greg and april june 2014
(家族を率いてハイキングを楽しむグレッグさん、そしてカシィディ一家、2014年6月)

エイプリル・カシィディ姉妹は、長年、「頼りなく、無気力な夫」グレッグ氏との間に問題を抱え、悩み苦しんできたクリスチャン女性です。2008年、主がそんな彼女の心の目を開いてくださり、彼女は聖書に書いてある女性像(Biblical womanhood)を真剣に求め始めました。

2011年4月、全く別人のように変えられた妻エイプリルの姿に感動を覚えた夫グレッグ氏が、「この間に君が体験したこと、主から学んだことを他の奥さんたちに分かち合ったらいいと思う。ブログを始めてごらん。」と提案されました。

こうして生まれた彼女のブログwww.peacefulwife.comは、夫婦関係回復を祈り求めている多くのクリスチャンの間で読まれており、主に尊く用いられています。

以下は彼女が最近書かれた記事です。エイプリル姉妹から許可をいただいた上で、2015年3月、日本語訳しました。

「私の主人には神様からの召命がありません。そんな夫にどうやって従っていけるというのでしょう?」

(“My Husband Doesn’t Have a Calling from God, How Can I Follow Him?” source)


おそらく今あなたは、「今後私は、主人の助け手となっていこう、夫を立て夫を敬っていこう、神様によって与えられし夫のリーダーシップを尊重していこう」と、新しい人生の歩みを踏み出そうとされておられるかもしれません。

しかしここで問題が一つ生じます。あなたのご主人には見たところ、人生におけるビジョンとか夢とかいったものがなく、家族を引っ張っていけるようなしっかりした目標もなく、神様からの明瞭な召命もない、、、のです。

主人自身がそういう点をよく把握していないように見える状況なのに、どうやってそういう人を助け、サポートしていくことができるというのでしょう。

私の前に座って、自分の抱いている長期的な展望や計画を話そうとしてくれない(いや、そういう展望さえ元々ない?)人にどうやって従っていけましょうか。

「ああ、もういやだ」――あなたは、そういう状況に愛想を尽かし、そうしてあきらめと無気力のうちに、ご自身の人生を無駄にしますか?

でもそれって、とっても悲しいことではないでしょうか?

それがまさに六年前の私の姿でした。この点において神様が私を取り扱われ始めたのが六年前なのですが、それ以前、私はこう考えていました。「夫のグレッグを通しては、神様は私を導くことなんかできない」と。

ああ、でもそれはとんだ間違いでした!後で分かったのですが、神様がグレッグを通して私を導くことができる・できないということが問題ではなかったのです。

むしろ問題は、私が神さまに従っていこうとしていなかったこと、それから、神様とグレッグの「時」を待つことができない「自分のせっかちさ」にあったのです。

私は自分流のプランを全面に打ち出し、とにもかくにも、それを推し進めていこうとしていたのです。

愛する姉妹のみなさん、私はこれから自分の発見した驚くべきことをみなさんにお分かち合いします。

そうなんです。――たとい、あなたのご主人が今現在、神様からの召命をご存知なかったとしても(もしくはまだそれが見えない状態にあるとしても)――神様は実際、ほんとうに、あなたのご主人に対してそういった召命およびビジョンを持っていらっしゃるんです。

そして主はあなたに対してもそのような召命を与えておられます――そうしてあなたとご主人のそれは結び合わさるのです。

神様がどこに導いておられるのか、たとえ今ご主人自身にその自覚がなかったとしても、不安に思わないでください。大丈夫です。神様はご主人をどのように導いていけばよいのかご存知です。――そしてあなたをどのように導いていけばよいのかもご存知です。全知全能の神様はご計画を持っておられます。

ですから、今、ご主人が生涯を貫く壮大な青写真を描いてみせることができなくても大丈夫です。今後五年間の霊的ビジョンを打ち立てることができなくても大丈夫です。

目下、(あなたの計りによれば)ご主人は敬虔なリーダーでもなく、夫でもなく、父親でもないかもしれません。そして、そういうご主人を用いては、神様はあなたや子供たちを導くことができないと感じているかもしれません。

いえ、どうか気落ちしないでください。神様は異教徒の王や国々を用いてさえ――彼ら本人が、主のご計画遂行に協力していたということを自覚していたか否かに関わりなく――、主の業をなすことができたのです!

これはすばらしいことです。なぜなら私たちの創造主である神は全てを統べ治めておられ、全能であられ、なおかつ全知であられるからです。

ですから、鍵は、私たちの夫にあるのではなく、神様にあるのです!

主の働きを始めるにあたって、私たちは「何がなんでもこの計画の全貌を把握しなければならない!」と力みがちです。しかし、ほとんどの場合、神様はそのような方法では働かれません。(もちろん、そのように働かれる場合もあります。例えば、主はある方を若い時期に、生涯にわたる明確な宣教の働きに召すこともあります。)

しかし、現時点においては、遠い未来を見渡せるようなはっきりとした鳥瞰図が与えられていない場合もあります。いや実際のところ―ほとんどの場合―ただ次のステップが見えるに十分なだけの光を与えつつ、一日一日の単位で私たちを導いておられます。

でもこれは、(私も含めて)前もってしっかり計画を立てるのが好きな方にとっては、なかなかやっかいな事です!

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でも逆に言えば、ここが肝心かなめなポイントなのかもしれません。つまり、私たちが先走ってがっちり打ち立てた自分流の計画によってではなく、信仰によって歩んでいく――そのことを学んでいく必要があるように思います。

神様は一日一日と、ご自分に従っていくよう私たちを召しておられます。そして、主のみこころが将来どんなものになるかを把握する以前に――それが何であれ――主の御意思に自発的に従っていくことを求めておられます。

☆☆
訳者追記

みこころなら、夫婦関係の回復にいたるまでに辿ってきた彼女の道のり(告白・証し)をもいずれ翻訳しご紹介したいと思います。

teddy bear



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