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裁判にかけられるイエス

彼はしいたげられ、苦しめられたけれども、口を開かなかった。

ほふり場にひかれて行く小羊のように、また毛を切る者の前に黙っている羊のように、口を開かなかった。

彼は暴虐なさばきによって取り去られた。その代の人のうち、だれが思ったであろうか、彼はわが民のとがのために打たれて、生けるものの地から断たれたのだと。イザヤ53:7,8



小羊のように、イエスは裁く者たちの前に引いて行かれ、非難を受けることにご自身をゆだねられました。

私たちもイエス様の例にならいましょう。

人々が私たちを責め、非難する時、それを静かに受け入れましょう。イエスの、苦しみをも耐え忍ぶ愛の御姿へと私たちも変えられるように。


黙想:

ここに私は自分の姿を見ます。

ほかの人を非難し、裁く、つき出された人差し指。

いつも自分を正しいとし、ひとつの非難をも、黙って耐え忍ぶことができない自分の姿を。


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祈りましょう:

主よ、私を強めてください。あなたの御苦しみを思うために。

罪の負債から私たちをあがなうために、あなたを駆り立てた、その愛の海の中に身を沈めるために。


主イエス様、私が非難される時、自己弁解し、またそうすることによって、他の人を非難するのではなく、むしろ自分の失敗と自分の罪を認めることができるよう、私を助けてください。




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