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まずは、以下の告白を読んでみてください。

ダン・ルカリニ兄(元CCM賛美リーダー)の証言

私たちは、教会のティーンの子たちを連れて、人気のCCM歌手のコンサートに行っていました。

ことわっておきますが、こういった賛美コンサートは、いわゆる「ラディカルな」ヘビメタやヒップ・ホップ型のものではなく、あくまで穏健路線かつ「模範的」クリスチャン・シンガーたちによるものでした。

しかし、彼らは――おそらくレコーディング会社からの影響を受けてのことでしょうが――音楽性にしても、コンサートでのパフォーマンス技術にしても、服装や髪型、そして商業戦略にしても、世俗の歌手たちのそれを模倣していました。

すべてが、「ファンの心を勝ち取ってお金を儲ける」というこの一点に連動されているかのようでした。

かわいそうにこういった十代の若者たちは、世俗のアイドル歌手にのぼせあがっているこの世のティーンと同じように、こういった戦略により、操作されてしまっていました。

彼らは最初、「けっこうまじめな」歌詞やおだやか路線の音楽に惹かれて、この世界に入っていくのですが、彼らのお気に入りの歌手たちは、その後、次第にもっと過激で、ロック調で、ハードな音楽スタイルへと加速度を上げていき、それに伴いライフスタイルやイメージも変化していく――これがお決まりの経路なのです。

そしてティーンもそれに追従していきます。

そして多くのCCM歌手は、さまざまな形の不道徳を若者に推進する模範となっています。――ふしだらな服装、反抗的なイメージ、既婚男性メンバーへの若い女の子たちの追っかけ、セクシーな女性歌手に対する男性たちからの情欲を伴った関心等です。

「元ワーシップ・リーダーの告白 Confessions of a Former Worship Leader」p117



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CCMは若者の「心」をつかむため?


米国インディアナ大のラッシュ教授が、500人のティーンを対象に研究調査をしました。その中で彼女が、若者たちに発した質問はこれです。

「どんな音楽が、教会の賛美としてふさわしいと思いますか?」



その結果はどうだったかといいますと、圧倒的多数のティーンが、「クリスチャン・ロックは、教会の賛美としてふさわしくない」と、この種の音楽を拒絶したのです

彼らは言うのです。「僕たち自身はロックが好き。でも、〈ロック〉と〈教会〉っていうのは到底折り合いがつかないよ」と。

さらに特筆すべきことに、調査対象の若者のうち、教会に通っていない若者たち(全体の13%)が、なんとCCM音楽に対し、一番低い評価を下したのです。

つまり、ノン・クリスチャンの若者は、教会でこの種の音楽スタイルが用いられていることに、実際のところ好感を持っていないという調査結果が出たのです。

結論としてラッシュ教授は次のようなことを言っておられます。

現代風の音楽によって若者の心をつかもうという大人たちの試みは、、教会に通っていない学生たちの魂を勝ち取ることにおいて、不成功に終わっているようです。

もしかすると、牧師やユース奉仕者や、賛美担当者たちは、〈ティーンと教会音楽〉というテーマに関し、これまで誤った想定をしてきた可能性があります。



つまり、この世の若者が「来やすいように」との配慮から、教会側があれこれ忙しく世の手法を真似、教会の「敷居」をとことん低くしていく――こういった努力は、よりリアルで真実な視線を持った未信者のティーンの前に、何ら訴える力を持っていない、いや、逆に彼らを一層キリストから遠ざける要因になっている、ということでしょうか。


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CCM支持者側から寄せられる代表的な反論


米国では、上述のような慎重な意見に対し、以下に挙げるような反論がなされます。


1.音楽そのものは、中立的なものです。だから大切なのは歌詞であって、音楽のスタイルではないんです。

2.音楽というのは、個人の好みの問題です。ある人は古い讃美歌が好き。ある人はロック調のCCMが好き。で、それぞれが自分の好むスタイルで主を賛美している。それでいいんじゃありません?

3.「ロック音楽が悪い」って聖書のどこに書いてあるんですか?どこにも書いていないじゃありませんか。大切なのは私たちの心がどこに向けられているかってことです。そう、神様は私たちの心をみられる方です。

4.マルティン・ルターやウェスレーだって、当時の「現代音楽」を使っていましたよ。

5.ロック音楽は、若者伝道のために今や欠かせないものです。

6.神様はCCMをお用いになり、救霊のわざをなしておられます。


上述のダン・ルカリニ兄は、1970年代前半に救われ、CCMの賛美リーダーとして活躍しておられた方です。

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救われる以前に、ロック・バンドで活動していた彼は、救われた後、今度はその音楽的才能を「生かして」、CCMでの活動に打ち込みました。

彼の尽力により、幾つかのいわゆる「伝統的な」教会が、オープン礼拝式のCCM教会に様変わりしました。しかしさまざまな葛藤を経て、彼はついにCCM賛美リーダーを降りる決意をしました。

そしてその証しがWhy I left the Contemporary Christian Music Movement(「私がCCM運動から身を退いた理由」)という題名で出版され、欧米圏で反響を呼びました。

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「若者たちの魂をキリストの元に勝ち取るためなんだって、僕たちはいつも〈大義〉をかざしていました。」とルカリニ兄は言います。

「でも実際はどうかっていうと、、、若者たちはこういう音楽、本当は好きじゃなかった。これはあくまで〈僕たちの〉音楽だったんです。これはクラシック・ロックでした。

本当のところ、僕は自分の満足のためにやっていたんです。これが僕のたどりついた結論です。」

彼はさらに付け加えて言いました。「正直に言います。あれは救霊のためじゃなかった。結局、自分があの種類の音楽が好きだった、、、それなんです。」

次の記事では、上に挙げられたような反論に対し、彼がどのように応答しているのか、ご一緒にみていきたいと思います。




追記)
このテーマに関してもっと徹底的に掘り下げたい方へ 

以下のVTRは、「教会の中に入ってきた世俗の音楽」という題の、3セッションに渡るメッセージです。


セッション1


セッション2


セッション3








ダン・ルカリニ兄の証し―私が米国CCM運動から身を退いた理由

日本とアメリカの音楽事情の違いについて―前回の記事に対して寄せられた有益なコメント