満開の月見草

中東の人々が集まる私たちの集会では、イエスさまを信じた人がすべての民族をわけへだてなく愛するよう、彼らを励ましています。

そしてその中でも特に、ユダヤ人に対しては、ことさら配慮し、彼らがユダヤ人を愛し、彼らのためにとりなし祈るよう励ましています。

なぜなら、ユダヤ人に対する憎悪は、幼い時から彼らの脳裏に深く刷り込まれているからです。

「主よ、どうか私たちが具体的にユダヤ人に愛を示すことができるような機会を与えてください」というのが数年来の私たちの祈りでした。

そして主は昨年、その祈りに答えてくださったのです。

山道で疲れ切っていた、あるバックパッカーを助けたのですが、訊いてみると、その青年はイスラエルからの旅人だったのです。

かねてからユダヤ人のために祈っていたイラン人クリスチャンのH兄は、もろ手を挙げてこの旅人(I君)を歓迎し、ありとあらゆる親切を尽くしました。

I君曰く、「生まれてはじめてイラン人の家に泊り、同じ釜の飯を食べた」ということでした。

私はある日、二人が仲良く夕飯を食べている姿を見ていたのですが、「味覚にしても、調味料にしても、食べ方にしてもユダヤ人とイラン人って似ているんだなあ。やっぱり二人とも中東人なんだなあ」と、そのことに新鮮な感動を覚えました。

平べったいアラビック・ナンで、お皿に残った最後のルーをこさいで食べるところまで同じで、思わず笑ってしまったほどでした。

H兄の愛とまごころがI君に伝わったらしく、I君は私たちに心を開いて、いろんなことを語ってくれました。

祖父母がホロコーストの生き残りだったこと。「どうして自分はユダヤ人としてこの世に生まれてきたんだろう」と、ユダヤ人であることの重さに耐えられないものを感じていた苦悶の20代。

そして今ようやく、ユダヤ人としての自分を受け入れることができるようになったことなどを切々と語ってくれました。

また、H兄がどのようにイエスさまを信じるにいたったかを話すと、I君の方も真剣に耳を傾けていました。

そしてI君の旅が終わる頃には、二人の間には固く美しい友情が結ばれていたのです。

そのI君から今週に入って、私たちのところに、2通メールがきました。

「最近は、日に数回は、防空壕に走って避難しています。でも、生きているっていうだけでも、感謝しなくちゃね。

僕たちがユダヤ人であるっていうこと、そして周りのみんなが、特別な理由もなしに自分たちを殺したがっているという事実―、これを受け入れるしかないのかな。

、、どうしてこの世の人々は僕たちが嫌いなんだろう。でも、僕はこれからも、これ(ユダヤ人であること)を背負って生きていかなくちゃならない。」

身につまされる内容でした。I君の心の叫びが聞こえてくるようでした。

「いよいよ危なくなったら、すぐにアテネにおいで。いつでも待ってるから」とH兄が国際電話で伝えました。

現在、イスラエルの情勢は緊迫していますが、中東の和平を心から祈ります。

イスラエル側でI君をはじめとする多くの若者がアイデンティティに悩み、苦悶しているのと同様、パレスチナ側でも、O君やKさんといった具体的な名前をもつ若者が、「なぜ、どうして?」という問いを抱えつつ、生きているのだと思います。

Elias Chacourというパレスチナ人クリスチャン(神父)が、『血の兄弟』という自叙伝を書いていますが、これもまた傾聴に値する、真実な証しでした。

最近は、神学的・政治的イデオロギーによって、クリスチャンが、イスラエル側かパレスチナ側か、どちらかの陣営につくという構図がみられます。

でもひとりひとりの人間をみた場合、どちらの側にも、好戦的な人もいれば、主を愛し平和を愛する神の子もいます。

〈悪の枢軸国〉といわれる国の民の中にも、H兄のような愛にあふれるクリスチャンがいるかと思えば、いわゆる〈クリスチャン国家〉におそろしい狂信者がいたりします。

国籍や民族によって、人にレッテルを貼ることの不条理さをここにも見ることができます。

ネモフィラ


私たちの愛してやまないI君が、いつの日か、平和(シャローム)の君であるイエスさまに出会うことができますように。

そしてフェンスの向こう側にいるパレスティナのO君やKさんの心にも、イエスさまが訪れてくださいますように。

アーメン。

フェミニズムからの私の回復

モラヴィア兄弟団のアンナ・ニッチマンー世界を駈けた羊飼い娘