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むち打たれるイエス


彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。イザヤ53:5



おお 来て、嘆きの声をあげよ。

むち打たれ、傷だらけの主のみからだのために。


「それほど慕われているのは、誰だろう?」と、全世界が問うほどに。


イエスがどれほど愛を受けるにふさわしいお方であるか、天地が驚き、その御苦しみについてささやき始めるほどに。

そして世界が、彼のもとに帰るように。


黙想:

イエスがそれほど激しくうち打たれたのは、私のどの罪のためだろう?

私はどのような時に、自分の衝動や欲望のままに行動してきただろうか?

どのような時、他の人々に対して腹を立て、それによって、人々を傷つけてきただろうか?


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祈りましょう:


主よ、あなたの聖なる御苦しみによって、常に私の心を動かしてください。

罪深い欲望を本当に、真剣に断ち切り、私があがなわれるため、あなたにどれほどの犠牲を要したかを私が決して忘れないために。

主イエス様、私に罪を憎む心を与えてください。

なぜなら、罪は、かつてあなたに非常な苦しみをもたらし、そして今もなおもたらしているからです。

私はあなたのあがないの力を信じます。それは、私の罪深い欲望から、私を解き放してくれます。



―『カナンの道案内』より一部抜粋





砂漠の教父およびキリスト教史の中にみる共同体――真実の礼拝を求めて

恭順の美しさ(The Headcovering as a Symbol of Submission)――米国の大学院生エスター姉妹のエッセー