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涙と共に種を蒔く人は喜びの歌と共に刈り入れる。 (詩篇126・5)


本当に大変な年月だった。
私も苦しかったけれど、息子もよくよく苦しかっただろう。
息子が苦しんでる姿を見るのは、親としては何よりも辛かった。
でも、主は真実なお方だとつくづく感じる。
上記の御言葉が正にそのまま現実となった。

―イエス様は私のすべて、「同じ土俵」より



これは私の同胞であり、愛する姉妹まこさんのお書きになっているブログからの引用です。今日はみなさんに、まこさんのブログの魅力をご紹介したいと思います。

まこさんには成人した息子さんがいらっしゃいますが、彼女の言葉を借りると、彼は「胃の痛くなるような悩みの種が尽きない」息子であり、しかしその分、彼女にとって「いつまでも子供のような可愛い可愛い存在でした。」

中学に入ってから教会離れし、神様から離れていく息子さんの姿を目の当たりにし、母親であるまこさんは、それこそ身のよじれるような心の苦悶を味わいました。その事を、彼女は次のようにつづっています。

でも、中学生になると、親と一緒に教会に行くということもなくなって、好き勝手に放蕩の道を進んで行った。体に害があることなので、そればかりが私の痛み、悩みの種となっていった。成人してからは、酒と女が加わって、体が蝕まれていくのを見るのが辛かった。心も荒んでいき、高校生の頃から生きてるのが虚しいとよく言っていた。


放蕩する青年アウグスティヌスのことを嘆き祈る母モニカを髣髴させるような情景です。

しかし、そんな息子さんに、まこさんは、忍耐強く次のようなことを語ってきかせていたそうです。

、、彼に、私が繰り返し語ってきたのは、「イエス様しかあなたを救えない」ということだ。

私がどんなに心を痛めても、助けたくても、どんなに息子を愛していても、私が彼を救うことはできないし、癒せない。彼を絶望から、虚しさから、混沌から、傷の痛みから、罪の重荷から、敗北感から、自己卑下から、自己嫌悪から救い出し、癒し、罪を洗い、罪を赦し、救い出してくださるのはイエス様しかいない。イエス様しか人を救うことはできない。



しかし、そういった母の祈りや愛の心が通じるまでには長い時間が経過しなければなりませんでした。

このブログを読んでくださっている方の中にも、神様の元を離れてしまったお子さんを想い、人知れず苦悶し泣いておられる方もいらっしゃると思います。そのような方にとって、まこさんのこういう正直な分かち合いはきっと励みになると思います。


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しかしやがて時が満ち、主はついに動いてくださいました。

そうです、つい先日、息子さんがとうとうイエス様を救い主として信じ、洗礼を受けられたのです!

その時の喜びを彼女は次のように表現しておられます。

今迄は、聞いて返事をしてくれても、頭の隅に残っていても、心を素通りしていたのだろう。今回、それが、やっと彼の心に届き、イエス様を受け止めることができたのだ。

やっとやっと、彼が、日常のことと結び付いて、実感としてイエス様を受け止めることができた。
、、長い間、根本的なところですれ違って、噛み合わないで、言葉が素通りしてきたように感じていたけれど、息子に送り続けてきた言葉は種となって彼の中に残っていたんだ。



どんなにうれしかったことでしょう。母親であるまこさんの喜びが伝わってきます。

これからは、自分を造った創造主である父なる神からのメッセージである御言葉を内側に蓄えて、イエス様がどういうお方か、自分は救われて、天においてどのように祝福された立場に置かれたかを理解していってもらいたい。共に聖書を読んで、イエス様を深く知っていけるように援助できたらと願っている。



また最新記事「種蒔く人」(ココ)の中で、彼女は次のような感動的な分かち合いをしておられます。

涙と共に種を蒔く人は喜びの歌と共に刈り入れる。 (詩篇126・5)

果たして、涙と共に種を蒔く人とは誰でしょうか。福音を語る人なのでしょうか。

いえ、そうではないですね。
涙と共に種を蒔く人とはイエス様ご自身なのではないでしょうか。
神ご自身が涙をもって種を蒔いてくださってるんだと思います。

主を知らずに生きている人を神は涙をもって見てらっしゃるのですね。
福音を語る人の内側に住んでいてくださるイエス様は涙をもって言葉を与えてくださるのです。
そして、人が救われた時、天では喜びがあるのですね。



「涙と共に種を蒔く人とはイエス様ご自身なのではないでしょうか。」という彼女の問いかけは、私の心を照らしました。というのも、私はこれまで、この箇所は「福音を語る人」のことを言っているのだとしか考えていなかったからです。

「イエス様は私のすべて」とのブログ名どおり、まこ姉妹の中心にイエス・キリストがおられ、生きて働いておられることをこういった分かち合いの中からも見て取ることができます。

彼女のブログの魅力は何といっても、「日常生活のただ中で葛藤し、考え、祈り、生きる」母親であり信仰者であるまこさんの思いや信仰が、装飾なく素直につづられていることではないかと思います。また、このブログはすばらしい黙想記録でもあります。

それでは最後に、彼女の感謝のことばを引用して、この記事を終わりにしたいと思います。

彼(息子)の新しく生まれた命は、未だ、今日で3日目だ。
永遠の時を過ごす天と、永遠に共に居ることになるイエス様について、もっともっと深く知ることができるように、愛して愛して愛して止まない息子と関わっていきたいと思う。

イエス様が彼の人生に直接介入してくださっていることは間違いがないので、更なる導きに委ねたい。これまでの道程の全てを導いてくださって、贖い、救いを賜った主イエス様に益々期待し、信頼し、委ねます。
感謝と賛美は尽きません。



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