは今後どんな大人になっていくのでしょうか?

ヨーロッパ連合(EU)は喫煙による大気汚染に対し、あれほど強硬に戦っていながら、なぜ、ポルノによる汚染に対しては戦おうとしていないのでしょうか?

私はそこのところの理解に苦しんでいます。

後者は家庭を破壊するものですから、より深刻なのです。たとえそうしたくても、人は自分の脳裏に刻まれたイメージを取り除くことはできないのです。


記者:第5章で、「ジョグジャカルタ原則(Yogyakarta Principles)」について言及しておられますね。これは何ですか?


クビー:ジョグジャカルタ原則〔性的指向およびジェンダー・アイデンティティ(=性自認)に関する国際人権法への願書〕は、ジョグジャカルタというインドネシアの町で開かれた、「人権専門家たち」の会合を通して作成された文書です。


map Yogyakarta


この文書はその後、2007年3月に、ジュネーブの国際連合人権理事会に提出されました。

このメディアイベントは、一見、それが公式のUN文書であるかのような印象を世界に与えました。しかしそうではないのです!

どうぞインターネットで少し検索してみてください。

このイベントの背後で、どれほど多くの政府、政党、組織が立ち働いていたかに驚愕すると思います。


yogyakarta NY


私はこの文書に件に丸々1章を割きました。というのも、これはまぎれもなく、LGBTアジェンダの全体主義的傾向を表しているからです。

例えば、第29原則の中には、

性的指向や性自認に関する差別の撤廃を保障するため、法の制定や施行、政治を監視する独立した有効な機関や制度を確立する。



とあります。

これは何を意味するかといいますと、LGBT運動の優遇に向け、社会全体を再組織しコントロールするために、国民国家レベルの上をいく上部構造が構築されるべきだというのです。

この文書の全体主義的アジェンダの意味を理解するために、ジョクジャカルタ原則を(少なくとも第29原則だけでも)一度ぜひお読みになってください。

(英語文the Yogyakarta Principles、日本語訳はウィキペディア「ジョグジャカルタ原則」項に全文掲載されています。)。

〔尚、巻末に第29原則の条項を掲載しますので、ご関心のある方はお読みください。〕


記者:寛容や多様性という価値観も、このアジェンダを推進する原動力となっているようです。


クビー:自由、正義、平等、非差別、寛容、尊厳、人権、、といった現代の基本的価値観は、文化革命家たちによって、乱用され、歪められ、操作されています。

胎芽が操作されているように、そういった誉れある概念の核が抜き取られ、全く新しい何かで埋められているのです。

本書の中の第1章のタイトルは、「言語による政治的レイプ」ですが、私はこの章で、こういった現象について取り扱っています。

言語の機能とは、真理を伝えることにある――それを私たちは覚えなければならないと思います。

ですから、政治的大衆操作のために、言語を改悪するのは非常に危険なことです。

歴代、人々を操作しようと、全体主義システムは言語を改悪してきました。

ロシアの主要新聞はPravda(=真理)という名前だったことを覚えていらっしゃるでしょうか。

悲しいことに、今日のメディア時代にあって、こういった大衆操作を行なう行為は以前よりもずっと洗練されているのです。


記者:徳、美しさ、真理などという概念は、現代世界にあって意味を失ってしまっていると、哲学者アラスダイル・マクリタイル(Alasdair MacIntyre)は述べています。もはやそのようなものが理解されえない世にあって、私たちはいかにしてそれらを語っていくことができるのでしょうか?


クビー:それらの概念が理解されないとは思いません。

むしろ問題は、そういった内容を破壊しようとしている文化革命にあり――そのために立ち上がろうとしない私たちの臆病さにあると思います。

LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)運動がますます全体主義的様相を帯びてきている真の原因は、

――人間には良心がある。そしてその良心は愛を求め、真理、美しさ、善を探し求めている、、、そこにあるのであり、そのことをLGBT運動が認識しているからなのです。

したがって、人の良心を呼び覚ますようなものは全て抹殺されなければならないのです。

そのためには、子どもたちは幼稚園でプログラミングされ、性的に操作されなければならない。

そうすれば、子どもたちは何が善で何が悪かを識別する自然能力を失いますし、善の方に向かおうとする自然の内的指向を失うことになるのですから。


記者:ヨハネ・パウロ2世は、人間の性的本質について、また夫婦という結合の美しさについて尻込みすることなく語っておられます。彼のこうしたビジョンについてどうお考えですか?


クビー:ヨハネ・パウロ2世は、「からだの神学」を通し、教会に大きな祝福を与えています。

また回勅や手紙により、からだ、魂、霊という人間における統合されたビジョンについて述べておられます。

この大混乱の時期にあって、彼のメッセージは私たちの思考、心、そして夫婦生活に光を照らしています。

もし神が愛であり、私たちが神の家族として召されているのなら(エペソ2:19)、この人生を生きる中で、私たちは愛することを学んでいく必要があるということになります。

(そういった人間愛の中で)最も親密かつあますところない表現は、男女の性的結合であり、そこから新しいいのちが生まれ出るのです。

現代世界は、この性的結合を肉体的満足だけに減少させ、そうすることで、体と魂を分裂させてしまったのです。

体と魂の永久的な分離を表す言葉はすでに存在しています――そうです、それは「死」です。

セックスを体のレベルに――つまり動物のレベルに――貶めることで、私たちは「死の文化」を造り出したのです。

セックスというのは、おのれを与える自己犠牲の表現であり、相手に命を与える愛の表現であることを私たちはもう一度学び直す必要があると思います。

そうする中で、ひどい病気に侵されている私たちの社会は回復していくのではないかと思います。


記者:第10章で述べていらっしゃる「新しい人類学」とは何ですか?


クビー:教皇ベネディクト16世は、2012年12月21日の降誕節に、とても啓発的なスピーチをされました。

彼は、まことの家族構造が攻撃されている事実を指摘した上で、現代の「人類学的革命」について述べられました。

もし人が、神のかたちに従って男と女に造られたこと(創1:27)を否定し、自分の性は「本質の要素として(神より)授与されたものであること」を否定し、他者を愛し、命を与えるために召されていることを否定するなら、

その人の人間存在の根幹が破壊されていることになります。

「新しい人類学」とは、こういった意味での人間理解を意味しているのです。


記者:あなたは自分自身をどうみていますか?文化評論家、思想史家、もしくは宗教社会学者、、、でしょうか?


クビー:私のことを「預言者」という人がいますが、もちろん私はそのような者ではありません、、、

でもたとえ何が起ころうとも、内的に真理を語る責務があると感じている限りにおいて、私は過去に生きた類似の人々と家族のようなつながりを覚えます。


記者:真摯なクリスチャンは、こういったグローバル性革命に対してどのように応答していくべきだと思いますか?


クビー:もちろんそれは、私たち一人一人にとって大きな問題でしょう。

好きであろうがなかろうが、私たちはそれぞれ、自らの性的生活をきちんと整え、まことの貞節な、そして自己犠牲的な愛に従って秩序づけていく必要があると思います。

もしそうしないのなら、私たちは明瞭な視野をもって物事を見ることができず、――現在進行中の戦いに加わる士気もなければ、力もないといった風になるでしょう。

これは人間の尊厳のための戦いであり、家族、子どもたち、そして未来のための戦いです。

そして最終的な意味において、これは神の国のための戦いなのです。

神様は私たちが生きることを望んでおられます。イエス様はこう言われました。「わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです」(ヨハネ10:10)。

現在ヨーロッパでは、多くの前向きな動きがみられます。

―フランス、リトアニア、ロシア、ハンガリー、ノルウェー、クロアチアといった国々から、グローバル性革命に抵抗する人々が起こされ始めているのです。

しかし、――性的規範の根絶は人を、家族を、そして文化を破壊するということを認識している人々により――力強く勇気に満ちた運動が各国で起こされる必要があります。


記者:はたして私たちは成功を勝ち取ることができるのでしょうか?


クビー:成功するしないについて心配するのはやめましょう。私たちは今、良い目的のために働いているのであり、私たちのいのちは(神の目に)価値あるものです。最終的な成功は、神の御手にあります。


(以上 インタビュー記事終わり)


g 1


おわりに


ウィキペディアの「ジョグジャカルタ原則」の項には、このようなことが書いてありました。

ちなみに、「性的指向と性自認に関する声明」では、性的指向や性自認による差別を行なった者の処罰の必要性が記され、日本も賛成の意を示している



これを読んだ時、「ああ、私たち聖書信仰のクリスチャンにとって非常にきびしい時代がすでに到来しつつあるんだ」ということをリアルに感じました。

この流れでいくと、近い将来、日本でも、ジェンダー問題に関し、聖書の御言葉をまっすぐに説いていらっしゃる牧師先生たちが告訴され、法的な処罰を受けるようになる可能性が高いといえます。

ガブリエラ姉妹が指摘しているように、この動きは、国家レベルでも、超国家レベルでもかなりのスピードで進んでいるのです。

今朝、このことを黙想していた時に、以下のみことばを思い出しました。

兄弟たち。世があなたがたを憎んでも、驚いてはいけません。ヨハネ3:13



みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。 

、、というのは、人々が健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを言ってもらうために、気ままな願いをもって、次々に教師たちを自分たちのために寄せ集め、

真理から耳をそむけ、空想話にそれて行くような時代になるからです。Ⅱテモテ4:2-4



いま私は人に取り入ろうとしているのでしょうか。いや。
神に、でしょう。あるいはまた、人の歓心を買おうと努めているのでしょうか。

もし私がいまなお人の歓心を買おうとするようなら、私はキリストのしもべとは言えません。ガラテヤ1:10



また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人々に憎まれます。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われます。マタイ10:22



祈り

牧者であるイエス様。あなたは、今、この世界で起こっていることをご存知です。

ある不気味な力がおどろくべきスピードで全世界に働きかけており、私たちを惑わそうとしています。

そして今まで普通に発言できていたことが、もはや表立って発言できなくなりつつあります。

私たちが次世代のこどもたちを守るために立ち上がるなら、迫害は避けられない状況になっていることもあなたはご存知です。

私は、愛する兄弟姉妹と共に、あなたの前にひざまずきます。

どうか、私たちが最後まであなたに忠誠を示し、あなたの御言葉を否むことがないよう、私たち一人一人をお守りください。信仰を強めてください。

また今後、攻撃の矢面に立たされるであろう、愛する牧師先生方のためにもお祈りします。

どうか私たちの牧師先生を守ってくださり、聖霊の御力によって先生方を強めてください。

先生が最後まで私たち信徒に御言葉をまっすぐに説き明かすことができるよう先生を支えてください。

この混沌とした世の中にあって、私たちがあなたの光のうちを歩みつづけることができますように。

今まで以上に、私たち兄弟姉妹がひとつごころで、お互いを愛することができますように。そして助け合い、励まし合いながら、この狭い道を歩んでいくことができますように。

イエス・キリストの御名を通してお祈りします。アーメン。


付録)ジョグジャカルタ原則

blue Yogyakarta
 
第29原則 責任追及

人権蹂躙を受けた者は全て、上記の諸原則に反する場合も含めて、人権蹂躙の直接的または間接的責任に対してその加害者が公務員であっても、そうでなくても、その行為を人権蹂躙の重大さに相応して責任追及を行うことができる。

性的指向や性自認に関連して人権蹂躙を行った加害者が処罰されないことはあってはならない

国家は、

(a)性的指向や性自認に関して人権蹂躙を行った加害者の責任の所在を明らかにする為、利用が容易で効果的な刑事訴訟、民事訴訟、行政訴訟制度を確立すると共に諸機関を監視する

(b)実際の、或いは認知された性的指向や性自認を理由に犯された犯罪が発覚した場合は、全て上記の諸原則に記されたものも含めて速やかに且つ一貫して捜査され、適切な証拠が発見されれば、これらの犯罪は起訴され、裁判に付され、厳正に処罰されるように保障する

(c)性的指向や性自認に関する差別の撤廃を保障する為、法の制定や施行、政治を監視する独立した有効な機関や制度を確立する。

(d)性的指向や性自認を理由として人権蹂躙を行った者に対する責任追及を妨げるあらゆる妨げを除去する

(以上、ウィキペディア 「ジョグジャカルタ原則」より)



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Ten Thousand Muslims Meet Christ, published by Iranian Christian International, Inc. Colorado, 2006.)

ラヒーム兄の証し(天国からの水)

(はしがき)
1979年にイスラム革命が勃発し、それは次第にイランの隅々にまで浸透していきました。

バルーチェスターン州(イラン南東部)に住むラヒームおよび仲間たちは、この新政権に反発し、バルーチェスターン民族運動に加わりました。そしてそこでバルーチェスターンの自治を要求する非暴力活動に従事しました。

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しかしまもなく政府はラヒームの動向をつかむようになります、、、、さあ、これは死の危険を逃れ、イエス・キリストにある新しいいのちの道へと導かれたあるバルーチ人の実話です。


アメリカ人の同僚

イラン革命が起こる前、私は二つのアメリカ系会社で働いていました。最初の会社で、私は同僚のアメリカ人と友だちになりました。仕事帰り、私たちはよく連れだって飲み屋へ行き、夜更けまで飲み明かしました。

二年後、私はトラック運転手および通訳者として二番目の米国系会社に就職しました。ここでも私は飲み屋に足しげく通いました。

この会社で、主任のジョン・マックローグランと友だちになりました。彼は私の仕事ぶりを高くかってくれ、機材部門での監督に昇格させてくれました。

ある日、ジョンは私を夕食に招いてくれました。そして私にこんなことを言いました。

「夕食後、今まで君が味わったことのないような最高の飲み物をあげよう。」

そうして彼は食事前の祈りを捧げました。

食べ終わると、彼は私の所に一冊の本を持ってきました。そして「この本がさっき僕が言っていた〈とっておきの飲み物〉なんだ。」と言いました。

後で分かったのですが、それはインジール(新約聖書)でした。

その晩、私はがっかりし、怒り狂いながら家に戻りました。

ジョンは私にアメリカ最高級のウィスキーをくれるにちがいないと内心期待していたからです。

帰宅するや、私はもらったその本を床に放り投げ、自分のウィスキーを開けました。

しかし飲んでいると、ある声がしたのです。「ラヒーム、お前のことを本当に愛している。」

私は周りをみわたしました。しかし誰もいませんでした。

すると、また声がしたのです。「ラヒーム、お前のことを本当に愛している。」

ガタガタ体が震え始めました。私はおびえて、寝室に向かいました。

見ると、妻は熟睡していました。私は寝室を出て、再びウィスキーの所に戻ると、床に落ちていたあの本を拾い上げ、読み始めました。

新約聖書を読み進めるにつれ、私の全存在はすばらしい満たしのようなものを感じ始めたのです。それはアルコールを通しては決して味わったことのない種類の満たしでした。

その晩、眠りにつくと、私は夢をみました。

夢の中で乞食のように見える人が近づいてきて私にこう言ったのです。「ラヒーム、お前のことを本当に愛している。」

それは私が飲んでいた時に聞いたものと全く同じ言葉、同じ声でした。そしてその人はすぐに消えました。

私は震えが止まらず、とにかく自分を落ち着かせようとシャワーを浴び、そして仕事場に向かいました。

ジョンは震えている私を見ると、どうしたのかと訊いてきました。私は彼に一部始終を話しました。

すると彼は私を抱きしめ、手を私の上に置いて、祈ってくれました。

そうです、1976年3月22日。忘れもしないこの日を境に、私の人生は変えられ始めたのです!ジョンはその後も引き続き、私の新しい信仰の歩みを支えてくれました。

神、祈りに答えてくださる

イラン革命勃発後、アメリカ系の会社は全て撤退していきました。

そして悲しいかな、ジョンも行ってしまいました。私はジョンのことがなつかしくてたまりませんでした。もう周りには誰もクリスチャンはいなくなったのです。

しかしやがて、クリスチャンとの交わりを求める私の祈りに神は答えてくださいました。

それはある日、妻のシャフルバヌーが予期しない時に、突如、部屋に入ってきたことにより始まりました。

私は当時、誰にも見えないところでこっそり聖書を読んでいました。ああ、でも、妻に見つかってしまったのです。

妻は、聖書のどこかの箇所を読んできかせてと言いました。私がヨハネの福音書を少し読んであげると、妻は「私ももっと読みたい。」と言ってきました。

私は「ああ、いいよ。」と一応同意はしたものの、内心、敬虔なイスラム教徒である妻や妻の実家の人たちに(自分が聖書を読んでいることを政府に)密告されるんじゃないかと恐れました。

しかし翌日、妻は私を抱きしめ、こう言ったのです。「私もあなたの信仰に倣いたい。あの本の言葉は、全能の神の言葉よ。今日から、私はイエス様に従うことにする。」

主を賛美します!神は、一つ屋根の下に、妻シャフルバヌーという同志を与えてくださったのです。

死がすぐ背後に

1988年7月のある暖かい夜のことでした。時刻は午前1時。

タンカーの運転手として私はイラン南東部の小さな町にある病院に水を運送している道中にありました。

私はトラックの前席でくつろぎつつ、貯蔵タンクから水を引き、容量が満タンになるのを待っていました。

と、突然、トラックのドアが開きました。

驚いて見ると、そこに、いとこのモハンマドが立っていました。「何か変だぞ。」と私は瞬間的に察知しました。

モハンマドはバイクの後ろに乗るよう私に命じました。

「一体どうしたんだっていうんだい?」私は尋ねました。

「つべこべ言わずに乗れ!理由は後で話すから。」 モハンマドは無造作に答えました。

「おい、せめてタンカーを脇に寄せて、水を止めさせてくれよ。」 私は抗議しました。

「死の追っ手がお前のすぐ後ろまで迫っているんだ。ぐずぐずしている暇はない。とにかく後ろに乗るんだ!」 モハンマドは迫りました。

バイクを走らせながら、彼は、私の命が狙われていることを話してくれました。モーターのガンガンいう音で、彼の声はとぎれとぎれにしか聞こえませんでした。

でもとりあえず分かったのは、政府の工作員たちが私の家を包囲しているということでした。

こうして私は故郷を離れ、異国の地へ、そして未知の未来へと逃亡することになったのです。家族に別れを告げることさえできませんでした。

パキスタンへ逃げる

この村の住民たちは、イランから逃亡する人たちを助けているということで有名でしたので、私は日が昇るまでとりあえず、ここの村のモスクで休むことにしました。

朝になると、私は村長に会いました。その親切な首長は、パキスタン側へラクダに乗って国境越えをすることができるよう取り計らってくれました。

村が薄暗くなり始めると、ラクダ乗りと私は出立しました。

どうして私がイランを脱出しようとしているのか、ラクダ乗りは道中、私にいろいろ訊ねてきました。

私がいきさつを話すと、彼は私のことを不憫に思ったらしく、運賃の半分を返してくれました。

ラクダに乗ること8時間、私たちはパキスタン側の小さな町に到着しました。翌朝、私はカラチ行きのバスに乗りました。カラチ市は、アラビア海沿いの港街であり、パキスタン最大の都市です。

B 4 Karachi busy Market
(↑カラチ市:パキスタン)

カラチ市の住民の大部分は、民族的に言って、私と同じバルーチ族(Baluchi)でしたので、カラチは私にとって何かしらなじみやすい都市でした。

私はすぐに国連難民高等弁務事務所(UNHCR)に連絡を取り、難民申請をしました。

インタービュー審査の中で、自分がバルーチスタン独立に関する非暴力運動に関わっていたこと、イランから逃亡してきたことなどを話すと、すぐに難民資格が下りました。

私の逃亡後、政府の工作員たちはわが家を襲撃し、半分意識を失うまで妻を殴り続けました。

その後も毎日、彼らは妻の所へやって来て、私の消息を問いただし、妻を苦しめました。

妻は少し回復すると、四人の子どもを連れ、パキスタンに逃げました。こうして私たちはそこで再会を果たしたのです。

その後5年に渡り、私たちは最低生活水準でしたが、そこの難民キャンプで生活しました。

キャンプ内にいた難民たちは、飢えや、劣悪な住居、ひどい公衆衛生という環境の中で苦しんでいました。

またキャンプ内の治安にも深刻な問題がありました。中には、殺されたり、誘拐されてイランに連れ戻されたりする難民もいました。

そんなきびしい状況の中、わが家にはもう一人女の子が生まれました。

インドへ

前述したような深刻な治安問題ゆえ、私たち家族は難民キャンプを出ることにしました。

その後、しばらく私たちはカラチ市で生活しました。それからトラックの運転手として蓄えていたわずかな賃金をはたいて、国境越えの手助けをする業者を雇い、インドまで連れていってもらうことにしました。

私たちは汽車に乗り、国境の町まで行きました。それから業者は私たちを超おんぼろジープ(第1次世界大戦当時のジープ)に乗り込ませました。

こうして漆黒の夜、私たちはパキスタンーインド国境を走り始めたのです。

しかししばらくすると、ジープのモーターが動かなくなりました。なすすべなく、私たちは、砂漠の中を何キロもジープを押して行きました。

B 5 Baluchi desert

やがて飲み水が尽きました。私たちはへとへとになり、埃まみれとなりました。喉が渇いて仕方がありませんでした。

数分おきに、「お父ちゃん、お水がほしいよう。」と子どもたちが哀願しました。

哀れな子どもたちの顔を見ると、私はいたたまれずに涙を流しました。

私は子どもたちに、「もうすぐしたら、着くぞ。そしたら父ちゃんはレストランで冷たいジュースを買ってやるからな。」と言いきかせ続けました。

それから6マイルほど進むと、ある村に着きました。

訊いてみると、私たちはインド側に到着したとのことでした。

私たちはいっせいに土手に走りました。水はにごり、蚊が湧いていましたが、そんなことにお構いなく、私たちは、それを天国からの水のように飲みました。

それから私たちはラクダに乗り、さらに48キロ以上進みました。

B6 camel

別の小さな町に着くと、業者の男は、塩の袋を積んだトラックの荷台に私たちを乗せ、ブッジ(Bujj)という街に向かいました。

太陽のギラギラ照りつけるお昼頃、私たちはブッジにたどり着きました。

私たち家族は、そこにあった大きな木の下で、何時間か休みました。すると突然、雨雲がおおい、雨が降り始めました。

カサカサに乾いた皮膚に流れる雨粒はなんとも言えず気持ちがいいものでした。雨の贈り物をくださった神さまに私たちは感謝しました。

やがて業者の男は戻ってくると、スラット市行きの汽車の切符を手渡しました。そして去って行きました。

さあ、私たちは今後、この異国の地で、自分たちだけで進んでいくことになったのです。


空が暗くなり始める頃、私たちは汽車に乗り込みました。汽車は夜のただ中へゆっくり進んで行きました。

スラット市で、私たちはボンベイからちょうど到着したばかりの別の汽車に乗り換えました。

その汽車はもともとギュウギュウ詰めでしたので、新しい乗客が乗り込むと、本当にひどい寿司詰め状態になりました。

どこにも座る場所がなかったので、私たちは人に挟まれながら、ニューデリーまで960キロ以上もの道のりを立ち続けなければなりませんでした。

ニューデリーに到着

B3 New Deli

ニューデリーに着くと、私たち家族は駅のそばの歩道で休みました。あまりに疲れていたので、道端でしたが、皆すぐに眠りに落ちました。

目が覚めると、私たちは牛に囲まれていました。服は汚れてしまっていました。

私たちは一文無しで、飢えていました。しかし何はともあれ目的地に無事に着くことができたことを私たちは神さまに感謝しました。

妻と子どもたちをその場に残し、私は国連のオフィス(UNHCR)を探すべく、ニューデリーという過密都市に徒歩で乗り込んで行きました。

何時間か探し回った挙句、やっとオフィスを見つけました。しかし入口にいた警備員は、私のうす汚れた身なりを一瞥するや、立ち入りを禁止しました。

私は彼に、パキスタンで発行してもらった国連のカードを見せ、必死に事情を説明したところ、とうとう彼は入館を許可してくれました。

国連のオフィスは私に少しお金をくれ、翌日、家族を連れてもう一度ここに来るように言いました。

「ああ、これで食料を買える!」 私は喜びいさんで、家族のために食べ物を買いました。

みんなで夢中で食べた後、私たちは公衆浴場へ行き、そして安ホテルで一泊しました。

こうして私たちのニューデリーでの生活が始まったのです。

UNHCRのオフィスは私たちに新しい難民カードを発給してくれました。そして私はニューデリーの貧民街の一角に小さなアパートを借りました。

4m四方の一部屋に七人家族がぎゅうぎゅうに身を寄せ合って暮らしました。また私たちは飢えにも苦しみました。

天国からの水

しばらくして私は近くにカトリック教会があることに気づきました。

そこの神父は私たちがパキスタンのカラチにいた時、そこのカトリック教会に通っていたことを知ると、私たちに興味を持たれたようでした。

こうして私たちはニューデリー生活の最初の四カ月、ここのカトリック教会に通いました。

その後、私たちは、ニューデリー・ペルシャ人教会に通う一人のクリスチャンに出会いました。そして彼の招待により、私たちはこのペルシャ語礼拝に集うようになりました。

この集会は、元イスラム教徒からの改宗者(イラン人、アフガン人)で構成されており、現地のインド人クリスチャンが支援していました。私たちは、ここで多くの兄弟たちに出会いました。

また私たちは人類に対する神の愛――つまり、イエス・キリストが人としてこの地上に来られたこと――を学びました。

そしていかにしてイエス・キリストが私たちの罪のために身代わりに死んでくださり、復活され、死に打ち勝たれたかを知りました。

このイエスを信じる人は、神との交わりを持ち、永遠のいのちにあずかることができるのだと。

イエス様の恵みにより、あわれみと義が私たちにとって本当にリアルなものとなりました。

そしてイエス様を通して、神は私たちの御父となったのです。主は、私たちの罪の赦しおよび新しいいのちを約束してくださっています。

このようにしてイエスの弟子であることの喜びを味わい始めた私たちにとって、人生は新しい意味合いと目的を持ち始めました。

イエスを自分たちの個人的な救い主および主として受け入れることにより、私たちは、主に従う者になるという喜びを味わいました。

ヨハネの福音書で、イエス様は井戸から水を汲もうとしていた女にこう言われました。

「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます」(ヨハネ4:13-14)。

B 7 Oasis

私たちの家族は、物質的にだけではなく、霊的にも渇いていたのです。

私たちがイエス・キリストに信頼を置くなら、主は私たちの全ての必要を満たし、御国において主と共に永遠のいのちに与るその道をも備えてくださるのです。そのことを知った私たちの心は喜びで満たされました。

そうです、私たちは天国からのまことの水を思う存分飲んだのです。

ニューデリーで遭遇した危険

私たちはUNHCRからの支援金(月70ドル)だけを頼りに、貧困のうちに生きました。しかし同時に、私たちは主の喜びをも体験していました。

1993年、私たちは一家そろってバプテスマを受け、ペルシャ教会の正式メンバーとなりました。

そして神の愛である福音を、他のイラン人、アフガン人難民に伝え始めました。私たちの教会は、霊的にも、その規模においても成長していきました。

イスラム教は、ムスリムが自分の宗教を捨て、他の宗教を受容することを有罪とみなしているため、私たちの回心や伝道は、ニューデリー市内のイスラム原理勢力の怒りを買い、迫害が起こりました。

何度か私を殺し、うちの子どもたちを誘拐しようとする動きがありましたが、主の示しにより、私たちは常に用心深く行動していましたので、深刻な危害からは守られました。

その間にも私たちは自分たちの敵のため、彼らの救いのために祈り続けました。

カナダへの再移住

1995年、私たちは国際イラン人クリスチャンの宣教団体と連絡を持つようになりました。

そして4年後の1999年9月、この宣教団体とCanadian Luthren World Reliefを通して、カナダの教会が私たちを受け入れてくださり、私たちはカナダに移住しました。

現在、カナダの地において、おびえることなく自由に信仰生活ができることを神さまに感謝しています。

しかし、インドやパキスタンでのあの苦難を決して忘れることがないよう肝に銘じています。そしてイエス・キリストの福音を、隣人や同僚、子どもや、子どもの同級生に引き続き伝えていこうと願っています。

実際、主の祝福を一度も経験したことのない方々がカナダ中にたくさんいらっしゃるのです!

最後に付け加えますが、1995年、インド滞在中、極東放送協会(FEBA)の招きで、私たちはバルーチ語による福音放送の働きに携わることができました。現在、この働きをカナダにおいても続けることができていることを神様に感謝しています。

―おわりー

バル―チェスターンのこどもたち

付録)バルーチェスターンの人々のために私たちは何ができるのでしょうか?

バルーチェスターンという地域は、イラン、パキスタン、アフガニスタンにまたがっており、そこに住む人々はバルーチ語という言葉(インド・ヨーロッパ語族)を用いています。

baluchi map
(↑黄色い部分がバル―チェスターンです。)

バルーチ語話者は、700万とかなりの数いますが、どこの国でも公用語としては認められておらず、また人々の識字率もかなり低いです。(ちなみに西バルーチ地方では識字率はたったの1~5%)。

つまり、この世的なスタンダードでみれば、バル―チ語は、「勉強したって何の得にもならないような」「どうでもいいような」言語とみなされるのかもしれません。

しかし神さまの目から見れば、バルーチェスターンの人々は尊い、愛されるべき民族であり、彼らの話す言葉もそれと同様に尊重されるべきものです。

children 2

この地域には、これまでほとんど福音が届けられておらず、愛とパイオニア精神にあふれた宣教師がぜひとも望まれています。(82%以上の人々が一度も福音を聞いたことがないとされています。)

バル―チェスターンの街並み

また、この700万の魂を祈りの内にかき抱き、この民族にバルーチ語でイエス様の愛を伝えていく勇者が求められています。

Bethany World Prayer Centerという世界宣教/とりなしの祈りのサイトで、バルーチ族のことが取り上げられています(ココ)。

もちろん、バルーチェスタンの人々は、それぞれの地域の公用語(ペルシャ語、ウルドゥー語等)も話せます。

でも、やっぱり、自分のお国言葉に敬意を表し、それを健気に学ぼうとしてくれている外国人の存在って、うれしくないでしょうか?

日本では東京の言葉(標準語)が全国で通じます。

でも、ある外国人が、岩手弁なり、熊本弁なりを学んで、地元のおじいちゃんやおばあちゃん達に、ふるさと言葉で一生懸命、福音を伝えている姿を想像してみてください。

どんなに固定観念の強いおじいちゃんでも、この外国人の涙ぐましい努力と熱意を前に、無感動のままではいられないと思います。

そして「まあまあ、お前さん。ちょっとうちに上がって、お茶でも飲んでいきなはれ。」と誘ってくれないとも限りません。

世間的にはほとんど価値のない言葉とされているバルーチ語をあえて学び、現地の人々に福音を伝えようとする主の働き人についても同じことが言えると思います。

バル―チのこどもたち

では、どのようにしてバルーチ語を勉強することができるのでしょうか?

実は、これがなかなか難しいのです。

私はインターネットでいろいろ調べてみましたが、独学できるようなサイトや、語学書はまだまだこれからといった感じです。カリフォルニア大学ロサンジェルス校(UCLA)が、バルーチ語の紹介をしています。(ココ)またパキスタンのクエッタ市には、バルーチ語を学ぶことのできる高等機関があるようです。

バルーチ語は、ペルシャ語やウルドゥー語の影響をかなり受けており、両言語からの借用語もかなり多いようなので、とりあえず、ペルシャ語かウルドゥー語を勉強しはじめ、そこからバルーチ語に移っていくのも一つの手かもしれません。

(大阪大学のみなさんが作ってくださったペルシャ語、ウルドゥー語のすばらしい独学学習サイトがあります。ココココをクリックしてください。)

ちなみに、バルーチ語を話す人々がいる地域は、イラン南東部、パキスタン西部、アフガニスタン南部、インド、アラブ首長国連邦、オマーン、トルクメニスタン、タジキスタン等です。また、ラヒーム兄のように、西洋諸国に移民した人々も少なからずいると思います。

おわりに

先日、兵役のため、スィスターン・バルーチェスターン州(イラン南東部)に駐屯していたという方にお会いしたので、「バルーチェスターンはどんな所でしたか?」と訊いてみました。

その方によれば、バルーチェスターンは砂漠が多く、また産業も未発達で、貧しい家庭が多いそうです。

「でも、砂漠で警備をしていた日、夜空を見上げたら、星がいっぱい光っていました。美しかった。あんなに満天の星を見たのは生まれて初めてでした。」と感慨深く、述懐していました。

祈り

この満天の星のように、あなたの光がバル―チェスターンの各地域で灯されますように。

主よ、貧困にあえぎ、あなたの愛を知らずに死にゆくこの民の救いのためにとりなし祈るクリスチャンを起こしてください。そして、福音をたずさえ、この民のただ中に飛び込んでいく勇敢な宣教師を私たちの国、日本からも起こしてください。

バル―チの少女の写真

主よ、宣教のビジョンを日本の若い兄弟姉妹の心に灯してください。これらの若者の献身を通して、これまで閉ざされていた領域が開かれ、そこからいのちの泉がわき出でますように。

イエス・キリストの御名を通してお祈りします。アーメン。

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独身クリスチャンの方々への応援エッセー
―神の視点からみた独身の意味と価値―


(Myron Horst, Singleness — a Peek at God's Perspective快く翻訳の許可を与えてくださったホースト兄に感謝いたします。)

私たちは、自分の人生に起こっている物事を狭い視点でとらえ、神の許しの下に起きている、もろもろの出来事の理解にくるしむことが多々あります。

しかし、私たちの3メートル後ろに立っている人は、自分たちよりずっと広い視点で物事をみることができます。つまり、私たちが見ることのできないものを、彼らは見ることができるのです。

また、彼らは私たちの見落としがちな盲点を見ることもできます。

そして何より、神さまは、より広くより明瞭な視点でそれらを見ておられます。というのも、主は一時(いちどき)に、私たちの過去・現在・未来を見通すことがおできになるからです。

そして神さまはご自身の視点でもって物事を捉えるよう、私たちを招いておられるのです。

神さまは、ご自身の堅固なやぐらの中に走って行く者は安全であるとおっしゃっています(箴言18:10)。

神のやぐらは安全を提供するだけでなく、自分の抱えている問題の上に私たちを引き上げてくれます。そして私たちはその問題を、別の視点でみることができるようになるのです。

神の堅固なやぐらの一部分は、聖書です。聖書を読み、学び、黙想する中で、私たちは神の視点から自分の人生の諸状況を見るようになります。

神の堅固なやぐらから結婚および独身について見ていくこと――それは私たちに、より大きくクリアーな見取り図を与えるものであり有益です。

結婚というのは一時的なものであり、地上にいる間だけのものです

神が、ご自身のやぐらから見せてくださっている大切なことは、「結婚は、この地上にいる時だけのものであり、一時的なものである。」ということです。

結婚は配偶者どちらか一方の死をもって終わり、天においても続くものではありません。

イエス様は、マタイ22:30で「復活の時には、人はめとることも、とつぐこともなく、天の御使いたちのようです。」とおっしゃっています。

結婚はこの地上の時だけのものにすぎないのですから、私たちの持つその他の地上的所有物をみるように(もちろん、全く同じではありませんが)これを捉える必要があります。つまり、結婚は私たちが死ぬ時、共にたずさえていけるものではないのです。

今この時の幸せや満たしのためになにがなんでも結婚が必要とされているわけではないのです。それは、自分の幸せのために、なにがなんでも地上的所有物がなければならないわけではないのと同じです。

結婚が人生の究極的な目標になってはならず、また偶像になってもいけません。

いかに結婚や家族が偶像礼拝の対象となりうるか

神のやぐらからみる時、結婚や家族が偶像礼拝の対象になりうることに私たちは気づかされます。

主を差し置いて、何か(誰か)により重きを置くなら、それは偶像礼拝だと主はおっしゃっています。

独身の方であれ、結婚している方であれ、イエス様以上に、結婚や家庭に人生の重心をかけるなら、それは間違っています。

また、ちまたに溢れるお見合いサイト、結婚や家庭に関する本、フォーカス・オン・ザ・ファミリーといったプログラム、もしくは「早く結婚しなさいよ。」と暗にほのめかしてくる友人・親戚からのコメント、、、そういったものにより、イエス様のこと以上に結婚のことにやっきになってしまう危険性があります。

それでは、今申し上げたようなことが、今回のトピックである「独身であること」と、どのようなつながりを持っているのでしょうか。

そうです、それによって、私たちは結婚を、妥当な視点でみることができるようになるのです。クリスチャンとして、私たちは、「神の国における、独身者の価値」について知る必要があります。

聖書の中にみる、「独身であった時に、すばらしいやり方で神に仕えた人々」

聖書の中には、神の民に重要なインパクトを与えた独身者が多数存在していたことを、私たちは神のやぐらから見ることができます。

実際、独身であった人はもっといただろうと思われますが、聖書は彼らが独身であったか、結婚していたかについては言及していません。

独身だった人々:

• イエス
• ダニエル
• シャデラク
• パウロ
• メシャク
• バプテスマのヨハネ
• アベデ・ネゴ
• ピリポの四人の娘たち
• エリヤ
• エリシャ
• エレミヤ

晩年(ないしは中年期)まで独身だった人々

• イサクー40歳
• ヤコブー80歳(以上)
• エサウー40歳
• モーセー40歳(以上)
• アンナー84年間、やもめでした。彼女は日々、昼も夜も断食と祈りをもって主に仕えました。

独身の人が陥ってはならない誤り

神のやぐらから見ると、独身の人が陥りがちな次のような誤りに気がつきます。私たちが同じような誤りに陥らないためにも、以下にその問題点を挙げておきます。

その一つは、永遠の報いのないようなあれこれで、やたらに自らを忙しくすることです。

私は再び、日の下にむなしさのあるのを見た。ひとりぼっちで、仲間もなく、子も兄弟もない人がいる。

それでも彼のいっさいの労苦には終わりがなく、彼の目は富を求めて飽き足りることがない。そして、「私はだれのために労苦し、楽しみもなくて自分を犠牲にしているのか。」とも言わない。これもまた、むなしく、つらい仕事だ。伝道者の書4:7、8


真の喜びは他の人々に仕える中に見い出されます。

独身者の関心がもっぱら自分のことだけに向けられており、誰もこの独身者の人生から恩恵を受けていないのだとしたら、それはむなしいことだといえます。

たしかに、人が結婚し、家庭を持てば、その人は配偶者や子どもたちのために役に立つ存在となりえます。

しかし、他の人の役に立つ(他の人に祝福をもたらす)ということにおいて、結婚はあくまでその一つの手段にすぎず、また結婚したからといって、それがそのまま他の人の人生に祝福をもたらすという保証にはならないのです。

これは離婚によって損なわれてしまった結婚において、特にそうだと言えます。

独身者が他の人の人生に祝福をもたらす方法は、まだまだ他にもたくさんあるのです。その方がクリスチャンである場合はなおさらです。

あなたの人生における主のご計画が何であるかをどうぞ主に求めてみてください。主はあなたに示してくださるでしょう。

また別の誤謬として、結婚を禁じることが挙げられます。

これまで長年に渡り、メンバーに結婚を禁じるグループが多数存在してきました。しかし神はこれは間違いだと言っておられます。

人々に結婚を禁じることは、サタンの教えであり、サタンの嘘の一つであることを次のように神はおっしゃっています。

「しかし、御霊が明らかに言われるように、後の時代になると、ある人たちは惑わす霊と悪霊の教えとに心を奪われ、信仰から離れるようになります。

それは、うそつきどもの偽善によるものです。彼らは良心が麻痺しており、結婚することを禁じたり、食物を断つことを命じたりします。しかし食物は、信仰があり、真理を知っている人が感謝して受けるようにと、神が造られた物です」(Ⅰテモテ4:1-3)。


独身者が犯し得る過ちとして神が仰せられているのは、彼らが怠慢になり、人のうわさ話にうつつを抜かしたり、他人の事に余計な口出しをしたりすることです。

若いやもめについて、神はこうおっしゃっています。

「そのうえ、怠けて、家々を遊び歩くことを覚え、ただ怠けるだけでなく、うわさ話やおせっかいをして、話してはいけないことまで話します」(Ⅰテモテ5:13)。

古いことわざに、「怠惰は、悪魔の作業場」というのがあります。

しかしだからといって、ただやみくもに忙しくしていればいいわけではなく、仕事中毒になってもいけません。むしろ私たちは、自分の人生に神の持っておられる目的、および主が私たちに求めておられることを遂行することに心を集中すべきです。

結婚はすべての人に与えられた神のご計画ではない

神のやぐら、ないしは神の視点からみた時、ある人が結婚に導かれないこと――そこには神によって与えられた理由や利点があることに気づきます。

ある人にとってそれは婚期を過ぎてからの結婚を意味するかもしれませんし、またある人にとっては、一生涯結婚しないことを意味するかもしれません。

1. けんかっ早く、腹を立てている配偶者と結婚するよりは、結婚しないほうがましだということが箴言に書かれてあります。

「争い好きな女と社交場にいるよりは、屋根の片隅に住むほうがよい」(箴21:9)。箴21:19、箴19:13、25:24、27:15もご参照ください。

実際、こういう結婚をしてしまって、現在、修羅場にいる多くの人は、「ああ、この箴言のことばを知っていたら。そしてその言葉に従っていたらどんなによかったか。」と思っているのです。

2. イエス様は、「ある人々は天の御国のために結婚しないだろう。」と言っておられます。

弟子たちはイエスに言った。「もし妻に対する夫の立場がそんなものなら、結婚しないほうがましです。」

しかし、イエスは言われた。

「そのことばは、だれでも受け入れることができるわけではありません。ただ、それが許されている者だけができるのです。というのは、母の胎内から、そのように生まれついた独身者がいます。

また、人から独身者にさせられた者もいます。また、天の御国のために、自分から独身者になった者もいるからです。それができる者はそれを受け入れなさい」(マタイ19:10-12)。


これらの聖句は天の御国のために、離婚者が再婚しないということにも当てはまります。なぜなら、それは罪だからです。

• 危急の時ないし迫害の時には、結婚しないことが望ましい。

Ⅰコリント7:26 「現在の危急のときには、男はそのままの状態にとどまるのがよいと思います。」

• キリストの再臨までの時が縮まっているため。

Ⅰコリント7:29 「兄弟たちよ。私は次のことを言いたいのです。時は縮まっています。今からは、妻のある者は妻のない者のようにしていなさい。」

• 束縛されることなく、ひたすら主に仕える自由が与えられる。

Ⅰコリント7:32-35 「あなたがたが思い煩わないことを私は望んでいます。独身の男は、どうしたら妻に喜ばれるかと世のことに心を配り、心が分かれるのです。

独身の女や処女は、身もたましいも聖くなるため、主のことに心を配りますが、結婚した女は、どうしたら夫に喜ばれるかと、世のことに心を配ります。

ですが、私がこう言っているのは、あなたがた自身の益のためであって、あなたがたを束縛しようとしているのではありません。むしろあなたがたが秩序ある生活を送って、ひたすら主に奉仕できるためなのです。」

• 配偶者を亡くした人は、再婚しないままでいる方がもっと幸せだから。

Ⅰコリント7:40 「私の意見では、もしそのままにしていられたら、そのほうがもっと幸いです。私も、神の御霊をいただいていると思います。」

独身者が主から受ける祝福

• 不朽の名という祝福―彼らは神の国において、永遠のインパクトを与える存在なのです。

「子を産まない不妊の女よ。喜び歌え。産みの苦しみを知らない女よ。喜びの歌声をあげて叫べ。夫に捨てられた女の子どもは、夫のある女の子どもよりも多いからだ。」と主は仰せられる。

あなたの天幕の場所を広げ、あなたの住まいの幕を惜しみなく張り伸ばし、綱を長くし、鉄のくいを強固にせよ。

あなたは右と左にふえ広がり、あなたの子孫は、国々を所有し、荒れ果てた町々を人の住む所とするからだ。

恐れるな。あなたは恥を見ない。恥じるな。あなたははずかしめを受けないから。あなたは自分の若かったころの恥を忘れ、やもめ時代のそしりを、もう思い出さない。

あなたの夫はあなたを造った者、その名は万軍の主。あなたの贖い主は、イスラエルの聖なる方で、全地の神と呼ばれている。」(イザヤ54:1-5)


ダニエルもその一例です。

• そういった人々は主が夫となってくださり、主は、結婚した妻よりも彼らに多くの子どもを賜ってくださるのです。イザヤ54:1-6。

この祝福の約束は、新約聖書でも繰り返されています。

「喜べ。子を産まない不妊の女よ。声をあげて呼ばわれ。産みの苦しみを知らない女よ。夫に捨てられた女の産む子どもは、夫のある女の産む子どもよりも多い」(ガラ4:27)。

• 天の御国のために結婚しないことを選んだ人に対し、神は何倍に増し加えられた祝福を約束しておられます。それはただ単に「結婚に代わるもの」という以上の祝福なのです。

マタイ19:27-30 そのとき、ペテロはイエスに答えて言った。「ご覧ください。私たちは、何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました。私たちは何がいただけるでしょうか。」

そこで、イエスは彼らに言われた。

「まことに、あなたがたに告げます。世が改まって人の子がその栄光の座に着く時、わたしに従って来たあなたがたも十二の座に着いて、イスラエルの十ニの部族をさばくのです。

また、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、あるいは畑を捨てた者はすべて、その幾倍もを受け、また永遠のいのちを受け継ぎます。ただ、先の者があとになり、あとの者が先になることが多いのです。」


おわりに

神のやぐらから「独身であること」―それを見る時、私たちは、周りにいる多くの人が見るのとは違った視点でそれを見ることができます。

独身には目的があり、何倍にも増し加えられた祝福があり、イエス・キリストの御国の中で非常に価値のあるものです。

また結婚はこの地上のものであるに過ぎず、神がある者を結婚に導かれないのには理由があることをみてきました。

ですから、落ち込みそうな時、もしくは人生における導きを必要としている時、神さまの堅固なやぐらに走り込んでください。

主とふたりだけの時を持ち、御言葉を通して導きが与えられるよう主に祈り求めてください。

そして今まで以上にひろい人生観を得てください。

(出典:www.biblicalresearchreports.com/singleness.php)

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追記)三谷隆正のことばより (召天される直前に執筆されたものです。1944年)


かくて幸福とは、地上においても天上においても、さかんなるいのちに充ち溢れることだ。

そのためにはわれら人間の限りある貧しきいのちが、もっと豊かな永遠的ないのちにつながれなければならぬ。

そのためにはただ見たり悟ったりするだけでなく、もっと突っ込んで、いのちを以ていのちに迫るのでなければ駄目だ。

天上においても地上においても、この挺身的な没入、そのひたむきな帰依が幸福の奥義である。

だから地上では、すべての悪と偽りとを敵にまわしての不断の健闘。

天上では勝ち誇る愛と真実との活発発地たる建設経営。

これが幸福の奥義であり、また人生の真意義である。

、、、故にすべて真実なる人生を生き、随ってまた真実なるよろこびに与りたくおもう者は、何よりもまず極めて積極的に、真実こめてこの人生を生きぬけるべく覚悟しなければならぬ。

そうしてそのためには、われらこの色身をもてこの地上にある限り、あらゆる虚偽不真実と戦いぬく覚悟をしなければならぬ。

、、そのためには肉体の健康のためにも、精神の教養のためにも、家庭のことも、社会のことも、その他各種の生活条件についても、誠実細心なる用意を配る必要がある。

真理のため祖国のため、はた又神の国と神の義のため挺身すると言っても、むやみやたらにただ投げ出しさえすれば良いのではない。

己を捧げるからには、最上の己を捧げなければならぬ。心身共に自分として力一杯磨きあげたものを奉らなければならぬ。

(結婚の意義を述べた後で)
、、、だが健康の故障やその他の原因で結婚できない人がある。

殊に今日のような戦時においては(註:1944年当時)、多数の豊かな天分を持つ婦人が、その天分を充分に活かし伸ばすべき場処を得ずして、孤独なる生涯を幸うすく過ごさなければならぬことである。

これは悲しむべきことである。けだし人は男女ともその天分のうちの最もゆかしきものを、家庭において始めて充分に伸びしめ得るもののようである。

わけても婦人はそうである。家庭は婦人のための天与の職場である。

しかるに若くして心身の備え豊なる婦人のすくなからざる数が、この天与の職場につくことができないということは、まことに悲しむべき社会問題である。

しかし結婚だけが人生のすべての意義づけの源であるのではない。

ある人々にとっては、一生娶らず嫁がず、一切の家庭的繋累(けいるい)から解き放たれて、一意専心あるひとつの仕事のために献身するということが、その人の天職である場合があろう。

あるいはまた、時世非なるがために、一生良縁を得ずして、孤独のうちに忍苦し続けて、人生の隘路(あいろ)を健歩することが、その時その人に託されたる時代の使命であることもあろう。

健康とか家庭とかいう生活条件を蔑視することは間違いであるけれども、これらの生活条件を人生の目的視するのも大きな間違いである。

人生の意義目的は健康以上結婚以上である。


(孟子の言葉を引いて)
天は若き日の夢を粉砕することによってその人の身魂を練るのだというのである。

この意味においては、真摯なる生活者の一生は失意失敗の連続であることが珍しくない。

この意味においては、人の一生は到底その人みずからのつくる所ではない。

多くはその人みずからの造ろうとした所と逆な人生である。

にもかかわらず、真摯なる生活者の真実なる一生は、その人みずからの願いしより以上に、いっそう深刻にその人の願いの通りの一生にまで完成する。

、、人の企画は浅薄幼稚である。

その幼稚なる企画が実行されずして、神の博大高邁なる深謀遠慮が実行されるということは、なんという幸福であろうか。

私は人生における蹉跌(さてつ)と失敗とを恐れない。

それらの浮沈に拘わりなしに、生くるに値する真実の人生は必ず与えられる。

真実もて求むる限り、必ず与えられる。


、、、この新しきいのちさえ与えらるるならば、健康を失っても、家庭がなくとも、職場さえ奪い取られても、われらは生気とよろこびとに溢れたぎつことができる。

しかしこの奪うべからざる幸福の鍵は、われら人間みずからの裡にはない。

、、、ただ信仰により、超越的創造の主たる神の恩賜として、ただただ恩賜として受領するよりほかない。イエスはこの受領ぶりをたとえて、幼児のごとくに受けると言った。

、、、こうした宗教的境地を通ることなしに、不壊(ふえ)の幸福をつかむことは不可能であると思う。


それにはどうしたらよいか。


真実一途の生活をすることだ。ほかに道はない。

ただただ真実の一本槍、一切の虚偽虚飾を敵に回して、終始一貫ただ真実を守って生きぬくことだ。


しかる時たとえもし一生を苦しみ通し、悩み通すことありとも、それは深く祝福せられたる、充ち足らえる一生であるであろう。

なぜならば真実なる一生にも増して神の祝福に値するものは他にないから。


三谷隆正『幸福論』(岩波文庫)第6章より一部抜粋








ひとつの望み

胸の中で いまも時々うごめく ひとつの望み


はい、主よ、知っています。

それに対するあなたの答えはノーであったことを。


もはや私はあなたと争っていません。

あなたのみこころは いつもよいのです


その望みを 小さな箱にいれて 

お墓に埋めました。


ああ、でも主よ、私はいまだにその箱のふたを閉めることができずにいます!


もしかしたら もしかしたら いつの日か

あなたが 考え直してくださるんじゃないかと思って、、、


でも、今日 知りました

あなたの答えは 岩のように堅く
 
なにをしても動かすことのできないことを


おお主よ、私は よわき娘です

どうか私の手を握って 私といっしょに ふたを閉めてください


そして あなたの御手で 

その箱に 永遠の鍵をかけてください


どうしても必要な一つのこと

天にいたる 一つの道


その一つに向かって 私を前進させてください


もう後ろは見ない

後ろに置いてきたものも 見ない


麗しき王、花婿イエス 

天の宝 美しさのきわみ


主よ、どうか このちいさきはしためを覚えてください


あなたに到達する日まで
 
あなたに到達する日まで






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ピルグラム・マールペック(Pilgram Marpeck, ?-1556)は、16世紀の南ドイツにおける重要なアナバプテスト指導者です。

歴史家のウィリアム・エステップ氏も、マールペックのことを高く評価しており、「南ドイツのマールペックは、オランダ・アナバプティズムの指導者メンノ・シモンズに匹敵する存在だ」としています。

マールペックはつい最近までほとんど忘れ去られた無名の存在でした。

しかし数十年前に、ヨーロッパの図書館で、彼の書物が発見されたことから、彼はにわかに脚光を浴びるようになりました。

400年という長い沈黙の時を破って、このユニークなキリスト教思想家は再び現代人に語り始めたのです!!

マールペックの人物と思想というテーマで、バプテスト教会の先生が非常に興味深い記事を書いていらっしゃいます。興味のある方は、ココをクリックしてお読みください(英語)。

すぐれた鉱山・土木技師でもあった彼は、1528年頃、幼児洗礼の非を悟り、アナバプテスト運動に加わります。そしてそれによって政府の職をはく奪されました。

私にとってマールペックの魅力の一つは、彼の視野の広さ、また主義主張の異なる他者の立場を理解しようと努めるその柔和な心の姿勢です。

彼はストラスブルグの有名な宗教改革者ブツァー(Martin Bucer)とも平和の内に対話を続け、またアナバプテスト内でも、さまざまな霊的潮流に直面しつつ、それぞれの指導者たちと意見を交換し、かつ議論しました。

ブツァーとは、政教分離および、旧約と新約の関係についての理解で意見を異にしておりさかんに議論しました。マールペックははっきりと政教分離の必要を説き、政府が教会のことに干渉すべきではないことを主張しました。

また当時、ルターとツヴィングリの、聖餐をめぐる細かい議論にうんざりしてしまった人々が、「クリスチャンは、そういう外面的なことより、霊的なこと、内面的なことを大切にすべきだ。」と主張するようになっていました。

しかしその傾向がやがて極端化し、ある人々は「自分さえ霊的に恵まれればいい。」という霊的個人主義に陥り始めたのです。

またこの教えは、「(幼児洗礼ではなく)信仰によるバプテスマこそ正しい洗礼のあり方だ。でも、バプテスマを受けると処刑される。ああ、どうしよう。」という当時の切迫した状況に、ある種の逃げ口を用意することにもなりました。

というのも、この教えから、「儀式としての外面的なバプテスマは重要ではない、唯一大切なのは内面的な意味において心にバプテスマを受けることなのだ。だから、水によるバプテスマは受けなくてもいい。」という結論が導き出されたからです。

こういった極端な傾向に関して、マールペックは警告を鳴らしました。そして内と外、そのどちらも欠かせないものであること、どちらかに偏るのではなく、両者のバランスを取るべきことを説きました。

そして霊的個人主義に陥った人々がないがしろにしがちであった貧民救済という点においても、彼は自らそれに積極的に従事しました。

また、これとは反対に、律法主義に傾きかけていたアナバプテストのグループも当時存在していました。こういう人々に対しては、御霊による自由および、愛がすべての中心であることを忘れてはならないと警告しました。

さらに財産共有を実践していたグループに対しては、「各人の自発性なしに人々を強制してはいけない。各信者の選択の自由が尊重されるべきだ。」ということを主張しました。

また当時アスザス、モラビア地方に起こっていたリベルタリアン主義(→恵みを放縦に変える教え、〈超恵み〉Hyper-graceの教えの16世紀バージョンです!)の説教者たちに対してもマールペックは警告しました。

今回、私が翻訳した作品は、マールペックが当時の混沌とした政治状況の中で、クリスチャンは国家とどのように関わるべきか、クリスチャンは武器を取って戦ってもいいのか、、といった問題を正面から取り扱った小冊子です。

この小冊子が書かれた当時の歴史的背景については、はしがきの所で、編者がとても分かりやすく書いていらっしゃるので、ここでは省略します。

編者も述べているように、本書は、当時起こった、ある特定の出来事に対する応答として書かれたものでありながらも、ある種、時代を超越するものがあります。

私は次のような問いを持ったクリスチャンの方々にぜひ本作品を読んでいただきたいと思います。

―クリスチャンは政治に関わるべきなのか、否か。

―クリスチャンは、国家権力と直に結び付いている職業(軍人、警察官など)に従事しつつ、同時に山上の垂訓(マタイ5-7章)の倫理に従って生きることがはたして可能なのか。

―クリスチャンは、「正義」のために武器を取ってもいいのか。そのために人の血が流されることと、「敵を愛しなさい」というイエス様の御言葉に矛盾はないのか。

―クリスチャンは、(デモ行進なども含めて)反政府運動に従事することが許されているのだろうか。その行為と、ローマ13章との間に矛盾はないのだろうか。

これらは、16世紀のクリスチャンたちが考え、悩み、議論し、祈り求めた問いでした。そしてマールペックが生涯を通して追求した問題でもありました。

さあ、これからご一緒に、マールペックの声に耳を傾けていきましょう。

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ピルグラム・マールペック著 『まことのキリスト教の勝利、平和、そして力』

(原題:Die Aufdeckung der Babylonischen Hurn アウグスブルグ、1540年)

本原稿は、英語版The Triumph, Peace, and Power of True Christianity (translated by Peter Hoover, Edited by Edsel Burdge, Second Edition, PA: Benchmark Press, 2001)からの重訳です。翻訳の許可を与えてくださった訳者ピーター・フーバー氏、および編者エドセル・ブルジ氏に、この場をかりてお礼申し上げます。

目次
1 はじめに
2 タイトルページ
3 まことのキリスト教の勝利、平和、そして力
4 あとがき(文献案内)

1.はじめに

1517年、サクソン州の修道僧であったマルティン・ルターがウィッテンベルグ教会の戸に95カ条の論題をくぎ付けにしました。

その後、これが口火となり、やがて西洋キリスト教世界が引き裂かれていくなど、当時のルターには知るよしもありませんでした。

戦線が引かれるや、ルターと彼の追従者たちは、ローマ・カトリック教会のうちに、ヨハネの幻であるバビロンの大淫婦の成就を見ました。

それから数年にわたり、ルターのペンによる一連の小冊子によって、宗教改革には方向付けがなされました。

1522年に彼の訳したドイツ語新約聖書が発行されると、改革はさらに前進していきました。今や、読み書きのできないドイツの民衆でさえ、改革教会の朗読台から読み上げられる聖書のことばを定期的にきくようになったのです。

そしてキリストの御言葉をきく中で、民衆たちは、正義と平和によって統治された新しい王国についての約束を耳にしたのです。

そして農民たちは、純朴にも、教会の改革というのは、福音書に記されているやり方に倣って、公平な社会を再構築することでもあるのだと思ったのです。

しかし悲しいかな、彼らの期待は裏切られました。というのも、ヨーロッパはまた、経済革命のただ中にもあったからです。

この変革に乗じてうまい汁を吸おうと、君候や領主たちは、小作農から絞るだけ絞り取り、みずからの資本を最大限にまで増やそうとしました。

その結果、社会は公平になるどころか、ますます不公平なものになっていったのです。

1525年、南ドイツの農民たちは一揆を起こしました。そしてストを行ないつつ、神の法に基づいた変革を要求したのです。

こうした反乱が起きた責任を問われ、自らの改革が損なわれるのではないかとおびえたルターは、諸候たちに向かって、反乱者どもを「叩き潰せ、絞め殺せ、突き刺せ!」とけしかけました。

もとより君主たちはそんな激励などほとんど必要としていませんでした。こうして農民一揆は、流血の惨事となったのです。

そして裏切られたと感じた多くの農民たちは、その後、ルターの改革に背を向けることになりました。

農民たちに対して躊躇なく武力を行使するようにと促していた改革者たちですが、それから数年もしないうちに、今度は逆に、その武力行使の矛先が自分たちに向けられるという脅威に立たされたのです。

自分の領土からルター派を駆逐することにしたチャールズ5世(神聖ローマ皇帝カール5世)は、ルター派に敵対する法令を施行しました。

ルターを支持していた当地のドイツ諸侯たちは、皇帝に対抗する軍事同盟として、1531年、シュマルカルデン同盟を結びました。

農民一揆の間は、皇帝および国家権力に徹底して従うよう、あれほど主張していたルター派神学者たちは、武力行使に関する自分たちの神学をあわてて見直しました。

というのも、今度は、抵抗運動を正当化しなくてはならなくなったからです。

こういった最中に、ストラスブルグのアナバプテスト指導者ピルグラム・マールペック(Pilgram Marpeck)は、この小冊子(原題はAufdeckung der Babylonischen Hurn=バビロンの淫婦を暴く)をしたためました。

アナバプテスト運動は、1525年、スイスのチューリッヒにて誕生しました。

コンラート・グレーベル、フェリクス・マンツ、ゲオルグ・ブラウロックに率いられた真摯なキリスト者たちの小さな群れが、神の御言葉を読む中で、「信じた人だけが、バプテスマを受けるべきだ。」という確信するにいたったのです。

市参事会の禁止法令があったにもかかわらず、彼らは「真のバプテスマ」をもって、お互いに洗礼を施しました。

この一見して無垢な行ないは、その実、革命的な行為でした。

これは、――何をもって人はクリスチャンとされるのか――という疑問を投げかけることにより、ヨーロッパにおける宗教基盤全体に揺さぶりをかけたのです。

それははたして水のバプテスマによって幼児に洗礼を施すことによってなのか。

それとも、人が真理を悟り、悔い改め、キリストを信じ、そして洗礼を受けることによって、クリスチャンとなるのか。

チューリッヒ当局は、市の改革者であるウルリッヒ・ツヴィングリの教唆を受け、迅速にアナバプテスト弾圧に乗り出しました。

しかし相続く苦境に追い込まれながらも、彼らは福音を伝え、バプテスマを施しながら、チューリッヒから各地へとひろがっていきました。

南ドイツにいた農民たちは、こういったアナバプテスト説教者のメッセージを熱心にききました。

彼らのメッセージは本当に「よい便り」だったのです。迫害の恐れがあったにもかかわらず、多くの農民たちは、罪と自己中心の生活をやめ、キリストに従い、同胞信者と共に生きる者へと変えられていきました。

しかし残念なことに、武力行使の問題をめぐって、彼らの間に意見の不一致が生じました。

キリスト者(キリストに従う者)は、行政官としての公職に就いたり、防衛のために武力を行使したりすることがゆるされているのか?

この問いに対し、アナバプテスト指導者バルターザル・フープマイアーとSchwertler(→武器を持つ者という意)と呼ばれる彼の支持者たちは、「しかり。武力行使はゆるされる。」と主張しました。

一方、他のアナバプテストは、「いや、クリスチャンはキリストに従い、武器を持たない生活をすべきだ。」と言いました。

こういったアナバプテストは、Stäbler(→旅に出る時、つえを持参していたことから、この名がつけられました)と呼ばれました。

1528年のフープマイアーの殉教と共に、Schwertler派は分散しました。そして1530年までには、南西ドイツのアナバプテストは大方、Stäbler派に属するようになっていました。

1532年に追放令を受けるまで、マールペックは、ストラスブルグにおける武器を持たないアナバプテスト集会における指導者を務めていました。

ストラスブルグ市がシュマルマルデン同盟参加を決定し、その結果、市ならびに宗教当局から、アナバプテストに対する厳格な取り締まりが始まったことへの応答として、1531年頃、マールペックは、本小冊子を執筆したとされています。

当時起こった、ある特定の出来事に対する応答として書かれたものでありながらも、マールペックの鋭い視点には、ある種、時代を超越するものがあります。

「クリスチャンも自衛のため、またキリストゆえ、武器をとることができる。」という、不誠実な教会(バビロンの淫婦)のまことしやかな議論にだまされることのないよう、私たちもまた、彼の警告に耳を傾けるべきだと考えます。

私たちがキリストに忠実であり続け、主イエスの歩まれたように、苦しみの十字架を背負うよう、マールペックは私たちを鼓舞しているのです。

さらに、16世紀に、武器をとらないクリスチャンに対して投げかけられた反論は、今日においても同様のものです。

ですから、こうした反論に対する彼の応答は、当時においてと同様、今日でも新鮮かつ妥当なものなのです。

昔と同じように今も、まことのキリスト教の勝利は、私たちが――私たちの勝利の王でもあられる――苦しみの小羊に従いつづけるか否かにかかっているのです。

ペンシルヴニア州シッペンスブルグにて   編者エドセル・ブルジ・ジュニアー

2 タイトルページ

バビロンの淫婦の暴露、反キリストの古きそして新しき謎、ならびにまことのキリスト者の勝利と平和と力について。

彼らがいかにして当局に従うのか。いかにして騒動を起こさず、もしくは自衛することなく、十字架を背負うのか。

またいかにして、彼らがそれを、キリストと共に、忍耐と愛をもって背負うのか。

神が称えられるため、そして真に主を求めている者の力となり励みとなるべく、これらを明るみに出す。


カイザルのものはカイザルに返しなさい。そして神のものは神に返しなさい。(マタイ22章)

暴虐を図る者たちとかかわりあってはならない。(箴言24章)


※英語訳は、Aufdeckung tract第2刷(アウグスブルグ、1540年)より翻訳されました。

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3 まことのキリスト教の勝利、平和、そして力 (本編)

こういった危険な終末の時に、私たちが真理を理解し、心から真理を求めることができるよう、神が恵みを与えてくださいますように(マタイ24章)。

大きな惑わしがくるために、選ばれた者でさえ、日数が少なくされないのなら、持ちこたえることはできないだろうと主はおっしゃっています。主よ、早く来てください!

この時を終わらせたまえ!あなたの選ばれし者のために、時を断ち切ってください!あなたのみこころがなりますように。

時が終わりに近づき、裁きがもうここまで来ていることは、(御言葉の証しをさておいても)全ての人の知り、感じているところです。神のみ業がそれを示しています。

主の大いなる恐ろしい日について語った預言者の言葉に全ての被造物が恐れおののいたように、彼らが恐れおののくのはそれだけの根拠があるのです(イザヤ24章、ヨナ2、3章、ゼパ1、2、3章)。

失われ、邪悪かつソドムのようなこの世がこのことを真剣にとらえておらず、それについて何ら手立ても打たないということ自体、主の御言葉がいよいよ成就しつつあることのさらなる証拠です。

こういった終わりの日は、ロトやノアの日のようです。人々は(恐れることなく)食べたり、飲んだり、めとったりしていますが、突然の破壊は、やがて彼らすべてに臨むのです(ルカ17章)。

この世はひどい腐敗で満ちています――こういった腐敗は以前なら隠されていたような種類のものです。それに加え、この世に染まった教会は、その恥をさらしつつ、自分の正体を明らかにし始めています。

それは、これまでずっと隠れて淫売にふけっていた女が、突然、開き直って、厚かましくも自分の情事を開けっぴろげに言い始めたようなものです。

今や彼女は売春婦の衣装を着込み、何千もの商売上のトリックを使って、人々をくどき騙そうとやっきになっています。彼女は全世界を誤りと惑わしへと導いていっています。

全ての国は彼女の姦淫のワインに酔いしれ(黙17、18章)、自分たちのやっていることに恐れを覚えたり、良心の呵責を感じたりしている人はほとんどいません。

まことの知識は、神への畏れから生み出されるのです。

ここ、そこと弱いクリスチャンが集まっている所には、今も神の力が働いています。しかし、悪賢い淫婦は、誤りのしみで人々の衣を汚そうとやっきになっています。

クリスチャンのいくらかは信仰から離れていきましたが、ヨハネの言うように、彼らはもともと私たちの仲間ではなかったのです(Ⅰヨハネ2章)。

パウロの言っているように、キリストにあって私たちの持つ自由をうかがおうと(ガラ2章)、淫婦は、多くの偽りの教えや巧妙な言い回しでもって、私たちの脇を歩いているのです。

彼女の姦淫によってみずからを汚さない者は幸いなるかな。なぜなら、そういった人々は小羊の血潮によって買い取られたからです(黙14章)。彼らをご自身の初穂にしようと神は彼らを買い取られ、小羊の力を通して彼らを救われたのです。

すべての選ばれし者をご自身のもとにお呼びになられる方は、唯一、主の主だけです(使徒17章)。主にとこしえまでも栄光あらんことを。アーメン。

淫婦、花嫁、そして蛇

古く赤いローマの淫婦について述べますが、彼女は、長い間、キリストの花嫁にさえなりすまし、自分自身および彼女と共にいる多くの人をだましてきました。

しかし今や義なる花婿であるキリストが、彼女および仲間の連中を追い出し糾弾しており、ご自身の血潮および苦しみを通して、新しい民と契りを結んでいます。

しかし、古い蛇もいそがしくしています。

神の新しい民(プロテスタント教会)があらわれるや、蛇はすぐに新しい策略をもって近づいてきました。

しかし私たちの花婿であるイエス・キリストは、十字架上での死を通して、蛇および蛇の世的なやり方に打ち勝ちました。主は信仰を通してこの世に打ち勝ったのです。

今や蛇と淫婦(エゼキエル23章)および彼らの子たちは、今となっては、ただ眺めるより他何もできなくなりました。というのも、純朴な信仰は彼らの策略をみごとに見抜くからです。

彼らの巧妙な策略は、まことの神の子たちの知るところとなってきており、――神を称え、誠実な者を力づけるために――これからその事に関して、詳述していこうと思っています。神が恵みをくださらんことを!

古い蛇は、世を惑わそうと、偽りのキリストの花嫁を打ち建てるのに手を貸しました(黙20章)。

蛇は長い間、この方法でやってきましたが、自分の時が短いことを知ると、自分の仕事を手っ取り早くやりとげるために、自分の手先(偽預言者たち)を通して、部分的に自分の正体を現しました。

この方法で、蛇は実際、神の子どもたちの益となるようなことをしたのです。つまり、蛇は、自分の手先(預言者たち)の口を通して――幼児洗礼や教皇の偶像礼拝のわざ等――自分自身の考え出したいんちきを、非難させたのです。

しかしこういった(偽)預言者たちは、自分たちの追従者のために、物事をクリアーにしてあげるのではなく、かえって――取るに足らない細かい点をめぐって――激しい口論をするよう彼らを仕向けました。

彼らは、聖餐の(パンとぶどう酒の実質を)二種類に分けるべきなのか、聖杯なしでやるべきなのかとかいった詳細についてああだこうだと議論を始め、こういった議論によって、全世界を混乱に陥れました。

そしてサタンは、自身の目的を果たすため、こうした状況を利用しました。

私たちが内側にもっているもの

マルティン・ルターは、聖餐式のやり方、パンとぶどう酒の要素のことなどについてのめり込み過ぎてしまったため、その聖餐をいただく実際の人間――不品行者、暴食家、酔っ払い、ばくち打ち、殺人者、裏切り者、独裁者、嘘つき――のことはてんでお構いなしという状態になってしまいました。

そして最終的に、すべての物、すべての人を、聖なる交わりと呼ぶようになってしまったのです。

ルターは、聖餐を正しく守ることで、彼の追従者が本物のクリスチャンになるのではないかと期待していました。でも何を食べるか飲むかということでは、私たちの性質に変化は起こらないのです。

ただ霊的に何をいただくかということを通してのみ、私たちの魂は変えられるのです。そして私たちの内側にあるものが、実を結ばせるのです。

ルターおよび彼の追従者たちは、御言葉を引き合いに出しながら、一般民衆が武器を取り、雄々しく自己防衛するよう説き伏せました。

彼らは、人々をして、彼らが心身共に、武力に寄り頼むことをよしとなさしめ、また、君候や諸都市が皇帝に反旗をひるがえす原因をつくりました。

ああ、偽預言者およびその追従者たちが、神の名によって戦いはじめると、どれほど多くの血が流されることでしょう!(エレ6章、エゼ22、23章)

主キリストは、ご自身に従う者たちが、反撃しないことを望んでおられ、こういった全てのことから彼らを導きだそうとしておられます。主は彼らが十字架の下に平安を保ち、御翼の陰にとどまるよう望んでおられるのです(詩17,57篇)。

小羊であるキリストは、人々がご自身を殺すことをゆるされました。そしてこの世の終わる時まで、忍耐をもって苦しみを甘受しておられるのです(ルカ17,黙13)。

この世の指導者たち、ピラト、ヘロデ、アンナス、カヤパはみな結束して主に危害を加えようとしました(ルカ23章)が、キリストは彼らの権力にご自身を引き渡し、みずからの権力を用いて彼らに報復するようなことはなさいませんでした。

むしろ主は、カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返すよう言っておられます(マタイ22章)。神の報復にかんすることをのぞき、地上の支配者には全てを治める権威が与えられていると主は教えておられます。

報復に訴えることができるのは神だけであって、いかなる人間もそうすることは許されていないのです(ローマ12章、ヘブル10章)。

神は、カイザル以外のいかなる者にも、権力や地上での支配権をお与えになっていません。カイザルおよびこの世の政府は、ダニエル書で預言されているように(ダニ11章)自分たちの時の終焉まで、この世を統治します。

その後、神の怒りがすべての人の上に臨むのです(イザヤ24章)。しかしその時がくるまで、すべての肉は、カイザルの権力と統治を必要としています。

それとは反対に、イエス・キリストはこの世の相続地もしくはこの世の国々を支配したり、裁いたりはされません。主に従う者たちが(この世から)良い待遇を受けようとも、悪い待遇を受けようとも、彼らはただひたすら忍耐と愛でもってそれらに答えるのです。

彼らは持てるものすべて――みずからの肉体やいのちでさえも――、この世の権力に服従させることをよしとしているのです。つまり、キリストに対するまことの信仰に関することを除く、全てです。

どんな人間といえども、キリストに対する信仰のことで、他の人を強制したり支配したりしてはならない。というのも、それは地上での人生ではなく、永遠のいのちにかかわる問題だからです。

神ご自身、天地に存在するいかなる被造物からも永遠のいのちを取り去るようなことはなさりません(ローマ8章、マタイ10章)。

真のクリスチャンは、永遠のいのちにみずからの希望を置いているので、地上での人生のことで自分の権利をとやかく主張しはしないのです(ヘブル11章、ルカ10章、コロ3章)。

そして現在、多くのクリスチャンが、そのような選択をしています。神がほめたたえられんことを!

キリストの裁き

「福音主義者」、教師および説教者のみなさん。私はみなさんに、ただひたすら、十字架に架けられた、忍耐深く愛に満ちたキリストをご提示したいのです。

キリストを宣べず、説くことをしない人は、主に逆らう者です。――その人が従来の教皇であるのか、新しい教皇であるのか、その人がキリストご自身のように神の御言葉に通じているのか否か、、、そういったことは関係ないのです。

私たちは十字架の下で、柔和にして謙遜なキリストを知るにいたりましたが、誰であれ、そういったキリストを宣べ伝えないなら――たとえ、その人がどんなに「福音主義的」であったとしても――、その人はキリストの裁きの下に倒れるのです。

彼らは終わりの日に言うでしょう。

「主よ。私たちはあなたの名によって預言をし、悪霊を追い出し、あなたの名によって飲み食いしたではありませんか。」

しかしキリストはこう答えられるでしょう。「不法をなす者ども。わたしから離れて行け!わたしはあなたがたを全然知らない」(マタイ7章、ルカ13章)。

十字架の狭い門を避けようとしている人、そして他の人をもそこに入らせないようにしている人が、キリストの裁きについてよりよく理解することができますように。

もしこういった人々がみずからのうちに真の信仰を持っているのなら、彼らははっと驚愕するにちがいありません。というのも、キリストは何よりもこういう人々に向かって、はっきりと裁きを宣言しているからです。

(つまり――キリストのことを口先ではいろいろ言いつつも、狭い門から入ろうとせず、他の人が入るのも阻んでいるような(マタイ7:23)――新しい「福音主義」の説教者およびその追従者のことをいっているのです。)

偽りの福音主義者たち

こういった「福音主義者たち」は、聖書や教義を引っぱり出して、一般民衆の手に剣を握らせていますが、ユダの手紙によれば、こういった人々はコラの反乱と共に滅んでしまうのです。

諸都市や君候たちを戦に駆り立てることで、彼らはカインの誤りの内を歩み、その中で滅んでしまうのです。

バラムの預言者たちの声に耳を傾けてしまったがために、彼らは今後、農民一揆以上の、血の惨劇そして恐怖の内に落ち込むことでしょう。

彼らは、キリストゆえではなく、あくまでコラの反乱ゆえに滅びていくのです。どうか主が、ご自身に従う者たちを、こういった人々の間から導きだしてくださいますように!

私は、過去、こういった「福音主義」説教者たちの著述や説教から多くを学びました。

私はかつて頑強なローマ・カトリック教徒でした。福音主義者たちの教えにより、私はローマ・カトリシズムが誤っていることに気づきました。しかし、それは私をただ肉の自由に導いただけでした。

以前のように自分の良心に固くとどまるかわりに、私はそういった教師たちと飲み食いすることに呵責を感じなくなったのです。

今や自分は立派なクリスチャンになったのだと思い、そのために手あたり次第、著述をかき集め、カトリシズムを批判しました。私のこういった理解を、皆ほめてくれました。

しかし口に入る物ではなく、心から出てくる物によって私は自分自身を汚していたのです(マタイ15章)。

私は、秘密ざんげや、教皇支配といったものに対する「福音主義者」の立場を嬉々として受け入れました。実際、まことのキリスト精神を持たずしても、そういうことはできたのです。

私はまた福音主義の教えの多くを受け入れました。それらはいずれも正しかったのです。

しかし、キリストの十字架の奥義と狭い門については語られず、説かれもしていませんでした。

そしてそれは今日においても福音主義の陣営でそうなのです。彼らはこういった十字架の道について完全に沈黙を保っています。しかし十字架の道こそバビロン捕囚の民をエルサレムの自由民へと導くものなのです。

それだけでなく、もし誰かがこれについて口を開こうものなら、この人は彼らによって迫害され、死刑執行人の元に引き渡されるのです。

こういった「福音主義」の説教者たちは、不法を行なう者であり、そういった人々に対して、キリストは「わたしから離れて行け」(マタイ7章)とおっしゃったのです。

中途半端な福音を説く人は、交差点で間違った方向を指し示している手のようなものです。

十字架の道

福音主義者たちは自己防衛のため、諸候や君候、諸都市の保護のうしろに居座っていますが、そうすることでキリストの十字架のリアリティーを失っているのです。

私たちはキリストの十字架の下においてのみ、忍耐を学び、すべての不安を克服することができるのです。

小羊であるキリストは、十字架の上で勝利されたのであって、互いに戦い歯で互いを引き裂くようなライオン、熊、オオカミ、犬のようではなかったのです(黙17章)。

ああ、わざわいなるかな、やがて必ず現れる反キリストの教え、そしてその国は(Ⅱテモ手3章)!

目のある人はどうか見てほしい。耳のある人はどうか聞いてほしい。

欺く者や騒ぎを起こす者がはたして神の小羊に従う者であるのか、それともおそろしい獣に従う者なのかを見極めてほしい!神の子どもは、こういう人々と関わりを持たないのです。

誰もあなたを惑わすことがないようにしなさい。敵に対して悪を望むようなことをせず、彼らに良くしてやり、それも心からしてあげなさい。あなたを裁く方はただお一人であり、その方は天にいらっしゃるのです。

この世の支配者がみずからの権力(神は支配者がこういった権力を行使することをお許しになりました。ローマ13章)を行使する時、また、神の命ずるところに従い、正しく剣を用いるなら、その時、あなたは彼らの保護下にあります。

しかしこの世の支配者が不正なやり方で剣を用いる場合、また彼らが善人を罰する一方で、悪事を働く者を釈放してやり、偽り者を好んで、真理を迫害するなら、その時あなたがすべきことは――彼らの回心を呼びかけること――これだけです。

報復は神に任せなさい。支配者はこの神に仕えるよう召されているのです。

キリストは、あなたに一切、剣(武器)をお与えになりませんでしたし、自己防衛の手段もお与えになりませんでした。それ以外のことを教える人は、嘘つきであり、欺く者です(Ⅰヨハネ4章、Ⅱヨハネ1章)。

十字架の下で忍耐する道以外のところで、キリストを見つけようとする人は、主を見い出すことはできないでしょう。

木造りの十字架と道標が、私たちの道案内であるように、十字架とキリストの御手が、主にいたる道に私たちを導いてくれるのです。

さらに言うなら、キリストの十字架は静止したままではないのです。この十字架ははじめから私たちと共にあり、終わりに至るまで、私たちと共に同行してくださるのです。

十字架の道は、真理の道です。

そしてこの真理により、いのちが生み出され、
いのちは、信仰によって生じるのです。

信仰は徳を生み出し、私たちにキリストを知らしめてくれます。

「その永遠のいのちとは、彼らが唯一のまことの神であるあなたと、あなたの遣わされたイエス・キリストとを知ることです(ヨハネ17:3)。」

財産と自己防衛

キリストおよびキリストの教えを知ることは、肉に従って生きないということを意味します。

それは自分の財産にしがみつくのではなく、新生し、それを通して、私たちがこの世のあらゆる者に死ぬことを意味するのです。

自分の古き生活および財産に執着する人は、それを失うことになるでしょう。それとは反対に、それらを放棄する(神に委ね切る)人は、永遠のいのちを獲得するに至るでしょう(マタイ16章、19章)。

そういう人は自己防衛という考えをことごとく断ちきり、主であるキリストのために進んで十字架を背負うことを申し出、神の小羊に倣い、これを柔和、愛、そして忍耐の限りを尽くしつつ、忠実に行なうのです(マタイ11章)。

私たちは主を通して圧倒的な勝利者となることによって、キリストの敵に対し、みずからを防衛するのです。――時に制約されることない――私たちの勝利は、永遠のものです(ローマ8章、1ヨハネ5章)。

キリストは言われます。「喜びなさい!わたしはすでに世に勝ったのです(ヨハネ16章)。」

権力に打ち勝つことは、地上での戦いでの勝利によっては、決して得られません。戦闘で打ち勝つ者は、遅かれ早かれ、自らを支配する、よりいっそう強力な敵によって打ち負かされるのです。

というのも、地上での闘争は、キリストによって勝利に導かれるものではないからです。敵を打ち負かすのは、肉であって、この肉は――肉によって得られた勝利と共に――やがて滅んでいきます。

キリストの教えといのちが治めるところでは、肉的な支配と権力は終わりを告げます。

しかし人々が肉によって支配されているところにおいては、キリストがガダラ人の地から出ていなければならなかったように、主は出て行かなければならないのです。

そしてキリストがそうしなければならなかったのは、主のみわざが、ガラダの人々の商売(ブタを飼育すること)に影響を及ぼしたからです。私たちが救われることを望んでいるのなら、このことに留意する必要があります。

悪霊につかれていた二人の男は、神の愛と人の愛を予表しています。その両方とも長い間、サタンによって妨げられていたのです。

束縛は、財産にしがみついて離れまいとする私たちの執着心にあります。それは二人の男(ひどく凶暴だった)が、自分たちを解放してくださったキリストと共にガダラ人の村に戻っていく場面からもみてとることができます。

ガダラ人は、自分たちの地上の財産(ブタ)が損失を被ったという理由で、キリストに自分たちのところから出て行ってほしいと頼んだのです。

財産と権力

神の愛、そして同胞への愛ゆえ、財産を失うことは本来、小さな犠牲です。しかし財産を失うことへの恐れ、これが全世界を惑わしているのです。

この恐れこそ、地上において、神の愛ならびに人の愛を縛る元凶なのです。

ガダラ人の村を出て行かれたように、もしキリストが去らなければならないのだとしたら、不義がはびこることになります。愛も冷えます(マタイ24章)。

自己中心が愛にとってかわり、全ての人は苦しみます。盲目で愚かな自己中心がいかに全世界を破壊しているかということは目に見えて明らかですが、(皮肉なことに)人は誠実で愛のあるクリスチャンよりもむしろそういった自己中心な人を寛大に扱っているのです。

そして、そういった自己中心な人々をサタンの破壊的力から解放しようと努力している人々を憎んでいます。ああ、目の見えないガダラ人!全世界は盲目になっています!

この世の権力を行使することに関し、サタンはみずからの預言者を通して、うまいこと隠ぺい工作をしたいのです。

この世の権力を行使することで忠実な者を守るのだ(しかし実際には忠実な者を害するのです!)と言いつつ、キリストの御言葉とこの世の権力行使をごちゃ混ぜにしようとしています。

サタンはこう尋ねます。

「世俗権力をつかさどる政府要人の部下たちが、罪のない人々を悪から守るという、要人の任務執行に協力しないとなったら、いったいそういった政府の要職に召されている人々はどうなってしまうだろう。もし誰も彼らに協力しないとなったら、罪のない人々は危険にさらされるではないか?」と。

このようにして、サタンは、クリスチャンがこの世の為政者になってもかまわないと人々に信じ込ませているのです。

事実、「もしわが国の為政者たちが全員、本物のクリスチャンなら、この世はもっと良くなるだろう。」ということをすでに信じ込ませ、その結果、多くの誠実の人々が、サタンの引き寄せにより、キリストに仕えるという名の下に、軍事・警察機構、政府の仕事に就き、誓いを立てているのです。

これら全ての背後には、人間生来の自己本位がかくされています。

財産を所有している人々は、政府に保護してもらおうと思っています。治安維持のため、また彼ら自身および他の人々の財産を守るためには、武力行使もやむを得ないと彼らは考えています。

実際、あらゆる武力行使は、財産所有のことに由来しているのです。財産を守らんがために、この世の政府および軍事は存在するにいたったのです。

しかしキリストの共同体は、財産保持ではなく、あくまでキリストに基礎を置いています。キリストにつく者は、他の何を差し置いてもまず、キリストに服従しているのです。

したがって、霊的な人は、霊的な平安を保つために心を砕き、肉につく者は、肉的な平安の中でみずからの財産を守ることに心を砕いています。

霊的な人は、キリストにあって忍耐と愛を保ち、キリストが死に至るまで御父に従順であったごとく、父なる神に従います。

肉につく者は、悪人を罰し、この世の秩序を保つために武力を行使します。もしそうしないなら、私有財産をもっている人々の心は休まりません。

主はその善良さと憐れみゆえに、私たちに良いものしか願いたまわらないのです。そしてそのような神のおかげで、すべては相働くのです。

この世の政府の位置

神はすべての人にご自身の平安(真の平安)をお与えになりましたが、多くの人はそれを受け入れませんでした。

そのため、神はこの世に属する人々に対し、世俗権力をお与えになりました。――それによってこの世の財産を持つ者たちがお互いに滅ぼし合うのを防ぐためです。

しかし、神の真の平安は、財産にしがみつく利己的な気遣いのはるか上に存在するものであり、そういったものとは全く関係のないものです。

神はただその存在を許しておられるだけです。この世の軍事力を行使することにおいてですが、神はそれを促進しておられるわけではないのです。

軍事力の行使は、善きものではなく、悪しきものに由来しており、神は必要悪という観点からただそれを容認しているにすぎないのです。もし神がこういった不信心な軍事力をこの世から取り去るなら、社会は完全に秩序を失ってしまうということを神はご存知だからです。

それゆえ、同じくこの世に生きなければならない、ご自身の子どもたちのためにも、神はこの状態を我慢しておられるのです。

(世俗政府の)軍事力行使を神は容認しておられるのですから、神の民はたとえ命の代価を払うようなことになったとしても、それに従うよう、神は期待しておられるのです。

しかし、それ以上に、神は私たち神の民が、神のものを神に捧げること(マタイ22章)を期待しておられます。つまり、ご自身がお受けになるにふさわしい第一の忠誠および栄誉を捧げることを期待しておられるのです。

確かに私たちはこの世の政府(国家)に属する国民でもありますが、私たちはあくまで神に対して忠実であらねばなりません。

そしてこの世の政府が治めるよう召されているのは、肉の事柄に関してのみだということを覚えていなければなりません。御言葉や御霊に関する事柄においては、神のみが治めるのです。

キリストはペテロに税を納めるよう言われました(マタイ17章)、なぜなら、神―平和の神―は、私たちができる限り、すべての人と平和に暮らすようお望みだからです。

パウロがⅡコリント10章で言っているように、霊的および肉的平安は、まことのクリスチャンにとっての武器であり紋章なのです。私たちの永遠なる神は、誠実な方です。

キリストの平安

反抗的なイスラエルの民の間に平和をもたらすために、神はモーセに剣を与えられ、それによってモーセは法を執行しました。

同様の理由で、ヨシュア、ダビデ等にも剣が与えられました。――回心していない人々の間に外面的かつ一時的な平和を保つためでした。

しかし、キリストとその弟子たちには別の召しが与えられています。キリストはモーセの平和でもなく、外面的な肉の平和をもたらしたのでもありません。

そうではなく、キリストはご自身の弟子たちが互いの間に平和を持つよう呼びかけられ、こう仰せられました。「わたしはあなたがたに平安を残します。わたしがあなたがたに与える平安は、世が与えるのとは違います」(ヨハネ14章)。

この世はキリストの平安を知らず、心の平安を味わったこともありません。心に平安を宿している人のみが、迫害に耐え抜くことができるのです――たとえ、それがどんなに激しくとも。

キリスト以前には、このような平和(平安)について知る者はいませんでした。

キリストが私たちを自由にしてくださったため、私たちは平安を持つことができ、キリストがこの世を去ったことで、慰め主が私たちの元に来てくださったのです(ヨハネ16章)。

私たちは現在、不平を言わず、反抗もせず、ありとあらゆるこの世の艱難を甘受しています。なぜなら、私たちの心には平安があるからです。

まことのクリスチャンは、お互いに法廷に訴え出るようなことをして、文句を言ったり抗議したりする者ではありません。

お互いに責め合っている人たちは、真の平安を知りません。そういう人々はこの世の民です。しかしまことのクリスチャンは、心に平安を持っています。

なぜなら、キリストが彼らの主であり審判者であり、やがてキリストが全世界をお裁きになることを知っているからです(使徒17章)。

仕えるのであって、支配するのではない

キリストの務めは、モーセの務めよりもはるかに高いところにあるので、キリストに従う者は、もはや律法によって責められることがなく、また他の人を責めることもしないのです(ヘブル3、8章、Ⅱコリント3章)。

モーセの律法に基づいて責められたり、裁かれたりしているところには、キリストの働かれる余地はありません(ガラテヤ5章)。

ご自身を信じようとしないユダヤ人に対してキリストはこう言われました。「わたしはあなたがたを訴えようとしていると思ってはなりません。あなたがたを訴える者は、あなたがたが望みをおいているモーセです」(ヨハネ5章)。

キリストにしても弟子たちにしても、霊的もしくは肉的な方法で人を訴え出るようなことはしませんでした。その反対に彼らは忠実で忍耐強く、柔和な霊を宿していました。

イエスはご自身に従う者たちにおっしゃいました。「もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします」(ヨハネ8章)。

このキリストにある自由は、すべての上にあるものです。全ての被造物はそれに仕えなければなりませんが、それは支配することを欲しません。そうではなく、ただただ仕えることを望んでいるのです(Ⅰコリント9、10章)。

いとも高き主、キリスト・イエスは、支配し、強制し、裁き、責め、ご自身の前に訴えさせるために来られたのではありません。その反対に、キリストは仕えるために来られました。

そして他の人から支配され、強制され、責められ、裁かれ、非難され、虐待されることをお許しになりました。

自分たちがキリストに似た者であるか否かを知りたいですか。キリストをみてください。そういった意味でキリストは私たちが見るべき鏡です。

そしてもしそうするなら、「この世の政府に関わる仕事に従事すべきか否か」という問題はおのずから解決されるでしょう!

エリヤの霊とキリストの霊

私たちに反対する人々はすぐに――アブラハム、ヤコブ、モーセ、ダビデといった――この世の武力を行使しつつも、依然として神の霊に満ちていた人々の例を持ち出してきます。

彼らは言います。「神の霊を持っている人は誰でも、キリストの霊をも持っているはずだ」と。利己心と私有財産を守ろうと、サタンはここでも懸命に立ち働いています!

私たちの論敵が見落としている点は、当時、(上述したように)武力行使が必要だったということです。というのも、人は堕落し、すべての人は肉に従って生きていたからです。

肉的勢力および恐怖に基づく政府無しには、カインとアベルの例が示すように(創4章)、どんなうわべの平和も存在しえなかったのです。

しかし、「完了した」と言いながら、キリストが死なれ、罪および肉の働きに勝利された時(ヨハネ19章)、キリストは、肉の普遍的支配を終わらせたのです。

今や、キリストに従う者は、非難と復讐心に燃えたエリヤの霊と、新生した者に与えられるキリストの霊の違いを識別しつつ、御霊の自由のうちに歩むことができるのです。

主の霊が働いているのを目の当たりにしたイエスの弟子たちは、エリヤのように敵を滅ぼすように主に言いました(ルカ9章)。

それに対して主はこう言われました。「あなたがたは自分たちがどんな霊的状態にあるのか知らないのですか。人の子が来たのは、人のいのちを滅ぼすためではなく、それを救うためです。」

同様に、主につく者は、人を滅ぼす(殺す)ことなどできないのです。

あなたにご質問します。

復讐と裁きの念に燃えたエリヤは、神の霊を持っていなかったのでしょうか(Ⅱ列王1章)。

それともエリヤとは異なる態度をとられたキリストは、過ちを犯したのでしょうか(あなたの主張するように、神の霊とキリストの霊がいつも同じように働くとしたら、の話ですが。)

利己的な人は、隣人愛にこじつけて、自分たちのことを正当化しようともします。

つまり彼らはこう尋ねるのです。

「われわれの隣人が危険にさらされている時、できることなら、私たちは彼らを守ってあげるべきではないだろうか。神は私たちにそうする責務を課しておられないだろうか。隣人が困っているなら彼らをないがしろにしてはいけないし、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさいと神はおっしゃっていないだろうか(マタイ7章)。」

そのような人間的な論法を使って、シモン・ペテロはキリストを守ろうとしました。しかしそれに対し、キリストはどうされましたか。

主は、ペテロがこの世の力(=暴力)を使って切りつけた男に歩み寄り、この男をいやされたのです(ルカ22章)。他の人を傷つけたり侮蔑したりするような種類の愛を、キリストはお望みになっていません。

むしろ主は、私たちが最も劣悪な敵をも愛し、憎むことをしない――たとえそういった敵が私たちに何をしようとも――ことを望んでおられるのです。

キリストにある自由のもたらす結果

私たちは皆、かしらであるキリストの下にあってひとつの体です。もし一つの肢体が苦しむなら、私たちは皆それと共に苦しみます(Ⅰコリント12章)。

忍耐と愛がこの体を治めており、他のすべての人に対しても、キリストにある忍耐と愛をもって接するよう促します。私たちは敵を害することなどできません。

もしお互いを守るために彼ら敵を害するなら、私たちはキリストのうちにはおらず、この世の如き、肉的連合――「もしあなたが私を助けるなら、私はあなたを助けよう」といった連合です――のうちにあることになります。

まことのクリスチャンは、敵であろうと味方であろうと、自分たちの助けが他の人に危害を加えない限り、最大限、相手を助けます。兄弟愛の精神は、彼らの間にあって決して欠けてはいません。

実際、キリストに従う人々は相手を助けることにおいて徹底しており、必要ならば相手のために死ぬ用意もできているほどです。キリストにある完全な愛は、友にも敵にも及ぶのです。そしてこれがキリストにある自由および主との霊的つながりがもたらす結果なのです。

キリストは、天におられる御父より愛の賜物を私たちに伝えてくださいました。私たちの魂がキリストに従順になると、私たちの血肉もまた主に従順になります。そして支配者になったり人々を従わせたりすることは全く私たちを魅了しなくなります。

キリストをおいて他に、私たちを魅了するものは何もないのです。私たちの肉体は弱いですが、霊は燃えているのです(マタイ16章)。

肉的支配が未だにキリストの御国とごちゃ混ぜになっている所では、キリストの死は、なんら効力をもちません。十字架上での死により、キリストは従順、忍耐、そして全ての人に対する愛の道を学び、かつそれをお教えになりました。

昨今、多くの人が聖書の御言葉から(武力行使の正当性を)立証しようとしていますが、そういった主張とは反対に、キリストはこの世の力(武力)を全くお用いになりませんでしたし、支配するためにこの世に来られたのでもありませんでした。

キリストがどのように財産や政府を取り扱っていたのかをよく調べれば調べるほど、キリストがそういったものに関与しておられなかったことが分かるようになります(マタイ20章)。

争いと不和の原因

まことのクリスチャンに反論する人々は、そういったクリスチャンのことを無政府主義者(アナーキスト)だといって非難します。

また、十一税を払っていない、誰からも支配されたがらない不従順な個人主義者だ、権力に飢え渇いている、、などと非難します。さらにこういったクリスチャンは自分たちのことを「ユダヤ人の王」と呼んでいるのだと、彼らは言っています。

サタンが、どんな思いつきを持って、キリストおよび弟子たちを責めたのか考えてみてください!

この世の人々や自分はクリスチャンだと公言している人々に一つ質問します。

地上的な権力に対する渇望が、あなたの争いや不和の原因ではありませんか。

自分の上に君臨する政府に腹を立てつつも、こと私有財産に関しては、その政府に守ってもらいたがっているのは、他ならぬあなたではないでしょうか。

この世の秩序を維持することのできる政治権力というのは、世から怒りを買うものです。なぜなら、神はそういった政権に、裁き、罰する権利を授けられたからです。

しかし、その裁きや懲罰は、正しいこともあれば間違っていることもあるのです。

神より権威をいただいたピラト(ヨハネ19章)は、罪なきキリストの裁きの座につきました。

しかしキリストはピラトに訴えかけることをしませんでした。子羊のように、この世の権力者に宣告されるままに、主は苦しみをお受けになりました。

同じように、神の小羊は、この世の終わりまで苦しまねばならないのです。ペテロもパウロも私たちに、キリストのように死に至るまでこの世の権威に従うよう呼びかけています(Ⅰペテロ2章、ローマ13章)。

私たちは暴力を甘受しなければならないかもしれません。しかし、他の人の上に君臨したり、彼らに暴力(武力)をふるったりしてはならないのです。

さあ私に答えてください。どちらがより政府に対して従順ですか。

――自分の権利が守られることをひたすら要求し、不当な扱いに甘んじまいとする人。もしくは、自分の権利に対する主張をせず、神の愛にうちに一切を忍ぼうとする人、です。盲目な人々よ、答えてください。

キリストの道と世俗権力の道

惑わしを受けている人々は、自分がクリスチャンであるといって誇っています。

彼らは自分たちがキリストの御霊によって統治されていると言いながら、誰か別の人に統治をお願いしているのです――その誰かというのも、キリストの御霊を持たず、世俗権力をもって統治しようとしている人なのです。

彼らは異邦人に倣って王を欲しています。でもその王にあれこれ指図はされたくないのです。ただ守ってほしいのです。

サムエルがイスラエルの民に言ったことに耳を傾けてください(Ⅰサム8章)。

異邦人に倣い、イスラエルの民が、自分たちを守ってくれる支配者を求めた時、サムエルは、そういった支配者が権力を行使して、やがて彼らに行なうであろうことを警告しました。

しかしイスラエルの民が(サムエルではなく)神を拒絶したことをご存じの神は、懲らしめとして、民が求めたまさにそのもの(支配者)をお与えになりました。

同じように、キリストの弟子たちが主の杯から飲もうと願った時、主は忍耐強く、それをお渡しになりました。それは主の苦しみの杯だったのです(マタイ20章)。

人の子は、ご自身に従う者を、美しいやり方で、つまり御霊によって治められます。主はご自身に従う者にこう言われました。

「あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者と認められた者たちは彼らを支配し、また、偉い人たちは彼らの上に権力をふるいます。しかし、あなたがたの間では、そうでありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい」(マルコ10:42-44)。

御霊によって懲らしめを受け、矯正されることを自身に許さない人、また主の御言葉の助言に耳を傾けない人は、クリスチャンではありません(ヘブ12章)。

従って、そういう人は今もって律法に従属しなければなりません(ガラ3章)。

主の御言葉だけがクリスチャンの判断基準であり、剣です(エペソ6章、マタイ10章)。

まことのクリスチャンは自己防衛のため何ら用いません。この事実を軽んじる人は、キリストを軽んじており、キリストを軽んじる人はキリストをお遣わしになった御父を軽んじているのです(マタイ10章)。

それはちょうど、イスラエルの民がサムエルではなく、神ご自身を軽んじていたのと同様です。キリストにあって、私たちはサムエルやモーセ、族長、預言者たち以上のものを有しています(マタイ12章)。しかし人々は主を拒んだのです。

世俗権力を用いる指導者たちを神に求めるクリスチャンはしかと知るべきです。――そういう指導者たちは情け容赦なく統治するということを。

そういうクリスチャン自身、一度統治する機会を得たなら、苛酷に治めることでしょう。というのも、そういったクリスチャンはキリストの道を選ばず、世俗権力の道を選んでいるからです。

キリスト、律法の終わり

イエス・キリストはユダヤ人と異邦人を隔てていた壁を打ち砕かれたので、主はユダヤ人と異邦人の律法をよせ集め、二つのものを一つにしました(ローマ8章、エペソ2章)。

この律法のくびきから自由にされる唯一の道は、キリストが私たちに新生を与えてくださることです。つまり、私たちの古い魂と命が死に(Ⅰヨハネ3-5章)、キリストにあって新しく造られるのです。

これが起こるや、キリストは私たちの人生に入ってきてくださり、忍耐をもって私たちを満たしてくださるのです。そしてモーセや異邦人の律法へのしがらみが消えるのです。

キリストの外においては、ユダヤの律法も、異邦人の律法もいのちを与えることはできません(ローマ2章)。律法はただ、不従順で物分かりの悪い肉的な人間の口にあるくつわとしての役割を果たしています。

というのも、世俗的な人間がより良い人になったとしても、この人は依然として確認のため律法のくつわを必要としているからです。

もちろん、世俗性(肉欲)にはいろんなレベルがあります。動物にも、反抗もしくは従順性におけるいろんなレベルがあるのと同様です(例えば、馬は一般的にロバよりも従順とされています)。

しかし全ての動物は、くつわで制御されなければなりません(詩32篇、ガラ3章)。世俗性を抑えるためのくつわや馬具は、律法や人の作った決まりという、死んだ文字にすぎません。

キリストこそ(律法の恐怖から離れて)ご自身の御霊により、いのちをお与えになる方なのです(ローマ8章)。

御霊によってつき動かされる人は、神の子です。私たちは自分たちを恐怖に閉じ込めるような奴隷の霊を受けたのではなく、幼な子のような霊を受け、それを通して「アバ、父。」と呼ぶのです。

もし主と共に苦しむのなら、私たちは神の子であり相続人です。そしてやがて主と共に治めるようになるのです。キリストは律法――ユダヤの法でもなく異邦人の法でもない――で治めるのではなく、ただ神の御言葉を通してのみ治められるのです。

主こそ神の御言葉

自分のうちにキリストを持っていない人は、神の御言葉によって生きることはできません。こういう人は霊を持たない肉にすぎません。

しかし自分のうちにキリストが生きている人は、その人の心を御言葉が堅く治めています。パウロがコロサイ1章で言っているように、こういう人にはこれ以外の統治者は必要ないのです。

この御言葉(つまりキリスト。ヨハネ1章、8章)を離れたところで統治したり、罰したりする人は誰でも、暗闇の政府の一部であり、御言葉の国にいる人々の敵です。(御言葉の国というのは、ヨハネによれば、神の御子のことであり、はじめにすべての人を照らした世の光のことです。)

キリストの外においては、ただ一つの律法しか存在しません。ユダヤの律法も異邦人の律法も一つに集約されます。

同じように、キリストにあっては、ユダヤ人も異邦人もありません。誰でもキリストのうちにある者は、神にあって新しく造られたのです(ガラ3、5、6章)。

しかし福音主義者を自称する人たちがこれを混同させてしまいました。

彼らはこの世の武力を行使することを正当化しようと、キリストの福音をモーセ律法と融合しているのです。

しかし彼らは間違っています。キリストを信じる全ての人にとって、キリストは律法の終わりとなられたのです(ローマ10章)。

キリストにあって皆平等

パウロはⅠコリント6章の中で、互いに訴え出ている――それも未信者の前で――クリスチャンの非について言及しています。

パウロはこう問うています。

「キリストの知恵はあなたがたのうちにないのでしょうか。愛と忍耐をもってお互いに訓戒することはできないのでしょうか。あなたがたのうちで、もっとも素朴な人でさえも、キリストの忍耐に満たされたなら、こういうことが本来できてしかるべきなのです。それなのに、あなたがたは未信者の前で互いに争っているのです!」

キリストにある兄弟愛は忍耐と愛です。それは監督や長なしに機能するものです。

そしてそこでは地位が下の者も必要ありません。この兄弟愛の中にあっては、すべてがキリストにあって平等なのです。

長のいない所では、実際、下役が存在しないことも可能です。そしてまことのクリスチャンは皆、キリストにあって神のみこころの統治下に置かれています。すべてのクリスチャンはキリストの下にいます。

というのも、主はご自身の生ける御力により、律法の恐怖から彼らを解放してくださったからです。――その律法というのは、王権と力の構造と共に、そしてキリストのお生まれになったユダ族と共に残っています(ローマ1、9章、黙5章、ヘブル7章)。

肉の支配と肉に対する支配

族長ヤコブはユダに対して、「英雄が来て、人々が彼に従うまで、王権はユダを離れない」と言いました(創49章)。

また、ヤコブの言葉によれば、生まれながらの人は、異邦人――神の国のブタ飼い――に渡されるまで王権を握るだろうと言われています。全ての地上の王国ならびに領土は神にとって、ブタで一杯の囲いに他なりません――ブドウ園を荒らし、台無しにするブタです(詩80篇)。

そしてそういったブタの囲いを治め、守り、管理する者たちはことごとく、ブタ飼いに他ならないのです。

なぜなら、キリストの外においては、ユダヤ人であろうが、異邦人であろうが、自称クリスチャンであろうが、そこに信仰は存在しないからです(ヨハネ15章、Ⅱヨハネ1章、Ⅲヨハネ1章)。

キリストの御言葉による訓練および教えを拒む人は、クリスチャンではありません。同様に、律法の文字により、また世の武力を行使することにより、他の人々を裁き、懲らしめる人は、クリスチャンではありません。

キリストのやり方は、寛大であり高飛車ではありません。それは忍耐と愛の道です。そしてこのキリストに、すべての肉なる者を治める権威が与えられているのです(マタイ28章)。

しかし主はそれを御霊によってなされます(ローマ8章)。そして御霊は肉を完全なる服従へと導くのです。

モーセの律法の剣のように、キリストは死ではなく、いのちを与えられます(ヨハネ8章、Ⅱコリ3章)。

神のしもべであったモーセは、亡くなった時、自分の剣を手渡し、キリストを指してこう言いました。彼らの同胞のうちから、一人立ち上がらなければならない。そして人々は彼に聞き従わなければならないと(申18章)。

これに関して、キリストご自身が証ししておられます。「あなたがたがもしモーセを信じるなら、私をも信じなければならない。モーセはわたしについて預言したのであり、救いはユダヤ人から出るのです」(ヨハネ5、4章)。

キリストが来られたので、私たちはもはやモーセ――律法の剣しか知らず、御霊の律法については知りませんでした――には聞かないのです。

そうです、今や、私たちはキリストの御言葉に耳を傾けるのです。この御言葉は善と悪の分かれ目を刺し通す両刃の剣です(ヘブル4章)。

邪悪な剣は、邪悪なこの世に属します。この世の邪悪な支配者は、邪悪なやり方で、私有財産の悪を守らなければなりません。

このようにして、不敬虔な人々の間でうわべの平和が保たれるのです。というのも、キリストはベリアルと何ら関係を持ちえないからです(Ⅱコリント6章)。

しかしキリストの平和はそれとは全く違うものです。それは肉を満足させたり、財産にしがみついたりするものではありません。それは、状況がどうであるにかかわらず、友や敵のただ中にあって、大いなる喜びや平和のうちに生きることができるよう導いてくれるのです。

そしてこれが「わたしがあなたがたに与える平安は、世が与えるのとは違います」と仰せられたキリストの平安なのです。

この世は、自分の財産の権利が侵害されない限りにおいてのみ、平安を有しています。しかしひとたび自分たちの財産が危うくなるや、この平安は乱されてしまうのです。

不法の秘密

使徒時代からコンスタンティヌス帝の時代まで、初代クリスチャンは、剣やこの世の武力を一切用いることをしていませんでした。

初代クリスチャンは自分たちが剣(武力)を用いるべきではないと信じていましたし、キリストも、御言葉の剣以外のいかなる剣の使用も、彼らに許しておられませんでした。

初代教会の時代、その一線を越える者はだれであっても、異邦人もしくは異教徒とみなされました。

しかし、教会の奉仕者である教皇が、教会を、現世の権力であるレビヤタンと結婚させてしまったのです――建前上は、キリストに奉仕しているように見せかけて。そうして反キリストが誕生し、以前には隠されていた不法の秘密が現れ始めたのです(Ⅱテサ2章)。

長い間、堕落した教会は、御言葉を引用したり、善行を印象づけたりして、自らが霊的体であるかのように見せ掛けていました。

しかし今日の新しい反キリストと同様、こうした偽りの羊飼いは、羊を飼わず、屋根から囲いに侵入し、大惨事をもたらしているのです。そして彼らは羊を食い、なぶり殺しています(ヨハネ10章)。

はじめから人殺しであった悪魔と同じように(ヨハネ8章)、剣をふりかざしたこの群衆は、世俗権力を持って、犠牲者に襲いかかり、略奪、強盗を働いています。

実際に、この獣のように、人々を殺戮し窒息死させるような、これほど極悪非道な独裁者はこれまで存在しませんでした――この獣は、同胞を食い荒らし、踏み殺し、虐殺しているのです。この点において、不法の秘密は明らかにされています。

ピラトの息子たちのうち、最も誠実な何人かが、キリストは王なのかどうか尋ねました。

しかしヨハネ8章に書いてあるキリストの御言葉から、「キリストの御国はこの世のものではない」とある人が答え、またある人が、「キリストは、偽りのユダヤ人たち(つまり偽って神信仰を告白する者たち)から、ご自身に従う者たちを救うため来られた。」と説明すると、彼らは、「そんな王なら、私たちは欲しくない。」と言います。

彼らは、この世にあって、目に見える形の国が欲しいのです。そしてそれはもっともな事です。というのも、彼らはこの世の子であり、神の子ではないからです。

パウロが言うように(エペソ6章)、彼らはこの世の統治者側につく者であり、キリストに対して戦いを挑んでいるのです。そしてそういう者たちはキリストではなく、こういった統治者に支配されてしかるべきなのです。

キリストは、彼らにとって愚かな王にみえたのですから。人々が自分たちの物質的利益のためにキリストを王に立てようとした際、主は彼らの元を逃れました(ヨハネ6章)。

私たちもまた、忍耐強くやさしいキリストと、世俗権力の剣とを結婚させたがっている偽預言者たちから逃れるべきです。これが行なわれるところではどこでも、新しい反キリストが生まれます。

主が私たちをこういったものから守ってくださいますように。そしてご自身の民が、ぶどう畑を台無しにするようなブタやブタ飼いになることのないよう守ってくださるように(詩79、80篇)。

主が、ご自身のぶどう園を築く羊飼いと共に私たち羊を守ってくださいますように。そして今からとこしえまでも、私たちが、大牧者であるキリストの近くに留まり続けることができますように。アーメン。

良い麦と毒麦

終わりに、私は、キリストの国を世俗権力と一体化させたがっている全ての人――すなわち、御言葉と神の霊を媒介する以外のやり方で、善と悪を分離させたがっている人――に、キリストのたとえ話を提示したいと思います(マタイ13章)。

「天の御国は、こういう人にたとえることができます。ある人が自分の畑に良い種を蒔いた。ところが、人々の眠っている間に、彼の敵が来て麦の中に毒麦を蒔いて行った。

麦が芽ばえ、やがて実ったとき、毒麦も現われた。それで、その家の主人のしもべたちが来て言った。『ご主人。畑には良い麦を蒔かれたのではありませんか。どうして毒麦が出たのでしょう。』

主人は言った。『敵のやったことです。』すると、しもべたちは言った。『では、私たちが行ってそれを抜き集めましょうか。』

だが、主人は言った。『いやいや。毒麦を抜き集めるうちに、麦もいっしょに抜き取るかもしれない。だから、収穫まで、両方とも育つままにしておきなさい。収穫の時期になったら、私は刈る人たちに、まず、毒麦を集め、焼くために束にしなさい。麦のほうは、集めて私の倉に納めなさい、と言いましょう。』」(マタイ13:24-30)

このたとえ話を聞いたキリストの弟子たちは、イエスにその意味するところを訊ねました。

イエスの答えに耳を傾け、世の終わりの来る前に、悪人たちを除き去るべく、キリストははたして世俗権力の剣を弟子たちにお与えになったのかどうか自問してみてください。

イエスは弟子たちにこう言われました。「良い種を蒔く者は人の子です。畑はこの世界のことで、良い種とは御国の子どもたち、毒麦とは悪い者の子どもたちのことです。

毒麦を蒔いた敵は悪魔であり、収穫とはこの世の終わりのことです。そして、刈り手とは御使いたちのことです。

ですから、毒麦が集められて火で焼かれるように、この世の終わりにもそのようになります。

人の子はその御使いたちを遣わします。彼らは、つまずきを与える者や不法を行なう者たちをみな、御国から取り集めて、火の燃える炉に投げ込みます。彼らはそこで泣いて歯ぎしりするのです。

そのとき、正しい者たちは、天の父の御国で太陽のように輝きます。耳のある者は聞きなさい」(マタイ13:37-43)。

このたとえから、いかに主キリストが現在、報復する方としてではなく、救い主として働いておられるかということが分かるでしょう。

裁きの時が来る前に悔い改めるよう、主は全ての人に呼び掛けておられるのです――しかし裁きが来ると、もはや悔い改めの時は残されていません。

主は、この世の人間が、外面的で一時的なものを裁くことをお許しになっていますが、私たちが内的かつ永遠のものを裁くことはお許しになっていません。

そうすることで、麦が集められる日まで神の恵みが欠けることのないためです。もし、そうでなかったなら、キリストはこのたとえを語ることはしなかったはずです。

福音と忍耐

人が生きている限り、その人はキリストの忍耐と愛によって、悔い改めに導かれうるのです。そしてキリストご自身がヨハネ11章でおっしゃっているように、十二の時刻までキリストに戻らない人もいるでしょう。

しかし、もし私たちがその前に、悪行ゆえ、この人を殺してしまうなら、この人に悔い改めるチャンスはなくなってしまいます。

それゆえ、柔和にして謙遜なキリストは、ご自身に従う者たちに、「わたしから学びなさい。そしてすべての人を忍耐深く待ちなさい。」と言われたのです(ヨハネ13章、マタイ11章)。

上述のたとえ話の中で、主は私たちに待つよう望んでおられるのであって、剣を取って裁いたり、支配したりしなさいなどとは決して呼びかけておられないのです。

マタイ5章はほぼ全章にわたり、信仰の事柄で、いかに私たちが他人を強いてはならないか、彼らの上に君臨してはならないか、そして圧力をかけてはならないかといった事を取り扱っています。

私たちは彼らに忍耐をもって福音を提供することを学ぶ必要があります。そういうやり方をしない者は、この世に属する人であり、キリストに属する人ではありません。そういう人は未信者であり、信仰の人ではないのです。

ヨハネが黙示録13章とマタイ16章で言っているように、剣をもって戦う人は、剣によって裁かれるでしょう。

またキリストおよび御言葉という鋭い剣に信仰をおかない未信者は、剣によって損なわれ、食い尽くされるにちがいありません(ルカ21章)。

誰でも主を信じない者は、すでに裁かれているのです(ヨハネ3章)。

それゆえ、ご自身に従う者に対して主はこう言っておられます。「死人に死人を葬らせなさい。」と。なぜなら、キリストの外側に義はなく、主を離れて、いかなる肉も義とされないからです。

キリストにあって、私たちの知る唯一の剣は、御言葉の剣です。

私たちが裁き、裁かれるのは、この剣を通してであり、キリストが使いなさいと私たちに命じられたのは唯一、この剣だけです。私たちは御言葉を信じない人々から――彼らが悔い改めるまでは――自らを引き離すべきです。

そして彼らが悔い改めたならば、彼らを愛と忍耐をもって受け入れるべきです。これが、今の時における真のクリスチャンの裁きです。その他の方法で裁くようにはキリストは言っておられません。

これが行なわれるところでは、まことのクリスチャンは自らを聖く保ち、御霊の自由のうちに、すべてのものは彼らにとって聖くなります。

愛にある信仰の希望を通して、柔和さ、寛容さ、そして謙遜さをもたらすものは何であっても、聖いのです。テトス1章のパウロの言葉(「きよい人々には、すべてのものがきよいのです。」)の背後にサタンは隠れたがっていますが、この外側にあるもので聖いものは何もありません。

キリストにある者は、キリストのご性質を表します。すなわち、それは信仰、愛、希望、忍耐、柔和さ、謙遜、心のきよさ、慎み、その他、信仰を通して来る全ての徳です。

しかしそこに信仰がないのなら、すべての良い習慣や知識は――それらがどんなに良く目に映ったとしても――けがれています。それらは神の面前に忌まわしいものです。

それはちょうど異邦人が多くの徳で自分を飾っても、その不信仰ゆえに神の前にけがれているとみなされるのと同じです。

まことのキリスト者の自由

もし人が天使や使徒、もしくはキリストご自身の働きをしたとしても、そこにキリストに対する信仰がなければ、それはけがれています。

それゆえ、パウロは、キリストに対する信仰のないすべての徳はけがれていると言っており、(ちょうど「キリストにある自由」を誇っているサタンのように)キリストが私たちに命じられたこと以外のことをすることが許されていると考えるべきではありません。

まことのクリスチャンは、自らの「自由」を用いて、他の人―それが敬虔な人であれ不敬虔な人であれ――を支配することはしません。

こういったクリスチャンは、いかなる種類の武力も行使せず、むしろ自分たちが支配されることに甘んじます。この世の終わりまで彼らは、忍耐と愛を持ち、力と暴力の下に苦しみます。彼らは主人であるキリストのしもべとしてとどまり続けるのです。

そして、このキリストは、仕えられるためではなく、仕えるために、そして支配するためではなく、他の人の支配に甘んじるために来られたのです。

まことのクリスチャンは、政府のことをあれこれ心配する必要はありません。政治家なら、この世にあふれるほどいます。

まことのクリスチャンはむしろキリスト者としてとどまり続けることに心を集中し、小羊の勝利を得るべく、御父とキリストの誉れを得るべく奮闘しているのです。

今よりとこしえまでも、栄光、尊厳、誉れ、栄誉はただ神に属するものです。アーメン。

キリストと使徒たちが(特にエルサレムで何千という人の回心をもたらした聖ペテロが)、教会を治める長を任命しなかったことは不思議ではないでしょうか。

新しい「福音主義者」によれば、キリストおよび使徒たちは、先のことを見通す目があまりなかったにちがいない、というのです。

なぜ神はレビ人たちに対し、イスラエルの地に相続地を与えられなかったのでしょうか。そしてなぜ神は彼らに財産や政治的支配権を与えらなかったのでしょうか(申18章、ヨシュア14章)。

もしレビ人がこういったものに関わりを持つべきではなかったとしたら、メルキゼデグの位に等しいキリストの霊的かつ王的祭司職につく者は、どれほど一層そういった関わりを避けるべきでしょうか!

あらゆる肉の働き、および肉的支配は彼らの下に一切持ってこられるべきではなく、祭司職の予表は、パウロがヘブル7、8、9章、そしてキリストがルカ9章で言っているように、彼らのうちに成就されるべきなのです。人の子は枕する所もないとキリストはおっしゃいました。

使徒たちによって与えられた、聖霊による最初の決議案は、ユダとシラスによってアンテオケおよび全教会に送られました。その趣旨はこうでした。

「聖霊と私たち使徒は、次のぜひ必要な事のほかは、あなたがたにその上、どんな重荷も負わせないことを決めました。すなわち、偶像に供えた物と、血と、絞め殺した物と、不品行とを避けることです。これらのことを注意深く避けていれば、それで結構です」(使徒15章)。

この決議が御霊の導きの下に書かれたことを考慮しないまま、ただ単に律法の文字によって鑑みるなら、これはユダヤ教的な基準作りの継続に他ならないように見受けられるでしょう。

しかし実際には、使徒たちのこの言葉を通してお語りになったのは、神の御霊なのです。

今日の教皇および反キリスト教的な偶像礼拝は、過去におけるあらゆる異教的偶像礼拝以上にひどいものです。

パウロがⅠコリント10章で言っているように、もし誰かが、この食べ物は偶像にささげられた物だと告白するなら、聞いたその人はそれを食べるようなことはしないでしょう。この点に関して、教皇の偶像礼拝は、偶像を礼拝するにとどまらず、それ自体偶像なのです。

というのも、反キリストとその追従者たちは、それを食べるよう私たちに強制しようとしているからです。神の御霊がそれから離れているよう警告しているのももっともなことです。

血と絞め殺された物に関する限り、聖霊はモーセ律法で咎められている物に関してのみ語っています。

むしろ聖霊は詩篇16篇の記者のように、「私は、彼らの注ぐ血の酒を注ぐことはしない。」と言っています。

世俗権力が、キリストの国に加わろうとしているこの終わりの時代、こういったことは私たちの目に明らかになっています。

キリスト教徒を自称する者たちが、他の人間の血を流しています。これは、聖霊によってはっきりと禁じられていることであり、絞め殺された物に関与することです。こうして様相は混沌を増しています。

キリストによれば、絞め殺すべきは、財産に対する執着心、そしてこの世の富や栄誉なのです。

良い種がいばらの中に落ちると、それはふさがれて、成長する前に枯れて(窒息死して)しまいます。そして実を結ぶことなく死んでしまうのです。

このようにしてふさがれた御言葉の上に、反キリストの王国は建てられ、聖霊の警告にもかかわらず、ほとんど全ての人はそこから食糧を得ているのです。

第三番目に、不品行のことですが、これは肉的罪以上のことを示しています。これは大淫婦との霊的不品行のことを示しているのです(黙17、18章)。

そして地上の諸王ならびに全ての人は、この大淫婦の仲間に連なり、今に至るまで連なり続けているのです。(この大淫婦は背教した教会のことであり、以前はキリストの花嫁であったけれども、世俗権力を持つ男と同棲するために、最初の夫の元を去ったのです。)

すべての神の子は、気を付けて、この女から離れているべきです。もしそうするなら、私たちは正道を行くことになります。

聖霊のなぐさめがあなたがたと共にありますように!アーメン。

(本編おわり)

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4 あとがき(文献案内)

ほぼ400年に渡って、ピルグラム・マールペックの小冊子Aufdeckung der Babylonische Hurn vnd Antichrists alten vnnd newen gehaimnuss vnnd grewel. Auch vom sig, frid vn herrschung warhaffter Christen vn wie sy der Oberkait gehorsamen das creütz on aufrhur vnd gegenweer mit Christo inn gedult vnd liebe tragen, zum preiss Gottes vnd allen frumen vnd Gottsuchenden zu dienst, stercke vnd besserung an tag gebrachtは、人知れず、ヨーロッパにある二、三の図書館に眠っていました。

Sachsse氏が1913年に発表した、バルターザル・フープマイアーに関する伝記の中で、マールペックの本作品のことが触れられており、それによってこの作品は、初めて学会で注目されるようになったのです。

その後、1958年に、ハンス・ヒレルブラントが小冊子の第二刷(1540年、アウグスブルグ)の複写を、Mennonite Quarterly Reviewの中で紹介しました。

今日、キリスト教界の一角で、「バビロンの大淫婦」という用語が特別な黙示録的含みを持って使われている現状を鑑みた結果、それとの混同を避けるため、英語タイトルはドイツ語の原題とは異なっています。(英語タイトルは、ドイツ語の長い題名の一句を基に作成されました。)

副題は、読みやすさを考え、本英語版にて付け加えられたものです。

本作品およびその歴史的背景についてさらに深く探求したい方は、下に挙げる文献を参考にしてください。

しかし、私たちが文献を挙げた主たる目的は、読者の方々のピルグラム・マールペックの神学に関する理解を完成させるためではありません。

むしろ、私たちの願いは、この小冊子につき動かされ、感銘を受け、私たちがすべての世俗権力との癒着を否み、忠実に主イエス・キリストにつき従う者となることにあります。

Neal Blough. “The Uncovering of the Bablonian Whore: Confessionalization and Politics Seen from The Underside,” MQR 75 (Jan. 2001): 37-55.
Stephen B. Boyd. Pilgram Marpeck, His Theology and Social Theology. Durham: Duke University Press, 1992.
William R. Estep. Anabaptist Beginnings (1525—1533). Nieuwkoop: B. De Graaf, 1976. This contains a translation of excerpts from the Aufdeckung.
Hans Hillerbrand. “An Early Anabaptist Treatise on the Christian and the State,” MQR 32 (Jan. 1958): 28-48.
Walter Klassen. “Investigation into the Authorship and Historical Background of the Anabaptist Tract Aufdeckung der Babylonischen Hurn,” MQR 61(July 1987): 251-261.
Werner O. Packhull. Hutterite Beginnings: Communitarian Experiments during the Reformation. Baltimore: Johns Hopkins University Press, 1996.
Werner O. Packhull. Mysticism and the Early South German—Austrian Anabaptist Movement, 1521—1531. Scottdale, Pa.: Herald Press, 1977.
Werner O. Packhull. “Pilgram Marpeck: Uncovering of the Babylonian Whore and Other Anonymous Anabaptist Tracts,” MQR 67 (July 1993): 351-355.
James M. Stayer. Anabaptists and the Sword. Lawrence, Kan.: Coronado Press, 1976.
James M. Stayer. The German Peasants’ War and Anabaptist Community of Goods. Montreal: McGill-Queen’s University Press, 1991.

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Warm greetings in the name of Jesus Christ.

Hello, I am a Japanese Christian and today, I decided to express my deep thanks to all the brothers and sisters out there who have played a great role in my headcovering journey.

I don’t know most of you personally, but your writings and testimonies have spoken to my heart and you are so dear to me.

Now let me briefly share with you how I came to the conviction that we sisters are to cover our head while we are praying.

As many of our sisters shared, I also started to tackle with 1 Corinthians 11 at one point and found many historical records which showed the continuation of headcovering practice up until recently (1960s).

I must say that it was a gradual revelation from the Lord, for prior to this discovery, God had taught me (a former female preacher) that sisters cannot/must not preach and rule over brothers in the church.

When I was a female preacher, I used to suffer some kind of “disorder” physically, psychologically and spiritually. My relationship with people suffered disorder as well.

I had struggled greatly, but did not know the cause of it until God revealed to me the Creation Order of man and woman.

As I was reading various articles concerning female roles in the church, I started to realize that many theologians explain away the plain commands of God by either twisting the definition of original Greek or switching the Biblical principle to mere cultural argument.

This realization prompted me to embark on my next research,,,the headcovering issue of 1 Corinthians 11. It was around 7 years ago.

I was eager to know the truth, but at the same time, another voice told me it was better not to dig in these issues.

Yes, this voice was the voice of my timidity and fear.

I was afraid to know the truth because inwardly I knew that this truth shall eventually push me to the place of shame and loneliness. This truth shall push me to the place where I should choose either God’s favor or man’s favor.

Around this time, I was reading and translating the Anabaptist martyrdom testimonies in the 16th century. Oh, how brave they were! They lived up to their faith and did not hide their inner convictions in front of fires and torturers.

And here I am, sitting in a comfortable room in the free country, trembling in front of peoples’ eyes on relatively small issue like headcovering. I cried out to God to give me courage to do His will.

After much inner struggles, I finally made up my mind to put on headcovering wherever I pray.

Soon after this decision, I was invited to a house of pastor’s family one night. When the pastor suggested to pray together, I secretly took my veil from my bag and held it tightly in my hand and waited until everybody closed their eyes. Yes, I wanted to do my “headcovering thing” without being noticed by anybody.

But somehow this pastor noticed the stuff in my hand and shouted “What?? Veil?” in a criticising tone. My whole being got burned out of shame and I could hardly hold my tears.

Fear of being different might be rooted deeply in my Japanese mindset, or it’s simply because of my timid character, I don’t know.

With all my weaknesses, however, I had a faith that the power of Jesus surpassed and conquered all of these if only I surrendered to Him wholeheartedly. He is above cultures and human limitations. In Him, we shall be victors.

For the next 4 years or so since my decision, I had been covering all alone.

From time to time, I doubted, wavered, wondering, if it was truth, then how come I was still alone in doing this. However, He also brought me a deep sense of “order” and security in my headcovering journey.

For the first time in my life, I truly truly rejoiced in being a woman.

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I started to cherish the beauty of natures.

Small birds, big birds, moss and oak trees,,,they are beautiful because they simply accept His design without complaining nor resisting. They are content with the place where they are placed by God.

They simply submit to their creation order and sing praises to Him.

I learned that where there is order, there is beauty. By putting on headcovering, I felt I was part of this great mystery of God’s creation. I felt my inner being started to be integrated and healed in a deeper level.

Two years ago, God brought me a shining veiled sister from another continent and I had a privilege to spend time with her for a few days.

She is covering her head all the time. I was so touched to see how she respected her husband and her husband loved her dearly.

Since that time, she has become my role model.

Not only that, God has guided me to find headcovering sites and many wonderful testimonies. By reading each testimony, my sense of loneliness on this issue gradually disappeared.

Dear sisters, I truly want to say thank you for your courage to share your testimonies.

I admire your faith and bravery. Even though you are thousands of miles away geographically, I feel so close to you. And I am sure our Lord is rejoicing over you. You are a beautiful bride of Christ.

Dear brothers, I am so grateful for your effort and courage.

I know that in the age of feminism, brothers who dare to say what the Bible says concerning gender issues and Biblical submission and dare to defend headcovering women are attacked harshly by being labeled as sexists or oppressors.

You are taking this risk for His sake and for the sake of defending us veiled sisters.

I especially give my thanks to two brothers ; Brother David Bercot for his thorough historical research on headcovering and his devout life. He has been planting the seeds of truth against unbiblical cultural tide for years.

Also Brother Jeremy Gardiner, a founder of Headcovering Movement. You cannot imagine how your courageous step has brought encouragements and comforts to thousands of sisters who had been covering alone by then, including me.

My headcovering journey continues,,,

I started this journey alone but now I am not alone!

You are with me and we can joyfully continue this journey hand in hand. Amen.

BLUE 3

p.s. If you like to read my head covering testimony in English, you can click here.









Greek park 3

Ten Thousand Muslims Meet Christ, published by Iranian Christian International, Inc. Colorado, 2006.)

日本語訳の翻訳許可を与えてくださった本書の編集者イブラヒーム・ジャーファリー氏にお礼申し上げます。

尚、イブラヒーム兄は、1994年1月に殉教されたハイク牧師(アルメニア系イラン人)の愛弟子に当たる方です。(バックナンバーにハイク牧師の伝記『友のために命を捨てた牧師』を収録しています。お読みになりたい方はココをクリックしてください。)

今回ご紹介するのは、本書の7章に収録されている証しですが、その前に、イブラヒーム兄より日本の兄弟姉妹へのメッセージがあります。

日本の読者のみなさま

本書は12の証しで構成されています。それは全てイランのイスラム教徒だった人々による証しです。

本書が出版された2006年、こういった回心者の数は、実に6万5000人を超えました。それに加え、20万人余りのsecret believer(=信仰を公にしてはいないけれども、心の中でイエス様を救い主として信じている人)がいます。

つまり、こういった人々は、直接的にクリスチャンと連絡を取る機会がないにもかかわらず、夢や幻、キリスト教衛星テレビやラジオ、トラクト、インターネット等により、キリストの元に導かれているのです。

イランという――イスラム法下にあり、宗教の自由のない国において――これだけの数のムスリムがキリスト教を受け入れているというのは奇跡です。

歴史的にいえば、ムスリムは従来、キリスト教に反発し、その教えを受け入れることを恐れていました。その恐れは、イスラムの道を捨てた者に課されているイスラム法(死刑をも含めた極刑)への恐怖から来るものでした。

ですから、そういった状況の中であえてイエス様に信仰を持った人々は、聖霊によって真に強められ、そのような大胆なステップを踏んだのです。

本書を通して、日本のクリスチャンの皆さまが励ましを受けますようお祈りいたします。またこういった証しを読まれることで、十字架につけられしイエスによって表された神の愛の福音を、ムスリムに分かち合いたいという思いが与えられる方もおられることでしょう。

そうです、今、私たちはムスリムの人々にイエスの愛の伝えることのできる、黄金期を生きているのです。

編者イブラヒーム・ジャーファリー

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ファルザネ姉の救いの証し(イラン)

――私の天のお父さま――


子ども時代

私は非常に敬虔なイスラム教徒の家に生まれました。

私の家族のきずなは強く、皆、お互いを愛し、いたわっていました。こうして私はすばらしい両親のもとで、本当に何不自由ない子ども時代を過ごしました。

学校で、また両親を通して、私はイエスについて少し学んでいました。

イエスはイスラム教の聖典の中で「第四番目の大預言者」として言及されており、一方、イスラム教徒の創始者Mは第五番目にして最後の大預言者だと教わりました。

母に「イエスはどうして十字架につけられちゃったの?」と訊いた時のことを今でも鮮明に覚えています。

母は答えました。「それはね、イエスが自分は神の子だって言い張ったからですよ。でもね、神は結婚なんかされなかった。神に子どもはいないんですよ。」

クリスチャンは、父なる神、子なる神、聖霊なる神という、三つの神を信じる人たちだと思っていました。こういう説明は私の頭を混乱させました。

それに比べ、ムスリムは唯一神のみに信仰を置いている。だからイスラム教は他の宗教よりもすぐれていると思っていました。

人生の過渡期

イランの高校を私が卒業すると、両親は私の今後について話し合っていました。――米国に留学させる方がいいのか、それともお見合い結婚をアレンジした方がいいのか、、、と。

結局、両親は、「まず、娘の結婚を準備する。その後、夫と共に娘をアメリカの大学に送り出す。」ということに決めました。

こうして私はお見合い結婚をし、1973年、夫と私は米国に発ちました。

私は両親から経済的サポートを受け、また政府の給付奨学金も受けていました。

学生ビザの資格で米国に来ていましたので、当初の予定では、4-5年、米国に滞在し、学位取得後、祖国に帰るつもりでした。

米国に来た当初、私は新しい環境になじめず、それに加えひどいホームシックにかかってしまいました。「一刻も早く学位を取得して、祖国に帰りたい」と、そればかり願っていました。

当時、イランと米国の政治的関係は良好でした。なんら問題や衝突の兆しといったものもありませんでした。シャー(イランの国王)政権は非常に安定しているかのように思えました。

危機

しかしまもなくして、私たち夫婦は、イラン情勢が緊迫してきているように感じ始めました。

シャー(国王)は、大衆の支持を失いつつあるようでした。アヤトッラー・ホメイニー(イスラム高僧)は、国王がイランを離れるなら、亡命先のフランスから祖国に帰還しようと待機していました。

そしてそれは1979年初頭、まさに現実化したのです。

ホメイニーの承諾を得て、イラン人はテヘランにある米国大使館を襲撃し、そこにいた大使館員を人質にとりました。

その結果、米国に滞在していたイラン人はとんだしっぺ返しを食らうことになりました。

アメリカが、自国内にいるイラン人全ての資産を凍結すると、私たち夫婦は、イランから経済的援助を受ける道を失いました。それに加え、私は父が亡くなったという知らせを受けました。

主人と私は、自活するより方法がなくなりました。学生ビザでは働くことはできませんでした。

しかし生活のため、止むにやまれず私は大学をやめ、フルタイムの仕事に就きました。

祖国に帰ることも考えていましたが、イラン・イラク戦争勃発の知らせを聞き、思いとどまりました。

一方、(アメリカに住む)イラン人に対する米国人の嫌がらせはますます悪化していき、私たちは恐怖におののきながら生活していました。

米国入国管理局は不法労働しているイラン人を捜査していましたので、自分も入管に捕まり、強制送還されるんじゃないかとおびえていました。

うちには二人の幼い子どももいましたので、私の給与だけで四人を支えていくことはできませんでした。

それで主人も働き始めました。言うまでもなく、私たちの生活は、ストレスや不安、恐怖だらけでした。

この辛い時期にも、私はメッカの方向を向いて、一日に五回祈り続けていました。断食もよくしました。

でも時々自問していました。「神さまは、私の家族のことをかまってくれているのかしら?」と。

私は神さまの助けを必要としていました。でも、神さまは遠くにおられるようでした。

私は二人の子どもたちを、教会の運営する保育園に入れていました。というのも、そこでは嫌がらせを受けることが少ないんじゃないかと思ったからです。

感謝祭やクリスマスの時期には、「ファルザネさんも、教会の行事に参加しませんか?」と誘いを受けていましたが、私は一度も足を運びませんでした。

そういったイベントに参加するのは良くないといつも思っていました。やっぱりイスラム教徒として、クリスチャンの祝祭を共に祝うことはできないと考えていたからです。

逆に私は、保育園の先生たちを自分の家に招いて、イスラムの道を教えようとしたりしていました。

でも心の奥底では、「神さまはあまりにも遠いところにおられて、私の祈りなど聞いてくださっていない」と感じている自分がいました。

ですから、イスラムについても説得力ある議論はできないように感じていました。

私の毎日は仕事と子どもの世話に忙殺されていました。「どうしてこんな羽目になっているのでしょう?」と私は神さまに問い続けました。

状況があまりにも耐えがたくなってきて、私は精神安定剤に依存するようになっていました。

私の担当医は、「あなたはうつ病にかかっている。祖国に帰る必要があります。」とおっしゃいました。

私もそうしたかったのです。でも、国の状況および家族の安全のことを考えると、それはできない話でした。

うちの子たちが通っている保育園の教会は、園児のお母さん向けにエアロビクス教室を開いていました。

お医者さんから、不安発作を抑えるためにも適度な運動をした方がいいと薦められていましたので、私はこれに参加することにしました。

この教室はデボーションの時を持って始まり、祈りを持って締めくくられていました。

私はエアロビクスには参加していましたが、こうした祈りの時間は避けていました。自分の信仰と相いれなかったからです。

にもかかわらず、教室の女性たちは皆、私に親切でした。彼女たちの気遣いは真心からのものだと私は感じました。

その間にも、主人と私は多くの弁護士の所へ行き、労働許可を得ることができるよう奔走していました。

そうしてついに一人の弁護士を見つけました。その弁護士によれば、夫が雇用先の会社から推薦状を得ることができれば、米国労働省からの許可がおりるだろうというのです。

私たちはすぐにそういった推薦状をもらい、弁護士を通して、労働省に提出しました。

その当時、イランの政治状況ゆえ、私たちは祖国の家族から、ほとんど消息をきくことができずにいました。

ほんの時たま電話が通じる時もありましたが、母はただ「ここは安全じゃない。アメリカにいなさい。」と繰り返すだけでした。

近所の人たちからの嫌がらせを受け続け、私はストレスと怒りでいっぱいになっていました。

私は、「このイラン野郎、とっとと国に帰れ!」と言われるためにこの国に来たわけじゃなかった。下積み仕事をするためにこの国に来たわけじゃなかった。

そして何より腹が立ったのは、なぜ私の神は、祈りに答えてくれないのかということでした。それが理解できませんでした。

私は、労働省が主人に許可を出してくれることに、ただただ望みをかけていました。そうしたらもう恐怖と不安の中で生活しなくてもよくなるのです。

ある晩、電話がなりました。弁護士からでした。「労働省から不許可の知らせがきた」と。

私たちは打ちのめされました!もうこれで全ての希望の綱は断たれたのです。

私は主人に、「イランに帰ろう。」と言いました。私は不法就労にも、嫌がらせにも、疲れ果てていました。

でも子どもたちの安全を考えると不安でした。毎日、爆弾の落ちているような国にこの子たちを連れて帰ることができるのかしらと。

その晩、私は今までの人生を振り返ってみました。

アメリカに来てからわが身に起こったことを一つ一つ考えました。

自分たちの問題を解決しようと私たちは万策を尽くしてきました。

私は、ベビーシッター、介護ヘルパー、家事代行、ウエーター、コインランドリーのヘルパー、看護師の補助員など、いろんな仕事をしてきました。

私は思いました。「今、自分はどん底にいる。こんな状況に陥るためにアメリカに来たんじゃなかったのに、、、何度も断食した。神に祈り、叫び求めた。でも神は私の祈りをきいてくれたためしなんてなかった。

もう外国人として生きていくのに疲れた。もし今もお父さんが生きていたら、実家に戻って、もうこんな生活とおさらばしていたろうに。」

でもその晩、床に就いた時、ふと思い出したのです。「そうだ、明日の朝はエアロビクスだ。」

そうすると、なんだか少し元気が出たように感じました。

翌朝、私は早々とエアロビクス教室に足を運びました。そしてデボーションの時に語られる言葉に熱心に聴き入りました。それはこれまで決してしなかったことです。

エアロビクスの間中、私は家族のこれからのことを考え続け、教室が終わって、祈りのセッションが始まっても、そこにとどまりました。

そして、女性の一人が、「みなさん、何か祈り課題、ありますか?」と訊ねると、私は口を開き、自分の抱えている問題を何もかも吐露しました。

みんな、私の話を聞いてくださいました。そして私と私の抱えている全ての問題を神さまの前に差し出して、祈ってくださいました。

祈りの中で、女性たちは神さまのことを「御父」と言っており、イエス・キリストのことを「救い主」と言っていました。

ある方が、聖書を開き、「ふたりでも三人でも、わたしの名において集まる所には、わたしもその中にいるからです」(マタイ18:20)と読み上げてくれました。

彼女たちはイエスの約束を自分たちのものとして祈り、「これをイエス様の御名によって祈ります。」というフレーズでもって、御父に祈りをささげました。

さらに女性たちは、今後も私のために祈りますと言ってくれました。

教室を出てからも、この「イエス」という名前は私の脳裏を離れませんでした。

家への帰り道、私はこのイエスに語りかけたのですが、そうすると涙が出てきました。

私はイエスに言いました。「もしあなたが本当に神なら、それなら、、、これまでずっと私は間違っていたということになります。私は間違った神に祈っていたことになります。」

その晩、食事の前にも私は再びイエスに語りかけました。「イエス様、もしあなたがまことの神様なら、うちの家族の問題をどうしたらいいのか私に教えてくれませんか?」



その晩、私は夢をみました。

夢の中で、私と子どもたちはイエスに会いに、エルサレムに行こうと旅じたくをしていました。

私はイエスの所へ行って、イエスに私の問題を打ち明けようと思っていました。そうして私たちは道を歩き始めました。

道はとても険しく、果てしがないように思えました。

くたくたに疲れ切った私たち家族は、エルサレムに入る一歩手前の場所に到着しました。

見ると、道は古いれんがでできた壁でふさがれていました。

私はあちこち探しましたが、そこには戸口がなく、イエスの所にたどり着くすべがないように思えました。

私は泣き出し、言いました。

「イエス様、私ははるばる遠いところからあなたに会いにここまでやって来たのです。これがあなたの家ですか?でもどこにもドアがありません。あなたの所にたどり着くすべはないのでしょうか?」

すると(夢の中で)、私はエアロビクス教室の女性たちが私のために祈ってくれた時にくれた約束のことを思い出しました。

私は再びイエスにたずねました。「イエス様、ここが私の旅の終着点ですか?」

すると一つの声が答えました。「いや、ここが終わりではない。」

その瞬間、子どもたちと私は、ドアのないれんが壁の上を上昇し始め、高く高く昇っていきました。

そしてついに御国の門の前に来たのです。

門が開き、子どもたちと私は中に入って行きました。そのなんと美しかったこと!

中に入るとすぐに、ある人が両手を広げて私を迎えようとしているのに気づきました。

この方は両手にそれぞれろうそくを持ち、白い衣とサンダルと履いていました。

私はこの方の目を見ることができませんでした。なぜならそこからまばゆい光が輝いていて、その場所全体を照らしていたからです。

その時分かったのです。私は今、イエスとご対面しているのだと!

私は、イエスに全ての問題を打ち明けました。私は子どもの時からの事を何もかも、イエスに打ち明けました。

問題をイエス様に打ち明けるたびに、心が軽くなっていくのを覚えました。

うつと不安が次第に消えていきました。あまりに早口にお話したため、私は息が切れてしまいました。

もう疲れて言葉が出なくなってしまってからも、イエスは引き続き、私の思いの中にある問いに答えてくださいました。

周りをみわたすと、そこにはたくさんの部屋がありました。

そして各部屋は庭につながっており、そこには人々が輝く白い衣を着て、立っていました。

イエスは言いました。「この人々は過去に生きた預言者たちです。」

そして私は気づきました。自分はこれまでいつも自分の宗教の神を礼拝してきたけれども、この神は私の祈りに答えてくれなかった。でもイエスは答えてくれた、と。

天使の群が現れ、王冠をかぶったイエスを取り囲み、歌いました。「この方こそ主なり。主の御名をほめたたえよ。」

私も天使と共に歌いました。「主を賛美せよ。主の御名をほめたたえよ!」

イエス様は私が必要なだけ時間を割いてくださり、私の問いに答えてくださいました。その後、もはや何も私を妨害するものはありませんでした。

私は自分が羽のように軽くなった気がしました。

イエス様は、「何もかもうまくいく、大丈夫。」と約束してくださいました。私にとっては、イエスの約束、これだけでもう十分でした。私はまことの神を見い出したのです!

そこで私は目を覚ましました。

自由

最高にいい気分でした。うつとストレス感が消えていました。

その日の夕方、また弁護士から電話が入りました。――労働省は主人の提出した証明書を受け入れ、永住許可のカードナンバーを発行したということでした!永住許可証の発行もそれに続きました。

私はイエスに水を一口求めましたが、主はカップ一杯の水を与えてくださったのです。

主は私を養ってくださる方であること、またイエスさえいてくだされば十分であることを、主は私に示してくださいました。

主は私に力を与えてくださいました。それにより、私はもう心配や気遣いの重圧に押し倒されることがなくなったのです。

涙のさなかにも、主は私に喜びを与えてくださいました。

「わたしは決してあなたを離れず、あなたを捨てない」とイエス様は約束してくださったのです!

今、神様は私にとって、どこか遠くにいる存在ではなく、沈黙の神でもありません。

私には天のお父さまがいるのです。そしてこの御父は私を娘にしてくださったのです。

―おわり―
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前回前々回の記事で、私は祈りのベールについての自分自身の証しおよび、他の姉妹たちの証しを載せました。

このトピックはおそらく多くの方々にとって、かなり斬新なものではないかと思います。

また、現在、かぶり物について真剣に考え、実践すべきかどうか思案していらっしゃる姉妹の方々もおられるでしょう。

今回は、このシリーズの付録として、よく寄せられる質問を取り上げ、それに対して自分なりに精いっぱいお答えしていこうと思います。

Q)Ⅰコリント11:15に、「女が長い髪をしていたら、それは女の光栄であるということです。なぜなら、髪はかぶり物として女に与えられているからです」とあります。髪がかぶり物として与えられているのなら、別にベールをかぶる必要はないんじゃないですか?

はい、それに対しては二つのことを申し上げたいと思います。

一つ目に、「髪=かぶり物」の論理でいくなら、前の4-7節が意味をなさなくなってしまいます。

ためしに、4―7節の「かぶり物」の所を、「髪」に置き換えて読んでみてください。

このロジックでいくなら、クリスチャンの男性は皆、一生涯、「はげ頭」で過ごさなければならなくなります!また、6節は、「女が髪を着けないのなら、髪も切ってしまいなさい」と、へんてこな文になってしまいます。

二つ目に、Ⅰコリ11:4-7、13で「かぶり物」と訳されているギリシア語と、15節の「髪はかぶり物、、」の箇所のギリシア語は、異なっています。

前者は、κατακαλύπτομαι (<κατά強意, +καλύπτω覆う)
後者は、περιβόλαιον (<περιβάλλω 着せる)です。

私の調べた限りでは、エルサレム訳聖書が、前者をveil 、後者をcoveringと正確に訳し分けています。

「髪がかぶり物なんだから、ベールはかぶらなくてもいい」というのがパウロの真意だったとするなら、彼は決して、こうした言葉の使い分けなどしなかっただろうと思います。

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Q)パウロがここで言っている「かぶり物を着けなさい」というのは、公同の礼拝の時だけであって、家で祈っている時などには適用されないんじゃないですか?

これについては、私もずいぶんいろいろと考え、調べました。

例えば、新共同訳聖書は、Ⅰコリント11章の1節と2節の間に、「礼拝でのかぶり物」という見出しを入れています。

新国際訳(NIV)も同様に、Propriety in Worshipと見出しを書いています。

しかし、見出しというのは、あくまで人間が便宜的につけたものであり、霊感を受けた神の言葉ではありません。また、Ⅰコリント10章、11章、、、という章分け自体も、パウロが行なったわけではなく、中世時代に、聖書学者が考案したものです。

そういうことを念頭に入れ、また文脈全体を考えた時に、私はこの命令を、「公同礼拝での時のみ」と限定することはできないように思いました。でも、これに関しては、別の見方もあることでしょう。私自身、今も探求中です。

Q)ベールを着け始めたんですが、主人が「世間体が悪い」と言って反対しています。どうしたらいいでしょう?

まずは、御言葉に従って、ベールを着けようと決心なさったあなたの勇気に心から敬意を表します。

ご主人が反対していらっしゃるのですね。それはさぞかしつらいことでしょう。

でももしかしたら、あなたのご主人は、かぶり物自体ではなく、あなたの選んだかぶり物の種類やスタイルが気に入らないのかもしれません。

最近では、モダンでかわいらしい感じのかぶり物も数多く発売されています。

もしよかったらGarlands of Graceというオンラインのお店を一度訪問なさってみてください。

そしてそこの写真などをご主人に見てもらってはいかがでしょうか。こういう感じのかぶり物なら、ご主人も気に入ってくださるかもしれませんよ。

Q)「かぶり物をつける」という行為によって、女性は男性より劣った存在になってしまいませんか?人間は男女平等だと思うのですが、、、

これは、Nature(本質)と Order(位階、秩序)の違いを理解することによってすっきり解決すると思います。

人間は、その本質において皆等しく平等です。しかし、秩序(Order/Function)においては違いがあるのです。

私は逆にあなたにご質問します。

聖書には、「キリストのかしらは神です」(Ⅰコリント11:3)、「万物が御子に従うとき、御子自身も、ご自分に万物を従わせた方に従われます。これは、神が、すべてにおいてすべてとなられるためです」(Ⅰコリント15:28)」と書いてあります。

それでは、キリストは神より「劣った」存在なのでしょうか?もちろん、否です。

御父と御子は、その本質において全く等しいのです。しかし、秩序(位階)の面においては違いがあります。

ですから、神がキリストのかしらであり、キリストが神に従う行為は、キリストを神より劣った存在にすることにはならないのです。

お父さんと息子は、人間の本質としては全く平等です。でも、秩序という点においては、お父さんが息子の上に置かれています。社長と部下、先生と生徒などについても同じことが言えると思います。

ですから、私たち女性が、男性をかしらとして敬い、かしらに従うことは、私たちを男性より「劣った」存在にすることにはならないのです。

Q)主人はクリスチャンですが、「Ⅰコリント11章のかぶり物は現在には適用されない」という立場に立っており、私がベールを着けることに反対しています。この場合、どうしたらいいんでしょう?

愛する姉妹、それはつらいですね。

あなたのような状況にある姉妹方は、「人に従うより、神に従うべきです」(使5:29)という御言葉と、「すべてのことにおいて夫に従うべきです」(エペソ5:24)という御言葉との間で、揺れ動き、苦しんでいらっしゃると思います。

これは一般化することがむずかしく、どちらかといえば、私はあなたとお茶を飲みながら、一対一でじっくりお話をうかがい、お話したい気持ちです。そしてご一緒にお祈りしたいです。

でもここで想像力をふくらませて、私があなたの立場だったらどうするだろうと考えてみることにします。

そうですね、私があなたの立場なら、この聖書箇所に関して、私は主人と議論しません。主人を説得もしません。

なぜなら、ベールを着けるという行為は、私たち姉妹が、神さまに対して、そして上に立てられている権威(主人)に対して謙遜かつ従順であることを表すしるしだからです。

もしこの事で、主人と言い争いになったり、主人を議論で打ち負かそうとしたりするなら、本末転倒になってしまいます。

そしてもしこれが本当に聖書的真理なら、聖霊があなたに働きかけてくださったように、時にかなって、あなたのご主人にも働きかけてくださると信じます。

ですから祈りつつ、これまで以上に、ご主人にやさしく接し、あたたかい言葉をかけ、ご主人のニーズに答えてあげてください。

ご主人の良い点を本人にも、子どもたちにも言ってあげてください。「文句を言う」「つぶやく」という行為を、言葉もろともあなたの脳裏から、人生から締め出してください。

そして静かに「時」を待ってください。

もしかしたら、「ベールを着けたい」というあなたの気持ちを、自然な形でご主人に表現することができる機会がくるかもしれません。

その時には謙遜な思いで、あなたの心のうちにある願いをご主人に打ち明けられるといいと思います。神さまはきっと働いてくださるでしょう。

Q)あなたはどんなベールを着けているのですか?

私ですか?そうですね、私の場合、公同礼拝の時は、白いレースのベールを着けています。そして礼拝中、ずれ落ちてこないように両脇をピンで留めています。帽子をかぶる時もあります。

家にいる時は、シンプルな白のスカーフを後ろで結び、両脇をピンで留めています。

前回の記事のパルナック姉妹と同じような感じです。でも、今後、もっといろんな種類を試してみようと思っています。楽しみです。

そしてこれは私の個人的な考えですが、日本のオリジナリティを生かして、ちりめんや絹といった和風の素材を使い、Japanese Headcoveringが考案されてもいいなぁと思います。こういう方面で賜物のある姉妹、どうぞよろしくお願いします。

(付録)他の姉妹たちの証しを読みたい方のために、サイトのアドレスをご紹介します(英語)。

その1その2その3その4その5

Green park

親愛なる牧師先生、神学校の先生、教会の兄弟の方々にささげるお手紙

兄弟のみなさま、こんにちは。このブログを訪問してくださり、祈りのベールに関する私たち姉妹の証しを読んでくださって、本当にありがとうございました。

兄弟、これらの証しについてどう思われますか。1コリント11章(かぶり物)に関して、どのような立場に立っていらっしゃいますか。

私たちの証しは聖書的真理を反映したものであるとお考えですか。それとも違いますか。

祈りのベールを着けている私たち少数の姉妹は、兄弟、あなたの助けを必要としています

姉妹たちはこのようにして証しを書くことはできます。

しかし、それを聖書の教えとして説き、説明し、弁証してくださるのは男性である兄弟に託された使命だと私は考えています。

祈りのベールについての文献・サイトを検索しながら痛感したのが、日本語による文献・サイトの少なさでした。いいえ、正確にいえば、私は一つも見つけることができませんでした。

最近、カナダ人の若い兄弟ジェレミー・ガーディナー氏が、勇気を持ってHeadcovering movementを立ちあげてくださったことで、これまでひとりぼっちでベールを着けていた姉妹たちが多いに励まされました。

彼は論文やエッセーを通して、そういった姉妹たちを教理的にも神学的にも弁護してくださっています。

尊敬する兄弟のみなさん、もしもこれが聖書的真理でしたら、どうか主の栄光のため、私たち姉妹のため、家庭の回復のため、次世代のため、声を挙げてくださいませんか。

インターネットを通して、論文を通して、書籍を通して、忘れ去られてしまったこの教えをもう一度「復活」させてくださいませんか。

私たち日本の姉妹の精神的支柱となってくださいませんか。

このお手紙を読んでくださってありがとうございました。


(2014年9月27日 追記)
つい最近、かぶり物についての教えを始められたイギリス人の牧師先生(福音主義)のインタビュー記事および証しをみつけました。ご関心のある方は、どうぞお読みください(英語)。→Pastoral Testimony








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前回の記事でお約束したように、私と同じような「旅路」を行く姉妹たちの証しをいくつかご紹介します。

プラット姉妹、パルナック姉妹、エープリル姉妹それぞれ快く翻訳の許可を与えてくださっただけでなく、あたたかい励ましの言葉をもいただきました。この場をかりて、感謝申し上げます。

クリスチャンのかぶり物についての私の証し(My Headcovering Testimony)(トッド・プラット婦人、米国在住)

イエスさまの御名によってごあいさつします。

どのようにしてかぶり物(headcovering)を着けるよう、主が私の心に働きかけてくださったのかをこれから皆さんにお分かち合いしようと思います。

私はかつてあまり霊的でない教会に通っていました。そんな中、教会の中のある女性が祈りのベール(かぶり物)を着け始めたのです。これだけたくさんの女性がいる教会の中で、彼女は勇敢にもたった一人でそれを始めたのです!

彼女は私の友人でした。私は最初、訳が分からず、〈彼女は日曜学校のスキットに出演していて、衣装のベールをぬぐのを忘れたのかなあ〉と思って、彼女に訊ねたところ、彼女は丁重に「いいえ、そうではないの。」と答えました。

それから何週間も経ちましたが、その間、私たちがそれを話題にすることはありませんでした。

でもついにある日、私は彼女をコーヒーに誘い、かぶり物について直接訊いてみたのです。そして一緒に聖書を開いていろいろ話し合いました。

そして彼女はどういう経過でかぶり物をつけるようになったか証ししてくれました。こうして私の心に神さまは種を植えてくださったのです!

その後、私はかぶり物をつけるべきだと確信するようになりました。でもそれを実行するまでにはそれからもう何か月かかりました。

最初は日曜日に、教会に行く時に、小さなかぶり物(髪のおだんご部分を覆うベール)をつけるだけでした。

しかしまもなく、私はスカーフ状の(髪全体を覆うタイプの)ベールに切り替えました。(これで、教会の中でかぶり物をつけているのは二人になったのです!)

やがて主はさらに私の心に働きかけてくださり、私はかぶり物をフルタイムでつけるようになりました。

これがどれだけ私の人生と結婚生活に変化をもたらしたか表現できないほどです!

従順な妻であることを思い出させる、この外面的なベールを着用するようになってから、私自身のものの感じ方、主人の振る舞い、周りにいる人々の行動等、いろんな変化が起こりました。

本当にすばらしい変化が起こったのです!主人は以前よりも私のことをいとおしんでくれるようになり、私は私で「もっと主人に従いたい」と願うようになりました。

でも周囲の反応すべてが肯定的だったかというとそうではありませんでした。

嘲られたり、ジロジロ見られたりしました。悲しみのほとんどは、自分と同年代の女性からの反応によるものでした。神さまの立てられた秩序に従っている私を見て、彼女たちは心に咎めのようなものを感じたのでしょうか。

その一方で、青年や年配の男性はもっと私に丁重でした。また年配の女性はベールをかぶっている私に親近感を持って近づいてきてくださり、会話をはじめたりしました。そしてそれがイエスさまのことを証しするすばらしいきっかけとなったのです。

ベールを着けていて、私はとても幸せです。主の御言葉を読み、それを実行する時、主イエス・キリストを知る知識と知恵において成長できるということを知りました。

ベールを着ける決心をしたことは、従順という面で、私にとって大きなステップでした。そしてそれを実行することができて本当によかったと思っています。

私のこの証しがみなさんにとって祝福となり、励ましとなりますようお祈りします。

(出典 http://www.christiancoverings.com/article_2/My-Headcovering-Testimony-by-Mrs.-Todd-Pratt.html)

head covering woman history

祈りのベールについての私の証し
(A.Parunak, The View from the Veil: My Journey into Full-Time Headcovering,Sep,2008)


「そう、それでね、、」 ホテルのベッドの端に腰かけていた私は、友に話し始めました。

「私、一大決心したの。実はね、私、フルタイムで頭にベールを着けることにしたんだ。」

私のことを知っている方は気づいていらっしゃると思いますが、私は頭にかぶり物(headcovering)を着けています。このことをいつかお話したいって思っていたんですが、どういう風に切り出せばいいのか分からずにいました。

クリスチャンは往々にして、こういったささいな違いをリトマス試験のようにして、誰が「聖いクラブ」にいて、誰がいないかといったような判断をしがちです。

もちろん、ベールを着けている他の姉妹のことを聞くと本当にうれしくなりますが、ここではっきりしておきたいことがあります。それは、かぶり物(祈りのベール)に関するあなたの立場がどのようなものであろうと、私は、キリストにある姉妹としてあなたを愛し、尊敬しているということです。

マタイ23:23 忌わしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。あなたがたは、はっか、いのんど、クミンなどの十分の一を納めているが、律法の中ではるかに重要なもの、すなわち正義もあわれみも誠実もおろそかにしているのです。これこそしなければならないことです。ただし、他のほうもおろそかにしてはいけません

私のベールは、いわゆる、はっかの十分の一のようなものだといえます。

そしてこれが「はるかに重要なもの」の一つではないことも十分承知しています。朝、頭にかぶり物を着けることは、わが子に対してイライラせず接してあげることに比べれば、百万倍も容易なことです。

それにクリスチャン生活において、頭にベールを着けること以上に大切なことはたくさんあります。

もしあなたが、「いつも喜んでいること」、「イライラを克服すること」、「時間を有益に使うこと」等の秘訣をすでにご存じなら、あなたは聖潔の道において、私などよりずっと先を進んでいらっしゃると思います!

では、どうしてあえてこのトピックについて書こうとしているのでしょうか。もしくはそもそも、どうして頭にかぶり物を着けようなどと私は決心したのでしょうか。

なぜなら、「これこそしなければならないことです。ただし、他のほうもおろそかにしてはいけない」からです。

神さまは今もなお、ご自身の民に「はっかの十分の一」を納めるよう言っており、聖書に対し正直に接するなら、やはり「かぶり物を着ける」という結論に導かれずにはいられないからです。

でもこれは今日、風変わりな慣習となっています。もちろん、近年、再び、かぶり物を着ける姉妹たちが増えてきているように見受けられますが、それでもやはり、依然として少数派です。

それゆえに、――これ自体は小さなトピックかもしれませんが――、ここに至るまでの私のストーリーおよび私のとっている立場について、お分かち合いしたいと思っています。

この証しを通して、私と同じような道をたどっている姉妹たちを励ますことができるなら、またそうではない姉妹の方々が、かぶり物を着けている姉妹たちのことをもっと理解くださるなら、とても幸いです。

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かぶり物についての私の「旅路」は、ミシガン州グランド・ラピッツにいる私の伯父夫婦の15人乗りバンの中で始まりました。

私の後ろの座席には、(後に私の夫となる)青年が座っていました。彼は当時16歳でした。私たちは前の晩、知り合ったばかりでした。

日曜の朝、バンで伯父さんたちの教会に向かう途中、伯母さんは後ろを振り向いて、祈りのベールの詰まった入れ物を手にこう言いました。「うちの教会の女性たちは、この小さなベールを着けているの、、、」


かぶり物(ベール)を着けるというクリスチャンの慣習は、Ⅰコリント11:3-16から来ています。

しかし、女が、祈りや預言をするとき、頭にかぶり物を着けていなかったら、自分の頭をはずかしめることになります、、、かぶり物を着けなさい(Ⅰコリント11:5a、6b)。

教会に到着した時、私はレースのスカーフを頭に着けました。そして車の窓を鏡にして自分自身を覗き込んでみました。

とっても不思議な気持ちでした。

なんというか、守られている安心感みたいなものを感じました。特別な気持ちでした。

そして出会ったばかりのあの青年は、これは聖書的な教えだと強く言っていました。うーん、じゃあ、私は今までどうしてこのことを学んでこなかったのかしら?


かぶり物に関する反論の中で一番多く聞くのが、「ここで言っているかぶり物というのは、実際には、長い髪のことを言っているのであって、ベールとか帽子のことを言っているのではない。」というものです。

(もしこの聖句に関する非常に学術的な説明文をお読みになりたい方は articleをクリックしてください。この論文の中で義父はどうしてこの反論が誤っているかということを説明しています。)

私が個人的に、前述の解釈(かぶり物=長い髪という説)を受け入れられない理由は、この読み方をすると、6節が全く意味をなさなくなってしまうからです。

「長い髪」ロジックに従うなら、あなたの髪が長ければ、頭は「おおわれている」ことになり、あなたの髪が短ければ、頭は「おおわれていない」ことになります。

6節では、かぶり物を着けないことについて言及がなされています。もし「かぶり物を着けない」のところが、「短い髪」と置き換えられるのだとしたら、ここの聖句はこうなります。「女が短い髪なら、髪も(also)切ってしまいなさい(短い髪にしなさい)。」 

もしすでにあなたの髪が短いなら、どうして(alsoという言葉を使い)、短い髪にしなさいなどということができましょう?

ここが、「長い髪」と「かぶり物(ベール)」という二つの物について言っていると理解してはじめて、この聖句はつじつまが合うように私には思われます。

この若いパルナック氏と私は一週間もしないうちに恋に落ちました。

私は休暇後、実家のあるオレゴン州に戻りましたが、求婚者である彼と私は手紙や電話でのやりとりを続けました。

自分にとっては斬新なアイディアであったかぶり物のことについても私は葛藤していて、彼ともよくそれについて話し合いました。


もう一つ、ひんぱんに出される反論として、「かぶり物は、コリントでの単なる文化的問題にすぎなかった。」というものです。

この線に沿ったありとあらゆる説明を私は耳にしてきました。

その中でも一番奇抜だったのは、次のような解釈でした。

「コリントの女性は実際、教会内で服をもろとも脱ぎ捨てていた。彼女たちの『脱ぎっぷり』はまずベールを脱ぎ捨てることから始まっていた。だから、パウロがここで言っている真意は、彼女たちに『ストリップはやめなさい』ということなのだ。」

私はこういう見方にも納得することができませんでした。

Ⅰコリント人への手紙は、コリントにある教会に宛てて書かれたものですが、同時に、「私たちの主イエス・キリストの御名を、至る所で呼び求めているすべての人々(Ⅰコリント1:2)」に対しても書かれています。

ですから、この教えは全ての人のためのものであり、そこに書かれてある掟は、地元の都市や文化うんぬんにかかわらず、全ての信者に適用されるものです。

でも私にとって、「コリントの文化」を持ち出したロジックを受け入れることができない最大の理由は、

「市場にいる人たちがあなたのことを売春婦だと思うといけないから、かぶり物を着けなさい。」とか「かぶり物を着けなさい。そうしたら、あなたの兄弟姉妹はあなたのことを誤解しないだろうから。」

――そんなこと、聖書は全く言っていないからです。

聖書には「ですから、女は頭に権威のしるしをかぶるべきです。それも御使いたちのためにです(Ⅰコリント11:10)」と書かれてあります。

ここで取り扱われている文化というのはコリント文化ではないのです。そうです、これは御使いの文化のことを言っているのです。

私は御使いの文化がどんなものか知りません。ですから、主の御使いたちが見るために、主が私に何かをするように求められるのなら、いろいろと問いただすことをせず、単純にそれを実践すべきだと私は思います。

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手芸店で購入した円形のレースでアレンジし、細かい縁取りの入った帽子。

決心はしたものの、私の心臓はドックンドックン高鳴っていました。周りの人はどう思うだろう?かぶり物を着けて母教会に行ったら、みんな何と言うだろう?

周りの人と違っているというのは容易なことじゃない。

でも私には選択の余地がありませんでした。このことを信じ始めていたからです。

でも教会に行ってみると、自分の予想に反して、人々は何も言いませんでした。


かぶり物はとにかく「奇妙すぎる」と言う人もいます。クリスチャンの姉妹が変てこな布を頭に着けなければならないと聞いたら、世の女性たちはクリスチャンになりたがらなくなるんじゃないかと。

この主張はⅠコリント9:22「すべての人に、すべてのものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです」という聖句に基づいてなされています。

これは自分たちで考え出した何かについての事なら考慮してさしつかえないと思います。例えば、鼻の先にまがい物のサイの角をつけたりしないとか、そういう理由ならきわめて妥当など思います。

でも神さまが私たちにお与えになっている掟を捨て去る言い訳にするのなら、それは良い理由とはいえません。

クリスチャンは「奇妙に」見えるような多くのことを実践するように召されています。

例えば、結婚までは性行為をしない、飲酒をしない、自分たちを憎む人たちを愛すことなどです。

「私は売春婦の人たちに福音を伝えようとしている。だからそういった売春婦の人たちに違和感を覚えさせないために、私は売春を支援する必要がある。」とか、

「ゴシップ好きな、お茶仲間の女性たちに福音を伝えたい。彼女たちに、『あなたはクリスチャンになれるし、しかも今まで通り普通に生きていける』ということを分かってもらうために、私もゴシップを始める必要がある。」などという論理が通るでしょうか。

そんなことをあえて真剣に言う人がいるでしょうか。

何かを実践するように神さまが私たちにおっしゃっているのなら、たとえ奇妙な感じに見えても、私たちはそれを行なわなければならないのです。

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こうして次第に、私は「いつも帽子をかぶっている女の子」として知られるようになっていきました。

私は教会や大学でのキリスト者の集まりの時にかぶり物を着け、またデボーションの時を持つたびに着けました。

でも段々と、私はあることに気づきはじめたのです。デボーションの時を終えても、「はい、これで神さまとのデボーションの時は終わり!」といった風に割り切ることのできない自分がいました。

主とのこの親しい交わりの時をひきつづき持ちたい、祈りを通して主とずっとつながっていたい、そう願う自分がいたのです。

いちいちかぶり物を取ったり着けたりすることなしに、いつでも祈りたい時に主にお話することができたら――私の中でそういう思いが芽生えてきました。


デボーションの時が終わり、大学の教科書を取り出す時にも、かぶり物をそのまま着けていたいと願うようになりました。

そうこうするうちに、気がつくと、寮の部屋にいる間中、私はベールを着けているようになりました。

大学卒業後、私はパルナック兄と結婚しました。家に一人でいる時はかぶり物を着けていましたが、主人が帰ってくる音を聞くや、それをバサッと取り去りました。

というのも、主人は、教会にいない時や、共に祈っていない時には、私にかぶり物を脱いでほしいと思っていることを感じていたからです。


一方、Ⅰコリント11章の「男は祈る時、頭にかぶり物をつけてはならない。」という部分に関しては、どれだけ多くの男性が現在でも真剣にこの教えを守っているでしょうか!

祈る時、兄弟たちは、たとえ嵐のような雨の中であろうとも、ギラギラ太陽の照りつける炎天下であっても、帽子をぬいで祈りますし、説教者の男性が、帽子をかぶったまま会衆の前で祈ることなど、彼らは絶対に許しません。

でもそうしている当の男性たちが、こと自分の妻のことになると、妻がかぶり物を着けずに祈っていることなどちっとも気にしていないのです。

「Ⅰコリント11章は髪のことを言っているんだ。」とそういった兄弟の方々は言うのかもしれません。

でも不思議でならないのは、もしそれが本当ならなぜ、彼らは今も祈る時に帽子を取らなければならないと感じているのでしょうか。

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また話を戻します。私たち夫婦はある時、教会から家に戻る車中にありました。

私は主人に正直にこう話しました。

「お友だちにね、『私、いつもベールを着けていたいなってすごく思うの。でも主人がそれを嫌うって分かっているから、やらないの』って話したの。」

すると主人はこう言いました。「いつもかぶり物を着けるっていう考えを誰に吹き込まれたの?」 

その晩、私たちはもう一度、一緒にⅠコリント11章を読みました。女性が祈る時にはかぶり物を着けるべきであると言っているように確かに私たちには思われました。

それに加え、私たちは「絶えず祈る(Ⅰテサ5:17)」ことが求められています。

私たち夫婦はこれらの御言葉に励まされ、主人は私がフルタイムでかぶり物を着けることを許してくれたのです。私はとってもうれしくなりました。


現在、私は長いスカーフタイプのベールを着けています。そしてそのベールを愛用しています。他の人と違っていることで、今でも時々しんどい思いをすることはあります。

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それに、、、ちょっと変に聞こえるかもしれませんが、世の中の人よりも、クリスチャンの間にいる時の方がずっと精神的に大変なのです。

一方で、通りがかりの人は、目に見えるほどに私にやさしく接してくれます。私が公の場でもっと「フツー」に見られようとしていた時にはほとんどみることのできなかったような、やさしさと敬意を多くの人々から感じるようになりました。

またそれは公の場における私の証しの機会を増やすことにもなりました。なぜなら、人々はみているからです。

私と同じような理解の仕方でⅠコリント11章を信じている姉妹にとって、フルタイムでのベールは、「ぜいたくなやすらぎ」といえましょう。

なぜなら、自分の手が生肉やらパン生地やら、庭の土やらで汚れていることを心配することなく、もしくは、洗濯や赤ちゃんの世話で、祈りたい瞬間にベールを着けることのできない状況を憂うことなく、一日中いつでも祈りたい時に祈ることができるからです。

これが私の証しです。ありがとうございました。

(出典http://pursuingtitus2.com/2008/09/06/the-view-from-the-veil-my-journey-into-full-time-headcovering/)

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エープリル・カスィディ姉妹の証し(米国在住)
(April Cassidy, A long lost secret of God to strengthen our prayer lives and marriages


2010年3月16日―その日、神さまと私はがっぷり四つで対話をしていました。

その頃、私は第一コリント人への手紙を通読していたのですが、その日は11章でした。

そしてはたと止まりました。今まで何度も読んだことのあった章なのに、あたかも初めて読んでいるかのように感じたのです。

それまで私はいつもこの章の最初の16節はすすっーと読み飛ばして、それについて少しも良心の呵責を感じていませんでした。

でも今回、なぜだか私はそれを無視することが全くできなかったのです。神さまが私の目をそこに向けさせたのです。

神さまに押され、私はここの聖句に取り掛かり始めました。これに解決をつけない限りは神さまは私をこの先一歩も進ませてくれない、そんな感じでした。

1コリント11章に取り組む前、私は主人を敬うことについて、そしていかに神さまが夫を私の権威としてお立てになったのかということについて学んでいました。

そしてその学びを通して、神さまが「霊的権威」について語っておられる時にはいつでも注意を向けなければならないことに気づいていました。霊的権威というのは、とてもとても大切なテーマです。

Ⅰコリント11章には、結婚について、そして神のデザインされたものついての深奥な真理が語られています。

みなさん、どうかこの箇所を敬虔な思いを持って、そして御霊に満ちた斬新な目でもって読んでみてください。

そして祈りつつ、神さまがあなたの心に語ろうとしておられることは何でも受け入れますといった、開かれしスピリットを持って読んでみてください。

Ⅰコリント11章1-16節

しかし、あなたがたに次のことを知っていただきたいのです。すべての男のかしらはキリストであり、女のかしらは男であり、キリストのかしらは神です。

男が、祈りや預言をするとき、頭にかぶり物を着けていなかったら、自分の頭をはずかしめることになります。それは髪をそっているのと全く同じことだからです。

女がかぶり物を着けないなら、髪も切ってしまいなさい。髪を切り、頭をそることが女として恥ずかしいことなら、かぶり物を着けなさい。

男はかぶり物を着けるべきではありません。男は神の似姿であり、神の栄光の現われだからです。女は男の栄光の現われです。

なぜなら、男は女をもとにして造られたのではなくて、女が男をもとにして造られたのであり、

また、男は女のために造られたのではなく、女が男のために造られたのだからです。

ですから、女は頭に権威のしるしをかぶるべきです。それも御使いたちのためにです。

とはいえ、主にあっては、女は男を離れてあるものではなく、男も女を離れてあるものではありません。

女が男をもとにして造られたように、同様に、男も女によって生まれるのだからです。しかし、すべては神から発しています。

あなたがたは自分で判断しなさい。女が頭に何もかぶらないで神に祈るのは、ふさわしいことでしょうか。

自然自体が、あなたがたにこう教えていないでしょうか。男が長い髪をしていたら、それは男として恥ずかしいことであり、

女が長い髪をしていたら、それは女の光栄であるということです。なぜなら、髪はかぶり物として女に与えられているからです。

たとい、このことに異議を唱えたがる人がいても、私たちにはそのような習慣はないし、神の諸教会にもありません。 
 

でも、この箇所は現在もう適用されない、、、そうですよね?

これはこれで置いといて、次の17節から始まる主の晩餐の話題に移っちゃいけませんか?

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私は神さまと格闘しました。

なんだかんだ理屈をつけて主を納得させようとしました。

「ほら、イエスさま、見てください。私、長く髪を伸ばしているじゃないですか。長い髪―これが私の女性としての光栄ですよね。それで十分じゃないですか?」 

そしてなんとか理由を見つけて、神さまが私に求めておられるらしいことから逃れようとあがいていました。

私はこれまで多くの牧師が、かぶり物というのは「文化的なこと」であり、現在、もはや適用されないと言っているのを聞いてきました。

でも私はそういう理由付けに納得できませんでした。

というのも、パウロはここで霊的権威そして神>キリスト>男>女という「かしら観headship」について、創造における男女の秩序について言及しているからです。

また、パウロは女性がかぶり物を着けなければならない理由として御使い、ならびに夫の霊的権威が彼女の上にあるというしるしのことを挙げています。

こういった理由は、どう考えても「文化的」だとは私には思えませんでした。

またこのテーマを学んでいく中で、教会の女性は1900年以上に渡り、祈りや預言をする時、かぶり物を着けていたことにも気づきました。

さらに多くのクリスチャン女性は、常時(つまりフルタイムで)、かぶり物を着けていました――それにより、家の「かしら」である夫にまっとうな敬意を払いつつ、いつでも「適切に祈る」ことができたからです。

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しかし1960年代になりフェミニズム運動の高揚にともない、女性たちは祈る時や教会に行く時、もはやかぶり物を着けなくなっていったのです。

かぶり物の象徴がもはや私たちにとって「文化的に今日的意味を帯びていない」理由は、私たちが、神より与えられし夫の権威を捨て去ってしまったことにあるのです。

私たちは権威に関する神のシステムを捨て去ってしまったため、もはや夫の権威の象徴などをもはや「必要」としなくなったのです。そうです、もう神のやり方は御免だと私たちは結論づけたのです。

こうして神のやり方は現代女性にとって「抑圧的」「性差別的」「家父長的」「旧式」「不適切」だとみなされるようになりました。

(でもことわっておきますが、男性が全権を持ち、妻たちを支配していた時分、男性たちによって虐待されひどい扱われ方をしてきた女性たちがいた(いる)ことを私は全くもって認めます。

それは女性に対するむごい不正義であり、そういった夫たちは権威を乱用したことに関し、義にして聖い神の前に申し開きをしなければならないと思います。

虐待や暴虐は神が私たちに望んでおられることではありません。エペソ5:22-33では、結婚に関する神の美しいご計画が言及されています。)

ですから、1960年代、私たちの文化は――教会内でさえも――夫や教師、牧師、政府のリーダーといった人々に対する敬意、そして親に対する敬意を投げやってしまったのです。

60年代、70年代のフェミニズム運動、ヒッピー、反戦運動により、私たちは「権威からの自由」を得ました。でもその権威というのは、私たちを保護し、益を与え、供給し、主の方法でもって私たちを導くべく、神が私たちの上に置かれたものだったのです。

Feminist demonstration

そういう物が取り去られた後、残るは全て、「私」に関することのみ、となりました。私がほしいもの。私が一番いいと思うもの。誰が金輪際、権威のことなんか考えるものですか!私たちがほしいのは「自由」と「独立」なの!

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義憤

そのうち私は内に義憤を覚えました。

私たちの世代がどれほど女性としてのアイデンティティをはく奪されてしまったか、どれだけのものを私たちは失ってしまったのかー神の知恵、結婚に関する神のご計画、女性らしさ、育児、、、こういったものはことごとく私たちの世代には無縁のものです。

私たちの前の世代がボールを落としてしまったのです。そして私たちは今その代価を払っており、しかもその代価というのは天文学的に高いものです。今日、結婚の実態をみてくださいーそして私たちの教会の実態を。

(私自身の結婚も、非常に高い代価を払いました。

それは、私がかつて神より与えられし権威につばを吐きかけ、

「私は夫よりもよく知っている!私は神よりよく知っている!私がここの責任者なの!神よ、あなたにきく必要なんてない!私はわが道を行くんだから!」

と世的で不敬虔な態度を受け入れてしまっていたことに原因がありました。)


私の従順はどれほど深いものか?

今や私は神の御言葉を受け入れ、神に従おうと考えるようになっていました。

なんといっても、神は私の主なのですから!天が地よりも高いように、主の知恵は私の知恵よりすぐれているのです。主であり王である、私の愛の対象である神さまに「No!」などと言えるでしょうか。

それで、今、このトピックに関する私の歩みについてみなさんにお分かち合いしているのです。なぜなら、この証しによって神さまに栄光を帰すことができると思うからです。

私は人からの称賛を求めていません。もし人からの称賛がほしいのだったら、このトピックについてなどぜったい書かなかったでしょう。

私はかぶり物についての議論を、賛成側/反対側、両サイドから検証してきましたが、これは多くの女性にとって、かなり物議をかもしだしている問題だということに気づきました。

でも私にとって問題は結局のところ、「主が私に何かをするように求められた時、私はそれに従うのだろうか、それともあえて自分の思う通りにやっていこうとするのか?」というところにありました。

結婚しても自分の思うがままに振る舞っていた頃、夫を尊敬することなんてちっとも理解せず、結婚の舵とりを自分がしていた頃――私は自分たちの結婚生活をめちゃくちゃにしていました!

その結果、自分があれだけ求めていた親密感は得られず、私はさみしく、ストレスだらけの女性でした。

私は心配ばかりし、批判的で、マイナス思考で、ゆううつ、かつイライラした女性でした。いろんな面で、私は敬虔な女性とはいえない存在でした。

私の人生、態度、言葉や行ないは神に栄光を帰すものではありませんでした。

主人はというと、彼は無気力で消極的な人でした。私たちの結婚生活は、キリストと教会の奥義を表すものからは程遠いものでした。

だからⅠコリント11章で、権威の秩序のことを読んだ時、私は苛立ちませんでした。

いやむしろ、自分の人生に、神さまの立てた権威の秩序を喜んで受け入れたいと思ったほどでした。というのも、これまでの過程で、主のやり方に従う時、自分の心に深い平安が訪れることをすでに発見していたからです。

私をカバーし、養い、権威となり、守る者として神さまが主人をお立てになったことを受け入れました。

すでに一年前に、敬意を示すことや聖書的服従(submission)について学んでいたので、このこと自体は難しいことではありませんでした。

でも私にとってしんどかったのは、祈る時に、頭の上に何かをのせるよう、神さまが私に求めていらっしゃるということでした。

そんなのイヤ、したくないって思いました。だってそれって変じゃないですか。周りにいる人だって誰もそんな事してないし。

(そういえば、うちの教会には2、3人、帽子をかぶって礼拝に参加する姉妹たちがいましたが、それでも2000人以上の教会の中にあってはほんの一握りの人でした。)

とにかく、人に変って思われたくありませんでした。それに不便だし。

今の世じゃ、文化を逆行するようなものです。エー、いやだー。「神さま、本当にしなくちゃならないんですか?そんなことし始めたら、大恥かくことになります!」

恥ずかしい、、、

でもその時、私の発言が、神さまの耳に、どんなに浅はかに聞こえているだろうということに気づきました。

キリストは私に代わって、非常に屈辱的でむごたらしい死を死んでくださったのです。

私が帽子やベールなどを頭につけて祈ることで、キリストに栄光を帰すことができ、主人に敬意を示すことができるのなら、そしてそれが御使いや主のためなのなら、

――それなら、「そんな犠牲なんてあなたのために払いませんよ。あなたは、私にとってそこまで価値ある方ではないんです。あなたが望んでおられることを進んでするほどの信仰は私にはありません。そう、たとえそれが自分の頭に帽子やベールを着けるといったシンプルなことであっても、です。」

などと神さまに言う私って何様なんでしょう?
あぁー!

決心

それで神さまが私にこれを実践するよう求めておられるなら、私は主に従おうって決心しました。私はその事に関して祈り、主人の同意を得ることができますように、と祈りました。

そして主人に打ち明けたのです。

あのー、、、ベールで頭をおおってもいい?家で祈る時、それから教会で祈る時、私の上に立てられたあなたの(夫としての)権威に敬意を示すために、、

それを聞いた夫は答えました。「うん、いいよ。」

えっ???何?ほんとに?

こんなにあっさり同意してくれた夫の反応に私はびっくり仰天してしまいました。

私は、ここに神さまが働いておられることをみました。

「分かりました、神さま。あなたに従います。他の誰も、そんなことしてなくても、とにかく私は従います。」

親愛なる奥さん、神さまに愛されている姉妹のみなさん。私はここでみなさんに、「あなたもかぶり物を着けなさい」と言っているのでしょうか。

いいえ、これは私とあなたとの間のことではないのです。

これはあくまであなたと神さまとの関係にかかわることなのです。

あなたにどうしなさい、こうしなさいという資格は私にはありません。

ただ神さまがあなたの目を開いてくださいますようお祈りします。

私たち女性が失ってしまった霊的慣習について、あなたの目が開かれますように。

そして神さまの御言葉にさらされ、主に従うことのすばらしい益について、あなたの目が開かれますように。

決断はあなた自身にかかっています!

あなたは私に申し開きをするわけじゃないのです。私たちは皆、神さまに申し開きをするのです。

もしここの聖句が、1世紀のクリスチャンのためだけに書かれたものであり、私たちのためではなかったとしたら、どうなるんですか?

では、祈る時にかぶり物を着けるのが、どういうわけか「間違い」だったと仮定しましょう。

そしてある日、私は召され、天で主に会い、主は私にこんなことをおっしゃったとします。

「ああ、あのⅠコリント11章の聖句ね?あれはね、わたしがうっかり間違って、聖書に入れてしまっていたものなんだよ。あれは間違いだった。かぶり物を着けなさいという意図はわたしにはなかったんだよ」と。

そう、それで私は何を失いますか?

唯一、失ったものとして追憶できるのは、おそらく、祈っていた私の外観が他の人とは違っていて、ちょっぴり変に見えていた――それくらいだと思います。

でもそれって大きな損害ではありません!それほど大きな損害ではないのです。

それに仮に、この聖句が2013年においては文化的に意味をなさないものだと主が考えておられたとしても、聖書の言っていることに従順に従おうとした私の姿勢によって、主に栄光が帰されないでしょうか。

そして神より与えられし主人の権威を私が認め、それに敬意を示していることで、主人に光栄が帰されないでしょうか。

神さまは私の従順そして主に従いたいと願う心を理解し、いとおしんでくださると思います。

私の側からのそういった従順な態度、それがかぶり物そのもの以上に、神さまにとって意味があるのだと思います。

一方、Ⅰコリント11章を含めた神の御言葉が、現代を生きる私に実際、適用されるのだとしたら、いったいどうなるのでしょうか。

もし神が実際に、聖書の中にこの聖句を入れてくださったのだとしたら?

もし主がご自身の主権のうちに、ある明確な意図をもって、この聖句を入れてくださったのだとしたら?――そして私がそういう主のおっしゃることにあえて従わないのだとしたら?

もしくは、「えっ、だって、今じゃ、誰もかぶり物なんか着けてませんよ。だからこの掟には従わなくたっていいに決まっている。」と言い訳をしながら、神の掟をないがしろにするのだとしたら?

こんなに小さいことを実践することを拒む自分は、どうやって主に申し開きをすることができるのでしょうか。

どうやって自分を弁護することができるのでしょう。

王の王、主の主にどんな言い訳ができるというのでしょう。

私はどんなにしても言い訳を打ち立てることができませんでした。

なぜ主が私にそれを求めておられるのか、その意味が分からないとしても、主に対する私の従順を神は祝福してくださると思います。

たとえ、それが不人気なことであっても。たとえ、ひとりぼっちでそれに従うことになったとしても。

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かぶり物(ベール)を着けて祈ることによって受けているたくさんの祝福

私は一人で祈る時、また教会で祈る時、かぶり物を着けていますが、こうやって神さまに従ったことで、思いもかけない祝福がたくさん与えられたのです。

主人の権威に対してふさわしい態度をとることが前よりもずっと容易になりました。自分の頭に彼の権威のしるしがあることを自覚しているからです。

また、祈ることに対して、主人に対して、また神さまに対して、どのような態度でのぞんだらいいのか、そういうことが以前より分かるようになりました。

• かぶり物を着て祈る中で、神さまが、私を守り導くために主人を私の上に置いてくださったことを知り、主人に対して、以前よりも、もっと謙遜になり、感謝するようになりました

• 祈る中で以前よりもっと主人を尊敬するようになりました。

そしてそうやって尊敬の念をもって神さまに近づく時、その時に、力強く奇跡的な方法で祈りが答えられるのを体験しています。それは不遜な態度で神さまや主人に接し、祈っていた時には決して見ることのできなかったものでした。

• かぶり物は、効果ある力強い祈りの生活の大きな鍵だと思います!

頭の上の小さな布切れにマジカルパワーがあるとか、「かぶり物を着けないのなら神さまは私の祈りを聞いてくださらない」とか、そういうことではありません。

でも、かぶり物は、祈る上での私の態度、心の姿勢に確実に影響を与えています。

また、私を高ぶりから守ってくれてもいます。神さまにとって一番大切なのは、祈る時の私の心の態度であり、主人に対する態度なのです。

外面的な象徴は、主として私自身の益のためであり、また主人の益でもあり、御使いのためでもあるのです。

• ベールや帽子をかぶって家で一人で祈る時、私は以前よりもずっと霊的に主人とつながっていること、そして主人と近いことを感じるようになりました

かぶり物という象徴は、主人の権威や私に対する守りを思い出させるものですが、それによって、主人の愛の中で、そして神さまの愛の中で、(前よりもずっと)「守られている」という安心感を得るようになりました。

そしてその愛の中に安心して憩うことができるようになりました。

• 祈る前にかぶり物を着けるという行為によって、日々、私は自分の上に立てられた主人の権威の大切さを認識するようになり、それによって夫婦関係をふさわしい形でみることができるようになりました。

そして主人にもっと敬意を払うことができるようになりました。

• 私が夫の権威を認めるしるしである、かぶり物を着けはじめたことで、主人は、わが家の霊的リーダーとしての自信を回復し、「自分は神さまの方法で、妻や子どもたちを導くという深遠な責任があるんだ」ということを自覚するようになったそうです。

男の人は視覚に強い存在です。神の前に、私がこのような形で夫を敬おうとしているという事を夫が「見る」時、それは力強く、彼の魂に語りかけるのです。

こういった神さまの深い奥義は、あまりにもすばらしく私の理解を越えています。

上に挙げた祝福の他にも、パウロ自身、次のようなことを挙げています。

• 主人のリーダーシップおよび権威を認めていることを示すべく、かぶり物を着けるという私の行為は、天にいる御使いたちにインパクトを与えているというのです(Ⅰコリント11:10)。

• 私がみずから進んでかぶり物を着けることは、かしらと霊的権威という神さまの秩序に対して敬意を示すことであり、それは主にとって大切なことです。

ASIAN HEADCOVERING

かぶり物は私の光栄である私の髪(15節)をおおうものです。

それゆえ、「私」の光栄は、祈りの間、見えなくされているのです。一方、主人はキリストの栄光の現われであるため、主人の頭はおおわれていません。女性は男性の栄光の現われです(7節)。

男性の栄光は祈りの間、おおわれていなければなりません。主の御目的に仕え、主に栄光を帰すべく、このような形での礼拝や祈りを神さまは望んでおられるのです。

かぶり物を着けるという私の行為は、男性がまず造られ、その後、(男性が女性のためではなく)女性が男性のために造られた(9節)という創造の秩序に関係するものです。

それは神と人間の関係を髣髴させるものです。

神ははじめからおられ、(神が人のためではなく)人が神のために造られました。そこには神さまの深い奥義があって、謙遜に告白しますが、それは私の理解を越えています。

私にはこういった一片の布きれが、正確にどういう重要性をもっているのか、それも分かりません。

ただ分かるのは、主人の権威のしるしを頭に着けようという私の意思によって、霊的および天的な領域で起こっている事に、何らかの影響が及んでいるということです。

ですから、たとえ全部の意味は分からなくても、神さまのくださった処方に従うのが賢明だと思います。

患者さんは、たとえ処方箋が自分の体内で薬学的に生化学的にどのように働いているのか全く知らなくても、お医者さんの指示に素直に従うことで、薬が効き、いやされるのです。

私たちがお薬を飲むなら、自分の理解とは関係なく、処方箋はちゃんと効を為すのです。

神さまの掟もそんな感じだと思います。主より恩恵を受け、また神さまに栄誉を帰すために、私たちに求められているのは理解ではなく、あくまで従順なのです。

これって律法主義的?

祈り、聖書朗読、教会に行くこと、夫を敬うこと、人を愛すること、十一献金をすること、慎み深く身をつつむこと、、、神さまに対するどんな従順の行為であっても、それを律法主義的なレベルにおとしめることは可能です。

鍵は、私の動機にあります

もしキリストに栄光を帰し、キリストを喜ばせたいというのが私の願いなら、それは律法主義ではなく、喜びに満ちた自発的な従順です。神さまは、私が正しい動機でもって、正しいことをするよう望んでおられるのです。

ネモフィラ

(2014年4月9日更新追記)。これまで家や教会で祈る時は、スカーフを頭にかけていました。数ヶ月前、グレッグ(主人)が「帽子をかぶって教会に行ってもいいかもね。」と言いました。帽子も、すごくいい感じです!家で祈る時は、今でもスカーフを使っています。

私は個人的に、フルタイムではかぶり物を着けていません。でも、もしグレッグがそうしてほしいって望むなら、もちろん、喜んでそうするつもりです。この聖句を文字通り生きることで、私は主人に敬意を示そうと努めているのです。

この証しを読んでくださって、ありがとうございました。

http://peacefulwife.com/2012/05/24/a-long-lost-secret-of-god-to-strengthen-our-prayer-lives-and-marriages/


付録)さらに祈りのベールについて知りたい方へ(Youtubeでの姉妹による証しと同胞姉妹への励ましメッセージ:英語)









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かぶり物?祈りのベール??

何のこと?あなた、もしかしてカトリック?

いいえ、私はカトリックではありません。私は聖書信仰のクリスチャンです。

そして、今回、お証ししようと思っているのは、Ⅰコリント11章に書いてあるかぶり物(headcovering)についてです。

表題に、My headcovering journeyと書いたのには理由があります。

それは私にとってまさしく「旅路」と表現することのできるものです。

この旅は完成したわけでも、終わったわけでもありません。私は、自分の臆病さ、弱さによろめいたりしながらも、現在進行形で前に進んでいこうとしています。

これから書くのは、葛藤も恥も含めた、私の精神の歩みの記録です。

☆☆
ことの始まり

7、8年前にさかのぼりますが、私は新約聖書を通読していました。Ⅰコリント11章にさしかかり、

しかし、女が、祈りや預言をするとき、頭にかぶり物を着けていなかったら、自分の頭をはずかしめることになります、、、(11:5)。

の節を読んだ時、突然、「えっ?ちょっと待って。」と思いました。

〈私、祈る時、頭に何も着けていないけど、これって、どうなんだろう?〉

今まで何十回もこの箇所を読んだことがあったはずなのに、その疑問が湧いたのはその時がはじめてでした。

〈でも、私の尊敬する姉妹たちは誰もかぶり物とかベールなんて着けていない。おそらく、この節の背景には、私みたいな若者が知らないような深い事情があるんだろう。うん、きっとそうにちがいない。〉

それで、その後は特に考えず、次の12章に移っていきました。

でも、数カ月して、通読の箇所が再び1コリント11章に巡ってきた時、今度は、前回にも増してすっきりしないものを感じました。

普通に読めば、この箇所でパウロは、「姉妹たち。祈る時や預言をする時は、頭にかぶり物を着けなさい。」と言っているように確かに思えるのです。

でも、そうであるはずがないのです。

だって、こんなにたくさん聖書に通じた牧師先生やクリスチャンがいるのです。その人たちがかぶり物のことを教えていないのだから、やっぱり、そうであるはずがない、、、のです。

でも、パウロの言っていることはなぜかストレートに聞こえる、、、、

そう思うと、だんだん不安になってきました。それで、注解書の先生方は何と言っておられるか、それを読んでみようと思いました。

そうして注解書をひもといてみると、

「当時のコリントでは、売春婦だけがベールをかぶらずに外を行き来していた。パウロはコリントの姉妹たちがこういった売春婦たちに間違われることを懸念し、かぶり物を着けるように指導していた。」

というような説明がしてありました。

〈あっ、そうなんだ。じゃあ、これはコリントの姉妹たちだけに向けられた掟で、私はこの御言葉には従わなくていいってことなんだ。ああ、安心した。〉

そうして私の良心はとりあえずなだめられました。

☆☆

その後、ある時期、私は、どのような論法で人々が、聖書が×(バツ)と言っていることを○(マル)とあえて主張しているのか(例えば、ジェンダー問題)調べていました。

調べていくと、そこには共通したパターンがあることに気が付きました。そのパターンとは、

1)原典のギリシア語をいじる。(つまり再解釈する。)

2)「当時の文化は、、、」と言って、聖書の原理を「文化論」に切り替える手法でした。

実際、さらに調べていくと、「当時の文化は、、」という説明には、史実に乏しいフィクションがかったものが多くあることに気づきました。

〈えっ、じゃあ、Ⅰコリント11章のあの文化背景の説明はどうなんだろう?鵜呑みにしちゃったけど、あれは果たして信ぴょう性のあるものだったんだろうか?〉

一応、おさまっていた心の波が再び荒れ始めました。

探究はじまる

こうして再び私は1コリント11章をじっくり読み始めました。

しかし、あなたがたに次のことを知っていただきたいのです。すべての男のかしらはキリストであり、女のかしらは男であり、キリストのかしらは神です。(3節)

男はかぶり物を着けるべきではありません。男は神の似姿であり、神の栄光の現われだからです。女は男の栄光の現われです。(7節)、、、


〈ちょっと待って。やっぱりこれって、コリント文化うんぬんの問題じゃないよね。パウロは、創造の秩序のことを言っている。その最大の証拠に、10節では、

ですから、女は頭に権威のしるしをかぶるべきです。それも御使いたちのためにです

って書いてあるじゃない。それにこのセクションには一言だって『文化』という言葉が書かれていない。うーん、どうやらここも文化論で片づけることのできない箇所らしい。。。〉

また、「コリントの売春婦云々」説も、いったい何を源泉資料に主張されているのか、掘り下げてみました。

そして、19世紀の注解者アダム・クラーク氏が、最初にこの説を唱えはじめたということを突き止めました。(Adam Clarke’s Bible Commentary, http://www.godrules.net/library/clarke/clarke1cor11.htm.)。

でも、不思議なことにアダム・クラークはその説をどんな一次資料から導きだしたのか明らかにしていませんでした。

さらに探究していく中で分かったのは、神殿娼婦制度のあった古代のコリント市は、紀元前146年に破壊されていたということでした。(Shipley,G. The Greek World After Alexander 323-30BC. London:Rontledge, p.384-385)

ユリウス・カエサルがその後、100年後に、コリントをローマ帝国の都市として再建しましたが、Ⅰコリント人への手紙が書かれた時期は、すでに神殿娼婦制度が廃止されて200年余り経っていたのです。

また、アレクサンドリアのクレメンスやテルトゥリアヌスといった初代クリスチャンの著作を読みはじめると、さらにいろいろなことが分かってきました。

一番目に、かぶり物の慣習は、コリントに限定された地域的なものではなく、ヨーロッパ、北アフリカ、中東にまたがった初代教会全体で守られていたものだったということ。

二番目に、「コリントでは当時、売春婦が、、、」という説を唱えている人は初代クリスチャン著作家の中に誰もいないこと。

(興味のある方は、このエッセーの終わりに、かぶり物に関する初代クリスチャン著作の出典を挙げておきますので、直接、オンラインで読んでみてください。)

発見したのはそれだけではありませんでした。

クリスチャン女性は、1世紀からつい最近(1960年頃)まで、実に1900年以上に渡って、御言葉通りにかぶり物を着けていたのです。(ココをクリックすると歴代のクリスチャン女性の絵や写真をみることができます。)

しかしフェミニズム運動の勃興と共に、かぶり物の慣習も消えていきました。そしてⅠコリント11章はいわゆるpolitically incorrectな章として敬遠されるようになっていったのです。

葛藤のはじまり

でも、こういうことが明らかになっていけばいくほど、私の心は複雑になっていきました。

聖書の真理を探究することはいいことです。

でも、発見した真理を実際に生きなければ、その真理は頭だけの知識で終わってしまいます。そして頭だけの聖書知識は、人を高慢にし、偽善者にします。

〈え、、でも、私が、教会でかぶり物?そんなことできない、、、人の目がこわいし、恥ずかしい。〉

〈右を向いても、左を向いても、かぶり物を着けている姉妹なんていない。たった一人で始めるなんてそんな勇気、私にはない。神さま、どうかこれだけは勘弁してください。〉

でも、歴史小説「チューリッヒ丘を駆け抜けた情熱」を翻訳しながら、私は主人公のボシャート青年の内的葛藤がわが事のように感じました。

彼は当時、バプテスマの問題で決断の岐路に立たされていました。

自分の信じることを公にすることは勇気がいります。16世紀のあの当時、信仰によるバプテスマを受けた人は、拷問や死刑を覚悟しなければなりませんでした。

それに比べれば、私の葛藤など小さなものです。火あぶりにされるわけでもありません。ただ祈る時に頭をスカーフか帽子でおおうだけの話です。

それなのに、情けない話ですが、私は人目が気になって仕方がありませんでした。

互いの栄誉は受けても、唯一の神からの栄誉を求めないあなたがたは、どうして信じることができますか。ヨハネ5:44

決心

でもついに、ある時点で、私は神さまの前に一人で立ちました。

〈主よ。あなたは私が人一倍、臆病者だということをご存知です。正直、今この瞬間にも、私の肉は、いやだー、と叫んでいます。

私は、あなたの御言葉に従うよりも、自分の安全ゾーンで、ぬくぬくと生きていきたいと思う時が多々あることを告白します。

でも私はあなたの恵みにより、Ⅰコリント11章のすばらしい真理を垣間見ることが許されました。そして、この60年余り、この聖書的真理がないがしろにされている事実にも気がつきました。

ただ私にはそれを実行する勇気がありません。でも、このままだと私は偽善者になります。

主よ、あなたの御言葉に従い、今後、かぶり物を着けたいと願っています。どうか、私の意志が揺らぐことのないよう私を支えてください。〉

「人の目によく映りたい」という願望が十字架につけられる体験

礼拝の時や祈りの時に、かぶり物を着け始めてしばらく経った後、私はある姉妹から、「P宣教師の奥さんが、あなたがベールを着け始めたとか何とか言って陰口を叩いていたよ。」と聞き、私は縮みあがってしまいました。

〈ああ、やっぱり、今どき、かぶり物を着けるなんて変なのかな?私は頭がおかしくなったのだろうか。〉

また、ある晩、某国出身の牧師夫妻の家に招かれました。

帰る前に、皆で祈りましょうと牧師がおっしゃったので、私は誰にも見えないようにコソコソとバッグからベールを取り出し、皆が目をつぶった頃合いを見計らって、ひそかにベールを着けようと思っていました。

ところが、この牧師はめざとく私の手に握られていたベールを発見し、「はっ?ベール?!」とすっとんきょうな声を挙げました。

そして、「変な姉妹だね、この人は。」というような目つきで、隣りに座っていた奥さんと目配せを交わしました。

私の顔は恥ずかしさで火のように真っ赤になり、どっと涙がこみ上げてきました。

とてもこの道を一人で進んで行けそうにありませんでした。

かといって、他の場所で祈る時に人を恐れてかぶり物を着けないのは、証し人として一貫性に欠けており、自分の良心にかけてもそういった日和見的行為はできませんでした。

祈りのベールが私の人生にもたらした祝福

その後も4年以上、私は一人でかぶり物を着けて祈っていました。一人でしたが、でも、私は今までよりもずっと、祈りの中で主を近くに感じることができるようになりました。

ベールを着けて祈ると、神>キリスト>男>女(Ⅰコリ11:3)という天において定められた美しい創造の秩序の中に自分が置かれていることをもっとリアルに感じ、その認識は私の魂に深い落ち着きと安心感をもたらしました。

ベール自体は象徴にすぎません。ですが、それが従順を伴う信仰と結びついた時に、神さまは私たち姉妹の魂にすばらしい霊的祝福を与えてくださるのです。

例えばそれは、神さまに(そして夫に)愛され、守られているというしあわせ感です。

☆☆

2年前、主は一人の姉妹を他の大陸から数日アテネに遣わしてくださいました。

この姉妹は、御霊に満ち、輝いていました。もう20年以上もかぶり物を着けて祈っていると聞きました。また、この姉妹が夫を心から尊敬し、夫が姉妹を愛するその姿に深く感動しました。

またそれ以後、世界各地にいる、いろんな教団教派の姉妹たちに主は私を出会わせてくださいました。

かぶり物に関する彼女たちの証しをたくさん読みましたが、自分と同じような経緯をたどった人が多いことに驚きました。

人種、年齢、教派を超え、世界各地で同じ御言葉が、人々の心に働きかけ、現在、多くの姉妹が、同じような「旅路」を歩み始めていることを知り感動を覚えました。(次号では、その中の三人の姉妹の証しをご紹介します。)

日本にも、その「旅路」へと導かれている(あるいは導かれつつある)姉妹がいるかと思います。私はそういう姉妹の方々に言いたいです。「あなたは一人じゃない」と。

神さまはあなたと共におられます。そしてこの旅を共に歩む同志をも、時にかなって与えてくださいます。

ひるまず、くじけず、ご一緒にこの道を歩んでいきましょう。


付録1)
(↓マルティン・ルターの奥さん:Snood式のかぶり物を着けています。)
Katerica Luther Snood

(↓ジョン・ウェスレーのお母さんスザンナ:ボンネットのかぶり物)
SUSANNA.jpg

(↓モラヴィア教会の姉妹)
moravian woman

(↓アメリカ植民地時代のクリスチャン女性:ボンネットのかぶり物)
colonial american woman 2

(↓救世軍のキャサリン・ブース婦人:ボンネットのかぶり物)
Catharine Booth

(↓クウェーカ―の姉妹:ボンネット)
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(↓インドのクリスチャン姉妹:サリーによるかぶり物)
Indian Christian sisters

(↓東ヨーロッパのクリスチャン姉妹:ベール)
eastern europe

(↓1943年 ルター派教会の姉妹:帽子のかぶり物)
1943-Lutherans (1)

(↓1940年代 オランダ改革派教会の姉妹:帽子のかぶり物)
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(↓アフリカ系アメリカ人教会の姉妹)
african church

(↓メノナイト教会の姉妹たち)
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(↓ペンテコステ教会の姉妹たち)
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(↓サビナ・ウルムブランド、ルーマニア/ルター派:スカーフのかぶり物)
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(↓ロシア正教会の姉妹たち)
RUSSIAN ORTHODOX


付録2)かぶり物についてのクリスチャン・サイト

The Headcovering Directory(←教えや、証し、かぶり物オンラインショップなど、有益な情報もりだくさん。)
The Headcovering Movement(←改革派のクリスチャンが中心ですが、他の教派の方々もたくさんいます。このサイトの特徴は、20-30代の若い姉妹たちの参加が非常に多いという点にあるように思います。教え、証し、リンク集、ブログなどなど。)
祈りのためのかぶり物 1コリント11:1-16 (日本語で分かりやすく説明してあります。)
Let Her Be Veiled(←かぶり物に関する電子書籍です。無料で読めます!)
Headcovering book by K.P.Yohannan(宣教団体Gospel for Asiaの創始者ヨハナン氏による電子書籍です。この本も最近、無料で読めるようになりました!)
Is the Headcovering for Today?(←若いアメリカ人の兄弟がとっても分かりやすく説明してくださっています。)
Headcovering Customs in the Ancient World
Images of Head Covering During Worship
Woman Will You Cover Your Head?

付録3)かぶり物についての、初代クリスチャン著述家の文章
CATACOMB.jpg
①ヘルマス, Ante Nicene Fathers(=ANF), vol.2.p18.
②アレクサンドリアのクレメンス, ANF, vol.2. p264-266,290,578.
③テルトゥリアヌス ANF,vol.3.p95-96, 102,687-689, 286,445/ vol.4.p27-29, 33-35,37.
Apostolic Constitution ANF, vol.7, p395, Vol.3.p687-689.

headcovering and piano

付録4)文献案内
Warren Henderson, Glories Seen&Unseen, A Study of Head Covering, 2007
David Bercot, What the Early Christians Believed About the Head Covering (CD), Scroll Publishing Co.
David Phillips, Headcovering Throughout Christian History: The Church's Response to 1 Corinthians 11:2-16 (Covered Glory) [Kindle Edition]














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