Pitt Ordinations 019
(2006年7月、米国にて初のカトリック女性祭司叙任、ピッツバーグ市 source


ローズマリー・R・ルーサー(1936-)


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(ルーサー女史は、現在、クレアモント神学大学のフェミニスト神学科で教鞭を取っておられます。)


影の薄い父親


ローズマリーは、幼い頃から「潜在的フェミニストでした。」

彼女の父親は第二次世界大戦で出征しており、彼女にとって父親とは存在感のない「影のような人間」だったといいます。

ローズマリーが12歳の時、父親は亡くなり、その後、彼女の家庭は「がんばって生きる母親と娘たちとのコミュニティーになった」と彼女は回想しています。(Rosemary R Ruether, Disputed Questions: On Being a Christian, 1989, p.110)

強く独立心に溢れた母親の友人たち(フェミニスト第一世代)に囲まれ、彼女は成長していきました。

叔父を除き、家庭でも学校でも、彼女にとっての模範および権威的存在はすべて女性だったのです。

地元のカトリックの学校に通っていた当時の学生時代を回想し、彼女は次のように言っています。

神聖な存在においてさえも、私にとっては、まず聖母マリアという女性がすぐに印象に浮かぶほどでした。それに比べ、神やキリストは、(男性カトリック祭司のように)どこか離れたところにいるような感じがしました。でもマリア様というのは、祈りたい時に語りかけることのできる存在でした。(同書 p.112)



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(子ども時代の女性コミュニティーに)時たま、男性たちが戦地から戻ってきたりすると、女性たちは静かにしおらしくなりました。そしてそういった男性たちに対し、一定のおごそかな敬意が示されました。

しかし、日常生活においては、彼ら男性などいなくても、私たちはしっかりやっていくことができていました。(同書 p.112)



カリフォルニア州のスクリップス大学ではキリスト教終末論および新旧約「中間期」の文学(学士)、古典とローマ史(修士)、古典とキリスト教教父学(博士)を学び、その間、ヘルマン・ルーサーと学生結婚しました。


最初の葛藤


アカデミックな世界で研鑽を積んでいく過程で彼女が「女性として」ぶつかった最初の壁は、カトリック教会の「避妊」に対する見解でした。

学者としてのキャリアを磨いていきたい彼女に対し、周囲の(カトリックの)人々は「女性の召命は何より子どもを産んで育てること」と言い、それに対し、ローズマリーはストレスと憤りを感じました。

その後、彼女は三人の子供を産み育てながら、博士課程を修了し、教会の教理に対する批判書を出版しました。


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The Church Against Itself, 1967)


「伝統的な女性の役割っていう枠に押し込められたりはしない!」彼女は固く決意し、猛然とキャリアに家事にそして育児に取り組みました。



メキシコ系アメリカ人女性との出会い


また1963年、娘を出産した時、隣のベッドに寝ていたメキシコ系のカトリック女性との出会いも彼女のその後の方向性に大きな影響を与えました。

その女性は九人目の子を出産したばかりだったのですが、ローズマリーに、彼女の家庭の困窮した状況を語ってくれました。

病院の医師も、「今後は避妊をするように」とアドバイスをしていましたが、その女性は、「いいえ。祭司様も、主人もそれを許さないのです。」と答えました。

こうしてローズマリーは、カトリック教会のセクシュアリティおよび生殖についての見解に対して猛然と挑むようになりました。

そして次第に、こういった見解自体、「女性を単に『子供を産む』だけの運命に押し込める」性差別的イデオロギーおよび文化の一部分である」とみなすようになっていきました。(同書 p.118)



政治的アクティビストへの道


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(ミシシッピの貧困地帯 source


また1965年の夏、ミシシッピのデルタ地域で、教会の仲間と共に、黒人の公民権をサポートする働きをしたこともローズマリーに大きな影響を与えました。

彼女はクー・クラックス・クラン(Ku Klux Klan)による黒人差別の実態を目の当たりにし、また、南部の白人教会がいかに黒人を拒絶しているかを目撃しました。

こうして1966年、ワシントン州のハワード大学で教鞭を取り始めたローズマリーは、非差別者のための権利闘争および政治的平和運動に深く関わっていき始めたのです。

そして「西洋の植民地主義および帝国主義というグローバル・システム」という悪弊のために戦い、デモ行進に参加するようになりました。

また、当時、ラテン・アメリカで盛んになっていた「解放の神学」にも共鳴し、その線に沿った女性の解放を説くようになっていきました。



女神および女性教会(Women-Church)


ここからさらに彼女のフェミニストとしての思想は発展していきました。そして彼女は、女性たちが男性から退き、「女性教会」の中で女神崇拝をするよう奨励するようになりました。


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(Rosemary R Ruether, Women-Church:Theology and Practice of Feminist Liturgical Communities)

ちなみに、この「女性教会」がいかなる組織かということについてですが、メアリー・カスィアン女史がThe Feminist Gospel, The Movement to Unite Feminism with the Church, 1992の17章部分(17. Women-Church, p.195-)を丸ごと一章割いて、この組織について詳説しています。

私も、この「教会」の礼拝および儀式を調べてみましたが、一言でいえば、キリスト教的な秘儀宗教といった感じです。古代エジプトやローマで流行っていたイシス(女神)崇拝も、もしかしたらこんな感じだったのかもしれません。

新入会者のイニシエーションでは、例えば、会衆一同次のように連祷し、「父権制」という悪しき力や権勢を追い払います。

「われわれ人類を腐敗させた力よ。男たちを支配の道具と変貌させ、女性たちを恭順の道具となさしめた力よ、われわれから去れ!」

そして各フレーズごとに鈴が鳴らされます。

その祓魔(ふつま)式が終わると、新入会者の舌に塩が塗られます。そして一同は外の庭にあるプールに厳かに進み出ます。

新入会者はそこで真っ裸になり、プールの中に入ります。そしてそこで三回、身を沈めるのです。(これが洗礼の儀式。)

また聖餐式において、ルーサー女史は、「リンゴの祝福」という儀式を加えています。「えっ、なぜリンゴ?」と思われるかもしれませんが、その理由を女史はこう説明しておられます。

「この無垢にして良い果物は、馬鹿げたことに、悪のシンボル、そして悪の源として、女性を非難するものへと変わってしまったからです。」

さらに儀式のマニュアルには次のような説明がなされています。

リンゴの祝福:これは意識高揚のためのリンゴです。偽りの意識を私たちの目から落としましょう。こうして私たちは真偽および善悪を正しく名づけることができるようになるのです。」

☆☆

キリスト教的社会活動家として出発したローズマリーでしたが、彼女もまた前述のメアリー・デイリーと同様、聖書の神からどんどん離れていきました。

現在、彼女は神のことを「ガイア Gaia」と呼んでいます。(ちなみに、ガイアはギリシア神話に登場する女神です。地母神であり大地の象徴。ローマ神話におけるテルスに相当します。)

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Rosemary R Ruether, Gaia and God: An Ecofeminist Theology of Earth Healing(「ガイアと神:大地の癒しというエコ・フェミニスト神学」,Harper-Collins (1994)

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Rosemary R Ruether, Integrating Ecofeminism Globalization and World Religions(「エコ・フェミニズムと世界宗教を統合して」, Rowman & Littlefield Publishers

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Rosemary R Ruether, Goddesses and the Divine Feminine: A Western Religious History(「女神と神聖なる女性、西洋宗教史」), Berkeley and Los Angeles, 2005, University of California Press


(3)に続きます。



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