今日私は「自分の夫に従いなさい」という新約聖書の御言葉について現在心にあることを書きます。いえ、もっと正確にいうと、この言葉がパロディー化され、教会の中でさえ茶化されている現状を自分の目で見、自分の耳で聞き、私は御父の栄誉のために声を上げることにしました。

以前、ある牧会者数人とテーブルを囲んで談話したことがありました。その時、一人の方が、「私はね、すべてのことにおいて、妻に従います!」とエペソ5:24の御言葉をもじって大きな声でおっしゃいました。するとそれに呼応して他の人々も「その通り!」と調子を合わせました。

私はこうおっしゃった先生の顔をじっと見つめました。はたして冗談でおっしゃったのか、それとも本気で言われたのか、それを見極めようと思ったからです。でも結局私には分かりませんでした。〈なぜ牧会者の口からこういう言葉が発せられるのだろう?〉私にはそれが分かりませんでした。

こう書くと私は冗談を全く介さない堅物のように思われるかもしれませんが、そうではありません。私も楽しいことは好きですし、冗談を言って笑ったりもします。

でも私は自分が尊敬し愛している人の言葉が目の前で茶化される時、それを笑うことはできません。もしも自分の父親が真面目に言った言葉を、他の誰かがパロディー化して仲間と笑い合っている場面に遭遇したら、私は深く傷つくでしょう。そしてその方々に、「私のことを茶化するのはいいですが、私の父のことをそういう風に笑いものにする事はぜったいに二度としないでください」と言うと思います。

聖書は神の言葉です。御父が真面目に語られた言葉です。その人が真面目におっしゃった事を茶化すのは、その人自身を茶化すのと等しく、それは公にその人の栄誉を傷つけ辱める行為です。

特に聖書の中で語られる御父のメッセージというのは、人の生死に関わる重大な言葉です。愛する息子を失うほどの犠牲が払われた真面目きわまりないメッセージです。また、この中に記されている聖句一つ一つが現在まで保存されるために、無数の神のしもべの血が流されてきました。

☆ ☆

この記事を書きながら私の内側からは「天にいます父よ。御名があがめられますようにΑΓΙΑΣΘΗΤΩ ΤΟ ΟΝΟΜΑ ΣΟΥ」という祈りが繰り返し湧き上がってきました。

「あがめられますように」の(h)agiazoは聖別する、神聖にする、きよめる、崇める、聖とする、聖に保つなどの意味があり、イザヤ6:3の「聖なる、聖なる、聖なる(hagios)万軍の主」と同じルーツの言葉です。英語ではhallow, sanctify, consecrate, venerate等です。

私はagios(聖なる)という言葉をきくと、荘厳な至聖所のことを思い出します。そこには窓がなく、金の燭台からの明かりだけが中を薄暗く照らしていたのです。きっとそこには静寂さと厳かさそして聖さが満ち満ちていたことでしょう。

以前、崖の中に立つヨハネ(forerunner)修道院を訪れたことがあります。そこには数人の隠遁士が住んでいましたが、中の薄暗い礼拝堂に入った時、私は旧約に描かれている至聖所のことをふいに思い出しました。

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(↑崖をくりぬくようにしてこの修道院は造られました。はるか下の渓谷からはゴーゴーと川の音がきこえてきます。隠遁士たちは月に何回かラバに乗って渓谷を下り、日用品の調達にいくそうです。)

私は聖書を開き、そこに書かれてある神のみことばに触れる時、同じような荘厳さ、崇敬のスピリットをもって御父の前にひざまずき、その御声を聞きたいと願っています。

そしてその御言葉が聖いものとして保たれ、崇められることによって、御名が崇めれ、神聖なものされるよう祈ります。

☆ ☆

さて、夫に従いなさいという御言葉についてですが、私たちはいったい何を基準に「従う」ということを考えてゆけばいいのでしょうか。

私はその基準をエペソ5:22の中に見出しています。

「妻たちよ。あなたがたは主に従うように、自分の夫に従いなさい。」

私たちはこの世の夫婦セミナーや書籍等の提唱する基準ではなく、神のご提示なさっている基準を夫に対する従順のあり方の目標としてセッティングする必要があると思います。

なぜかというと、この世には(そして教会の中でさえも時には)偽りの「常識」が多いからです。

例えば、私は世間でも、教会の中でも、「夫婦喧嘩は当たり前です。夫婦っていうのはね、みんな喧嘩しながら仲良くなっていくもんですよ」というようなメッセージを何百回と聞いてきました。みなさんはどうですか。こういうメッセージをよく聞きませんか。

でも私はこの前提自体をきっぱり退けました。なぜならこの前提には聖書的根拠が全くないからです。喧嘩というのはとどのつまり争いのことです。そして聖書はいたるところで争いが罪であることを明記しています。

「夫婦喧嘩は当たり前」という前提の上に結婚生活を築いていくのか、それとも「喧嘩、争いは罪であり、いかなる犠牲を払ってでも避けるべき悪だ」という前提の上に築いていくのか、この両者には大きな違いがあると思います。

それでは私はパーフェクトな妻なのでしょうか。いいえ、とんでもありません。私はぼーっとしていてよく物忘れをするんです。ヒーターの消し忘れ、電気の消し忘れ、携帯の電源のつけ忘れ、換気扇のつけ忘れ等、枚挙にいとまがありません。

うちのアパートの水道管は非常に古くてしっかりぎゅっと閉めないと蛇口から水がポタポタ漏れ続けます。それで主人は「しっかり蛇口の栓をひねるように」と私に言います。でも私は例によってそのことを忘れてしまいます。

それで台所でもバスルームでも水がポタポタ(時にはサラサラ)流れ落ちていると、直前の使用者が誰であったか一目瞭然に分かるのです。それで先日、ついに私は主人にしかられました。そして主人は「A4の紙にマジックで大きく、『蛇口をしっかり閉める』と書いて一番目に付くところに貼りなさい」と言いました。

それで私はそのようにしました。今、この記事を書いている私の目の前の壁には、『蛇口をちゃんと閉めること』と書いた自作ポスターがあって、ぼけぼけした自分を今日もキッとにらみつけているのです。

☆☆

さて、夫に従いなさいという掟についてですが、私たちクリスチャン女性には、「主に従うように」というさらに高いレベルでの恭順と尊敬が求められています。

女性が主に従うということを考える時、私はそこにうやうやしさ(reverence)をみます。

ダビデの前にひざまずいてとりなしたアビガエル、地面にひれ伏し「ご主人さま。私はあなたのご好意にあずかりとう存じます(ルツ2:13)」とボアズに申し上げたルツ、涙で御足をぬらし、髪の毛でぬぐい、御足に口づけして、香油を塗った女(ルカ7:38)、主の「足もと」にすわって、みことばに聞き入っていたマリヤ(ルカ10:39)等から、私たちは主に従う真実なる姿勢を学ぶことができるように思います。

そうなのです。御言葉が私たち妻に要求しているのはまさにこのレベルの敬う姿勢なのです。世間一般の基準からいえば、常軌を逸した「ラディカル」な態度とみなされるかもしれません。

でも考えてみてください。主の足もとではなく、主の前にでんと仁王立ちをし、口角泡を飛ばしながら主にまくしたてているマリヤを想像できるでしょうか。

または「私だって疲れてるんだから自分の足ぐらい自分で洗いなさいよ」とぶつぶつ文句を言っている女(ルカ7:38)を想像できるでしょうか。

でも残念ながら現在私たちの生きている21世紀の世は、こういう女性たちが逆にクールでかっこいいというイメージを私たちに植え付けようとしているのです。

バニヤンの『天路歴程』の出だしのところにこういう箇所があります、主人公のクリスチャンが滅びの市から出て行こうとすると、奥さんや子供たちがその後を追いかけ「戻ってきて!」と叫ぶ始めました。すると、クリスチャンは、指を耳の中に突っ込み、「いのち、いのち、とこしえのいのち!」と叫びながら走り続けたのです。

現在、御言葉に従って、主に従うように自分の夫に従いたいと願っている私たち姉妹も、この主人公のように、洪水のように押し寄せる世間(あるいは一部の教会)の偽りの教えに対し、「指を耳の中に突っ込み」それらをはっきりと拒絶しつつ、「いのち、いのち!」と叫びながら上に向かって走り続けるべきだと思います。

☆ ☆

最後になりますが、主に対する服従、そして夫に対する恭順を日常生活の中で実践していく上で私が重要視しているのが、「はい」という一言です。

「はい。分かりました。そうします。」
「はい。ごめんなさい。」
「はい。ありがとう。」

私たちの肉は常に言い訳を好みますし、「、、でも、、、」という接続詞を好みます。やりたくないモードの時に「これをやって」と言われると私たちの肉は「いやだ」と反発します。

でも私は発見しました。こういう時にこそ、この「はい」という一言は私たちの肉を沈黙させ、キリストにある新しい人を強くする強心剤なのです。

私たちが日常の細かい場面場面で、「はい」と応答していくことによって、「わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのようになさってください(マタイ26:39)」と祈られたイエス様の恭順のスピリットが私たちの魂のうちにも育まれていくようになるのです。

そしてご自分を無にして仕える者となった(ピリピ2:7)イエス様の似姿をしだいしだいに反映していくことになるのです。これは本当にすばらしいことではないでしょうか。私はこの道を進んでいきたいです。みなさんはどうですか。ご一緒にこの道を歩んでいきませんか。

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(先駆者ヨハネ修道院の入り口です。)


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dec to july 2014 007(3)
(Flagstaff, Arizona, USA)

以下は私のお友達ジェシカのゲスト投稿(証し)です。

わずかなことに忠実であるということ(Faithful Over a Few Things)
 ジェシカ・ロルダン(米国)


Teachers Day 2015 068

以前私は、「かぶり物の慣習は今日には適用されないものだ」と考えていました。1世紀のコリントの女性たちだけが祈りや預言をする際にベールを着用することになっていたと何度も聞いてきたからです。

ですから、このことに関する箇所(1コリント11:1-16)を読むたびに、私はさっさとそこを読み飛ばし、次の箇所に移っていました。でもいつもこの聖句については「本当のところ、いったいどうなんだろう?今日にも適用されるべきものなのかしら?」と落ち着かないものを感じていました。

そんなある日、私はあるクリスチャン姉妹のブログ記事を読んだのです。タイトルは「クリスチャン女性は頭をおおうべき?」でした。私は興味をもちました。

この姉妹はまたそれに関する参考文献もいくつか挙げていましたので、私はそれも全部読みました。そして1コリント11:1-16について熟考しました。

そうして後、ある時、私はかぶり物が実際、すべての時代、すべての場所を通し、すべての人(姉妹)に向けられた「掟」であることを悟ったのです。それは私にとって全く明瞭なものとなったので、私はただちに従う必要を感じました。さもなくば、神様に対して罪を犯すことになってしまう、そう思いました。神様はこうおっしゃっています。

「神を知っていると言いながら、その命令を守らない者は、偽り者であり、真理はその人のうちにありません。しかし、みことばを守っている者なら、その人のうちには、確かに神の愛が全うされているのです。それによって、私たちが神のうちにいることがわかります」Ⅰヨハネ2:4-5



またこうもおっしゃっています。

「こういうわけで、なすべき正しいことを知っていながら行わないなら、それはその人の罪です」(ヤコブ4:17)



主人から許可を得た後、私は箪笥を開け、頭をおおうことのできる物を探しました。そして長方形のスカーフをいくつか見つけたのです。

今後、フルタイムでかぶり物を着けることになるのか、それとも、祈ったり、聖書を読んだり、子供たちに教えたりする時だけ着けることになるのかそれはまだはっきり分かりませんでしたが、一つ確かなのは、ともかく実行に移すということでした。――それも今すぐに。

最初の試練はその後すぐやってきました。その時期、私たちはある大きな祝賀会を開くことになっており、多くの人々が一堂に会する予定でした。

私は思いました。「この祝賀会が終わった〈後に〉かぶり物をつけ始めるっていうのはどうかしら?こんなに大勢の人の前にかぶり物をつけてる自分をさらすなんて、すごく恥ずかしい。でも神様の掟を守らないなら、私は偽り者ということになってしまう。そして真理は自分のうちにないっていうことになる。つまり罪を犯すってことになる。ああそれには耐えられない!」

それで私はどんなに決まり悪い思いをすることになっても、とにかくスカーフをつけることにしました。

その祝賀会の席では誰も何も言ってきませんでした。でも皆がいぶかしがっているのは確かでした。でもそれから少しして、その場に同席していたある人が私の所にやって来て、その話題を始めたのです。ああ、そのどんなに怖かったこと!

その方はつかつかと私の所にやってくると挨拶も無しにいきなり、こう言い放ったのです。「あなた、なんで頭の上にそんな物着けてるの?なんで行ないによって救われようとしているのよ?」私はあまりのショックになんと答えていいものやら言葉を失いました。

でも私は必死でこう答えようとしていました。「かぶり物というのは旧約の掟ではなく、新約に書いてある掟なの。私も、人は行ないによっては救われないってことを知ってる。だから私がかぶり物をしているのはそういう理由からじゃないの、、」

でも私の言葉は鋭くさえぎられ、もはや何も返答させてもらえませんでした。その方は数分間、大声でどなった後、きっと踵をかえすと、さよならも言わずに去って行ってしまいました。私はショックを受け、悲しみに沈みました。神様に従ってかぶり物を着けるなら今後こういう対応がひたすら私を待ち受けているのかしらと。

しかし幸いなことに、その後は、その方からもその他の人からもそういった対応をされることはありませんでした。でも、今でも私は祈りのベールを着けることに葛藤を覚えています。人に変に見られたくないんです!普通でありたいんです!でも、突き詰めて考えてみると、結局は、主の掟に不従順であることによって御父の心を悲しませるよりは、他の人に変だと思われることをむしろ選びたいのです。

それに私は自分の救いを「得よう」としてかぶり物を着けている訳じゃないんです。私の寄り頼むのはイエス様の義であり、自分自身の義ではありません。「キリストは律法を終わらせられたので、信じる人はみな義と認められるのです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです」(ローマ10:4、10)。

私が頭を覆っているのは、神様に対する従順からです。なぜなら私は主を愛しており、こういった「ささいなこと」においてでさえも主をお喜ばせしたいと願っているからです。

取るに足らないささいなこととは、どれくらいささいなことをいうのでしょうか。従順における小さな一歩は、あくまで一歩にすぎず大きな跳躍ではないから、取るに足らないのでしょうか。

「主よ、私は『大きな事』にはちゃんと従いますよ。でも、瑣末なことには干渉しないでいただきたいですね!」と言える人がいるでしょうか。

私たちは神様に対し――大きな事と同様、小さな事も――明け渡すべきではないでしょうか。人々にイエス・キリストを通して与えられる救いについて宣べ伝えることももちろん果たしますが、それと同時に、祈りのベールを着けることによって、主の立てられた秩序に喜んで服従していることを示す必要があると思います。

「よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。」マタイ25:21



私は、上の言葉を主から受け取りたいです。

もちろん、一部の方々にとって私は奇妙に映ることでしょう。異議を唱え、私を見下す方もいるでしょう。また誤解して、私のことを「律法主義者」だとみなす方々もおられるでしょう。また「いばっていて」「目立ちたがり屋」というレッテルを貼る方もいるかもしれません。でもイエス様も中傷をお受けになられなかったでしょうか。それなら私だって耐えるべきです!

私はこれからもくじけず、強くありたいです。つらいことより、祝福に目を留めたいです。今自分が受けている祝福のいくつかを以下、書き出します。

1.謙遜さ。私の「光栄」(髪の毛)を覆うという行為によって、虚栄ではなく、謙遜な精神が育まれつつあります。

Teachers Day 2015 069
(↑家で聖書を読むジェシカさん)

2.柔和さ。頭に四六時中、服従の象徴をのせているという行為によって、主人と言い争うという誘惑から守られています。主人の意見に不賛成の時であっても、あくまでやわらかく平和的に退くよう導かれています。

3.崇敬の念。頭にベールを着けているという「儀式」に付随し、聖書の学びや祈りが美しい荘厳さやおごそかさによって光彩を与えられています。

4.忍耐。上流に向かって泳いでいくことで筋肉が鍛えられます!祈りのベールに理解がなく共感もない環境に直面することを余儀なくされることによって、私の霊的「筋肉」は鍛えられていっています。

5.女性らしさ。ベールを着けることにより、主人と私の違いが際立ち、それによって私はさらに女らしさを感じるようになりました。自分にふさわしい役割の中で憩うことにより、私の中の女性は開花し、やわらかくされており、また主人にリーダーシップを取ってもらっています。

ここに全部挙げることはできませんでしたが、これからかぶり物を続けていくことでさらに新たな発見があることでしょう!あなたはどうですか。神様があなたのために取っておいていらっしゃる祝福が何であるのかお知りになりたいですか。あなたが主に「はい」と応答することによって今にも開かれようとしているその祝福が何であるのかお知りになりたいですか。

もしかしたら、あなたはすでに従順の一歩を踏み出していらっしゃるのかもしれません。それなら、あなたはこれからもめげずに忍耐強く続けていきたいですか。

あなたの勇気と断固とした従順のことをあるいは今後お耳にすることがあるかもしれません。もしそうなら、それは私にとって大きな励ましとなるでしょう。

祈り
主よ、すべての小さなことについて、あなたに明け渡すことができますように。ささいなものだからといってないがしろにすることなく、わずかな物に忠実であることができるよう助けてください。かぶり物を着けるという単純なタスクに従順であることを通し、今後与えられるであろう、さらに大きな責務に備えさせてください。あなたに目を注ぎ続けます。どうぞ私たちを喜びで満たしてください。アーメン。

ジェシカのブログはココです。彼女は聖書の学びのこと、ホームスクーリングのことなども詳しく書いています。(現在5人のお子さんをホームスクーリングで育てているママです。毎日の家庭礼拝のことや、子供たち同士の仲の良さなど、母親としての彼女の喜びが伝わってきます。)

最後に彼女が日本の兄弟姉妹にとアリゾナの写真を何枚か送ってきてくれたので、それもここでご紹介します。

Teachers Day 2015 061
(Prescott,AZ)

Teachers Day 2015 059
(Prescott, AZ)

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(Montezuma Castle, Camp verde, AZ)

July 2014 Gabriela, Daniela and Oscar 017(2)
(Grand Canyon, AZ))

dec to july 2014 009(3)
(Flagstaff, AZ)

July 2014 Gabriela, Daniela and Oscar 025
(Grand Canyon, AZ)

July 2014 Gabriela, Daniela and Oscar 031
(Grand Canyon, AZ)



私がこれから書くことは、個人的な霊的エピソードであり、今現在私が通っているあるプロセスについてのお証です。

こういう事柄はあくまで神様と個人の内に留めておくべきではないかという思いがあったのですが、このブログの流れをみていただくとお分かりのように、これは神の取り扱いを受けている一人の魂の成長および変化の記録としての要素もあるのです。

こういった変化の出だしは、聖書の学びや知的探究心から出発したものがほとんどでしたが、やがてそれはキリストにある女性としての自分の回復を願い求める精神的なものへと深化していきました。

1コリント11章で命じられているベールの着用はその線上にありました。私がそれを文字通りに受け取り、その掟に従いはじめたこと――それは、自分の知的レベルでの想像をはるかに超え、ある重大な霊的変化を内側に起こさせる起因となったのです。

すなわちそれは女性としての回復という枠を超え、神の前に生きる一人の魂の回復をうながすプロセスを生み出したのです。

☆ ☆

昨日、私と主人は、重病の子供を見舞いに子供病院を訪れました。点滴からの栄養しか受け取ることができず、骨と皮のようになってしまったその子の額に手をおいた時、主はなぜかその瞬間私に、ある罪を示されたのです。それは私が精神的に犯した罪であり、外面的には誰もみえない領域での罪でした。

病院から外に出て、帰りのバスを待つ間、その罪はさらにクローズアップされ、私は心の平安を完全に失ってしまいました。横にいる主人にそれを言おうかどうしようかと迷いましたが、「いや、なんとか自分と神様との間で解決できるはずだ」と言い聞かせ、そのまま沈黙を保ちました。

しかしバスに乗り込むと私の苦悶はさらに大きくなっていきました。外の景色も横で夫の話している普通の話も全く耳に入らず、その罪は私を圧迫し始めました。私はうつろにダビデの次の告白を思い出しました。

「私は黙っていたときには、一日中、うめいて、私の骨々は疲れ果てました。それは、御手が昼も夜も私の上に重くのしかかり、私の骨髄は、夏のひでりでかわききったからです」(詩篇32:3-4)。

罪は隠れようとする本質を持っています。明るみに出されることを死ぬほど恐れているのです。

私の罪もまた、なんとか明るみに出されることを逃れようと私の中で必死に隠れ場を探していました。私の罪深い肉は、なんとしてでもこの罪をかくまい、この罪を隠蔽しようとしました。しかし、聖霊は私の良心に訴えかけ、その隠蔽行為をどうしても許してくれませんでした。

「実を結ばない暗闇のわざに仲間入りしないで、むしろ、それを明るみに出しなさい」(エペソ5:11)。

「それを明るみに出しなさい。それを明るみに出しなさい」と御霊は私に強く迫ってきました。私は顔面蒼白になっていました。

〈とりあえず、家に帰り着くまで待って、それから主人に打ち明け、祈ってもらおう〉と自分に言い聞かせました。

しかし御霊の迫りは強くなるばかりで私はもうこのままの状態では家まで到底もつまいと思い始めました。

それでバスを降りて、地下鉄に乗り換えようとした時、私は前を歩く夫を呼びとめ、「今、私は罪の告白をしたい。どうかその告白をきいて、それから私のために祈って」といいました。

主人と私は地下鉄前の広場に行き、そこで私は神の前と主人の前にその罪を告白し、主イエス・キリストの御名によって赦しを請いました。そして主人に祈ってもらいました。

主人は「もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます」ならびに「御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます」(1ヨハネ1:9、7)のみことばを私に思い出させてくれ、今告白した私の罪はきよめられたからもう大丈夫、心配しなくてもいいと言ってくれました。

その日の夜は、メジャーな罪との戦いに決着がつけられ、良心の呵責が取り払われたために、私の魂には小休止が与えられ、羊のように穏やかな気持ちで静かにすごすことができました。

私は祈りのノートを開き、その内扉に、S姉妹が贈ってくれたリジューの聖テレーズのことばを書き込みました。

私は主の手の中にある一番小さな鉛筆です。
この鉛筆はごく細かなところを描くのに使われます。


私は自分の小ささをいつになく意識していました。小さい自分を守るために主が起こしてくださった強く信仰心の篤い兄弟姉妹のことを思い出しました。小さい自分を守るためにこれまでずっと戦い続けてくれた主人のことを思い出しました。自分の周囲はなんと愛であふれていることだろうと私は思いました。

就寝前に頭を垂れて祈りはじめると、「私は主の手の中にある一番小さな鉛筆です」というテレーズのことばが新たな光をもって心に照り込んできました。そしてその時私は感動のうちに悟ったのです。――まさに私がそれであると。

それで私は主に申し上げました。「そうです、そうです。それは私です。私は一番ちいさなあなたの鉛筆です」。そう申し上げた途端、私の中の何かーダムのようなものーが崩れ、涙と共に歓喜の川が流れ始めました。なぜ歓喜の「情」ではなく、「川」と書いたかといいますと、その実体が感情とは別次元のものだったからです。

その証拠に、泣き声をききつけた主人が私の元にやって来た時、私は冷静に今自分の身に起こっていることを説明することができました。単なる感情の高揚ではなかったのです。

今まで寸法や丈の合わない服を無理やり着ようとしたり、自分を必要以上に大きく見せようとしたりしてきました。さまざまなイデオロギーに翻弄されてもきました。人から与えられる過大評価・過小評価に一喜一憂してきました。

しかし今日私は――それ以上でもなくそれ以下でもない――全く正当にして真実な主の呼びかけ、そして主ご自身の私に対するご評価をきいたのです。私は主の手の中にある一番小さな鉛筆でした。そして私の持ち場はごくごく小さなものなのです。

ある人には大きな持ち場が任されます。またある人には小さな持ち場が任されるのです。大きな持ち場を任された人には大きな規模の信仰の戦いがあり、小さな人には小さな規模の戦いがあります。

「この鉛筆はごく細かなところを描くのに使われます。」――私は自分の小ささをいとしんでくださっている主のご慈愛に触れました。これまで何度も「私は回復されたいのです」と書いてきましたし、それを願ってきました。しかし今や主は私をその深い処において回復させてくださっていることに気づきました。

宣教の働きにおいて、また御国の拡大のためにたいした貢献ができなくても、かぶり物のことを証してもそれがほとんど何も役に立たないものであったとしても、それでも主はこの役に立たない娘をいとしんでくださり、これからも見捨てないでいてくださることを知りました。

私はただ自分に任せられたこの小さな持ち場にとどまり、ここで花を咲かせればいいのです。それ以上のことは期待されてもいないし、私の分量を超えたことなのです。

長くなりましたが、以上が私の証です。祈り求める私たちに誠実に答えてくださる創造主をたたえます。

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「詩篇を歌う」というこのタイトルをみて不思議に思った方がいらっしゃるかもしれません。私はこれまでにも、このブログの中で、斬新に思えるようなことをいくつか書いてきましたので、「この人はまたどんな突拍子もないことを言い出すのだろう?」と構えておられる方もいらっしゃるかもしれません。

それなので、まずは、私がどうして詩篇を歌うこと(Psalmody)に関心を持ち始めたのか、そのことについてお話したいと思います。

最初のきっかけは、18世紀の英国の信仰者ウィリアム・ローが、「詩篇を歌うことによって日々のデボーションを始めることのすばらしさ、その有益さ」について書いている箇所を読んだことにあります。

彼はなんと本の1章をまるごと割き、そのことを熱く論じているのです。体と魂がそれぞれに及ぼす相関関係、聖書のことばを歌うというその意味と効果、デボーションと祈りのスピリットについて等、私は彼の言うことに驚くと共に、なるほどそうだと共感しました。(ココをクリックするとその章を実際に読むことができます。)

しかし、「これは18世紀の英国国教会の信徒たちの慣習だったのだろう。今の自分は、この『詩篇を歌う』という箇所を、賛美歌やゴスペルソングに置き換えて考えたらいいのかもしれない」とその時は思い、詩篇を歌うことの今日性については全く考えませんでした。

それから少し経った頃、私はギリシア中部の岩山の上にあるメテオラ修道院を訪れる機会を得ました。

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(↑ここがメテオラ修道院です。)

中に入るとちょうど礼拝の時だったようで、修道士たちが独特のリズムで賛美を歌っていました。今までに聞いたことのない響きになんとなく惹きつけられ、彼らはいったいどんなことを歌っているのだろうと思い、その後調べてみました。すると彼らは詩篇のみことばをそのまま一字一句違えずに歌っていたということが分かったのです。

〈そうなんだ。ギリシア正教徒の人々には詩篇を歌うという習慣があるんだ〉と新しい発見をしました。でも、依然としてそれは他人事でした。

その後、あるオランダ改革教会の人がご自身の霊的生活について語っているDVDを観る機会があったのですが、その方が「詩篇を歌う」ということに語っているのを聞いて、私は驚いてしまいました。この慣習がプロテスタントのクリスチャンのうちにも存在しているということを今まで全然知らなかったのです。

それで私は目覚め、このことについて本格的に調べてみることにしました。

そうすると、この慣習は、初代教会以来、つい100年ほど前まで、カトリック、正教会、アングリカンはもちろんのこと、改革派やルーテルといったプロテスタント教会でも続いていたキリスト教会全体の伝統であることに気づいたのです。

いえ、気づいたのはそれだけではありませんでした。なんとその伝統は、新約聖書のみことばに直接由来しているものだったのです。

エペソ5:19「詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。」

コロサイ3:16「キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。」

ここの「詩」とは英訳ではPsalms、コイネー・ギリシア語ではPsalmoiつまり、「詩篇」なのです。(織田昭先生は、psalmosの意味を、「(元は楽器の伴奏に合わせて歌った)賛美の歌;特に旧約の詩篇のひとつ」と書いていらっしゃいます。『新約聖書ギリシア語小辞典』より)。

つまり、詩篇を歌うという慣習は、単なる教派的な伝統ではなく、聖書的な取り組みだということが分かったのです。

ここで私はひとつ白状しなければならないことがあります。それは自分の固定観念についてです。少し脱線しますが、どうかおききください。

この「詩篇を歌う」ということに限らず、私は自分の限られた知識と思い込みでもって、他の教派のやり方を容易に裁く者であるということです。

私は日々、正教徒99%の環境の中で生きていますが、これまでずいぶんと正教会のやり方や慣習に偏見をもってきました。たしかに聖母マリアおよび聖人崇拝や7エキュメニカル・カウンセルの内容など、到底受け入れることのできない要素もありますが、だからといって全てが全て間違っているわけではないのです。

たとえば、私は何年かかかって、詩篇を歌うということは聖書的根拠をもつ望ましい慣習だという認識にいたりました。しかしそれまでの間、ギリシア正教会の詩篇詠唱が聖書的なものだとは考えていませんでした。〈数ある彼らの教会的伝統の一つなのだろう〉と思い込んでいました。でもこれは大きな偏見ではないでしょうか。こういう考え方は罪深くないでしょうか。このような誤解を抱いていたことに関して私は誰に謝ればいいのでしょうか。

ここで私は料理の例を出します。ペルシャ圏から来られた方々はパスタ料理を作る時、麺をゆで、ソースを作った後、それらをさらに油をしいた釜の中に入れ直して、30分から1時間、弱火で蒸すという習慣を持っています。

そのようにしてパスタ料理を作ってきた人々がヨーロッパにやって来ます。すると彼らはパスタを蒸しもせずに、ただ茹でた麺の上にソースをかけるヨーロッパ人(イタリア人)のやり方を目の当たりにし驚きます。そして彼らのうちのある人々は「こんなのは本物のパスタ料理とはいえない」と文句を言うのです。

でもご存知のように、パスタの本場はイタリアなのです!彼らは、自家のピラフ料理の手法を、外来のパスタ料理にも応用して蒸しているのですが、それを知らないでいるのです。

これは滑稽な話でしょうか?私はおそらく今も自分の知らない多くの領域で、このような〈パスタ発言〉をしたり考えたりしているのだと思います。

それにも関わらず、そういう自分が神の子として受け入れられているのは、私の無知や偏見や狭さを大目に見てくださり、あくまで寛容に受け入れてくださっている神様の恵みがあるからだと思います。

それで私は常に自分が〈井の中の蛙〉であり、これからも終生〈井の中の蛙〉であることを肝に銘じて生きていこうと思っています。

話を元に戻します。

詩篇を歌うことが聖書に根拠をおく慣習であることに気づいた私は、その独特の長所に気がつきました。たしかに賛美歌やゴスペルソングもすばらしいのですが、なんといっても詩篇は神の言葉そのものです。そこには人間の主観的意見や教派的偏見が入る余地がないのです。

また詩篇の中にはそれ自体、祈りのことばも多く含まれています。こういった祈りの聖句を歌うことによって、「絶えず祈る」その祈りのモードに自分をもっていくことができます。そしてそれを生活の合間合間に意識的に入れることによって、毎時押し寄せてくるよこしまな思いを駆逐することもできるのです。

実は私は昨年、自分でもそういう歌を作ってみました。

詩篇61:1-4
神よ。私の叫びを聞き、
私の祈りを心に留めてください。

私の心が衰え果てるとき、
私は地の果てから、あなたに呼ばわります。
どうか、私の及びがたいほど高い岩の上に、
私を導いてください。

まことに、あなたは私の避け所、
敵に対して強いやぐらです。

私は、あなたの幕屋に、いつまでも住み、
御翼の陰に、身を避けたいのです。


この四節(ペルシャ語)に素朴なメロディーをつけ、賛美曲の一つとしてみたのです。ペルシャ・アラビア語圏の人々にとっては、ハ音調ではなくヘ音調の賛美の方がすっと心に入ってくるようなので、ヘ音調にしました。

やはり聖書のことばをそのまま歌うというのは多くの人にとって真新しいことのようですが、一般の賛美とはまた一味違った力と深さを感じておられるようです。

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(↑メテオラ修道院)

最後に、詩篇を歌った賛美を2つご紹介いたします。はじめの賛美は、スコットランドのもので、詩篇130篇を歌っています。

その次は、アトス山の上にあるシモノ・ペトラ修道院の方々による詩篇1篇の詠唱です。

七十人訳の詩篇1篇を忠実に歌い上げていますので、下にその聖句も載せておきます。一句が終わるごとに「ハレルヤ」と歌っている他は、一字一句御言葉どおりに歌っています。





ΨΑΛΜΟΙ 1 (詩篇1)
ΜΑΚΑΡΙΟΣ ἀνήρ, ὃς οὐκ ἐπορεύθη ἐν βουλῇ ἀσεβῶν καὶ ἐν ὁδῷ ἁμαρτωλῶν οὐκ ἔστη καὶ ἐπὶ καθέδρᾳ λοιμῶν οὐκ ἐκάθισεν. 2 ἀλλ᾿ ἤ ἐν τῷ νόμῳ Κυρίου τὸ θέλημα αὐτοῦ, καὶ ἐν τῷ νόμῳ αὐτοῦ μελετήσει ἡμέρας καὶ νυκτός. 3 καὶ ἔσται ὡς τὸ ξύλον τὸ πεφυτευμένον παρὰ τὰς διεξόδους τῶν ὑδάτων, ὃ τὸν καρπὸν αὐτοῦ δώσει ἐν καιρῷ αὐτοῦ, καὶ τὸ φύλλον αὐτοῦ οὐκ ἀποῤῥυήσεται· καὶ πάντα, ὅσα ἂν ποιῇ, κατευοδωθήσεται. 4 οὐχ οὕτως οἱ ἀσεβεῖς, οὐχ οὕτως, ἀλλ᾿ ἢ ὡσεὶ χνοῦς, ὃν ἐκρίπτει ὁ ἄνεμος ἀπὸ προσώπου τῆς γῆς. 5 διὰ τοῦτο οὐκ ἀναστήσονται ἀσεβεῖς ἐν κρίσει, οὐδὲ ἁμαρτωλοὶ ἐν βουλῇ δικαίων· 6 ὅτι γινώσκει Κύριος ὁδὸν δικαίων, καὶ ὁδὸς ἀσεβῶν ἀπολεῖται





risu 2

現在、西洋諸国だけでなく、発展途上国やイスラム圏においてもフェミニズム思想は急速に拡がりつつあります。

「私自身、フェミニズムからの回復途中にあります」と語ってくださった友人のS姉妹(日本)は、アジアの児童買春や途上国におけるすさまじい女性への虐待の実態を取り上げつつ、「フェミニズムの根底には、女性に対する抑圧や差別、虐待に対する怒りがあると思います」と私に書き送ってくださいましたが、これは傾聴に値する指摘だと思いました。

私も以前、ネパールのカトマンズに数週間滞在していたことがあるのですが、そこでお世話になったネパール人ジャーナリストの家庭には、ギタという6歳の子供召使(奴隷)がいました。

彼女はいつも薄汚れた服を着て、家の掃除、皿洗い、給仕と、、何もかもやらされていました。食事時には、主人の家族と同じテーブルにつくことは許されず、一人薄暗い台所の床にしゃがみこみ、犬のように残飯を食べていました。それから何年も経ちましたが、私は今でもその子の哀れな姿を忘れることができません。

こういう実態を実際に見たり聞いたりすると、私たちの内には、虐げられている女性や子供に対する憐れみと同情がふつふつと湧き上がります。こういった女性や子供たちの権利のために立ち上がりたいとも思うでしょう。

本記事で、私はこれを読んでくださっているあなたと共に、こういった問題を考えていきたいと思います。

なぜなら現在、フェミニズムはこういった領域において大々的に自己の役割を主張し、全世界的に影響を及ぼしつつあるからです。

聖書を神の誤りなき言葉を信じる私たちクリスチャンは、こういった流れに対し、どのように対応し、かつ応答していくべきなのでしょうか。

☆☆
急速に進展しつつある中東フェミニズム

「私はね、男性優位で抑圧的な母国にはもう帰りたくないの」。中東のある国出身で、現在、ギリシアの大学の博士後期課程に在籍中のAさんは、私に打ち明けてくれました。

彼女は流暢な英語を話し、カナダの歌手セリーヌ・ディオンのファンで、かつ頭脳明晰な新世代の中東女性です。「抑圧」の象徴であるへジャーブはヨーロッパにやって来た時点ですぐさま脱ぎ捨てました。

「信じられる?つい何ヶ月前、私の国のある大学前で、狂信派の男たちが、へジャーブから髪の毛が少し覗いていた女子大生たちの顔面に酸性薬物の入ったボトルをふりかけてね、、それでね、かわいそうに、彼女たちの顔は見る影もなく溶け、両眼失明したんだよ。私、彼女たちの哀れな顔写真をネットで見て、怒りがこみ上げてきてどうしようもなかった。ひどい、ひどすぎる。」

Aさんの夢は今後、自由な国カナダで研究者としてキャリアを築いていくことです。

彼女は少し前、私を昼食に呼んでくれました。「ねえ、すっごく面白い映画があるから、一緒に観ようよ」と言って、彼女はラップトップを開け、そのフィルムを見せてくれたのですが、痛烈な男性バッシングの米国映画でした。

フェミニズム思想は、このようにして深く心に傷を負い成長してきた中東の女性たちの前に、――「自由の女神」のようにさんさんと輝きを放ちつつ――さっそうと登場してきました。

そして現在フェミニズムは、中東の過激な宗教の抑圧下に苦しむ女性たちを守る盾として、弁護者として、そして解放者としてのアピールを続けながら、急速に中東女性たちの心を捉えつつあります。

☆☆

現在、もっとも有名な中東フェミニストの一人として挙げられるのは、マリアム・レジャヴィー女史(イラン)でしょう。

彼女はイラクとフランスに本拠地を置く反政府組織モジャへディーンの頭首として、また国際的スポークスマンとして精力的に活動しておられます。

モジャへディーンというのは「ジハード(聖戦)を行う者」という意味ですが、1965年の創設以来、この組織は反政府テロ活動を行ない、当時のサダム・フセイン政権からのバックアップも受け、イランの宗教独裁政権に猛然と反旗を翻してきました。

彼女は「家父長的宗教独裁社会に毅然と立ち向かい、女性解放を叫ぶ孤高の英雄」として米国のフェミニストからの圧倒的な支持を受け、Feminist Majority Foundationという政治団体(米国)からも支援を受けています。

モジャへディーンの組織としてのイデオロギーは、マルクス主義とフェミニズムとイスラム主義との三本立てだといっていいと思います。

この組織は結婚・家族制度を否定し、加入する戦闘員に離婚を勧めます。また上級士官、組織幹部の多くは女性です。

創設以来、虐げられ、抑圧されてきたうら若い中東の乙女たちが、この組織に唯一の希望をみいだし、家族を捨て、夫や子供を捨て、戦闘員として身をささげてきました。そしてその多くが捕縛後、残酷な拷問を受けた後に処刑され、また人をテロで殺しまた殺されてきました。

マリアム女史の目指すところは、「男女の完全なる平等」であり、それを実現するにあたっては、積極的な男性差別をもいとわないことを明言しておられます。

こういった一連の流れをみて、胸を痛めない人がいるでしょうか。現在もイラクにあるモジャへディーンの基地には肩から機関銃を下げ、軍服に身を包んだ若い女の子たちが何千人といます。

日本に生まれていたら、この子たちは今頃、友達とカラオケに行ったり、受験勉強したり、恋をしたり、旅行に行ったりと、青春を謳歌していたことでしょう。

この子たちの魂を想い、だれか涙を流さずにはいられましょうか。イエス様は彼女たちのために泣いておられないでしょうか。

彼女たちは愛の福音を聞くこともなく、誰に愛されることもなく、誤った宗教イデオロギーから別の偽イデオロギーへと惑わされ続けているのです。

☆☆

女性解放とは何でしょうか。それは男女間のあらゆる差異をなくし、女性の権利をどこまでも拡大・主張していくことでしょうか。何をもって人は抑圧から解放されるのでしょうか。

私たち女性が社会進出を果たし、これまで男性で占められていた領域に踏み込んでいくことが、自由と解放なのでしょうか。

私がこのブログの中でお証してきたように、フェミニズムは偽りのユートピア思想です。

私たちは真理の霊に満たされ、この思想の正体とその実態を見破らなければなりません。なぜなら、すでに多くの福音主義教会が、この思想に侵され、純粋な福音を宣べ伝えなくなっているからです。

また悲しいことに同様のことが中東宣教現場でも展開されています。

中東からヨーロッパ・北米にやって来た女性たちの多くが、現在、イエス様を信じ始めています。

しかし彼女たちに福音を伝えている福音主義教会の多くが、フェミニズムの風味のついた福音を彼女たちに提供しています。

フェミニズムの表看板というのは一見実に美しく見えます。ですから、彼女たちはこの混ぜ物の福音をきいて、「これこそ真のキリスト教だ」と思いだまされるのです。

私の知る、こういった女性たちの7-8割以上がイエス様を信じた後、夫を離縁してきました。または離婚・再婚を繰り返しました。家庭が壊れました。私はそういった修羅場を自分の目でつぶさに見てきました。

☆☆

エリザベス・エリオットは、Let Me Be A Womanという著作の内表紙に次のような一句を記しています。

In order to learn
What it means to be a woman
We must start
With the One who made her


(女性であるということの意味を知るために、
私たちはまず、自分たちをお造りになった方を
知ることから始めなければならない。)

つまり真の女性解放というのは、私たちが創造主を知ることから始まるのです。

私たちが偽りのイデオロギーではなく、聖書の言葉に徹底的に立ち返る時に、私たちは女性としての回復を体験し、癒されるのです。

そして私たちが真の女性として回復されていく時、私たちの周りにいる男性たちも回復されていきます。

つまり男女共に、人間としての回復がなされていくのです。

フランシス・シェ―ファーはThe God Who Is Thereの中で、人間に対する真の関心を生み出してきたものはキリスト教をおいて他にないと言っていますが、これは正しい指摘だと思います。

「個としての人間に対する真実なるいたわりの源は、聖書的キリスト教から来ている」(Francis Schaeffer Trilogy, p 44)。

試しに、日本における廃娼運動の歴史、インドにおける婦人火葬(亡くなった夫の遺体と共にその妻を生きたまま薪に縛りつけ、火葬にしていた慣習)の廃止、中国における女性の纏足の廃止のいきさつを調べてみてください。

それらの悪習廃止の背後に、どれだけ聖書的キリスト教の力が働いていたかに、皆さんきっと感銘をお受けになると思います。

私の尊敬するS姉妹は、これに関してさらに次のようなことを分かち合ってくださいました。

「、、バングラの友人の国の貧困地域では今でも病気になった妻や娘を路上に捨てる事例がたくさんあるそうです。今でもこういった女性への虐待を聞くと怒りが沸き立つ心はあります。

でも本当に必要なのは、怒りではなく祈りと神さまのルールなのかもしれません。私が『キリストが教会を愛するように妻を愛する』という結婚の掟を知らず、貧しさに苦しむその国の男性であったら、同じことをしないとは言い切れないです。そういう意味で、世界宣教は神さまのルールを伝えるという意味でも大切な事なのですね。」

まことにその通りだと思いました。

私たちはこの世のむなしいあれこれに気をとらわれることなく、主イエス様のおっしゃる「本当に大切なただ一つのこと」―つまり神の国とその義―を求めて、すべてを注ぎ尽くすべきだと思います。

そしてイエス様が死んでくださったほどに価値のある人間が人間らしく尊厳をもって生きることができるよう、自らの財をもって、エネルギーをもって、フットワークをもって、ペンをもって、虐げられし人々のために尽くすべきだと思います。

愛は実践を伴います。本当に相手の幸せを願うとき、私たちは行動を起こさずにはいられません。

福音が本当に私の幸せなら、このいのちのメッセージを他の人々に伝えずにはいられないのです。

上述のマリアム女史は、22歳の時、国家の秘密警察によってお姉さんのナルゲスを殺されるという悲劇を体験しました。彼女をして戦闘的フェミニズムに向かわしめたものは、こうした痛みであり、深い深い悲しみだったのです。

彼女も傷を負う一人の尊い魂です。癒しを必要としているかけがえのない同胞女性です。

最後に一つの祈りを紹介して終わりにしたいと思います。

イエス様、

どうかわたしを強くし、
揺るがない心を与えてください。

あなたに対する愛に燃え立たせ、
岩のような決意でただ一つの目標に向かわせてください。

わたしが求めるのはただイエスのみです。

わたしは楽な道を願うことなく、
また、見ようとせずに、

ただ信仰によってあなたを心に抱き、愛します。
試練や苦しみの暗闇のただ中においても。

アーメン。

   ―マザー・マルテュリアの祈り―



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宣教師と外国語習得というものは切っても切れない関係にあります。

福音をすべての民族に宣べ伝えなさいというイエス様のみことばを受け、これまで2000年以上に渡り、多くの宣教師が未知の言語環境に飛び込んでいき、現地の人々のことばを学んできました。

しかしここでひとつの問いがなされます。もしもある人に語学の賜物がないとしたら、その人はそもそも宣教師として派遣される資格があるのでしょうか、と。

それに対して私は自分自身の体験から「いいえ!語学ができなくても大丈夫です!」とお答えしたいと思います。

以下は私とギリシア語の奮闘記です。

☆ ☆

私は昨年までビザ取得の必要から国立アテネ大学文学部に在籍していました。この国は、ギリシア正教徒以外にはいわゆる「宣教師ビザ」を発行しないからです。

さてなぜ文学部に入学したのかといいますと、年配のクリスチャンの先生が「ギリシア語を勉強できるのでどうせ入学するのなら文学部がいいでしょう」とアドバイスしてくださったからです。

それで最初の8ヶ月、外国人用の語学コースを履修した後、すぐに文学部に送り込まれました。

しかし入学して1週間も経たないうちに、私は自分が大変な選択のミスをしてしまったことに気づいたのです。

最初出たクラスは、「古典ギリシア語基礎講読」というものでした。もちろん私は古典ギリシア語の知識ほぼゼロでした。

しかも「基礎」というのは、これまで中高6年間、みっちり古典語を学んできたギリシア人学生にとっての基礎であって、いわゆるα,β,γから学んでいきましょうという意味での基礎では全くなかったのです!

プラトンの『国家』の原文が配布され、生徒たちが順々にそれを現代ギリシア語に訳していきました。その合間合間に、講壇の上の老教授がぼそぼそと何かをおっしゃっていましたが、私はこの教授がいったい古典語を話しているのか、それとも現代ギリシア語を話しているのか、それさえも識別できない有様でした。

それで私はさっそく学部変更の手続きに奔走し始めました。英文学部でも教育学部でも、とにかく古典語のない学部ならどこでもいいと、必死になってあちこちを廻りました。しかし悲しいかな、私の場合いまさら学部変更をすることは至難の業ですと言われました。

「ああ、どうしよう」私は呆然自失となりました。

古典語に限らず、私はギリシア語全般にとても苦手意識を覚えていました。語形変化にしても、発音にしても、何か自分の肌に合わないものを感じていたのです。なかなか上達もしませんでした。

でも滞在許可を得るためには、毎年、成績表を提出しなければなりませんでした。しかもビザ更新条件の欄に「年毎に、学業向上のしるしが見られなければならない」というおそろしい一句も記されていました。

こうして私は暗澹とした思いで自分の置かれている状況を考えました。

自分が乗り込んでしまったジェットコースターはすでにゴトゴトと不気味な音を立て、レールの上を上り始めていました。シートベルトで体を抑えつけられ、私はもうなすすべなく、今後襲ってくるであろう数々の下降劇を待つより他に法がありませんでした。

大学の職員の方々からも、「あなたはこんなにギリシア語が話せないのに、どうしてよりによって文学部なんかに入ろうと思ったのですか?」と訊かれたりもしました。

そう言われると、恥ずかしさの余り、蓄えたわずかなギリシア語の語彙さえもどこかに飛んでいってしまい、私は返答もできず赤面してうつむくばかりでした。

つまり一言でいうなら、私はこの国に滞在し続けるために、毎学期、神様の奇跡を必要としていたのです。

しかし主はほむべきかな。相変わらず上達しないギリシア語のままで、なんと私はその後4年間、及第し続けることができたのです。

毎学期、「ああ、今度こそすべて落第するにちがいない」と思いました。でもその都度、なんらかの助けがあり、私は試験にパスすることができたのです。

例えばこんなことがありました。ビザンツ期の文学講読のクラスでしたが、先生は盲人の方でした。一度、その先生が「ああ、あなたは日本の方ですか?日本にはSEIKOのすぐれた盲人用時計が売っているのですが、どこで購入するのが一番いいのでしょうか」と訊かれたことがありました。

それで私はその先生のために安価で時計が購入できるお店を探してさしあげました。すると学期末、その先生は私がSEIKOの時計のありかを探したというただその理由だけで(本当にお情けで)私に及第点をくださったのです。

またツキディデスの『歴史』講読の試験では、がんばって勉強したにもかかわらず、山がことごとく外れ、配点のほとんどを占める長文読解(現代語への訳出)がまったくちんぷんかんぷんでした。一文だに訳出することができませんでした。

今度こそ落第を確信しました。

しばらくの間、むなしく長文を見つめていましたが、ついに私は訳出をあきらめ、その代わり、そこの解答欄に、担当教授に宛ててお手紙を書き始めました。

〈先生、ごきげんよう。お元気ですか。努力しましたが、私はこの長文をただの一文も理解することができませんでした。まったく分かりませんでした。ですが、先生、どうか私を憐れんでください。よろしくお願いします。ありがとうございます。God bless you.〉

するとどうでしょう?なんと私は及第点がもらえたのです。これはひとえに「どうか私を憐れんでください」という私の切なる嘆願に答えてくださった教授の情けによるものでした。それ以外にいかなる理由も見出すことができません!

このようにして私は毎学期、奇跡のようにして試験をパスしていきました。神の見えない手が働いているのは誰の目にも明らかでした。

そしてこれを通して、私は自分のギリシア滞在が、自分の意思をはるかに超えて、神の御働きによるものであることを知りました。

☆ ☆

私は今でもギリシア語が苦手です。そして今でも人々からギリシア語が下手だといわれます。それでも主はそんな私をこの国に置いてくださっています。

これを読んでくださった方で、語学に苦手意識がある方いらっしゃいますか。大丈夫です。たとえ弱さや足りなさがあっても、主は私たちを用いてくださいます。そして必要な助けをいつも与えてくださいます。

ですからもしも宣教の働きに召されているのでしたら、迷わずその道をお進みください。応援します。


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私は前回の記事の中で、祈りのベールが祝福の戸であり、そこを開けると、次から次に新しい祝福の戸が開かれると書きました。

今日は、そうやって開かれた祝福の戸のひとつについてお分かち合いしたいと思います。

私は昨年の秋からフルタイムで祈りのベールをつけ始めたのですが、その後、1テサロニケ5:17の「絶えず祈りなさい」という御言葉に今までにない光が当てられるようになったのです。

私はそれまでもこの聖句はすばらしいと思っていましたし、パウロのいうようにキリスト者として私はいつも祈るべきだと考えていました。でも心のどこかで「いや、でも絶えず祈るというのは私には無理」とあきらめている自分がいました。なんといいましょうか、はじめから匙を投げているような、そんな感じでした。

でも祈りのベールという目に見える布が頭の上に常にあるというその事実は、霊の領域において私に新しい視点を与えてくれたのです。そして「ああ、絶えず祈るという行為はけっして不可能なことではなく、実際に可能なんだ」という信仰が与えられたのです。

だからといって今私は絶えず祈れているわけではありません。でもそれが可能であるという信仰が与えられたことは私にとって大きな出発点となりました。

そうして聖書を新たに読んでみると、たしかにパウロは「絶えず」祈っていたようなのです。そういう形跡を私はあちこちにみつけることができました。

たとえば、エペソ1:16「あなたがたのために絶えず感謝をささげ、あなたがたのことを覚えて祈っています」とあり、

また同じくエペソ6:18「絶えず目を覚ましていて」

それからⅠテサロニケ1:2-3では、「私たちは、いつもあなたがたすべてのために神に感謝し、祈りのときにあなたがたを覚え、絶えず、私たちの父なる神の御前に、あなたがたの信仰の働き、愛の労苦、主イエス・キリストへの望みの忍耐を思い起こしています」とあります。

でもこれまでそれをあまり真に受けていなかったのは、私自身、その言葉の真の意味や重さを考えることなく、それらを形式的に使っていたからでした。

「あなたのためにいつも祈っています」と言ったり書いたりしてきましたが、その中身は実際、不忠実なものでした。

こうして自分自身が不忠実だったので、他の人(たとえばパウロ)が「絶えず祈っています。いつもあなたのことを覚えています」と書いていても、それを文字通り受け取ることができなかったのです。

しかしⅠテサロニケ5:17「絶えず祈りなさい」に光が当てられた時、私はこれが誇張表現でも、当時の形式的な言い回しでもなく、文字通り、「いつも」祈れと言っていることに気づきました。

そうです。主はできないことを私たちに命じられる方ではないのです。それは主にあってたしかに「可能」なのです。

☆☆

The Way Of A Pilgrimというロシアのある農民が書いた本を読んだことがあります。すばらしい信仰書であり自伝作品でもあります。

主人公の純朴な農民が、Ⅰテサロニケ5:17「絶えず祈りなさい」という御言葉をきき、「どうやったらいつも祈ることができるのだろう?」と求道の旅にでます。

そして彼はただ乾パンと聖書、それからフィロカリアという祈りの本だけをリュックに詰め、祈りを教えてくれる篤信の人々を求めてどこまでも旅を続けるのです。

とにかくこの純真にして愛すべき主人公は、絶えず祈ることを追及してやまないのです。

私は最近、この主人公のことを再び思い出し、私も彼のように祈りを追及したいと思うようになりました。

それで私は今つとめて、自分の思考・思い・考えを、祈りにもっていこうとしています。

意識的にこの作業をはじめてみて気づいたこと、それはいかに自分の思考の世界にはよこしまで、とりとめもない思い、うぬぼれた思い、非生産的な思いが多いかということでした。

Ⅱコリント10:5には

「私たちは、さまざまな思弁と、神の知識に逆らって立つあらゆる高ぶりを打ち砕き、すべてのはかりごとをとりこにしてキリストに服従させ」

と書いてありますが、自分のうちに巣食う実を結ばない思弁や、高ぶった思いを、御霊の力によってキリストに服従させることがいかに大切であるかということに気づかされました。

☆ ☆

また、祈りを追求する中で、断食というのがいかに有益であるかということにも目が開かれました。

なぜモーセは40日断食したのでしょうか。なぜイエス様は40日40夜、荒野で断食したのでしょうか。なぜアンナは宮を離れず、夜も昼も、「断食」と祈りをもって神に仕えていたのでしょうか(ルカ2:37)。そしてなぜアンテオケの教会の人々は断食したのでしょうか(使13:2-3)。

私は断食のすばらしさを主人から教わりました。彼がしょっちゅう断食と祈りをしているのをみて、私もそれに倣うようになったのです。

はじめた当初は空腹感にたえられず、なかなか集中できなかったのですが、だんだんと回を重ねるうちに、上よりの力が与えられ、主の臨在のうちに長くとどまることができるようになっていきました。

また以前は主人と一緒でなければ断食する気持ちになれなかったのですが、今は一人ででも断食したいと願う日が多くなりました。というのも、食べる、飲む、ごはんを作る、といった日常の行為から離れ、主の前に静まることができるひとときは最高に幸せな時だからです。

肉の弱さ、自分の罪との戦いといった日々の労苦、悲しみがありながらも、いつの日か私たちはこの肉の衣を脱ぎ、永遠に主と結ばれるのです。断食と祈りにより、私は、そういったやがてくる世界、私たちの真の故郷に思いを馳せ、喜ぶことが前よりも多くなりました。

また、全世界で主の御名があがめられるように前よりも熱心に祈るようになりました。そしてあらゆる民族に福音が宣べ伝えられ、暗闇にいる人々が一人でも多く救われるように祈るようになりました。

「絶えず祈りなさい」という御言葉を探求する私の旅路はまだはじまったばかりです。

あのロシアの農民のように、私も一途に一心に求め続けていきたいです。



こんにちは。
今日はみなさんに一つお知らせがあります。

最近、英語のブログをも新しく開設しました。この新しいブログは、私と同じような志向を持って各地で信仰生活を送っている姉妹たちとの交流および励まし合いを目的として作られています。興味のある方はココをご参照ください。

ありがとうございます。





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慎み深い服装のことに関する一連の記事を読んで、「具体的に私は今後、どういう服を着るべきなんだろう?どういう基準を持つべきなんだろう?」と考え始めた姉妹の方がきっといらっしゃると思います。

今日はそういった実践的な点について、ご一緒に考えていきたいのですが、その前に、私は一つのことを姉妹のみなさんに予告しておきたいと思います。

それは私たちがこの道に進もうとする時に受けるかもしれないマイナス評価についてです。

ある人は、あなたの変化をみて、「律法主義的だ」と批判するかもしれません。あるいは「あなたは神の恵みから外れてしまっている。行ないによる義を求めている」と言われるかもしれません。

そこで本題に入る前に、まず律法主義について少し考えてみたいと思います。

☆☆

まず申し上げたいのは、律法主義(legalism)という言葉自体は、聖書のどこにも存在しないということです。

つまり、これはあくまで人間が作った言葉なのです。ですから、何が律法主義的で何がそうでないのか、しっかり吟味する必要があると思います。(律法主義の定義についてネットで調べてみたのですが、日本語ではまとまった説明文を探すことができませんでした。英語版のウィキペディアLegalismの項はココです。)

マタイ12:1-7、マタイ23章等で、イエス様は、律法学者たちやパリサイ人たちを厳しく叱責しています。

「忌まわしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。あなたがたは、杯や皿の外側はきよめるが、その中は強奪と放縦でいっぱいです。目の見えぬパリサイ人たち。まず、杯の内側をきよめなさい。そうすれば、外側もきよくなります」(マタイ23:25-26)。

ここから教えられるのは、私たちが外側のことばかりにとらわれ、肝心の内的聖さをないがしろにする時、それは主の前に「忌まわしいもの」であるということです。

ですから、私たちがいくら慎み深い服装で身を包んだとしても、内側に人を赦さない心、悪意、汚れた思い、高慢さ等が依然として巣食っているなら、私たちはなるほど「律法主義者」と批判されても仕方がなく、それは的を射た批判だということになります。

その場合、私たちは謙遜にその忠告を受け入れ、悔い改めるべきだと思います。

また23節でイエス様はこのようなこともおっしゃっています。

「忌まわしいものだ。偽善の律法学者、パリサイ人たち。あなたがたは、はっか、いのんど、クミンなどの十分の一を納めているが、律法の中ではるかに重要なもの、すなわち正義もあわれみも誠実もおろそかにしているのです。これこそしなければならないことです。ただし、他のほうもおろそかにしてはいけません」(マタイ23:23)。

ここでイエス様は、律法の重要度というのは均一ではなく、例えば、十分の一税を払うという律法よりも、正義・あわれみ・誠実を実践するという律法の方がもっと大切だとおっしゃっていると思います。

これを現在の私たちのテーマに適用するならば、慎み深い服装はマイナーなもの、それに対して正義・あわれみ・誠実といったものはよりメジャーなもの、より重要なものということになるでしょう。

私たちが慎み深く身を包むことは主の目にかなったことです。しかし、そこに価値を置きすぎる余り、まだそういう段階に達していない他の姉妹を「世的だ」と裁きはじめるなら、イエス様はそういう私たちを「忌まわしい者だ」と叱責されるでしょう。

一人一人の信徒に対する主の取り扱いは、それぞれ独自のペースと段階があるように思います。

大切なのは、たとえ霊的な段階や地点は異なっているとしても、主は今ある状態の私やあなたや彼女を受け入れてくださっているということだと思います。

その意味で、あのパリサイ人と取税人の話(ルカ18:9-14)は私たちに永遠の教訓を与えてくれていると思います。

☆☆

しかしながら、上述したような批判とは別に、「律法主義」という言葉は最近、異なった動機で用いられている場合が多いように思います。

実際、今日、「律法主義」という言葉ほど、福音主義教会で多用され、かつ乱用されている言葉は少ないように思います。

それはあたかも万能殺虫剤のごとくあります。人々はシュシューといとも簡単にこの言葉を他のクリスチャンにふりかけ、相手の信じていることやその聖書的根拠をよく調べもせずに「あの人は律法主義的だ」と断じる傾向が強いのです。

しかしイエス様ご自身、繰り返し「わたしの戒めを守りなさい」とおっしゃっています(ヨハネ14:15、21、23、24。ヨハネ15:10等)。

それに考えてみてください。もし御言葉に従おうとすることが律法主義的なら、ルカ13:24、マタイ7:21のような発言をされたイエス様自身、律法主義者ということになってしまいます!

こういった問題に関し、ボンヘッファーは次のように言っています。

「単純な従順が根底から除去されるところでは、イエスの招きの高価な恵みは変じて自己義認の安価な恵みになることがしばしばである。

、、律法主義はただ、服従へと招くイエスの恵みの招きに現実に従順であることによってのみ克服される」(『キリストに従う』 p68、69)。

ですから御言葉に従い、その戒めを守ろうとすることは律法主義ではないのです。

私たちは、他のクリスチャンを律法主義的だと裁く前に、そう考える自分の心の動機を深く探り、そこに不従順な思い、世を愛する思い、狭い門をくぐりたくない思い等がないかどうかをよくよく自問してみる必要があると思います。

「神を愛することは、神の命令を守ることです」(Ⅰヨハネ5:3)と使徒ヨハネは高らかに宣言しました。それからさらに彼は次のような言葉を付け加えました。

「その命令は重荷とはなりません。」――これは驚くべき言葉ではないでしょうか。

私は長い間、なぜヨハネがこのようなことを言ったのか不思議に思っていました。「十字架を背負いなさい」「自分を否みなさい」「敵を愛しなさい」等、こういった命令ははっきり言って重荷ではないでしょうか?

でも最近、すこしですが、彼の意味するところが前より分かってきたような気がします。ヨハネは主の命令ひとつひとつの背後にある御父の大いなる愛と目的を熟知していたのでしょう。

そして詩篇記者のように、「私のたましいはあなたのさとしを守っています。しかも、限りなくそれを愛しています」(詩119:167)と心から御父に申し上げていたのでしょう。

だから、主のどんな命令も彼にとっては重荷ではなく、むしろ喜びそのものだったのです(詩119:14、16、24、35、47、77、97、111、127、159、163、174)。

☆☆

バックナンバー「姉妹の服装についてー私の告白―(ココ)」の中でも書きましたが、私たちが慎み深い服装で身を包む最大にして最も大切な動機は、主の前に聖い娘でありたいという願いと隣人に対する愛だと思います。

私は非常に敬虔な兄弟たちが、「先週、私の目は罪を犯してしまいました。ああ主よ、どうか私を赦してください。」と苦しみ祈る姿を何度かみてきました。

こういった神のしもべたちは、電車の中で、会社で、学校で、通りで、ありとあらゆるビジュアルな誘惑にさらされながら、日々、懸命に戦い祈っているのです。

月曜から土曜までそうやって戦い続けてきた兄弟たちがようやく日曜日、魂の安息を求めて教会にやってきます。

でも最近では、最後の砦であるはずの教会の中さえも、彼らに休みを与えないような環境になりつつあるのです。

私たちはそういった兄弟たちにつまずきを与えないような服装で身を包むことによって、相手を助け、隣人愛をもって相手に仕えることができます。

☆☆

それではここから具体的な服装の話に移っていきたいと思います。

ラウラ姉も「死にゆく貞節(ココ)」の中で述べているように、世の中の慎み深さのスタンダードというのは時々刻々と変化していっています。

そして年を追うごとに露出度が高くなっていっているのは誰もが認めるところでしょう。

ですから、私たちはまず、この世のスタンダードではなく、聖書の神様が望まれるスタンダードに自分の目標を設定する必要があると思います。

以下は、私が神様に祈り求めながら修正・変更していった服装の記録です。

聖書には「女性はスカートだけを履きなさい」という掟はありません。ですから、ズボンかスカートかという選択は私たち姉妹の自由裁量に任せられていると思います。

それはそうなのですが、私は個人的にロングスカートを履くことにしました。なぜかというと、タイトでないロングスカートはやはりすっぽりと体を覆ってくれるからです。

また、私はそれまでずっとズボン派だったのですが、ロングスカートに切り替えてから、自分自身、もっと女性らしさを感じるようになりました。

恥ずかしい話ですが、ズボン時代、私は時々あぐらをかいたりしていました。でもロングスカートで身を包むようになってから、そういった行儀やたち振る舞いの面も、以前に比べてかなり改善されました。

また、歴代の敬虔なクリスチャン女性たちの服飾史を調べながら、そこにある一つの共通した特徴があることに気づきました。――それは簡素さ(simplicity/plainness)です。

デザインにしても色や作りにしても、できるだけ虚栄のない、素朴でシンプルな服を彼女たちは着ていました。

「正真正銘の貴婦人は、その服装において何ひとつ目立つところがあってはならないとされている」(カール・ヒルティ『幸福論』白水社、p148)。

またウィリアム・ローは、敬虔なミランダ姉について次のように描写しています。

「彼女は服装に関して、ただ一つの規則をもっていた。それはいつも清潔であること、そしてできるだけ安価なものを、ということであった。

彼女に関わるすべてのことは、彼女の魂のきよさを反映していた。彼女の外側はいつも清かった。なぜなら彼女の内側がいつも清かったからである」(William Law, A Serious Call to a Devout and Holy Life, p.73)。

またブラウスなどにしても、襟元が開きすぎているような服は、修正がきく限り、自分で縫ってアレンジし直したりしました。また、毎年、衣替えをする時に主にきき、主から「これはあなたにふさわしくない」と示された服はその都度、思い切って捨ててきました。

このようにして私は、服装に関して悔い改めたあの晩以来、主の目にふさわしい服装で身を包むよう、自分としては精一杯努めてきたつもりです。

でもそれがあくまで段階的であり、まだまだ不完全なものであることも十分承知しています。

というのも、主の光に心を照らされた範囲内でしか私たちは物事の真相をみることができないからです(詩18:28、Ⅱコリント4:6、詩119:130、箴6:23参照)。

その証拠に、4年前の私の服装と、現在の私の服装は同じではないのです。4年前も今も、服装を改めようというその真剣さにおいては同じでした。でも4年前には見えなかったものが、今年は見えるようになっているのです。

どうしてそのようなことが可能なのでしょう?聖書をひもとくと、それは御霊なる主の働きによるものだと説明してあります。

私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。Ⅱコリント3:18

ですから私の祈りは、日々毎に、主が私の心をご自身の光で照らしてくださり、もっともっと明瞭にはっきりと主のみこころおよび基準を知るようになることです。そして日々、成長していくことです。

また同時に、律法主義の深淵に陥ることのないよう細心の注意を払っていきたいです。

☆☆
おわりに

姉妹の服装というのは、サタンの道具になることもあればその逆に、主の栄光をあらわすすばらしい表現手段ともなりえます。

私たちが、主を愛し隣人を愛する動機をもって慎み深く身を包む時、この世は――私たちにそういう願いを起こさせている――聖なる主の存在を意識しはじめます。

つまり私たちの服装それ自体、この世に向かい、ある力強いメッセージを放つのです。

聖書によれば、イエス様の教えは、内から湧き上がって外へと溢れだすいのちの川です。そしてそれは私たちのうちで泉となり、そこから永遠のいのちの水がわき出でるのです(ヨハネ4:14、7:38)。

こうした内側と外側の一貫性と調和、そしてその間を行き来する自由な御霊の流れ――、これがイエス様の福音を他のどの宗教、哲学とも違わせているものだと思います。

主よ、私たち姉妹が、内にも外にも慎み深さをたたえ、この暗き世にあなたの福音の光を放っていくことができますよう助けてください。

イエス様の御名によってお祈りします。アーメン。



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