一年前のこの時期、自分がブログを開設することになるなど思ってもみませんでした。家にインターネット回線もなく、コンピューターにも疎い私はそもそもブログが何かもよく知らなかったのです。

当時私は、Fire in the Zurich Hills(日本語タイトル『チューリッヒ丘を駆け抜けた情熱―迫害下に生きたスイス・アナバプテストの物語―』)という歴史小説を奉仕の合間に訳していました。

〈訳者あとがきココ〉の中でも書きましたが、私はこの本を米国の兄弟姉妹からプレゼントしてもらいました。そしてこの本を読み進める中で、フェリクス・マンツ、コンラート・グレーベル、ゲオルグ・ブラウロックといった青年キリスト者たちの、命をかけた信仰とその生涯に心打たれました。

そして私は、雲のように自分たちを取り巻いている多くの証人(ヘブル12:1)、特に本書の中で取り上げられているような、名もなき信仰者たちの真実な歩みを「翻訳」という奉仕を通して、祖国の兄弟姉妹の心にお届けできたらと思いました。

また、「ただで受けたのだから、ただで与えなさい(マタイ10:8)」という御言葉の通り、無償で、どなたにでも読んでいただけるようにしたいと思いました。

そのことを東京に住むT姉妹に相談したところ、「ブログを開設したらいいよ。そして章ごとに区切って載せたら読みやすいと思うよ」とアドバイスしてくれました。

こうして彼女の親切な手ほどきを受けながら私はこのブログを開設し、この歴史小説を電子書籍という形で世に送り出すことができたのです。

ですから、その後つづけてブログに何かを書いていく予定は当時ありませんでした。

でも、イランで1990年代に殉教されたハイク・ホプセピアン牧師、メフディー・ディバージ兄、それからヘンリー・マーティンのことなどを考えた時、彼らの歩みも日本語で記しておきたいと思い始めました。こうして私のブログはスタートしたのです。

また常日頃、日本の若い兄弟姉妹が世界各地に出て行って、宣教の働きに用いられますようにと祈っていたこともあり、過去に生きた勇敢な宣教師の伝記を書くようにも導かれました。アドニラム・ジャドソン〔ビルマ〕、ジョナサン・ゴーフォース〔中国〕などはその一例です。

しかし一番思いもかけなかったのは、クリスチャン女性の生き方・価値観というテーマで証しやエッセーを書くように導かれたことでした。

そしてこれは容易な試みではありませんでした。というのも、こういう記事を書く=恥や失敗も含めた自分の過去と向き合い、それを公にさらけ出さなければならないことを意味したからです。

またこういったテーマに触れることは、現在、キリスト教界でタブー視され敬遠されているいくつかの重大な問題に対して、またこの世の潮流に抗して、はっきりと信仰告白していくことをも意味しました。

当然そこにはリスクが伴いました。広範囲な人々の反感を買うことも覚悟しなければなりませんでした。また今まで仲良くしてくれていたクリスチャンの好意や支持を失うかもしれないことを覚悟しなければなりませんでした。

そんな時、私はマルティン・ルターのこの言葉に出会いました。

「もし私がありったけの声で明瞭に神の真理を公言しているとしても、その小さな点――そう、今まさに、この世と悪魔が攻撃を加えているそのささいな一点――について触れるのを避けているなら、私はキリストを告白していることにはならない。そう、たとえ(その他のことで)どんなに大胆に告白しているとしてもダメなのだ。

戦いが激しさを増す所において、兵士の忠誠心は立証される。そして全ての戦場において確固とした態度をとっていても、もし彼がその一点において尻込みしているなら、それは逃げであり恥辱であるにすぎない。」(The Francis A. Schaeffer Trilogy, p11の中で引用。私訳。)

女性の牧師職のこと、祈りのベールのことなどは、私にとってまさに「その小さな一点」でした。これは相当な内的葛藤を私の魂にもたらしました。真理への愛と、自己保存の欲求との間で私は苦しみました。

「教会史とは、神の言葉に対する、人間の応答の記録である。そしてそれは従順ないし不従順の結果をそれぞれ表しているのである。」(J.W.Kennedy of India, The Torch of the Testimony, preface xiiより。私訳。)

教会史とはなんでしょう?それは私たちクリスチャンの歩みの記録です。

それは歴史に名の記されている人物の記録であると共に、これまでに生き死んでいった名もなき無数のクリスチャンの個人史の集大成でもあります。そしてその全容は私たちがやがて御国に到達した時、明らかにされるでしょう。

私たちは時代を超え、空間を超え、お互いにつながっています。

信仰の先人たちが戦い勝ち取ってくれた霊的宝を私たちは現在いただき享受しています。そして私たちが墓の下に眠ることになる100年後、今度は未来の世代が――現在私たちが信仰のために戦い耐えた末に勝ち取るもの――を受け取ることができるのです。

ですから、私たち一人一人の信仰の歩みは決して無意味ではないのです。

私たちが神の言葉を読み、それに真摯に応答していくその有形・無形の記録は、なんらかの形で他者の人生に影響を与えていくことになるのです。そしてそれはイエス様のおっしゃる「隣人愛」へとやがてつながっていくでしょう。

☆☆

さて、祈りのベールについて公に証しを書いてから数カ月が経ちました。その後、私は、主人の理解と許可を得た上で、(教会や家の中だけでなく)フルタイムでベールをつけるようになりました。

ベールをつけ始めてからの7年余り、私はいろんな意味で、恥辱の谷を通ってきました。

しかし主はほむべきかな。この恥辱の谷の向こうには、これまで想像だにしなかったような祝福が私を待ち受けていました。

この孤独の体験は(国民国家の一員、日本文化、アジア文化、、、)といった地上的つながり、その直接性から私をいやおうなく引き離しました。この地上においてキリスト者が旅人であり寄留者にすぎないことが私にとってよりリアルなものになりました。

そしてキリストの真理の前には、国境というものは存在しないことを知りました。同じような道程をゆく、さまざまな国の「旅人」との間に、私は真の同胞意識を感じはじめたのです。

そして、こういった友情は国境を超え、どんどんひろがっていきました。キリストの教えには、時代・文化・国境を超える普遍性(universality)があることに私の目は開かれました。

狭い恥辱の門を通りぬけたら、そこには姉妹たちとの、グローバルにして親密な交わりが待っていたのです。

私は今、今後の主の導きを祈っています。このブログも主のものです。

民数記9章にあるように、雲が幕屋の上にとどまるなら、私はこれからも書き続けます。しかし雲が天幕を離れて上るなら、ただちに荷造りをして次なる証しの場に旅立とうと考えています。

2014年、このブログを読んでくださった兄弟姉妹のみなさんお一人お一人に心から感謝申し上げます。

私の祈りは、みなさんを通して現在灯されているその信仰の光が、後につづく無数のクリスチャンの道を照らし、これから後も永遠にいたるまで輝き続けることです。

私たちが信仰をもって主への愛ゆえになしたこと、そして御言葉への従順ゆえになしたことは、たとえそれがどんなに小さいものであっても、永遠の価値をもつのです。

ですから愛する兄弟姉妹のみなさん、これからも共に前進していきましょう。

御国がきますように。アーメン。


(賛美歌♪Higher ground 〔めぐみのたかきね〕


兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕えたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。ピリピ3:13、14






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姉妹のやわらかい言葉づかいについて

わたしたち日本人を愛するがゆえ、祖国を離れ、日本で長年奉仕してこられたシスターの証し―子供の時のクリスマスー〔戦時下ドイツ〕

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