第十四章
   青年ボシャート、ブロトゥリー伝道者のもとへ



1 bird in the rain

ゾリコン教会で四十人が洗礼を受けたと聞いたルディー・トーマンは非常に憤慨していた。この知らせはマルクスとレグラが家に着く前にすでにルディーの元に届いていた。ルディーは玄関先で彼らに会ったが、彼の顔は真っ赤で、怒りに唇をわなわなさせていた。

「全くけしからん!」開口一番、彼は大声を上げた。「何人かの連中は、愚鈍すぎて、とんと痛い目に遭わない限り、教訓を得られんときてる。」

マルクスはそれに対して何も答えず、妻を居間に連れて行った。ルディーもやって来た。マルクスは濡れた上着を脱ぎ、乾かそうとそれを暖炉の前に掛けた。

「前回、ゲオルグ・ブラウロックが教会堂に入った時、その翌日には、警察がやって来て、ゾリコン村のほぼ半数を逮捕していったじゃないか」ルディーは続けて言った。「今回はどうなることやら、全く知りたいものだ、ふん!」

レグラはぶるっと身震いした。冷たく濡れていたためか、それとも父親を恐れてだったのか、マルクスには分からなかった。

「分かります。おそらくお義父さんには、馬鹿げて見えるでしょう。でも、あの場にお義父さんはおられなかった。だから、お義父には理解できないのです。」

「少なくともこれだけは言えるぞ、マルクス。」ルディーは声を上げて言った。

「お前と同様、私だってツヴィングリの教会政策について何ら信用を置いちゃいない。しかしな、だからといって、もう一方の極端に走るっていうのはこれまた馬鹿げている。

なぜお前たちはもう少し行動を慎んで、必要以上にチューリッヒ参事会を挑発しないよう気を付けることができんのかね。急いては事をし損じる、とはこの事だ。もし一連のことを内密にしておけば、生き残る機会もあったろうに。これ以上、馬鹿な真似をし続けると、今にツヴィングリはお前たちの首をはねることになるぞ。」

「でも、、、でも、、、」マルクスは口ごもった。何と言って説明できるだろう。

「お義父さん、、、お義父さん、人を恐れる以上に神を恐れなければならないってことが分かりませんか。聖書は『悔い改めて、洗礼をうけよ』と言っていますが、それは内密にという意味でしょうか、それとも、公然と、という意味でしょうか。」

ルディー・トーマンはなかなか答えなかった。彼は手で鼻をこすった。そうしてやっと言った。「でもお前たちはもうこれ以上、それをしないと約束したはずだ。約束は約束だからな。」

マルクスはため息をつき、苦痛の表情が浮かんだ。「あれは間違いだったんです。そうだって僕は確信して、、、」

「何が間違いだったんだ。」

「これ以上説教しない、もしくは洗礼を授けないって約束したことです。ほとんどの人は皆、あれは間違いだったって今気付いていると思います。」

「間違いであろうがなかろうが、約束は約束だ。そして約束は守らなくてはならん。」

マルクスは何と答えていいのか分からなかった。しばらくして、彼は前の話題に返って言った。

「確かに今日の事が、見過ごしにされるっていうことはまずないでしょう。しかし他方において、僕たちが模範をみせること以上に、僕たちの信じていることをツヴィングリや参事会に示す良い方法は他にあるでしょうか。

僕たちが実際に、信者から成る、聖いまことの教会を建て上げていることをみた暁には、ウルリヒ卿も自分の間違いに気付き、最終的には僕たちの教会に加わるっていうこと――これは可能じゃないでしょうか。」

「ふん」とルディーはうなるように言った。「そんなことはほとんどありえないね。」

「本当にそうでしょうか。」マルクスは続けて言った。「ツヴィングリは参事会ののろのろとした改革に、満足してはいないのです。」
「ツヴィングリは利口な男だ。彼は賢くも参事会に忠実路線でいくだろうさ。」

「ところで」とマルクスは、再び話題を変えながら、口火を切った。

「教会の方から僕に、――キーナストと一緒にヨハン・ブロトゥリーの所へ便りを伝えるよう――要請があったんです。それからフリードリーの所に残してきたヨハンの所持品のいくつかを持っていくようにと。」

「いつ行くんだい?」ルディー・トーマンは急に興味を示して尋ねた。
「できるだけ早く。たぶん明日。」

その瞬間、マルクスは義父の顔にうらやましげな表情をみたような気がした。

ルディー・トーマンは大の旅好きだった。今になって彼は、兄弟たちのことをあんなに手厳しく裁いたことを悔いているのかもしれなかった。もし自分の信仰が堅実だったら、婿ではなく自分が選ばれていたかもしれないのに、と。

「道中、危険があるってことは知っているだろうな。」彼は言った。
「はい。」

「例えば、強盗などだ。でもこの時に限って言えば、家に残るのも、旅路につくのも、お前にとっては同じようなものかもしれん。いやむしろもっと旅に出ている方がより安全かもしれない。」

義父が落ち着いてきたのをマルクスはみてとった。感情の嵐は過ぎ去り、彼の声は冷静になってきた。

おそらく教会に対するルディーの姿勢について彼に話すのは今がちょうど良い時なのかもしれなかった。マルクスは心に重荷を感じ、なんとかルディーに教会に戻ってきてほしいと切に願った。

「ち、ちょっとお話したいことがあります。」彼は思い切って切り出した。

「お義父さんは、ゾリコンで洗礼を受けた第一人者の一人でした。年長者の一人として、お義父さんの模範と影響は大きなものがあります。ぼ、ぼくとしては、お義父さんが初めの頃のようであったらと願っています。」マルクスは弱々しく言葉を切った。

ルディー・トーマンの声は再び素っ気なく、固くなった。彼は間髪をおかずに答えた。

「その事に関しては午後、もう十分話し合ったと思うぞ。私は自分が最善と思うところに従って、自分自身の決断を出さなけりゃならん。お前たちは一度洗礼を受けたかどで牢獄に入れられ、金輪際、やらないと参事会に約束した。

そんな状況の中で、がむしゃらに進み、さらに洗礼を授けるってのが最善だとは私には思えん。もしお前たちの教会が、こういう私を用いることができんというのなら、お前たちは私抜きでやっていかねばならない。」

マルクスは後悔した。ルディーの気分を害すつもりはなかったのだ。

「ごめんなさい。」マルクスは言った。

ルディー・トーマンは立ち上がり、何も言わずに部屋を出て行った。レグラは会話の途中で夕食の準備のため、台所に行っていたため、会話の全部は耳にしていなかった。彼女は部屋に入ってきて、夫の傍に腰をおろし、彼の腕を触った。

「お父さん、どうしたの?」彼女はやさしく尋ねた。
「僕が言い過ぎたにちがいない。僕はただお義父さんを助けたかった。傷つけるつもりじゃなかったんだ。」

「お父さんは気が動転しているのよ、マルクス。」
「うん、分かってる。」
「お父さんは全く本来の自分を失っているわ。」

☆☆☆

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キーナストは日曜の夕方、マルクスの所にやって来て、火曜の朝までは出発できないと言った。「準備しなきゃならないことがありすぎてさ。もし明日発つとしたら、夜遅くに出発するってことになるよ。」

月曜日、旅の荷づくりをしながら、マルクスはフェリクスの言った通りだと痛感した。思ったより準備に時間がかかったのだ。彼はフリードリーの店に足を運び、ヨハンから頼まれている荷物をまとめているシュマッヘル夫妻の加勢をした。荷物は二つで、一つはマルクスが担ぎ、もう一つはキーナストが担ぐことになった。

午後、マルクスは雇い人のヴァレンティンに用をいいつけた。「ぶどう園には少なくともまだ一週間分の仕事が残っている。霜がまだ地面にあるうちに、剪定を終わらせなきゃならない時期にきている。」

ヴァレンティン・グレディグは頼りになる作男だった。「ただ一つ、あれが起こってしまうと、剪定を終わらせることができないかもしれません。」

「あれって何だい」とマルクスは尋ねた。
ヴァレンティンは躊躇した。

「いいから、安心して言ってごらん。」マルクスはうながした。
「えーと、前回、私共が牢獄にいた時期、仕事がはかどらなかったことを覚えているでしょう。またそれが起こるかもしれないってことなんです。」

「その場合は、仕事ができなくても構わない。」マルクスは言った。

最後に、マルクスは妻と話し合った。その晩、二人は夜遅くなってやっと床に就いた。向こうでの彼の滞在予定は一週間弱に過ぎなかったにもかかわらず、出発が近づくにつれ、マルクスはレグラと別れるのがますます辛くなってきた。

それに、ルディー・トーマンの態度も彼を苦しめた。一日中、ルディーは彼と口をきかなかったのである。

☆☆☆
朝日

火曜の朝、夜が明けるかなり前に、マルクスとレグラは起き出した。レグラは軽い朝食をこしらえ、道中に食べるようにと、チーズとパンを荷物に詰めた。細かいみぞれが窓に打ちつけており、マルクスはぶ厚い上着を急いで着込んだ。

空気はジメジメしている上に、身を切るように冷たかった。でも、歩くうちに、間違いなく、旅人の体はほてってくるはずだ。

キーナストはブロトゥリーの所持品の入った二つのかばんをかかえて、戸口に現われた。彼はまたホッティンガー爺がヨハンに宛てて書いた手紙を預かっていた。

マルクスは抗えずして、自分の担ぐことになっているかばんの中を覗き込んだ。
「何を背中に背負うのか、知りたくってさ。」

フェリクスも覗き込んだ。
「よく燻された、豚肉の塊だ。」マルクスは言った。「どうりでこのかばんが重いわけだ。」

「他に何が入っているのか分からないが、ほとんどは衣類のようだな。どちらかのかばんに聖書が入っているって、フリードリーが言っていたけど、どっちなのかは分からない。」

「じゃあ、出発するとしよう。」マルクスは促した。彼はレグラを台所に引っ張っていった。彼はささやいた。「じゃあね。祈りを忘れないでね。」

「忘れないわ。」

☆☆☆

こうして二人はチューリッヒに向けて道を進み始めたが、曇空にはまだ暁の兆しがみられなかった。

「はやく、このみぞれが止むといいな」とフェリクスが相棒の方を見やりながら言った。
「そうだな。」マルクスは言った。「でもみぞれが雨にならなきゃいいがって思う。そうなったらもっと大変だからな。」

「もし天気がよくて、道にも迷わなかったら、今晩、ヨハン・ブロトゥリーの家で夕食が食べられるはずだ。」
「そうだといいな、フェリクス。でもまあ、かなり長い道のりだ。特に、この重い荷物をしょいながらの旅だからね。」

一時間後には、二人はチューリッヒ市周辺を通り、さらに北の方を目指し進んでいた。小さな丘を登りながら、マルクスは肩越しにちらっと街を眺めた。街はぼんやりとした灰色の朝もやの中に、だんだんと姿をあらわしていった。

グロスミュンスター教会の双となった円屋根は、チューリッヒ湖にくっきりとその輪郭を映し出していた。街に連なる家々の間に、マルクスはウェレンベルグの灰色の塔を見出した。この塔は、チューリッヒの州刑務所であった。

2Grossmunster church


ツヴィングリはちょうどこの時分、グロスミュンスター教会の中にいて、おそらく聖書を勉強しているか、同僚の牧師たちと協議していることだろう。

彼は自由自在に出入りでき、――チューリッヒ参事会が、自分を国家権力でもって支え、必ず自分の後ろ盾となってくれる――と確信していることだろう。

しかし、その一方で、あの古く恐ろしいウェレンベルグ刑務所の中では、フェリクス・マンツが独房に入れられている。おそらく今頃、起きて、パンと冷たい水だけの乏しい朝食を食べているかもしれない。

参事会は未だに彼を監禁していた。リンマット河の中にうち建てられたこの要塞の底部に、絶え間なく打ち寄せる波の音――これ以外に牢獄の単調さを破るものは何もなかった。

ツヴィングリは参事会からの支援を享受していた。その一方で、マンツは参事会の敵対に遭っていた。

しかし両人とも聖書を読み、その教え通りに生きようとしているのである。二人をこれほどまで違った形で取り扱うのは間違っているように、マルクス・ボシャートには思えてならなかった。

フェリクス・マンツは生きて牢獄を出てこられるだろうか、とマルクスは思った。おそらく独房の中で病み、死に絶えるだろう。そして今後、彼が行動の自由を得ることはニ度とないだろう。

そう考えると恐ろしかった。丘を登りながら、ついさっき上着を脱ごうとしていたのにもかかわらず、マルクスの体は震えていた。

二人の旅人は前進し続けた。まもなく彼らは街を過ぎ、森林地帯に入った。日光は雲を突き破り、だんだん暖かくなっていった。道のわだちにたまっていたみぞれも、ギラギラ光り、溶け始めていた。

正午の少し前に、二人の旅人は休憩を取ることにし、お弁当を食べた。これまでの進み具合に二人は満足しており、夕方までにハラウに到着できたらと思っていた。

昼食後三十分ほどして、二人は丘を曲がったのだが、そこで彼らは下に広がる渓谷の間を流れる第一級の川を見た。「あれはライン河だ。」キーナストは言った。「そして僕たちの右側にあるのがエグリサウの村だ。見えるかい。」

「ああ、見える。あの村を通り抜けなくちゃならないのかい。」

「うん、そうだと思う。あそこが川を横切るにも、ボートを探すにも一番いい場所だからな。今日は水が冷たすぎてとても泳いでは渡れないから。」こう言ってフェリクスは笑った。
「ああ、全くだ。」

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彼らは曲がりくねった道を谷間の方に、そして水際の方に進んで行った。そこに着くとすぐに、近くの掘立小屋から一人の男が走り寄ってきて、エグリサウ村まで有料でボートを漕ぎましょうと申し出た。

値段の交渉が済み、三人はボートに乗り込んだ。

男は手慣れた器用な漕ぎ方で、ぐんぐん漕いでいき、ボートはさざめく波をかき分けるようにして進んでいった。オールをフルに一回しする度に、船頭はうーんと低くうなった。

「一か月前なら、、、ここを歩いて渡れたのに、、、氷の上を。」彼はとぎれとぎれに言った。
「はい、そうでした。」マルクスは言った。

「どこに行こうとしているのかい?」船頭は、物珍しげに尋ねた。
「ハラウ。」フェリクスは答えた。

「ハラウだって?」
「はい。」

「俺の、、、妹がそこにいる。」船頭は言った。
「えっ、そうですか。」

「そう。なんでも、あそこにゃ、、、えーと、、、説教者がいるらしい、、、それで町は大騒ぎだ。」

マルクスはフェリクスを見やり、フェリクスもそれに応じた。この船頭はヨハンのことを話しているのだろうか。

「えっ、どういう意味ですか。その説教者が騒動を起こしているって。」マルクスは尋ねた。

「洗礼のことを説教しているんだ。」男は漕ぐ手を休め、深く息をつきながら答えた。「赤ん坊に洗礼を受けさせるべきじゃないって彼は主張しているんだ。」

ボートは岸に近づくにつれ、失速していった。それからギーギー音をたてながら岸辺につき、前方の端が、前に動いた。ボートは揺れ、止まった。二人の旅人はボートから飛び降り、荷物を持ち上げ、船頭に料金を払った。

彼は勘定すると、ボートを押し出し、向こう岸に戻っていった。

エグリサウの人々は見知らぬ旅人たちが、町を通過していくのに慣れていたため、町内を歩くマルクスとフェリクスに目を止める人はほとんどいなかった。

こうしてゾリコンの二人は再び広々とした地域に到着した。彼らの胸は躍った。そう、ハラウはもう目と鼻の先だったのである。

☆☆☆

ヨハン・ブロトゥリーは疲れた旅人二人を迎えようと、家から飛び出してきた。彼はそれぞれの手をぎゅっと握りしめ、クリスチャンの平安の口づけを持って、彼らを家の中へと招き入れた。

「さあさあ、入って。」彼は言った。

「二人ともさぞかし疲れたろう。妻がすぐに何か食事を用意するからな。ゆっくりくつろいで、それから私にゾリコンの教会のことを余すところなく教えてくれ。」ヨハンの声には深い憂慮がこもっていた。

キーナストはホッティンガー爺から預かっていた手紙を差し出した。ヨハネがそれを読み終わった後、フェリクスとマルクスは交互にゾリコンのニュースをブロトゥリーに伝えた。それに耳を傾けているうちに、ヨハンの顔は明るくなってきた。

「、、、そして日曜日、ヨルグ・シャドが教会堂で、四十人に洗礼を授けたんだ。」マルクスは締めくくった。

ヨハン・ブロトゥリーはそれを聞くと、こうべを垂れ、感謝の祈りをささげた。「神に全ての栄誉と賛美が帰せられますように」彼は言った。「これは私の予想を越えるものだったよ。」

そして長い間、ヨハンは沈黙していた。再び彼が口を開いた時、またもや彼の声には憂慮が交じっていた。

「でも、ツヴィングリが再度動き、兄弟たちを牢獄にぶち込んだら、どうなるのだろう。十中八九、起こり得ることだって思わないかい。」

マルクスはキーナストの方を見た。キーナストは頷いた。「まず間違いないでしょう。」彼は言った。

「そしたらどうなるのか」とヨハンは苦しげな口調で尋ねた。
「今回、兄弟たちは重圧に雄々しく耐え抜くことができるだろうか。」
マルクスとフェリクスは何と答えてよいものやら分からなかった。

「もし、、、もしこの運動がどんなに強力なものかってことをツヴィングリが目の当たりにしたら、彼がこちらの味方につくようになるかもしれない。そう思わない?」マルクスはようやく尋ねた。

「強力だって。どういう意味で、この運動が強力なのかね。」目を上げて、ブロトゥリーは尋ねた。

「つまり、どんなに速く浸透していっているか、いかに教会が成長していっているか――僕たちの生き方がいかに変えられているか、そういうものをツヴィングリが目にしたらってこと。」

「ああ、そういう意味でなら、そうだ。」ヨハンは言った。

「でも人間的な見地から言えば、我々は強くないってことを覚えていなくちゃならない。我々は武力を使わないし、たとえツヴィングリ陣営を数で上回っていたとしても、戦うことをしない。政府打倒?――ツヴィングリがよく知っているように、我々は死んでもそんな事はしない。我々は戦わず争わないからだ。

クリスチャンは心の内に、全ての人に対する愛を持っているべきで、それに例外をつくってはならない。我々の運動が強力だと言った君の言葉は正しい。信仰と義、そして我々に対する神の恵みのゆえに、それは強い。でも、我々自身の力に関して言えば、我々は強くなく、またそうなろうとも思っていないのだ。」

こうして夕べはまたたく間に過ぎていった。ブロトゥリー夫人もゾリコンの人々に関していろいろと訊いてきた。夫人がホームシックにかかっていることがマルクスには感じられた。そしてヨハンもその例外ではなかった。

「またゾリコンに住むことができたら、どんなにいいかしら。」ブロトゥリー夫人は言った。「でも、そんな日が来るのかどうか、、、」

「我々としては、これを神の御心として受け入れたいんだ。」夫は言った。「ゾリコンでの働きは続けられていて、その間、我々はここハラウで労することができる。」彼は訪問者たちの方に向き直った。

「この町には、大きな収穫がある。でも多くの働きを必要としている。これまでに私は何度も説教することができ、人々は多大なる関心を示してきた。しかし、これまでのところ、――スイスの他の地方で何が起こっているのか――と、ここの人たちはまだ様子をみている段階にあるように私には感じられる。」

「コンラート・グレーベルはどこにいるの?」マルクスは尋ねた。

「我々のきいたところでは、彼はまだシャフハウゼン市にいると思う。あそこはそんなに遠くはない。彼が早くこっちにやって来てくれればいいがって思っているんだ。そしてヴィルヘルムもね。」

「ヴィルヘルム・ロイブリーンのことかい。」
「そうだ。」

「今回の旅の間に、コンラード・グレーベルに会えたらって思っていた」とマルクスは説明した。「確かに去年、二、三度彼が爺さんの家に行くところを見かけたことはあったけど、実際のところ、僕は彼のことを知らない。もちろん、それは僕が洗礼を受ける前のことで、、、つまり、僕がまだ信仰のことに興味を持つようになる前のことだった。」

「コンラードという人は本物の信仰者だ。」ヨハンは感情を込めて話した。「我々は皆、尊敬をもって彼の指導力と助言を仰いでいるんだ。」

「フェリクス・マンツも。」マルクスは尋ねた。
「そう、マンツも含めてだ。フェリクスとコンラードはまあ言ってみれば、ダビデとヨナタンのようなものだ。だから二人が離れ離れになっているのは、彼らにとって辛いことなんだよ。」

マルクスはあくびをした。横をみると、キーナストは椅子に座ってうとうとしていた。「朝早く起きたもので、、」マルクスは謝った。
「ああ、すまない、すまない。休んでもらうよう、僕の方から申し出るべきだった。でも最後にもう一つだけ訊いておきたいことがある。どのくらい滞在できるのかね。」

「そんなに長くは滞在しないと思う、おそらくほんの数日。な、そうだろ、キーナスト。」
キーナストは身を起こした。「何て言った?」

「僕たち、どのくらい滞在できるんだっけ。」

「そうだな、数日間ってとこだろう。日曜日までにゾリコンに戻れたらいいなって思っている。」

「それなら、君たちがここにいる間に、確実にコンラートに会えるだろう。もし彼が来なかったら、我々の方でいつかシャフハウゼンに行って、そこで彼を見つけ出せるだろう。」

「そりゃすばらしい!」マルクスは言った。

第15章 『チューリッヒ丘を駆け抜けた情熱』 

第13章 『チューリッヒ丘を駆け抜けた情熱』