david brainerd
(デイヴィッド・ブレイナード 1718ー1747)

『ブレイナードの日記』より 一部抜粋

1742年4月1日
霊のあたたかみがなくなり、天的なことに対して冷たくなってきたように思う。いつものように祈りにおいて神に近づく自由がなくなった。ああ、神よ。あなたの御前でちりの中に深くへりくだらせてください!

4月2日
ひそかに祈っているとき、何か快いものを感じた―。いっさいをゆだね、静寂と澄み切った雰囲気に包まれた。イエスが御霊によって海の上を歩いて来られないなら、この下界の嵐のすさまじさはどんなであろう。

4月4日 聖日
夕方、神は祈りにおいて信仰を与え、魂を和らげ、天の麗しさを味わわせてくださった。ああ、神よ、私をみそば近く上らせてください。

4月6日 火曜日
突然、自分が非常に邪悪な者であるという感に打たれる。神がはなはだしい汚れから私をきよめてくださるようにと叫び求めると、祈ることが快くなってきた。

、、世から離れ、人々の間での自分の名声からも遠く離れていることを感じる。

4月8日 木曜日
今日、異教の民に対する希望がわいてきた。ああ、神が彼らの多くをイエス・キリストのみもとに導いてくださるように。その輝かしい日を見たいと思わずにはいられない。

4月9日 金曜日
心は重く、ものうい感じがする。神のご臨在を慕い求め、神に向かって進みたいと絶えず願うが、かつて楽しんだあの天的な麗しさを感じることができない。どんなに哀れな被造物よりも、さらに私は神の恵みを必要とする。

4月12日 月曜日
今朝ひそかに祈っているとき、主は御顔の光を私の上に輝かせ、祈りの時を私の魂にとって貴重なひとときとしてくださった。

、、大いなる静寂に包まれ、将来いつ、どこで用いられるかということに関して、いっさいを神にゆだねる。私の信仰は地上高く引き上げられ、今まで先を見越すことを妨げていた山々はすべて取り除かれた。

4月13日 火曜日
ひそかな所に退き、慰められる。いくらかの力と御霊のご臨在と快さをもって神と争う。主をほめよ、、

4月14日 水曜日
私の魂はキリストとの交わりを慕い、内なる腐敗(特に霊的傲慢)が制せられることを願う。

4月15日 木曜日
私の願いは明らかに神を中心としている。今日、幾度となく、神を求めて魂がひきつけられるのを感じた。私は神を慕う。そして、この地上の何ものにもまさって、内なる清浄さと聖さにおいて神のみこころに一致することを、どんなに求めていることか。

4月18日 聖日
早朝、祈るために森にはいり、地上にキリストの御国が拡張されるため、切に訴えることができた。昼には神と組み打ちし、祈りのうちに神の愛の力を感じた。

無題 (5)

4月19日 月曜日
今日一日を、断食と祈りとして聖別する。
午前中、不滅の魂のためにとりなし、愛する主であり救い主であるキリストの御国がこの地上に拡張されるために祈るにあたって、力を覚えた。

午後、「神は実に私とともにおられた。」ああ、それはなんという幸いな交わりの時であったことだろう。激しく苦闘しつつ祈るように神が導かれたので、涼しい風の吹く木陰であったが汗でびっしょりになる。

世の人々のために私の魂は著しく引き出された。多くの魂のためにあえぐ。

愛する救い主との交わりはこの上もなくすばらしかった。これほどに世から離れ、すべてのことについてこれほど神にゆだねたと感じたことが、かつてあったであろうか。ああ、常に神のために生きることを願う。

4月20日 火曜日
、、神をほめよ。今日は私にとってすばらしい幸いな日であった。かつてとりなしのために魂がこれほどに引き出されたことはないように思う。

今までこれほど神のために生きることを願ったことはない。神の奉仕にたずさわり、神の栄光をあらわすために、私の生涯を使い尽くしたいと願う。

4月21日 水曜日
大いなる静寂のうちに、多くの魂のために争う。非常な熱意をもってとりなしをする。最近、人のためにとりなすとき、他のどのような祈りをする場合よりもいっそうすばらしさを感じている。

4月25日 聖日
密室での務めのために二時間を費やし、不滅の魂のために苦しみあえぐ。朝まだ早い時であったが、からだじゅう汗でびっしょりになる。

愛する主の来臨を望み、また慕う。不完全なからだを全く離れ、天の万軍に加わって賛美の歌を歌うことを切望する。私の望みのすべては、さらにきよくなり、愛する主にさらに似ることである。ああ、聖潔よ!

4月27日 火曜日
早朝、ひそかな交わりのために退く。祈っているとき、神が私の魂に言い表せない慰めを注いでくださったので、しばらくの間、くり返しくり返し「おお、救い主よ、わが救い主よ、私はあなたのほかに誰をもちえましょう。地にはあなたのほかに慕うものはありません」と言う以外に何もできなかった。

5月2日 聖日
けさ神は、こんなにも汚れ果てた私の姿を目の前に示された。心の中に腐敗が立ちこめるのを感じたが、どうしてもそれをしずめることができなかった。

6月18日 金曜日
、、霊的に死んだような現在の状態、神の栄光のために何をする力もないことを思い、また自分が無力であること、主が私を通してなさるみわざに対してあまりにも整えられていないことを感じたので、この日を神に祈る一日と定め、ほとんど一日をそのために費やす。

恵み深くも神が近くにおられることを見いだす。、、私の魂はきよさを―絶えず神にささげている生涯を―あえぎ求めているように思われた。

6月30日 水曜日
断食と祈りのうちに、ひとり森の中で一日を過ごす。のちになって、ひそかな祈りのうちに、ある程度の快さを覚えた。

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7月19日 月曜日
私の願いは、特に世を捨て、この世に対して全く死に、世の魅力に対して十字架につけられることであると思う。

御父の家に着くまで、さみしい荒野を突き進むにあたって何ものにも心を奪われることのないため、この地上にあって旅びと、また寄留者であることをいっそう意識すること―これこそ私の魂の願いである。

8月17日 火曜日
ひどい霊的不調にあえぐ。神のみわざを推し進めるための努力の中に、なんと多くの自己高揚、霊的傲慢、気短さなどが混じっているかを考えると、心は傷つき、さいなまれる。時おり、自分が相変わらずなんと不完全な者であるかを言い表したくなる。

8月20日 金曜日
夕方、神とともなる幸いな時をもつ。この低俗な世の中のふきげんや、へつらいのはるか上に引き上げられ、天の喜びのかぐわしい風味を味わう。私の魂は永遠の世界に飛びかけり、現実に天国を楽しんだ。とりなしの幸いな時をもつ。神は私がシオンのために切なる叫びをあげるのを助けてくださった。この時を与えてくださった神に感謝をささげる。

9月9日 木曜日
一日のほとんどをひとりで過ごす。神のご臨在を楽しむ。

9月16日 木曜日
、、何日かの間、私は非常に当惑していた。苦い心、キリスト者としての親切と愛に欠けていることが、私の魂を苦しめたのである。主よ、私が冷たい心をもち、柔和の精神に欠けていたことをおゆるしください。

10月21日 木曜日
この世は空であることを強く感じる。死の一歩手前にある者のように生きたいと願う。このことは、私があたかもキリストのさばきの御座の前に立っているかのように考えるとき、神および神に関することについて、甘美な思い、崇敬の思いを与えてくれる。

10月23日 金曜日
今日はいつも以上に世から離れることができた。私の魂は地上にあって旅びと、また寄留者であることを喜ぶ。

この世とは何の関係も持つまいと思う。

11月4日 木曜日
ああ、聖潔よ!ああ、神がさらにこの魂を支配してくださるように!ああ、この快い痛みよ!それは私の魂に神を求めさせる。天の嗣業を十分に楽しむために絶えずこのかわきを覚え、カナンのあらゆる善きものによって活気づけられることを、どんなに願うだろう。天国への旅路にある私が、道草を食うようなことがけっしてないように!


以上 『ブレイナードの日記』一章部分 「伝道への準備」より一部抜粋



エルサレムに向かって―エミー・カーマイケルの詩と祈り

低いところにある ひっそりとした苔のように―エミー・カーマイケルの詩