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Η ΚΥΡΙΑΚΗ ΠΡΟΣΕΥΧΗ`(=主の祈り)

天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。

御国が来ますように。みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように。

私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。私たちの負いめをお赦しください。

私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。

私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。

国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。


一日に三回、このように祈りなさい。


ディダケー(Διδαχή) 第8章より



ディダケー(12使徒の遺訓)というのは、1世紀後半から2世紀初頭に書かれた初代教会の教え集のことです。

これを読むと、初代教会のクリスチャンたちは、「一日に三回、『主の祈り』を祈りなさい」という指導を受けていたことが分かります。

☆☆

イエスさまご自身が、「だからこう祈りなさい After this manner therefore pray ye.」(マタイ6:9a)と直々に仰せになられた「主の祈り」。

ギリシャでは、主日の朝、プロテスタント教会の会堂からも、正教会の会堂からも、次のような会衆の祈りの声が聞こえてきます。



Πάτερ ημών
ο εν τοις ουρανοίς,,
,


パテル イモーン、
オ エン ティース ウラニース、、

(=天にましますわれらの父よ、)




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私たちは様式や教理の点で何百年もお互いに分裂したままですが、この祈りは、そんな隔ての壁、時空の壁を突き抜け、使徒時代から今日に至るまで、ずっとずっとずっーと変わることなく、この地で捧げられ続けてきました。



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主日朝、ギリシャ人クリスチャンと共に、「パテル イモーン」の祈りを捧げる時、その時、私は、古のキリスト降臨の時から、現在に至り、そして将来やがて起こるキリストの再臨という神の壮大な歴史の中に、自分たちがたしかに「入れられて」おり、従って、私たちは永遠の〈今〉を生きているんだ!という言葉にならない感動を覚えます。


マタイ24:35

この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。



ヘブル12:1a

このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、



黙示録7:9-10

その後、私は見た。見よ。あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、だれにも数えきれぬほどの大ぜいの群衆が、白い衣を着、しゅろの枝を手に持って、御座と小羊との前に立っていた。

彼らは、大声で叫んで言った。
「救いは、御座にある私たちの神にあり、小羊にある。」



☆☆

初期キリスト教の著述を読むと、この「主の祈り」がどれほど畏敬と敬虔の念をもって取り扱われ、聖徒一人一人の霊的生活に深い影響を与えていたのかに驚かされます。

たとえば、3世紀のカルタゴに生きたキプリアヌスは、On the Lord's Prayer の中で、次のように言っています。

平和の師であり、一致の主であるイエスは、この祈りを、単己で個人的な祈りとしては望まれませんでした。

そうです、主は私たちが自分のためだけに祈ることを望まれなかったのです。

見てください、私たちは、「天にまします私の父よ」とか、「私の日ごとの糧を今日もお与えください」とは祈りません。

また私たちクリスチャンは、自分の負い目だけが赦されるようにとは嘆願せず、自分だけが試みに会わず、悪から救い出されるようにとも祈りません。

そうではなく、私たちの祈りは、全ての人々を含んだものであり、そして全ての教会のために捧げられるものです。なぜなら――キリスト教会である――私たちは、一つだからです



なぜイエスさまは、「天にいます私の父よ」ではなく、「天にいます私たちの父よ」と祈るよう仰せられたのでしょうか?――キプリアヌスのこういった所感と併せ、このことを深く黙想していく時、私たちの心の地平線は、縦にも横にも、前にも後ろにも、果てしなくどんどん伸びていくように思います。

太陽の光線を、光の本体から分離することはできません。

というのも、その一致と統一性は、光の流れが遮断されることを許さないからです。木から枝をへし折ってみなさい。折られた枝からはもはや芽が出てこれなくなります。

泉から小川をせき止めてごらんなさい。せき止められたその小川はじきに干上がってしまうでしょう。

それと同じように、主の光に彩られたキリスト教会もまた、その光線を全世界いたるところに放っているのです。

にもかかわらず、各地で輝いているのはただ一つの光です。そうです、みからだの一致というのは分け隔てられることがないのです。




その2につづきます。



おまけ


①「主の祈り」のコイネー・ギリシャ語(+英語)



②「主の祈り」の賛美 by レーナ・マリアさん




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詩篇107:2-7

主に贖われた者はこのように言え。

主は彼らを敵の手から贖い、
彼らを国々から、
東から、西から、北から、南から、集められた。

彼らは荒野や荒れ地をさまよい、
住むべき町へ行く道を見つけなかった。

飢えと渇きに彼らのたましいは衰え果てた。

この苦しみのときに、彼らが主に向かって叫ぶと、
主は彼らを苦悩から救い出された。

また彼らをまっすぐな道に導き、
住むべき町へ行かせられた。


Matthew Henry Commentaryより


彼らは追放者として各地に散り散りになっていた。

しかし神は、雲と暗闇の日に散らされたすべての所から彼らを救い出し、こうして彼らは再び一つ所に集められるようになる。(申30:4、エゼ34:12)

神はご自分に属する者をご存知であり、どこに彼らを探すべきかもご存知であられる。

彼らは彷徨い、旅する道を見い出せず、休むべき宿り場をも見つけることができなかった(4節)。

敵の手から贖い出され、国々から集められ(3節)、彼らはいざ故郷に帰ろうとしていた。

しかしそんな最中にあって、彼らは、乾き荒涼とした砂漠の中で朽ち果ててしまうという危機に見舞われたのだ。

人の歩いた道はなく、同伴の連れもなかった。そこに彼はただひとり、孤独な道を歩み、そしてさまよっていた。しかし、神はそんな彼を「まっすぐな道に導かれた」(7節)。

時に神は私たちを遠回りさせるように思われる。しかし、神は最終的に私たちを「まっすぐな道」に導かれるのである。



イザヤ40:11

主は羊飼いのように、その群れを飼い、
御腕に子羊を引き寄せ、ふところに抱き、
乳を飲ませる羊を優しく導く。



空虚な展示の世界、

せわしなく、不毛な問いのあれこれ。

暗く荒々しい世界。



おお神よ、

どこに行っても、

それらが私の周りを取り囲んでいます。


ただ汝の内に、そして汝と共にあることだけが、

わが安息です。




百家争鳴。

あらゆる人の思想を見聞きし、

そうして、おお、

疲れた子どもが
母の元に駆けよるように、

私は汝の元に逃れます。



おお こどもであることは、なんと甘美なことだろう!

それは永遠のいのちに満ちている。



困難な日々、そして歳月が過ぎゆく中、

騒ぎや争いから 離され


静寂のうちに

私は、汝の御腕の中に

横たわる。




汝の御腕!

乾き切ったわが魂は

汝を慕いあえぎつつ、

御腕にすがりつきます。



雨が牧場に歌を奏でさせるごとく、

ああわが主よ、

私にとって、汝は

かくの如くあられます。



Gerhard Tersteegen, At Rest
私訳




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主よ、どうか試練の中にいる友を助けてください!





私はヨブの話にとても慰められています。彼も「もう耐えられない」って思う時があったのでしょうか。

神様が本当に自分のことを見放ずにいてくれているのか、ヨブも疑うことあったのかな?

耐えられないほど痛みがひどくなって、それでもう「この先、僕の暗闇はけっして過ぎ去らない」って思うこともあったのかな。

それは彼にとっての暗いトンネルだったのかもしれない。

で、私、思うんです。――その時、彼は向こうの方に淡い光を見ることができていたのかなって。



上の文章は、海外のティーンの女の子からの手紙の抜粋です。

彼女は主を心から愛しています。

しかし(彼女曰く)アップダウンが激しく、感情的に激しく神様を愛する時があるかと思えば、今度は逆に全く神様の愛が感じられず、不安で、真っ暗で、どうしようもない気持ちになる時も多く、、、今、自分が、暗いトンネルの中にいるように感じていると書いていました。

傷と痛みと試練の中を通らされているように思います。

何度も暗闇に飲み込まれそうになりました。ほとんど希望を失いかけた時も多々あります。でも神様はそんな私にいつも誠実であり続けました。

一つの試練が終わると、主は私を回復させてくださいました。試練を受ける前に比べ、私は二倍にも成長したように思います。でもそういった成長は赤ちゃんの歩みのように本当に遅々としたものです。

でも少なくとも、私は今、どこかには至りつつあるという実感があります。少なくとも、止まらずに動いているっていう実感です。



この少女の手記を読む時、私は自分自身のティーン時代を思い起こさずにはいられません。

彼女と同じように、私も浮き沈みが激しく、また強烈なエネルギーや情熱をどこに発散すればよいのか分からず、自分のエキセントリックさにおびえているという状態でした。

小学校2年生の時、近くのお店でポルノ雑誌を見つけ、私はそれが何なのか、なぜこのような雑誌があるのかを周りの大人の人たちに尋ねました。

小学校6年生の時、「あと70回位、夏を迎えたら、私たち人間はみんな死んでしまう。」ということを学校の先生から聞いて、その日の夜、泣きながら、「私は死にたくない。無くなってしまいたくない。」とその恐怖を訴え、なぜ人間は死んでしまわなければならないのかを周りの大人の人たちに尋ねました。

中学校の時、私は自分がなぜ友だちのことを嫉妬するのか、そのことを非常に悩み、その苦しみを周りの大人の人たちに訴えました。

でも、私の記憶の中では、周りの大人の人は、そんな自分をやさしく受け止めてはくれても、肝心のその「問い」に答えてはくれませんでした。

戸惑っていたのかもしれません。あるいは大人の人たちもその答えを知らなかったのかもしれません。または私の尋常でないエネルギーと真剣さに「引いて」しまっていたのかもしれません。あるいは単に私が支離滅裂なだけだったのかもしれません。

でもやはりさみしかったです。

☆☆

今、若い姉妹たちが、私に何かを訴えてきています。

彼女たちは一生懸命です。いつも全力投球です。

フルパワーで私に向かってきます。

だから私もフルパワーで彼女たちに向き合いたい。

――私も昔、周りの大人の人たちにそうしてもらいたかったから。

「人の心は病苦をも忍ぶ。しかし、ひしがれた心にだれが耐えるだろうか。」(箴言18:14)っていうこのみことばを暗唱しようって思ってます。

これからはもう「ひしがれた心」じゃなくて、「贖われた心」の持ち主として生きていきたい。

そうして、この混乱した世界にあって、私もまた、他の人を励ます人へと変えられていきたい!



アーメン!

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さて、いよいよ夏がやってきますね。スイカがおいしい季節です。

夏は暑いです。

そして暑い時には、なるだけ薄着をしたいと思うのが人間の自然な情ではないかと思います。


この世のささやき


しかしながらこの世は、「今こそ好機」とばかりに、自らの価値観を私たちに吹き込もうとやっきになっている――これもまた事実です。

メディアや女性雑誌、有名タレントなどのイメージを通し、この世は愛嬌を振りまきつつ、私たちに囁きかけます。

「ほら、私たち女性はね、ここまで肌を露出したって平気なんですよ。最近ではみんなそういう風なファッションしてますから、あなたも気兼ねすることなく自由にやっていいんです。

ほら、賛美リーダーの○○姉妹だって、ああいう服を着て、清い心で主を賛美しているじゃないですか。だからいいんです。大切なのは外側ではなく、主を愛する心なんですから。」


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三十年前は、ブラジャーを外に見せるというファッションはあり得ないものでしたが、現在では世界的にそれが「普通のこと」になりつつあります。

そしてそういった一連の潮流は、今日、すさまじい勢いで福音主義教会内にも流れ込んできています。


☆☆

慎み深さの本質が内側にあるというのはその通りだと思います。

このテーマに関し、私は自分自身の恥ずべき過去の失敗も含め、いろいろな証しや記事を書いてきました。

姉妹の服装について―私の告白

死にゆく貞節――女性の視点からみた、服装における慎み深さ

姉妹の慎み深い服装について(その2)ー実践編ー

姉妹の慎み深い服装について―高校生クリスチャンの探究と証し(Modest Dress Testimony)

姉妹のやわらかい言葉づかいについて

初代教会のクリスチャンが「メイク・宝石・ファッション」について語ります。〔シリーズ4〕



また「慎み深さ」というのは、文化圏や時代によっても価値基準が異なっているという点で、ある意味、相対的なものだともいえるでしょう。

例えば、同じ国であっても、サンフランシスコでの「慎み深さ」の基準と、アラバマ州の田舎での「慎み深さ」の基準はやはり異なっているでしょう。

またインドでも、保守的な南インド地域の女性たちと、先進的な北インドの大都会の女性とでは、「慎み深い服装」に対する見方はおそらくかなり違っているはずです。

私は現代の福音主義クリスチャン女性の中では、おそらく(外面的にも内面的にも)かなり保守的な方に属すると思います。

しかし、近所に住むスンニ派のMさんは、外に出る時は、目しか公に出さず、残りの肌はすっぽりチャードルで覆っています。

そうするとどうでしょう。Mさんの「慎み深さ」の基準でいけば、私はおそらく(ふしだらとまではいかなくても)「ちょっと恥知らずな女性」ということになるのだろうと思います。

その意味で、「慎み深い服装」に関し、私たちクリスチャン女性が取り組む際、まず、そこに、型にはまった「規則」というのは存在しないと考えるのが妥当だろうと思います。

しかしその一方、一定の「規則」がないからといって、この問題をほったらかしにしていていいのでしょうか。

御言葉はこのことに関して、どのように言っているのでしょうか。

☆☆

女性の服装に関して、1テモテ2章9節では次のように言っています。

同じように女も、つつましい身なりで、控えめに慎み深く身を飾り(新改訳)

clothing, modestly and discreetly,(NAS訳)

adorn themselves in modest apparel, with shamefacedness and sobriety(欽定訳)



この節のギリシア語原文をみると、

κοσμίῳ μετὰ αἰδοῦς καὶ σωφροσύνης



となっています。


αιδώς(アイドース)


「控えめ」「modesty」と訳されている原語のαιδώς(アイドース)は、古い古いギリシャ語で、なんとこの語は、前8世紀に書かれたホメロスの叙事詩『イリアス』にも出てくる名詞なんです!すごいですよね。


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新約コイネー期には、αιδώς(アイドース)の意味は、「慎み、遠慮、畏れ、畏敬」という意味で定着していましたが、ホメロスの古典期には、「恥を知る心」という意味で用いられていました。(参:Α.Φραγκούλης, Λεξικό της Αρχαίας Ελληνικής

ですからその意味で、欽定訳のwith shamefacedness(=つつましい、恥ずかしそうな、恥じらいの)という語の選択は、原義の「恥を知る心」のニュアンスをも捉えた見事な訳だと思います。

☆☆

私たちクリスチャン女性が「恥を知る心」、そして健全な意味での「恥じらい」「つつましさ」の霊に満たされる時、そのスピリットは、私たちにある種の服装を選ばせない貞潔さと純真さを与えると思います。

それは文章に書かれた「掟」や「ルール」ではありませんが、御霊は「その基準」を私たちの心の内奥に植えてくださると思います。

そして同じ御霊は、年毎に堕落していくこの世のファッション潮流のかまびすしい騒音とは全く異なる静かな声でもって、次のように私たちを諭してくださると思います。

この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。

ローマ12:2



また、私たち女性のそういった姿勢やあり方は、主の前に清く生きようと日々信仰の戦いをしていらっしゃる男性信者のみなさんに対する隣人愛の顕れの一つだと思います。

男性の方々をつまずかせない慎み深い服装で身をつつむことにより、私たちは真に相手を助け、励ますことができると思います。

これはすばらしいことではないでしょうか。私たちは、自分たちの着る服装という外面的なものを通しても、キリストのからだを建て上げ、みからだに奉仕することができるのです!

どうか私たちのすべてを通して、主に栄光が帰されますように。アーメン。



慰められるよりは慰めることを、
理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することを、わたしが求めますように。

アッシジのフランチェスコ



最近、私は「どのようにしたら、相手から届くメッセージを『正しく』理解し、受け止めることができるのかな?」と思いを巡らせています。

相手から届くメッセージというのは、言葉を介するものである事もあれば、そうでない無形のものであることもあります。でも大切なのは――それがどんな形であれ――今この瞬間、相手が私に〈なにか〉を言おう、伝えようとしているという事実です。

現在、さまざまな状況を通し、主が私に教えてくださっているのは、「相手の言っていることを正しく理解することは(あるいは理解しようと真摯に努めることは)、自分の主張を正しいものにしようとする努力以上に、価値があり、かつ大切なことである」という事です。

自分の言っていることを相手が「理解してくれた」と感じる時、私の内で「愛されている」という実感が深まります。しかも、それは、自分の持つ意見や見解に相手が「同意してくれる」こととは必ずしもイコールではないのです。

つまり、人が人を「理解する」という時、それはおそらく意見や見解の一致や相違というものを越えた、もっと根源的で深い〈なにか〉なのだろうと思います。

☆☆

どんなに真理の探究をしたところで、それが神さまと隣人に対するより一層の深い愛と献身につながらないのなら、その探求に何の意味があるのでしょう。(マタイ22:36-40参)

空の空。伝道者は言う。
空の空。すべては空。

日の下で、どんなに労苦しても、
それが人に何の益になろう。

伝1:2、3



思えば、今も昔も、イエス様ほど「理解されなかった」人はいないのではないでしょうか。

そして彼ご自身、そのことを熟知しておられたからこそ、人からの理解や評価を求めなかったのだと思います。

イエスが、過越の祭りの祝いの間、エルサレムにおられたとき、多くの人々が、イエスの行なわれたしるしを見て、御名を信じた。

しかし、イエスは、ご自身を彼らにお任せにならなかった。なぜなら、イエスはすべての人を知っておられたからであり、

また、イエスがご自身で、人のうちにあるものを知っておられたので、人についてだれの証言も必要とされなかったからである。

ヨハネ2:23-25



わたしは人からの栄誉は受けません。

ヨハネ5:41



食するひまも うちわすれて、
しいたげられし ひとをたずね、
友なきものの 友となりて、
こころくだきし この人を見よ。

すべてのものを あたえしすえ、
死のほかなにも むくいられで、
十字架のうえに あげられつつ、
敵をゆるしし この人を見よ。



御霊を受け、今や「キリストの思い」(1コリ2:16)を持つようになった私たちが心を込め、「主よ、あなたの御思い・みこころを正しく理解することができるよう日々私を助けてください」と祈る時、その祈りは必ず聞き入れられると信じます。

またそれと同時に、「○○さんのことをもっと深く理解することができるよう私を助けてください」という祈りも、地にむなしく落ちることはなく、必ずや、彼・彼女に対する「より深い愛」という実を結ぶものになっていくと信じます。




各地に散らばっている信仰の友一人一人のことを想いながら、、、

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荒野で御民を導かれた方に。その恵みはとこしえまで。

詩篇136:16




来なさい、こどもたち。

前を向いて まっすぐに進んでいこう!


私たちと共に 御父が進んで行かれる。



何千という敵が私たちを取り囲む

そのただ中にあって、

主は私たちを守り、

導きつづけてくださる。



主のまなざしから溢れる甘美さと栄光は、

わびしい荒野の地を

パラダイスのように輝かせる。



見よ。道なき漆黒の夜に

燃えたつ火の柱。


そして前方には魂の牧者がいて、

群れを養っておられる。



疑わず、

恐れることもせず、

こひつじたちは、この方の後について行く。


静けさと確かさの内に

彼らの目はこの方にのみ注がれている。




来なさい、こどもたち。

前を向いて まっすぐに進んでいこう!


手に手を取り合って、私たちは旅を続けていく。



それぞれが隣にいる兄弟を励まし、

そうやって、

見知らぬこの地を 歩き渡っていくのだ。



いと高き神の御使いたちも

巡礼する私たちの傍らを 共に進んでいる。



私たちの歌声が夜通し

音楽を奏でるとしたら、

それはなんとすばらしいことだろうか。




来なさい、こどもたち。

前を向いて まっすぐに進んでいこう!


刻一刻と 故郷に近づいているのだから!



巡礼をつづける日々は、いよよ早く過ぎゆき、

そうして すぐに終わりの時がくる。


おお、黄金の都よ!



光輝く塔がどんなに近くにあることだろう。

御父の神殿が透明にきらめいている。


そう、あの光華な家が、

私たちの宿り場なのだ。



さあ進み行こう!

苦しみや困難よ、来るなら来い。



この道をあともう少し進んだところに、

すばらしい歓迎の言葉が

私たちを待っており、


神の御顔がそこにある。




おお 世よ、

お前はなんと小さく、むなしいものだろう!


われわれの目はひたすら主の上に注がれている。




今や強大な太陽が昇りゆき、

ろうそくの微光はかすんできた。



天の深遠をはるかに行き巡り、

私たちのイエスが、ご自身の民を率いておられる。



もっとも偉大な方。もっとも聖い方。

とこしえのキリスト。そして唯一のキリスト。




さあ、主の甘美さによって捕えられ、

主の至福の内に浸かろう。



永久(とわ)に主は私たちのもの。


そして、永久に私たちは

主のものなのだから。



Gerhard Tersteegen, Pilgrim Song
私訳




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みなさん、応援しています!!今日も元気でいてください。








その1)からの続きです。

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3世紀のキリスト信者による碑文 source


新生の喜びに与ったキプリアヌスは、財産を貧しい人々に施し、物資的な縛りから解放され、喜びに躍りました。そして彼は献身の道を選びました。

カルタゴ教会の監督になったキプリアヌスは、信者の友に宛てて次のような手紙を書いています。

真に安らかで、信じ寄り頼むことのできる平安、そして真に揺るがず、確かで、けっして変わることのない安心感とは何でしょう?

それは、この世の喧噪から身を引き、救いの固い土台の上に自分自身をしっかり据えることです。

そして地上から天に目を上げることです。

真の意味でこの世より偉大な者は、この世から何をも欲さず、何をも望みません。

ああ、こういった主の守りは、なんと安定し、なんと揺るぎないものでしょうか!

そして永遠につづく祝福の中にあり、なんと天的でありましょう!

それにより、私たちは、この混沌とした世の罠から自由にされ、地の汚れから清められ、

そして、とこしえの命の光にふさわしいものとされるのです。

Cyprian, Ad Donatum, 14




キプリアヌスの残した霊的遺産


キプリアヌスは教会の牧者として、魂のことに気を配り、また他の牧師たちとも密に連絡を取っていました。

彼の残した大量の書簡集を読むと、当時のキリスト教会の日々の懸念や問題がどのようなものであったのかがよく分かります。

たとえば、妥協せずイエスにつき従っていくと同時に、クリスチャンの間における兄弟愛をいかに純粋に保っていくのか――。

これは、3世紀の初代教会だけが抱えていた問題では決してないと思います。

たとえば、キプリアヌスが牧会していた教会の近くのキリスト教会で、次のような問題が生じました。


不道徳な職業をやめたい


ある異教徒の男性がイエス・キリストを信じ、クリスチャンになりました。

その男性の職業は、舞台俳優でした。

回心後、彼は、「私は職種を変えるべきではないか?」と考え始めました。

というのも、当時の芝居のほとんどが、不道徳を助長するような内容であり、こういった演劇は、異教の偶像崇拝にも深く関わっていたからです。

また、当時、役者たちが舞台で女役をうまく演じられるよう、演劇界は時に、少年の役者たちを意図的に同性愛者にならせようと仕向けたりもしていたのです。

「ああでも、私には舞台俳優以外、他に何ら職歴がない。転職しようにも、他に技術がないのだから、、、」と、この男性信者は悩みました。

「あっ、それなら、未信者を対象に演劇を『教える』というのはどうだろう?そうしたら、私自身は、直接、この世界に入り込まずにすむし、生活の糧も得ることができる。うーん、でもいまいち、確信が持てない。」

そこで彼は、そういった悩みや葛藤を、教会の長老たちに正直に打ち明けることにしました。

☆☆

長老たちは彼からの相談を受け、熟考した後、次のように答えました。

「そうですね、うーん、役者業が不道徳な職業であるなら、人を役者に『養成して』、その道に『入らせる』こともやはり良くないことだと言わなければならないように思います。

でも、これはかなり稀なケースですから、私たちはこの件を、近くの教会におられるキプリアヌス監督にも相談することにします。」

相談を受けたキプリアヌスもやはり、彼らに同意して言いました。

つまり、たとえ役者業が、彼の生計を立てる唯一の手段だとしても、キリスト信者にふさわしくない職業を他人に『教える』こと――これもまた、信者にふさわしくないあり方だと思います、と。

ここに私たちは、この世の価値観に妥協せず、キリストの弟子の道を歩んでいこうとする初代教会のクリスチャンたちの強い信仰をみることができると思います。

しかし話はここで終わったわけではありません。

キプリアヌスは、さらにここから愛に満ちた牧会的配慮をもって、長老たちに言いました。

――もし、この役者が、他に生計の手段を持っていないのであれば、孤児ややもめ、貧しい人々を支援しているのと同様、教会は進んで彼を支援すべきです。

そしてさらに次のような言葉もつけ加えています。

もし、あなたがたの教会で、彼を支援するのが経済的に無理ならば、彼をこちらの教会に送ってよこしなさい。こちらで彼は必要な食べ物、着る物なんでも受け取ることができます。

Cyprian, Letter to Euchratius, epis.60



キプリアヌスにとっても、彼の監督する教会にとっても、この役者は、一面識もない人でした。

しかし、どこの教会に属していようが、彼は主にあって愛する兄弟であり、霊の家族でした。

ですから、キプリアヌスは自分たちの教会で彼を養う覚悟を持って、このような書簡を書き送ったのです。

クリスチャンの間に溢れるこのような愛をみて、彼らをけなし迫害する敵でさえも、こう叫ばずにはいられませんでした。


見よ。彼らはなんと互いに愛し合っていることか!


テルトゥリアヌス『護教論』第39章7




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もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。

ヨハネ13:35




おわりに


キプリアヌスの時代には、カルタゴ地域の教会に激しい迫害が加えられていました。そのため、彼の牧会生活は、地下に潜ってせざるを得ない切迫した状況にありました。

しかし、彼はそのような苦難をものともせず、委ねられた羊の群れのために、力を注ぎ出し、そして究極的には、自らの命そのものをも注ぎ出しました。

258年、ついに彼はローマ人に捕えられ、打ち首にされ、殉教の死を遂げたのでした。

それでは最後に、キプリアヌスの言葉を引用して、おわりにさせていただきます。

「キリストに従う」とは何を意味するのでしょう。

そうです、それはキリストの掟の内に立ち続けることを意味します。

そしてキリストの教えの内に歩み続けることを意味します。

そしてそれは、キリストの足跡と主の歩まれた道に従い続けることを意味します。


ーキプリアヌス





〈参考文献〉

Philip Schaff, ANF05. Fathers of the Third Century: Hippolytus, Cyprian, Caius, Novatian, Appendix
Alban Butler, The Lives of the Saints,Volume IX
デイヴィッド・ベルソー著『初代キリスト教徒は語る――初代教会に照らして見た今日の福音主義教会』



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キプリアヌス、紀元3世紀


今、アウグスティヌスのA Treatise On the Predestination of the Saints(『聖徒の予定説について』)を、少しずつ読み進めています。

1章からていねいに読んでいくと、彼の考え方のプロセスがよく分かり、また「なぜ」そのような考え方・解釈に至るようになったのかが生き生きと伝わってきます。また、その他、今まで知らなかったいろいろな発見があって楽しいです。


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☆☆

そういった思わぬ発見の一つが、カルタゴの牧師キプリアヌス(3世紀)に関するものでした。

アウグスティヌスはこの書の中で、何回か尊敬の気持ちを込め、「I speak of the most blessed Cyprian(もっとも祝福されしキプリアヌスについてお話しますと、、)」と彼について触れていました。

私は二人がそういう風につながっていたことは全然知らなかったので、「へぇー、アウグスティヌスは、キプリアヌス牧師のことを尊敬していたんだ。ふーん、なるほど。」と心は遥か4世紀のカルタゴへと飛び立っていきました。

その時分、アウグスティヌス自身も、神の主権と人間の自由意志の問題についていろいろ葛藤していたということを告白しています。

そんな時、キプリアヌスの「私たちは決して何をも誇ってはならない。なぜなら、何物といえども、それは自分自身のものではないのだから。」という言葉がアウグスティヌスの心に刺さったそうです。

この記事では、キリストを信じ、カルタゴ教会の牧師となり、最後には殉教の道をたどった神の人であるキプリアヌスの生涯と信仰について、みなさんとご一緒にみていきたいと思います。

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北アフリカに、Carthage(カルタゴ)と書かれた濃い青の部分がみえますか?この図をみると、キプリアヌスが生きた3世紀には、この地域に多くのクリスチャンがいたことが分かります。


キプリアヌスは、3世紀の初め頃、北アフリカのカルタゴで生まれました。

父親は、ローマ帝国の評議員の一人であり、裕福な異教徒でした。

キプリアヌスは、そんな家庭の御曹司(おんぞうし)として当時一流の教育を受け、育っていったのです。

回心前、彼は、修辞学の教師を修め、また演説家、カルタゴ法曹界の有力メンバーとして活動し、しかし、(回心後の)彼自身の言葉を借りると、「当時、私は、暗やみと陰鬱な夜の中に横たわっていました。」


新しく生まれるとはどういうこと?―彼の葛藤


30歳の過ぎたある年、キプリアヌスにとって人生を揺さぶるような出来事が起こります。

カルタゴ教会の老聖徒であり、長老であったセシリウスとの出会いがそれです。

セシリウスの天的な生き方と信仰は、キプリアヌスの魂の内に大いなる葛藤を生じさせました。

また彼は、聖書の中には「新生」という概念があることも聞きました。

しかし「そんなことが一体可能であろうか?」と彼は疑い悩みます。

そういった内的告白を彼はAd Donatumという著述の中に残していますので、その部分を訳そうと思います。

私がまだ暗やみと陰鬱な夜の中に横たわっていた時分のことです。

その当時私は、神のご慈愛が私に要求していることを実行するのはまったく至難の業だと考えていました、、

自分自身、その当時、数えきれないほどの過失と罪に縛られていましたし、そういったものから解放されるなど、どだい無理な話だと思い込んでいたのです。

こうして私は、悪徳に引きづられ、また数々の罪にふけっていました。




新しく生まれ変わった!


しかし、そんな彼についに喜ばしき救いが訪れました。

そうです、彼はキリストを信じる信仰により新しく生まれ変わったのです。そのことを彼は次のように告白しています。

しかし、その後、新生の水の助けにより、これまでの人生の汚点が洗い流されたのです。

そして天よりの光が――そうです、清澄で聖い光が――神と和解した我が心の中に注ぎ込まれ、満ち溢れました、、

この新生が私をして新しい人間へとなさせしめたのです。

そうすると、どうでしょう。まったくすばらしい仕方で、これまで自分の内でくすぶっていたあらゆる疑いが私の内から消えていったのです、、

ええ、今の自分にははっきり分かります。――肉の悪徳により奴隷となっていた自分の内に当時生きていたものは地上的なものであったことを。

そして、聖霊が私の内でなしてくださった事こそ、神聖かつ天的なものであるということを。

— Cyprian, Ad Donatum, 3-4




さて、新生したキプリアヌスはその後どのような道を歩んでいったのでしょうか?


その2につづきます。


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昨日、難民施設にいる求道者の家族を訪問しました。

カスピ海近くに住むトルコ系アゼリ族の一家です。

(*民族学的には、Iranian Azeris, Iranian Turks, Azeri Turks, Azerbaijani Turks等の名称で呼ばれています。)


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この地図の水色の部分がアゼリ族の住む領域です。アゼリ族は、一言でいうと、中東版「関西お笑い系の人々」です。ぼけと突っ込みというスタンスもちゃんと存在しています!他の民族も、アゼリ族に関するおもしろいジョークをたくさん作っています。でもそれを聞いて本人たちも一緒になって笑っているので、特に気にしてはいないようです。とにかく愉快で、おもしろい人たちがこの地域には結集しています。


中に入ると、四畳ほどの薄暗い小さなプレハブに、絨毯代りの厚布が敷かれてありました。「アッサラーム・アレイクム」(=アラビア語で「こんにちは。」の意)とあいさつを交わしながら、そこの床に円座になって座りました。

アフガン族もそうですが、アゼリ族もまた、絨毯の上で円座になってチャイを飲み、食事時にはその場に清潔なシート(sofreh)をひいて、食事を共にするという旧来の慣習を今も保持している家庭が多いです。

地べたで食事をするというのはなかなか楽しいです。さながら、家の中で秋の大運動会が繰り広げられているような――そんなウキウキ感があって私は好きです。


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こんな感じで食事をいただきます。楽しそうですよね!source


私の主人が聖書のメッセージを語り始めると、他のプレハブにいた別のアゼリ族一家もやって来て、小さな部屋は大人や子どもで足の踏み場もないほどぎゅうぎゅう詰めになりました。

その間も、奥さんは、チャイを温め、お茶菓子を出し、果物の皮をむき、それを小さく刻んでは無理にでも私に食べさせようとし(笑)、本当にホットなもてなしぶりです。

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本質が日常の中に生きている世界


その日は、ある奥さんが「一体この世のどこに神の義があるのですか?」という問いかけをしたことから、例によって皆、熱くなり、わいわいがやがや、「イスラム教的にはーーだと思う」とか「キリスト教の聖典にはどう書いてあるですか?」など、とにかくエキサイティングな分かち合いの時となりました。

例えば、私たち日本人クリスチャンが、「義(righteousness)」という言葉に触れるのは、聖書や信仰書を読む時か、主日礼拝で説教を聞く時くらいしかないのが現状ではないかと思います。

その他、「主権」「意志」「律法」「罪」といった概念も、神学的には議論されても、お茶の間ではまず聞かれない抽象的な語ではないかと思います。

例えば、私が山田さんの家に招かれたとします。畳に腰を下ろし、虎屋の羊羹(ようかん)をいただき、緑茶を一口すすった私は、おもむろに彼女にこう言いました。

「やっぱり虎屋のお茶菓子はおいしいですね。ところで、山田さん、『神の主権と人間の自由意志』について、山田さんは普段、どのようにお考えですか?」

山田さんが未信者の方ならこの時点でもう度肝を抜かれ、言葉を失っておられると思います。しかし仮に山田さんがクリスチャンだったとしても、やはり、いきなりこういう話題を振られては、とまどってしまうのが普通ではないかと思います。

しかし、ここミドル・イースト・ワールドは、こういった「普通でないこと」が「普通」で「日常的なもの」としてすんなり受け入れられている実に不思議な世界なんです!

ですから、例えば、ファーテマさんというムスリマの女性の家に私が招かれたとします。


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チャイとバクラヴァ

絨毯の上に腰を下ろし、バクラヴァ(بقلاوة 〔baqlāwa〕)をいただき、チャイを一口すすった私は、おもむろに彼女にこう言いました。

「おもてなしありがとうございます。ところで、ファーテマさん、『神の主権と人間の自由意志』について、ファーテマさんは普段、どのようにお考えですか?」

そうすると、ファーテマさんは大きな目を天井に向け、しばらく考えてから、話し始めます。「そうですねぇー、私の中では、、、、」

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実際、昨日、私はアゼリ族のみなさんに、「今、私は、『神の主権と人間の自由意志』についていろいろ考えているんです。このテーマをめぐっては、クリスチャンの間でも1000年以上に渡り議論がなされています」というような事を正直にお話しました。

すると、皆、このテーマにかなりの関心を示し、それについて考え、話したがっていました。

つまり、彼らにとって、こういった話題は、「抽象的な神学議論」では全くなく、むしろ「お茶の間のホットな会話」なのです!

特に、私たちのような外国人の宣教者が何かをシェアすると、皆、目を輝かせ、「この外国人は一体何を言い出すんだろう?」といった純粋な好奇心をもって話に聞き入ります。


エール


そこで私は、今後、このフィールドで働くよう主の召しを受けている兄弟姉妹に励ましの一言とエールを送ります。

「このフィールドは困難も多いですが、それに勝る感動といのちの躍動があります。

あなたの人生に新たな世界が注入されます。

ですから迷わずにその召しに従い、起き立ってください。

神様はあなたと共におられます!」



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中東の人々を熱く愛していくために






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今年の大雪で玄関前のチロリアンランプが枯れました。

枯れた枝を切っていたとき、根元の一部が何か生きているような気がしたので、

5本の根元のうち、その何か生きているよな根元1本だけ30センチくらい残しました。

そしたらなんと芽が出てきました。

うれしかった。


~父から私への手紙より(一部抜粋)



チロリアンランプというのは、アオイ科に属する植物で、和名は「浮釣木(うきつりぼく)」というのだそうです。

和名の由来は、「花が空中に浮かんで吊り下がっているように見える」ことからきているそうです。


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私は父から届いたこの五行の文章の中に、私たち人間に対する天の御父のいとも慈愛深き愛――その映しをみる気がしました。

天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。
詩篇19:1


自然や、周りの被造物、そして日常の小さな出来事一つ一つに、心の目を向け、静かに耳を澄ませるとき、私たちは、今この瞬間もたえず私たちに何かを「語っておられる」神のご臨在と愛に、圧倒されるような畏敬と感動を覚えるだろうと思います。

神はとこしえにご自身のことを被造物に語りたいと願っておられます。

聖書全体もこの考えを後押ししています。神は今もお語りになっておられると。

「神は語った」という過去形ではなく、「語っておられる(God is speaking)」という現在進行形なのです。

神はそのご性質により、今も絶え間なく明瞭にお語りになっておられます。

そうです、神はご自身の発せられるその御声で、この世界を満たしておられるのです。


『神へのあこがれ(The Pursuit Of God)』 A・W・トーザー 第六章 語りかける神の声(その1)より



浮釣木は、大雪の重さと冷たさにおされ、がっくり力を落としていたと思います。

それは彼女の目に確かに「枯れて」しまっていました。

しかしそこに自分ではない「もう一つの視線」が注がれていることを彼女は知りませんでした。

そうです、彼女のことを大切に思い、慈しんでいたこの「視線」は、「根元の一部が何か生きているように」感じ、「その何か生きているような根元1本だけを30センチくらい残そう」と決心したのです。

こうして、人の目にも自分の目にも死んだように見えていた、その根元から緑の芽が出てきました。

「うれしかった。」

蘇生した彼女をみて、御父はこのように喜びの声をあげました。

私たちが神の子どもと呼ばれるために、――事実、いま私たちは神の子どもです。――御父はどんなにすばらしい愛を与えてくださったことでしょう。世が私たちを知らないのは、御父を知らないからです。

1ヨハネ3:1



私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。

ローマ8:32



神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

ヨハネ3:16



私たちに今日も注がれている御父の愛と語りかけに、私たちがもっともっと敏感になっていきますように。






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