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(ぶどうの実、テサロニケ近郊) 

救いの証し

私はギリシア正教徒の家に生まれました。聖書のことについても、イエス様のことについてもほとんど何も知りませんでしたが、心の中に漠然とした神への畏れは少年時代からあったように思います。

高校三年の時、父が脳梗塞で倒れ、約六か月、意識不明の状態にありました。医者からは「助かる見込みはほとんどない」と言われていました。その時、私ははじめて、神という存在に対し、「父を助けてください」と祈りました。幸い、父はその後、意識を回復し、一命をとりとめました。

大学入学 クリスチャンの女性に恋をする

入試を受け、私はペロポニソス半島にある大学に入学しました。入学してしばらく経ったある日、一人の女性に出会いました。彼女も同じ大学に通う学生でした。私は彼女を見たとき、「この人こそ私の妻になる人だ」と感じました。それで彼女に交際を申し込んだのですが、きっぱり断られました。

私はどうしてもあきらめることができなくて、なぜ断るのかとしつこく尋ねました。

すると彼女は言いました。「私はクリスチャンです。でも高校の時に、私は神様から離れてしまった。それで『大学に入ったら私はぜったいに神様と近く歩む』って決意したんです。そういう理由で、私が交際し、結婚することのできる男性は唯一、神様を愛するクリスチャンの方だけなんです。」

私はその答えに衝撃を受けました。そしてしばらくして意を決し、自分もその教会に行ってみることにしました。

教会に入ると、説教者がメッセージをしていました。(自分には理解できない古典ギリシア語ではなく)、私たちが日常話している現代ギリシア語で聖書の言葉が説明されていて、私は新鮮な驚きを覚えました。

礼拝が終わると兄弟たちが満面の笑顔で自分に近づいてきて、歓迎してくれました。これにも驚きました。

しかしその時、自分の心にはずるい考えがありました。「僕はあくまでギリシア正教徒だ。でもこの教会に通って、(彼女の望むような形の、敬虔な)クリスチャンになった〈ふり〉をしよう。そしてなんとか彼女の心を射止めよう」と。

しかし教会に通い、み言葉を耳にするうちに、私の中でなにかが変わっていきました。まず、悪い言葉が口から出てこなくなりました。そしてある時ついに、私は非常に強く聖霊に触れられる経験をしたのです。

そして真剣に水によるバプテスマを受けることを祈るようになりました。すると、祈って数日もしないうちに、教会の兄弟から、「君は今度の月曜にバプテスマを受けるんだ」と言われました。びっくりしました。

なぜ自分が洗礼を受けたがっていることをこの兄弟が知っているのか全く謎でした。なぜなら私は誰にもそのことを言っていなかったからです。私の中で信仰が確かなものとなっていきました。

そしてついに私は洗礼を受けました。水の中に入った時、体中の重荷が取り去られたように感じました。そして内側から新しくされたのを感じました。

興味深かったのは、周りの人たちも自分の変化に気づき始めたことです。これが単なる主観的な思い込みではなく、客観的にも観察され、認められるものであることを知ったからです。

母に打ち明ける

こうして私は大学の四年間、熱心に教会に通いました。しかし自分が(プロテスタント)教会に行っていることは両親には黙っていました。

ギリシア正教徒は、オーソドックス以外の信仰のあり方を、十把ひとからげに「イェホバデス(=エホバの証人)」とくくり、異端と烙印を押す傾向が強いからです。

しかし復活祭で里帰りした時に、「聖金曜のエピタアフィオスの行進に行こう」との母の提案に対し、私は「お母さん、イエス様の受難を黙想するのに、お墓への行進とか、ろうそくを立てたりするのとか、そういう必要はないと思う。僕は家にいて、家で祈りたい」と答えたのです。

すると、母はその答えに不信を抱いたらしく、その後、矢継ぎ早にいろいろと尋ねてきました。

私は「今が信仰を証しする時だ」と感じ、思い切って母にこれまでのことを全て打ち明けました。すると母は、私が正統派キリスト教を捨てて、異端に陥ってしまったと非常に悲しみました。

母を悲しませてしまったことで、私も悲しみに沈みました。「でも、お母さん、今、僕はイエス様を愛しているし、イエス様が僕のうちで生きているんだよ」と母に言いました。

私たちギリシア人への福音宣教をさまたげているのは「宗教」だと思います。そして「無知」だと思います。

私たちギリシア人は福音についても聖書のみことばについても知らないし、しっかり教えられていないのにもかかわらず、「自分たちこそ唯一の正統派クリスチャンなんだ」と思い込んで(思い込まされて)います。そこに難しさがあります。

ある意味、この地での福音伝道は、仏教圏やイスラム圏以上に困難なのかもしれません。こういった慢心や「思い込み」がまず打ち破られなければならないからです。

結婚と就職

こうして新生し、私はイエス様と共に新しい歩みを始めました。

ギリシアでは、他のヨーロッパ諸国と同様、男女が婚姻関係なしに同棲するのは普通のことです。でも私は聖書を学び、それが間違っていることに気づきました。

そして男性が相手の女性に対し、「結婚」という形でしっかりと責任を取ることが、主の前に正しいことである、ということが分かりました。

それで私は大学卒業後、その姉妹に正式に結婚を申し込み、(共に21歳という若さでしたが)結婚しました。

ギリシアでは現在、40%以上の若者が無職です。どこにも仕事口がありません。私も妻も無職でした。

しかし私たちは主に信頼し、共に祈りました。そして今年に入り、主はすばらしい形で私にホテルのリセプションでの仕事を与えてくださったのです。

最後になりますが、ギリシアのクリスチャンのためにぜひ祈ってください。まじめな信仰者でさえも、目下、現実の厳しさにうちひしがれ、元気を失っています。私たちには今こそ信仰復興が望まれていると思います。

この証しを読んでくださって、ありがとうございました。

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日々私たちを襲う罪の誘惑とクリスチャンの霊的生活について

教会開拓にかける人生――ヤニス・ダマスキノス長老にインタビューしました。(ギリシア・テサロニケ市)

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