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ペルシャ人は詩を愛する民です。神を讃える詩を読み、信仰詩を詠うという行為は、彼らの精神性と深く結びついた一種の「礼拝」ともいえるものです。

昨今、イエス・キリストを信じ、キリストによって贖われ新生したペルシャ語圏の若者たちの間で、こういった詩吟が「キリストの御名によって」新しく作られ始めたことは、とりわけ注目に値することだと思います。

なぜなら、詩吟は、礼拝説教と同じように―いや、もしかしたらそれ以上に―この地域の人々の魂に直接響く福音メッセージとして用いられる可能性を秘めているからです。

今日はそういった新しい詩吟を一つご紹介いたします。

「ああ わがキリスト わが魂は あなたを慕う」がタイトルです。






ああ わがキリスト 

わが魂は あなたを慕い求めます



あなたは私に仰せられました。

「わたしの元に来なさい」と。



ああ どこにおられるのですか?あなたはわが存在のすべてです。


いつ来てくださるのですか。私の霊をあなたにお捧げしたいのです。



私は貧しく 罪深い者です。

しかし、私はあなたを追い求めています。



いつ来てくださるのですか。

昼も夜も 私はあなたを待ち望んでいます。



ああ わが想いが ことごとく あなたの内にあったならば!



わがキリスト あなたにまみえる〈その時〉は いつなのでしょうか。


ああ 栄光に輝く光―。 それは あなたです。



罪のうちにあって 私は盲目な者でした。

光輝く わがいのち―。それは あなたです。



ああ キリスト。この世は 私を拒絶しています。

私がこの世を打ち捨てたので この世は 私を激しく打ちました。



しかし この世は知らないのです。

―わが愛情の在りかは ただあなたのみにあることを。



この世は私を踏みにじります。

しかし あなたへの愛が 私を強くしています。



悪魔はこう考えます。

私を焼き滅ぼし、困難や苦しみによって私を打ちのめすことができると。


そして私に言います。

「私の元に来なさい。そして罪の中で大いに人生を謳歌せよ」と。



しかし悪魔は知らないのです。

―わが愛情は ただあなたご自身の中にのみ存在するということを。



わが心を治める方―それは あなたです。

苦しみは あなたの足の下に治められています!



ああ キリスト 愛しい方 

わが魂を あなたにお捧げいたします。



あなたの道は 十字架の道

あなたの道は 十字架の道



そして これが 私の向かうべき道程。




Ey Masiham, 私訳









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