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本ブログの【中東の人々にイエスさまの愛を】シリーズをお読みになる中で、「もっと中東の人々のために祈っていきたい」「彼らのことをもっと知りたい」という思いが与えられた方がいるかもしれません。

神様がみなさんのその心を祝福してくださいますように。


テロリズムが先か、イエスさまの愛が先か


昨今、「日本もそのうちテロの標的になるのではないか」と人々の間に大きな不安がひろがっています。

未来のことは分かりませんが、こういった動きに対して、私たちは二種類の応答をすることができると思います。

一つ目は、恐れに駆られ、「守り」の態勢に入ることです。

そしてもう一つは、こういう地域の人々を逆に、「熱く、積極的に愛していく」やり方です。

「最大の防御は、(守りではなく)攻めだ」だと言われますが、今、中東をめぐる霊的情勢は、〈イエスさまの愛〉が先手を打つか、それともテロという名の〈憎しみ〉が先手を打つか、その激しいしのぎ合い状態にあると思います。

私はこれを実際に体験しました。元テロリストが二人、イエスさまを信じ、人生が180度、変えられていくのを目の当たりにしたのです。

「何がイエスさまを信じるきっかけになったのですか」と訊ねると、二人とも声をそろえて、「イエスさまの愛と、クリスチャンの愛に感動したからです」と答えました。

イエスさまを信じた中東の人々の証を読むと、そのほとんどが、「クリスチャンの愛」がどれほど彼らの心に触れたか証言しています。

実際、イエスさまの愛は、憎しみにまさるのです。

グローバル化した時代、「中東社会」は世界中に散在しています。日本にも、こういった地域から、多くの留学生や労働者の方々が来ています。

そうです、今日私たちは、わざわざ海外に「宣教」に行かなくても、地元で世界宣教の働きをすることができる、そんな時代にいるのです。


いかにして彼らに愛を示していくか


では具体的に、どうやったら、積極的に熱く彼らを愛していくことができるのでしょうか。

まずは、彼らのために祈ることだと思います。

それもただ祈るのではなく、私たちの中にある偏見や恐れが、全き愛に変えられるまで、ねばり強く祈り込むことが肝要だと思います(Ⅰヨハネ4:18)。

それから第二に、彼らの文化やことばに親しんでいくことです。何かを知れば知るほど、愛着心も湧いてきます。

私自身はペルシャ語を独習しましたが、ほんとうにうつくしい言語です。アラビア語にますらおの雄々しさがあるとすれば、ペルシャ語にはしなやかな優美さがあるといえましょう。〈中東のフランス語〉と言われるゆえんです。

また表現の点でも、「うかがいます。」「いらっしゃいます。」「お目にかかります。」といったような尊敬・謙譲表現が豊かです。神さまをほめたたえる言葉もたくさんあります。私たち日本人にとっては、比較的学びやすい言語だと思います。


そして三番目として、(上の一、二と並行しつつ)積極的に彼らに近づき、具体的な愛を示していくことだと思います。

50代のある中東の方が、昨年、私にこんな事を語ってくれました。

私は20年前、山梨県の工場で働いていました。ある日、中央の会社からシャチョー(社長)さんが視察に来られました。

シャチョーさんは、工場を見回りながら、やがて私の近くにもいらっしゃったのですが、その時、私に『ごくろうさま』と言いつつ、頭を下げてくれたのです!

シャチョーさんが、工場労働者にすぎない外国人の私に、頭を下げてお礼を言ってくださったのです。感動で胸が詰まりました。私は一生、このことを忘れません。



外見的・文化的なじみにくさもあるのか、日本にいる中東の人々は、西洋人やアジア人に比べ、一般に敬遠されがちです。

でも、この方の感想を聞いても分かるように、彼らは実のところ、愛に敏感であり、自分たちに示されたちょっとした親切に対しても、それを長年いとおしむ心があります。情に厚いのです。

「おしん」や「忠犬ハチ公」等の日本ドラマをみて、おいおい泣くのも彼ら中東人です。

「いや、でも、私はもう年で、新しい言語を学ぶことはできない」とおっしゃる方がいるかもしれません。

いえいえ、どうか気落ちなさらないでください。彼らに愛を伝えていく方法は、無数にあるのです。

たとえば、中東の料理レシピをネットで検索され、近所に住む留学生や労働者の方のお国料理を作って、彼らをもてなすことも一案だと思います。

彼らは一生、みなさんの愛のもてなしを忘れないと思います。

一例をあげましょう。私の知り合いにA姉妹という70代後半のギリシア人クリスチャンがいらっしゃいます。この方は、ご主人の召天後、中東の人々の救いのために祈りはじめました。

そして手料理を作って、彼らをもてなしはじめました。

彼女は今、こういった地域の労働者から「ギリシアのお母さん」と呼ばれ、慕われています。実際、彼女を通して、イエスさまの愛を知った人も多いのです。

ちなみに、イランやアフガニスタンの方は、〈ゴルメサブズィー〉という赤豆と肉と香草のシチューが大好きです。それをインディカ米のピラフと一緒に食べます。

エジプトの方は、モロヘイヤのスープに、〈コシャリ〉というマカロニ+ごはん+ニンニクと玉ねぎの炒め物をおいしそうに食べています。

パキスタンやバングラデシュの方は、やはりスパイスの効いたカレーが好きです。マンゴー・ピックルズも大好きです。

(そして、彼らは一様に、甘いデザートが好きです。ですので、食後には、どうかデザートと紅茶を出してあげてください。すごく喜ぶと思います。)

みなさん、ごいっしょに、こういった地域の人々を熱く愛していきませんか。


付録1)
外国語学部の教授や学生さんたちが作ってくださった、すばらしい自学自習サイトがあります。ドラマやスキットの中で、楽しく学ぶことができます。

ペルシャ語(イラン・アフガニスタン)はここペルシャ語独習コンテンツ

アラビア語はここアラビア語独習コンテンツ

ウルドゥー語(パキスタン)はここウルドゥー語独習コンテンツ



付録2)
①中東の人々の心を理解する上で、ひとつ、おすすめの映画があります。『赤い運動靴と金魚』という現代イラン映画です。主人公のこどもたちが、なんともいえず愛らしいです。

運動靴と赤い金魚

【あらすじ】
少年アリは修理してもらったばかりの、妹ザーラの靴を買い物の途中でうっかり失くしてしまう。親にも言えず、兄の靴一足しかない兄妹は、それを共有することに。

妹がまずアリの運動靴を履いて登校。下校途中で待ちあわせて、今度はアリが履いて登校するという具合。

そんなある日、小学生のマラソン大会が行われることに。3等の賞品はなんと運動靴。アリは妹のために3等になろうと必死に走るのだった……。

健気で一生懸命な兄妹の姿を描きアカデミー外国語映画賞にノミネートされた感動ドラマ。

運動靴と赤い金魚その2


②パキスタン女性の感動的な証し


I dare to call Him Father

Bilquis Shieikh, I Dare To Call Him Father, The Miraculous Story of a Muslim Woman's Encounter with God

この本は、1978年初版以来、版を重ね、何カ国語にも訳されている古典的名作です。(残念ながら、まだ日本語には訳されていません。)

ビルギス・シークは、パキスタン内相の妻であり、先祖代々つづく名家の令嬢でした。しかし、夫の裏切りにあい、傷ついた心を抱えたまま、故郷の村の屋敷にこもります。

そんなある日、彼女は不思議な夢をみるのです、、、

ビルギスがイエスさまに出会う過程は、まさに奇跡としかいいようがありません。また、内容的にも非常に深い本です。



主よ、私をあなたの平和の道具としてお使いください。
憎しみのあるところに 愛をもたらす者としてください。

(アッシジの聖フランチェスコの祈り)




(おわり)

♪マラナタ 主が来られる日まで(마라나타 고형원)

私の尊敬する婦人