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十数年前、私がまだ岡山に在住の頃の事である。

春なほ浅き3月7日朝9時15分、女児出生、初めてのお産であつた。

その朝、南国の春の空は真っ青に澄んで、まばゆいほど晴れ晴れと明るかつた。

私たちは晴れ晴れとした心持で生れた児に晴子といふ名をつけることにした。

産前の妻の健康が順潮でなかつたので、このお産は随分案じていたお産であつた。

然し格別の事もなくて割合にやすやすとお産がすんで終つた時、私達はどんなに安心し、どんなに喜んだことか。

諺に案ずるより産むは易いといふ。全くその通りであることを腹の底までこたへるほど感じた。まことに案ずるより産むは易いであつた。


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、、私は此時始めて、人間一匹が如何に貴重なものであるか、殊にその親にとつて子が如何にかけがへなく貴いものであるか、その事を悟つた。痛切に自覚した。

さうして私が学生たちを見るその眼が、此日を境にしてがらり一変して終つた。なるほど神様は99匹の羊を野に置いて、迷へる1匹を尋ね探したまふ筈だ。

神様は天にいます我らの父上でありたまふのだもの。その事が私に初めて納得できた。


それから二、三日過ぎての夜。風もなく、雲もなく、来客もなく、なごやかな静かな春の宵であつた。

私は妻の枕頭に坐つて、唯二人きりそこはかとなく物語りつつあつた。


勿論そこには赤ン坊の赤い赤い寝顔がある。私達二人は赤ン坊の将来について、夢のやうな希望や期待を語り合つた。

わざと薄暗くしてあつた電燈のやはらかい光、みどり児特有の愛すべき乳臭、静もりかへつた夜気。

其夜其時の光景は今もなほまざまざと私の眼底にある。

如何に平和な、如何に清らかな、その団欒のよろこびであつたか。

それが私たち三人この地上に於て持つことを許された短い、然り余りにも短い一家団欒のよろこびであつた。


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何故なら、その翌日あたりから妻は異常な高熱のため苦しみ始め、二十日ばかりで幼き晴子が先づ天にかへつたからである。

それにしてもあの夜の団欒は楽しかつた。その祝福をわたくしは忘れることができない。


やがて春も暮れ、南国のぎらぎらと強烈に暑い夏がやつて来た。

その7月4日、妻また晴子の後を追つた。其頃、私自身亦、終にたふれて、臨終の妻をみとりすることができなかつた。

私は病褥に横臥のまま黙々として妻の柩を目送した。

其時は涙さへ湧かなかつた。


然し五日過ぎ七日過ぎて、私は漸く黙々たるに耐へ得なくなつた。

強ひて黙せば胸がはりさける。

たまらなくなつて私は無茶苦茶に三十一文字を並べては枕頭の手帳に記した。


いも逝きて十日を経(ふ)なり朝まだき
ふと泪わきて とどめあへざり


君逝けど 君のいましし室にいて
もの言ひかはす まねしてみたり


が幸いにして私の病気は順潮によくなつて行つた。熱もほぼとれた。或る朝私は床を出て、まだ埋葬せずにある二人の遺骨を合はせてひとつ壺に納め、それを床の間に安置した。


いもとあこと灰にしあれど ひとつ壺に
をさめて なにか心なごみぬ


灰となりて かたみにいだくか あこといもと
わが膝の上の骨つぼをはや


やがて秋が来た。私はほぼ恢復した。

なんだか体も心も何物かに洗ひ浄められて、秋空のやうに澄み切つているやうな気持がしていた。

まだ体力に不足はあつたけれども、良し、これからは葬ひ合戦だとばかり、学校にも出るし、予定の計画に基く勉強にも精を出し始めた。


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極めて静かな、然し底深い力が、どこか天の方から来て私を支へてくれるやうな感じがした。

家の周囲に林のやうに群生していたコスモスが、何百枚かの友禅の晴衣を野一面にうちひろげたやうに眼もあやに咲き揃つた。

毎日のやうに近所の女学校の生徒たちがその花を貰ひに来た。妻はこの花がすきであつた。


風さやにコスモス咲けり この花を
ともにめでにし 妻よ月日よ


君逝きて この秋をなみだしげけれど
さやけきひかり 天にあふるる


聖国(みくに)にて君われを待てつちにいて
われ きみを仰ぐ ちからあはせん


無題


、、地上生活に於けるささやかな謙遜なよろこび。パンひとつ、果物ひとつを分けあふ喜び。

それは他の何物をも措いて求むべき不滅の宝ではないであらう。

然しやさしく美しき喜びである。


人生のさうしたつつましき喜び、ささやかな幸福、それは決して無意義なものではない。

、、家庭のうちのこのちひさき喜びを賞美することを、私も少しく学ばしていただいた。


この些細な祝福のためだけでも敢へて冒(をか)して家庭生活に飛び込んだことは充分に意味のあることであつた。

なぜなら結婚は私にとつては乾坤一擲(けんこんいってき)の大冒険であつた。


私が自分の一生の使命と信じて居る学問、それをさへ場合によつては妻子のために犠牲にしよう、さうする方が百巻の大著を完成するよりも、より真理に徹したる生き方である。

さう覚悟して後、初めて、私は敢へて一人の婦人を己が妻とすべく決意する事ができたのであつた。


私はこの覚悟に充分報いられて居つた。

家庭のうちなるつましき喜びに祝福あれ!


、、十数年前の平和な春の一夜のひと時の団欒。

私にとり永遠に祝福せられたる思ひ出の団欒である。


家庭の団欒に祝福あれ、そのつましきよろこびに祝福あれ。


天の川 親星子星百千(ももち)星
ちさく紅きは 嬰児星(みどりごぼし)かも







『三谷隆正全集 第二巻』より一部抜粋








信仰とこの世―ピューリタンの祈り

主よ、あなたのみ言葉は、天においてとこしえに堅く定まっています。