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Notre-Dame-des-Grâces source


ヘブル人への手紙の著者は「多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いている」(12:1a)と記しています。

雲のように――。空を見上げてみてください。

豊かな国の上にも、財政破綻した国の上にも不思議なほど同じ青い空がひろがり、雲が浮かんでいます。

そして私たちの神は、「天空に無限にひろがるこの雲のように、私たちの仲間である信仰者の群れがかつて存在していたし、今も存在している」と言ってくださっているのです!

ですから、私たちは少数派かもしれませんし、時に孤独や疎外に悩む事もあるかもしれませんが、決して一人ではないのです。

「だから」と、ヘブル書の著者はさらに私たちを鼓舞しこう言っています。「私たちも、いっさいの重荷とまとわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競争を忍耐をもって走り続けようではありませんか」と。

今日は、「リヴリイの隠者」という――教会史ではほとんど取り上げられることのない――名もなき信仰者であり、キリストの復活の証人のことを取り上げたいと思います。

リヴリイの隠者(The Hermit of Livry)は、15世紀の終わり頃、パリ近くにあるリヴリイの森の小屋に住み、そこで托鉢をし生計を立てている神の探求者でした。

ここで少し、当時の時代背景について、ご一緒にみていきたいと思います。


モーにおける信仰復興


この時期、主は、ソルボンヌ大学で教鞭を取る人文主義者ルフェーヴル(Jacques Le Fèvre)という人物の心に働きかけていました。


フランスにおける宗教改革史 00030353
ルフェーヴル(1455-1536)


その結果、彼は聖書を読み、「人は信仰によって義とされる」という福音の真理を悟るに至りました。(つまり、ドイツでルターの宗教改革が始まる以前に信仰義認のこの教えはパリで説かれ始めていたのです。)

しかしパリにおいてすぐに、こういった福音の証し人に対する迫害・追放が起こり、ルフェーヴルやギヨーム・ファレルは、モー(Meaux)という地域に避難しました。

その結果、今度は、モーが霊的な生活の中心地となったのです。

この地でルフェーヴルは新約聖書と詩篇をフランス語に訳しました。


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ルフェーヴルの翻訳した聖書

こうして、御言葉を読んだ民衆の間にリバイバルが起こったのです。そして福音信仰を持った信者たちは至るところで御言葉を宣べ伝え始めました。


モーから隠者の元に聖書もたらされる


こうして聖書の御言葉は、リヴリイの森の中に独りこもっていた隠者の所までもたらされたのです。モーからやって来た信者から聖書を受け取った隠者は、それを読みました。

そして功徳や禁欲ではなくイエス・キリストの贖罪によって自分の罪が赦されたという福音の真理を悟り、彼は喜びにおどりました。

その真理を悟るや否や隠者は、ただちに村から村へと行き巡り、貧しい人々、うちひしがれている人々、彷徨っている人々、出会う人々すべてに福音を宣べ伝え始めました。


若き日のカルヴァン、隠者に出会う


John Calvin
カルヴァン



福音信仰を持つ以前の青年カルヴァンがある日の夕方、セーヌ河のほとりで師匠であるマチュラン・コルディエと天文学について議論していると、ふいに後ろから声がかかりました。

「あなたがたに、決して沈むことのない栄光に満ちた義の太陽についてご説明いたしましょう。」

驚いた二人が後ろを振り返ると、そこに背の曲がった一人の老人が立っていました。

議論を再び始めたかったカルヴァンたちは、この「物乞い」にさっさと小銭を与え、老人を去らせようとしました。

するとリヴリイの隠者は次のように言ったのです。

「私は金や銀など求めておりません。実際、私は富者なのです。私は天から降った最も高価な真珠をあなたがたにお示ししようと思います。そうです。私は国王よりも富者なのです。」

「かわいそうに。この乞食は頭が錯乱している」と思ったコルディエ教授は、隠者にやさしく尋ねました。

「あなたのいう『富』とは何なのだね?」

「それは功徳や善行の内にはないのです――かつて私はそこに自分の富があると思っておりました。しかしそれは違いました。富は、イエス・キリストの恵みの内にあるのです。今やイエスこそ私の懺悔を聞いてくださる方です。そうです、このイエスが私に完全なる罪の赦しを与えてくださったのです。

この赦しは祭司から決して買えず、ただキリストの血潮によってのみ得られるのです。善良な紳士の方々、なぜミサや赦免、煉獄からの魂の救いのために無駄にお金を払っているのですか。」

「老人よ、どこに住んでいるのかね?」ますます憐れみに駆られた教授は尋ねました。

「私は小屋に住んでおります。が、私の心は主イエスと共に天にあります。

小屋の近くには善良な貧しい人々がおり、彼らは喜んで私に住居を提供したいと言ってくれます。しかし、私は残された地上でのわずかな日々をこの古小屋で過ごしたく思っております。」

「食べ物がなくて飢えたりすることはないのかね?」

「天から来たパンが私の食べ物です。」

「雨漏りに悩まされたりしないのかね?」

「主が私の隠れ場です。私は全能者の陰に宿っています。」

「冬の寒い晩、嵐の吹きすさぶ時など、寒くないかい?」

「神の愛がわが心の中で火となって燃えております。」


信仰による義


そして隠者は尋ねました。

「あなたがたは人が行ないによってではなく、信仰によって義とされることを信じていますか。」

「いや、おそらくお前さんの言う意味では信じていないと思う。神は恵みの流れる管として教会を我々に与えてくださった。

そして聖ペテロの上に建てられた教会を通して、キリストを信じている。そして、教会の中で行なう善行はキリストに対してなされるものだと我々は信じている。」

「おお、善良な紳士の方々。あなたがたは博学すぎて単純な福音を信じることができずにいるのです。

あなたがたは難解な言葉でそれをふさいでおり、行ないによって信仰をふさいでいます。

そして教会の救い主というものをこしらえており、それで、キリストはその暗い陰に隠れてしまい、そのためあなたがたはキリストを見い出すことができないのです。

私もかつてそうでした。私は世から隠遁し、それによって罪から遠く離れたと思い込んでおりました。そして聖者になったつもりでいたのです。

しかしキリストが私の魂を訪れてくださり、自分がいかにひどい罪びとであるかをお示しになったのです。このままでは私は自分が滅びるだろうと思いました。しかしキリストは再び御霊を持って私に臨んでくださったのです。

私は主に自分の罪を告白しました。すると主は『あなたの罪は赦された』と言ってくださったのです。今や私はキリストの言葉を歪めるような学問を否んでいます。

自分にとっては、『キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた』そして『私はその罪びとのかしらです』という真理だけで十分なのです。」


フランスにおける迫害の激化と隠者の最期


1525年、フランス国王フランソワ一世は、パビアの戦いで皇帝カール五世に敗れ、囚われの身となりました。そしてフランスにおける非国教徒を撲滅するため、この事件が利用されたのです。


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フランソワ一世

こうして教会、議会、ソルボンヌ大学は一丸となって、宗教改革に敵対するようになりました。そして多くの信徒が投獄されました。

その中に、リヴリイの隠者もいました。彼もその福音信仰ゆえに、官憲の手に捕えられ、やがて異端として処罰されることになりました。


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処刑の日、パリのノートルダム大寺院の巨大な鐘が何度も打ち鳴らされ、多くの群衆が大寺院の広場の前に集まってきました。こうしてリヴリイの隠者は主に対する全幅の信頼をもって焚刑の苦しみに耐え、信仰のレースを全うしました。


イエスも、ご自分の血によって民を聖なるものとするために、門の外で苦しみを受けられました。

ですから、私たちは、キリストのはずかしめを身に負って、宿営の外に出て、みもとに行こうではありませんか。

私たちは、この地上に永遠の都を持っているのではなく、むしろ後に来ようとしている都を求めているのです。

ヘブル13:12-14




参考文献
Jean Henri Merle d'Aubigné, History of the Great Reformation of the Sixteenth Century: Volume 1
Wm. M. Blackburn, College Days of Calvin, Bellingham, WA: Logos Research Systems, Inc., 2009
The Reformation in France: the early days (http://www.thereformation.info/reformfrance.htm)
E. H. Broadbent, The Pilgrim Church, London, 1931



決して消えることのない灯―フランスにいる同胞信者を祈りに覚えて

耀き出でよ、永遠の光!