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はじめに

みなさんご存知のように、イスラエル/パレスティナ問題に対する見方は、クリスチャンの間でも実にいろいろあります。またディスペンセーションの立場を受け入れるか否かでも最近、キリスト教界は大きく二分されているような感があります。

このブログに来てくださったみなさんもそれぞれ様々な意見を持っておられることだと思います。

それでまず、今回私がパレスティナ人のワリド兄の証しを本ブログに載せようと思った理由をお話したいと思います。

それは一言でいうと、この記事のタイトルにも書いたように、彼がイエス様に出会い、あれほど憎んでいたユダヤ人を愛する人に変えられたという点にあります。また、彼がひたむきに真理を求める姿に私は感動を覚えました。

そして、このような証しは、きっと多くの兄弟姉妹の心をあたため、希望を与えるものではないかと思ったからです。

そういう意味で、本記事を通し、ある特定の神学的立場を擁護(ないし主張)しようという意図は私にはありません。

そのことをはじめに申し上げておきたいと思います。ですからみなさん、どうか自由な気持ちでお読みください。

(著者の許可のいただいた上で、2014年11月、日本語訳いたしました。)

ワリド兄の証し

生い立ち

私の名前はワリドです。私はイスラエルのベツレヘムで生まれました。

私が生まれた日はちょうどイスラム教の最も聖なる日―創始者Mの生誕日(Al-Mauled Al-Nabawi)―にあたりました。

これは父にとって栄誉なことでした。そういう理由で父は、預言者Mの生誕日をいつも覚えようと、私にワリド(『生誕』を表すアラビア語Mauledに関連)という名前をつけたのです。

私の父はパレスティナ人イスラム教徒で、聖地において英語とイスラム学を教えていました。母はアメリカ人で、1956年、父がアメリカに留学していた時に二人は結婚しました。

アメリカ的な生き方が二人の子供たちに及ぼす(悪)影響を恐れ、両親は1960年、イスラエルに移り住みました。

その当時、母は私をお腹に宿していました。彼らがベツレヘムに着いた時、私が生まれました。

その後、父の転職の関係で、私たちはしばらくサウジアラビアに滞在し、その後聖地に戻ってきました。―そして今回は、低地エリコに住みました。

小学校で教わった反ユダヤの歌

六日戦争(=第三次中東戦争)の少し前に学校で初めて習った歌を忘れることができません。

その歌の名は「♪われらの愛するアラブ人 そしてわれらが犬 ユダヤ人」でした。

子ども心に「ユダヤ人とはいったい誰なんだろう」と思っていましたが、他の生徒たちと同じように、全く意味も分からないまま私はこういった歌詞の言葉を繰り返していました。

六日戦争

こうして私は聖地で育ちましたが、その間、アラブ・ユダヤ間の戦争をいくつか体験しました。

最初の戦い(当時私たちはエリコに住んでいました)は六日戦争でした。この戦争でユダヤ人たちは旧エルサレムおよび残りのパレスティナを占領しました。

これはアラブ人および世界中のムスリムにとって大きな失望でした。

戦争が起こる直前に、在エルサレム米国協議会が、その地域に住む全てのアメリカ人を避難させようとやって来ました。

母がアメリカ人だったため、協議会は私たちの援助を申し出てくれましたが、父は自国を愛していたので、その申し出を拒絶しました。

その時のことを今もいろいろと覚えています。――六日間、昼も夜も続いた爆撃の音、アラブ人がエリコのお店や家々を荒らし回っていたこと、イスラエル人を恐れて人々がヨルダン川を走って渡ってくる姿など、、

この戦いは六日で勝敗がついたために六日戦争と呼ばれています。

七日目にはゴレンというラビがエルサレムの嘆きの壁で雄羊の角笛を吹きならし、勝利を宣言しました。

多くのユダヤ人はこれをヨシュア記6章のエリコ占領(→イスラエルの民がエリコの町のまわりを六回回り、七日目には七回回り、祭司の吹きならす角笛の音と共に、民はときの声をあげ、町を占領した。)に重ね合わせています。

エリコにいた父にとって、このニュースは青天の霹靂でした。

戦争中、彼はいつもヨルダン側のラジオ放送を聴いていたのです。そして「アラブは戦勝する」と言っていましたが、彼は情報源を誤っていました。むしろイスラエル側の情報が正しかったのです。

しかし父は、「イスラエルはデマを流している」というアラブ人の言っていることを信じていたのです。

キリスト教主義の学校で

その後、私たちはベツレヘムに戻り、父は私たちを英国国教会・ルーテル系の学校に入学させました。というのもその学校ではより良い英語教育がなされていたからです。

兄、姉および私はその学校で唯一のムスリムでした。

私たちは半分アメリカ人の血を引いていたため、先生たちは私たちを殴り、また生徒たちも私たちを笑い者にしました。

聖書のクラスが始まると、私は教室を出て、その授業が終わるまで外で待っていました。しかしある日、私はそのクラスに入って行きました。

すると、クラスのいじめっ子がけんか腰で立ち上がり、叫びました。

「アメリカ人と、ムスリムの混血野郎なんかここから出て行け!」

しかし私は出て行くことを拒否しました。そのクラスを教えていた先生は私に着席するよう言いました。

それ以後、ぼくの影響で学校の方針は変わり、初めて、学校側はムスリムが聖書を学ぶことを許可したのです。

それからの3年間、私は嘲りを受けながらも、その学びを続けました。

イスラム教育を受け始める

その後、父は私を政府の学校に転入させ、そこで私のイスラム信仰は育まれていきました。

そしてそこで、いつの日か、いにしえの預言者Mの預言は実現するという思想が植えこまれました。

この預言は、やがて聖地が奪還され、大量殺りくによりユダヤ人が排除されるであろう戦いのことを言っていました。

この預言は実際、預言者言行録(ハディース)の中に次のように記述されています。

「ムスリムの民がユダヤの民を打ち破るまでには、最後の審判の日は来ないであろう。」(Narrated by Abu Hurairah, Sahih Muslim, Hadith #6985; Sahih al-Bukhari, Vol. 4, #177)

それはどこで行なわれるのかと尋ねられた預言者Mはこう答えています。

「エルサレムおよび周辺の国々において。」

青春期、私は父と同じように、いつもイスラムおよびムスリムの先生たちの教えることに共鳴していました。

預言者Mの預言を信じ、私は「ジハード」(「聖戦」)に自分の命を捧げていました。

これだけが勝利ないしは殉教の道へといきつく唯一の手段だと信じていたのです。

イスラム教においては、殉教だけが救いおよび天国へ行くことを確実にしてくれる唯一の道なのです。-なんといっても、アッラーおよび預言者Mがそれを約束してくれているのですから。

聖典にはこう記されています。

「(聖戦において)アッラーのために殺された人たちを決して死んだものと思ってはならない。彼らは立派に神様のお傍で生きている。なんでも十分に戴いて」(イムラ―ン一家169)。

反イスラエル暴動の扇動者として

いわゆる「イスラエル占拠」に対する学生蜂起が起こっていた期間、私は他の生徒たちをけしかけて、イスラエル兵に石を投げつけるよう、演説やスローガンを用意したり、反イスラエルの落書きをしたりしていました。

そしてこう叫んでいました。「敵との間に和平も交渉もなし!われわれの血も魂もアラファト議長に捧げる!血も魂もパレスティナに捧げる!シオニストに死を!」

ユダヤ人という敵と戦うことがこの地上において神の御心をなすことだと信じていた私は、この敵と戦い抜くことを誓っていました。

そしてそれは口先だけのものではなく、私は実際にイスラエル軍に対する多くの暴動に参加しました。

そしていつも自分の考え出せるありとあらゆる方法・手段で彼らを痛めつけてやろうと努めていました。

学校、通り、そしてエルサレムの聖地(「神殿の山」)においてさえも、私は暴動を引き起こし、また参加しました。高校時代を通し、私はいつも暴動を扇動する急先鋒の一人でした。

他の多くの人々も、テロ戦術を使い、ユダヤ人を強制的にこの地から追い出そうと、彼らに対し爆撃や武力行使に出ていました。

しかしパレスティナ人はユダヤ人を駆逐することができませんでした。

何をもってしても私の心を変えることはできませんでした。私は死ぬか、もしくは奇跡が必要でした。

私がどんな人だったかということを最もシンプルに表すとしたら、、、

そう。あなたがCNNのニュースで見るように、私は、インティファーダ(蜂起)の日々、石や火炎瓶を投げつけている、ああいった人たちの一人でした。

テロリストとして

私は――ユダヤ人がテロリストと呼んでいる人――の一人でした。

興味深いことに、私は人をテロの恐怖に陥れていただけでなく、自分自身も、己の信条によって恐怖にがんじがらめにされていたのです。

私の信条では天国に行くためには十分な功徳および善行を積むことが必要でした。

でも神の審判を受ける時、てんびん皿の自分の善行が、自分の行なった悪行の目方より重いのか否か、全く確信がありませんでした。

「もちろん、ユダヤ人への戦いを繰り広げる中で死ぬなら自分の罪に対するアッラーの怒りはやわらぐだろう。そうしたら僕は天国で良い場所を確実に与えられ、そこで大きな目をした美しい女たちと心ゆくまで戯れることができるだろう。」そんな風に思っていました。

いずれにせよ、私は勝たねばならず、テロというのがそのための唯一の手段でした。

ベツレヘムにある超満員の映画館で、「ミュンヘンでの21日間」という映画を観た時のことを今も覚えています。

パレスティナ人たちがヘリコプターの中に手榴弾を投げ込み、イスラエルのスポーツ選手たちを殺した時、何百という観客は喜びの余り一斉に手を打ち鳴らし、「アッラフ アクバル(=アッラーは偉大なり)」と叫びました。

これは、何かに勝利した時、ムスリムが使う喜びのスローガンです。

性奴隷についての問答

またベツレヘムの高校での宗教(イスラム教)の授業中、学生たちはよく次のような質問をしていました。

「ユダヤ人を打ち負かした後、我々イスラム教徒はユダヤ人の女たちをレイプしても構わないのでしょうか」と。

それに対する先生の答えはこうでした。

「戦争中、捕えられた女たちはこの件に関して選択の余地はない。こういった女たちはそばめ(性奴隷)であり、主人に従う必要があるのだ。つまり捕虜の奴隷とセックスをするのは『奴隷の側が選択することのできる問題』ではないのだ。」 

実際、これについては聖典にも次のように書いてあります。

「それから娶ってはいけないのは、正式の夫をもつ女。ただし汝らの右手の所有にかかわるもの(奴隷とか戦争で分捕ってきた女)はそのかぎりにあらず。これが汝らに対するアッラーの御掟である」(女 24節)。

また他の箇所には次のようなことに書かれています。

「おお預言者よ。われらが特に正当なものとして汝に許したのは、まず汝が正式に金を払った(前出、結婚に際して男の方から女の方に一定額の金を支払う)妻、

次にアッラーが戦利品として授けたもうた奴隷女、父方の叔父の娘に父方の叔母の娘、母方の叔父の娘に母方の叔母の娘などで汝と一緒に(メッカから)移って来た者、

それに、自分から預言者に身を捧げたいという信者の女があって、預言者の方でもこれなら嫁にしてもいいと思ったなら誰でもよろしい」(部族同盟 50節)。


このような特権を用いて預言者Mは、14人の女と結婚し、戦勝した戦いにおける分捕り物として連れてきた何人かの奴隷の女を娶りましたが、こういったことは私たちにとって全く問題ではありませんでした。

実際、彼がいったい何人の妻を持っていたのか今でも議論されているほどなのです。こういった妻の一人は自分の養子ザイードから取ったものでした。

というのも、この女は預言者に与えられるべきだとアッラーがお告げになったからです。

また預言者Mがユダヤ人(夫や家族)の首をはねた後に奴隷とされたユダヤ人の女たちの何人かも、その後妻にされました。

ユダヤ人への憎しみ

パレスティナ人の心に変化を起こさせようと、イスラエルのTV局はホロコーストのドキュメンタリー番組を放映したりしました。

私はテレビの前に座り、食べ物をほおばりながら、(ユダヤ人を殺す)ドイツ人に喝采を送りました。

ユダヤ人に関する私の考えや感情を変えることなど、「心臓移植」でもしない限り不可能でした。

また彼らは一度、エシュドトの海岸近くにあるユダヤ人のキャンプ場に僕たちパレスティナの学生を一週間招待し、ユダヤ人の学生たちとの交流の場を設けました。

でもそれはうまくいきませんでした。むしろその反対に、ユダヤ人に話しかけたパレスティナ人の先生たちは皆、嘲笑されました。



その一方、母は家で私に別の考え――彼女はそれを神のご計画と呼んでいました――を教えようとしていました。彼女は聖書の預言についてこう私に語りました。

「ユダヤ人の帰還は神さまによって前もってご計画されていたの。そしてそれが成就したのよ」と。

母に言わせれば、これは、私たちの世代における神の奇跡であり、これによって世が「主の御心は必ず成る」ということを目の当たりにするためであると。

また母は、私たちが生きているうちに成就されるであろう多くの出来事についても私に語ってきかせました。

そしてそれらは今毎日表面化してきていると。また偽りのメシアのことについても私に語りました。

しかしそういった母の言葉は、「何が何でもユダヤ人と戦ってやる」という私の決心にほとんど何も影響を及ぼしませんでした。

母はあるアメリカ人の宣教師夫妻の影響を受け、彼らに「バプテスマを授けてください。」とひそかにお願いしていたのです。

藻でいっぱいの池で洗礼を受けることを母が拒んだため、この宣教師はエルサレムにあるYMCA側に「プールを使わせてください」とお願いしなければなりませんでした。そしてそこで母はバプテスマを受けたのでした。

うちの家族は誰もそのことを知りませんでした。

母は何度もイスラエルにある博物館に私を連れていってくれたので、私は考古学が大好きになりました。

母とはいろいろ議論をしましたが、ある時、私は「ユダヤ人とクリスチャンは聖書を変造したんだ。」とはっきり母に言ってやりました。

すると母は私をエルサレムにある写本博物館に連れていき、今も損なわれていないイザヤ書の写本を見せました。

これまでこの写本の中に、変造されたことを証明するような誤謬を発見した人は誰もおらず、これに関しては私も母に返す言葉がありませんでした。

私は母のことを「異端者」とか、イエスは神の子などと主張する呪われたアメリカ帝国主義者などと呼んで、彼女を苦しめていました。

戦闘により「殉教した」とされる十代の若者たちの載った新聞を母の前に突きつけ、「これに関して答えろ」と要求したりもしました。

私は母を憎んでおり、いつも父に、彼女を離縁し、ちゃんとしたムスリム女性と再婚してくれるよう頼んでいました。

獄中でも

卒業アルバム用の写真撮影ではあえてうら悲しくきびしい顔をしました。――「殉教者」として次の新聞に掲載される若者は自分かもしれないと思って。

実際、若者の抗議運動やイスラエル軍との衝突の際、私は何度も死の危険をおかしました。

六日戦争、PLOレジスタンス、黒い9月と呼ばれるヨルダン市民戦争、レバノンでの流血戦争、ヨーム・キップール戦争と、こういった戦争の間中、私はイスラエルに住んでいました。

何をもってしてもイスラエルを打ち破ることができず、敗北が続くなかにあっても、私たちは依然として決定的な一つの勝利を望んでいました。

というのもそれさえ得ることができればイスラエルを滅ぼすことができるからです。

私がイスラエル軍の刑務所に入れられた時、両親は私のことを非常に心配しました。

母はエルサレムにあるアメリカ協議会に行き、私の釈放のために奔走していました。母の髪は極度のストレスで抜け落ち始めていました。

しかし獄中で私はさらに多くのテロ戦術を学び、出獄した際には、以前にも増して狂信的になっていました。

アメリカへ

高校卒業後、両親は私をアメリカ留学に送り出しました。

もちろん私はアメリカでも引き続き、反イスラエルの社会的かつ政治的な運動の多くに身を投じました。

私は次のような残酷なジョークを好んでよく友人たちに話していました。

――僕はヒットラーが憎くてならない。どうしてかって言うと、彼は事業を完遂しなかったから。つまり、彼はユダヤ人問題に「完全なる」決着をつけなかった、と。

ヒットラーを自分の理想像とし、Mを自分の預言者として、私は自分の人生を闊歩していました。

そしてユダヤ人やクリスチャンないし非イスラム教徒のことを見下していました。

「いつの日か、全世界はイスラムに服従するようになり、全世界はイスラエルとの戦いにおいてパレスティナの払った犠牲に対し恩恵を感じるようになるだろう。」そう信じていました。

またユダヤ人は預言者殺しの民であり、自分たちの邪悪な欲望にあわせ、聖書を変造したのだと信じていました。

これがイスラム教徒の教えていることです。ムスリムはまたMこそが唯一の贖い主であり、神の寵愛を受けし預言者であると教えています。

すべてはユダヤ人のせい!

アメリカに滞在しながら、私はここ20年の間に、イラン、イラク、クウェート、ヨルダン、レバノン、アフガニスタン、そして全てのイスラム国家において命を落としていった何十万というイスラム教徒のことを思わずにいられませんでした。

自分は彼らのために復讐を果たさなければならない。そして誰かがこの代価を払わねばならない。

そしてもちろん代価を払うべきその「誰か」というのはユダヤ人をおいて他にいない――そのことに関して私に疑問の余地はありませんでした。

こうしてどうしたものか私たちはいつも、何もかもごっちゃにし、最終的にはそれらをすべて「ユダヤ人のせいだ」と決めかかっていました。

ある日、私はある男とけんかをし、殴って彼の目を見えなくしました。そして後でその男がユダヤ人だったと知り、狂喜しました。

私はイスラム教の歴史に魅了されました。

そしてそれを学ぶ中で、預言者Mがサウジアラビアからユダヤ民族を引き渡し処分に科し、他の部族からの男たちをことごとく断頭するよう命じたということを知りました。一方、女たちは性奴隷にされました。

イスラムの世界統治を信じて

イスラム教の教え通り、カリフ(イスラム為政者)だけが世界を統治することができると私は信じていました。

つまり、イスラム教というのは個人的、倫理的生活のための宗教ではなく、全世界に適用されるべき法律および統治体系なのです。

平和的手段でそれが達成されなければ、イスラム教に服従しない全ての者たちに対して戦いを挑まなければなりません。

10億のムスリムが住んでいる今日、それは実現可能なことだと私は信じていました。

恐れ

でも正直に言います。私は聖典を読むたびに恐怖におびえていました。

というのも、各節おきにこの罪に関し、またあの罪に関し、地獄の火が待ち受けているという脅しがあったからです。

私の切なる願いは、創造主に手を差し伸ばし、「ごめんなさい。私を赦してください。そしてもう一度チャンスを与えてください。」と嘆願することでした。

でも私の罪と私の善行を換算するなら、最終的に、私の罪の目方の方が善行よりも重くなるだろうことは確実でした。

だから私は創造主の慈愛とあわれみにすがりつつ罪深い人生を生きていました。

私はいつも自分の今後の運命について考えていました。恐怖と疑いに圧倒されつつも、自分の救いのために誰かを殺すという思想を実のところ私は本当に憎んでいました。

実際に、私はねずみ一匹殺す気持ちすらなかったのです!ましてやユダヤ人(という人間)をどうして殺すことができましょう!

ある本との出会い

1992年のある時期、私はグラント・ジェフリーという人の書いた『ハルマゲドン、定められた約束』という本を読んで感銘を受けました。

この本の中では、イエスの誕生、生涯、死、復活についての詳細な預言、そしてイスラエルの再建などの説明がなされていました。

こういった預言の多くは、神が聖書の中で述べた通りに成就するにいたったのです!

また一人の人が――それらが起こる前に何百何千年前に書かれた――何百という歴史上の出来事を予見する確率というのはほとんどゼロに近いのだということを知り、それにも驚きました。

さらにすごいと思ったのは、許容誤差というのはゼロのはずだということです。――特にこういった預言の多くの成就が自分の世代に起こっている場合ならなおさらです。

こういった種類の証拠は神的な起源からでたものと言わねばならず、それはもちろん全能の神のはずでした。

葛藤のはじまり

こうして葛藤が始まりました。私は困惑してしまいました。

「イスラエルの地で発掘されている何千という考古学的証拠。僕の生まれ育ったこの地はこうして聖書が正しいということを証言し、そのことを叫んでいる。

それなのに、聖書が偽りで、かつユダヤ人によって改悪されたということがありえるのだろうか?」

クムランの洞窟で発見されたイザヤ書は、(ベツレヘムの近郊の町に住む)モハンマド・デイブというムスリムが、迷子になった羊を探している最中に発見したものです。

この発見にはじまって、彼らは今日私たちが使っている旧約聖書と一致する、残りの旧約聖書をも発見したのです。

そしてそれにはイエス・キリストが来ることを予見した何百という聖句が含まれていました。

聖書を読み始める

イエスが実際には誰であったかを解明すべく聖書を読む必要がある、と思いました。

こうしてイエスの言葉を読んでいくうちに、神様はついに私を最終的な地点まで導かれたのです。

神である主、常にいまし、昔いまし、後に来られる方、万物の支配者がこう言われる。「わたしはアルファであり、オメガである」(黙示録1:8)。

キリストはユダヤ人にもこう言っておられます。

「まことに、まことに、あなたがたに告げます。アブラハムが生まれる前から、わたしはいるのです(=I AM)」(ヨハネ8:58)。

イエスとMとの間で同じような主張がなされていることにも私は驚きました。

こういった主張は深刻なものです。預言者Mは次のように言っています。

「私は全ての被造物のはじめであり、最後の預言者である。」

彼はまたこのようにも言っています。

「まだアダムが粘土で形造られている間にも、私は(すでに)アッラーの預言者であった。」

さらに、自分は最後の審判の日における、ムスリムのためのとりなし手であり、世界の最後にして最終的な預言者ならびに救い主であると彼は主張しています。

どちらが本物?

こういったことを聞くたびに私は当惑しました。

もし預言者Mの主張していることが本当なら、それじゃあ、私たちの贖い主であり救い主であると主張しているイエスとはいったい誰なのでしょう?

この問いは私を苦悶に陥れました。

「二人の贖い主、、ということは二つの主張のうち一つは嘘だってことになる、、、そして神こそ唯一の贖い主なので、これは神にかかわることでもあるんだ。」

キリストあるいはMのどちらか一方が、人類の贖い主であり仲裁者(とりなし手)であるはずなのです。

そして聖書もしくは聖典Kのどちらかが正しいはずです。

二つのうち一つが純金であり、もう片方はまがい物ということになります。でもはたしてどっちがどっちなのでしょう?

比較研究はじめる

何が何でも「真理」を突きとめるという誓いをした後、私は夜遅くまで聖典Kと聖書にかじりつき両者の詳細点を比較研究しました。

こうして研究の日々が続きましたが、ある日私は祈りました。

「神よ。あなたは天地の造り主、アブラハム、モーセ、ヤコブの神であられます。あなたは初めであり終わりであり、『真理』それも『唯一の真理』であられます。

あなたはまことの聖書の造り主であり、神のひとりにして唯一の御言葉であられます。私はあなたの真理を知ろうと熱望しています。

自分の人生においてあなたの御心を行ないたいのです。あなたの愛を切に望んでいます。『真理』の御名によって祈ります。アーメン!」

私はまことの純金をひた望み、模造品に甘んじることができませんでした。

この世の諸宗教の外見的様相ではなく、その本質を見極めるために、こういった諸宗教の表面をはげしく擦る必要がありました。

聖書の科学的根拠を求めて

私は聖典Kが神の言葉であることを信じていました。

というのも、この聖典は現代科学の法則によっても裏付けられていたからです。

そして神に起源をもつ本だけが、何千年も前に書かれたものでありながらも科学的事実を有するのです。

私は一カ月の間、コンピューターのプログラムを用い、聖書の科学的根拠を求めて検索を続けました。

聖典Kの中で科学的に裏付けられた奇跡の箇所は私を初め、何百万人ものムスリムをして聖典を信じせしめるにいたっているのですが、調べてみると、それらの箇所はすでに聖書に載っていました。

また聖典Kの話の多くには重大な誤謬が含まれており、歴史学および考古学の知識をもってしても、Kには深刻な誤りがあると認めざるをえませんでした。

こういった多くの発見により、聖典Kは奇跡であるという私の本来の立場はあやうくなってきました。

それより何千年も前にすでに聖書には、そういった奇跡のすべてが網羅されていたのです。

こうして私の基盤はぐらぐらと揺り動かされ、砂の中にどんどん沈んでいくような気がしました。

神が「滅ぼす」とおっしゃっている――預言者エゼキエルが38章で述べている――諸国についても、そのほとんどは現在、原理主義的傾向を強めているイスラム諸国です。

預言の成就

また私は神様に導かれ、また聖書研究を通し、預言に関する何百という詳細にして固有な聖句が文字通り成就されたということを発見しました。

これまでにも、未来の出来事についてこれほど詳細に予見した人々はいましたが、その内容は真理以上に誤りが多いのです。

しかし聖書は違いました。

神様だけが未来の出来事に関する鍵をにぎっておられ、――聖典Kではなく――聖書だけがその鍵を握っているのです。

Kは「救いと贖い」に関するもっとも大切な要素を欠いているのです。

その時私は悟りました。こういったことを知りながらも、相変わらず聖書の神ではない他の神を拝み続けるのは愚かなことだと。

探究の結果、神様は必ず私を聖典Kに導いてくださると私は本当に思っていました。

しかし実際はその逆でした。私は自分のプライドを捨て、真理に対して心を開く必要に迫られました。

神様は聖書の中でこう言っておられます。

「わたしが神である。ほかにはいない。わたしのような神はいない。わたしは、終わりの事を初めから告げ、まだなされていない事を昔から告げ、『わたしのはかりごとは成就し、わたしの望む事をすべて成し遂げる。』と言う」(イザヤ46:9-10)。

神様は未来の出来事を予告しておられるだけなく、それらを宣言し、実現に至らしめているのです。

それは聖典Kがただ単に恐怖のむちを使い、ムスリムに対し強制的に信じさせるやり方とは異なっています。

また私は聖書の中で述べられていることになっているはずの預言者Mを(本人もそう主張していたのです。)何日も検索しました。

しかしただの一ヶ所も、彼について言及してある箇所をみつけることができませんでした。

聖書は改悪されたのか

もし聖書が改悪されたのなら、それは預言者Mの後に起こったと考えなければなりません。

なぜなら、聖典Kはいつも「(Mの在世当時)聖書は『彼の手の間にあった』」と記しているからです。

その当時から今日まで、イスラム教徒は改悪されたことを立証するような聖書の聖句をただの一つも提供することができずにいます。

そして聖書を反証するような歴史学的ないし考古学的証拠はこれまで一つも発見されていないのです。

また死に方も預言者Mとイエスとでは異なっていました。

預言者が彼のお気に入りの妻アイシャのひざの上で死んだのに対し、イエスは人類の罪を贖うため十字架上で死んだのです。

今日、何百万というムスリムの方々がこういった事実を知ることなく、またそこから挑戦を受けることなく生きているということに私は悲しみを覚えます。

ムスリムもその他の人々も、――神様が「わたしはただひとりであり、わたしの言葉も唯一のものである」と言っておられるにもかかわらず――神を崇拝する三大宗教というものを認めていることが私には驚きでした。

私は盲目でした。しかし聖書を研究することによって、私の目は開かれ始めたのです。

そうです、本当に開かれ始めたのです!

そして墓からのイスラエルの帰還、ユダヤ人に対するムスリムやこの世の態度など、成就された多くの聖書的預言により、終わりの時が近いことが分かりました。

問題の根は罪にあった

人間というものはいつの時代も変わりません。

カインが弟のアベルを殺したように、人は未だに人殺しをしているのです。

唯一の違いといえば、私たちは昔ほど、戦闘の場で、頭をはねたり、お互いを突き刺したりしないということです。

そう、人間のいのちがどんどん価値なきものになっている今、私たちは化学戦争によって、相手を虫けらのように壊滅させるのです。

こうして罪こそが全人類の問題の元凶であり、悪魔こそ人類にとっての最悪の敵であることが私にもみえてきました。

つまり最悪の敵はユダヤ人――ヒットラーが50年弱で600万人虐殺しましたが――ではなかったのです。

皮肉なことに今日、ホロコーストが起こったこと自体を否定するような書籍が大量に出回っています。

もしヒットラーやメフディないしはイスラムのカリフなどが政権を牛耳り、今日私たちが所有しているもの――地球を7回破壊できるほどの核爆弾があるのです――をわが物にしたとしたら、いったいどんなことが起こるのでしょうか。

これだけの証拠があるにもかかわらず、この世が今日愚かにもユダヤ人虐殺の事実を否定しているようなら、ましてや今日、この世の大半の人が――証拠が至るところにあるにもかかわらず――キリストのメシア性および聖書の正確さを否定していることなど何の不思議もない、そう思いました。

神様は私の心も考えも開いてくださり、いかに今日人々が、誤った形での礼拝に自らを委ねつつ、主が御言葉のうちに提供してくださっているあらゆる証拠を否定しているのか見させてくださいました。

そしてこれまで私の思考に及ぼしていたサタン的影響についても主は私に示してくださいました。

イスラム教の背景があったにもかかわらず、私はこういった影響は神からのものだと思っていたのです。

変化

こうして私は新しい世界観および人生の意味を見出すようになっていきました。

そして自分には救いが必要であることに気づきました。

今日、人々は世界政府をその目指すところとしていますが、こうして彼らは悪魔が王として君臨することを待っているのです。

「バビロン」は世界を再統一するべく、墓から呼び起こされつつあります。

その名称こそ「新世界秩序」となっていますが、実際は「新バビロン」と呼ばれるべきなのです。

私は聖書を読み、なぜゼカリヤが次のように預言したのか考え始めました。

「わたしは、すべての国々を集めて、エルサレムを攻めさせる。町は取られ、家々は略奪され、婦女は犯される」(ゼカリヤ14:2)。

イスラム教においてメシアの再臨はイスラムの預言の中にあると教えられています。

このメシアは十字架を砕き、豚を殺すという風に描かれています。

しかしこれもメフディーという「偽りの」メシア、つまり来るべきアンティオホス・エピフィニアスに従うようにという、ムスリムに仕掛けられたもう一つのわななのです。

預言者Mの預言とは対照的に、聖書は次のように読者に説明しています。

つまり、ヤコブの困難の時における包囲攻撃の結果は、ユダヤ人の全滅をもたらすものではなく、むしろキリストご自身がイスラエルの敵と戦いつつ、裁きのためオリーブ山に下ってこられるのです。

残念ながら、その時には未信者が悔い改め、贖われるにはもう手遅れとなるのです。

根深いユダヤ人への憎悪

悲しいことに、ユダヤ人への憎悪は遠い昔の時代遅れな思想ではないのです。

今日、何百万人というムスリムが、――Mがかつてサウジアラビアでユダヤ人に対して行なったように――いつの日か聖地にて全てのユダヤ人に同じことをしてやろうという病的な思想を抱いているのです。

実際、ユダヤ人およびクリスチャンを殺し、彼らの妻を性奴隷として分捕ってもいいという許可は、この宗教の聖典に銘記されており、今日に至る(ムスリムによる)ユダヤ人憎悪の主原因となっているのです。

御約束の成就

こうして昼も夜も「真理」という言葉が私の心から離れず、二つの聖典の比較研究を続ける私の魂を激しく打ちました。

そしてついに、聖書はまごうことなきまことの純金であるという結論に達しました。

これまで成就してきた何百という古代の預言によってだけではなく、ヤコブの時代より今日に至るまで存在している――神によって造られた――いにしえの言葉によっても私はその結論に導かれました。

そうです、その言葉は当時も今も「イスラエル」なのです。

今日イスラエルが存在すること、そして全世界からユダヤ人が再帰還していること、これは聖書がまことの神の言葉である、抗うことのできない証拠です。

神様は彼らを全世界に散らし、その後、全ての国々から彼らを再び元々いた土地に集められましたが、これははるか昔になされた主の御約束の成就なのです。主はこう仰せられました。

「わたしは、あなたがたの捕われ人を帰らせ、わたしがあなたがたを追い散らした先のすべての国々と、すべての場所から、あなたがたを集める。――主の御告げ。――

わたしはあなたがたを引いて行った先から、あなたがたをもとの所へ帰らせる」(エレミヤ29:14)。


まことの神様には決して移り変わりはありません。主は今も同じです。

また私の敵であるユダヤ人は――神の言葉および、メシアであるイエスを通した救いに関する神のご計画を書き記すべく――神様に選ばれたのだということも知りました。

このイエスこそ唯一のメシアであり、人類の贖い主です。

また私の生まれた町の出身であるイエスはユダヤ人であり、その町の名前さえもユダヤの名称('Beth-Lechem'=パンの家)であることを知りました。

イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません」(ヨハネ6:35)。

敵のために命を捨てる愛

ベツレヘム(=パンの家)という名称はイエスがこの世に来られる前にすでに与えられていました。

そしてイエスはユダヤ人という私の敵の民族出身でした。にもかかわらず、主は私の罪のために死んでくださいました。

私はこれまで人が自分の敵のために死に、また敵を愛する余り、自分自身、打たれ、つばを吐きかけられ、嘲られ、そしてついには十字架につけられたということを聞いたことがありませんでした。

あなたの敵はあなたのために死ぬと思いますか?しかし主はこう言われました。

「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」(マタイ5:44)。

「真理」は歴然と私の目の前にありました。そして私の心の中に入ろうと絶えず心の戸をノックし続けていました。

私は真理を求めました。そして主はそれに答えてくださいました。

私は盲目な者でしたが、今見えるようになったのです。

主は私の戸を叩き、私は戸を開けました。そして自由にされたのです!キリストはこう言われました。

「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません」(ヨハネ14:6)。

憎しみから愛へ

こうして私の考え方、感情、人生の目標などが変えられていきました。私はユダヤ人に同情するようになっていきました。

憎悪心がことごとく消え失せました。

彼らを痛めつけてやろうという願望はもはや私のうちになくなりました。

今、私は彼らのことをいとしく想い、絶えずエルサレムの平和のために祈っています。

かつて私はテレビでホロコーストの画像をみるとこれをあざ笑っていました。

でも今私はそういう画像をみると涙がとまりません。

主がなさったように、私は今彼らのために自分の命を投げ出す覚悟さえできています。

こういうことを言うと、同胞のアラブ人やムスリムは私を憎悪するでしょう。でもそれを覚悟で私はあえて言います。

私は全世界に向かって言います。自分はユダヤ人を愛していると。

彼らのメシアゆえ私はユダヤ人を愛しています。

彼らは光をこの世にもたらしました。彼らを通して光であり真理である方がいらっしゃったのです。それゆえに私はユダヤ人を愛しています。

私はもう彼らを軽蔑したりしません。

ユダヤ人は神の選ばれし民であり、――私たちが彼らにそれを許しさえするなら――彼らはアラブ人そして全世界の人々に光を与えるのです。

なぜなら神は彼らを世界に対する祝福としてお造りになられたからです。

神様が次のようにアブラハムに仰せられたように、私たちは彼らを愛し、彼らをサポートする必要があるのです。

「あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される」(創12:3)。

新しく生まれ変わって

真理を知ったことで私の考え方は変えられました。

かつて私はヒットラーを信奉する者でしたが、今私はキリストを信じています。

かつて偽りを信じていましたが、今真理を知る者とされました。

かつて私は霊的に病んでいましたが、私はいやされました。

かつて私は暗闇の中を生きていましたが、今光をみています。私は滅びゆく者でしたが、救われました。

そして疑いから信仰へ、憎しみから愛へ、さらにキリストを通して邪悪な業を行なう者から神の恵みに与る者へと変えられました。

この変化を通して私は、神の御言葉がないところでは、物事は表面上良くみえても、核の部分には偽りが横たわっていることを知りました。

こうして私は自分たちの全ての罪のために死んでくださったメシアであるイエスを、自分の主および救い主として受け入れました。そしてこれからもこの主に私は従っていきます。

イエスは言われました。

「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます」(マタイ11:28)。

主イエス様、御約束を成就してくださってありがとうございます。

ーおわりー

☆☆
(祈り)
主よ。私はこの記事を読んでくださった愛する兄弟姉妹と共に祈ります。

今、この世界がおそろしい規模での暴力により、地獄の様相を帯びてきているのをあなたはご存知です。

このような状況のただ中で、私たちは初代クリスチャンと同じように、巨大な悪の前に素手で立っています。

そしてあなたにすがり、ヨシャパテ王のように祈ります。

『私たちに立ち向かって来たこのおびただしい大軍に当たる力は、私たちにはありません。私たちとしては、どうすればよいかわかりません。ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです』(Ⅱ歴20:12)。

全能の父、歴史の審判者であられる神様。あなたはキリストを死者の中からよみがえらせ、すべての支配、権威、権力、主権の上に、そしてすべての名の上に高く置かれました(エペソ1:20、21)。

私は兄弟姉妹と共に、この力あるイエス・キリストの御名を宣言します。

そしてあなたの愛の御国が今日も各地で勝利をおさめていることを覚えて感謝します。

主よ、どうか私たち一人一人を今まで以上に御霊で満たしてくださり、憎しみのあるところに愛を運ぶ器として用いてください。

イエス様の御名を通してお祈りします。アーメン。

♪Above allのアラビア語賛美。この賛美はアラビア語圏の福音教会でよく歌われています。)



【この賛美の日本語訳】
♪すべての力と権勢に勝る主イエス 計り知れない知恵によって すべてを造られた
国々と権力 どんな世の名声より どんな世の宝より さらに尊い主よ

十字架で苦しまれ 捨てられ 裏切られて 踏まれたバラのように
わがため死なれた 主イエス




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