Why does God allow evil on this earth?

by Adrian Rogers (1931-2005)



昨今、多くの人々が、科学の問題以上に、こういった悪の問題について混乱した思いを抱いています。

私が牧会を始めた当初、人々は進化論とか、「人間は創造されたか否か」等の問題のことを主として話題にしていました。しかし今日、彼らはそういった問題よりも、「もし、神が存在するのなら、なぜこの神は、911事件のような惨事が起こるのをお許しになるのか?」といった問いを投げかけています。

なぜ神は、戦争による大虐殺やこの世に起こっている悲惨をお許しになっているのか?

そうして彼らは次のような三段論法を組み立て、言います。「神以前には、何も存在しなかった。そして神は全てをお造りになった。悪というのはある存在であり、従って、神が悪を造った。ゆえに、神というのは悪であるに違いない」と。

これは誤った三段論法です。

神が悪魔をお造りになった時――ちなみに、神が悪魔をお造りになったのであって、悪魔自体は、独立的存在ではありません。唯一の独立的存在、それが神です――主はこれを「完璧な存在」としてお造りになったのです。

エゼキエル書28章で、主なる神はサタンのことを「全きものの典型」「美の極み」(12節)と言及しています。

繰り返しますが、主なる神は悪を造ったのではなく、完璧な存在をお造りになりました。

しかし、ここが肝要な点です。――主は、この全き存在に、全き自由をお与えになったのです。

それでは、なぜ神は御使いたちにこういった自由をお与えになったのでしょう。そしてなぜ神は私たち人間に自由をお与えになったのでしょう。

それは、神が礼拝(worship)を望んでおられるからです。そして神はを望んでおられるのです。

考えてみてください。もしも私が自由のない存在として造られたのだったら、私は悪を行なうという選択はできず、同時に、善を行なう選択もできないということになります。

もしも「神を愛さない」という選択をすることができないのなら、「神を愛する」という選択をすることもできなくなります。

そしてもしも「神に忠実である」という選択をすることができないのなら、「神に不忠実である」という選択をすることもできません。

そして、そういう自分は、結局、無生命の物体かロボットのようになるしかない、という事になるでしょう。

ですから、神は知恵においても美においても完璧な存在をお造りになり、、その存在が、あえて罪を犯すという選択をしたのです。

さて、みなさん、最高善とは何でしょうか。

最高善――最も重要な掟――それは、神を愛することです。これが第一にして、もっとも大切な掟です。ですから、神を愛するというのが最高善です。

そしてまさしく「神を愛する」そのために、私には選択の自由がなくてはなりません。ですから神は私たちにその自由を与えてくださり、それによって、私たちが主を愛するという最高善をなすことができるように配慮してくださったわけです。

サタンにもこの選択の自由が与えられていましたが、サタンは高慢さゆえに、これを踏みにじってしまいました。



(出典:ココ) 私訳









天的な静けさの中で

私たちの考えや意志も神によって統治(govern)されている?人間に選択の自由はない?