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CCMについて書いた私の記事に関して、今日、「日本とアメリカのロック音楽事情の違い」を指摘するコメントを寄せてくださった方がいました。

私の知らない部分についての情報であり、とても為になりました。ありがとうございます。以下、そのコメントを引用いたします。

、、アメリカと日本ではロックの内実が大きく異なるからという理由もあるように思います。

Kinukoさんはアメリカのロック・ミュージックを聴かれた事はありますでしょうか?

ロックミュージックは欧米(特にアメリカ)で「既存の価値観、体制や権威に対する反逆・反抗の音楽」として生まれ、育ってきた歴史的背景があります。

今はソフトなポピュラーに近いものから、激しいHR/HMまで非常に幅広い内容のジャンルになっていますが。

その「既存の価値観」の中には、クリスチャニティや聖書の権威、それに基づく価値観も含まれます。HR/HMの男性歌手が例外なく髪の毛を伸ばしているのにお気づきでしょうか?

日本のロックを聴いているだけではあまりピンと来ないかも知れませんが、洋楽のロックの歌詞には非常にダーク、サタニックなものがしばしば見られます。

有名なアーティストを挙げるとマリリンマンソンなどでしょう。マイロンさんが「ロックビートはサタン崇拝に用いられてきた」とまで、断言される理由はここにあると思います。

欧米ではロックミュージックを通して、クリスチャン的価値観が攻撃されてきた歴史があります。

しかし日本ではクリスチャニティは反逆すべき「既存の価値観」では全くなく、欧米から移植される形で生まれたJロックはあまり過激な実を結ばなかったように思います。

日本のロックしか知らない日本人クリスチャンにとって、ロック的CCMを全面否定するマイロンさんのご意見(ココ)は、非常に極端に聞こえてしまっているのではとも思います。

サタン礼拝にも使われている音楽を使って主を賛美するべきではないとのご意見ですが、ロックCCMやゴスペルラップももともと既存のサタニックなロック・ラップへの対抗手段として作られたという側面もあり、このあたりは難しいなと思います。

ただ、前のお手紙にも書きましたが、現代CCMには落とし穴が多いです。

その意味で、世俗の音楽性とは一線を画した賛美のもたらす祝福については、私もマイロンさんのご意見に同意します。敬虔な賛美の価値。たしかにそれは存在します。

そうして生まれた新しい賛美は多くの実を結ぶのではと思います。



フィエスタ (1)


ご指摘くださったように、たしかに日本とアメリカ(そして日本と欧米の教会)では、ロックそのものに対する認識が違うのかもしれませんね。

ですから、「CCM」と言った場合に、そこには自分の考えている以上に、種類や性質の幅があり、また欧米と日本での認識の違いも存在するため、十把一からげに「CCM」とくくってしまうことには十分、慎重にならなければならないなあと思わされました。

またこのテーマに関して、何かご意見やご感想のある方は、自由にコメントをお寄せください。


(祈り)
天のお父様、私と共にこういった問題に向き合ってくれる仲間を与えてくださり、本当にありがとうございます。

私は、あなたに喜ばれる礼拝がどのようなものなのかを考え、それを求めています。

しかし私の知らないことはあまりに多く、また惑わしの霊も多く、時々、私は自分が広大な原野で迷子になってしまっているように感じることがあります。

どうか私の、そして私たちの手をとって、私たちをあなたの望まれる道に導いてください。

そして、あなたを知るための知恵と啓示の御霊(エペソ1:17)をお与えください。

イエス様の御名を通してお祈りします。アーメン。





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