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この探究の旅は いつ終わるのだろう


ある意味、それは

仲保者イエス・キリストの名によって

神に向かって差し出された わたしたちの手が

主の御手を感じ


主がそこにおられるということを知るとき


そのとき

終わるのかもしれない



しかしまた 一方において

この探究は けっして終わることがない



なぜなら 

最初の発見は またたくまに 

次なる問いを引き起こし

その問いはさらに別の問いを生じさせる――


こうして探究は はてしなく続いていく



これを書いている時分 夜が明けてきた


はるかかなたの地平線にのぼりゆく太陽の 

まばゆい光点がみえる


しかし 

厚い雲が すぐにそれを覆ってしまった



光を背にした雲は 照り輝き


ピンクと黄金色の 美しい層が

薄もやのような覆いの切れ目から 

のぞいている


一心に天をみつめている私の目に

栄光に次ぐ栄光が 顕わされる



神との関係においても 

同じことがいえるのかもしれない


神がおられるということを知ること――

それは 

探究の出発点にすぎないのだ



私たちは 

主がどのような方であるかを求めるよう いざなわれ


その探究は けっして終わることがない



なぜなら

探究の道を進めば進むほど


ますます それは深みを増していくからだ




(Isobel Kuhn, By Searching, Chapter 10より抜粋 翻訳)


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