Honduras pictures

以前私は、南米ホンジュラスの貧民を懸命に助けている老夫婦のことを記事に書きました(ココ)。

日本には善意と愛にあふれる兄弟姉妹がたくさんいらっしゃいます。

こういう方々は、隣人の苦しみを見過ごしにすることができず、彼らのために具体的にどんなことができるのだろうと日々祈り、考えておられます。

そのような兄弟姉妹に向けて、今回、ホンジュラス便りをご紹介できることを私はとてもうれしく思っています。

私自身、このような形で、貧困にあえぐ私たちの隣人に関わることができることを神様に感謝しています。

それでは、ニコとロスィータの話に耳を傾けてください。

まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。マタイ25:40


今年2月のニュースレターの中で、スィグアテペケ(Siguatepeque)近郊に住む人々の悲惨な状況について触れました。

その後、読者の方々の何人かが、寛大にも彼らのために献金を捧げてくださり、その献金によって第一番目の家が建ちました。

ニコ・ザヴァラと奥さんのロスィータは、8週間ほど前、その家に移り住みました。

その後、私はニコとロスィータのこれまで辿ってきた人生についてもっとうかがうことができました。その話は悲しくも、感動に満ちたものです。

ニコは80歳で、妻のロスィ―タは身体障害者です。二人ともほとんど教育を受けることができませんでした。

二人は、サトウキビ・ジュースを屋台で売ることによって生計を立てています。

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彼はサトウキビの一部を自分で育て、残りは業者から仕入れています。バザールの日には、彼は市場まで手押し車を押して行き、それから絞り器を使ってジュースを絞り始めます。

以前、ニコとロスィータは、非常に重い木製の手押し車を使っていました。

その重い手押し車をうまく押すことができずに道端で苦しんでいたニコを見た、ルイス・ヴェガ兄弟は、「一緒に押していきましょう。」と助けを申し出ました。

このようにしてルイス兄弟は、ニコおよびロスィ―タと知り合い、さらに、二人が真摯なクリスチャンであることを知りました。

その後、ルイスをはじめとするクリスチャンの兄弟たちが、持ち運びがより容易な、金属製の手押し車を作ってあげました。

3年ほど前、スィグアテペケのビジネスマンであるオスカー・ペレツさんが、ニコが市場に手押し車を押していく姿を見、「バザールのない日には、ここに無料で手押し車を置いてもいいですよ。」と近くにある場所を提供してあげました。

さらに、ニコとロスィ―タがホームレスであることを知ったオスカーさんは、自分の敷地内にある掘立小屋に住んでもいいと申し出ました。

この小さな小屋には、電気も水も、トイレもありませんでしたが、――もちろん路上生活よりはましでした。

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それでニコとロスィ―タは小屋に移り住み、ニコは敷地内でサトウキビを栽培し始めました。

しかし今から一年ほど前、隣人の一人が、「ホームレスが近くに住むのはイヤだ」と苦情を言い始めました。

そしてこの隣人はあの手この手でニコとロスィ―タを立ち退かせようと働き始めました。

ここ以外に行き場のないニコとロスィ―タは、この嫌がらせにただただ耐えていました。

小屋に水道がないため、二人は毎日、500mほど離れたところにある貯水タンクに水を汲みに行かなければならなかったのですが、ある朝、そのタンクに死んだ犬が放り込まれているのをニコは発見しました。

これを見た時、ニコは「もうだめだ」と思いました。そして再び路上生活に戻ることを考えました。

しかし、ルイス兄弟は、読者の方々がこの目的のために献金してくださっていたその資金を用いて、その時すでに彼らのために新しい家を建て始めていました。

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それから数日以内に、ルイス兄は家を完成させ、ニコとロスィ―タの引っ越しを手伝いました。

彼らの新しい家は、スィグアテペケから数キロ離れた美しい山間部にあります。その家には電気、水道、屋内トイレ、浄化槽があります。

さらに、広い敷地を利用して、ニコは現在、サトウキビ、さや豆、キャッサバ、トウモロコシなどを栽培しはじめています。

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ここに移り住んでから一週間後、ニコは前に住んでいた小屋の近くに栽培していたサトウキビを収穫するため、そこに向かいました。

しかし悲しいことに、誰かがサトウキビをすべて切り落とし、燃やしてしまっていました。ニコは全収穫を失ってしまったのです。

しかしニコとロスィ―タは、「主のみこころなら、これからはこのような状況に陥ることはない」と、そのことを覚え感謝しています。

そして二人は、新しい家を提供してくださった方々、さまざまな形で彼らを助けてくださった全ての方々に感謝しています。   
2014年9月 デイヴィッド・ベルソー

The Society of the Good Shepherd, P. O. Box 122, Amberson, PA 17210 • (717) 349-7033

わたしたちは、大きなことはできません。
ただ、小さなことを 大きな愛でするだけです。
 マザー・テレサ


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(追加)2014年2月のニュースレター 

「貧民の中の貧民に出会って」
 

昨年の秋に献金してくださった読者の方々の助けにより、私たちはホンジュラスの人々にストーブを提供することができました。

先々週、私と妻がホンジュラスに行った時にも、実際にストーブを受け取った方々に会うことができました。その過程で、私たちは、スィグアテペケ(Siguatepeque)内外に住む、いわゆる「貧民の中の貧民」といわれる人々に出会いました。

まず私たちはカルメンという未亡人に出会いました。

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この町の店主がルイス・ヴェガ兄弟に電話連絡を取り、彼女のことを話したのです。店主の方は、「カルメンさんにストーブを提供してくださいませんか?」と頼んでこられました。もちろん、私たちはすぐに了承しました。

そこで私たちはルイス兄のトラックにストーブを積み、カルメンさんの住む所に向かいました。彼女が貧しい暮らしをしているということは聞いていましたが、直接赴いてみて、その悲惨さに驚きました。

カルメンは47歳です。ご主人は数年前に亡くなりました。

最近まで彼女は地元の食堂で働いていました。しかし、関節リューマチを患い、働くことができなくなりました。実際、彼女は、自分と息子の食べるトルティーヤ(薄いパンのようなもの)を作ることさえできずにいたのです。

また、ついこの間までカルメンと12歳になる息子はホームレスでした。

前述の店主が数ヶ月前、彼女に会い、「仕事を探しているのか」と訊ねました。

病気で働くことができない旨を告げると、店主は自分の敷地にブリキ板で小さな小屋を作り、彼女と息子がそこに住むことができるよう取り計らってくれました。

カルメンの小屋にはテーブルもその他の家具もなく、二人は汚い床にボックススプリングを置き、その上で寝ていました。

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12歳の息子は生計を立てるため、2つの仕事をかけもちしており、今回、彼に会う事はできませんでした。

二人は外におかれた桶の中で(しかも冷水で)体を洗うしかありません。でも「眠る場所が与えられているだけでも本当に感謝です」と彼女は言っていました。

その場所を後にしながら、ルイス兄も私も妻のデボラも、「カルメンと息子を助けるために何かをしなくてはならない」と感じました。

これに関しては読者の方々および教会の兄弟姉妹もきっと同感してくださると思います。

それでルイス兄は、カルメンと息子のためにテーブル、ベッド、その他の家具を購入しました。彼はまた、戸外にシャワー室を作ろうと計画しています。

またトルティーヤ用の圧搾機をも彼女のために購入することができました。これならリューマチを患う手であっても、彼女はトルティーヤを作り、ストーブの上で焼くことができるのです。

翌日、私たちはカルメンと同じくらい悲惨な状況にある人々に遭遇しました。

その一人がヴィクトリアノという高齢の(先住民族)男性です。

ある貧しい家族が、ホームレスだったヴィクトリアノに、「うちの裏地に小屋を建てて住んでもいい」と言ってくれ、彼はそこに棒やブリキ板、ビニール、防水シートなどで小屋を建てました。

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中には粗末なベッド以外、家具は何もなく、彼は汚い床で火をおこし、料理していました。通気口がないため、中は煙でいっぱいでした。

私たちはヴィクトリアノに、「ストーブを持ってきます。このストーブなら、今まで使っていた薪の量の四分の一だけで済みます。」と説明しました。

また通気口を作る専門の人を雇って、彼の小屋に設置してもらう予定です。これまでの暮らしでヴィクトリアノの肺が煙で侵されていないことを望みます。

ヴィクトリアノの小屋を去った後、私たちは近くに住むルイサという女性を訪問しました。彼女はプラスチックの板で作った小屋の中で、シングルマザーとして、子供たちと暮らしていました。

1999年にハリケーン・ミッチが襲った際、こういう小屋を見たことがありましたが、スィグアテペケの近くで、今もそのような悲惨な暮らしをしている人がいるということは知りませんでした。

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ルイサも、ヴィクトリアノと同様、土製のストーブで料理しており、煙がむんむんしていました。そこで彼女にも、ストーブを持ってくることを約束しました。

帰りにもう一軒、アンゲル・ラミレツ一家の住む小屋にも立ち寄りました。

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この一家は、昨年の秋に、私たちのミニストリーを通して、ストーブを受け取っていました。しかし、彼の住居環境も、ルイサと同じくらい劣悪なものでした。

翌週、私たちはアメリカの自宅に戻ってきましたが、うちの飼育しているヤギの方が、前述した4人の人々よりも良い場所に住んでいるという事実に直面せざるをえませんでした。

さらに言えば、私の物置小屋の方が、彼らの小屋よりもまともな場所だったのです。

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でも、私たちは、各自の持っている数百ドルというお金で、彼らの住居環境に劇的な変化を起こすことができるのです。

――そうです、家具や、台所用品、あたたかい毛布など、アメリカでは持っていて当たり前とされている品々を彼らに提供することができます。

また数百ドルというお金があれば、彼らの住んでいる住居をかなり改善することができます。

実際、数千ドルあれば、私たちは彼らのためにシンプルでありながらも頑丈な家を数軒建てることも可能なのです。

みなさん、協力してくださいますか。

2014年2月 デイヴィッド・ベルソー

The Society of the Good Shepherd, P. O. Box 122, Amberson, PA 17210 • (717) 349-7033




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