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(チャールズ・スポルジョン(1834-1892) 「神の家において姉妹たちが頭を覆う理由は、『御使いたちのため』である。御使いたちのために、女は頭の上にかぶり物をつけなければならないと使徒は言っている。なぜなら御使いたちは集会のただ中におり、無礼な行為を一つ一つに注目しているからである。」)

敬愛する牧師先生、神学校の先生
 
このブログを訪問してくださりありがとうございます。今日は先生方にどうしても聞いていただきたいことがあって公開レターをしたためております。

私は福音主義信仰に立つ一介のキリスト者です。数年前、Ⅰコリント11章を読んでいてふと、「なぜここには『女が、祈りや預言をするとき、頭にかぶり物を着けていなかったら、自分の頭をはずかしめることになります』と書いてあるのに、私はかぶり物を着けていないのだろう。それでいいのだろうか?」という素朴な疑問を持ちました。

そしてそこから探究が始まり(その過程についてはココをお読みください)、結果的に私はこの祈りのベールを実践するように導かれました。

何しろ周りにそのようなことをしている人は誰もいなかったので何年もの間、私は孤独でかつ常に羞恥心と戦わなければなりませんでした。しかしこれが聖書の真理であるという一点において私の確信は揺るがず、また実践に伴うすばらしい霊的祝福も注がれ、とにかく私は続けてきました。

昨年、勇気をふりしぼってそのことを祈りのベールの証しとして日本語と英語でついに公にしました。すると想像もしないことが起こりました。なんとそのように導かれていたのは私だけではなかったのです。世界のさまざまな国の姉妹たちから「私もあなたと同じです!」と応答があったのです。

このようにして自分の小さな体験からも、Ⅰコリント11章のこれらの聖句が、昨今の文化論的解釈では決して片付けることのできない普遍的かつ超文化的な聖書の掟であることが明らかにされていきました。

さて私はこれまで同胞の日本の姉妹方に向けて、「たとえ一人ぼっちであっても、御言葉に従い、祈りのベールを実践しよう!」と呼びかけてきました。実際、このブログの読者の方々の中にはすでに実践し始めておられる方、また、まだ実践にまでは至ってはいないけれども精神的にはすでに私たちと同じ道を歩み始めていらっしゃる方々がいます。

しかし、です。私は日本在住の彼女たちからのお便りを読んで身につまされるものを感じています。彼女たちの抱えている葛藤やプレッシャーは並大抵のものではないのです。

「教会の他の姉妹たちに無言の圧力を感じさせるようなことはしたくない」「誤解され、自分の家族に批判が向けられるんじゃないか、、」等、彼女たちの心の訴えは切実です。

そこで私は一つの現実に向き合わずにはいられませんでした。――それは、現在、日本の教会でこの教えをしてくださっている先生があまりにも少ないという現実です。ほとんど誰も擁護してくださらない環境の中で祈りのベールを実践していくのは至難の業です。

この記事を読んでくださっている先生、私は先生に嘆願します。どうかこの聖書箇所についてご再考してくださいませんか。そして私たちを助けてくださいませんか。

先生、ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。

参考までに下にいくつか参考資料を挙げておきます。もしよろしければご参照くださいませ。

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(ウィリアム・テンダル(1494-1536) 私は答える。-パウロは書簡の中で書いていたそのようなことを口頭で教えていたと。そしてパウロのいうその伝統とはこれである。つまり、女は夫に従い、かぶり物をつけ、静かにし、女性らしくキリスト者らしく身を包むことである。

祈りのベールの教え(その2) ココをクリックしてください

Is Headcovering cultural? What about the Corinthian Prostitutes? (被り物は文化的なもの?コリントの売春婦のことはどうなんですか?)here

Is Head covering legalistic? (被り物をすることは律法主義的?) here

Is a woman’s long hair her covering? (女性の長い髪=被り物?)here

Where did the long hair view come from? (「女性の長い髪=被り物」説はいつ生まれたか)here

Why Head coverings? Reason 1 Creation Order (「なぜ被り物をするのか?」シリーズ 理由1.創造の秩序)here

Reason 2 Angels (「なぜ被り物をするのか?」シリーズ 理由2.御使い)here

Reason 3 Nature (「なぜ被り物をするのか?」シリーズ 理由3.自然)here

Reason 4 Church practice (「なぜ被り物をするのか?」シリーズ 理由4.教会の慣習)here



John Bunyan, 1628-1688 (ジョン・バンヤンは被り物についてどう言っていたか?)here

Martin Luther, 1483-1546 (マルティン・ルターは被り物についてどう言っていたか?)here

William Tyndale, 1494-1536 (ウィリアム・テンダルは被り物についてどう言っていたか?)here

John Knox, 1514-1572 (ジョン・ノックスは被り物についてどう言っていたか?)here

Ambrosiaster,4th century (アンブロスィアスター[4世紀]は被り物についてどう言っていたか?)here

Thomas Aquinas, 1225-1274 (トマス・アクィナスは被り物についてどう言っていたか?)here

Thomas Wall, 17th century (トマス・ウォールは被り物についてどう言っていたか?)here



What the Early Christians Believed About Head Covering? (初代クリスチャンは被り物についてどう言っていたか?) Youtube

Which Christian leaders believe in Head Covering? (被り物についての教えをされている先生方の名前リスト)here


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なんというすばらしい王

一度救われた人が救いを失うことはあり得るのでしょうか?-聖徒の永遠堅持(Eternal Security)をめぐっての私の葛藤と探求―

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