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ケデロンの谷

(イエス様が囚人として引かれていった谷を覚えつつ、、、)



鎖につながれて、

あなたはケデロンの谷を進んで行かれる。

そこは、苦悶に満ちた涙の谷。



あなたはただ一人進んで行かれ、

共に行く者はだれもいない。



ただ天使たちが、

自分たちの創り主の苦しみを泣き悲しむ。



あなたをこの苦しみの道へとかりたてたのは

ただ愛のみ。



それゆえ、あなたはご自分の大きな苦しみを 

ものともされない。



愛するイエス様、

一体だれがそのことをあなたに感謝しているでしょう?


ああ 私の愛が感謝といけにえとされるなら!



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、、主の苦しみに「あずかる」という言葉は、深い意味を持っています。


イエスと共に担う苦難こそは、わたしたちを主との密接な交わり、愛の一致にあずからせるからです。


イエスの花嫁でありたいと願うすべての魂を前に、イエスは今も受難の人として立っておられます。


主は今もあざけられ、冒涜され、さげすまれ、見捨てられて、この地上における受難の道を歩んでおられるのです。



「私と共に歩む者はだれか。

わたしの花嫁、わたしの友として、わたしの道を共に歩む者はだれか。

侮辱、辱め、貧しさとへりくだりといった

わたしの苦しみを共にする者はだれか。」



御苦しみの主イエスよ、
汝を慰めさせたまえや。

ゆく道 知らずしても 
御そばにおらせたまえや。












ああ わが心が 静黙のうちにとどまり続けるなら―ゲルハルト・テルステーゲンの詩

イエス様の御苦しみを覚えて―静思と祈りの園にて その3