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十字架で。十字架の上で、私ははじめて光を見ました。
そしてその時、心の重荷が取り去られたのです。
信仰により、その目が与えられ、
今や私に幸いが訪れました。




ああ、わが救い主は血を流され、
わが至高なる方は死なれたのでしょうか。


あの方は、私のような罪びとのために
聖なる御頭をお捧げになったのでしょうか。



おお 麗しきイエス、汝の御体はほふられ、
ご自身の血で染まっています。


聖なる怒りの印を帯び、
主の魂は苦悶の中にありました。



これは私が犯してきた数々の罪のためでしょうか。
――あの方が木の上で呻(うめ)いておられたのは?


これほどの憐れみがあるでしょうか。
これほどの恵み、人知を越える愛が!



力強い創造主キリストが
被造物である人間の罪のために命をお捨てになった時――


太陽は暗闇の中に隠れ、
その栄光は雲の中にふさがれました。



主のいとしき十字架が顕れる時、
いかにして恥ずべき自分を隠すことができましょう。


わが心は感謝にむせび泣くばかりです。



しかしたとい悲嘆の涙を流しても
汝のその愛に報いることはできません。



主よ、ここに私がおります。
私はこの身をもろとも汝にお捧げしたく思います。

これが唯一私にできることです。





Isaac Watts, Alas! and My Saviour bleed?, 1707 
私訳




ピアノによるインストルメンタル賛美







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