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(Jehovah-Jireh農場)

今日は燃えるクリスチャン青年ジョエル・ホースト君(26)へのインタビュー記事を掲載します。

―ジョエル兄弟、読者のみなさんに自己紹介してください。

ジョエル・ホーストと申します。26歳です。

私は農夫で、Jehovah-Jireh Farmという農場で、鶏や七面鳥、羊、牛、それから蜂を育てています。

私は大学教育を受けていませんが、真理を知り、イエス様に従っていきたいと強く願っています。農場での生活は、人生における万事について、私に興味深い視点を与えてくれています。

聖書は霊的なことを示唆しているだけだと多くの人は考えています。でも農業をする上でも聖書に指針を求めることはできないのでしょうか。私たちは実際にそうしています。

―「世俗の」仕事を含め―聖書が生活のすべての領域に適応されるということを私は学んでおり、それは本当にすばらしい体験です。農業のことについて、神様は私たち家族にたくさんのことを教えてくださっており、その証しを“Farming Based on the Word of God”に書いています。

ージョエル兄弟、この地上で、あなたは何に情熱を持っていますか。人生の中で何を求めていますか。

ジョエル:私の情熱は、心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くし、すべてを尽くして主なる神を愛し、このお方に仕えていくことです。そして他の仲間もそうすることができるよう助け、仕えていくことです。

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「こうして彼らが皆、一つになるためです」(ヨハネ17章)とあるように、諸教会に一致をもたらすこと――それをもたらすために何かをするよう神様は私を召してくださっていると感じています。

しかしこの一致は、私たちが皆、イエス・キリストと主の教えにのみつき従う時のみ実現されるものです。私はまた、賛美歌作曲を通して、「キリストに従っていこう」とクリスチャンに呼びかけていきたいです。

また栄養価が高く、健康的で、農薬を使わない食べ物を提供することを通し、人々が健やかに生を営むことができるように助け、仕えていきたいと願っています。

また、私はBiblical Research Reports, Free House Church Resources, Heritage Music, and The Headcovering Directoryの各クリスチャン・サイトの管理人としての働きもしています。

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ージョエル兄弟、あなたは過去に、偽りの教会指導者によって傷つけられ、つまずくという悲しい経験をしましたね。そのような失意の中にあっても、あなたが信仰から離れず、懸命にこの悲劇を乗り越えようとしていること、そしてイエス様に忠実であろうとしている姿に私たちは感銘を受けています。

このブログの読者のみなさんの中にも、過去、教会の指導者に傷つけられ、つまずいてしまった方々がいらっしゃると思います。そういった方々に、何か励ましの言葉がありますか。


ジョエル:私はビル・ゴサード(Bill Gothard)という人物の霊的指導を受けながら、育ちました。

この人物の運営する組織はホーム・スクーリングの教材も開発しており、私たちの家族はその教材を11年間使っていました。私はビルが神の人であるとずっと信じてきました。

ところが、今から一年半前に、実はこの人がとんでもない嘘つきで、詐欺師で、そして性的強姦者であることが発覚したのです。彼は羊の衣を身にまとった狼でした。

その時以来、神様は、私の心からビルの間違った教えを一掃してくださっています。そして真理を教えてくださっています。そのプロセスは今も進行中です!

ビル・ゴサードの件を通して、私は多くの教訓を得ました。今日はその中でも重要ないくつかのポイントをみなさんと共有できたらと思います。

☆「羊のなりをしてやって来るが、うちは貪欲な狼である偽預言者たちに気をつけなさい」(マタイ7:15-20)とイエス様は私たちに命じられました。

にせ預言者というのは本当に実在するということを私たちは肝に銘じる必要があると思います。そして私たちが想像する以上に、そういったにせ預言者は多いのです。だから、私たちはそういった者たちに対し、いつも警戒している必要があります。

聖書は繰り返し、「惑わされてはいけない。だまされてはいけない。」と命じ、また警告しています。この一年半の間、神様が私に教えてくださったこと――それは、今日、教会の中には、おびただしい数のにせ教師がいるということです。

☆にせ教師の中には、神様が新約の中で命じていない掟や教えを付け加え、それを主の掟として教えている人たちがいます。

それとは対照的に今度は、「神の掟は重要視しなくてもいいし、主に従う必要もありませんよ」と説くにせ教師も存在します。

私は以前、この二つのタイプのうち、後者の方がより悪質であると考えていました。

しかし、今私は、(その種類を問わず)全てのにせ教師は危険であるという理解に立っています。

全ての偽りの教えは、偽りの父である悪魔から出ているのです。そして全ての偽りの教えには、結果が伴います。神の掟に付け加えることは、主の掟をないがしろにするのと同様――いや、場合によってはそれ以上に――悪なのです。

☆私たちはによって、にせ預言者を知ることができるとイエスはおっしゃっています。ある教師が義なる生活を送っていないことをみる時、私たちは、その人物が、内側に神の義を宿していないということを知ることができます(1ヨハネ3:7-10)。

主がそのような者たちに対して述べておられることを私たちは信じる必要があります。そして彼らの言動や教えについて弁解してはいけません。

主はこう警告しておられます。「子どもたちよ。だれにも惑わされてはいけません。義を行なう者は、キリストが正しくあられるのと同じように正しいのです。罪のうちを歩む者は、悪魔から出た者です、、」(Ⅰヨハネ3:7、8a)。

往々にして、こういうにせ教師たちは、「自分の教えがいかに人々にすばらしい感化を与えたか」と偽ったり、大げさに吹聴したりするので、私たちは、「ああ、この先生は神の人で、この教えはすばらしいのだ」と信じ込まされるのです。

惑わされてはいけません。誰かがにせ教師だということに気づいたなら、その人物およびその人の教えから離れなければなりません。

良いものと悪いものを峻別することができるよう、神様に助けを求めてください。

そして、そのにせ教師から教わった内容をすべて検証してみてください。そして、それが100%真実であるということが立証されない限り、それを真理として受け入れないでください。

☆しかし、そうではあっても、にせ教師および偽りの教えに対し「反動」に出ないでください。

自分の先生が実はにせ教師だったということが発覚するや、その人物がこれまで教えてきたことを何もかも拒絶するケースを多く見受けます。これは非常に危険です。

そのにせ教師が私たちに「こうしなさい」と指導してきた内容の対極に向かうだけではいけないのです。その教えはもしかすると、95%は正しいのかもしれません。

でも、95%しか真理のない、そのような教えに騙されてはいけません!というのも、残りの5%(=偽りの教え)があなたを霊的に殺すことだってありうるからです!

私たちは神様が私たちに望んでおられることが何なのかを識別する必要があり、主ご自身が私たちに教えておられるものに一層、心の注意を向ける必要があります。クリスチャンにとっては、主の掟だけが唯一、「何が正しくて何が間違っているのか」ということを規定するものです。

☆主に祈ってください。「私のこれまで受けてきた偽りの教えから、私の心と思考を清めてください。そして何が真理なのかを私に教えてください」と。

時を経るうちに――あなたがかつて正しいと思って受け入れていた――さらに多くの偽りの教えに目が開かれていくことでしょう。そういった教えは、私たちの想像する以上に、私たちに影響を及ぼしているのです。

しかし主は誠実な方ですから、私たちに真理を教えてくださり、サタンの嘘という軛から私たちを解放してくださいます。

ージョエル兄弟は、祈りのベールの教え(1コリント11章)を公に擁護していらっしゃいますね。この聖書の真理および、その回復の重要性について少しお話くださいますか。

ジョエル:1コリント11章で教えられているかぶり物(祈りのベール)は、主の掟の一つであるにもかかわらず、現代の教会の中では、軽視され、言い逃れされています。

祈る時や預言をする時、女性は「御使いたちのために」(1コリ11:10b)かぶり物を着けなさいと神様はおっしゃっています。かぶり物というのは、神のお定めになった権威の秩序を映し出すものであります。

また、男の栄光(女性)を覆う行為によって、神に栄光を帰すという意味もあります。それによって、神だけが、誉れと栄光を受ける唯一のお方であるということが顕されるのです。

しかし祈りのベールを実践する上で気をつけなければならないことがあります。それは、ベールを何か「幸運を呼ぶお守り」のように見なしたり、単なるキリスト教のシンボルにすぎないと考えたりしてはならないということです。

主は、女性たちの対し、何か特定の型のベールをするように命じてはおられませんし、「この世に対する標(しるし)として四六時中着用せよ」と命じておられるわけでもありません。

また、女性がベールを着けるからといって、祈りが今まで以上に答えられるとか、人生が順風満帆になるとか、サタンが私たちを攻撃できなくなるとか――主はそういうことを約束しておられるわけでもありません。

しかしその一方で、私たちの考える以上に、かぶり物に関しては主の奥義があるということを私は信じています。それを主が命じておられるのなら、それは重要なものなのです。

また、男性たちが主の掟に従い、祈りや預言をする際に頭に何もかぶらないということも同じく大切です。事実、私は思うのです――、女性が頭にかぶり物をして祈ること以上に、男性が頭に何もかぶらないで祈ることの方がむしろもっと重要なのではないかと。

なぜかと言いますと、既婚女性がかぶり物をせずに祈るなら、それは彼女のご主人を辱める(dishonor)ことになりますが、(頭に何かをかぶって祈る)男性の場合は、イエス様ご自身を辱めることになるからです。

―ジョエルさんのご家族は現在、家庭礼拝をしておられるとうかがいました。そのことを少しお話くださいますか。

ジョエル:私は以前、メノナイト教会に通っていましたが、12年前に、うちの家族はその教会を離れました。それ以来、私たちは家庭礼拝をしています。

時期によって、他のクリスチャンの方々が参加することもあるのですが、目下、集まっているのはうちの家族だけです。主の時に、他のクリスチャンが私たちに加わって、共に礼拝をする日が来ると私は堅く信じています。

クリスチャンが教会を去り、自分たちだけで礼拝をするということを私は他の方々には勧めません。私たちは他の兄弟姉妹との交わりを必要としているからです。しかし、主が明確に、あなたが現在集っているその教会を離れるよう、あなたを導いておられるのなら、主に従ってください!

長年、うちの家族は、農作業が終わり、就寝前の夕べの時間に、分かち合い、祈り、そして聖書朗読の時間をもっていました。私たちが大きくなるにつれて、子どもたちの就寝時間は、それぞれの選択に任せられるようになったこともあり、現在はその時間を持っていません。

その代わりに私たちは次のような時間を持っています。

朝、農作業に行く前、各自、聖書を読み、黙想します。それから、家族全員がみな集まり、半時間ほど共に賛美を歌います。私はこの朝のひとときが一番好きです。

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(ホースト家の楽器)

賛美の本がいくつかあるのですが、多くの賛美を歌いたいので、歌詞の一番だけを歌うこともあります。家族で共に歌うこの賛美の時間の中で、私たちの歌声は調和をもって溶け合い、また、歌うことや奏でることなどを学んでいっています。

私の母はキーボードを弾くのですが、母は、それまで一度も聴いたことや弾いたことのない賛美であっても、即興で演奏することができるという賜物を持っています。母のこうした賜物は、私たちが賛美を奏でることについて非常に大きな助けとなっています。

―ジョエル兄弟、ありがとうございました!


【楽しいおまけ】
ジョエル君の農場フォトギャラリー


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(Jehovah-Jireh Farmの羊、米国ワシントンD.C.郊外)

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(農場の中にあるお店、新鮮なたまごや、チキンなどを買うことができます。)

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(農場の様子)

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(ジョエル君のお母さんや妹たちが、トウモロコシの穂軸を切っています。)

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(Corn Day、この日は家族がたのしく語り合いながら作業をするfun dayです。)

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(野菜スープを瓶詰めにしています。)

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(Family Night、この日はみんなでリンゴを干しました。)


(下は農場の楽しいショート・ビデオです。「生後4日目のヒヨコは、日がな、何をして時間をつぶしているのかな?」、、そうです。彼らはサッカーにいそしんでいるのです!)



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ジョエル・ホースト君の作った賛美 A Radical For Jesusを聴いてみよう!(前回のインタビュー記事のつづき)

アンソニー・ノリス・グローヴスの生涯と信仰 (その4 最終回)

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