↑本詩「雨のしずく、قطره های باران」の朗読です。ただし朗読はK兄ではなく別のクリスチャンの方がなさっています。




時おり、夜中に
 
天より降りし 雨のしずくが
部屋の窓ガラスに
パタパタと打ちつけ、

私は目覚める。


雨滴は 
陰気なわが心の部屋を濡らし、


打ちつける音ひとつひとつが
私を呼び起しているかのよう。


ぽたっ、ぽたっ。

しずくの音は
深黒の夜から私を呼び覚まし、

遠く 過ぎ去った日々を
私に想起させる。


この音は
わが存在と混じりあった〈追憶〉に、

以前にはなき光を灯し、
私にこう語りかける。


暗く 孤独だった あの晩にさえも
お前のことを心に留めている方がおられたのだ、と。


その語りかけは 私の魂に静けさをもたらした。

静けさ―。


しずくの音のリズム、
その美しい調べの中に、

人生の美に対する感覚と
 
永い間 忘れ去られていた 
あの麗しき日々が
甦る。


しずくの音。

ああ この素朴な音が
わが内にある追憶を呼び覚ました!


いや、おそらく
この素朴さ、一律さゆえにこそ

心に静けさがもたらされたのかもしれない。


シンプルで、粉飾なく、
偽善なく、地に属さない調べ。


あなたのために 天より来、

最上にして 
もっとも心和む人生歌を奏でてくれるもの。


どんな子守歌よりも あなたの心を安らがせてくれるもの。


部屋の窓ガラスのように 
ちりと埃だらけだった私の心が
 
流れる雨滴により、
清く 透き通るものへと変えられた。


今、私は何をすべきか。
何をすべきか。


耳を澄ませなさい。あの方の御声に耳を傾けなさい。


霊の安らぎ――その中に永遠があり、
いのちは その中で波打っている。


そこより来(きた)る御声に耳を傾けなさい。


天より来、わが内に注がれるもの。


耳を傾けよう。耳を傾けよう。

――流れゆく雨滴のうちに
神の御声を。


主は愛といつくしみを持ってあなたに臨み、
あなたに仰せられる。


わたしは あなたの悲しみを知り、
あなたの悲哀に涙を流している。


主は御涙の香油をもって 
あなたの傷と痛みを癒し、清められる。


そして、
美しく沁みわたる御声により、

わが心は比類なき歓喜に包まれる。

――雨上がりの空に舞う小鳥の歌声のように 



主は言われる。

わが子よ。

最も暗き夜に、
痛みのうちに、

数々の苦難のうちに、
憂いの中に、

あなたを苦しめ困憊させているあらゆるもののただ中にあって、


わたしはあなたと共にいる。


そしてあなたの存在の深淵に、
霊と魂に、
平安を与える。


あなたを清められた窓ガラスのようにしよう。


こうしてあなたは透き通った目で外を、
被造物を見るようになる。

自由にそして軽やかに。


わが子よ。

窓ガラスに打ちつける雨滴の音を聞くたびに、
わたしを覚えなさい。


――天に、あなたを愛する御父がいるということを。


あなたを愛する御父がいることを。





قطره های باران、私訳











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