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ことばを書くということについて




書くっていうのはおごそかな行為。


私の考えていることは、

他のみんなにシェアできるほど

価値あるものなのかしら?


私のことばは、いのちを語っている?それとも死?



読んでくださっている

みなさんの為になるようなことを言っているかしら。


気落ちしている方を励ますものになっているかしら。

そして

従おうとしない人々には

警告を与えるものになっているかしら。


ああどうか、

意味のない、むなしいことばを語ることが決してありませんように。



書くということ――それは、お料理にとっても似ている。


私はまず〈ことば〉という材料を使って、

それを恵みで味つけする。

そうしてそれをお客さまにさしだすんです。



私はみなさんに

この中に込められた思想を味わっていただきたいし、


それに、、

主がどんなにすばらしい方かということを知ってほしいんです。



それからそれから、、

愛というテーブルナプキンを広げて、私の食卓にご招待したいんです。

Breakfast in the garden


そしたら、あなたが主ご自身に歓迎されているっていうことを

分かっていただけないかしら。


「みなさん、聞かなくちゃいけませんよ!」

というメッセージを発しているような、

そんな説得力あることばを作り、飾っていきたいな。



でも私の書く文章で終わりにしないでください。

――斬新さや滋養のためにも――

あなたはこれから

他の食べ物にも飢え

求めていくようになるでしょう。



ぜひそうしてください。

真理のつまった図書館の中でいろいろ調べてみてください。



でもその時、あなたの心に書きこまれたストーリーを

どうか見過ごしになさらないで。


それは生々しすぎて消すことのできないものです。



そう、あまりにも絶大で、あまりにもすばらしく、

それに見過ごすにはあまりにもすてきで心楽しいことば

――それが、み言葉。


そしてこのみことばは、肉の心に刻み込まれ、紙の上に印刷され

、、、天において声高く叫んでいる。



ああ、どうかこの方に背を向けないで。


みことばも、パンとぶどう酒も、乳と蜜も、

みんなみんな主のために、

主のゆえに、存在しているんです。



だから私はこれからも、

ペンを紙の上に、

カーソルを行の上に置こうって思ってます。


なぜ?

それは他でもない主が見ておられるから。


そして、、証しをして

主のために実を結んでいきたいと

私自身願っているから。



(MB, The Business of Writing Wordsより 私訳)



キリスト中心の福音と人間中心の福音

「知り尽くしえない神」――A・W・トーザー著 『聖なる方を知る知識』 第2章