『チューリッヒ丘を駆け抜けた情熱
――迫害下に生きたスイス・アナバプテストの物語――』


 スイスの丘

 《翻訳をするにいたったいきさつ》

本書はジョセフ・ストール著Fire in the Zurich Hillsの全訳です。
著者は、当時の裁判記録やその他の一次資料を綿密に調べられた上で、16世紀にスイスのチューリッヒで誕生したアナバプテスト運動の歴史を、小説風に書き記しておられます。

二年ほど前に、私は米国の兄弟姉妹から、この本を《贈り物》として、いただきました。読み進める中で、私は、フェリクス・マンツ、コンラート・グレーベル、ゲオルグ・ブラウロックといった青年たちの、命をかけた信仰とその生涯に心を打たれました。

信仰をもった成年男女が洗礼を受けるというのは、今日、当然のことと考えられていますが、16世紀のヨーロッパにおいて、それは死刑に値するほどの大罪でした。殉教する直前、28歳のフェリクス・マンツはこう言っています。

「我々が教え、実践してきたこの洗礼こそ、イエス・キリストおよび聖書の教える洗礼であることを、今日、私は、自分の死をもって証しする。」(本書p288)

また信教の自由が認められていなかったあの当時、コンラート・グレーベルは、信仰の目をもってこのように希望を語っています。

「、、、僕は思うんだ。おそらく、いつの日か、――誰に妨害されることなく、人がみずから聖書を信じ、信仰に生きることを許される日が、ここチューリッヒにおいてさえもやってくるだろう――ってね。」(本書p170)

彼らの存在は、これまで日本ではほとんど知られてきませんでした。もしくは一部の過激派と混同され、誤解されてきたのが現状であるように思います。

彼らは、生きてその証の「実」を見ることはできませんでしたが、後の歴史は、彼らの証言が聖書の真理に基づいたものであったことを明確に物語っています。

彼らは捨てられ、さげすまれ、名もなき一粒の麦として地に落ち、死んでいきましたが、彼らの灯した信仰の光は、――私たちをも含めた――後につづく無数のキリスト者の道を照らし、これから後も永遠にいたるまで輝き続けることでしょう。

私は、雲のように自分たちを取り巻いている多くの証人(ヘブル12:1参照)、特に本書の中で取り上げられているような、名もなき信仰者たちの真実な歩みを「翻訳」という奉仕を通して、祖国の兄弟姉妹の心にお届けしたいと思いました。

過去に生きた信仰者の人生を通して、神様が私に教えてくださるのは、「私たちが信仰を持って、主への愛ゆえになしたこと、そして御言葉への従順ゆえになしたことは、たとえそれがどんなに小さいものであっても、永遠の価値をもつ」ということです。

また原書には章タイトルはついていませんでしたが、読みやすさを考え、日本語版には適当な章タイトルをつけることにいたしました。本ブログでは、章ごとに区切って掲載していこうと思います。

本書を通して語られている彼らの証によって、教団・教派を越え、日本の兄弟姉妹お一人お一人が心に励ましを受けられますように。願わくば、チューリッヒを駆け抜けた御霊の炎が私たちの心にも飛び火し、私たちの信仰がさらに燃やされますように。そして、どんな状況におかれても、私たちがこの世と妥協することなく、くじけることなく、御国のために前進していくことができますように。

最後に、翻訳の許可を与えてくださったカナダのPathway Publishersおよび著者ストール氏にお礼申し上げます。

2014年2月 
青空のひろがる宣教地ギリシャにて
訳者

著者はしがき
スイス 春 花


本書は、初期アナバプテストの物語であり、話の舞台はスイスのチューリッヒ州です。

この本を書くにあたり、私は、実際に起こった通りに当時の出来事を再現するようにし、また、騒然としたあの時代のありのままの姿を活写しようと努めました。源泉資料は、非常に詳細にわたっており、会話の多くは、一語一語そのまま裁判記録から取り出し、英語に訳されたものであります。

また本書には、七十名以上の人物が登場しています。一人を除く全員が歴史上実在した人物です。その唯一の例外は、赤ん坊のコンラード・ボシャートです。また――レグラ・ボシャートとヨーダー・ボシャートという名で登場している二人――の名は、記録に載っていませんでしたので、仮名を使いました。(レグラおよびヨーダーは当時よくある名前でした。)しかし、その他の人物には、全て実名が使われています。

本書の主要出典は、Quellen zur Geschichte der Täufer in der Schweiz, Zurichです。この出典には、1523年から1533年までの十年間に渡る、チューリッヒ州のアナバプテスト(再洗礼派)に関するあらゆる勅令、裁判記録、その他もろもろの記録が含まれています。

その他、特に助けになった本は、三人の指導者に関する以下の伝記書でした。

Harold Bender, Conrad Grebel, Founder of the Swiss Brethren
J.A.Moore, Der Sarke Jörg
Ekkehard Krajewski, Leben und Sterben des Zurcher Täuferfuhrers Felix Mantz

以上の三書に加えて、フリッツ・ブランケ氏による、ゾリコン村における教会に関する優れた小冊子(Brothers in Christ)も挙げておかねばなりません。

私は、本書『チューリッヒ丘を駆け抜けた情熱(Fire in the Zurich Hills)』を、オランダにおけるアナバプテストの話である『ドラム奏者の妻(The Drammer’s Wife)』の姉妹版として執筆しました。

これは、懸命に神の御心を知ろうとし、御心に生き抜こうとした人々の記録です。十六世紀において、真の信仰に生きることは容易なことではありませんでした。

そしてそれが容易でないのは、今日でも同じです。払うべき代価――全身全霊を込めた献身と、神への従順――は、今も変わりません。この四百年間に、誘惑が減ったわけでも、また変わったわけでさえもありません。

先代の信仰者たちのなした決断は、また同時に、今日私たちが直面している決断でもあるのです。
以上のことに思いを馳せつつ、本書を執筆しました。


グアイマカ市、ホンジュラス
1972年7月21日       ジョセフ・ストール


目次 歴史小説(キリスト教) 『チューリッヒ丘を駆け抜けた情熱』