Thankgiving table

この前の日曜日、私たちの愛するH兄(A国出身)がイエス様に人生を捧げ、バプテスマを受けました。

この青年は、難民収容所にいた時、同じセルメイトであったクリスチャンの兄弟および差し入れに来てくれていた教会の兄弟たちの愛に感激し、釈放後、教会にやってきました。

それから約二年という月日が経ちましたが、その間に、彼はイエス様を救い主として受け入れ、そしてついに洗礼を受け、信仰を公にする決心をするに至ったのです。

私は彼がはじめて祈った日のことを今でも鮮明に覚えています。前置きも形式も何もなく、単純素朴な彼の祈りはこのように始まりました。

「ぼくはこれまで悪い友だちとばかり一緒にいて、はっきり言って悪い人だったと思います。でも今、いい人たちと一緒にいるようになって、ぼくはうれしいです。アーメン。」

おさな子のようなこの祈りを聞いて私は涙を抑えることができませんでした。

私の夫は、H君をわが子のようにかわいがっていて、週の半分はH君はわが家でごはんを食べ、うちの家族の一員となっています。

先週、夫とH君は、神の国について語り合っていました。

A国ではここ30年余り、部族間の内戦が絶えず、特に彼の出身部族であるH族はその他の民族(P族,U族、T族)によって大勢殺されてきました。

夫が「神の国の市民であるというキリストにある新しいアイデンティティは、あらゆる部族主義、国粋主義を凌ぐものなんだよ。」ということを説明し、また敵を赦すことの大切さを説明すると、H君は、こんなことを分かち合ってくれました。

「今まで、僕にこういう教えをしてくれる人は誰もいなかった。僕は物心つく頃から、『相手にやられたら、やり返せ、復讐しろ』と教えられ育ってきた。

だから、正直いって、他の部族のことを赦すのは今もすごくむずかしい。でも僕は赦すことのできる人間になりたい。だから、これからもっともっとイエス様の御言葉を読んで成長していきたい」と。

そのH君がこの前の日曜日、バプテスマを受けたのです。

その日の朝、私はH君のためにとりなしの祈りをしていましたが、その時、主は私の心を希望で満たしてくださいました。

その希望とは、今後、主がH君を用いて、何百という同胞の心に光を照らされるというものでした。

そしてやがて彼が自分の部族だけでなく、他の部族をも愛し、和解の手をさしのべていく平和のかけ橋として用いられていくというものでした。

そして夫と私は、H君にイザヤ書の次の言葉をプレゼントしました。

「起きよ。光を放て。あなたの光が来て、主の栄光があなたの上に輝いているからだ。

見よ。やみが地をおおい、暗やみが諸国の民をおおっている。しかし、あなたの上には主が輝き、その栄光があなたの上に現れる」(イザヤ60:1-2)。


H君の前途は決して容易なものではないでしょう。それは本人も十分承知の上での洗礼式でした。

そしてそのバプテスマは天国の到来を予感させるような感動に満ちたものでした。

会堂いっぱいに賛美の声が鳴り響き、涙と喜びのうちに、H君は新しくされました。

だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。Ⅱコリント5:17

☆☆

人がキリストにあって新しく生まれ変わる、そして神の国の民とされるーこれほどすばらしいことがこの世にあるでしょうか?

H族も、P族もない。日本人も、アメリカ人も、中国人もない。内紛も、憎悪もない。部族対立や偏狭な民族主義もない。

私たちはキリストにあって一つの家族とされるのです。

現に今、H君と、P族出身のK兄は、民族対立の壁を越え、主にある兄弟としてお互いに愛し合っています。

「あなたは昔、各地を旅行していたではありませんか?なぜ今、こんな狭い界隈にじーっとしているのですか?つまらなくないですか」と私は人に訊かれる時があります。

そんな時私は答えます。

「ええ。信仰を持つ前、私は外の世界に自分の求めている何かがあると思い、しきりに旅をしていました。

でも、今、私は本当の宝を見つけました。それは他ならぬあなたです。

聖霊の宮とされたあなたは、どんな観光名所よりも見ごたえがあり、どんな壮大な自然公園よりも美しいことに気づきました」と。

コロサイ1章には、Christ in you, the hope of gloryと書いてあります。あなたのうちにおられるキリスト、栄光の望みです。Christ with youとは書いておらず、Christ in youとあります。

この奥義はあまりにもすばらしすぎて、私はそれを消化することができません。ただ手をあげて私たちの花婿イエス・キリストを賛美するのみです。

私たちは皆、聖化の過程にあるので、キリストの天的な美しさを完全な形では反映できていないかもしれません。

でも、信じる者のうちにキリストの御霊が宿っていることは確かなことです。

今、私にとって最大の喜びは、これまで何百年もの間、福音に対して閉ざされていたA国の人々の心に神の国が訪れていることです。そしてキリストの美しさ、リアリティーが、彼らを通しても今やこの世に現れてきていることです。

御国が来ますように!アーメン。


(↓賛美歌 Like a River, Glorious. Frances R. Havergal, 1874, sung by Smucker Family)






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