下の絵をみてください。

L Kaiser picture

馬に乗った男性が中央にみえます。その左側には、大きな車輪の荷車があって、その上には一人の男性が座っています。

よくみると、その男性の手は鎖でつながれています。どうやら囚人のようです。そして男は地面にある何かを手に取ろうとしています。

槍で武装した数人の男たちに包囲されながら、この囚人を載せたこの荷車は、ゴトゴトと道をすすんでいっています。

絵の右手奥をみると、薪の山、そして燃え盛る火がみえます。

そうです。この囚人は今から、生きたままこの火の中に入れられるのです!火あぶりの刑にされるとは、この男はいったいどんな大罪を犯したというのでしょう。

連続強盗殺人でしょうか。もしくは幼児誘拐殺人でしょうか。

いいえ。彼はそのような犯罪は犯しませんでした。彼は異端(つまり非カトリック)の教えを説いた者として死刑に処せられようとしているのです。

時は1527年。場所は南ドイツ。

当時、政治権力をがっちり握っていたカトリック教会(およびプロテスタント教会の一部)は、みずからの公式見解に反する教えを説く者たちを「異端」と断罪し、彼らに拷問を加えたり、死刑に処したりしていたのです。

☆☆

Martyrs Mirror

私はこの記事をMartyrs Mirror(p420-422)を基に書いていますが、レオンハルド・カイセル(Leonhard Kaiser)がいつ生まれたのか、どこでどのように育ったのかははっきりと分かっていないようです。

ただ確かなのは、彼がドイツ南部バヴァリア地方の有識者であり、カトリック司祭だったということです。

Bavaria map

しかしある時期から彼は宗教改革思想に関心を持つようになり、ツヴィングリやルターの著作を読み始めました。

こうして真理探究を始めたレオンハルドは、直接ヴィッテンベルグまで足を運び、そこで有識者たちとさかんに意見を交換しました。

こうして故郷のバヴァリアに戻った彼は、熟考し祈った末、カトリック司祭を辞し、迫害されている信徒たちの群れと運命を共にする決心をしました。

レオンハルドがルター派であったとする説と、アナバプテストであったという説がありますが、そういった呼称はそう大切な問題ではないと思います。

大事なのは、彼が命をかけ御言葉の真理に従おうとした、キリストの弟子であったということです。

1525年より、彼は御霊の力と情熱に燃え、民衆に御言葉を宣べ伝え始めました。彼はラテン語にも通じていましたが、あえて誰にでもわかる口語体(=ドイツ語)で人々に聖書を語りました。

しかし翌年、彼はバヴァリアのスカルディングで捕えられ、パッサウの司教および教会参事会により、「聖ローレンス日の前の8月の金曜日に、火あぶりに処するべし」という判決を受けました。

こうして上記の絵でみたように、レオンハルドは鎖につながれ、処刑場に連れていかれました。

横にはカトリック司祭たちがおり、ラテン語で彼に話しかけていましたが、レオンハルドは傍で聞いている民衆への証しのために、あえてドイツ語で返答しました。

処刑場にいよいよ近づいた時、彼は縛られている不自由な体を横にかがめ、道端に咲いている一輪の花をもぎました。そして馬に乗っている裁判官に向かって言いました。

「裁判官さま。私は今、一輪の花を手に取りました。もしこの花と私を燃やすことができるなら、あなたの下した判決は正しかったとされましょう。

しかしもし、そうできなかったなら、ご自分がなさったことをお考えになり、悔い改めてください。」

こうして裁判官および三人の死刑執行人は薪をくべ、レオンハルドの体に火をつけました。しかし、薪がすべて燃え尽きた後も、彼の体は依然として燃やされていませんでした。

そこで執行人たちはさらに大量の薪をくべ、盛んな火をおこしました。
Leonhard at stake
しかしレオンハルドの体は(髪の毛と爪の部分は少し焼けていましたが)依然としてそのままでした。そして手に握られていた花も焼かれずにそのまま保たれていました。

そのため執行人たちはレオンハルドの体を切り刻み、新しくおこされた火の中に放り込みました。しかし火が燃え尽きてみると、その体の部位は灰となっておらず、そのまま保たれていました。

どうしようもなくなった執行人たちは、結局、その体の部位をイン川に投げ込みました。

一連の出来事を目の当たりにした裁判官は、即日辞職し、別の地方に移っていきました。

また、一等補佐官であり、裁判官に付き添っていた男性は、その後、モラヴィア地方の教会にやって来、レオンハルドと同じ信仰を持つに至りました。

☆☆

Leonhard 2

火の中に入れられても体が焼けなかったという証しは、ダニエル書3章や、2世紀のスミルナ教会の長老であったポリュカルポス(出典:Letter from the Church of Smyrna)の殉教の記録の中にも記されています。またレオンハルドの殉教は、Seb.Frank, Chron.der Rom.Kett. letter L.の中でも証言されています。

新旧約聖書には、たくさんの奇蹟の記述がでてきますが、私たちの神は、信じる者のうちに働いてご自身の栄光をあらわすことができる全能の主です。

また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。エペソ1:19

また、福音書や使徒の働きを読んで分かるのは、神様が奇蹟を起こされる時には、その後、必ず良い結果が生み出されるということです。(例えば使8:6-8、9:36-42)。

事実、レオハルドの殉教とそれに伴う奇蹟によって、一等補佐官をはじめとする多くの魂が救いに導かれたのです。

そのことを黙想する時、私たちはパウロと共に次のように告白することができると思います。

それは、私がどういうばあいにも恥じることなく、いつものように今も大胆に語って、生きるにしても、死ぬにしても、私の身によって、キリストのすばらしさが現されることを求める私の切なる願いと望みにかなっているのです。ピリピ1:20

☆☆
おわりに

私の家の近くには精肉店があって、羊が一匹ずつまるごと売られています。そのお店の前を通るたびに私は思います。

「ヒツジはなんと有益な動物だろう。ミルクはおいしいフェタ・チーズとして加工され食卓に並び、毛はウール製品となって私たちを寒さから守ってくれる。そして肉はケバブやスープとなって何世紀もの間、ギリシア人の大切な栄養源となってきた。」

イエス様が神の小羊と呼ばれ、また私たちクリスチャンが羊に例えられるのも、そこには深い意味があると思います。

時に私たちクリスチャンは信仰ゆえに人々から不当な扱いを受けたり、苦しめられたりします。

レオンハルドをはじめとする無数のクリスチャンも、不敬虔で残虐な人々の手にかかって殺されました。

しかし神の御手のうちにある私たちクリスチャンの人生は、結局、どのパーツも余すところなく主の栄光のために用いられるのです。

私たちは、四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません。

迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。Ⅱコリント4:8-9


キリスト教の歴史は、真のクリスチャンが常に迫害されてきた歴史であり、また勝利の歴史でもあります。

私は、このブログを読んでくださった愛する兄弟姉妹の人生が――たとえ今、どんな苦しみの中にあるとしても――、全てを益としてくださる主によって勝利に輝くものとされますようお祈りいたします。応援します!




今後の進路のことを祈っている学生のみなさんへーバンコクのスラム街で目を覚ましてー(ミッシェル・カオ姉妹の証し/宣教・国際協力)

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