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昨日、The Shackが『神の小屋』(いのちのことば社)という邦訳名で出版されたことと、その本に関するアルバート・モーラー師の検証記事をみなさんにご紹介しました。

すると私の予想していた以上に反響があり、読者のみなさんの多くがこの問題を真剣に考えておられることを知りました。


〈新しい神様〉 


22歳のクリスチャンの女の子(米国)が、『神の小屋』を読んだ後、感動を抑えきれず、お母さんの元に駆け寄って、こう言ったそうです。

「ねぇママ!これまで信じて来た〈古い神様〉にサヨナラして、この〈新しい神様〉と結婚してもいい?」

この子は鋭くも、『神の小屋』の中で描かれている神が、これまで信じていた聖書の神とは本質的に違う〈新しい神〉であることを見抜いたのです。

そしてこの〈新しい神〉の虜になったのです。


新しい神――絶対に裁かず、罪を罪として指摘せず、従順を要求せず、人間に対して恭順で、何でも、どんな考えでも「うん、うん」って受け入れてくれる神。甘くやさしく「クールな」癒し系の神。



『神の小屋』、もろ手を挙げて歓迎される


私にとって(そしておそらく読者のみなさんにとっても)ショックなのは、この本が、福音主義教会を代表するリーダーたちにより大々的に推薦され、広められていることです。

以下、私は自分が集めた資料を基に、その事実を列挙していきます。

私がこれを列挙するのは個人を攻撃するためではありません。

そうではなく、私たちの乗っている福音船が、今どのような状況に置かれているのかということを悟り、ますます「心を引き締め、身を慎み」(1ペテロ1:13)、「すべてのことを見分けて、ほんとうに良いものを堅く守り」(1テサ5:21)、「目をさまし」「死にかけているほかの人たちを力づける」(黙3:2)ためです。

特に私は最後のこの「力づける」の部分を強調したいと思います。

私たちは皆、この地上にあって旅人であり、信仰の仲間ですから、私たちは自分に与えられているもの全てをもって、仲間を励まし、必要な情報を提供し、共に地上のレースを全うできるよう助け合うことが求められていると思います。


事実


『神の小屋』を公に推薦している著名人の一例:

ー700Clubのパット・ロバートソン
ー代表的なCCM歌手マイケル・W・スミス、
ーマーク・バターソン(ワシントンDC)、
ーウェイン・ジャコブソン(イマージング、著者ヤング氏の協力者)、
ーガイル・エルウィン、
ージェイムス・ライル(ヴィニヤード教会)、
ーグローリア・ガイサー
ーグレッグ・アルブレヒト(Plain Truth誌の編集長)

ーパーパス・ドリブン・コネクション誌(この中で「『神の小屋』は注目すべきベストセラー・クリスチャン小説」(p24)と言及されています。)

ーフランク・ヴィオラ(イマージングの代表的指導者)
ーレオナルド・スウィート(イマージングの代表的指導者)

ーユージン・ピーターソン(リージェント・カレッジ教授、The Messageバイブル著者)

(以上、情報源:ココ)  

―また2013年3月、クリスティアニティ・トゥデイ誌が著者ヤング氏とのインタビュー記事を掲載しましたが、そこでもこの本は肯定的に取り扱われています。(“The Love Shack,” Christianity Today, March 4, 2013)


保守的な「バイブル・ベルト」でも歓迎される


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赤い部分が一般に、バイブル・ベルトと呼ばれ、福音派の篤信地帯とされています。


「ロック音楽が私の人生に及ぼした影響―救いの証し」の筆者であるデイヴィッド・クラウド牧師は、ある同僚の牧師から次のようなおそろしい内容のメールをもらったそうです。

『神の小屋』についてですが、私は自分が以前所属していた南バプテスト連盟の友人たちの多くがこの本を絶賛している様子にショックを受けています。

あなたもご存知のように、この本で描かれている「神」は聖書的な神ではありません。これだけ大多数の人々にこの本が受け入れられているという事実は、やはり識別力の深刻な欠如を示すものではないかと思います。

今日、霊的な識別力というのは、おそろしい勢いで失われていっているように思います。

私は何人かの同僚に、この本の問題点について直接話し、また問いかけてみました。でも彼らの応答は、「でも、とにかくこの本は、『どんなに神が私たちを愛しているか』ということについて、真理を教えてくれていると思う」でした。

これこそまさしく、現代の「教会成長運動」のもたらした負の実ではないでしょうか。

そうです。こういった運動は、もっぱら「神の愛」ばかりに終始し、主の聖さ、義、裁きといってものは「重要ではないもの」としてこれらを二の次、三の次にしているのです。

(Marty Wynn, Lighthouse Baptist Church, Columbus, Georgia, e-mail to D. Cloud, May 21, 2011).




全米牧会者会議(National Pastor’s Convention)でも大歓迎される


2009年にサンディエゴ市で開催された全米牧会者会議において、著者ヤング氏はスピーカーの一人として招かれました。


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全米牧会者会議の様子 情報源


これはゾンダーヴァン出版社とインター・ヴァーシティ・フェローシップ(IVF)の後援によって開催されており、この年には、全米から1500人もの牧会者が集まりました。

ちなみに、その他の講演者は、ウィロークリーク教会のビル・ハイベルズ師、レントン・フォード師、イマージングの代表的指導者ブライアン・マクラレン師ならびにロブ・ベル師等でした。

その時の調べによると、1500人中、57%に当たる参加者が『神の小屋』を読んでおり、この会議においてもヤング氏は熱狂的に歓迎されたとのことです。


以上のことから教えられること


こういった厳しい現実を前に、みなさんはそれぞれ今、様々な事を考えておられると思います。

私が示されたのは、「健全な福音信仰に根づく」という定評の高い出版社の発行する書籍=聖書的な書籍、という図式はもはや成り立たなくなってきたということです。

イマージング運動や、フェミニスト神学は、そういった大型福音出版社や、代表的キリスト教メディアの内部にも賛同者を得つつあり、その影響は今、私たちの教会やお茶の間にもリアルな形で流れてきています。

私の友人のジェシカ姉妹は、自分の教会のCCM礼拝が若者たちに及ぼしている精神的影響について次のような感想を述べていました。

アップ・テンポな音楽とドラムのビートと共に、単純な歌詞の一節が「これでもか、これでもか」と繰り返されます。こうして次第に、会場全体がハイな雰囲気になっていきます。


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ヒンドゥー教のマントラなども、同じ句を繰り返していくことで、やがてトランス状態になっていきますが、私が危ぶんでいるのは、最近のCCM賛美礼拝に見られるこういった執拗な「繰り返し」と歌詞の内容の乏しさが相まって、若者たちの識別力や冷静な判断力が弱められていくことです。

こうしてハイになった若者たちの頭に、さまざまな異種のメッセージが苦もなく吹き込まれていきます。



アルバート・モーラー師は、『神の小屋』は福音主義キリスト教の警鐘です、と言っておられます。

この警鐘を、私たち信仰者がそれぞれの場で、どのように受け取り、どのように応答していくのかが今後、試金石となっていくのかもしれません。

わたしは、すぐに来る。あなたの冠をだれにも奪われないように、あなたの持っているものをしっかりと持っていなさい。黙3:11





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