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(アメリカ開拓時代の女性 『パイオニア』、"The Pioneer"by Robert T.Barrett)

バプテスマのヨハネは開拓者でした。聖霊に満たされた彼は、宮殿の中でぬくぬくと日向ぼっこをしていたのではなく、「荒野」に現れ、主の通られる道をまっすぐにしようと奮い立ちました。

同じように、このレターを読んでくださっているみなさんお一人お一人も開拓者です。パイオニアです。

私たちは自分の力ではなくして、御霊の力により、これまで道のなかったところ (あるいは道がふさがってしまっていたところ)に道を切り開いていくのです。

私は単刀直入に言います。21世紀の今、1コリント11章の祈りのベールを実践しようとしているあなたは、――望むと望まざるにかかわらず――イデオロギー戦争の最前線に立たされます。いえ、戦いはイデオロギーに限ったものではなく、本質的にこれは霊的な戦いです。

前回のレターでSanaeさんが言っておられたように、私たちが御言葉に従い、ベールを着けるその行為は、「たとい世の中がどのように動こうとも、私は聖書の神を信じます。そして主なる神のお定めになった創造の秩序に従います」という信仰表明であり、マニフェストなのです。

そして聖書が永遠に変わらない神の言葉であることに対する、私たちの体を張った愛の証でもあります。

私たちは人目を気にする自分の肉を十字架につけ、内に外にあふれる「さまざまな思弁と、神の知識に逆らって立つあらゆる高ぶりを打ち砕き、すべてのはかりごとをとりこにしてキリストに服従させ」(Ⅱコリ10:5)、主の掟を愛し、これに従います。

ベールを着けることは、私たちを古めかしく「保守的」にするものではありません。また私たちを小さく縮こまらせるものでもありません。

私たちは今、どうしても立ち上がる必要があります。

どのようにしても、どんな代価を払ってでも、この道を切り開き、前進させなければならないのです。つまり、私たちはパイオニアになるのです。

今、これを書く私は、自分がある大きな力によって、内側から突き動かされているのを感じています。

私は今、あなたの理性や常識に向かって語っているのではなく、私のうちにおられる御霊があなたの魂に直接語ってくださるようひたすら祈りながら、これを書いています。

どうか永遠の神、私たちの創造主、そして救い主イエス・キリストご自身が、あなたに内なる確信を与えてくださいますように。

あなたの霊の目が開かれ、1コリント11章1-16節に書いてあることの意味とすばらしさに感動が起こされますように。

土砂崩れのような霊的危機の時代にあって、私たちが御言葉に従い、この小さな一点を死守することができますように、どうか主よ、力と勇気と信仰を与えてください。

そして私たちの従順を通して、それぞれの場所で、回復が起こされますように。

イエス・キリストの御名を通してお祈りします。アーメン。




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