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心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです(マタイ5:8)。

最後に、兄弟たち。すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい(ピリピ4:8)。

悪はどんな悪でも避けなさい(Ⅰテサロニケ5:22)。


宣教地にいると、さまざまな国から遣わされて来ている宣教師の方々と知り合う機会が多くあります。

皆、それぞれ置かれた場で一生懸命、難民のために奉仕していらっしゃいます。

その中でも特に、難民の人々から慕われ、信仰においても行ないにおいても傑出している宣教師の方々がいらっしゃいます。こういう方々は、本人が気づいていてもいなくても、現地の人々の心に相当のインパクトを与え、影響を与えています。

私はこういう方々から学びたい一心で、これまで彼らのことを注意深くみてきました。


その中には非常に学識がある方もいれば、そうでない方もいました。

外国語を習得する能力に恵まれている方もいれば、そうでない方もいました。

表現がたくみな方もいれば、逆に、シャイで寡黙な方もいました。


でもそんな彼らに一つ共通している点がありました。それは「心のきよさ」です。

内面のきよさ、純粋さは、目にはみえなくても、厳として実在するものです。

そして人びとはそれを敏感に感じ取ります。

☆☆

Mという北米出身の若い宣教師がいます。彼は、某宣教団の台所で難民のために食事を作っています。

彼は講壇に立って説教しているわけでもなく、現地の人と流暢にコミュニケーションがとれているわけでもありません。

黙々とジャガイモの皮をむき、ごはんを炊く、、これが日常彼のしていることです。

しかし難民の人々の間で彼は絶大な人気があります。みんな口ぐちに、「Mはいい人だ」と言っています。

なぜ、言葉も通じないのに、人々はM兄が「いい人だ」ということが分かるのでしょう。

それはMが透き通るような清い心の持ち主だからです。


清い心は、どんな厚い壁をも突き抜け、相手の心になにかを伝えます。

そこには国境も、宗教も、人種も、年齢も、学歴もありません。

心のきよさの前には、どんな人間的な技巧も、雄弁さも力を持ちません。

その人が口で語っていようがいまいが、そのきよい存在自体、周囲に〈なにか〉を語っています。

そして福音に触れたことのない人は、そういう人に接することで、キリストの香りを敏感にかぎ取るのです。

☆☆

4 はな

このレターを読んでくださっているあなたは、今、高校生かもしれないし、大学生かもしれません。社会人の方かもしれません。

これから進むべき道について主に祈っている方もおられることでしょう。あるいは、漠然と、「将来、宣教師になりたいなあ」と思っている方がいらっしゃるかもしれません。

主がお一人お一人のその尊い志を祝福してくださいますように。

実際に、今あなたが、どこにいて、どのような状況にあろうと、あなたは今日この日から宣教師としての備えをすることができます。

その備えとは、「心のきよさ」を求め、そのことに関して主に祈ることです。そして、示されたことは妥協せず、実践することです。


私たちが生きているこの世界は、きよくない、不純なもので満ちています。

そして私たちの目や耳は、日々、そういった不純なものにさらされています。

通りを歩いていても、コンピューターの画面の前でも、きよくない写真や映像、記事は私たちを誘惑しようと待ち構えています。

ゴシップや人をこきおろす会話は、周囲に溢れています。

私たちクリスチャンは、そういった罪と戦って、血を流すまで抵抗しなければならないと聖書は言っています(ヘブル12:4)。

なぜなら、私たちがそういった罪と戦わず、目から耳から入ってくるものに防波堤を築かないならば、そういった不純なものは、どんどん心に入りこみ、私たちをけがすからです。

けがれた心の持ち主でも、神学校に行ったり、宣教師養成スクールに行ったりすることはできます。そしてそのまま宣教師として現地に派遣されることも可能です。

でもそういう人は、現地の人々の魂にインパクトを与えるようなしもべとして用いられることはありません。そういう人を通しては、真実な回心と新生は起こらないのです(Ⅱテモ2:20-21参照)。

ですから、今、あなたが自分の心をどんな状態に保っているかということが、やがて宣教地でそのまま現れるのです。

若いクリスチャンの学生さんの中で、けがらわしい映像(ポルノ)から離れられずにいる人がいますか。そのことで人知れず、苦しんでいらっしゃいますか。

もし自分の個室にあるコンピューターがあなたをつまずかせるなら、どうぞインターネット回線を切るか、そのコンピューターを売却してください。そして(大学のコンピューター室を利用するなど)他の手段を用い誘惑を回避するよう努めてください。

テレビがあなたをつまずかせますか。(もしそのテレビが家族共有の物でなければ)どうぞそのテレビを売却してください。

私は20年前、テレビを自分の人生から締め出しました。

そしてテレビがあったなら無駄に流れていたであろう多くの時間を、読書や散策、祈り、奉仕、友人との有益な会話にあてることができ、ほんとうに感謝しています。

また、ある人間関係が、主の望まぬ方向へとあなたを引きずっていっていますか。情に流されず、主があなたにその関係を断ち切る力を与えてくださいますように。


「内なるきよさ」を求める私たちの願いが真剣かつ切実なものであればあるほど、主は御霊を通し、私たちにますます罪に打ち勝つ力を与えてくださいます。


最後に、ムスリム難民の間で奉仕している者として、もう一つだけお分かち合いしたいことがあります。

それは「心のきよい」奉仕者が、この地域の人々に及ぼしているすばらしい影響についてです。

中東地域の人々は、長年、〈宗教家〉と称する指導者たちによって苦しめられてきました。

そのため、彼らは宗教的偽善を見抜く、するどい勘を持っています。宗教指導者の不純さは、またたく間に暴かれます。

そして彼らは、誰よりも切実に、私心のない、純真なしもべに会いたがっています。

こういう聖いしもべが一人、現地に遣わされると、この人を通してだけでも何百、何千人の魂に光が照らされます。先に挙げたM宣教師などがその一例です。


兄弟姉妹のみなさん、応援しています。

暗闇と混とんの世は今、ほんものの光を見たがっています。

主よ、どうか私たち一人一人の心をきよめ、あなたの光を映し出す器として私たちを練ってください。

アーメン。

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