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ある晩、ローラととうさんは、戸口にすわっていました。月は暗い大草原を照らし、風はしずまり、とうさんのヴァイオリンがひくく鳴っていました。

とうさんは、さいごの音を長くのばしたまま、月の光にとけこむまでふるわせつづけていました。何もかもとても美しく、ローラはいつまでもこのままでいたいと思いました。けれど、とうさんは、小さい女の子はもう寝る時間だといいます。

    大草原の小さな家 インガルス一家の物語2より抜粋




1932年に出版されて以来、ローラ・インガルス・ワイルダー女史のこの『大草原の小さな家シリーズ』は世界中で読み継がれてきました。

私は大人になってからこの本を読みましたが、少女ローラの目を通して語られる、力強くやさしいお父さんの姿に強く心が引き付けられました。いつもローラの心の近くにいて、ローラを助け守ってくれるお父さん。

☆☆

多くの日本の女性たちが父親を求め、父親の愛を求め、彷徨っています。

また父親も、娘とどう接していいのか分からず、疎外感に苦しんでいます。

私たちの多くは、――少女ローラがそうしてもらったように――父親に抱いてもらったり、愛情表現をしてもらった記憶がありません。お父さんに悩みを聞いてもらった経験がありません。お父さんに導いてもらった経験もありません。お父さんは私たちの世界の〈外〉にいる存在でした。

私は二十歳の時、南インドのクリスチャン家庭に何週間かホームステイしました。

当時ノンクリスチャンだった私にとって、愛と清さに溢れたこの家族そのものが驚きでしたが、中でも印象的だったのが、その家のお父さんと娘さんの仲睦まじさでした。

生活の隅々から、この親子が強い愛と信頼のきずなで結ばれていることが感じられました。

この若い娘さんは、将来の結婚相手についても、「God-fearing man(神を畏れる男性)が与えられますように」と、その導きを敬虔な父親に委ねていました。

「この人(=アブラハムのしもべ)といっしょに行くか。」と尋ねた家族に対し、「はい。まいります。」(創24:58)と即答した娘リベカを髣髴させるような信仰の世界がそこにはありました。

☆☆

Biblical womanhood(聖書的女性像)が私たちの内で回復されていく過程で、私たちの多くは「父親」の壁にぶつかります。私たちの中の〈小さなローラ〉が父親を求めて呻き叫ぶのです。

私は自分の人生に起こった具体的な出来事を通し、キリストのみからだの内にあって、そういった声にならない呻きが神に聞き入れられ、求めていたまさにその部分に癒しの川がどっと流れ込む経験をしました。

コロサイ人への手紙には「このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです」(2:3)とありますが、実にキリストのうちに、宝という宝はすべて隠されており、この方のうちにあって、私たちの中の砂漠は(その砂漠がどんなにわびしく荒涼としていても)潤された園へと変えられていきます。

次につづく記事では、父親との関係の回復という点で私に感化を与えてくれているアメリカ・ミシシッピ州の高校生ケイガン(17)にお父さんとの事を訊いてみようと思います。






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「父と娘」シリーズ(2)―高校生ケイガンのお父さんとの関係

「寛容」という「非寛容」(2)D・A・カーソン

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