(前回のつづきです。)

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実際的な指針
PRACTICAL GUIDELINES 



1.明らかな「慣習」の領域を、聖書自体から検証してください


こうして聖書を詳細に吟味することにより、私たちはそこに、「慣習」に関するある一定の範囲(幅 latitude)が示されているのに気づかされます。

例えば、旧約文化の神聖な原則は、新約文化の中でも再び述べられています。

新約聖書の中に再述されている旧約の律法や原則をみることにより、私たちは――慣習、文化そして社会的しきたりを超越する――原則の「核」となるものを見い出すことができると思います。

同時に、旧約の原則のうち(モーセ五書の食物規定など)ある物は、新約の中で無効にされていることにも気づきます。

しかしそれは「旧約の食物規定はただ単にユダヤの慣習であった」ということではありません。

そこには、――キリストが旧約の律法を無効(abrogate)にしたという――贖罪的・歴史的状況の中における相違があるわけです。

ここで注記しなければならないのは、

1)「すべての旧約の原則を新約に持ち込むという考え」も、
2)またその反対に「何も持ち込まないという考え」も、

両者共に、聖書それ自身によって正当化され得ない考えであるということです。

☆☆

それでは、どんな文化的慣習が再文化適応(再文化変容re-acculturation)として可能なのでしょうか。

そういった意味で、言語というのは、文化的に流動しうるもの・可変するものとみなすことができるでしょう。

例えば、旧約聖書の律法はヘブライ語からギリシャ語に翻訳されることが可能とみなされました。

この事実だけでも、「言葉によるコミュニケーションの可変的な性質」について、少なくとも一つの手がかりが与えられます。

つまり、言語というのは、変化に対して開かれている文化的側面を持っているのです

――しかしそれは、聖書の内容が言語学的に歪曲されるかもしれないという意味ではなく、あくまで福音がギリシャ語と同様、英語や他の言語でも宣教され得るということです。

二番目として、旧約時代の服のスタイルは「神の民が着るべき服」として永続的に固定されてはいないという事が挙げられます。

慎み深さという原則は続きますが、それぞれの地方の服装というのは変わり得るのです。

あらゆる時代の信仰者が着るべき「敬虔な服装」というのは旧約では規定されていません。

また貨幣制度といった文化的相違も、明らかに変化が許容されています。クリスチャンは円やドルの代わりに、デナリウスを使いなさいと言われているわけではないのです。

こういう――服装とか貨幣とかいった面での――文化分析は比較的容易ですが、こと話が文化的な「制度」に及ぶと、これはもっと手ごわくなります。

例えば、政府に対する忠誠や、結婚における権威の在り方などに関する現代の論争においては、よく奴隷制のことが持ち出されます。

妻に対し、「夫に対して恭順でありなさい」と命じているパウロは、同じ文脈において、「奴隷たちよ。主人に対して恭順でありなさい」と言っています。

そこである人々は、「新約聖書において、奴隷制廃止の種が蒔かれているのであるから、女性の恭順という点に関しても同様に、廃止の種が蒔かれているのだ」と主張するようになりました。

両者とも、あくまで「文化的に条件づけられた」制度的構造のことを言っているのだから、、というのがこの線に沿った議論の主張点です。

ここで私たちは、

1)聖書が単にその存在を認めている制度(例えば、「存在している権威 “the powers that be” (欽定訳)」)と、
2)聖書が明確に制定し、是認し、定めている制度

とを注意深く分けて考える必要があります。

存在する権威構造(例えばローマ帝国政府)に対する恭順という原則は、そういった構造を神が是認しているということを必ずしも含意しているわけではなく、それはあくまで謙遜と政府に対する従順に対する呼びかけなのです。

神はカエサルを立派なクリスチャンの模範としては認めていませんでした。にもかかわらず、(人間には隠された)究極的なご自身の摂理の中で、アウグストゥスをそこに任命されたのです。

それに対し、結婚制度における構造や権威のパターンは、「明確な制度およびそれに対する是認」という文脈の中で、旧約の中においても新約の中においても与えられています

家庭における聖書的な構造を、奴隷の問題と同列に置くことは、両者の間に存在する多くの相違点をあいまいにする結果を生み出してしまいます。

ですから、聖書は、

1)抑圧的ないしは邪悪な状況のただ中に置かれた場合、
2)創造の良きデザインを映し出しているような構造を定める場合、

そのどちらの場合においても、私たちクリスチャンのとるべき行動規範のための基本原理を提供しているのです。


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2.一世紀における初代クリスチャンの特殊性を考慮に入れるべきです


一世紀の文化的状況を検証することを通し、聖句をより明瞭に理解しようとする努力それ自体は良いものです。

しかし、ある人が、新約聖書を「ただ単に一世紀の文化を反響したもの」であるかのように捉え聖書を解釈していくとなると、それは全然違った話になります。

もしそうするなら、当時の初代教会が経験していた深刻な衝突――1世紀の世俗世界との対峙――、この事実をどう説明できるというのでしょう?

もし当時のクリスチャンが周囲の世俗世界に適応していたのなら、野獣の前に引き出され殺されるようなことは決してなかったはずです。


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ローマの円形闘技場で、野獣によって殺されようとしている初代クリスチャン。最後の祈りを捧げています。


――そこに本来存在すべきではない種類の――文化的考慮を持って聖句を解釈する時、「聖句を相対化する」という手段が持ち込まれます。(それは極めて微妙な手段かもしれません。)

例えば、コリントにおける被り物の問題についてですが、数多くの註解者たちが、「当時のコリントでは、被り物をしない頭というのは、(地元にいた)売春婦のしるしであった」と記しています。

「それゆえに、」とこの議論は進められます。

「パウロがここで女性に被り物を命じていた理由は、クリスチャン女性が被り物をしないことで売春婦に間違われてしまうことを避けるためだったのです。」

この種の推論の問題点はどこにあるでしょう。

基本的な問題は次の点にあります。つまり、一世紀のコリントに関して私たちが再構築した知識というのが、パウロに――パウロ当人には初耳の――理論的根拠を与えてしまっているということです。

換言するなら、私たちは使徒パウロの口に、私たち自身の言葉を押し込んでいるだけでなく、そこに存在している肝心の御言葉を無視してしまっているのです。

もしパウロがコリントにいる女性に対しただ単に「被り物をしなさい」と言っただけで、そういった指示を出した根本的理由を説明していなかったのだとすれば、私たちはその理由を見出すべく、自分たちの文化的知識に頼らざるをえなかったかもしれません。

しかしここでの場合、パウロは――コリントの売春婦の慣習云々ではなく――創造の秩序をその理論的根拠として挙げています



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当時の文化背景を詳しく調べようという熱心は良いものですが、もしその熱心が、「聖句がそこで実際に言っていること」をあいまいにし不明瞭なものにするのだとしたら、それは危険です。気を付けなければなりません。

パウロが言及している理由を差し置いて、自分たちの推論的な理由を前面に持ってきて、それを主張することは、使徒を軽んじる行為です。

そして、それはとりもなおさず、釈義(exegesis)を自己流の解釈(eisegesis)に転化させるものなのです。



(その3 最終回に続きます。)



おまけの一言

☆ウィリアム・ティンダル(1494-1536)も被り物の擁護者です!



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ウィリアムtyndale
私は答える。-パウロは書簡の中で書いていたそのようなことを口頭で教えていたと。そしてパウロのいうその伝統とはこれである。つまり、女は夫に従い、被り物をつけ、静かにし、女性らしくキリスト者らしく身を包むことである。




追伸)
「コリントの売春婦説」についての検証記事はここです。

「祈りのベールは文化的なもの?コリントの売春婦のことはどうなんですか?」







祈り
この記事が、相補主義の先生方の元に届けられますように。この翻訳があなたにあって、あなたの時に実を結びますように。他の兄弟姉妹と共に、この祈りをイエス・キリストの御名によってお捧げします。アーメン。



被り物と聖書解釈
Head Covering and Hermeneutics (An Excerpt from “Knowing Scripture” by R.C. Sproul) here


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(R・C・スプロール師)


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原則と慣習
(PRINCIPLE AND CUSTOM)


「全ての聖句が原則であり、従ってあらゆる時代のあらゆる人々に適用されるべきものだ」と結論づけるか、もしくはその反対に、「あらゆる聖句は特定の(その土地に限られた)慣習にすぎず、その直接の歴史的文脈を超えるいかなる関連性もそこには存在しない」と結論づけるか?

あるいはこの二つ以外の結論が存在するのでしょうか?――その場合、私たちは、その差異を識別するための〈なにがしかのカテゴリー〉ないし〈基準〉を打ち立てる必要に迫られます。

☆☆

この問題を説明するために、まずは「聖句のすべては原則であり、特定の慣習を反映したものなどは皆無だ」と私たちが考えた場合にどんなことが起こるかをみてみることにしましょう。

もしそれが正しいのなら、そして聖句に従順であろうとするならば、福音宣教の手法における、ある抜本的な変化が起こされねばならないことになります。

イエスは仰せられました。「財布も袋もくつも持って行くな。だれにも道であいさつするな」(ルカ10:4)。

もし私たちがこの聖句を、超文化的原則に当てはめて考えるなら、今後、伝道者という伝道者は皆、裸足で宣教に出かけなければならなくなります

もちろん、この聖句の要点は、裸足による福音宣教を永続的な義務とすることにあるのではありません。

しかし、その他の箇所は、それほど明瞭ではありません。例えば、洗足の儀式(ヨハネ13:3-17)については、クリスチャンの間では今でも意見が分かれています。

これは果たして、あらゆる時代の教会に課せられた永続的な掟なのでしょうか。それとも、謙遜なしもべとして仕えるという原則を表すための特定の慣習なのでしょうか。

靴を履く現代の文化の中にあっては、原則こそ残れども、慣習は消滅すると考えるべきなのか、それとも、そういった靴装にかかわらず、原則と共にやはり慣習も残るのだ、と考えるべきなのでしょうか。

こういったジレンマの複雑性をみるべく、1コリント11章にあるあの有名な「被り物」についての箇所を検証してみることにしましょう。

新改訂標準訳では、女性は預言するとき、頭にベールをかぶらなければならないと訳しています。

この掟を自分たちの文化に適用させていく上で、私たちは以下に挙げる四つの選択肢に直面することになります。


1.完全に慣習だとみなす立場

ここの聖句全体は、文化的慣習を反映したものであり、今日性はない。

ベールというのはその地方の慣習的な頭飾り(headgear)である。頭を覆わないことは、その地方においては、売春婦のしるしとしての意味を持っていた。

女性が男性に恭順することを表すしるしは、ユダヤ教の慣習であり、新約聖書の包括的教えの観点からみた場合は、これは時代遅れなものである。

私たちは異なる文化圏に住んでいるのだから、もはや女性がベールをかぶる必要はないし、(ベールに限らず)何をかぶる必要もない。さらに言えば、もはや女性が男性に対し恭順である必要もない。


2.完全に原則だとみなす立場

この場合、この聖句に包含される全てのことは、文化を超越した原則とみなされます。

そしてそれを実際に適用した場合、次のようになります。

1)女性は祈りの時、男性に対し恭順でなければならない。
2)女性は被り物をすることにより、そういった恭順のしるしを常に表わさねばならない。
3)女性は、唯一適切なしるしとして、ベールを常にかぶらなければならない。


3.ある部分は原則であり、ある部分は慣習であるとみなす立場(選択肢A)

このアプローチによれば、聖書箇所のある部分は原則として捉えられており、よってあらゆる時代に適用されるべきだと考えられています。

その一方、他の部分は慣習とみなされ、従ってもはやそれに従う必要はないとされています。

ですから、女性の恭順という原則は超文化的なものですが、それを表す方法(ベールで頭を覆う)というのはあくまで慣習的なものであり、変わり得るだろうというのです。


4.それは部分的に原則だと捉える立場(選択肢B)。

この選択肢においては、女性の恭順という原則と、頭を覆うという象徴的行為は永続的なものとみなされます。

被り物の種類は文化によって異なるかもしれません。ベールはバブーシュカ型のスカーフや帽子に置き換わるかもしれないでしょう。


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それでは上に挙げたどの選択肢が最も神に喜ばれるものなのでしょう。

私はこの問いに関する絶対的な答えを有しているわけではありません。こういった問題は非常に複雑で、短絡的な解決に訴えることができない場合が多くあります。

しかし、一つのことは明瞭です。――そういった問題を解決するのを助けるような、なにがしかの実際的指針がぜひとも必要とされているということです。

またこの手の問題には、実践を伴う決断が要求される場合も多く、また「まあ、後の世代の人に解決してもらおう」とこれらを神学的〈押入れ〉にしまい込んでしまうこともできません。

以下に挙げる指針がみなさんのお役に立てれば幸いです。


(2)に続きます。




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古い十字架は 人を方向転換させていた。
一方、新しい十字架は 人を娯楽にふけらせている。

古い十字架は 罪を責めていた。
一方、新しい十字架は 人を楽しませている。

古い十字架は 肉にある自負心を打ち壊いていた。
一方、新しい十字架は それを肯定し 助長させている。



以下は、今は亡きA・W・トーザーの文章ですが、これが五十年以上も前に書かれたということに私は驚きました。今日、彼が生きていたら21世紀の教会についてどんな感想を述べるだろうと思いながら翻訳を進めました。


クリスチャン・エンターテイメント
――福音主義教会の問題(A・W・トーザー)



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Ⅱテモテ3:4b-5
、、神よりも快楽を愛する者、信心深い様子をしながらその実を捨てる者となるであろう。こうした人々を避けなさい。



クリスチャン・エンターテイメントは、完膚なきまで教会を汚染し尽くしているため、何百万という人はもはやそれが異端であることにすら気づいていない。

何百万という福音主義クリスチャンがこういった「クリスチャン・エンターテイメント」に自らを明け渡している。

しかしこれを明るみに出そうとするや、嵐のような怒りの抗議が上がる。

もはや神礼拝のできなくなった教会は、娯楽でその場を埋めなくてはならない。

神を礼拝するよう教会を導くことのできなくなった人々は、信徒に娯楽を用意しなければならなくなる。

キリスト教は今、悲劇的なほど新約聖書の規準を下回っている。

世俗化というのはもはや公認されたライフ・スタイルとなり、私たちは礼拝の本質を見失ってしまった。そしてそのような場所からは聖徒は輩出されない。

多くの教会において、キリスト教はあまりにも「水で薄められ」害にも益にもならない代物になってしまった。

唯一の「売り」が神である集会には、人はもはや集まってこない。

神の子どもたちはもはや主に「飽きて」しまったのだろうか。

娯楽で養われている教会は、新約聖書の教会ではない。

表層的な刺激を求める願望は、罪深い性質の顕れである。

今日、人気を博す形式のキリスト教というのが流行しているが、そこにはほとんど力がない。

なぜなら、そこには確信がなく、悔い改めもなく、主より来る悲しみもないからだ。

クリスチャン・エンターテイメントにより、「福音集会に〈お笑い〉の要素がなければならない」という観念が植え付けられた。これは悲劇である。

その結果、人間が崇めたてられるようになり、肉的な方法論が導入され、単に威勢のいい人が御霊に満ちた人だと勘違いされるようになった。

またキリスト教は単純化されすぎた形態を取るようになった。

「神さまは愛です。イエス様はあなたのために死んでくださいましたよ。それを受け入れてごらんなさい。そして楽しく陽気に生きようじゃありませんか。そしてそれを他の人々にも伝えましょう」と。

私はそういう種類のキリスト教とは全く関わりたくない。

浅薄で世俗的な指導者たちは、教会の中に娯楽を求める群衆のご機嫌を取るべく、十字架の言を「修正」しようとし、それにより、霊的災害が引き起こされている。

今日の「〈金の子牛〉的キリスト教」に対する抗議は、必ずといっていいほど、「でも、私たちは魂を勝ち取っているじゃありませんか」という反論に遭う。

魂を勝ち取る、、一体何のために?

それはまことの弟子を生み出すためであろうか。

自己犠牲的な愛をもった信仰者を生み出すためであろうか。

聖なる生活に導くものであろうか。

イエスに対する完全なる献身を求めるものであろうか。

もちろん、これらの問いに対する答えはNO!である。

教会は往々にして、御霊によって触れられることなしに、ただ人間的な才能を行使することによって生き残り、また繁栄を遂げているように見える。

今日、何百万ドルというお金が「神の子どもたち」を娯楽によって楽しませようという、清くない産業のためにつぎ込まれている。

多くの場所で、クリスチャン・エンターテイメントは恐ろしいスピードで、神に属する真剣な事柄を締め出していっている。

しかもそれに対し、警告の声を挙げる者はほとんど誰もいない!

私たちには新しい改革が必要とされている。

私たちは、無責任にして面白半分のこういった〈異教的キリスト教〉とはっきり袂を分かつべきである。

こういう種類のキリスト教は今や、非聖書的なメソッドを用いる非聖書的な人間によって、世界中に拡がっている。

「キリスト教を、世の人に受け入れられるものにしよう」という私たちの痛ましい努力は、実を結ぶどころかますます悪化の一途をたどっている。

マラキ1:6a
子は父を敬い、しもべはその主人を敬う。
もし、わたしが父であるなら、
どこに、わたしへの恐れがあるのか。

――万軍の主は、あなたがたに仰せられる。――











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おお神よ、

あなたの御霊が私のうちで語ってくださらんことを。


そうすれば、私はあなたに語りかけることができます。


私の内には何ら善がありません。

イエスの善が私を支えてくださいますように。



私はあなたの愛を受けるに値しない者です。

しかしあなたのご慈愛にすがっています。



私の内は弱さ、足りなさ、罪で一杯です。

しかしあなたは恵みに溢れておられます。



私は自分の罪を告白します。

よく犯してしまう罪、意図的に犯した罪を今、告白します。



私の肉と魂はことごとく汚れています。

この汚染されし源は、私の性質に深く根差しています。



汚らわしいイメージを据えた数々の部屋が、自分の心の中にあります。


そして私はその忌まわしい部屋の間をせわしなく行き来し、

危険な想像にあてもなく身を任せ、

堕落した自分の恥ずべき秘密をそこに見ています。



自分の内側がこのような状態であるということを、私は非常に恥じています。


私の内には青々とした若芽もなければ果実もなく、

そこにあるのはただ、棘とあざみだけです。


私は風に吹き飛ばされてしまう枯れ葉のようです。


役にも立たず、冬の木のようにむなしく不毛な生活を送っています。


このような者は切り倒され、

焼かれても仕方のない存在なのかもしれません。


主よ、こんな私を憐れんでくださいますか?



あなたは私のプライドに強烈な一撃を加えられました。

――そうです、自己という偽りの神に。



そして私は身も心もバラバラになって あなたの前に横たわっています。



しかしあなたは私に

―別の主人であり主である御方―あなたの御子イエスをくださいました。



ですから今、私の心は聖さに向かい、


私の人生は、弓から射られる矢のごとく、

あなたに対する全き従順を目ざし疾走しています。



私のなす全てにおいて、

罪を捨て、高慢を打ち砕くことができるよう、どうか助けてください。


世への愛、生活の驕り、

堕落した人間にとってなじみのある一切の事から私をお救いください。


そして日々、私の内でキリストのご性質が顕されていきますように。


不満を言うことなく

あなたの御心をなしていくことができるよう恵みを与えてください。



そして、掘られ、正され、形作られることを喜ぶだけでなく


――あまりにも長い間 はめ込まれていたこの〈古い岩〉から分離されていくことにおいても――

それを喜ぶことのできる恵みを与えてください。



ああ主よ、私を石切り場からはるか上の空へと引き上げてください。


そこでこそ、私は永遠に

キリストの内に建て上げられることができますから。




-Heart Corruption, The Valley of Vision: A Collection of Puritan Prayers & Devotionsより 私訳







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主よ、

苦しく 疲れ切ってしまう時、


あなたの掟を守るのが つらく感じる時、


あまりの重荷に 不満を言いそうになる時、



その時 あなたの御手を見せてくださいー


釘の刺し跡のある手を。引き裂かれた手を。




私の救い主。

あなたの御手を見せてください。



おおキリスト、

もしも 私の足がたじろぎ、

後ずさりしようとするなら、



もしも 荒野と棘が私を嘆かせるなら


主よ、その時 

どうか あなたの御足を見せてくださいー



血まみれの御足、釘の傷跡のある御足をー


私のイエス、

あなたの御足を見せてください。




おお神、

私の手や足を 

あなたに見せることなど できましょうか。



Amy Carmichael, The Widow of the Jewelsより私訳





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みなさん、「裸の王様」という話をご存知だと思います。

こんなあらすじです。

新しい服が大好きな王様の元に、二人組の詐欺師が布織職人という触れ込みでやって来ます。

彼らは何と、愚かな者や自分にふさわしくない仕事をしている者には見えない不思議な布地を織る事が出来るというのです。

そこで王様は大喜びで注文しました。しかし、仕事場に出来栄えを見に行ったものの、肝心の布地が王様の目には見えません。王様はうろたえますが、家来たちの手前、本当の事は言えず、見えもしない布地を褒めるしかありませんでした。

家来は家来で、自分には見えないもののそうとは言い出せず、同じように衣装を褒めます。

こうして王様は見えもしない衣装を身にまといパレードに臨みました。

見物人も「馬鹿と思われてはいけない」と、同じように衣装を誉めそやしますが、その時、一人の小さな子供が「王様は裸だよ!」と叫んだのです。


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女性牧師問題をはじめとするさまざまなhot issuesを考える時、私はよくこの「王様は裸だよ!」と素朴に叫んだ小さい子供のことを思い出します。

みんな薄々は気づいているのです。何かがおかしいと。

だって、聖書にははっきり「私は、女が教えたり男を支配したりすることを許しません。ただ、静かにしていなさい。」と書いてあるんですもの!

小学校の子どもに「ねえ、この文章はどういう意味?」と訊いても、みんな、ちゃんと正確な答えをしてくれると思います。

で、でも、、と私たちは右を向き、それから左を向きます。

今時、そんな事をあからさまに言っている人、どこにいるかしら?あの先生も、この先生も皆、沈黙されてるじゃない?

そう思うと、だんだん心細くなってきます。

そうすると、ますます、いろんなことが気になってきます。

そして結局、「まあ、このイシューがどうなるか、私としては静かに様子を見てみることにしよう」とだんまりを決め込んでしまいます。


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今日は、(当時、女性説教師だった)私に、「王様は裸だよ!」と言ってくれた人のことをお証ししようと思います。

私は他の同期生と共に、北ヨーロッパにある聖書学校から、短期宣教師として、ギリシャ共和国とそれから北アフリカの某国に派遣されました。

そこで私たち訓練生は、交互に教会や伝道集会での説教を担当しました。

このブログを続けて読んでくださっている方はお分かりだと思いますが、私は(他のことはともかくとして)、ただ「やる気」だけは人一倍あるのです。

それで説教にしても、火のような情熱をもってそれに取り組みました。するとその尋常でない燃え方がディレクターの目に留まったらしく、私は宣教フィールドで頻繁に説教の奉仕を頼まれるようになりました。

そして結局、聖書学校に戻った時に、私は「(同期生の中で)最も油注ぎのある説教者」として選ばれ、修了式の時には、生徒を代表して次期派遣生たちの油注ぎのために祈ることさえしました。

ところが、その後、ギリシャに再び戻ってある教会で奉仕を始めた時、一人の兄弟が、私の元にやって来て、控え目に、でもはっきりとこう言ったのです。

「姉妹。聖書には、女性が教えたり男を支配したりしてはいけないと書いてあります。」

私はいつも「姉妹。神様はあなたに説教の賜物をくださっていますよ。それを主の栄光のためにどんどん生かしてくださいね。」というような、ほめ言葉しか聞いてこなかったので、この兄弟の「失礼な」コメントにびっくり仰天してしまいました。

でもこの「失礼な」兄弟は――私に嫌われることを覚悟で――勇敢にも御言葉の直球ボールを投げてきたのです。

「最近では、いろんな解釈がありましてねぇー」などとお茶を濁すようなことは一切言わず、「聖書は、こう言っています。」とシンプルに言い切ったのです。

そしてこのシンプルな聖書の真理こそが、100万ワットの電流のごとく、私の魂に光を放ったのです。私は言われたその瞬間、「アーメン。それが真理です。」と悟りました。

そして心の中で「それが聖書の真理です。」と認めた瞬間、いろんなことが――過去の過ちや心の問題のこと――がいきなり分かってきたのです。見えてきたのです。

そしてこの真理を悟った日から、私の癒しと回復は始まったのです。

「真理はあなたがたを自由にする」(ヨハネ8:32b)。まさしくこの御言葉が自分の人生の中で現実のものとなりました。

混じり気のない、むきだしの真理が、私に真の自由を与えてくれました。

そして私は次のことを学びました。

つまり、御言葉は、それに虚飾をしたり、「現代人の気に障らないようにと」別の言葉で置き換えてみたり、冗談ぽく言ってごまかしたり、、、と人間の余計な「気遣いや根回しや細工」を必要としていないということです。

「神のことばは、すべて純粋」(箴言30:5a)。「主のみことばは混じりけのないことば。土の炉で七回もためされて、純化された銀」(詩篇12:6)。

雨や雪が天から降ってもとに戻らず、必ず地を潤し、それに物を生えさせ、芽を出させ、種蒔く者には種を与え、食べる者にはパンを与える。

そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。イザヤ55:10-11



混沌とし、善悪も聖俗も適当にぼかされ、さしさわりのない話ばかりが聞こえてくる現代だからこそ、単純でストレートでシンプルな神の御言葉はより一層、輝きを増し、真理に飢え渇く魂に力強く語りかけてくると思います。

ありがとうございました。


追伸) その「失礼な」兄弟が私の主人です。






ヴァージニア・モレンコット(1932-)


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モレンコット女史は、前述のメアリーやローズマリーとは違い、福音派の聖書信仰の背景を持った女性です。

大学も、保守福音派の大学として有名なボブ・ジョーンズ大学を選び、そこを卒業しています。


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聖書的フェミニストとしてのスタート


ヴァージニアは、Reformed Journalに論文を載せ、(女性牧師就任を含め)教会における全ての働きの戸が女性にも開かれるべきであることを訴えました。

その後1977年には、Women, Men & the Bibleという著書を記し、人間の平等に関する聖書的教えの重要性を述べました。

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ここで注目すべきは、彼女がこの時点ではまだ聖書信仰を保持していた点です。彼女はこう言っています。

聖書的フェミニズムは、主要な聖書の教え――つまり、三位一体の教理、(人間が)神のかたちに似せて造られたという創造の教理、キリストの受肉の教理、そして新生の教理――に堅く根付いていなければならないということです。(Virginia R Mollenkott, Women, Men & the Bible, 1977, p.121)




包括語への関心


英語科の教授として言語に関心のあったヴァージニアは、1970年代後半頃から、ジェンダー包括語(inclusive-language)に目を向けるようになりました。

そしてSpeech, Silence, Actionという著書を記すと、教会内における包括語の使用について積極的にキャンペーンを始めるようになりました。

また、この時期、彼女は、NCC(全米教会協議会)の『包括的用語の聖句用語集』を作る委員会に招かれ、そこでも活動するようになりました。

「ねじられ、よじられ、痛めつけられる神の御言葉―包括訳聖書とフェミニズム(その2)の中で取り上げたDHC出版の『聖書から差別表現をなくす試行版 新約聖書・詩編(英語・日本語)』のことを覚えていらっしゃいますか。彼女はこの聖書の語彙集作成にかかわっていたのです。

また1970年から78年までは、NIV(新国際訳)の文体論コンサルタントとして委員を務めました。

こうして彼女の中で、ジェンダー包括語および神のイメージについての関心はますます深まっていき、1983年には、The Divine Feminine:The Biblical Imagery of God as Female(「神聖なる女性:女性としての聖書的〈神のイメージ〉」)という本を記しました。


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そして教会における女性の解放のためには、自分の信仰を包括語で呼びならわすことが必須であると確信するようになっていきました。


神は〈彼〉〈彼女〉〈それ〉


こうして彼女の思想は次第に発展し、やがて「神もまた、包括語で言及されるべきである」と主張し始めようになりました。

、、こういう理由で、神は――人の認識できるところの――最も真正にして絶対的な〈汝〉であられる。そしてこの、絶対的関係性である〈汝〉は〈彼〉〈彼女〉〈それ〉と言及することができるかもしれない。なぜなら、この〈汝〉は全ての人、そして全ての事象に関係しているからである。(Virginia Mollenkott, The Divine Feminine



この文章を読んでもお分かりのように、フェミニズム思想へのコミットメントにより、彼女の神観は変化していきました。


私が神


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1988年、彼女はGodding:Human Responsibility and the Bible (Godding 人間の責任と聖書」)という本を記し、次のように宣言しました。

私は神の顕現。神ご自身(God Herself)!神ご自身(God Himself)!神それ自体(God Itself)!すべてを凌ぐもの。すべてを貫通するもの。そして私たちの内にある全てのもの。(p.6)



興味深いのは、フェミニズム思想が貫徹していく過程で、彼女の中で他の聖書の真理も同時に失われていったことです。

彼女は「キリストが神に至る唯一の道である」というキリスト教の主張は放棄されなければならないと説き始めました。(同書 p.46-48)

また倫理面においても、ヴァージニアは「包括性」を訴え始めます。

つまり、クリスチャンは結婚外で性的満足を求める人々を非難すべきではないし、同性愛行為を非難すべきでもないと。(*私の調べた限り、ヴァージニア女史ご自身、現在、domestic parterの女性と一緒にレズビアンとして生活されておられるようです。)

その理由を彼女は次のように言っています。

聖書は一見したところ、同性愛を非難しているようにみえますが、実際には、人口数を必要としている文化の中における、男性精子の喪失を非難しているのであり、もしくは異教的儀式、売春、搾取的情欲、ソドムの話のごとく他の男性を辱めようとする男性の性行為などを非難しているのです。

教会にいる異性愛者たちは、人間のセクシュアリティーについて学び直すべきです。そうしてこそ、彼らはゲイやレズビアンの隣人たちを非難する行為をやめるようになるでしょう。(同書 p.106)



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Virginia Mollenkott,Transgender Journeys「トランスジェンダーの旅路」 (2003, Pilgrim Press; reprinted 2010, Wipf & Stock), co-authored with Vanessa Sheridan

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Virginia Mollenkott,Sensuous Spirituality: Out from Fundamentalism「審美的な霊性:根本主義から抜け出て」(1992, rev. 2008, Pilgrim Press)


こうして、聖書信仰のクリスチャンとして出発したヴァージニア・モレンコットもまた、前述の二人の女性と同じように、聖書に啓示されている神の御言葉を否定するようになっていったのです。


おわりに


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このシリーズを通して、私たちは、メアリー・デイリー、ローズマリー・ルーサー、ヴァージニア・モレンコットという三人のクリスチャン女性の生涯と思想をみてきました。

私たちは、彼女たちをフェミニズムに向かわせた個人的背景、心の痛み、苦しみ、葛藤といったものをみました。

また彼女たちがそれぞれの状況の中で精一杯、問題に向き合おうとしてきたその勇姿もみました。私も一人の女性として、彼女たちに同情する部分が少なからずありました。

しかしながら、私の心が痛むのは、結局、「フェミニズム」というトンネルに足を踏み入れた彼女たちが、同じ終着点にたどり着いたことでした。

その終着点とは、聖書の神からの離反であり、自己を神格化するというおそろしい逸脱行為でした。

なぜでしょうか。なぜ皆、こういう帰結を迎えたのでしょうか。

それは、「イエス・キリストの福音」と「フェミニズム」が、本来、互いに全く接点を持たず、異質で、反立するもの(antithetical)だからです。

前者は神に属し上に属するものであり、後者は地に属し下に属するものです。

前者は徹頭徹尾、キリスト中心であり、それに対し、後者は人間中心です。

前者は十字架を通して人を低く、砕かれた者へと造り変えていきますが、後者は、逆に自己を高揚させ、限りなく高慢な者へと人を変えていきます。

メアリー・デイリーはフェミニストの中心課題を「人間として存在すること――それは自己に命名し、世界に命名し、そして神に命名することである」と定義しました。

ああ、それは間違っています。「私」が命名するのではないのです。それをなすことのできるのは唯一、創造主である私たちの神です。

わたしはあなたの前に進んで、険しい地を平らにし、青銅のとびらを打ち砕き、鉄のかんぬきをへし折る。わたしは秘められている財宝と、ひそかな所に隠された宝をあなたに与える。それは、私が主であり、あなたの名を呼ぶ者、イスラエルの神であることをあなたが知るためだ。

わたしが主である。ほかにはいない。わたしのほかに神はいない。

ああ。陶器が陶器を作る者に抗議するように自分を造った者に抗議する者。粘土は、形造る者に、「何を作るのか。」とか、「あなたの作った物には、手がついていない。」などと言うであろうか。

イザヤ45:2-3、5a、9



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天のお父様とイエス様の御名が被造物によって軽んじられず、あがめられてほしい。神よ。あなたが、天であがめられ、全世界であがめられますように(詩57:5)――私は読者のみなさんと共に今、この祈りをささげたいです。

黙示録5章に記されている、天における礼拝をもう一度お読みになってください。

この章を読むと、被造物の持ちうる最大にして至高の喜びは、私たちの思いの中心に「御座にいます方と小羊」が高く置かれ、この麗しき御方、三位一体の神に栄光が帰されることにあることが分かります。

そして私たちはこの天に属する民なのです。

今は地上の幕屋にあってうめき、重荷を負いながら、この天から与えられる住まいを着たいと望んでいる状態ですが(Ⅱコリ5:2,5)、肉体の中にあろうと、肉体を離れていようと、私たちの念願するところは、主に喜ばれることです(Ⅱコリ5:9)。

私たちは「清純な処女として」(Ⅱコリ11:2)キリストに対する真実と貞潔を保ちつつ、この地上での信仰の道程を全うしたいと願っています。

ですから、私たちは、どうしても地上的な「異物」、汚れたイデオロギーを受け入れることができないのです。

「イエス・キリストの福音」と「フェミニズム」――決して交わることのない二つの川が私たちの前を流れています。

私は読者のみなさんと共に、これからも妥協することなく、ただ一途に、前者の川を見、この川から流れ出るいのちの水を飲んでいこうと思います。


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(今よりとこしえまで、主の御名はほめられよ。主はすべての国々の上に高くいまし、その栄光は天の上にある。詩篇113:2,4)


ーおわりー






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(2006年7月、米国にて初のカトリック女性祭司叙任、ピッツバーグ市 source


ローズマリー・R・ルーサー(1936-)


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(ルーサー女史は、現在、クレアモント神学大学のフェミニスト神学科で教鞭を取っておられます。)


影の薄い父親


ローズマリーは、幼い頃から「潜在的フェミニストでした。」

彼女の父親は第二次世界大戦で出征しており、彼女にとって父親とは存在感のない「影のような人間」だったといいます。

ローズマリーが12歳の時、父親は亡くなり、その後、彼女の家庭は「がんばって生きる母親と娘たちとのコミュニティーになった」と彼女は回想しています。(Rosemary R Ruether, Disputed Questions: On Being a Christian, 1989, p.110)

強く独立心に溢れた母親の友人たち(フェミニスト第一世代)に囲まれ、彼女は成長していきました。

叔父を除き、家庭でも学校でも、彼女にとっての模範および権威的存在はすべて女性だったのです。

地元のカトリックの学校に通っていた当時の学生時代を回想し、彼女は次のように言っています。

神聖な存在においてさえも、私にとっては、まず聖母マリアという女性がすぐに印象に浮かぶほどでした。それに比べ、神やキリストは、(男性カトリック祭司のように)どこか離れたところにいるような感じがしました。でもマリア様というのは、祈りたい時に語りかけることのできる存在でした。(同書 p.112)



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(子ども時代の女性コミュニティーに)時たま、男性たちが戦地から戻ってきたりすると、女性たちは静かにしおらしくなりました。そしてそういった男性たちに対し、一定のおごそかな敬意が示されました。

しかし、日常生活においては、彼ら男性などいなくても、私たちはしっかりやっていくことができていました。(同書 p.112)



カリフォルニア州のスクリップス大学ではキリスト教終末論および新旧約「中間期」の文学(学士)、古典とローマ史(修士)、古典とキリスト教教父学(博士)を学び、その間、ヘルマン・ルーサーと学生結婚しました。


最初の葛藤


アカデミックな世界で研鑽を積んでいく過程で彼女が「女性として」ぶつかった最初の壁は、カトリック教会の「避妊」に対する見解でした。

学者としてのキャリアを磨いていきたい彼女に対し、周囲の(カトリックの)人々は「女性の召命は何より子どもを産んで育てること」と言い、それに対し、ローズマリーはストレスと憤りを感じました。

その後、彼女は三人の子供を産み育てながら、博士課程を修了し、教会の教理に対する批判書を出版しました。


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The Church Against Itself, 1967)


「伝統的な女性の役割っていう枠に押し込められたりはしない!」彼女は固く決意し、猛然とキャリアに家事にそして育児に取り組みました。



メキシコ系アメリカ人女性との出会い


また1963年、娘を出産した時、隣のベッドに寝ていたメキシコ系のカトリック女性との出会いも彼女のその後の方向性に大きな影響を与えました。

その女性は九人目の子を出産したばかりだったのですが、ローズマリーに、彼女の家庭の困窮した状況を語ってくれました。

病院の医師も、「今後は避妊をするように」とアドバイスをしていましたが、その女性は、「いいえ。祭司様も、主人もそれを許さないのです。」と答えました。

こうしてローズマリーは、カトリック教会のセクシュアリティおよび生殖についての見解に対して猛然と挑むようになりました。

そして次第に、こういった見解自体、「女性を単に『子供を産む』だけの運命に押し込める」性差別的イデオロギーおよび文化の一部分である」とみなすようになっていきました。(同書 p.118)



政治的アクティビストへの道


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(ミシシッピの貧困地帯 source


また1965年の夏、ミシシッピのデルタ地域で、教会の仲間と共に、黒人の公民権をサポートする働きをしたこともローズマリーに大きな影響を与えました。

彼女はクー・クラックス・クラン(Ku Klux Klan)による黒人差別の実態を目の当たりにし、また、南部の白人教会がいかに黒人を拒絶しているかを目撃しました。

こうして1966年、ワシントン州のハワード大学で教鞭を取り始めたローズマリーは、非差別者のための権利闘争および政治的平和運動に深く関わっていき始めたのです。

そして「西洋の植民地主義および帝国主義というグローバル・システム」という悪弊のために戦い、デモ行進に参加するようになりました。

また、当時、ラテン・アメリカで盛んになっていた「解放の神学」にも共鳴し、その線に沿った女性の解放を説くようになっていきました。



女神および女性教会(Women-Church)


ここからさらに彼女のフェミニストとしての思想は発展していきました。そして彼女は、女性たちが男性から退き、「女性教会」の中で女神崇拝をするよう奨励するようになりました。


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(Rosemary R Ruether, Women-Church:Theology and Practice of Feminist Liturgical Communities)

ちなみに、この「女性教会」がいかなる組織かということについてですが、メアリー・カスィアン女史がThe Feminist Gospel, The Movement to Unite Feminism with the Church, 1992の17章部分(17. Women-Church, p.195-)を丸ごと一章割いて、この組織について詳説しています。

私も、この「教会」の礼拝および儀式を調べてみましたが、一言でいえば、キリスト教的な秘儀宗教といった感じです。古代エジプトやローマで流行っていたイシス(女神)崇拝も、もしかしたらこんな感じだったのかもしれません。

新入会者のイニシエーションでは、例えば、会衆一同次のように連祷し、「父権制」という悪しき力や権勢を追い払います。

「われわれ人類を腐敗させた力よ。男たちを支配の道具と変貌させ、女性たちを恭順の道具となさしめた力よ、われわれから去れ!」

そして各フレーズごとに鈴が鳴らされます。

その祓魔(ふつま)式が終わると、新入会者の舌に塩が塗られます。そして一同は外の庭にあるプールに厳かに進み出ます。

新入会者はそこで真っ裸になり、プールの中に入ります。そしてそこで三回、身を沈めるのです。(これが洗礼の儀式。)

また聖餐式において、ルーサー女史は、「リンゴの祝福」という儀式を加えています。「えっ、なぜリンゴ?」と思われるかもしれませんが、その理由を女史はこう説明しておられます。

「この無垢にして良い果物は、馬鹿げたことに、悪のシンボル、そして悪の源として、女性を非難するものへと変わってしまったからです。」

さらに儀式のマニュアルには次のような説明がなされています。

リンゴの祝福:これは意識高揚のためのリンゴです。偽りの意識を私たちの目から落としましょう。こうして私たちは真偽および善悪を正しく名づけることができるようになるのです。」

☆☆

キリスト教的社会活動家として出発したローズマリーでしたが、彼女もまた前述のメアリー・デイリーと同様、聖書の神からどんどん離れていきました。

現在、彼女は神のことを「ガイア Gaia」と呼んでいます。(ちなみに、ガイアはギリシア神話に登場する女神です。地母神であり大地の象徴。ローマ神話におけるテルスに相当します。)

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Rosemary R Ruether, Gaia and God: An Ecofeminist Theology of Earth Healing(「ガイアと神:大地の癒しというエコ・フェミニスト神学」,Harper-Collins (1994)

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Rosemary R Ruether, Integrating Ecofeminism Globalization and World Religions(「エコ・フェミニズムと世界宗教を統合して」, Rowman & Littlefield Publishers

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Rosemary R Ruether, Goddesses and the Divine Feminine: A Western Religious History(「女神と神聖なる女性、西洋宗教史」), Berkeley and Los Angeles, 2005, University of California Press


(3)に続きます。



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私はあなたのおいでになる所なら、どこにでもついて行きます。
ルカ9:57



人はキリストの弟子でありつつ、同時にフェミニストであることができるのでしょうか。

日本で最も著名なフェミニスト学者である上野千鶴子さんは、この問いに対してはっきり「否!」と答えました。

彼女はクリスチャン・ホームで育ちましたが、成人後、フェミニスト思想に出会い、キリスト者であることをやめ、棄教されました。

その一方、「ええ、その両立は可能です」と考える方もおられます。

「クリスチャン・フェミニスト」「福音主義フェミニスト」「フェミニスト神学者」と言った言葉が存在すること自体に、後者の方々の主張が表れているとみていいでしょう。

さて、このブログでもNIV(新国際訳聖書)2011年度版という「ジェンダー包括訳聖書」の抱える問題について取り上げてきました。(記事その1その2その3その4


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1984年の旧版から、2011年の新版にいたる30年弱の間に、NIVの翻訳委員会がフェミニスト神学の影響下に入ったことは既知の事実ですが、この問題が、私たち福音主義クリスチャンにとってとりわけ深刻である理由は、

1)これが現在、世界で一番よく読まれている逐語訳聖書であること、

2)それ以前に出版された包括訳聖書(例えば新改訂標準訳NRSV)があくまでリベラル派の読者を主な対象にリベラル学者によって訳されたものであるのに対し、NIVの主な読者層は、「メインストリームの保守福音派・聖霊派信者」であること

にあるのではないかと思います。

「現代人の気を悪くしないように offend modern sensitivities (NIV翻訳委員会編"Policy on Gender-Inclusive Language" C項より抜粋、1992)」という理由で、例えば男性三人称単数の"he" や"him"が"they"や "them"に置き換えられました(合計2002箇所)。

その他、father, man, brotherといった男性のジェンダーを表す語が何千か所と他の語に置き換えられました。

「NIV 2011」問題は、この世のイデオロギーであるフェミニスト思想が、今や福音主義教会の中核部分にまで及んできたということを明瞭に表していると思います。

つまり、私たち聖書信仰のクリスチャンにとって、これはもはや「対岸の火事」ではなくなってしまったのです。


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このシリーズでは、1960年代に活躍した三人の女性(メアリー・デイリー、ローズマリー・ルーサー、ヴァージニア・モレンコット)のそれぞれの霊的旅路と、その思想が彼女たちにもたらした帰結についてみなさんとご一緒にみていきたいと思います。

いずれの女性も、神を愛するクリスチャン女性として旅を始めました。

デイリーはカトリック、ルーサーはリベラル左派、モレンコットは福音派保守(ファンダメンタリズム)とそれぞれ異なる信仰の出発点を持していましたが、いずれも旅路を進める中で、徐々に、そして急速にフェミニズム思想を受け入れていきました。

☆☆

メアリー・デイリー(Mary Daly, 1928-2010)


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メアリーは、宗教フェミニズムの先駆者の一人です。

非常に頭脳明晰であり、また霊的なことに関心のあったメアリーは、若い頃から「ぜひ神学を学びたい」という夢を持っていました。

当時、女性が神学博士号を取得するというのは、前代未聞のことでした。米国では道が閉ざされましたが、彼女はあきらめず、スイスのフリブールに留学し、そこで神学および哲学を学びました。

しかし神学界でも彼女は失望を感じ続けました。既成の教会組織の中には男性優位主義が根強くある、と彼女は思いました。

1965年にローマで第二回ヴァチカン公会議がひられました。彼女はこの公会議に期待をかけていました。

「もしかしたら、この会議を契機に女性に対する教会の態度が変わるのではないか、、」と。しかしそれもまた失望に終わりました。

同年、彼女はThe Church and the Second Sex(「教会と第二の性)」という本を出版し、本格的に宗教フェミニストとしての道を歩み始めました。

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(*ちなみに、題名の「第二の性」という部分はフランスの無神論的実存主義者シモン・ボーボワールの主著『第二の性』から取られたものです。)

教えていたボストンのカトリック系大学では、この本に対し非難の声が集中しました。そういうカトリック側の反応に対し、何千人という学生が「言論の自由を!」と叫びデモ行進しました。

このような嵐の中で、メアリーは苦悶を覚え、キリスト教会および聖書の神そのものにもはや希望を感じることができなくなっていきました。

その時の心情を彼女は次のように記しています。

、、私の関心は教会の中における男女の「平等」にもはやとどまらなくなった。もうつまらない(教会)改革など、どうでもいいと感じるようになった。そしてその代わりに、私は女性の革命という新しい夢を見るようになっていった。

Mary Daly, The Church and the Second Sex, p.14




父なる神を「超えて」


五年後、メアリーはBeyond God the Father(「父なる神を超えて」)という本を出版しました。この本の中で彼女は自身がユダヤ・キリスト教的な男性神に背を向けたことを明らかにしました。

そして「女性たちは、神をBe-ingという動詞、つまり男性的実在ではなく、むしろ力やエネルギーと捉えるべきである」と説きました。

こうして彼女はフェミニストの中心課題を次のように定義しました。

人間として存在すること――それは自己に命名し、世界に命名し、そして神に命名することである。

Mary Daly, Beyond God the Father



彼女のフェミニズム思想は三冊目の著書Gyn/Ecology:The Metaethics of Radical Feminism(「ギネコロジー:ラディカル・フェミニズムのメタ倫理学」)の中でさらに発展を遂げました。


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なぜGodという語を使わなくなったかという問いに対し、彼女は「この語から男性的イメージを取り除くことは不可能だと悟ったから」と彼女は記し、次のように言いました。

Godという語が、父権制という死体愛を表しているのに対し、Goddess(女神)は、女性や自然における、生命に満ちた存在を肯定している。

Mary Daly, Gyn/Ecology



また主権は神ではなく、あくまで人間にあるということを次のように説きました。

「初めにことばがあった(ヨハネ1:1)のではない。初めに、聞くという行為があったのだ。」

「彼女、そうまさしく彼女だけが、どの位、またどんな方法で、旅路をするか(できるか)を決定することができる。彼女、そう彼女だけが、自分自身の行程の奥義を悟ることができ、他の女性たちとのつながりを発見することができるのである。」

Mary Daly, Gyn/Ecology, p. xi, xiii, 424



Pure Lust(「清い情欲」)という四冊目の本において、彼女は「情欲という伝統的〈大罪〉」のコンセプトを逆転させることを試みました。


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男性的情欲が、憎しみの強迫観念であるのに対し、「清い情欲」というのは「力強く、生命を肯定する力」であり、それは女性たちを「自然において、そして自己において野生と結び付ける」良いものである。だから、女性たちよ、全ての抑制を取り払いなさい。モラルや霊性や倫理という枷をはずしなさい。そしてユダヤ・キリスト教的父権制というシステムに反旗をひるがえしなさい。それが肉体的快楽(セクシュアリティ・同性愛)であれ、霊的経験(魔術・異教崇拝)であれ、あなたは自由にそこに没入することができます。

とメアリーは女性たちに奨励しました。(Pure Lust, p.1-3)

そして次の著作では、(キリストの)受肉を次のように定義するところまでいきました。

受肉=最高に理想化された男性の性的幻想。至高のキリスト教ドグマとして普及している。聖母マリアの神秘主義的〈超〉レイプであり、これは全ての事物を表している。つまり、全ての女性及び全ての事象への強姦に対する象徴的合法化である。」

Mary Daly, Webster's First New Intergalatic Wickedary of the English Language, p.78



こうしてフェミニスト思想は、メアリー・デイリーという女性を、完全に、そして徹底的に聖書の神に敵対する者として変えていきました。



(2)に続きます。










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神の愛のうちに自分自身を保ち、永遠のいのちに至らせる、私たちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。ユダ1:21



私のクリスチャン・ネームはハンスです。私はイラン北部で生まれました。

13歳の時、私はイスラム革命防衛隊の中の民兵部隊バスィージに入隊しました。そしてその中で対イラク戦に関する事、そしてさまざまなイスラム・イデオロギーを学んでいきました。

14歳の時、私はイラクへの出兵を志願しました。しかし規定の年齢に満たないという理由で却下されました。


革命委員会のメンバーとして


1987年、兵役を終えた後、私はイスラム革命委員会(コミテ)のメンバーとして徴用されました。クルディスターンのサナンダージ市では市を統括する役職に就き、そこでの功績が認められ、私はテヘラン中央の部署に栄転となりました。

ある日、勤務帰りに街の中央部を歩いていると、ある人が私に近づいてきて、「招待状」と書かれた封筒を渡しました。なんの招待状だろうと思って後で中身を開いてみると、テヘラン市内にあるプロテスタント教会からのものでした。

そこで私はその教会に行ってみることにしました。何回か教会に足を運び、また教会の人からも「イエス・キリストに心を開きませんか?」と言われましたが、私は拒絶しました。


旧約聖書とユダヤ人


私がキリスト教を受け入れることができなかった最大の理由は、旧約聖書にありました。

なぜなら旧約に「ユダヤ人は神に選ばれた民である」という内容が書かれていたからです。それも一か所ではなく、多くの箇所にそういう事が書かれてありました。

私はイスラム革命防衛隊で徹底的なイデオロギー教育を受けてきましたので、これはどうしても受け入れることのできない内容でした。私にとってユダヤ人を打ちのめすことは非常に重要な意味を持っていました。

実際、私は防衛隊の中の自爆テロ隊に志願しよう、そして自分が玉砕することを通して、一人でも多くのユダヤ人を滅ぼすことができるならそれが本望だと思っていました。

こうして私はイエス・キリストに心を開くことをしませんでした。みなさんに申し上げますが、これは大きな失敗でした。

というのも、私の上にはその時すでに、主の御手が置かれていたのに、私をそれを無情にも振り払ってしまったからです。


亡命


さてその後、モハンマド・ハタミ政権となり、私はある部署で働いていました。その部署は私以外、全員が反ハタミ派でした。そのため、ハタミ政権が崩壊し、親ハタミ派に対する公職追放が始まった時、私の立場は非常に危ういものになりました。

このような状況下、私は身重の妻を連れ、ドイツに亡命しました。

2013年、私と妻の間で大きな問題が起こり、私たちは離婚しました。この事は私にとって耐えられないほどの打撃となりました。

そして重度のストレスから私はついに脳溢血を起こし、49日間に渡り、脳死状態に置かれたのです。


イエス・キリストにまみえる


私の体は集中治療室にありましたが、その時、私の霊は肉体を離れ、上の世界に行っていました。

私はそこで亡くなった知人や多くの人々に出会いました。

興味深かったのが、知人もそうでない人たちも、私と目が合うと、皆、腕をのばし、斜め上の方を指さしながら「イエス・キリストを見なさい」と言っていたことでした。

私はこの場所で、この御方がヤシュアとか、ヤホバとか、マスィーとか、さまざまな名で呼ばれているのを聞きました。

私はこのイエス・キリストに属する人たちの群れに近づこうとしました。何かとても平安を感じたからです。

しかしその時、私は自分の息子の泣き声を聞きました。見ると、息子が私の遺体にすがりついて泣いていました。他の人間の声や姿ははっきりしていなかったにも関わらず、なぜか息子の声だけは人間の声として明瞭に聞こえてきたのが、今思うと不思議です。

その時、私はイエス・キリストの御前に移されました。この御方は私に葡萄酒を差し出し、「これを飲みなさい」と言いました。

「アルコールは飲みません。」と私は辞退しました。

するとこの方は下の方を指さし、私は本来、下の世界に行くべき者であることをお明かしになられました。

そしてもう一度、「これを飲んで、生きなさい。そして息子の元に帰りなさい。」と言われました。こうして私は葡萄酒を受け取り、それを飲みました。

そして次に目を開けると、自分は集中治療室の中にいました。


新生


意識を取り戻した後、私は「40日を過ぎた当たりから、脳死状態の私の延命治療を今後も続けるか否かで医者と家族との間で話し合いがもたれていた」と家族から聞きました。

それを聞いた私は家族に、「その話し合いがもたれている期間、私は上の世界でイエス・キリストと和解をした。そしてイエス様はもう一度私に命を与えてくださった。」と証ししました。

また家族から話を聞いて知ったのが、この期間、ある教会の牧師が祈りの要請を受け、生死の境をさまよっていた私のために、教会の皆が一丸となり熱心にとりなしの祈りを捧げていたということでした。

私の救いの背後に彼らの祈りがあったことを知りました。

二回目の手術が終わり、外出許可が出るや否や、私はその教会に行きました。(車椅子で運んでもらいました。)

25年前、私はイエス様の差し出してくださった御手を振り払い拒絶するという大きな過ちを犯していましたので、今度こそその失敗を繰り返したくなかったのです。

そしてその日、私は公に自分の罪を悔い改め、イエス・キリストを自分の救い主として受け入れました。


ユダヤ人への謝罪と和解


救われた後、これまでユダヤ人を殺そうとしてきた自分の罪を深く悔いる心が起こされました。そして私はその悔い改めを文書にしました。

その後、その悔い改めと証しの文章はヘブライ語にも訳され、イスラエルの新聞に掲載されたということを聞きました。

そして感謝なことに、私のその謝罪の心をユダヤ人は受け入れてくれたと聞いたのです。


黒人への謝罪と和解


私は救われる以前、黒人を忌み嫌っていました。特に、黒人の体臭に我慢ならないものを感じていました。

ある修養会に参加した時、そこの会場に、黒人教会からも大勢の兄弟姉妹が来ていました。

私はある晩、意図せず、彼らが集まっている場所に来てしまい、心の中で「しまった」と思いました。そして早くこの場を通り抜けようと思いました。

しかしその時、主が私の心にはっきりとこう語りかけました。「彼らもわたしの愛する子だ」と。

そして聖霊は私のその罪を非常に強く示し、私は悔い改めに導かれました。そしてそこにいた黒人の方々にその罪を告白し、赦しを乞いました。

彼らはその悔い改めを受け入れてくださっただけでなく、私を彼らの教会に招待してくださいました。

私はそこで公に兄弟姉妹に謝罪すると共に、キリストにある愛の言葉を伝えました。

今まであれだけ体臭を嫌っていたのに、その後、そういう感情は全く消え去り、私は彼らを愛するようになっていました。そして彼らに申し上げたのです。

「兄弟姉妹のみなさん、私は今、みなさんを愛しています。みなさんからはキリストの良い香りが溢れているのです!」


この証しを読んでくださり、ありがとうございました。



出典:شهادت زندگی برادر هانس