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彼女のように 心楽しく 陽気に咲く花は 

かつてなかった



塩気にくすんだ砂 わびしい土地




びゅーびゅー 風に吹かれるシダ

かさかさのハマカンザシ

花など どこにも みあたらない 岸辺



その地で彼女は成長した





彼女のように たくましく咲く花は

かつてなかった


丘陵にある ―野鳥の姿さえ みえない―

きゅうくつな岩棚




その上を

四つの季節が 通ってゆく



せわしく 翼をはためかせ

吹きすさび

吹き荒れる 嵐の王



その地で彼女は成長した





彼女のように 満ち足りて咲く花は

かつてなかった



ガリラヤのお方に 心燃やされ、

愛を傾け、

この方に学んだ心




高いところに植えられても 

低いところに植えられても


火の墓 雪の原野にあっても―。




その地で彼女は成長した



Amy Carmichael, Toward Jerusalemより 私訳






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私は悲しみを知っている 

〈彼女の〉その青ざめた顔

その声、その足音も 

よく知っている



招かれてもいないのに、

彼女はよく敷居を またいでやって来る

そして私とひっそり話そうとする



ずっと彼女が嫌いだった

彼女を歓迎したことなど 一度もなかった


彼女に用事を言いつけたこともないし 

彼女に対して心を開いたこともなかった



そして 顔をそむけつつ 冷たく言い放っていた

「おねがいだからここから出て行って」と。



彼女は出ていった でもまた戻ってきた

ぱたぱた近くを飛ぶ はとのように

彼女は しょっちゅう 戻ってきた



でも 翼の音が聞こえてきても 

私は彼女に休み場を与えなかった


こっちに舞い降りて来たがっていたけれど

私は拒絶した



再三にわたる 私のしかめっつらにもめげず

彼女はまた近くに戻ってきた 


そして あるとき

ついに口を開いてこう言った


「私は、あなたの愛するお方の元から

遣わされているんです」と。



その時から 

彼女は 私の大切なお客さまになった

彼女のいかめしさも だんだんと表情から消えていった



人生に起こっていることの意味を知ろうとするとき

彼女は私のそばに座り、


キリストが私にとって 

もっと愛しい方になるよう

私を助けてくれる



でも

彼女の存在によって 主が豊かに与えてくださった宝が

私のもとから

取り去られてしまった



物を言わないお墓の前で

苦悶のうちに ひざまずく私から 

彼女は呻きをしぼりとっているかのよう。



耐えがたい不安という岩の上に 彼女は私を横たわらせ

私をずたずたに引き裂いた


それも一度ではなく、何回も



私が身を震わせ 泣き 憐れみを求めるとき

彼女は 主の方を指し示してくれる



こうして だんだんと 痛みに満ちた心は 

やわらぎ、教えられ

私は愛しい彼女の足もとに座り、

彼女にほほえみかける



悲しみ――

それは 私をむち打ち、私の心を試すために

愛の翼をもって 私の元に遣わされたもの



そう

それはキリストより遣わされし

尊い使者なのです




Elizabeth Prentiss,
Golden Hours: Heart-hymns of the Christian Lifeより 私訳





「健全な聖書信仰に立つ」ある著名な牧師先生が、他の女性と婚姻外の関係をもっていたことが理由で数日前に辞職したということを聞きました。

そして、この知らせをもたらしてくださった方は、次のような祈りの申請を出しておられました。

辞職したこの牧師は、神学的に健全であっただけでなく、相補主義に立つキリスト者でもありました。このような不祥事を聞くと、『その人の教え(神学)がどんなに正統であっても、人は倒れる可能性がある』ということを認識させられます。

私も指導者として立っていますが、みなさんにお祈りを申請します。どうか私が聖く生き、主に近く歩み続けることができるよう祈ってください。そして私が罪に陥ることがないよう祈り支えてください。



これを読んだ時、

ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。1コリント10:12


の警告のみことばを思い出しました。

私たちクリスチャンは現在、自分の属する宗派や教理の体系などによって、何百にも、何千にも細分化されています。

でも私は思います。――この「罪」という問題を前にしては、クリスチャンに宗派も境界線も存在しないということを。

オーソドックスであろうが、カトリックであろうが、プロテスタントであろうが、福音派であろうが、聖霊派であろうが、牧師であろうが、信徒であろうが、男性であろうが、女性であろうが、「罪」というこの怪物を前にした時、私たちは皆、おそろしいほど「平等」ではないでしょうか。

皮肉なことかもしれませんが、その意味において、私たちは真に「超教派」ではないかと思います。

自分の罪を甘やかし、それを明るみに出さず、悔い改めず、ひそかに隠したまま生きるなら、私たちは遅かれ早かれ死にます。

みなさんはどうか分かりませんが、私の頭には、そして心には、常に四六時中、罪深い考えや思いが「よぎろう」としています。

でも私はそうしたくないのです。いつも聖い思いに満たされて主を見上げて生きていきたいのです。

それなのに、汚らわしい思いや肉の思いがスルスルと蛇のように私のうちに侵入してこようとします。

そういうわけで、私は、善をしたいと願っているのですが、その私に悪が宿っているという原理を見いだすのです。ローマ7:21



身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい。1ペテロ5:8、9a



そのような時、私はつとめてイサク・ワッツのWhen I survey the wondrous cross (聖歌159 さかえの主イェスの)の歌詞を黙想します。

3.あおげや 茨を いただきたもう 主をみてより 
足より 血しおの したたる



私の罪というこの汚らわしく不潔で醜いものを取り除くために、極限の痛さや恥辱に耐えたこのお方を深く想う時、その時、御霊は私のうちで勝ってくださり、汚らわしい思いを亡きものにしてくださいます。

そして新たなる決意と意志を与えてくださいます。

心の中で、あるいは行ないにおいて
あなたに対して不忠実かつ不従順になるよりは、
むしろ、
この身の血を最後の一滴まで流すほど戦います。

魂の友なる主よ、
今こそわたしは完全にあなたのものです。
花嫁の清い愛をもって 常にあなたを慕います。

あなたの霊がわたしを決して去ることがありませんように。
あなたのゲッセマネの苦闘がわたしを支えますように。
然り、アーメン。

  ゲルハルト・テルステーゲンの祈り 1724年



主よ、どうか私たちのうちに巣食うどんな小さな罪の芽も見過ごさず、容赦しないでください。

それらをすべてをあなたの光の下にさらし、明るみに出してください。そしてその罪を悔い改め、断固としてその罪と縁を切る恵みを与えてください。

罪の誘惑に陥りそうになるその瞬間に、私たちが十字架につけられ血まみれになって苦しまれたイエス様を目の前にみることができますように。私たちが倒れず、立ち続けることができるように助けてください。

そして聖く生きることに対する熱烈な願いを私たちのうちにお与えください。

イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン。






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(ぶどうの実、テサロニケ近郊) 

救いの証し

私はギリシア正教徒の家に生まれました。聖書のことについても、イエス様のことについてもほとんど何も知りませんでしたが、心の中に漠然とした神への畏れは少年時代からあったように思います。

高校三年の時、父が脳梗塞で倒れ、約六か月、意識不明の状態にありました。医者からは「助かる見込みはほとんどない」と言われていました。その時、私ははじめて、神という存在に対し、「父を助けてください」と祈りました。幸い、父はその後、意識を回復し、一命をとりとめました。

大学入学 クリスチャンの女性に恋をする

入試を受け、私はペロポニソス半島にある大学に入学しました。入学してしばらく経ったある日、一人の女性に出会いました。彼女も同じ大学に通う学生でした。私は彼女を見たとき、「この人こそ私の妻になる人だ」と感じました。それで彼女に交際を申し込んだのですが、きっぱり断られました。

私はどうしてもあきらめることができなくて、なぜ断るのかとしつこく尋ねました。

すると彼女は言いました。「私はクリスチャンです。でも高校の時に、私は神様から離れてしまった。それで『大学に入ったら私はぜったいに神様と近く歩む』って決意したんです。そういう理由で、私が交際し、結婚することのできる男性は唯一、神様を愛するクリスチャンの方だけなんです。」

私はその答えに衝撃を受けました。そしてしばらくして意を決し、自分もその教会に行ってみることにしました。

教会に入ると、説教者がメッセージをしていました。(自分には理解できない古典ギリシア語ではなく)、私たちが日常話している現代ギリシア語で聖書の言葉が説明されていて、私は新鮮な驚きを覚えました。

礼拝が終わると兄弟たちが満面の笑顔で自分に近づいてきて、歓迎してくれました。これにも驚きました。

しかしその時、自分の心にはずるい考えがありました。「僕はあくまでギリシア正教徒だ。でもこの教会に通って、(彼女の望むような形の、敬虔な)クリスチャンになった〈ふり〉をしよう。そしてなんとか彼女の心を射止めよう」と。

しかし教会に通い、み言葉を耳にするうちに、私の中でなにかが変わっていきました。まず、悪い言葉が口から出てこなくなりました。そしてある時ついに、私は非常に強く聖霊に触れられる経験をしたのです。

そして真剣に水によるバプテスマを受けることを祈るようになりました。すると、祈って数日もしないうちに、教会の兄弟から、「君は今度の月曜にバプテスマを受けるんだ」と言われました。びっくりしました。

なぜ自分が洗礼を受けたがっていることをこの兄弟が知っているのか全く謎でした。なぜなら私は誰にもそのことを言っていなかったからです。私の中で信仰が確かなものとなっていきました。

そしてついに私は洗礼を受けました。水の中に入った時、体中の重荷が取り去られたように感じました。そして内側から新しくされたのを感じました。

興味深かったのは、周りの人たちも自分の変化に気づき始めたことです。これが単なる主観的な思い込みではなく、客観的にも観察され、認められるものであることを知ったからです。

母に打ち明ける

こうして私は大学の四年間、熱心に教会に通いました。しかし自分が(プロテスタント)教会に行っていることは両親には黙っていました。

ギリシア正教徒は、オーソドックス以外の信仰のあり方を、十把ひとからげに「イェホバデス(=エホバの証人)」とくくり、異端と烙印を押す傾向が強いからです。

しかし復活祭で里帰りした時に、「聖金曜のエピタアフィオスの行進に行こう」との母の提案に対し、私は「お母さん、イエス様の受難を黙想するのに、お墓への行進とか、ろうそくを立てたりするのとか、そういう必要はないと思う。僕は家にいて、家で祈りたい」と答えたのです。

すると、母はその答えに不信を抱いたらしく、その後、矢継ぎ早にいろいろと尋ねてきました。

私は「今が信仰を証しする時だ」と感じ、思い切って母にこれまでのことを全て打ち明けました。すると母は、私が正統派キリスト教を捨てて、異端に陥ってしまったと非常に悲しみました。

母を悲しませてしまったことで、私も悲しみに沈みました。「でも、お母さん、今、僕はイエス様を愛しているし、イエス様が僕のうちで生きているんだよ」と母に言いました。

私たちギリシア人への福音宣教をさまたげているのは「宗教」だと思います。そして「無知」だと思います。

私たちギリシア人は福音についても聖書のみことばについても知らないし、しっかり教えられていないのにもかかわらず、「自分たちこそ唯一の正統派クリスチャンなんだ」と思い込んで(思い込まされて)います。そこに難しさがあります。

ある意味、この地での福音伝道は、仏教圏やイスラム圏以上に困難なのかもしれません。こういった慢心や「思い込み」がまず打ち破られなければならないからです。

結婚と就職

こうして新生し、私はイエス様と共に新しい歩みを始めました。

ギリシアでは、他のヨーロッパ諸国と同様、男女が婚姻関係なしに同棲するのは普通のことです。でも私は聖書を学び、それが間違っていることに気づきました。

そして男性が相手の女性に対し、「結婚」という形でしっかりと責任を取ることが、主の前に正しいことである、ということが分かりました。

それで私は大学卒業後、その姉妹に正式に結婚を申し込み、(共に21歳という若さでしたが)結婚しました。

ギリシアでは現在、40%以上の若者が無職です。どこにも仕事口がありません。私も妻も無職でした。

しかし私たちは主に信頼し、共に祈りました。そして今年に入り、主はすばらしい形で私にホテルのリセプションでの仕事を与えてくださったのです。

最後になりますが、ギリシアのクリスチャンのためにぜひ祈ってください。まじめな信仰者でさえも、目下、現実の厳しさにうちひしがれ、元気を失っています。私たちには今こそ信仰復興が望まれていると思います。

この証しを読んでくださって、ありがとうございました。

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(テサロニケ近郊の町)

青年会での集いに招いていただき、数日間、テサロニケ市およびその近郊の地域に行っていました。

使徒パウロがテサロニケ人の信者に、「主のことばが、あなたがたのところから出てマケドニアとアカヤに響き渡っただけでなく、神に対するあなたがたの信仰はあらゆる所に伝わっているので、私たちは何も言わなくてよいほどです。」(Ⅰテサ1:8)と彼らの信仰をほめていましたが、私たちの出会ったテサロニケの信者のみなさんは、まさにそのような方々でした。身に余る歓迎を受け、また楽しい交わりのひとときが与えられました。

また、昨晩は、そこの教会で皆に慕われているヤニス・ダマスキノス長老(51)と直接お話する機会が与えられました。

長老の歩んでこられた半生および、テサロニケにおけるプロテスタント教会開拓の歴史について、貴重なお話をうかがうことができましたので、それをこれから記事にしようと思います。

ーヤニス長老、こんにちは。まず初めにお伺いしたいのですが、どのような経緯でプロテスタント教会の開拓にかかわるよう導かれたのですか。

ヤ:私は1964年、ギリシア正教徒の家で生まれました。1968年、母が、ディミトゥリアディスというアッセンブリー教会の伝道者を通して信仰に導かれたのが最初です。私は当時、四歳だったのですが、その時のことは今でもよく覚えています。二年後の70年には父も救われ、私たちの家が集会所になりました。

ー長老の牧会されている教会は、Ελεύθερα αποστολική εκκλησία πεντηκοστής (自由使徒ペンテコステ教会)という名前だとうかがいました。この教会の成立事情について少しお話ください。

ヤ:1920年代、ギリシアは戦争による苦境にありました。そのような中、アメリカに移民しそこで福音を聞いて信仰を持ったギリシア人たちが物資を送ってくれたり、いろいろと本国の同胞のために尽力してくれました。

1956年にはギリシア系アメリカ人の伝道者ディミトゥリアディス・ヤニス、続く62年にはクリスィラス・ヨルゴスといった僕たちによりギリシアに福音がもたらされました。65年、ルイス・フェンゴスがアメリカのアッセンブリー教団から独立して、ギリシア土着の教会(自由使徒ペンテコステ教会)をスタートさせました。

その後、前述のごとく、福音がテサロニケにも飛び火し、わが家で家庭集会が始まりました。そして三年後の73年、テサロニケにて最初の会堂が建ちました。

―こういった福音宣教の働きに対し、ギリシア正教会や政府はどのような反応をとりましたか。

ヤ:私たちの教会開拓および福音伝道の働きは、正教側からのさまざまな圧迫を受ける中で続けられてきました。子どもの頃、私たちは「裏切り者」「異端者」と言われ、近所の子どもたちから殴られましたし、教会に投石がなされたりしました。

しかし、このことをお話する前に、20世紀にギリシアで起こった二回に渡る軍事独裁政権のことを少し説明しなければなりません。第一回目は、1936年から始まったメタクサス将軍による独裁政権です。

この前後、ギリシアの各地で信仰復興が起こっていました。1927年にはアテネのペトラロナにて、33年にはディオティアという村で、続く39年にはカテリーニ市のデバスティ村で奇跡を伴う聖霊の顕現があり、多くの魂が主に立ちかえりました。

しかしこういった現象に危機感を覚えたメタクサス将軍は、「異端」政策をとり始めました。これにより、路傍で福音説教することは違法であることが法制化され、説教するには、政府の認可および正教会の祭司によるサインが要ることになりました。

メタクサスの制定したこの法律は、実に1990年まで有効であったのです。そのため、私たちの教会の伝道者たちも、留置所に抑留されたりしました。(しかし大抵、翌日には釈放されましたが。)

また、説教するための「政府による認可証」および教会の代表者名記載は、巧妙な懐柔政策であり、また、(キリストのみからだに分裂をもたらそうとする)サタンの策略でもありました。というのも、この政策を通して、ペンテコステ派は、39年の時点ですでに五つの組織に分裂してしまったからです。

それから、第二回目は、1967年、(ゲオルギオス・パパドプロス大佐等によって起こされた軍人クーデターによって始まった七年間に渡る)軍事独裁政権です。この時期にも、信教や出版の自由は非常に厳しく統制されていたのです。

1996年より、私たちはラジオを通して福音メッセージを伝え始めました。私も毎週木曜日に、聖書のみことばを説きました。しかし、正教会が政府に圧力をかけた結果、2004年にラジオによる伝道番組は閉鎖に追い込まれました。

―テサロニケにおける福音派とペンテコステ派の関係についてお聞かせください。両者の間に友好関係はありますか。

残念ながら、あまり友好関係はありませんでした。

しかし近年、いろいろな苦しい状況を通し、両者の歩み寄りと、協力関係が築かれつつあります。例えば、私はユースの子どもたちを連れて、福音派のサマーキャンプに参加しています。しかし、このような協力関係を一切拒み、「我々のペンテコステ派こそ正道なのだ」と公言する説教者もおられます。私はこのような態度は、ファナティシズムだと思います。

―ヤニス長老、もし今、若者時代に戻れるとしたら、何をしたいですか。もしくは、「これこれは、ぜひとも避けていたかった」、「こうしていたらもっと良かったなあ」と今になって思うことがあったら、教えてください。

ローマ8:28「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」

このみ言葉通り、失敗や苦しみといった道を私が通ることを神さまがお許しになったこと――そのことに感謝しています。思えば、1970年代、私たちの教会にはあふれるばかりの霊的祝福が注がれました。

しかしその時分、私たちは心のどこかで、「自分たちの信仰がすばらしいから、主は私たちをこんなに祝福してくださっているのだ」と慢心していました。

しかしそれに続く80年代、私たちは、相次ぐ教会の分裂やその他さまざまな問題に苦しみました。しかし、その苦しみを通して、主は私に、神の恵みがなんであるかを教えてくださいました。そして自分たちが本当に何者でもないことを教えられました。

ー最後にもう一つ、ご質問させてください。残りの人生をどのように用いたいと思っていらっしゃいますか。どんなことに時間とエネルギーを注ぎたいとお考えですか。

私は若者たちに神の恵みを伝えたいと思っています。多くの人がこの恵みを受け入れることを拒んでいます。また、律法主義とファナティシズム(狂信主義)に対し、これからも私は戦おうと思っています。

ギリシア・プロテスタント教会の最大の問題は、分裂です。キリストのみからだが分裂することを通し、真の信仰復興が妨げられています。

今、私たちは国家的な危機に直面しており、他の国の兄弟姉妹の祈りをぜひとも必要としています。なにか私たちに対してメッセージがありましたら、ぜひお聞かせください。

ありがとうございました。


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やすらぎを求めている魂へ。




私たちはやすらぎを求めていますが、

往々にしてその求め方を誤っています。



私たちは、

「是が非でも恥辱の深い谷へ下りなければならない、

もしくは、崇高な経験の高みに登らなければならない」

と考えがちなのです。



そういう私たちはあたかも、

部屋に閉じ込められた小鳥のようです。



部屋の中を死にもの狂いで行ったり来たりし、

せわしなく飛び回り、


かの手

――ただ、あなたを窓から、

明るく輝く空に解き放ってあげたいだけの手――

に捕らわれることを拒んでいます。



要は、あなた自身の働きをやめることだけなのです。


すべての奥義は、

「やめる(cease)」という一語にあります。




神の安息のうちに入った人は、

自分自身の働きをやめます。


――ちょうど、神がご自身の働きをやめて

安息されたように。



自己から退くのです。

安息しようと努めることから、

そしてこの先生だ、あの先生だと忙しく駆け回ることから、

退くのです。



疲れ切り、

(愛に満ちた神の守りという)枕の上に寝そべる子どものように、

そこに深々と沈みこむのです。



神に寄りかかってごらんなさい。

神は愛しておられます。

あなたのことを気遣っておられます。



最も良い時に、

神はご介入してくださいます。

そして最善をなしてくださいます。



あなたが主にそうしていただくよう

委ねることさえできるなら、


主はすぐにでもそうしたいと

望んでおられます。


信頼しなさい。そして休みなさい。




まとわりつく罪から解放されたい方、

聖い生活を求めている方、

また実を結ぶ働きを求めておられる奉仕者の方々へ。



こういった経験すべてにおいて存在するのは、

ただ一つの法則です。



それは、それを意志する人にかかっているのではなく、

精進する人にかかっているわけでもありません。



そうです、

それは憐れみを示してくださる神にかかっているのです。



神はからみつく罪からあなたを解放させようと

望んでおられます。



また全き聖潔の人生、

聖霊に満たされた人生へとあなたを導きたい

――そう望んでおられます。



またご自身が買い取られたそれぞれの器を

最大限お用いになりたいと

望んでおられます。



しかし、

あなたのうちにある

高まり、動揺、せわしなさ、興奮といったものが

静められるまで、




主の愛に満ちた働きは

止まったままの状態にあるのです。




F・B・マイヤー Saved and Keptより 
私訳






無題 (5)




イエス 贖い主 


ただ一人 

わがたましいを鼓舞したもうお方



わが冷たさのうちに 

あなたの火をともし


わが命を 赤々と燃やしたまえ




わが障壁をうちこわし、

あなたの近くへ 

そうです

もっとあなたの近くへ 

私を引き寄せてください




あなたを知りたいのです

あなたを知ることが いのちなのですから




わがうちを深め

うわべだけのもの

皮相的なものを

取りのぞいてください




そして

うつろな迷いから

わが魂を解き放ってください




わが内なる人を 

すみやかに ほどき


不誠実の糸を 

ことごとく引き抜きたまえ




汝の誓いは 私の上にあります

ああ 真実をもって 

あなたに仕え



全き愛で あなたを愛し

純潔のうちに 

あなたに従う者とさせてください




燃えよ 燃えよ 炎よ

おお風よ 

余すところなく 吹きつけよ

 

おお剣よ 

わが肉を目覚めさせ 

これを打ちたまえ



おお 
 わがうちに

汝のたましいの産苦を見、


わが主が 

満足されんことを 




Amy Carmichael, God's Missionaryより
私訳






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(アメリカ開拓時代の女性 『パイオニア』、"The Pioneer"by Robert T.Barrett)

バプテスマのヨハネは開拓者でした。聖霊に満たされた彼は、宮殿の中でぬくぬくと日向ぼっこをしていたのではなく、「荒野」に現れ、主の通られる道をまっすぐにしようと奮い立ちました。

同じように、このレターを読んでくださっているみなさんお一人お一人も開拓者です。パイオニアです。

私たちは自分の力ではなくして、御霊の力により、これまで道のなかったところ (あるいは道がふさがってしまっていたところ)に道を切り開いていくのです。

私は単刀直入に言います。21世紀の今、1コリント11章の祈りのベールを実践しようとしているあなたは、――望むと望まざるにかかわらず――イデオロギー戦争の最前線に立たされます。いえ、戦いはイデオロギーに限ったものではなく、本質的にこれは霊的な戦いです。

前回のレターでSanaeさんが言っておられたように、私たちが御言葉に従い、ベールを着けるその行為は、「たとい世の中がどのように動こうとも、私は聖書の神を信じます。そして主なる神のお定めになった創造の秩序に従います」という信仰表明であり、マニフェストなのです。

そして聖書が永遠に変わらない神の言葉であることに対する、私たちの体を張った愛の証でもあります。

私たちは人目を気にする自分の肉を十字架につけ、内に外にあふれる「さまざまな思弁と、神の知識に逆らって立つあらゆる高ぶりを打ち砕き、すべてのはかりごとをとりこにしてキリストに服従させ」(Ⅱコリ10:5)、主の掟を愛し、これに従います。

ベールを着けることは、私たちを古めかしく「保守的」にするものではありません。また私たちを小さく縮こまらせるものでもありません。

私たちは今、どうしても立ち上がる必要があります。

どのようにしても、どんな代価を払ってでも、この道を切り開き、前進させなければならないのです。つまり、私たちはパイオニアになるのです。

今、これを書く私は、自分がある大きな力によって、内側から突き動かされているのを感じています。

私は今、あなたの理性や常識に向かって語っているのではなく、私のうちにおられる御霊があなたの魂に直接語ってくださるようひたすら祈りながら、これを書いています。

どうか永遠の神、私たちの創造主、そして救い主イエス・キリストご自身が、あなたに内なる確信を与えてくださいますように。

あなたの霊の目が開かれ、1コリント11章1-16節に書いてあることの意味とすばらしさに感動が起こされますように。

土砂崩れのような霊的危機の時代にあって、私たちが御言葉に従い、この小さな一点を死守することができますように、どうか主よ、力と勇気と信仰を与えてください。

そして私たちの従順を通して、それぞれの場所で、回復が起こされますように。

イエス・キリストの御名を通してお祈りします。アーメン。





今日は昨日に引き続き、姉妹のみなさんへの応援レター(パート2) を掲載します。しかも今日は、日本在住のSanaeさんが特別に原稿を書いてくださいました。Sanaeさん、ありがとうございます!

☆☆☆

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こんにちは。私はこちらのブログに時々コメントを書かせて頂いています。

去年の秋ごろからこのkinukoさんのブログを読むようになり、初めてこの「祈りのベール」という事柄を知り、kinukoさんを含む数多くの女性たちがこの教えを実践している事実を知って、非常に新鮮な驚きを覚えました。

祈りのベールを一部教会の特殊な伝統という捉え方をしていた私は、それを自分の問題として考えた事は一度もありませんでした。

Kinukoさんが紹介しておられるジェシカさんイリナさんの証headcovering movementのサイトにあったたくさんの証を読み、忘れられたこの教えを自分に与えられたものとして受け止め、それを実践しようとする彼女たちの姿に感動し、「いいなぁ」と羨ましくすら思い、私も被り物を始めました。

(2015年2月12日の記事の補足で紹介されている被り物を使っています。普段はほぼ100円均一のカチュームです。)

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(ダイソーで買うことのできるカチューム)

私の場合「やってみよう」と思い立ってすぐにカチュームという目立たない被り物を見つける事が出来た事もあり、羞恥心や恥ずかしさという問題を感じる事は殆どありませんでした。

夫の同意をすぐに得る事が出来た事、自分の教会で数人の女性にカミングアウトする機会があったものの反対されなかった事もとても幸いでした。

様々なサイトで海外の姉妹たちの被り物を見せて頂きましたが、非常に多様であるのに気づきました。

コリント11は被り物の種類やスタイルを指定してはいません。

スカーフ、ストール、ベール、スヌード式キャップと言った誰の目にも明らかな被り物をされている方もおられれば、カチューム、ターバン、帽子、バンダナと言った一見どこにでもありそうな目立たない被り物を選ばれている方もいました。(私もその一人です。)

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目立たない被り物をする選択肢もあったものの、聖霊の導きによって中東風の被り物に導かれたという方もいらっしゃいました。(↓NYのアシュリー姉妹

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この多様性はクリスチャンの被り物=レースのベール、シスターのベール、アーミッシュ・メノナイトのようなキャップという自分の日常からかけ離れたイメージしかなかった私には驚きの発見であり、また勇気づけられるものでした。

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また全ての方がフルタイムで被り物をしておられる訳ではなく、礼拝や家で祈る時などのみ被り物をしているという方も複数おられました。

私自身は「祈りのベールは今日も適応される掟である。」との強い確信を持ってこれを始めた訳ではなく、このような形で主に従いたいと望む姉妹たちの証に感動して始めたのが実情です。

これを始めて受けた祝福を一言で表すと、自分が神と夫の権威のもとに置かれている事を忘れないという事が挙げられます。

被り物をしていない時もその事実に変わりはないのですが、私自身がそれを忘れず「本当にその振る舞いでいいのか」と立ち止まる機会を何度も与えて貰っているように思います。

またこの実践は人目に付くか否かに関わらず、「私は神の造られた創造の秩序に従う」というマニフェストでもあります。

これは小さな実践かも知れません。しかしこのような信仰の在り方が存在するという事が、日本でも知られるようになればいいなと思います。

もしこのkinukoさんのこのブログの祈りのベールの記事に心を動かされている方がおられたら、是非神様に祈り求めて下さい。

御心ならば必ず最善の実践への道が開かれると思います。

ーおわりー


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なぜかぶり物?理由その4 【教会の慣習】
Why Head Coverings? Reason #4: Church Practice


「パウロはこの(かぶり物の)慣習を全ての教会に教え、それに従うよう求めていました。この最後の箇所で、彼は普遍的なクリスチャンの慣習に訴えることで、その他全ての議論を封じています。」
メアリー・A・カスィアン(南バプテスト神学大学 女性学)1)



Veil (2)


「言い伝え(traditions)」という言葉をきくと私たちは、それは――聖書には存在しない人間による作り物のことだと考えることが多くはないでしょうか。

言い伝えというのは有益である場合もある(もしくは少なくとも有害ではない)かもしれません。しかし何といっても神がそれを掟として命じておられないのですから、私たちもそれを命じてはなりません。

ですから、かぶり物についての理解においては、次のことを問う必要があります。「これは言い伝えでしょうか、それとも掟でしょうか」と。

それでは最初の聖句をみてみることにしましょう。
 

さて、あなたがたは、何かにつけて私を覚え、また、私があなたがたに伝えたものを、伝えられたとおりに堅く守っているので、私はあなたがたをほめたいと思います。Ⅰコリント11:2



この「あなたがたに伝えられたもの(“traditions”=言い伝え)」の定義付けはされていませんが、かぶり物はそういった言い伝えの一つであったのでしょう。どうして私がそう考えるのかとお尋ねになりますか?

みてください。かぶり物に関するこの教え(1コリ11:3-16)は、対照的な二つの言明の間にサンドイッチのように挟まれています。

2節でパウロは「私はあなたがたをほめたい」と言い、その後にかぶり物に関する教えが続いています。一方、17節ではパウロは「私はあなたがたをほめません」と言い、その後に主の晩餐および霊の賜物――彼らはこれらを誤用していました――についての教えが続いています。

1コリント11章の文構造をみると、2節と17節は見出し語(topic headings)として用いられています。そして各見出し語につづく教えは、その見出しにフィットしたものになっています。

つまり、最初の見出し語は活気づけ(ほめること)、それに対し、後者は矯正(ほめないこと)です。

もしかぶり物がコリント人の間で実践されていなかったのなら、「私はあなたがたをほめません」(1コリ11:17)という見出し語がついていたはずです。

ですからもしコリント人たちが(依然としてそれに関する教えを必要としていたとはいえ)実際にかぶり物を実践していたのなら、それがいわゆる言い伝えということになります。なぜなら、パウロが呼んでいたのはまさにそれだったからです。

あなたはかぶり物を、「人間によって作り出された代物」だと退けるかもしれませんが、それではご一緒に新約をみてみようではありませんか。

そして新約自体が言い伝えのことをどう定義付けているのか検証してみようではありませんか。

「言い伝え(“paradosis”)」として使われているギリシア語は、新約聖書の中で13回使用されています。その中の8回はイエスによって使われていますが、そのいずれも、「人間の言い伝え」という意味で言及されています。

パウロもそのような意味合いでこの語を使っていますが、必ずしもそれに限定されるわけではありません。彼は権威ある使徒の教えとの関連でもこの語を使っているのです。それではその具体例を二つみてみましょう。

そこで、兄弟たち。堅く立って、私たちのことば、または手紙によって教えられた言い伝え("traditions")を守りなさい。2テサロニケ2:15



兄弟たちよ。主イエス・キリストの御名によって命じます。締まりのない歩み方をして私たちから受けた言い伝え("tradition")に従わないでいる、すべての兄弟たちから離れていなさい。2テサロニケ3:6



ここには、あるパターンが見られるということに、みなさんはお気づきになりましたか。そうです。パウロが使徒の教えに関連してparadosis(言い伝え)という語を用いる時、彼はそれは「私たちから受けたもの」と言っているのです。

それでは、かぶり物が人間の言い伝えにすぎないものなのか、それともれっきとした使徒の言い伝えなのかを、私たちはどのようにして知ることができるのでしょうか。

パウロはこの点についても明確に答えてくれています。1コリ11:2で彼は、「私があなたがたに伝えたもの(I delivered [the traditions] to you)」と言っています。これはつまり、かぶり物は権威ある使徒の教えだという意味なのです。

教会の一貫した立場

今度は、かぶり物に関する終わりの方の聖句をみることにしましょう。

たとい、このことに異議を唱えたがる人がいても、私たちにはそのような習慣はないし、神の諸教会にもありません。1コリ11:16



私たちはさきほど、かぶり物が権威ある使徒的教えだということを確認しました。それでは上の聖句は一体何なのでしょう。実は、この聖句が原因で、私は何年もの間、かぶり物の教えを受け入れることができずにいたのです。

私は以前、次のようにこの聖句を理解していました。

「ここでパウロが言っているのは、『この教えは非常な論議をかもし出しかねないものなんだ』ということなんだろう。で、パウロはそういう論議を望まなかった。だからパウロは、『もしみなさんが不愉快な気持ちになるなら、実践しなくてもいいですよ』と、こう言っているんだ。それに、これを義務付けている教会は一つもなかったわけだし。」

これは矛盾なのでしょうか。教会はかぶり物を公的な立場として保持していたのでしょうか。それともそうではなかったのでしょうか。

ギリシア語学者ダニエル・ワレスはこれに関して有益な言及をしています。

1コリント11:2と1コリント11:16をいかにして調和させることができるのだろうか。2節は17節を統率(govern)している。つまりどういうことかと言うと、この慣習はparadosi (言い伝え)だったので、正統規範性(オルソプラクシ)のレベルに置かれていたのだ。

これは初代教会が従っていた教えだった。このようなレベルにあったため、大部分の教会はこの教えをきちんと守っていた。それゆえ、――この「言い伝え」の妥当性および実践についての要求として――パウロは他の教会が行なっていること(v 16)に論拠を求めることができたのである。2)



ですから、パウロはここで、もし異議を唱えたがる人がいたとしても、諸教会には――その人が主張しているような――「そのような習慣はない」と言っているのです。

つまり、「かぶり物のことについての公の立場など存在しませんよ」と言っているわけではないのです。何といっても、パウロはたった今、その教えを主張したばかりなのですから。

ここで言っているのはむしろ、「異議を唱えているこの人が宣伝しているような見方をしている教会はどこにもありませんよ」ということなのです。だから。他の英語訳では「私たちにはそのような習慣はないし、神の諸教会にもありません(1コリ11:16 NASB訳)」と訳されているのです。

コリントを越えて

しかし次のような反論をする方々がいらっしゃいます。――もし女性たちがかぶり物を着けなかったら、彼女たちは、ベールをしていないコリントの神殿娼婦たちに間違われてしまう。だから(それを危惧して)パウロは女性たちにかぶり物をするよう命じたのだ、と。

しかし、1コリント11:16の中で、パウロは、この慣習がコリント地域を越えるものであり、あらゆる教会で行われていた慣習だということを示しています。

この当時存在していた諸教会の地理的位置を少し考えてみてください。―コリント、ピリピ、テサロニケ、エペソ、イコニウム、カエサレア、アンテオケ、その他多数あります。

そしてそれらの諸教会すべてで、かぶり物は実践されていたのです。こういった教会ではどこも、ユダヤ人と異邦人が共に礼拝しており、いろいろな文化背景を持つ人々が共に集っていました。

こういった教会の位置は、現在のイスラエル、トルコ、ギリシアなど何千キロという広範囲に及んでいたのです。しかし、かぶり物に関し、彼ら全員が、同じ教えを遵守していたのでした。

教会が、かぶり物の教えを、「すべてのクリスチャンに向けられた掟だ」と理解していない限り、いったいどうしてこのような一致が可能でしょう。説明がつきません。

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コリントの教会:150年後

テルトゥリアヌスはAD160-220年に生きたキリスト教護教家でした。

テルトゥリアヌスの記した著書の一つに『未婚女性のベールについて』というものがありますが、この本の中で彼は、聖書および言い伝えから鑑みて、既婚女性だけでなく、すべての女性たちは頭を覆わなければならないと言っています。

彼の生きた当時のコリントにある教会について、テルトゥリアヌスは非常に参考になる発言をしています。

これが書かれたのは、パウロがコリント人に第一の手紙を書いた約150年後のことです。ではその記述をみてみましょう。

よって、コリント人自身も彼のことを理解していたのだ。実際、今日においても、コリント人は未婚の娘たち(乙女)にベールを着けさせている。使徒たちが教えたことを、弟子たちは承認しているのである。 3)



3世紀のコリント教会をじかに見たテルトゥリアヌスは、ここで実質上、次のように言っています。「パウロの真意は、『女性は全員、かぶり物を着けなければならない』ということであったと彼らは理解していたのです。今日に至るまでそれが彼らの慣習であるという事実がそれを裏付けています」と。

教会史の大半を通じて、かぶり物の教えはほとんどの教会における標準的な慣習であり続けたのです。

R・C・スプロールが言っているように、

礼拝の時に布のかぶり物を着けることは、20世紀に至るまで、クリスチャン女性の普遍的慣習でした。

しかし、その後、何が起こってしまったのでしょう?私たちは突如として、何か新しい聖書の真理を見つけたとでもいうのでしょうか。――曰く、これまで何千年もの間、聖徒たちはこの真理に関して盲目であったと?

それとも、女性に関する、私たちの聖書的見方が次第に、――「真理の支柱であり土台である」イエス・キリストの教会に浸透してきた――現代フェミニスト運動によってむしばまれていったことがその原因でしょうか。 4)



かぶり物というのは、何か真新しい突飛な教えではありません。

これは、聖書に基づいたいにしえの教えであり、教会史を通しても大多数によって受容されてきた教えなのです。

かぶり物はこれまであらゆる教会において尊守されてきたものであり、今日の私たちだけが例外的な存在です。こういった状況を是正しなければならない時はすでに来ています。


参照
1.
↑ メアリー・カスィアン – Women, Creation and the Fall (Crossway Books, 1990) – p 100.
2.↑ ‘What is the Head Covering in 1 Cor 11:2-16 and Does it Apply to Us Today?’より引用。ダニエル・ワレス氏は、かぶり物に関し、‘meaningful symbolという見解を持っていますが、これは私の立場とは異なるものです。
3.↑ テルトゥリアヌス『未婚女性のベールについて』第8章
4.↑ この記述の元々の典拠を探し出すことができなかったのですが、これは多数の文献の中で引用されており、例えば、グレッグ・プライス氏の論文「聖書の中のかぶり物Head Coverings in Scripture’」の中にも出てきています。

補足資料です


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