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今、「祈りのベール」に関する、私のブログの記事を読んでくださっている方は、それぞれ頭の中で、そして心の中で、いろいろな反応をされていると思います。

そして、おそらくは、聖書註解書等も参照され、真摯に探求されている方々も多いのではないかと思います。

その註解書についてなのですが、私は、自分自身が、このテーマと取り組んでいた時、註解書の提示するさまざまな見解に翻弄されてしまっていました。この先生はこう言い、あの先生はああ言う、、という具合に、とにかく迷路に入ったような感じでした。

またその過程で気づいたのは、典拠の明記されていない「推論」にすぎないものであっても、註解書の中では、あたかもそれが「事実」であるかのように断定的に書かれている場合が多々あるということでした。

そこから私が学んだのは、「註解書というのは参考にはなっても、それを無批判に鵜呑みにすることは危険なんだなあ」ということでした。

今日は、下にその実例を挙げようと思います。これがみなさんの聖書研究の一助になれば幸いです!

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David Bercot, The Theologians Please Sit Down より一部抜粋

使徒時代に実際どんなことが起こっていたのか?――聖書註解者たちは、一見、その「舞台裏事情」に非常に通じているようにみえます。

もちろん、彼らがでっち上げをしているなんて、そんな事ありませんよね?、、でも、そう言ってもおかしくはない現実があるのです。

では、そのことについていくつか実例を挙げさせてください。

まずはジョン・カルヴァンです。彼は1世紀の教会で起こっていたことについての「舞台裏」について次のように書いています。

ここで、(ある程度の蓋然性をもった) 憶測がなされる。――そう、美しい髪をしていた女性たちは、その美を見せびらかすため、頭のかぶり物をぬぐ習慣があったのだ。

それゆえ、こうした悪徳を是正しようと、パウロは良き理由をもって、彼女たちにそれとは反対の考えを提示したのだ――つまりそれでもって男性を情欲に誘惑することは美であるどころか、醜く不作法なことであると。
(ジョン・カルヴァン Calvin's Commentaries



ですから、カルヴァンによれば、コリントの姉妹たちは自分たちの美しい髪を人に見せびらかすために、かぶり物を着けていなかったということなのです。

でも、少なくともカルヴァンは、それが自分の「憶測」であることを認めています。

しかし、1700年初頭の著名な註解者であったウィリアム・バルキットは、コリントで起こっていたことの「内情」について、かなり違った話を提供しています。

〔これは〕偶像に仕える異教の女性祭司や預言者たちへの模倣だったのである。―特に、こういった祭司たちがバッカス(酒の神)に犠牲をささげる時には、彼女たちは顔を覆わず、髪もふり乱し、耳のまわりに髪がまとわりついていたのだ。

そんな中、コリントの女性たちは、こういった異教徒の女性たちを真似しようとして(なぜなら、女性たちはこういったファッションに惹かれ、ぜひともそれを模倣したいと熱望していたからである。)、ベールを取り去り、顔の覆いをとりはずし、自分たちの頭を辱めたのである。

William Burkitt, Expository Notes with Practical Observations on the New Testamant, reproduced in Sword Searcher [CD-ROM])



さあ、今度は、「コリントで起こっていた問題というのはですね、コリントの女性たちが、異教の巫女たちを真似ようとしていた事なんですよ」という展開になっています。これが「本当のストーリー」なのでしょうか。

それでは、今度は、ジャミーソン、フォーセット、そしてブラウンという有名な註解者が何と言っているかをみてみることにしましょう。1871年に出版された彼らの註解書をみると、彼らは彼らでまた違った「内情」を説明しています。

コリントの女性たちは、キリストにある男女の区別をなくそうと、男性との平等を主張し、その結果、礼儀を逸した越権行為に走ってしまい、慣習的な(女性による)ベールをせずに前に進み出て、祈ったり、預言をしたりしたのである。

(Robert Jameison, A.R.Faucett, and David Brown, Commentary Critical and Explanatory on the Whole Bible, reproduced in Bible Explorer 4.0 (Austin: WORD Search, 2006)



さあ、今回はどうかというと、「コリントで実際に起こっていたことは、女性たちが男性との間における社会平等を訴えていたのだ」という話になっています。

この註解書の影響で、他の註解書もすぐにこの見解を採用していきました。例えば、1942年版「Commentary on the Whole Bible」では、この主張が繰り返されています。

聖パウロ自身、キリスト・イエスにあって、男子も女子もありませんと教えた。(ガラテヤ3章、これは1コリントが書かれる以前か直後に書かれました。)

ここで彼が言っているのは、救いは全ての者に等しく提供された、そして霊的立場において、全ては同等だということである。しかしこういった(コリントの)女性たちは、その教えを「男性に対する社会的従属はことごとく取り除かれるべきである」と受け取ったのである

(A Commentary on the Whole Bible, ed.J.R.Dummelow (New York: The Macmillan Co., 1942), 909)



つまり、今までの見解をおさらいしてみると、最初は、コリントの女性たちが自分の美しい髪を見せびらかしたいというのが問題であるとされました。

その次には、コリントの姉妹たちが異教の巫女を真似たいと熱望したことが原因だったとされました。

それから次には、コリントの姉妹たちは実は、初代フェミニストで、集会において男性と同じ権威を求め、これを主張していたことが問題だったのだとされました。

不思議なことに、舞台裏の「本当のストーリー」というのはころころ変わり続けているのです。

(David Bercot, The Theologians Please Sit Down p141-142)



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