昨日、心あたたまる出来事がありました。

その日私たち(→イラン人やアフガン人のクリスチャン+私)は、知り合いのクルド人の方が開いている小さな食堂に行って、椅子に腰かけていました。

すると隣のテーブルに小さな女の子を連れた家族がやってきて、席に着きました。

アジア系の顔をした私がめずらしかったのか、その子は、まばたきもせず私の顔を一心に見つめていました。

その様子がなんともかわいらしく、私は折り紙で鶴を折って、その子に手渡しました。

そんなことから、自然にそのお母さんとも話を交わすようになりました。

訊いてみると、この家族はイラクのバグダッドからやって来た難民でした。

2カ月前に、ボートでギリシアのサモス島にたどり着いたけれども、今、とても苦しい状況にあるとのことでした。

そこでうちの教会の兄弟たちが、難民申請のしかたについて、いろいろとその家族に説明してあげました。

また私たちの食前の祈りをきっかけに、これまた自然な形で、自分たちがクリスチャンであることを証しすることができました。

国籍も民族も違う私たちクリスチャンが、一つのテーブルを囲んで和気あいあいとしている様子がこの家族にはとても斬新にうつったようでした。

そして帰り際、バグダッド出身のこの女性はなごり惜しそうに椅子から立ち上がり、私たちにこんなことを語ってくれました。

「私、最初にここに座った時、隣のテーブルにイラン人がいるってことに気づいて、正直、すごく厭だったんです。

私はこれまでイラン人に対して悪いイメージしか持っていませんでした。

でも今晩、あなたがたに会って、私のイラン人観が100%変わりました。あなたがたはすごく親切でいい人です。」

8年続いた流血のイラン・イラク戦争(1980-88)は今も両国の人々の心に苦々しさと傷を残しているのです。

それを受けて、イラン人の兄弟が自らの胸に手をあて、「私たちイラン人があなたの国の人々にしてきたこと、、それらをどうかお許しください」と謝罪しました。

そして「私たちはイラクの人々を愛しています。」とその女性に言うと、彼女は心からうれしそうに「ありがとう。」と笑顔をみせてくれました。

そして(私たちがクリスチャンであることを承知の上で)、「どうか私たちのために祈ってください。」と言ってこられました。

彼女は、使徒の働き16章に出てくる紫布商人ルデアを思い出させるような、心の開かれた女性でした。

私はこの女性に対するいとしさでいっぱいになり、歩み寄って彼女をぎゅっと抱きしめました。すると、彼女もまた私を固く抱きしめてくれました。


今思うと、その時、その場に神の国が訪れていました。

宿敵であるイラク人とイラン人がお互いに赦し合い、

アフガン人もイラン人もイラク人もみんな子どものように無邪気に笑っていました。

そしてそのただ中に、平和の君であるイエスさまがいらっしゃいました。

穴だらけ、血だらけの中東の壁。

でも昨晩、その穴のひとつが――ちいさなひとつが――確かに修復され、ふさがれました。

もうこの地上でこの家族に会うことはないかもしれない。

でも私は天の御国で彼らに再会したいです。

主よ、どうかこの家族を助けてください。

そして私たちクリスチャンにここまで心を開いてくれたあのバグダッドの女性に、あなた御自身をあらわしてください。

イエス様の御名によって祈ります。アーメン。


tea time 3







生きることはキリスト

ジョナサン・ゴーフォース宣教師(1859-1936)の生涯と信仰〔中国〕