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あなたは死に渡されていますか。


主はそのように歩まれました。そして今も主は統べ治めておられます。

死だけがあなたの縄目をほどき、
きつく縛られた鎖を折ることができます。



死ぬことを恐れてはいけない。

なぜなら、こうしてのみ、
神の御力は解き放たれ、
不滅にして、栄光あるいのち、
――あなたに託された御霊の奉仕――に
力が注ぎ込まれます。



死ぬことを通して、私たちは悟ります。

――死こそがいのちであり、
苦しみは力に他ならないことを。

そして、死こそが勝利をもたらすものであり、
それにより私たちの敵は、あらゆる力を奪われるのだと。



私たちは死に、それによって、
果てることのないいのちの内に蘇生します。

このようにして、葛藤のさなかにあっても、私たちはひるまず、
平安を保つことができるようになっていくのです。

死がすでに私たちを解放しているのですから!




死んではいても、解き放たれている。

おお魂よ、死になさい。
神があなたを救ってくださることを堅く信じつつ。


こうして神の上に難破するのです。死、それは益なのですから。


何も恐れてならない。
魂よ、死になさい。そして行くのです。



死を通し、神の偉大なる力が証され、
あのような大いなる敵にも対峙することができます――。

信仰の中で死に、
信仰によって、復活のいのちを知るのです。



死んではいても、解き放たれている。

死なくば、力は制限されてしまう。

しかし、その力なくして、いかに自己という鉄のかせを砕き、
堅く縛られた鎖を折ることができるでしょうか。



ですから死ぬのです。

そして死にゆくことを通し、
神は、あなたを自由にすべく、御力を解き放ち始めます。



そして、その時、
カルバリーの十字架を通して、
キリストの内に、あなたは勝利者となるでしょう。





M.E.Barber, Delivered through death,
私訳









初代クリスチャンは、人間の自由意志についてどのように考えていたのでしょうか。

おお主よ、私に、もっとも純粋な祈りの涙をお与えください