Passion for the soul

みなさん、こんにちは。このブログを訪問してくださり、また、記事やエッセーを読んでくださりありがとうございます。

私は、普段ほとんど日本の方にお会いする機会がありません。

でも、このブログを読んでくださっている日本の兄弟姉妹の方々とこのような形でつながることができ、うれしいです。

さて、最近の私の祈りは、「主よ、魂に対する情熱を与えてください」です。福音書を読むと、神様がどんなに人間を愛しておられ、失われた魂が牧者の元へ立ちかえることを望んでいらっしゃるかということに気づかされます。

もっともっと周りにいる魂のために、彼らの救いのために祈っていきたいです。

形だけの祈りではなく、本当に自分の全存在をかけて、とりなし祈っていきたいです。ほんの少しでもいいからデイヴッド・ブレイナードのような力強い祈りができるようになりたいです。

☆☆

先日、ある難民施設を訪問しました。イスに座っていると、P国出身の女性(3人お子さんがいらっしゃいました)が話しかけてこられました。

私がクリスチャンだと分かると、「私はキリスト教をはじめ、すべての宗教を信じているんですよ。」とその方は言い、熱心にご自身の宗教について語り始めました。

それによると、彼女は自分の国の宗教の狂信性にほとほと失望していたそうです。

そんな最中、同じP国出身の某「聖者」に出会い、この「聖者」こそが約束されたメシアであることを知ったそうです。

今、この「聖者」はもう地上にいないそうですが、今もエネルギーや瞑想を通して、このメシアとコミュニケーションを取っているというのです。そしてこの宗教は今、全世界に拡がっていると。

「あなたはキリストも信じているとおっしゃいましたが、では、その『聖者』とキリストとでは、どちらがより偉大なのですか?」と私は質問しました。

彼女は、「はい。『聖者』がより力強く、より偉大な方です。イエスはGodですが、『聖者』はGrand Godなのです。」と答えました。

話を聞いて私が理解したところでは、彼女は中東産のニューエイジに深く関与しており、このニューエイジは、グル崇拝、心霊主義(スピリチュアリズム)、スーフィズム(イスラム神秘主義)、占星術、解脱の教理などの混ぜ合わさったもののようでした。

権威づけのためか、クリスチャン用語も要所要所で使われていました。

またこの『聖者』の語録集の本タイトルは、Holy Scripture(=聖書)と印字されており、さらに、私たちの使っている聖書の中の神表記と同じように、『聖者』を指す人称代名詞はことごとくHimと大文字で書かれていました。

つまり完全にこの『聖者』は、神として祭り上げられていたのです。

彼女はこの宗教に入信したため、夫から離縁され、今、3人の子どもを抱え、アテネで大変苦しい生活を送っていることもうかがいました。

きれいな葉っぱ


私は、目の前にいるこの女性に対する憐れみの思いでいっぱいになりました。

ニューエイジの罠に陥ってしまい、それがクモの糸のように彼女の魂にからみつき、彼女の霊を縛っていることに何ともいえない悲しみを覚えました。

☆☆

一般に、ニューエイジの霊にとりつかれた方にみられる特徴の一つは、非論理性(霊性と理性の乖離)ではないかと思います。

彼女は、私に『聖者』の顔写真および月の写真を見せ、

「ほら、これを見てください。月のこの部分に『聖者』の御顔がはっきり表れているでしょう?現在、この方の御顔は月や火星や太陽の表面や、カーバ神殿の黒石にまぎれもなくはっきりと表れているんです。NASAの写真もそれを証明しています。」

と説明しました。

私もその月の写真を見ましたが、どう見ても、ただのクレーターの写真にしかみえませんでした。

私たち日本人は、幼い時から、「ほら。お月さまを見てごらん。うさぎさんがお餅をついているでしょ。」と言われて育ちます。

それは子ども心に楽しい夢を与えるものです。でも、大人になった人がそういう〈お話〉の上に自分の生きる基盤を築いていくなら、それは悲劇です。

どうして彼女のような知的な女性が、こういう非ロジカルでナンセンスなことを受け入れ信じ込んでしまっているのか、それが私にはショックでした。

こうしてナンセンスな世界に入り込んでしまった人は、正常な判断能力を失い、その結果、マインドコントロールを受けるようになります。

そしてそういう状態に陥った人の精神世界は、さまざまな形で悪霊の支配を受けるようになります。

また、彼女との会話を通して教えられたのは、「言葉の定義に注意しなさい」ということでした。

彼女に限らず、一般にニューエイジの本には、「イエス」「キリスト」「救い主」等、一見、キリスト教を思わせるような用語がたくさん使われています。

でも、よくよく調べてみると、彼らのいう「イエス」と私たちの「イエス」は違うのです。同じ言葉ですが、その中に含まれている意味や実体はまったく異なっているのです。

例えば、この宗教グループのメンバーは、月に向かって、「イエス、イエス、イエス」と3回唱えるしきたりになっています。

彼らが拝んでいるのは、聖書の中の「イエス・キリスト」ではなく、自分たちがこしらえたグル(guru)の一人にすぎないのです。

ネモフィラ

『ニューエイジの罠』の著者、水草修治先生は、ニューエイジと聖書的キリスト教の相違を次のように説明しておられます。

1)ニューエイジ=「人間中心」
キリスト教=「神中心」

2)キリスト教が神の栄光をあらわすことを目的としているのに対し、ニューエイジにおいては、人間が自己実現することが究極の目的である。(ウィキペディア〈ニューエイジ〉項より)

また尾形守師は、宗教的包括主義、宗教多元主義、リベラル神学と、ニューエイジとの関わりについて言及しておられます。(『ニューエイジム―ブメントの危険』)

日本でも「癒し」や「健康」ブームの波に乗って、ニューエイジは人々の精神生活に少なからぬ影響を及ぼし始めているのではないでしょうか。どうでしょうか。

☆☆

彼女とひとしきりお話した後、私は彼女の子どもたちと折り紙を作って遊びました。子どもたちは大喜びでした。

その日以来、私は毎日、彼女の救いのために祈っています。

これは霊的な戦いでもあるので、ぜひ祈りの応援が必要です。

このブログを読んでくださったみなさん、もしできましたら、私と心を合わせて、この方がニューエイジの霊から解放され、本当の救い主イエス・キリストに出会うことができるよう祈ってください。ありがとうございます。


ああ、魂を想う熱烈な情熱を、

ああ、飢え渇いている者に対するあわれみを!

死に至るまで愛し抜く その愛を、

燃え上がるその炎を!

勝利するまで祈り切る、その純粋な祈りの力、

―失われた魂のために注ぎ出すその力を!

征服者の名による 勝利に満ちた祈り、

ああ、ペンテコステよ!


エミー・カーマイケルの祈り(私訳)







宣教師とお金とライフスタイルー私自身の体験と学びー

男女間のマナーについて――中東宣教現場で考えたことと私自身の告白――