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Take my life and let it be consecrated, Lord, to Thee.

主よ、わが命をささげまつれば、わが手と足を 御旨のままに動かしたまえ(聖歌313)



私は最近、この賛美の作詞者として有名なフランシス・R・ハヴァーガル(1836-1879)に関するいくつかの伝記を読み、非常な感銘を受けました。

自分を余すところなく主に捧げる人生というものが、どれほどいのちに溢れ、内から湧き出る喜びと賛美に満ちたものであるかを、彼女の生涯は力強く物語っています。

これからみなさんとご一緒に、彼女の人生を辿ってみたいと思いますが、このシリーズでは特に、彼女の霊的生活に焦点を置き、そこから得られるものをみなさんと共有できたらと願っています。

☆☆

生い立ち

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Frances.R.Havergal

フランシス・リドゥレー・ハヴァ―ガルは、1836年12月14日、英国のアストレーという所で生まれました。

幼少時の愛称は「ファニーFanny」でした。お父さんは英国国教会の教区牧師であり、賛美や音楽を愛し神を畏れるクリスチャンであったと言われています。

敬虔な両親から受けた影響について、フランシスは自叙伝の中で次のように記しています。

家庭の中に満ち溢れていたのは、豊かな賛美だけではありませんでした。そこには賢明にして清らかな空気が流れていました。両親の祈りの生活、そして良き模範としての生き方は、私たちの幼少期を形成する主音となっていました。




母親の死


フランシスが11歳になった時、母が重病になり、この世を去るという大きな出来事が起こりました。死の床についた母は、娘フランシスに、自分自身と与えられた賜物すべてを主に捧げ尽くすよう熱心に嘆願しました。

「愛する娘よ、今や、お前には自分用の小さな寝室をあります。それを小さなベテルの家としなさい。」

「お前は、私の末娘だから、よけいに気がかりなの、ファニー。聖霊がお前を導いてくださるよう、お母さんは祈ってるから。

そしてね、このことをよく覚えておくんだよ。神様の目にお前を清め、美しくするのは、尊いイエスの血潮をおいて他にはないってことを。」

「ファニー、神様にこうお祈りなさい。『主よ。あなたが私のために用意しておられるすべての事に誠実に取り組むことができますよう、私を備えさせてください』と。」

こういった母の言葉は、一生涯、フランシスの脳裏から離れなかったといいます。


女学校へ そして新生


14歳になると、フランシスはベルモントにある女学校に入学します。そこで彼女は敬虔なティードという先生に出会い、霊的な感化を受けました。

しかし決定的な回心は、翌年、彼女がオクハンプトンを訪れ、そこで(後に「第二の母親」と彼女が呼ぶことになる)クック夫人との交わりの中で起こったのです。その時の様子をフランシスは次のように記しています。

私は、クック夫人と二人きりでソファーに座っていました。私は彼女に言ったんです。『ああ、自分が赦されているっていうことを知ることができたらどんなにいいかしら』って。

すると、夫人は言いました。『どんな事よりもそれを知りたいって望んでいる?』

『ええ。望んでいます。』

しばらく夫人は黙っていましたが、やがて静かに言いました。『それじゃあね、ファニー。私は思うの、、ううん、確信してる。まもなくあなたのその願いが叶えられるって。』

続けて夫人は言いました。『今、あなた自身を救い主イエス様にお委ねするっていうことはできない?もしイエス様が雲に乗っておいでになり、あなたをお呼びになる声を聞くなら、その時、主に信頼することはできない?』

『いえ、もちろん、できます。』

そう答えるや、私は自室に駆け込み、跪き、自分の魂をイエス様にお委ねしたのです。その時、私は永遠に、救い主に自分自身を委ねることができました。平安と喜びがどっと心の中に流れ込んできました。



また彼女は救いの喜びを次のようにも書き記しています。

ただ単純に(キリストにある)満たしを信じるということに関し、このような予想もしなかった満たしの感覚が与えられました、、これは言葉で表現することのできないものです。




とこしえに汝のもの!


1854年7月、フランシスが18歳の時、彼女はウォルチェスター教会にて堅信礼を授かりました。その時に受けた恵みと喜びを彼女は次のように表現しています。

とこしえに汝のもの。おお、永遠に、私のために死んでくださったお方のものとされる――なんと祝福されたことでしょう!わが救い主、私は生涯に渡り、汝への賛美を歌い続けます。とこしえにわが賛美は途絶えることはありません。
教会にて、1854年7月17日




父と娘


さまざま箇所から、娘フランシスが、牧師であり讃美歌作者でもあった父親から多くの愛情と、霊的影響を受けていたことがうかがわれます。

聡明で明るい末娘は、父親にとってとてもかわいい存在だったようで、彼は娘のことを「僕の小さな水銀ちゃん(←活発な様を表現)」と呼んでいたそうです。

毎日曜午後には、家庭で賛美を歌う時間がもうけられ、父親はそこで自作の賛美なども歌ってきかせていました。

フランシスは英語、ドイツ語の他にも、フランス語、ヘブライ語、ウェールズ語に堪能でしたが、コイネー・ギリシャ語はお父さん直々の指導を受けマスターしました。

「僕の小さな水銀ちゃんが、新約聖書を原語で読めるようにしないとな。」と父親は喜び、はやる心を抑えつつ、愛する娘に手ほどきしてあげたのではないかと想像します。

また、彼女は父の牧会する教会の日曜学校教師として14年間、子どもたちに聖書を教えました。

さて、次につづく記事では彼女の霊的生活や信仰をさらに詳しくみていきたいと思います。





主よ、私の人生を受け取ってください――フランシス・R・ハヴァ―ガルの生涯、信仰そして霊性(その2)

イエス、美しい救い主―アフガン人の信仰詩と賛美