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宣教師と外国語習得というものは切っても切れない関係にあります。

福音をすべての民族に宣べ伝えなさいというイエス様のみことばを受け、これまで2000年以上に渡り、多くの宣教師が未知の言語環境に飛び込んでいき、現地の人々のことばを学んできました。

しかしここでひとつの問いがなされます。もしもある人に語学の賜物がないとしたら、その人はそもそも宣教師として派遣される資格があるのでしょうか、と。

それに対して私は自分自身の体験から「いいえ!語学ができなくても大丈夫です!」とお答えしたいと思います。

以下は私とギリシア語の奮闘記です。

☆ ☆

私は昨年までビザ取得の必要から国立アテネ大学文学部に在籍していました。この国は、ギリシア正教徒以外にはいわゆる「宣教師ビザ」を発行しないからです。

さてなぜ文学部に入学したのかといいますと、年配のクリスチャンの先生が「ギリシア語を勉強できるのでどうせ入学するのなら文学部がいいでしょう」とアドバイスしてくださったからです。

それで最初の8ヶ月、外国人用の語学コースを履修した後、すぐに文学部に送り込まれました。

しかし入学して1週間も経たないうちに、私は自分が大変な選択のミスをしてしまったことに気づいたのです。

最初出たクラスは、「古典ギリシア語基礎講読」というものでした。もちろん私は古典ギリシア語の知識ほぼゼロでした。

しかも「基礎」というのは、これまで中高6年間、みっちり古典語を学んできたギリシア人学生にとっての基礎であって、いわゆるα,β,γから学んでいきましょうという意味での基礎では全くなかったのです!

プラトンの『国家』の原文が配布され、生徒たちが順々にそれを現代ギリシア語に訳していきました。その合間合間に、講壇の上の老教授がぼそぼそと何かをおっしゃっていましたが、私はこの教授がいったい古典語を話しているのか、それとも現代ギリシア語を話しているのか、それさえも識別できない有様でした。

それで私はさっそく学部変更の手続きに奔走し始めました。英文学部でも教育学部でも、とにかく古典語のない学部ならどこでもいいと、必死になってあちこちを廻りました。しかし悲しいかな、私の場合いまさら学部変更をすることは至難の業ですと言われました。

「ああ、どうしよう」私は呆然自失となりました。

古典語に限らず、私はギリシア語全般にとても苦手意識を覚えていました。語形変化にしても、発音にしても、何か自分の肌に合わないものを感じていたのです。なかなか上達もしませんでした。

でも滞在許可を得るためには、毎年、成績表を提出しなければなりませんでした。しかもビザ更新条件の欄に「年毎に、学業向上のしるしが見られなければならない」というおそろしい一句も記されていました。

こうして私は暗澹とした思いで自分の置かれている状況を考えました。

自分が乗り込んでしまったジェットコースターはすでにゴトゴトと不気味な音を立て、レールの上を上り始めていました。シートベルトで体を抑えつけられ、私はもうなすすべなく、今後襲ってくるであろう数々の下降劇を待つより他に法がありませんでした。

大学の職員の方々からも、「あなたはこんなにギリシア語が話せないのに、どうしてよりによって文学部なんかに入ろうと思ったのですか?」と訊かれたりもしました。

そう言われると、恥ずかしさの余り、蓄えたわずかなギリシア語の語彙さえもどこかに飛んでいってしまい、私は返答もできず赤面してうつむくばかりでした。

つまり一言でいうなら、私はこの国に滞在し続けるために、毎学期、神様の奇跡を必要としていたのです。

しかし主はほむべきかな。相変わらず上達しないギリシア語のままで、なんと私はその後4年間、及第し続けることができたのです。

毎学期、「ああ、今度こそすべて落第するにちがいない」と思いました。でもその都度、なんらかの助けがあり、私は試験にパスすることができたのです。

例えばこんなことがありました。ビザンツ期の文学講読のクラスでしたが、先生は盲人の方でした。一度、その先生が「ああ、あなたは日本の方ですか?日本にはSEIKOのすぐれた盲人用時計が売っているのですが、どこで購入するのが一番いいのでしょうか」と訊かれたことがありました。

それで私はその先生のために安価で時計が購入できるお店を探してさしあげました。すると学期末、その先生は私がSEIKOの時計のありかを探したというただその理由だけで(本当にお情けで)私に及第点をくださったのです。

またツキディデスの『歴史』講読の試験では、がんばって勉強したにもかかわらず、山がことごとく外れ、配点のほとんどを占める長文読解(現代語への訳出)がまったくちんぷんかんぷんでした。一文だに訳出することができませんでした。

今度こそ落第を確信しました。

しばらくの間、むなしく長文を見つめていましたが、ついに私は訳出をあきらめ、その代わり、そこの解答欄に、担当教授に宛ててお手紙を書き始めました。

〈先生、ごきげんよう。お元気ですか。努力しましたが、私はこの長文をただの一文も理解することができませんでした。まったく分かりませんでした。ですが、先生、どうか私を憐れんでください。よろしくお願いします。ありがとうございます。God bless you.〉

するとどうでしょう?なんと私は及第点がもらえたのです。これはひとえに「どうか私を憐れんでください」という私の切なる嘆願に答えてくださった教授の情けによるものでした。それ以外にいかなる理由も見出すことができません!

このようにして私は毎学期、奇跡のようにして試験をパスしていきました。神の見えない手が働いているのは誰の目にも明らかでした。

そしてこれを通して、私は自分のギリシア滞在が、自分の意思をはるかに超えて、神の御働きによるものであることを知りました。

☆ ☆

私は今でもギリシア語が苦手です。そして今でも人々からギリシア語が下手だといわれます。それでも主はそんな私をこの国に置いてくださっています。

これを読んでくださった方で、語学に苦手意識がある方いらっしゃいますか。大丈夫です。たとえ弱さや足りなさがあっても、主は私たちを用いてくださいます。そして必要な助けをいつも与えてくださいます。

ですからもしも宣教の働きに召されているのでしたら、迷わずその道をお進みください。応援します。

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