新約聖書ギリシア語の発音(Ἡ Κοινὴ Προφορά)について
――21世紀によみがえる聖書ギリシア語――


最近、インターネットを通して、ランダル・ブース(Randall Buth)さんという言語研究者・教育家の興味深い取り組みについて知りました。

この方はアメリカ人ですが、現在イスラエルにBiblical Language Centerという聖書ギリシア語・ヘブライ語のスクールを開設し、従来の「読み書き」中心の古典語教育とはうってかわり、音声・コミュニケーションにもかなりの重点をおいた語学教育をされているそうです。

私は、日本の神学校にいた時、一年間、メイチェンの『新約聖書ギリシア語原典入門』を教材に、コイネー・ギリシア語を一応勉強したのですが、文法も語彙も私にはとてもむずかしく感じられ、「とても自分には習得できない言語だ」と内心しょげてしまっていました。そして、神学校を離れるや、苦労して覚えた内容もまたたくまに忘れてしまいました。

しかし、思いもよらぬ主の導きから、私はギリシアに宣教師として長期滞在することになりました。またこの国には「宣教師ビザ」がないため、やむをえず、学生ビザを取る必要に迫られ、国立アテネ大学に入学することになりました。何学部に入るべきでしょうかと教会の先生に相談したところ、「文学部でギリシア語を学んだらいい」といわれ、そのまま登録しました。

しかし、蓋をあけてみると、なんとアテネ大文学部では、古典ギリシア語が必須だったのです!ギリシア人の同級生は皆、中学校から高校まで6年間、みっちり古典ギリシア語を学んできたということで、プラトンやアリストテレスなどの原典をすらすらと素読していました。「これは大変なことになった」と思ったのですが、(そして実際、大変なのですが)私は、このプロセスを通して、「音」と「言語」の密接なつながりについて多くを学ぶことになりました。

ご存知の方もおおいと思いますが、現在、聖書ギリシア語の教育現場では、1)エラスムス式、2)現代ギリシア語式、のいずれかで発音がなされています。日本では、おそらく1)のエラスムス式を採用している神学校が圧倒的に多いのではないかと思います。私も、日本ではこの発音方式で教わりました。

でも、アテネ大学の教室では、教授も学生も、すごくうれしそうに現代ギリシア語で古典を読んでいます。ビザンティン期の文献の授業にも出ましたが、そこでもやはり、現代の発音でこれまた楽しそうに読み上げていました。

先学期、トゥキディディスの『歴史』の原典講読のコースをとったのですが、教授は、役者も顔負けの豊かな抑揚・ジェスチャーで、アテネ軍と小島の使者との間のやりとりなどを私たち生徒に読んできかせてくださいました。時には、古典語で、日常会話をしたり、ジョークを言ったりして、学生は大いにこのクラスを楽しんでいました。「この先生の中では、古典期ギリシア語は死語じゃなく、生きている言葉なんだ。先生は、この言葉の中に生き、考え、呼吸しているんだ。」と私は新鮮な感動を覚えました。

また、ギリシア語史の授業に出て分かったことは、聖書ギリシア語(コイネー・ギリシア語)の発音は、プラトンやアリストテレス等、古典期の発音よりはむしろ、現代ギリシア語の発音にかなり近いということです。

織田昭先生も、「、、、新約聖書のギリシア語についていうならば、今日のギリシア人がこれを現代語の発音で読んでいるということは、科学的にも十分な根拠を持つ、より正確なやり方であるということができる。なぜならヘレニズム期のギリシア語発音が、古代の原始発音やアッティカ方言の正統的発音から既にかなり変異し、事実上、二三の母音および複母音を除き現代ギリシア語の発音法と根本的には同一であったことが多くの学者により明らかにされているからである。」(織田昭「新約聖書ギリシア語の発音について」)と書いておられます。

また、聖書ギリシア語は、民衆のことばであり、技巧のないナチュラルな言語であったということも学びました。そしてその素朴な言葉で新約聖書が書かれたという事実に、私たちひとりひとりを愛し、皆にみことばを理解してほしいと願っておられる神様の愛を感じました。それと同時に、苦手意識のあった聖書ギリシア語が生き生きとした、身近な言葉に感じられてきました。

そういった意味で、このページのはじめにご紹介したランダル・ブース先生の聖書ギリシア語教育および発音にかんする考察は、文字通り、「聖書ギリシア語の中に生き、考え、呼吸する」ことを目指した画期的な教授法だと思います。私自身は、経済的に余裕がなくて、教材ブック(Living Koine Greek)およびCD教材を買うことができずにいるのですが、購入する余力のある方、真剣に学びたいと思っていらっしゃる方はこの教材を使って勉強されるのもひとつの手かと思います。

なお、ブース先生が提唱されている《復元版》聖書ギリシア語の発音は、現代ギリシア語とほんの少し違う部分があるのですが、(たとえば、κοινήの発音は、復元版ではキィネー、現代ギリシア語ではキニーときこえます。ちなみにエラスムス式では、コイネー。)その詳細については、 《復元版》コイネー発音をご参照ください。(英語)

また、かわいいイラスト付きフラッシュカードも駆使した教材の試聴用Youtubeもみつけました。(試聴用 コイネーをクリック) 楽しんで試聴してみてください。

また、私は聖書ヘブライ語は分からないのですが、おそらくヘブライ語の方も、視聴覚教材をふんだんに使い、楽しく勉強できるシステムになっていると思います。

このページが聖書のみことばを愛し、みことばを原語で深く味わいたいと願っていらっしゃる方の励ましになったの
でしたら、これほどうれしいことはありません。ありがとうございました。

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