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ヒメユリ



モンゴメリ『アンの青春』
第13章「たのしいピクニック」より抜粋




少女たちは籠をヘスターの庭においたまま、午後をずっと、まわりの森や原を歩きまわってすごし、美しい片隅や、小径をたくさん見つけた。


お腹をすかした一同は、一番美しい場所・・・せせらぎの音が快く流れている小川の、傾斜の急な土手の上、ながい羽根のような草の中から白樺がはえているところで、お弁当をひらいた。


。。不意にアンは指しながら叫んだ。「ごらんなさい。あのが見えて?」


「どこに?」とジェーンとダイアナは、樺の木に古代のルーン文字が書いてあるかのように、目をみはった。


「あそこよ・・・小川の底の・・・あの古い緑色の苔がはえている丸太よ。あの上を水が、まるで、櫛をとかしたような、なめらかなさざなみ音で流れているわ。


それから、水たまりのずっと下の方に、日光が一筋、ななめにさしているわ。ああ、こんな美しい詩って見たことがないわ。」


「あたしならむしろ、絵と言うわ」とジェーンが言った。「詩とは、行や節のことを言うのよ。」


「あら、そうじゃないわ。」アンは山桜の花かんむりをかぶった頭をつよくふった。


「行や節は、詩の外側の衣裳にすぎないのよ。ちょうど、あんたのひだべりや、飾りひだが、あんたでないと同じように、行や節自体が詩ではないのよ。


ほんとうの詩は、そういうものの中にある魂のことよ――そしてあの美しい一編は、文字に書きあらわしてない詩の魂なのよ。


魂を見ることはそう、しじゅうは望めないわ――詩の魂だって、そうよ。」




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「あたし、魂って・・・人間の魂ってどんなものかと思うわ。」プリシラは夢みるように言った。


「あのようなものだと思うわ」とアンは、一本の樺の木にさしている輝かしい、清らかな日光を指さした。


「ただ、形だけを言っているのよ。あたし、魂は光でつくられていると想像するのが好きなの。


中には、ばら色の斑点と、えびらをつけてさしているのもあるし・・


海の月光のように、やわらかな、にぶい光のもあるし、あけがたの霧のように青白くて、透明なのもあるわ。」


「あたし、いつだったか、魂は花のようなものだと書いてあるのを、なにかで読んだわ」とプリシラが言った。


アンは、「それなら、あんたの魂は金色の水仙よ。


それからダイアナは、赤い、赤い、ばらだし、ジェーンのはりんごの花、ピンクで、健全で、やさしいのよ。」


「それでは、あんたのは、芯に紫色の縞が入っている白すみれよ」とプリシラが結んだ。





いったい魂は花のようなものなのでしょうか。


もしそうなら、みなさんは、どんな花なのでしょう。それを考えたことありますか。


私は昨晩、主人のところへ行き、「私は何の花に見える?」と訊いてみました。


すると、主人は「白くて、ちいさなジャスミンの花」と答えてくれました。そのなんとうれしかったこと!


というのも、学生時代に南インドに行ったとき、そこにJasmineという――いかにも可憐なジャスミンの花を想わせる――きゃしゃで愛らしい娘さんがいて、その時以来、私はずっとジャスミンという名前に憧れていたからです。


そして心ひそかに、「ミドルネームをつけることができるなら、ジャスミンにしたい♡」と思っていたのです。


それから、私は自分の周りにいる姉妹たちのことを一人一人思い浮かべては、みなさんが私にとってどんな花なのかを考えてみました。


たとえば、まこさんは、優美で端正な藤(ふじ)の花を連想させます。


それからさなえさんは、ちょっと人里はなれた山野に咲いているうすいピンク色のヒメユリの花です。


まりさんは、紅色のあざやかなチューリップで、しかもまわりに御使いのような白い衣裳のカーネーションがふわっとやさしく寄り添っています。


それから、みくさんは天を向きまっすぐに伸びていっている白いユリを思い起こさせるかと思えば、いとも美しいシクラメンのあの赤紫の花をも同時に思い起こさせます。


そしてくるみさんは、なんといっても、あのかわいらしい鈴蘭です!


さて、愛する姉妹のみなさん、どうでしょう。


ぜひ、周りの人々にみなさんの「花印象」を訊いてみてみてください。


みなさんの内にひっそりと根付き、息づくその美しい花から、キリストの芳香がいたるところに放たれていきますように。






ζωτική(ゾティケー; lively, cheerful, いのちに溢れた、生き生きした、快活な)



<ζωή(ゾエー; 命)

ー霊的・天的いのち。復活であるキリストを通して生命の源泉である神から受けて維持される命。






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さんさんとした陽の光をうけ、

牧場をいっぱい走りたい。





子牛のように はね回り

のびのびと 無心に

かけ回りたい。






ばかみたいに突進して

ぶつかって 転んで 泣いても

また 走ろう。







輝く日光と 一面にひろがる緑の大地。



どこまでも どこまでも 

続いている。








私は 走りたい。



笑いながら 泣きながら 

どこまでも 走りたい。







夢をみ 虹を追いかけながら 


花の絨毯の上を

どこまでも 走っていきたい。





――このいのちの続くまで。


このいのちの続くまで。
 









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満ち足りた思いで一人、主の前に静まるとき、あるいはその反対に、祈ることさえできない無力感と悲しみのどん底で、死人のようにぐったりと横たわっている時――、


そんな時、旋律をともなってやさしく流れてくる詩篇の歌は、荒野の泉のように、うちひしがれた私たち旅人の渇きをいやしてくれます。


19世紀の聖書註解者マシュー・ヘンリーは、ダビデによる詩篇29篇は、実際に、雷鳴と嵐のただ中で書かれたものではないかと述べています。



詩篇29篇(新共同訳)


【賛歌。ダビデの詩】

1 神の子らよ、主に帰せよ/栄光と力を主に帰せよ

2 御名の栄光を主に帰せよ。聖なる輝きに満ちる主にひれ伏せ。

3 主の御声は水の上に響く。栄光の神の雷鳴はとどろく。
主は大水の上にいます。

4 主の御声は力をもって響き/主の御声は輝きをもって響く。

5 主の御声は杉の木を砕き/主はレバノンの杉の木を砕き

6 レバノンを子牛のように/シルヨンを野牛の子のように躍らせる。

7 主の御声は炎を裂いて走らせる。

8 主の御声は荒れ野をもだえさせ/主はカデシュの荒れ野をもだえさせる。

9 主の御声は雌鹿をもだえさせ/月満ちぬうちに子を産ませる。
神殿のものみなは唱える/「栄光あれ」と。

10 主は洪水の上に御座をおく。とこしえの王として、主は御座をおく

11 どうか主が民に力をお与えになるように。主が民を祝福して平和をお与えになるように。





この詩篇には「主の御声קוֹל-יְהוָה kol Adonai/ φωνή Κυρίου, fone Kiriou)」という語が7回も出てきます。


このように「雷鳴をとどろかせ」、「木を砕き」、「炎を裂き」、「荒野をもだえさせる」雄大かつ威烈な大自然のうちに、厳然として「主の御声」が存在していること、


それと同時にまた、主は「かすかな細い声」(1列19:12)をもって、おじけづき弱くなっている一介の魂にいともやさしく語りかけてくださる方であること――


これはなんと慰めに満ちた事実でしょうか。


私たちの敬拝する神は、なんと力強く威厳に満ち、かつ柔和でやさしい方でしょう。


今日、みなさんにご紹介したいのは、ヘブル語による詩篇29篇のPsalmodyです。


この歌の中で、♪Kol Adonaiという語を何度も繰り返しお聴きになると思いますが、Kolというのは「声」で、Adonaiは「主」を意味します。つまり、「主の御声」です。


また1、2節にでてくるHavu La Adonaiのハヴ(Havu)は、「~に帰する、ascribe, give」という意味のヤハブyahab,יָהַב)という動詞の命令形だそうです。


(調べてみると、七十人訳はこのヤハブをφέρω[捧げる、offer]と訳していました。またアラビア語ではヘブル語とそっくりの動詞「ワハブوهب」が使われているようです。)



「主は洪水の上に御座をおく
とこしえの王として、主は御座をおく。」(10節)

「その宮で、すべてのものが、『栄光(=カヴォッド, כָּבוֹד』と言う。」(9節)




私たちがこの詩篇歌を聴き、黙想する中で、どうか、主が永遠の王として、私たちの上に御座をおいて(sit enthroned)くださいますように。


そして――たとい現在、どんな苦境に置かれていたとしても――聖霊の宮とされた私たちの存在すべてが、主に「栄光」と歌い、王の王である主イエスを讃えることができますように。アーメン。












Ps.29: Mizmor l'David Havu Ladonai
מזמור לדוד הבו ליי



Mizmor l’david.


Havu la’adonai, benei elim,
havu la’adonai kavod va’oz.

Havu la’adonai kavod shemo,
hishtachavu la’adonai be’hadrat kodesh.

Kol adonai al hamayim, el ha’kavod hirim,
adonai al mayim rabim.

Kol adonai ba’koach,
kol adonai be’hadar.
Kol adonai shover arazim
va’yeshaber adonai et-arzei ha’levanon.

Va’yarkidem k’mo egel,
levanon ve’sirion k’mo ven-re-emin.

Kol adonai chotzev la’havot esh.
Kol adonai yachil midbar,
yachil adonai midbar kadesh
Kol adonai yecholel ayalot.

Va’yechesof yearot, u’veheikhalo kulo omer kavod.
Adonai lamabul yashav,
va’yeshev adonai melekh l’olam.

Adonai oz le’amo yiten,
adonai yevarekh et-amo va’shalom.






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名前:エリザベス・ワイザー
年齢:26歳
所在地:イスラエル、ベエールシェバ市
祈りのベールを始めた時期:2011年7月




1)読者のみなさんに、少し自己紹介してくださいますか。



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私はイスラエル在住の、アメリカ人医学部生です。


ユダヤ人でもない私がイスラエルで勉強しているというのは、母国でも、そしてここイスラエルでも、「ちょっと普通ではない事」と受け取られているようです。


しかし私の大学は、グローバル公衆衛生に力を入れており、ベドゥインの遊牧民や、アフリカからの難民、世界中からのユダヤ人移住者たちと共に働き奉仕する機会が与えられており、私にとってはまさに理想的な環境です。




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ベエールシェバのベドウィン市場で、やぎを見ている正統派ユダヤ教徒の男性




というのも、私は将来的に医療ミッションに関わりたいと思っているからです。




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イエメン系のユダヤ教徒の女性たち(ベエールシェバ市)




母国で医学部を修了するのなら、この先5年から10年待った上で、はじめて――言葉も文化も不慣れな――外国の宣教地に足を踏み入れるということになると思います。


でも今、私は勉強しつつ、しかもすでに「現場に」いるのです!


また、私の住んでいるベエールシェバ(Beer Sheva)は、かつてアブラハムが住んだ町でもあります!




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ですから、聖書がユダヤの南とか、荒野とか、ネゲブと言っている時には、私は自分の部屋から外を眺めさえすればいいのです。そうすれば、それがどんなものか立ちどころに分かります。




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2)どこの教会に通っていますか。



私はベエールシェバで唯一英語通訳のある教会に通っています。この教会にはまた、スペイン語とロシア語の通訳もついており、それはイエスの御名の中で、異邦人とユダヤ人が共に集まり、神様を礼拝するという美しい光景を生み出すものとなっています。


ここのコミュニティーの人たちは本当にすばらしいです。


非常に多くのユダヤ人クリスチャンの方々が、イエス様に信仰を持ったゆえに、家族から絶縁されています。また洗礼式を行なうのも覚悟が要ります。


というのも、うちの教会で洗礼式が行われるという情報が流れると、オーソドックス・ジュー(正統派ユダヤ教徒)の人々が教会に暴動を働きかけてくるからです。


(なぜなら、一人のユダヤ人がバプテスマを受けるということは、ユダヤ人であることから離反すること(de-Jewed)を意味するからです。)


このように自分が、クリスチャンという[イスラエルにおいては]少数派の一員であるという体験は、周りの文化ではなく、意識的に自分の信仰そのものを実践し生きていくということを学ぶ上で大きな励みになっています。





3)どのような経緯で祈りのベールを始めるようになったのですか。



私はファンダメンタル(聖書主義)の教会で育ちましたが、そこでは、女性の「長い髪」というのが「被り物」のことだと捉えられていました。


高校を卒業後、私は親許を離れ、別の州にある大学に入学しました。そしてある日、そこにある叔母の教会に行ってみようと思い立ちました。


実は、その叔母の教会が、祈りのベールを実践する教会だったのです。(約半数の女性たちが礼拝時に被り物を被っていました。)


叔母は、そういう光景をみて私がびっくり仰天しないよう、前もって心の準備をさせようと思ったのでしょう、被り物についてのあるエピソードを私に話してくれたのです。


それによると、叔母はかつて友人に「もしも被り物に関する聖句について、主があなたに何かを示してくださったら、あなたは進んでその変化を受け入れたいと思う?」と訊いたそうです。


でもその友人には、進んで変化を受け入れる心がなかったそうです。


そう言いつつ叔母は、私に、「神様に対しやわらかい心を持ってね。そして主とそのみこころについて、今後より良く知っていく過程で、変化を進んで受け入れてね。」と熱心に語ってくれました。


でもそれからの二年間というもの、私はその教会に通いつつも、ベールはしませんでした。


水曜祈祷会の席でも、ベールをしていない女性は私だけでした。


ある日、祈祷会の席で、牧師さんが何かの話のついでに、「長い髪というのは女性の光栄(=glory)であり、誰も神のご臨在の中で自らを誇ってはならない(=glory)のです」と言われました。


その説明は、被り物を認めていない立場に立っていた私にとって、はじめて聞く、説得力ある議論でした。


しかし、私は「周りのみんながしているから」という理由だけで、何かを受け入れるつもりはありませんでした。


その後さらに2年以上に渡り、私はその教会に通い続けました。そして大学4年の時、もう一度、被り物に関する説教を聞きました。


しかし私は説教を鵜呑みにするのではなく、一度自分でしっかりここの聖句を調べてみようと思っていましたので、大学を卒業して、院に入学するまでの待ち時間の間に、1コリント11章のリサーチに取り掛かりました。


こうして検証の結果、ここの聖句でいう「被り物」というのは髪の毛ではなく、帽子とかスカーフ等のcoveringのことを意味しており、これは今日の教会でも実践されるべきものであるという結論に私は導かれました。





4)初めて被り物をして主日礼拝に臨んだ時、どんな心境でしたか。




最初にベールをして礼拝に臨んだのは、大学院の近くにある新しい教会を訪れた時のことでした。


主のご慈愛により、会堂にはなんともう一人、被り物をしている女性がおられたのです。そしてそれは私がぜひとも必要としていた励ましでした。


礼拝前にベールをかぶるに当たって一番しんどい思いをしたのは、幼い時から通っている故郷の教会でスカーフを頭にかぶる、その瞬間でした。


しかし感謝なことに、誰からも何も言われず、「なぜ被り物をしようと思ったのか」という自分の新しい決心について他の人に弁明する必要もなく、礼拝に参加することができました。


このような立場に私を導いてくださった主を賛美します。


というのも、祈りのベールの実践を通し、それ以後、私は自分の友人たちに、神様への恭順の美しさについて証する機会が与えられるようになったからです。





5)イスラエルの教会での被り物の実践状況についてお話くださいませんか。祈りのベールというのは、イスラエルでは多数派によって実践されているものですか。



私の教会では、既婚女性信者の約3割が、礼拝時にベールをかぶっています。


そういった女性信者のほとんどが、ロシアおよび東方正教会の背景をもっておられます。




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ロシア正教徒の女の子




一方、非ロシア系の女性でベールをかぶっている女性たちは、保守的なユダヤ教出身の方々です。


保守的なユダヤ教のラビ教義によれば、イサクに会う前にレベカが頭を覆ったことに由来し、「既婚女性はが公の場に出る時には、帽子やスカーフ等をつける」という慣習があります。




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保守的なユダヤ教徒の女性





イスラエルにある他の諸教会では、ベール女性の割合は、だいたい75-80%というところでしょうか。


でもこれらは、より保守的ないしはオーソドックスなキリスト教会で見受けられる現象です。


アラブ系の福音主義クリスチャン女性で、ベールを実践している方には今までお会いしたことがありませんが、これは私がアラブ系のクリスチャン・コミュニティーとの接点が少ないという事情に因るからかもしれません。






6)人目を恐れる余り、ベールを実践したくてもすることができないでいる女性たちに何か励ましのメッセージがありましたら、どうぞ。




私はどちらかというと、余り人を恐れないタイプかもしれません。


でも聖くへりくだった心で神様を礼拝することの尊さについては知っており、神様とのより深い交わりのためなら、たとい他の人からの軽蔑を受けようとも、それらは価値あって余りあるものだと思います。


でも実は、私自身、高校の時、礼拝時に帽子をかぶっている姉妹たちのことをバカにしていたんです。


ですから、元嘲笑者である私からみなさんにアドバイスがあるとすれば、それは、「現代の感覚からあまりかけ離れていない型の帽子やスカーフを被り物として選ぶなら、あまりジロジロ見られることはないでしょう」ということです。


80年代の服装で身を包むからといって、私たちはより霊的な女性になるわけではありません。


ベールの目的は、それをすることにより、私たち女性の髪の美しさや、あるいは帽子の奇抜さなどによっても、御使いや人々が気を乱されることなく、一心に神様を礼拝できるようになることです。






7)被り物に関し、もっともすばらしい点、あるいはもっとも困難な点があるとしたらどんな点だと思いますか。



イスラエル在住のクリスチャンのベール女性にとって一番やっかいな点は、保守的で既婚のユダヤ教徒の女性と勘違いされることです。



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保守的なユダヤ教徒の女性(Hasidic woman)




ユダヤ人の女性たちは、私が安息日に財布を持って歩いているのをけげんな目つきで見てきます。


アラブ系の若者たちは、すれ違いざまに私をやじります。


また最近起こったことですが、ある世俗ユダヤ人に、私は「死ね」と言われました。


しかも、これらはいずれも、私がキリストの御名のゆえの苦難でさえないのです。。。ただ自分が何者かということで勘違いされているだけなのです。


その一方、すばらしい点は、清い良心をもって教会の礼拝に臨むことができ、聖書のみことばに対する不滅の愛を、このように生きた形で証することができる事です。また、神様の前でへりくだることをも教えられています。





8)どんな被り物を使っていますか。どこで購入していますか。



そうですね、Target, Kohls, Walmartとかいった普通のお店で売っている帽子やスカーフを被り物として私は使っています。


もしスカーフをどのように頭に巻くのか興味がある方は、「Tichel(ユダヤ式被り物)のかぶり方」というような、おもしろいyoutubeがいくつかあるので観てみてください。


でも私は、たいてい縁なし帽子をかぶっています。というのも、それだと砂漠の太陽の日よけにもなるからです。


この証を読んでくださりありがとうございました。









関連記事:


ユニークなクリスチャンのシンボル――パウロが生きた当時もなじみのない特異な慣習だった祈りのベール




















今日はちょっと息抜きに、ある子どもの書いたとってもかわいい手紙をみなさんに紹介したいと思います。


手紙の書き主は、テオンくんという8才~10才くらいの男の子です。


そしてこの子がこの手紙をしたためた日時は、、、なんと使徒時代から何十年か経った頃の、AD2-3世紀のエジプトです。


そうなんです、少し前に「聖書ギリシャ語はどういう風に発音されていたの?―生きたコイネーの世界へようこそ! (2)」という記事の中で、「コイネー時代の民衆の手紙やメモ書きがパピルス文書の形でわんさかエジプトで発見された」ということを書きましたが、発見されたテオンくんの手紙もその中の一つなんです。


私はこの手紙を、先週、ギリシャ人の友だちと一緒に読んだのですが、あまりにもかわいすぎて、友だちときゃーきゃー言って、かなりはしゃいでしまいました。


今日、それを日本語に訳してみました。


あっ、その前に、簡単にこの手紙が書かれた背景をお話しますね。


テオンくんのファミリーは、コイネー期のエジプト南部にあるオクスィリンホス(Oxyrhynchos, Ὀξύρργυχος)という都市に住んでいました。オクスィリンホスは、カイロから160キロくらい南に下った所にある都市です。



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地図でみても分かるように、オクスィリンホスは内陸部にある都市です。日本でいえば、長野県かな?


でも、テオンくんは、おそらく学校のお友だちから、「アレクサンドリアっていう所は、でっかくて、すごいんだぞぉー。海もあって、すいすい泳げるし、晴れた日には、そこからヨーロッパも見えるんだって。」っと、北方の大都市アレクサンドリアの魅力について常々聞かされていたのだと思います、たぶん。




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アレクサンドリアには巨大な図書館がありました。旧約聖書のギリシャ語翻訳も、この都市でなされました。参照:「アレクサンドリア図書館にはどんな分野の本があったの?






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コイネー期の図書館はこんな感じだったそうです。






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現在のアレクサンドリア市 (エジプト)





さて、テオンくんのパパが、今度、その大都市アレクサンドリアに何かの用事で行くことになりました。


さあ、テオンくんは、なんとしてでもパパに「自分も連れてって~」とせがみます。


手紙は、その子の切なる嘆願をつづったものです。


*なお、テオンくんのお父さんの名前もテオン(Θέων)なので、便宜上、息子はテオン・ジュニア(テオン Jr.)と呼ぶことにします。




[和訳]



テオンJr.から、おとうさんへ。あいさつ。


ぼくを街に連れて行ってくれなかったなんて、ひどいよ!


もしも今度、ぼくをアレクサンドリアに連れて行ってくれなかったら、、、そしたら、ぼくはもうパパに手紙とか書かないし、話しかけもしないし、「行ってらっしゃい」ってパパを見送ってやったりもしないから。


そして、もしパパだけがアレクサンドリアに行くなら、ぼくはもうパパの手、握ってやんないし、もう二度とあいさつなんかするもんか。


もしぼくを連れて行ってくれなかったら、そうなるよ。[分かった、パパ?]


ママがアルヘラオスにこう言ってたよ。「置いてかれたら、この子はたいそうがっかりするわね」って。


12日、えーと、パパが船にのった日に、ぼくにプレゼント送ってくれてありがとう。


今度は、リラ(=たて琴, lyre)を送って。リラ、ほしいよぉ~、パパ、お願い!


でも、もし送ってくれなかったら、ぼくはごはん食べないし、飲み物だって飲まないぞ。それじゃ、てがみ、おしまい。




(参照:Papyrus Oxyrhynchus 119



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これがパピルスに書かれたテオンくんの手紙のオリジナルです。




そして、↓が手紙の原文です。


やっぱり小学校低学年の子どもの書いた作文なので、いたるところに、スペルミスや文法ミスがあります。ミスの部分は(*) です。


1. Θέων Θέωνι τῷ πατρὶ χαίρειν.
2. καλῶς ἐποίησες(*) οὐκ ἀπενηχες(*) με μετε ἐ-
3. σοῦ (*)εἰς πόλιν. ἠ(*) οὐ θέλις(*) ἀπενεκκεῖν(*) <με> με-
4. τὲ(*) σοῦ εἰς Ἀλεξάνδριαν οὐ μὴ γράψω σε(*) ἐ-
5 πιστολὴν οὔτε λαλῶ σε(*) οὔτε υἱγενω(*) σε,
6 εἶτα ἂν δὲ ἔλθῃς εἰς Ἀλεξάνδριαν οὐ
7 μὴ λάβω χειραν(*) παρὰ [σ]οῦ οὔτε πάλι χαίρω
8 σε λυπόν(*). ἂμ(*) μὴ θέλῃς ἀπενέκαι(*) μ[ε]
9 ταῦτα γε[ί]νετε(*). καὶ ἡ μήτηρ μου εἶπε Ἀρ̣-
10 χελάῳ ὅτι ἀναστατοῖ μὲ(*) ἄρρον(*) αὐτόν.
11 καλῶς δὲ ἐποίησες(*) δῶρά μοι ἔπεμψε[ς](*)
12 μεγάλα ἀράκια πεπλάνηκαν ἡμως ἐκε[ῖ](*)
13 τῇ ἡμέρᾳ ιβ ὅτι ἔπλευσες(*). λυπὸν(*) πέμψον εἴ[ς]
14 με παρακαλῶ σε. ἂμ(*) μὴ πέμψῃς οὐ μὴ φά-
15 γω, οὐ μὴ πείνω(*)• ταῦτα.

16 ἐρῶσθέ(*) σε εὔχ(ομαι).
17 Τῦβι ιη.
v
18 ἀπόδος Θέωνι [ἀ]π̣ὸ Θεωνᾶτος υἱῶ(*).






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テオンくんの作文添削


2行目 
ἐποίησες →ἐποίησας
ἀπενηχες →ἀπενέγκας

3行目
εἰ
θέλις→θέλεις
ἀπενεκκεῖν→ἀπενεγκεῖν

4行目
μετ→μετ
σε→σοι

5行目
σε→σοι
υγενω→ὑγιαίνω

7行目
χειραν→χερα

8行目
λυπόν→λοιπόν
μ→ἂν
ἀπενέκαι→ἀπενέγκαι

9行目
γε[ί]νετε→γίνεται

10行目
μ→μ
ἄρρον→αἴρων

11行目
ἐποίησες→ἐποίησας
ἔπεμψε[ς]→ἔπεμψας

12行目
ἡμως→ἡμς

13行目
ἔπλευσες→ἔπλευσας
λυπὸν→λύραν

14行目
μ→ἂν

15行目
πείνω→πίνω

16行目
ρῶσθέ→ἐρρῶσθαί

最後の行
υἱ→υἱοῦ



☆☆



みなさん、どうですか?この子の手紙を読んで、どんなことを感じましたか?


小さな子が「あれがほしいよぉー。あそこに連れて行ってよぉー」とねだりつつ、「そうしてくれなかったら、パパの手なんかもう二度と握ってやんないから。」と子どもなりの「脅し手法」(笑)を使っている点など、2000年前も、今も、子どもは――そして人間は――変わっていないなあと思わず微笑んでしまいます。


また、新約聖書が書かれているコイネー・ギリシャ語で、小さな男の子が実際に、手紙を書いている――。


この事実もまた、私たちをさらに生きたコイネーに近づかせ、より一層の親近感をもってこの言葉に接するきっかけにもなるのではないかと私は期待しています!



ταῦτα. (タフタ)


(=それじゃ、記事、おしまい) ←テオンくんのまね。











どんな外的困難にぶつかっても私たち宣教者は、主よりの力と勇気をいただき、再び前進していくことができると思います。


しかし、自分の陣営に戻った時、(本来共に励まし合うべきはずの)仲間たちが、「考えてみてください。あなたにはそもそも兵士として戦場に出て行く資格自体ないのではありませんか。あなたのやっていることは主のみこころに反していると思います。」と言ってきたと想像してみてください。


「兵士としての資格自体がない」

「主のみこころに反している」、、、


しかも、それを言ってくる方々は、まじめな聖書信仰のクリスチャンたちなのです。さあ、大変です。



☆☆


8年ほど前になりますが、日本に一時帰国し、知り合いの姉妹の通う、ある教会のリトリートに参加させてもらったことがありました。


そのグループは、聖書主義の福音派に属し、すばらしい兄弟姉妹がたくさんおられました。


しかしながら、(今思うと)その教会では、教えの中で、家族の救いの大切さが非常に、そして少し度を過ぎるほどに強調されているようでした。


姉妹たちの何人かは、私の家族がまだ救われていないこと、現在、宣教の働きのために私がギリシャに滞在しているということを聞くと、深刻な顔で私の所にやって来られ、冒頭の戦友たちのような言葉を次々に発せられました。


彼女たちに言わせれば、自分の家族を救いに導くことさえできていない人には、遠く外国まで宣教に行く資格はない、ということでした。


「あなたはまず、主との関係をしっかり持った方がいいと思います。」そうも言われました。


☆☆


みなさんに申しあげますが、この方々のこういった言葉は、それまで宣教地で味わってきたどんな困難、孤独、欠乏にもまして、私をdiscourage(消沈)させました。


ギリシャは、正教徒クリスチャン以外に宣教師ビザが下りない国なので、ビザのことでは当初から苦労してきました。


ある宣教師の家族は、3カ月ごとに車でEU圏を出、一日外で待ってから再びギリシャ国境を越え再入国し直すということを14年間繰り返していました。


私は私で、いろんな種類のビザをつぎはぎしつつ、何とか合法的に滞在できるようもがいていました。


また、見知らぬ文化や言葉の中で時にはどうしようもなく辛くなったり、窮地に追い込まれ、涙が止まらなくなったこともありました。


それでも、私をギリシャにとどまらせたのは、これが自分に課せられた主からの使命だという自覚であり、その使命遂行のためなら、どんなに辛い目に遭ってもここにとどまりたいと私は願っていました。


しかし、「自分の家族を救いに導くことさえできていない人には、遠く外国まで宣教に行く資格がそもそもない」という仲間のクリスチャンたちからの裁きは、困難の種類うんぬんではなく、宣教への士気そのものを喪失させるに足りるほどの破壊力をもって、私をダウンさせました。


またギリシャでの宣教が、「主のみこころに反している」と断定されたことも私には衝撃でした。


さらに、ダウンした私にここぞとばかりにサタンはつけ込み、


「あなたの宣教生活には困難が多いじゃないですか。それは、とりもなおさず、それが主のみこころに反したものだからではないですか。あなたは道を誤っているのではないですか。おとなしく日本に戻るのが『主のみこころ』だとは思いませんか。まずあなたの家族を救う。そこから始めなさいよ。」


としきりに囁いてきました。


☆☆


それでもその年、私はまたデモや暴動の絶えないギリシャに戻りました。でも本当に辛かったです。


重い心と重い足をひきずるようにして、泣きながら飛行機に乗り込みました。


そんな私をギリシャに戻らせるにあたり力を与え励ましてくれたのは、日本で長年奉仕しておられる外国人宣教師の方々でした。


「自分の家族を救いに導くことさえできていない人には、遠く外国まで宣教に行く資格がそもそもないのなら、私にだって、日本への宣教師になる資格はありませんよ。」と彼らは、祖国の家族のことを静かに語ってくれました。


それを聞いて驚き、かつ心打たれたのは、日本人の救いのために祖国を離れ、家族を離れ、やって来られた宣教師お一人お一人にもまた、祖国に救われていない弟がおり、父がおり、息子がおり、それぞれに内なる悲しみと重荷があるということでした。


パーフェクトな環境で、皆に拍手喝さいされる中、日本に送り出されてきた宣教師など一人もいないということが分かりました。


でも、こういった宣教師の方々は、そういった一身上のいろいろな問題や悩みを主に委ね、「とにかく一人でも多くの日本の方々にイエスさまの救いと愛を知っていただきたい」という思いと献身で、祖国を離れる決心をされたのです。


マタイ6:33

だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。




たしかに、聖い神様の目から見たら、罪びとである私たちには、何者かになる「資格」なんて、そもそもないのだと思います。それは真実だと思います。


でもそういった資格のない人間たちが、主の一方的な憐れみを受け、尊いこの福音を携え外に出て行くことが許される幸い――。


その意味でも、福音宣教の働きというのは、はじめから終わりまで、主の恵みに尽きるのだと本当に思います。罪びとに注がれるこの恵みにただ感謝するばかりです。


読んでくださってありがとうございました。






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ミャンマーの村で奉仕する宣教師 source




今朝、高校三年生のクリスチャン・ユースからうれしいお便りが届きました。


彼女は昨日、近所の図書館に行って、アラビア語とギリシャ語の学習書を借り、将来の宣教に備え、昨晩からさっそく、アラビア文字の習得にとりかかり始めたというのです!ハレルヤ。


そこで今日は、彼女をはじめとする高校生クリスチャンに向けて応援メッセージを書こうと思います。


☆☆


私がみなさんに伝えたいひと言――それは、ずばり「一極集中の人になろう!」です。


この世の中には、それ自体はけっして悪ではないさまざまな催し物、活動、趣味、文化観賞などが溢れています。


また、大学に入ると、今度は、各種サークル活動、旅行、友だちとのつき合いなど、忙しくしようと思えば私たちの生活はいくらでも忙しくなりえます。


しかし今日、私はあえて、みなさんにchallengeしたいと思います。それはみなさんが宣教の情熱に燃えているユースだからです。


あなたの中のあれやこれやの一部分に、福音宣教というものが位置しているのではなく、福音宣教そのものがあなたの人生の主軸なのです。つまり、そこを中心にあなたの生活・人生が回っていくのです。


福音宣教に一極集中するなら、そして「どうしても必要な一つのこと One thing needful」(ルカ10:42参)にあなたのすべてを賭けるなら、おのずから、優先順位が明らかになっていきます。


あなたの教会や学校の友だちは(それ自体はけっして悪ではない)あることを楽しんでいるかもしれません。そのためにお金やエネルギーを注ぎ出し、好んでそのことを話題にしたがっているかもしれません。


そしてそれはあなたの友だちにとっては気晴らしになり、良いものなのかもしれません。しかし、それはあなたにとってはどうなのでしょうか。


☆☆


現在、アラビア語も、ペルシャ語も、何種類かの良い翻訳聖書が出版されています。


その中でも特に高い評価を得ているのが、ヴァン・ダイク訳アラビア語聖書(1867年)とヘンリー・マーティン訳ペルシャ語聖書(1837年)です。



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Arabic Bible: Van Dyke translation


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Arabic Bible: Van Dyke translation



そして驚くべきことに、これらの翻訳作業は、若い外国人宣教師たちによって成し遂げられたのです


27歳でレバノンに遣わされたアメリカ人宣教師ヴァン・ダイクは、猛勉強の末、30代に入り、(先輩であるスミス宣教師の後を継ぐ形で)、ヘブル語・アラム語・コイネー・ギリシャ語の原典から、アラビア語に聖書を翻訳していったのです。



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晩年のヴァン・ダイク宣教師



一方、北インド・ペルシャ地域に遣わされたイギリス人宣教師ヘンリー・マーティンは、病弱な体をおしつつ、これまた尋常でない努力の末、20代後半から、コイネー・ギリシャ語新約原典をペルシャ語やアラビア語、そしてヒンドゥスタニ語に訳し始めました。



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Henry Martyn


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Henry Martyn Persian translation




これらの人たちは皆、一極集中の人でした。福音宣教のこと以外のあれやこれやには目もくれず、ただひたすら神の国とその義のために人生のすべてを賭けたのです。



Ⅱテモテ2:4

兵役に服している者は、日常生活の事に煩わされてはいない。ただ、兵を募った司令官を喜ばせようと努める。





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Interliner Arabic-Koine Greek Project



☆☆



『ジャングルの殉教者』(エリザベス・エリオット著)の中に描かれているジム・エリオットは、1956年、南米エクアドルの奥地で、仲間の4人の宣教師と共に殉教しました。



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一番右がジム・エリオット



それでは、このジムは大学時代、何をしていたのでしょうか。


後にジムと婚約し、結婚に導かれたエリザベスは、回想記の中に次のような印象的なことを書いていました。


――この青年(=ジム)は、学食の配膳を待ちながら、カードを繰りつつ、コイネー・ギリシャ語の単語を一心不乱に暗記していました。。。


彼は自分の人生をキリストに捧げ切っていました。そして自分が宣教師としての召命を受けていることを自覚していました。


だから、遣わされる部族のことばを習得し、聖書を彼らのことばに訳し、いのちの福音を伝えるべく、食事の時間も惜しんで原典のギリシャ語習得に励んでいたのです。


つまり、彼の学生時代は、ひたすら福音宣教を軸にまわっており、他のあれやこれや(trifles)に足止めを食らってはいなかったのです。


そうです、ジムもまた、一極集中の人でした。



死ぬ時がきたら、もはや死ぬ事より他にやり残したことはないと言い切れるようにしておきたい。


~ジム・エリオットの日誌より抜粋




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私は長寿は求めていない。

ただ主イエスよ、あなたのように全き人生(full life:使命を全うする人生)を求めています。


ジム・エリオット




☆☆


私はこれまで数々の愚かな失敗をしてきましたが、一つだけ後悔していないことがあります。


それは、とにもかくにも、救われた直後から今日に至るまで、福音宣教のわざに全力投球してきたことです。


また、「そこに行きなさい」「あの人々に仕えなさい」「これを捧げなさい」「この民族の言語を学びなさい」という召しがきた時、もたもたせずに、迅速にその指令に従ったことです。


また、高校生のみなさんにもう一つ申し上げたいことは、とりあえず、将来的にどこに遣わされるにしても、今のところ、英語を頑張っておいてください、ということです。



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現在の状況下では、あなたが東欧のウクライナに派遣されようと、ボツワナ、パプアニューギニア、インドネシア、ボリビア、フィンランドに遣わされようと、ほとんどの宣教地ではまず英語がどうしても必要になります。(宣教地のこういった言語状況がはたして良いのか悪いのかというのは別問題ですが、、、私がここで申し上げたいのは、それが私たちの直面する21世紀の現実だということです。)


また、マイナーな少数民族の言語を習得する際にも、私たちは英語を介した教材や辞書に頼らざるを得ません。


たとえば、アフガニスタンのパシュトゥーン語を習得しようと思うなら、英語やウルドゥー語等を介して学んでいかねばならないでしょう。


そういった意味でも、みなさんが受験英語にあきたらず、コミュニカティブな側面でも、英語でコミュニケーションをとれるようになっていることは、宣教師として遣わされる上で良い備えになると思います。



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どこにいても、全力でうちこみなさい!「これが神のみこころだ」と信じる、あらゆる状況において徹底した生き方をしなさい。




また、ある方は、ハドソン・テーラー宣教師の伝記を読み、彼に倣って、[宣教の働きの備えのために]体力づくりを怠っていないということです。


これもまた、すばらしい備えだと思います。


特に、衛生状態の悪い地域へ派遣されるミッショナリーは、熱帯性ウイルスや寄生虫なんかをバーンと跳ね返すほどの強靭なスタミナと体力が必要とされるかもしれません。



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私たちは現代のこの世が否定しかかっている神の御力を知っていると告白しながらも、実際には、全くありきたりで、平々凡々な生き方しかしていない。


そう、私たちは当たり障りもなく「無害な」人々なので、危害を加えられることもない。


私たちは霊的平和主義者であり、非戦闘員であり、主権、力、この暗闇の世界の支配者たちとのすさまじい死戦場における良心的兵役拒否者だ。


人との交わりにおいて柔和さは不可欠だ。しかし十字架の戦士として闘いに加わるのなら、そこには豪胆にして、物おじすることのない大胆さが要求される。


それなのに、私たちは未だに「傍観者席」に座っている。そして実際に戦っている人たちをああだこうだと批評しつつ、自らはゆったりと観客席に腰かけ、神の敵どもがほしいままに振る舞うさまを傍観しているのだ。


だから、この世はそんな私たちを憎むことなどできない。なぜなら、私たちはあまりにもこの世の子だから。


おお、神が私たちを「危険な人々」に練り直してくださるように!


―ジム・エリオット




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主よ、私をクライシス・マン(=決断を迫らせる人)にしてください。


私が出会う人々を、決断地点へと持っていってください。

私を一本道の単なる標識にせず、どうか分岐点に立ちふさがる人間とせしめてください。

こうして人は、私の内におられるキリストに直面し、各人が右か左か、己の道を選ばねばならなくなるでしょう。





高校生のみなさん、人生は一回きりです。


あなたは、与えられているその情熱・エネルギー・時間、そして人生を、何のために、そして誰のために注ぎ出したいですか?





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野外伝道するジョージ・ホワイトフィールド (1714 – 1770)


George Whitefield, Portrait of a Revival Preacher by Leonard Ravenhill より




火は別の火を生じさせる。


燃えさかるジョン・ウェスレーのあの情熱は、ジョージ・ホワイトフィールドの感化によるものだったと私は思う。


アメリカに到着後、ホワイトフィールドは、情熱の炎をここでもまた点火させた。そう、今回はギルバート・テンナント(Gilbert Tennant)の心にその火がつけられたのだ。


こうしてホワイトフィールドが米国ニューイングランドを去った後、テンナントの説教を聞きに、雪をかきわけ、人々が押し寄せるようになったのである。


☆☆


ホワイトフィールドを神の国に導く道のともしびの灯となったのは、一冊の本だった。


オックスフォードの学内で、彼を見かけたチャールズ・ウェスレーが、彼にヘンリー・スクーガルのThe Life of God in the Soul of Man(「人の魂の内に存在する神のいのち」)という著書を手渡したのである。


アメリカに到着後、ホワイトフィールドは先住民たちに福音を伝えようと、欝蒼とした森をかき分けて行った。


小屋から小屋へ、部族から部族へと彼は宣教しつつ移動していった。また、貧弱なカヌーで急流を渡り、デラウェア族のいる野営地になんとかたどりつかんとした。


また英国においても、彼は野外伝道に駆け出していった。「(通りで福音説教する)私への報酬は、なげつけられた石、ごみ、腐った卵、切り刻まれた猫の死体、、などだった。」


☆☆


グロスター出身の彼は、メアリー女王の治世に、キリストの福音を大胆に宣言していくことがどんな危険をもたらすかについても熟知していた。


事実、グロスター教会のフーパー司教は、教会前で火あぶりの刑に処されていた。



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John Hooper (1500 – 1555)



しかしホワイトフィールドは、主への従順の結果、どんなことが身に降りかかろうとも、そんなことは気にしていなかった。


ウィリアム・ティンダルもグロスターの男であったし、彼の信仰が最終的にどんな代価を彼に払わせたかは、皆、ご存知だろう。


☆☆


金銭に淡泊だったルターに対し、かつて教皇は次のようなお世辞(?)を言ったことがあった。


「あのドイツ獣は、金(ゴールド)を愛していないときてる。」そしてこれは、ホワイトフィールドについても言えたと思う。


ホワイトフィールドの宣教の力の秘訣は何だったのだろう。私は次の三点だと考える。


)彼は、純粋な福音を伝えた。
)彼はパワフルな福音を伝えた。
)彼は情熱的な福音を伝えた。




ホワイトフィールドと共に宣教のわざにつき、寝食を共にしたコルネリウス・ウィンターはこう言っている。「彼の説教が涙なしで完結したことはほとんどなかった。」


また、抜け目がなく、冷血漢の哲学者であった米国のフランクリンは、この伝道者について次のように描写している。


「彼の説教によって、フィラデルフィアの人々の態度が変わった。これはすごい。かつてここには思慮もなく、信仰のことなど無関心な雰囲気が漂っていたのに、今ではその地域一帯が信仰心を強めているようにさえ見えるのだ。」


さらにジョン・ウェスレーは彼についてこう言っている。


「これほどまでに多くの罪びとを悔い改めに導いた人物について、未だかつて見たり聞いたりしたことはあっただろうか。然り、ホワイトフィールドのように神の祝された器として、無数の罪びとを暗やみから光の元へ、サタンの勢力下から神のご支配の元へ導き入れた人物がかつていただろうか。」


おお、ホワイトフィールドの仕えし神よ、彼のように魂に重荷をもち、燃えるような舌と涙にあふれた目で、講壇に立つことのできる巨人を、今日また起こしてください。


そして主よ、どうか迅速にそれをなしてください!







ーおわりー





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なんら人々のご気分を害さないような説教、

それを聞いても、聴衆者が、自分自身にも、説教者にも嫌気をもよおすことのないような説教―、

そういったものは、おそまつな説教だと言わねばならない。








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あなたがたは、私が涙を流すことを責め立てている。

しかし、あなたがたは自らの不滅の魂が、今まさに永遠の滅びの淵(ふち)にあるにもかかわらず、(そういう自分の悲惨を思って)涙することをしていない、、、それを思う時、誰が泣かずにいられようか?








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隠れた場所で、一人、大いに祈りなさい。
人との多言を避け、神と共に多くの時間を過ごすよう
努めなさい。









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レオナルド・ラーベンヒルの遺してくれた霊的遺産(3)―荒野で叫ぶ預言者の声ー





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1コリント4:13b

わたしたちは今に至るまで、この世のちり(περικάθαρμα)のように、人間のくず(περίψημα)のようにされている。




περικάθαρμα (περικαθαίρω, すっかりきよめる)
よごれたものを拭った時に落ちるちり、ごみ、屑、廃物

περίψημα (<περιψῶ, すっかりふきとる)
拭いた時に落ちるくず、屑、かす、人間のくず


☆☆

クリスチャンとして十字架の道を歩むがゆえに、この世の人々から軽んじられたり、低く見られたり、侮られたりすることに関しては、きっとみなさんお一人お一人、語り尽くせないほど数多くの経験とストーリーをお持ちだと思います。


侮辱され、軽んじられてうれしい人はいないと思います。


それでも頭では分かっているんです。自分は「世界に対して十字架につけられた」(ガラ6:14)のだから、こういったことは当然、クリスチャンとして甘受しなければならない現実だと。でも、、、


ガラテヤ6:14

しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたのです。




でも傷ついた肉は、磔刑を逃れようと、それこそ死にもの狂いで十字架以外の逃避口を探そうともがきます。


また最近では、「自尊心の福音(The Gospel of Self-esteem)」とか「イエスさまを信じたら成功できるし、影響力のあるV・I・Pになれる!」とかいったプラグマティックかつ、性善説を土台にした成功哲学や心理学が、巷にあふれています。


そして、そういったものは、「キリスト教的に」聞こえるハープを奏でつつ、「ほら、傷ついた肉よ、こちらにいらっしゃい。」と甘言をもって私たちを手招きしています。


そうして、「十字架以外の抜け道をご一緒にくぐりましょうよ」と私たちを誘ってやまないのです。




十字架以外の抜け道を提供する、さまざまな「成功哲学」のかたち



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ジョエル・オースティン 『あなたの出番です!―全米最大の教会、牧師が語る成功の秘訣』



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ジョエル・オースティン 『あなたはできる―運命が変わる7つのステップ』



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『シュラー博士の願いをかなえる一番いい方法―人生すべて思いのまま』 (知的生きかた文庫)



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Robert H. Schuller, Self-Love



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ノーマン・ヴィンセント・ピール著『積極的考え方の力―成功と幸福を手にする17の原則』






おお、クリスチャン、
あなたは この世をなるたけ満喫しよう、
ひとかどの人になろうと
やっきになっている。



しかし私たちの救い主は、
嘲り、貧しさ、痛みを甘受された。



そしてあなたもこの道を進んでゆかねばならない。
なぜなら、この道こそ、平安と光の小道であるから。



そう、
無とされ
無とされ
無とされることを通して、

私たちは進んでゆかねばならないのだ。


G.Tersteegen, The path is through nothingness




♪ さかえの主イェスの 十字架をあおげば、
世の富、ほまれは 塵にぞひとしき

恵みと悲しみ ひとつにとけあい、
茨はまばゆき かむりとかがやく。



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「あなたは何もしていない」「あなたは怠け者だ」「あなたは世の片隅で才能を埋めてしまっている」「あなたは無職だ」「あなたはおかしな人だ」「あなたは堅すぎて面白みのない人だ」「あなたは狭い人だ」等、、、私たちはいろいろなことを言われます。


またパウロも、「私たちは今に至るまで、信仰者としてだけではなく、この世においてもV・I・Pとして、また、すばらしく成功した人間として拍手喝采を受けている」とは言わず、


「私たちは今に至るまで、この世のちりのように、人間のくずのようにされている」(1コリ4:13)と、キリストの弟子としての生々しい現実を述べています。


ルカ6:26

みなの人にほめられるときは、あなたがたは哀れな者です。彼らの先祖は、にせ預言者たちをそのように扱ったからです。




この世は自分に属するものは愛するけれども、自分のものでないものには敵意を顕にするとイエスさまご自身がおっしゃっています。


ヨハネ15:19

もしあなたがたがこの世のものであったなら、世は自分のものを愛したでしょう。しかし、あなたがたは世のものではなく、かえってわたしが世からあなたがたを選び出したのです。それで世はあなたがたを憎むのです。




私は読者のみなさんの幾人かを知っていますが、みなさんは「その気になったら」十分にこの世で成功をおさめ、大金を稼ぎ、自分の得意とする分野で相当の人物になれたと私は思います。


でもみなさんは、キリストを愛するがゆえに、それらのものに別れを告げ、「御名のためにはずかしめられるに値する者とされ」(使5:41)、現在、置かれているその低く、目立たない場所に一人おられます。


私はそのような道をあえて選び取り、今日に至るまで主に忠実に歩んでこられたみなさんのそのような生き方を非常に尊敬しています。


この世がみなさんのことをどう裁こうとも、侮蔑しようとも、私はみなさんのその信仰のあり方をすばらしいと感じており、心底、敬意を払っています。


長くなってしまいましたが、最後に、一つのエピソードをご紹介してこの記事を終わりにさせていただきたいと思います。


中国の殉教者ウォッチマン・ニーは、抜群の頭脳の持ち主で、大学時代には前途有望な青年だと教授たちからも期待されていました。


しかしキリストに献身した彼は、アカデミックなキャリアを断念し、専心伝道者として生きる道を選んだのです。(*彼の聖書解釈については現在にいたるまで賛否両論あり、いろいろと複雑な面がありますが、本記事では、彼の献身という部分に焦点をあてて取り上げることにします。)



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「1929年に、私は上海から故郷の福州に帰りました。ある日私は、健康を害したため、非常に衰弱したからだで杖で支えつつ道を歩いていましたが、途中、大学時代の教授に会いました。


教授は私を喫茶店に連れていき、私たちは席につきました。彼は私を頭のてっぺんからつま先まで眺め、次につま先から頭のてっぺんまでを眺めて、こう言いました。


「ねえ、きみ、きみの学生時代には、われわれはきみにずい分期待をかけていたし、きみが何か偉大なことを成し遂げるだろうと望みをかけていた。きみは、今この有様が、きみのあるべき姿であるとでも言うのかね。」


彼は私を射抜くような眼差しで、この質問を発したのです。正直なところ、私はそれを耳にした時、くずおれて泣き出したい衝動にかられました。


私の生涯、健康、すべてのすべてが消え去ってしまったのです。


しかも大学で法律を教えた教授が今ここにいて、「きみは成功もせず、進歩もなく、なんら取り立てて示すものも持たずに、いぜんとしてこんな状態でいるのか」と尋ねているのです。


しかし、次の瞬間――それは私にとって、初めての経験でしたが――私は自分の上に臨む「栄光の御霊」とはどのようなものであるかを、真に知ったのです。


自分のいのちを主のために注ぎ尽くすことができるという思いが、栄光をもって私の魂に溢れました。


そのとき、栄光の御霊そのものが私に臨んだのです。


私は目を上げ、ためらうことなく言うことができました。「主よ、あなたを讃えます。これこそ望み得る最善のことです。私の選んだ道は正しい道でした。」


私の旧師にとっては、主に仕えることが全くむだであると思えたのです。


しかし、福音の目的は、私たちをして、主の価値を真に自覚させるためにあるのです。」



ー引用おわりー




私の祈りは、愛するみなさんが、この世からの侮蔑や恥ずかしめに苦しむ、まさにその瞬間、栄光の御霊そのものがみなさんに臨み、人知でははかり知ることのできない慰めと喜びでみなさんを満たしてくださることです。


そして、この世での苦難と悲しみのただ中にあって、私たちが目をまっすぐに天に向け、「主よ、これこそ望み得る最善のことです。私の選んだ道は正しい道でした」と告白し、なおも主を讃えることができますように。






私はイラクのバグダッドにあるスンニ派の家庭に生まれました。


イラン・イラク戦争が勃発し、父が死にました。2003年、サダム・フセイン政権崩壊後、バグダッドではスンニ派とシーア派の激しい内戦が始まりました。


この間に、私の二人の兄が死に、学校時代の友だちも、三人を除く全員、殺されました。(生き残った友の一人は、現在、Sにおり、もう一人はB、もう一人は別の国にいます。)家族や友が殺されたという訃報を聞くたびに、私はものも食べられず、眠れない苦悶の夜を過ごしました。


父と兄二人を亡くした母は、その心痛から立ち直ることができず、数年前、後を追うように亡くなりました。妹二人は、他の地域に避難しました。


こうして私は、天涯孤独の身になりました。


☆☆


身寄りのない私は一人でトルコにやって来ました。


ある日、知り合いになったロシア人が私をキリスト教会に誘いました。私は教会の中にあるすべてのものに心休まるなにかを感じました。


2カ月後、私を教会に誘ってくれた友人は祖国に帰っていきましたが、私は引き続き、教会に通い続けました。


教会で私は、この世の次に訪れる、来世の世界についての消息を聞きました。


「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」(黙示録21:3、4)




それを聞いた時、私の心に希望が湧き上がってきました。


私は涙も、死も、殺し合いも、叫びも、苦しみもない世界がやがて来るということを約束している、この神の言葉に信仰を持ちたいと強く願いました。


自分の家族や友だちが、目の前で殺されるのを見るのは本当に辛いことです。でも、この世ではもう会えなくても、私は、あの世で愛する人々に再会したい。


こうして私はイエス・キリストを救い主として信じ、クリスチャンになりました。


☆☆


私はマズムール(詩篇)が好きです。それからルカの福音書、マタイの福音書、その他の福音書も好きです。


これからもっと聖書に親しみたいし、各巻の名称も覚え、すぐにページを繰ることができるようになりたいです。また自分の母国語でみことばを教えてくれる人が与えられるように祈っています。


殺し合いはもうたくさんです。聖書の神さまは愛です。


私は一人ぼっちで、身寄りのない者ですが、イエスさまの中で、お兄さんのような人に出会いました。


クリスチャンたちは、肌の色や人種に関係なく、皆ひとつで、お互いに愛し合っています。だから私は今、とても幸せです。


この証を読んでくださり、ありがとうございました。



マタイ5:3,4

心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。

悲しむ者は幸いです。その人は慰められるからです。